美汐√、自分は目的の為におまえ達とつるんでいるに過ぎないと刺々しく語る美汐と、
その在り方に踏み込み、“仲間”として互いに護り合うべきではないか、
むしろ美汐の方が無理しているのではないか……と告げるジュン。
――殺意さえ含んだ美汐の拒絶の言で一度解散し、青砥邸から凌駕と礼は戻っていった。
それでも何処か割り切れぬ気分を抱えたままの美汐は、結局夜まで屋敷に留まり、気分転換に外へ出たが……
門の前で彼女を待っていたのは、どうしてか気に入らない相手であるジュン。
そこで、ジュンは自らの素直な思いを語り出す。青砥美汐という素敵な女性の事を。
本編より
「美汐。あたしが、伝えたかったのはね……」
「……言ってみろ。そしてこれで終わりだ。
付き纏われるのはうんざりなんだよ。この際言葉でもいいから、お前の戯言をへし折ってやる」
言葉とは裏腹に刺々しさは影を潜め、美汐は耳を傾ける。
――ぽつぽつと、ジュンは語り始めた。
「───あたし、実はね。昔ちらっと美汐を見かけたことがあったんだ。確か二年前ぐらいだったかな、今の学校に通う少し前のことなんだけど。
そのときの美汐って、何か今とは違ってた……真っ直ぐで、格好よくて、自分に正直なまま胸を張れている女性だと思ったの。
素敵だなって感じたの、今でもよく覚えてる」
その告白は、意外で。
戸惑いに似た感情を覚えると同時に、その態度や眼差しに胸がざわつく。
「それでね、同時に自分と比べちゃったと言いますか。ああ、こりゃ完璧だ。あたしじゃこうはなれないなぁと思ったんだよね。
好きなものはお肉だし、紅茶の淹れ方も知らないし、毎日砂だらけになるまで走ることしか……たいした取り得もなかったしで。
少しでも近づきたい、あの女性みたいになりたいって……そう思ってさ。ほんのちょっとだけ、オシャレに興味持ったりもしたっけな。
───はは、変でしょ? あたしみたいな陸上娘が、さ……」
――ああ、そうか。
自分がどうしてこの女が嫌いだったのかが、美汐は明確に分かっていく。
真っ直ぐに前を向いて走る姿勢、それが嫌いで見ていられなかった理由が。
──昔の自分。幸せだった過去。こうして前を向いてさえいれば、それだけで光が待っているなどと……
無垢に妄信していた頃を思い出させるから。
ジュンは余りにも、愚かだった少女時代に瓜二つなのだ。
そして、己の合わせ鏡であるジュンを見て心が波立つということは。
それこそ即ち、自分が過去を吹っ切れていないことの証明であることを示していた。
──そうだ。こうだった。すぐに人へ憧れたり、目指したり、信じて見たり……
そうやって生きることが誇りで、誰かを笑わせられることが嬉しかった。
けれど。
「───違う」
あんな過去が吹っ切れていないわけがない。
目の前にいるジュンではなく、自分自身に言い聞かせるように──美汐は口を開く。
ただ毎日が楽しく、未来は光に包まれているかの様に眩しかった。
母はいつだって優しく、おぶってもらった父の背中は広く、暖かだった。
……だけど、そんなものは全てが虚飾で。
大切だった家庭は崩れてゆく。大好きだった存在は壊れてゆく。
掛け替えのない現在。そして、希望に溢れる進むべき未来。
それら全てが、無知で無力な子供の見た幻想に過ぎず───
……ならば、憎むしかないだろう。
暴力の威を借り大きな顔をしている存在を。
掌を返すように私を虐げ好奇の視線に晒した衆愚を。
そして──何よりも、あのときの間抜けで愚かな自分自身を。
そうしないと、自分で自分を保てないから。これ以上、その言葉を聞くわけにはいかなかった。
――美汐は顔を上げ、ジュンを見つめながら、自分の中にある言葉を激情ではなく哀切から口にしていく。
ここではっきりと否定するために。選んだ道を後戻りしないために、明確な拒絶を放たなければならないと。
最終更新:2024年10月04日 23:43