アットウィキロゴ

ゲイリーセイン

ゲイリーセイン(Gary Thain)

1948.5.15〜1975.12.8
ニュージーランド クライストチャーチ出身
プログレハードロックバンド『Uriah Heep』の
黄金期を支えたベーシスト。
十代前半から兄弟でバンドを結成しレコードを発表するなどしていた。
その後ヨーロッパへ向かい本格的に活動し始める。
1969年にはKeef Hartley Bandのメンバーとしてウッドストック・フェスティバルに出演した。
その後紆余曲折を経てUriah Heepに加入した。
彼のプレイの特徴はなんといっても美味しいフレーズをこれでもかと繰り出すところだろう。Sweet FreedomやJuly Morning、Circle of Handsでの美しいフレーズや、
Sweet LorraineやSuicidal Man、
Roll Over Beethovenでのゴリゴリロックベースはベーシストなら悶絶間違いなしだろう。
リードベースタイプではあるが曲の邪魔になっておらず、Uriah Heepの音楽をより神秘的なものにしている。

1974年9月15日演奏中に感電。これにより元々酷かった薬物中毒が悪化、演奏にも影響が出てきたためバンド側も解雇せざるをえなくなってしまった。
1975年12月8日バスタブで亡くなっているのを発見された。死因はオーバードーズによる呼吸不全だった。

機材

ベース
Fender jazz bass precision bass
Gibson thunderbird bass
Me&Others時代はセミアコベースを使っていた
アンプ
Uriah Heep時代はAcousticだと思われる
それ以外の時期はImpactやVoxなどを使っていた

余談…

  • 奥さんは日本人だったそうだ。
  • ジミヘンとのセッション経験もあるそう。
  • ウッドストックで演奏したあと道路が混雑しすぎてヘリで移動することになった。彼はスライアンドファミリーストーンの演奏を楽しみにしていたが、見れなくなってしまいぼやいていたそうな。

この曲を聴け!

(動画のリンクがいっぱいなのでお目当てのところだけ展開してどうぞ)

Uriah Heep
所々黒っぽいかんじがするのも彼の魅力の一つだと思う
+ ...







Keef Hartley Band
この時期の彼はヒープ時代とは似ても似つかないゴリゴリの
ファンクサウンドを奏でていた。やはり普通のベーシストとは何か違う印象を受ける。
+ ...



ウッドストックでの演奏

彼が唯一リードボーカルをとった曲


その他
+ ...
おそらく彼のキャリア初の音源だと思われる

ガレージロックっぽい

後にエルトンジョンやリンダピーターズがカバーしている



  • 記事作成乙乙 -- 名無しさん (2021-10-01 22:32:27)
  • 編集ありがとー 助かりました -- 主 (2021-10-03 02:01:07)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2021年10月03日 02:35
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。