シェリルが酒場のドアを開くと、そこには壁があった。
「お、おぉ……」
壁……ではなく、モーガンの手には薔薇の花束があった。
その上にある黒檀色の額には、深い縦皺が刻み込まれている。
厳しい胃痛か便秘を堪えているようにも見えるが、恐らくはこの上もなく真剣な表情を作っているのだろう。
「ハ、ハイ、モーガン。ネクタイ、そんなびっちり締めちゃって。窮屈そうだね……」
彼の異様な佇まいに明らかに気後れしながらも、シェリルは右手を挙げて声を掛ける。
「今宵も君はクソ美しい────」
舞台役者のように陶然と、モーガンは呟く。
「そ……それはどうも。照れるね、アハハ、ハ……」
「この馥郁たる情熱の香りを、今宵も君に贈ろう。
人類史上最も愛されし花───そのクソ美しさにふさわしい女性に」
そのまま彼がずい、と差し出した薔薇の花束は……トシローの鼻先に突きつけられていた。
「…………」
「…………」
求愛された張本人は、いつの間にかトシローの背中に隠れていたのだった。
陰気な探偵に、いつものようにモーガンは噛みついていく。
「また貴様か……」
「勘違いだ」
そんな華々しさとは縁遠い男二人の微妙な空間に、何やら面白い匂いをかぎ取ったのか。
『カサノヴァ』の賑やか看板娘ともいうべきルーシーが横から乱入する―――
「でも、モーガン警部補ちゃんの気持ちはよぉく判りますよぉ~。
愛する人へ届けこの想い! でも現実はキビスィ~っていう恋の葛藤ですよね!」
「ちゃんを付けるんじゃない、ちゃんを」
……構わず、ルーシーは語り続ける。
「私も常々、ご主人様に手練手管を尽くしたラブモーションの数々を仕掛けているのですが……
恐るべきはマイマスターのスルー力! 夜毎、枕を涙と涙以外の液体で濡らす日々を送っております」
「おまえの汚れた欲望と俺の純愛を、一緒にするんじゃねえ!」
思わず叫ぶモーガン……しかしノリノリとなったルーシーは止まらない。
「そんな童貞臭いことを~ゴリラ面でほざかないでくれます?」
「誰が童貞だコラ! しょっぴくぞ!」
制止するトシローにモーガンはぼやく。
「くそう……元はと言えば貴様の邪魔が……」
それに対し、トシローは頭を抱える―――
モーガンの求愛を妨げる意図は俺にはなく、むしろ遮蔽物として利用された点で被害者といえよう。
だが他人に対する印象とは誤解と幻想と願望ですべからく成り立つと見え、モーガンの憤懣は明らかに俺が対象とされている。
……そして、このねじれを引き起こした張本人はちゃっかりとカウンター席に腰を下ろしているのだった。
- モーガンは癒し・・・ -- 名無しさん (2020-09-20 15:16:58)
- ルーシーさん……(マスターが尻を追いかけてるのを見て -- 名無しさん (2020-09-20 15:39:13)
最終更新:2022年01月07日 21:59