ったく、面倒くせぇ忠犬だなてめぇは……



カルパチアの一室、トシローとニナは活動を再開した“三本指”に関する報告をモーガンから受け取っていた。
通常の人間にまでその牙を伸ばし始めたその『連続殺人犯(シリアルキラー)』……その行動方針の以前との隔たりに深い疑念を抱きながらも、
現在のトシローは、権力闘争により目に見えて疲弊するニナの事が気がかりであった。

そこで“夜警としての”彼は、現在この地に滞在するバイロンに何らかの対処を成すべきではないか。
軽々しく放置していては、必ずやこの土地に害を成す毒蛇であろうと―――似合わぬ忠告を行う。
そのために、己という刃がいるという念を籠めながら。しかし、焦燥するニナは、彼のその言葉に強く反発してしまう。

「全てはこの街、ひいては鎖輪の秩序を守るためのこと。軽挙な行いなどした覚えはない。
口が過ぎるわよ、《夜警》。重々承知の上、鉄の刃(武力)では解決できない問題に私は取り組んでいる」

「忠告など無用。ただし、その進言だけは受け取っておきましょう」

“公子として”、強く念を押すニナ……そして部下としてそれ以上の言葉を続けられないトシロー。
黙って下がりながらも、それでも彼は思う。
先日叛徒に囚われ辱められ、身体以上に心に傷を負ったであろう彼女に何か、手助けはできはしないかと。

故に、彼は―――こんな話を始めるのだった。

「───これは独り言だが」

「とある女性の心が傷ついているのではないかと、そう思った。
そのために何かできないかと、無粋な進言をしたのはそういう心算だったのだろう」

受けた痛みは、簡単に過去の傷を連想させる。捨てきれないのだ、過去というものは。

「自らが思い描いた理想の重圧に、胸を痛めているように見えた。
本当は……俺に何かできないだろうかと、そう言いたかったらしい」

「───すまない」

それだけを伝え、トシローは席を立つ。
――どれだけ疎ましく思われようと、彼女には成長してほしかった。
――この激動の時を越え、経験を積めばいつか必ず統治者として開花する。
――そう信じられるし、そんな彼女にこそ己は最期に仕えたいと思うから。
思いを伝え終えて、部屋のドアノブに彼が手を伸ばした、丁度その時

「───これは、独り言なんだけど」

「そのとある女性は、きっと感謝していると思うわ。
不器用なりに心配してくれたことも、わざわざ主に忠告してくれたその姿勢にもね」

「……そして、恥じてる。わざわざ言葉にしてくれた警告に、余裕のない態度で応じてしまったことを……」

「構わない。それこそが、その男の在り方なのだから」

トシローの独り言が、その後悔に塗れた言葉を遮る。
ほんの僅か、束の間でも彼女に余裕を取り戻すことができた。成長のための糧となれた。それだけで彼には十分だった。
だから、わざわざ部下の言葉に一喜一憂する必要はないと――そう言外に告げた言葉に、ニナは肩の力を抜いて微笑んだ。

「……果報者ね、その女性は」

「さて、どうかな」

それは、抱いた理想を押し付け合っているだけの行いに過ぎないのかもしれない……
理想の主と、理想の剣。どちらも近くて遠く、似ているようで隔絶している……
―――そうして、主従の空気が和らぐ中、ずっと空気を読んで黙っていたモーガン(同行者)は、陰気な探偵に一言。

「ったく、面倒くせぇ忠犬だなてめぇは……」

「自覚している」

あまりにも不器用な自分達の行動を思い返しながら、トシローは彼と共に退出するのだった……




  • 筋肉達磨(自覚してる分余計にタチ悪いんだよなぁ……) -- 名無しさん (2020-07-20 03:53:50)
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最終更新:2022年01月30日 21:01