――かつて欧州の地では、魔女裁判という名の迫害が行われた。
その被害者は、大半が無関係な只人達で占められていたものの……実際には本物の「魔女」と呼べる者達を追い詰める効果も果たしていた。
人智を超えた異能を持つ者たちさえ恐怖させた、社会全体を巻き込んだ集団ヒステリーが生み出す狂気。
見下していたはずのただの人間達が生み出す、多数派ゆえの残酷さと怪物性がその記憶に深々と刻み込まれる。
世の片隅で支配者として君臨する欲求よりも、集団で狩り立てられ世にも残酷な方法で虐殺される恐怖が勝っていき……
永き時を重ねてきた邪法妖術の遺産を使うことも世に残す事もなく、魔女は歴史の闇へと姿を消す。
そして、産業革命に始める近代の黎明が訪れ、さらにその後に映画ほか大衆娯楽の数々が普及していった事で、
吸血鬼や人狼などと同じく、“魔女”という概念もまた現実の恐怖としての地位を引きずり降ろされ、人々に消費されていった。
だがそんな近代史の陰では、神秘の遺産を巡る魔女同士の淘汰と殲滅が続けられていた。
「別に大したことじゃないわ。隠居した朋輩たちから遺産を譲り受けるために、世界中を訪ねて回っただけよ」
凄惨極まるその殺し合いを、己一人になるまで容赦なく続けた魔女がいたことを、現代の誰も知らない。
人間としての真名を隠匿し、偽神を名乗る、ただ一人の魔女は語る……
「だって、そんなの宝の持ち腐れでしょう?只人として生きる道を選んだのならね。
あぁもちろん、後腐れのないように元の持ち主は全員殺しておいたわ。
魔術とか邪法の類っていうのは要はこの世の法則の“抜け道”だから、独占しないと価値が薄いの。
便利な秘密の抜け道を、他人と共有化する理由はないでしょ?」
それが当然であると語った魔女の傲岸さは、その異名の意味にも現れていた。
魔道を極め、世界を構成する法則を初めて視覚化した時、誰が因果律を定めているのかを彼女は知った――
そして魔女は決心した、「愛なき不全の世」その法理を定めた現在の神こそが偽の神であり、
己はいずれ偽神と逆転し真の全能者として世界に君臨するのだと。故に今は、あえて偽神の名を名乗る雌伏の時であろうと。
――そして、数十年前。その目的実現の為に彼女は動いた。
「神には、その意思を具現化させるための祭司が必要よ。だからおまえを拾ったの。
“ナザレのイエス”にペテロがいるように、偽りの神ヤルダバオトには“サマリアのシモン”がいるという訳」
世界を旅する途上、魔女は中国辺境の最も貧しい土地に立ち寄り……そこで痩せこけた孤児たちを集め、一人だけを従者として選ぶことにした。
その条件は……他の子供の皆殺し。
より強い個体を選び出す上で蟲毒が最も簡便な方法であろうと魔女が判断し、同時に後戻りできない忠誠心を植えつけようとしたからでもあった。
「おまえは終生、私の役に立つための道具なのよ」
――そうして、仲間の血にまみれた一人の子供が生き残り、彼女は道具の小さな手を取り、神の座を目指す旅へと誘った。
だが、魔女のそうした思惑とは別に、拾われた者にはより複雑な情動が生まれてもいた。
遠き日に、彼女が血と暴力で彼から贖ったものは、硬き忠誠心だけではない。
半世紀の時を経てもなお、老いた少年の瞳には消せぬ憧憬と慕情の炎が揺らめき続ける。
しかし彼――至門にはとうに判っていた。どれだけ己が熱い心情を吐露したところで、報いなどあるはずもないと。
邪法の師であり、少女の姿をしたこの大魔女が、男としての至門に一片でも関心を寄せたことなど一度もなかった。
「ああ、その通りさ。俺はあんたに買われた道具だよ。俺の人生は、あんたのためにある」
「あんたのやることがどれだけ桁外れで、並みの人間には馬鹿げて見えようと……
俺はそれを叶えるためなら、何だってやってみせるさ」
それでも……この中年男は、全てを承知した上で報いなき思慕に殉ずる覚悟を何十年となく貫いてきた。
人間として親から付けられた名を捨て、邪法の司祭たる至門に徹することによって―――
- 悲しすぎる -- 名無しさん (2020-08-24 08:18:24)
- 「使い手と道具」という関係で彰護とキャロルの対になってる二人なんだよね -- 名無しさん (2020-08-24 13:28:06)
- ↑2なお結末 -- 名無しさん (2020-08-24 21:49:41)
- セージ「おまえは終生、俺の役に立つための道具だ」 -- 名無しさん (2020-11-28 16:54:30)
最終更新:2022年01月19日 00:17