……夜の闇で、一人の若い男が
命を吸われ命を落とした。それを実行したのは、
牙持つ一人の少女。
自らの為した行為に何ら罪悪感や気遣いなど見せることもなく、「人とは違う」彼女は次の犠牲者を求める。
ハズレだ、ハズレだ。――それなら仕方ない、アタリを引くまで止まれないじゃないか。
何時の世にも獣に罪はない、悪いのは貪られる無力な獲物の方だと……少女、ケイトリンは独善的に思考を回す。
「しょうがないなぁ。今日はもう一人いくしかないなぁ……うんうん、しょうがないものねぇ」
だってまずかったんだから、また哀れなイッパンジンが一人喰われても仕方ない。
そのままケラケラ笑う彼女は、次の獲物を物色しに夜の路地裏へ消えようと、したのだが───
彼女の強化された感覚が、夜霧の向こうから歩いてくる男に、自らと同じ『異常』を感じ取っていた。
「へーえ……この辺りじゃ、そんなにレアでもないんだ───お仲間って」
長躯の部類に入る痩身。年齢は20代の半ばを越えた頃か。
黒い髪に黒い瞳は東洋人の証だ。しかし反面、その肌白さはまるで病人か幽鬼のそれだった。
黄色人種の平均的な印象よりも、遥かに色褪せているのは間違いない。それどころか、蒼みがかってさえいる。
「ああ」
それは、粛かな声だった。響いた音色は外見の印象を裏切らない。
影のように現れ、霧のように存在を主張しない姿はまるでゴーストともいえるだろう。
……辛気臭く、陰気臭い。そんな男の長身を包むのは、流行遅れの背広と夜霧に濡れるマキシコート。
その纏う衣服もまた、主同様に陰鬱な印象を与えるものだった。
「残念だったか?自分がそう特別な存在でもなくて」
そして、この男もまた、今のケイトリンと同じく、呼吸をしていない。
まさに活動する人型。死人が、生者のふりをして、歩いているのだ。
「そりゃちょっとはね。パーティの主役から、時給5ドルのフロアスタッフに格下げされた気分」
ケイトリンのそんな感想に対し、突然現れた男は萎える事実を突き付ける。
「当然の認識だな。お前ぐらいの者なら、此処には掃いて捨てるほどいる」
「……はぁ? なんですって?」
“お前は所詮その程度だ”と。万能感に酔い痴れていた少女へ、深海魚にも似た瞳が告げていた。
「この都市圏には、およそ千人からの同胞がいる。
そこには共同体がある。共同体には秩序があり、秩序は掟によって維持される───」
「ちょっ……あんた頭大丈夫?いきなり出てきて何かましてんのよ」
だが、少女の反応を顧みる事無く、陰鬱そうな男の言葉は続く。
「───仕事だよ、成り立てへのガイダンスだ」
多忙な役所の窓口係にも似た、事務的そのものの口調に淀みだけはない。
仕事?なんで、そんな人間臭い台詞が、自分と同じはずの目の前の男から出てくる?
異端であるはずだというのに……何故、とても、とても静かに、現実の延長線上そのものの態度を示すのか?
ケイトリンの頭に苛立ちと疑念が募りはじめるが、その男は意に介する事も無く、ただ結論だけを導いてゆく。
「掟はそう多くない。他人に迷惑をかけない、他人の権利を侵さない。まずはこれを覚えろ、新米」
「────ヘイ、待ちなよファッカー。ヘイ」
「詳しくはまだあるが割愛する。基本的にはその二つを守れば、大きな問題にはならないだろう。
話は後でする、不満もあるだろうが今はついて来い」
「吸血鬼になったという、その勘違いを正してやる。───縛血者の生き方を教えてやろう」
「―――人の話聴けっつってんだよォッ!!」
怒号と共に、彼女の持っていた長方形のデジタルプレイヤーが視認不可能な剛速球となって放たれた。
「ちょっとあんた、どうしてくれんのよ! アレ買ったばっかなのにぃ!」
レンガの壁を陥没させたそれは、もはや如何な怪力の持ち主でも掘り出す事はできず……その力の凄まじさは明白だったが。
「説諭を続けてもいいか?」
目の前で起きた現象に対し、男の反応はマイペースと呼ぶには異常過ぎた。
影のような男――トシロー・カシマは、事務的な態度を微塵も崩すことなく。
億劫そうに、面倒そうに。威勢のいい童に、味気ない掟を説くのみだった。
- 弱体化してるとはいえ、獣の戦い方でトシロー倒そうとすると土台の性能差が千倍くらいはないとキツそう -- 名無しさん (2020-07-05 23:06:42)
- 「パーティの主役から~」のあたりの台詞、いかにもアメリカっぽい -- 名無しさん (2020-07-06 20:55:38)
最終更新:2025年03月29日 15:12