雛鳥でいる時間はおしまい。これから私が、迷う雛の導になる……!



ニナ√終盤、父に捨てられた事で狂乱し自らの継嗣も容赦なく邪魔者と縊り殺そうとするバイロン
そこに颯爽と現れたシェリルは、アンヌを救い出し……
再び立ち上がった公子ニナは、もう一人の自分―――あるいはこうなるかもしれなかった影と対峙するのだった


既に正気を破壊され尽くし、捨てた親である《伯爵》に未だ縋り続ける痛々しい姿のバイロンを見ていられず、
永い歳月を重ね、圧倒的な力を以て夜の世界を統べてきたであろう王者としての誇りを取り戻してほしいと呼びかけるニナ。
しかし、その必死の呼びかけは今の彼にとっては耳障りな雑音でしかなく―――
「あの方の裾を掴む(・・・・)以外に価値などあるものか」
「偉大なあの方と並び立つ領域に、不夜の常闇に辿り着かねばならない」と、残骸と崩れさった憧れ(慕情)を叫び続ける。


異能の力の差は歴然。絞め殺されるのも時間の問題……だが、ニナは己の影を決然と睨み返し言葉を紡ぐ―――

「……あの人のように成りたい? ええ、そうね。心の底からそう願うわ。
あれほどの力があれば、威厳があれば、きっと出来ないことなんて何一つないんだもの……」

「誰にも見縊られない。万人が膝をつく。敗北は永遠の彼方に遠のいて、出来ないことなど何一つなくなる」

―――私も、あんな風になれたのなら
ニナの胸に過ぎるのは、己の幼さ未熟さ故、ここに至るまでに流れてしまった多くの血と涙の痕。
刻まれた罪業は、この先消えぬ悪夢となって心を苛み続けるだろう。
それが嫌だったから……強く在りたかった。
気高く在りたかった。強大な力を持つ者達が羨ましかった。

しかし―――

「―――なら、ねえ。その力であなたは何をするつもり(・・・・・・・)なの?」

「吸血鬼に相応しくなって、夜を統べる魔人になって、それであなたは……そこから何をするつもりかしら。
父に並ぶと、それだけ(・・・・)それだけしかないと(・・・・・・・・・)?」

「本当に───?」

ならば、彼女はバイロンを軽蔑する。ロマンチックで、幻想的で、どこまでも甘ったるいその愛を否定する。
力も血筋も、全ては子供の妄想を続けるため。だから何時までも大人になれない。
止まった時間しか持たない自分達は、どれだけ嫌でも心によって成長を遂げなければならない―――
そう知ったのだ、だからこそニナは吼える。
自分が成りたい夢を、現実に叶えなければならない理想図を


「私は……月がいい。夜の暗闇はとても深くて、自分は怪物だって叫ばなければ耐えられない。
けれど日の光は眩しくて、この両目が潰れてしまうから」

「雛鳥でいる時間はおしまい。これから私が、迷う雛の導になる……!」

だからせめて、自分は月光となろう。痛みに傷つき、転がり落ちる者は確かに存在する。
そんな苦しむ誰かに、そっと差し伸べる指先でありたいと思った。
本当は、闇夜の時間は脆いのだ。
守り抜くには神秘の皮膜(ヴェール)が必要で、けれど自分を救ってくれた世界に彼女は恩を返したかった。


「ああ、やっと判った───私は、誰かの救いになりたかったんだ」


私は父のように成りたかったけれど。そう思った理由は、ずっと何かを助けたかったからなのだ。
――胸の矜持(プライド)が輝きを増す。それは月光を反射して、彼女の双眸を煌かせた。


「だから言ってあげるわ、バイロン。私は父になりたいけれど、
あの人の背を目指さない。吸血鬼(ヴァンパイア)なんてどうでもいい……!」

「私が本当になりたかったものは、
全部……とっくの昔に手に入っていたんだものッ!」


だから救う――救い続けてみせる。かつての己のように、光から見捨てられた者達を……
この暗闇で生きるしかできない者達を必ずこの手で掬い上げる。不幸になどさせてやるものか。

それがどれだけ困難で、夢物語に等しい絵空事だとしても貫き通す。
立場も仲間も決意もある。そして、折れぬ忠義(つるぎ)も握っている……!


銀の髪の少女は今再び、公子として宣言する。
だが、そこに宿る意味は、惑う雛鳥だった頃とは違う……導く者としての輝きに満ちていた―――


「聞け、我が名は公子ニナ・オルロック、この鎖輪(ディアスポラ)を治めし公子(プリンシパル)
忠義に報い、恩義を司る。我が領地に繁栄と安寧を齎すために───」

「──この身は月光の御手と成らん! 下がれ、狼藉者。
父の威光が恋しいならば、額縁にでも語りかけているがいい!」




  • バイロンの人生と環境考えたら伯爵追いかける以外に夢なくても無理ないというかあこがれの形が二ナとまたちがうというかあこがれなければ虚無になってしまう、それこそとシローがいたかが二人の差なんだろうな -- 名無しさん (2020-06-14 09:18:10)
  • 伯爵は基本的に、予定調和でなく予想外の進化・成長を喜ぶことを思えば、このやり取りは何方を気に入るかという点でも、バイロンでなくニナに軍配があがってしまうなぁ。 -- 名無しさん (2020-06-18 10:53:15)
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最終更新:2021年11月17日 16:06