許せ、ナドレック

発言者:キニスン
対象者:ナドレック


やちるルートにおいて、非情に徹した戦士とそう成れなかった者の差……
「守るべき存在(もの)が必ずしも現実においては望ましい結果を齎さないという事を示す一場面。


部隊から離脱し、生き別れの妹をようやく取り戻したナドレック。
しかしそんな彼の前に、指揮官にして最強の超能力者であるキニスンが現れ、
軍規に違反してきた今の彼に軍人として生き延びるチャンスを与えるべく、傍に居る敵対者(虎一)を斃し原隊へ復帰せよと命令する。
ナドレックはそれの命令を拒み───警戒心を抱いたままの虎一を背に庇いながら、戦意を高めていく。

小麗(シャオリー)、必ずお前を守るからな……」

人類最大の能力者――圧倒的な破壊力の念動力(サイコキネシス)が先んじて発動するか。
それとも、己の持つ防御も回避も無効化し致命傷を穿てる物体転送(アスポート)が先に急所を捉えるか。
能力自体の優劣ではなく、キニスンとナドレック、両者の反応速度による勝負が始まろうとしていた。

―――暗闇に覆われた公園で、時だけが静かに流れていく。
キニスンが己に向ける(・・・・・)殺気の発動に、ナドレックは集中する。
その瞬間を察知せんと、ありとあらゆる感覚を研ぎ澄ませる。
―――ただひとえに、背中に控える妹を守るために。

その決死の覚悟が伝わったのかどうかは分からないが……虎一からナドレックに対する警戒心は薄れており。
それを感じ取ったナドレックも、妹の反応に対し慈愛の笑顔を浮かべ……死さえも恐れないと決意を固めた、はずだった。

……次の瞬間兄の視界から、虎一の姿が消えた。キニスンの念動力が、彼女を一瞬で原子の塵に変えてしまっていたからだ。
そう、初めからキニスンはナドレックを第一の対象と狙っておらず、背後の虎一を標的に選んでいた。
指揮官が、その選択を採った理由はすぐに明らかとなる。

……守るべき妹を失い、絶望の慟哭を上げるナドレックは、戦士として一秒前の彼とは全く別人と化していた。
研ぎ澄まされた集中力も、磨き抜いた技の冴えも、すべてが崩れ去ったまま力を放とうとする錆びて劣化した能力者に。
超能力(サイオニクス)とは、精神を鍛え上げた才覚者がなお精神を研ぎ澄ますことで初めて規則的な運用が可能となるもの。
それはまるで精緻に組み上げられ、常に整備を必要とする銃器のように。
よって感情の動きというものは、喜怒哀楽を問わず、その発動に対して悪影響しか及ぼさない。

「許せ、ナドレック」

そして、妹の後を追うように、ナドレックもまた念動力によって一瞬でこの世界から消滅する。
あまりにも静かな殺戮劇。二人の男女がこの世界から消滅したにもかかわらず、いつも通りの夜風が公園に吹く。

───闘いにおいては、持たざるものよりも守るべきものがある方が強い……古今東西の物語は、そう教えてくれる。
しかし、物語の多くが虚構であるように、その事実もまた美しい虚構(・・・・・)でしかない。

守るべきものがある強さ、それは確かに存在するだろう。
だが守るべきものとは、裏を返せば守らなければ(・・・・・・)ならない(・・・・)ものでもある
つまりは存在基盤(アイデンティティ)の仮託。一種の依存とも言える。それを守れなければ、牙は折れ腑抜けてしまう事は想像に容易い。
そして、敵の武器を折れる(・・・・・・・・)と分かっていて狙わぬ戦士はいない。
守るべきものを持った時点で、それは長所だけでなく弱点ともなってしまうのだ。
キニスンは初めから天に命運を委ねる早撃ちなどするつもりはなく、確実な勝利の為ナドレックの弱点(そこ)を狙い撃った。
……ナドレックは敗れるべくして敗れた。たとえ守るべきものを引き換えにしてでも敵を倒す覚悟で彼が挑んでいれば、倒れていたのはキニスンの方であったかもしれない。

非情な闘いの掟を前に散った二人の兄妹。
彼らを手にかけた苦さを胸に、人類最強の男は夜の公園を立ち去って行った………




  • ナドレック、お許しください! -- 名無しさん (2020-07-11 23:58:41)
  • >存在基盤の仮託。一種の依存とも言える ←ここは、直と幸先輩のアレの伏線でもあったね -- 名無しさん (2020-07-12 01:15:51)
  • でも妹犠牲にして勝っても何の意味もないよね、妹いなきゃそもそも戦う理由がないし -- 名無しさん (2020-07-12 07:41:40)
  • ↑だから、そういう理由で闘う奴は最初から詰んでるって話 -- 名無しさん (2020-07-12 12:33:24)
  • でも普通の人間が命を賭けてまで戦おうとすると、そういう何かしらの理由や助けがいるわけで。それが必要ないのは凌駕やオルフィレウス、ヴァルゼライド閣下みたいな異常者か、キニスンやイヴァンさんみたいな軍人の完成形みたいな人のみよな。 -- 名無しさん (2020-07-12 12:45:29)
  • ヴァルゼライド閣下なら立ち直ったぞ? 閣下ならば守るべき帝国を吹き飛ばされても雄雄しく立ち上がった。いいか? 強さとは絶対値なのだ。守るべき最愛が原子に分解されて塵になったとしても変動するものでは断じてない。ヴァルゼライド閣下なら能力発動に生じたその隙を狙って斬り捨てていただろう。-- 名無しのラダマンテュスさん (2020-07-12 12:45:29)
  • ヴァルゼライド閣下もアルバート一瞬で塵にされたら泣き叫びはしないけど一瞬動揺するぐらいはするだろ -- 名無しさん (2020-07-12 13:33:24)
  • ↑その後に「お前の犠牲は無駄にはしない」って言って覚醒するまでがワンセット -- 名無しさん (2020-07-12 13:39:34)
  • この作品はそう言う気狂いどもとは違うから比較してもしょうがない -- 名無しさん (2020-07-12 13:44:38)
  • 他人を理由にせず自分のことしか考えないなら戦うより逃げた方がいいからね 軍人とかでも今度は国とかに足引っ張られるかもしれないとかそういう話になるし -- 名無しさん (2020-07-12 14:25:08)
  • でもキニスンからすれば優秀部下無駄死にさせただけというだれも得しない結末 -- 名無しさん (2020-07-25 23:40:36)
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最終更新:2023年08月09日 14:05