I am Iron Man

アンソニー・エドワード・スターク――トニー・スターク
大企業“スターク・インダストリーズ”の社長職を務めていた彼は、経済界において無視できぬビッグネーム。
企業運営に辣腕を振るい、科学者としても他の追随を許さない優れた才覚を示す。
さらに自ら開発したパワードスーツ“アイアンマン”を身に纏い、ヒーローとして世界の危機と日夜戦い続ける男。
世に言う、“戦う実業家”である。


“鋼鉄の男”(Iron Man)。実業家のあだ名としては、やや固すぎやしないか?」
「文字通りに、ですね。マスター」

その肩書は、この聖杯戦争の舞台においても有効に機能する。
近年、本社を置くアメリカからこの日本に進出してきた世界的大企業、スターク・インダストリーズ。
その日本支社に長期出張し、どっしりとこの国に根を張り巡らす野心家の社長――それが、トニーに与えられた役割(ロール)。
多方面の事業に手を出しことごとく成功を収めるトニーの手腕は、スーツを纏ってもいないのにも関わらず“鋼鉄の男”と囁かれるほど、らしい。

「と言って、僕にはまったくそんな記憶はないんだけどな。まあ、兵器を扱っていないことだけは本当にありがたいが」

ただ一点、トニーが心底から安堵したことに、このスターク・インダストリーズは軍需企業ではなくなっていた。
取り扱うのは生活に便利な家電、身体的に不自由な者の介助をする器具、運転者・歩行者双方の安全を可能な限り保護する自動車、など。
世のため人のためになる商材を扱っている、真っ当な企業。それが、この聖杯戦争において構築されたスターク・インダストリーズである。
かつての苦い経験から軍事産業に関わることを放棄したトニーとしては、“本当のスターク・インダストリーズ”に極めて近い、理想的な企業と言えた。

「日本の安全保障は専守防衛を掲げている。そんな国を舞台とするにあたり、軍事企業の存在は好ましくない……そんなところか」
「肯定です、ミスタ・スターク。日本は世界的に見ても稀に見る治安の良さを誇ります。
 軍事企業としてのスターク・インダストリーズが存在していれば、銃火器の調達も容易となってしまいます」
「それでは治安などあってないようなもの。戦闘行動はあくまでサーヴァントという戦力を用いて行うもの、という訳か」
「例外は、マスター。あなたのように自前の戦闘手段を持つマスターたち、ですね」

トニーに相槌を返すのは、古典的な女給服に身を包んだ長髪の女性。シールダーのクラスを司る、トニーのサーヴァント。
この館そのものがシールダーの実体であるので、目の前の彼女は触れることのできない立体映像に過ぎないが。
トニーの極めて個人的かつセンシティブな事情により、彼女の呼称はクラス名であるシールダーではなく“フライデイ”とされている。

「フライデイ? “我が社”のビジネス状況はどうなっている?」
「業績は極めて好調です。この冬木市においても、財界・政界多方面に多少の口利きができる程度の影響力は保持しています」

トニーの眼前に幾つものグラフ・表が投影される。社の状況をわかりやすく整理した資料。シールダーは優秀な秘書でもあるようだ。
極めて好調。シールダーの言葉通り、ぱっと見て何かしらトニーが干渉すべき事案はなさそうに見えた。
この分なら、放っておいても業務は滞りなく行われる。トニーの行動を縛るものではない。今のところは。

「ふむ、予期せぬ朗報だな。少なくとも、行動を制約されるどころか、採れる選択肢は大きく広まるだろう」
「一般的なマスターと比較し、金銭的な面で我々は圧倒的なアドバンテージを得ていると言えます。ですが、デメリットも」
「有名税かな? 僕は我が国屈指の高額納税者だと自負しているんだけどね」
「イエス、マスター。仮にマスターがこの館から一歩も出なかったとしても、あなたの名が何かのニュースで読み上げられない日はないでしょう」


アメリカに本社を置くスターク・インダストリーズ、その社長が直々に日本支部に出張してきているのだ。
なるほど、少し調べてみればトニーの名はネットで容易に目にすることができた。
曰く、会社運営だけでなく新商品開発も自ら手掛ける天才科学者。
曰く、恵まれない子どもたちに多額の寄付を行う慈善家。
曰く、見目麗しい女性に目がない尻軽プレイボーイ――

「おい、なんだこれは。風評被害も甚だしいぞ」
「そうでしょうか? 極めて妥当な評価だと言えるのでは」
「まださっきのニッタミナミ嬢のことを引きずるのか? 君は結構根に持つタイプだな」
「学習の成果です」
「まったく……まあ、いい。次、スーツの方はどうだ?」

トニーが手を振ると社の資料は跡形もなく消え失せ、代わりに人型の影を捉えた映像が表示される。
空飛ぶ鋼鉄の鎧。トニー・スタークのアイデンティティ。
すなわち、アイアンマン・スーツ。

トニーがシールダーと初めて会ったとき、スーツは着用していなかった。
戦車以上の戦力を持つスーツそのものを持ち込むのはさすがにアンフェアと判断されたのだろう。
護身用としてか、腕時計から変形する掌だけのスーツ――言うなればアイアン・ガントレットだけは持っていたが、さすがにこれでは心許ない。
故にトニーは、館をバージョンアップするのと平行してアイアンマン・スーツの作成にもとりかかっていた。

「間もなくマークⅣ’がロールアウトします。その後、マークⅦ’の建造に着手する予定です」
「ふむ。技術者としては、古いバージョンを再利用するのは些か抵抗がないでもないが、まずモノがないと話にすらならないからな」

トニーがまずシールダーに生産を急がせたのは、第四世代のアイアンマン。
装着車の衣服を問わず装着でき、また独立したアーク・リアクターを搭載しているためトニーの胸のアーク・リアクターに負荷をかけないモデルである。
これ以前のバージョンでは安定性に難があり、これ以降のバージョンは生産に時間が掛かる。
まず一体確保しておくべきと、時間と戦力を秤にかけ選んだのがこのモデルだった。
マークⅦはマークⅣの三世代後のモデル。過日のチタウリ襲来の際、最後に使用した決戦用のスーツだ。
それ以前のモデルとは違い、完全なスタンドアロン型で飛行も可能。
メカニックアームに頼らず身体一つで装着できるため、基地に帰還せずどこでも着脱可能という汎用性の高さが自慢であり、トニーが記憶している中で最も戦闘力に秀でたスーツだ。
これ以降ともなると、現在構想中の新型か。だがそれはまだ実用化できていない――トニー本来の環境においても。

「しかし、“マークⅣ’”か。そのままではサーヴァントに通用しないというのは悔しいところではあるな」
「ミスタ・スタークは魔術に関しては門外漢です。仕方のないことでしょう」
「不思議なものだな。設計自体は何も変えていないのに、メイド・イン・フライデイのパーツで組んだだけで魔術的にも有効になるものとは」
「ですが、マスター。先ほどお伝えした通り」
「サーヴァントとの直接戦闘は危険、だろ。わかっているよ」

シールダーによって生産されたアイアンマン・スーツは純機械でありながら神秘を帯び、サーヴァントとも戦闘が可能となる。
が、それはイコールで勝てる、というものでもない。
トニーが試算したところ、どんな高性能のスーツを開発したとしても、勝算は“まったく相手にもならない”から“多少は食い下がることができる”程度にしか変動しない。
それほどにサーヴァントという存在が持つ戦力は、トニーの常識を逸脱したものであった。


「戦闘力に優れた三騎士にはまず勝てない。同じ理由でバーサーカーも不可。
 英霊にもよるが、スーツ以上の空中機動力を持つであろうライダーも厳しい。となると、やりあえそうなのはキャスターとアサシンくらいか」
「その二つも、よほどの例外が重なったときにかろうじて、というものです。基本的にはマスターが押し勝てる存在ではありません」
「やれやれ。この冬木市では泣く子も黙るアイアンマンも型なしだな?」

しかしトニーは特に沈んだ素振りも見せず、シールダーににやりと笑う。
それを強がりと取るか無理解と取るか迷ったシールダーだったが、

「僕より強い奴がいるなんて、別に初めてって訳じゃない。
 なんならソー、バナー……ハルクだって、本気を出せばそりゃもう手がつけられないからね」

意外なほどに晴れやかなトニーの表情を見て、これはネガティブな意味ではないとシールダーは悟る。
トニー/アイアンマンが所属するスーパーヒーローチーム、アベンジャーズ。
かつて共に戦った盟友、マイティ・ソーとブルース・バナー/ハルク。
彼らが持つ武力は、アイアンマン・スーツの遥か上を行くものだったとトニーは語る。

ソーは別世界の神々の一柱であり、天を引き裂く雷と大地を砕くハンマーを振るう。
かつてトニーはソーと戦ったことがあった。一見互角に渡り合ったように見えたが、ソーは人間の世界を守るために動いていたのだ。
今にして思えば、ソーはあのときは手を抜いていたのだろう。チタウリ決戦でソーが見せた巨大な雷を食らっていれば、アイアンマン・スーツなど一溜まりもなかったはずだ。
ハルクはトニーと同じ世界の出だが、特殊な実験によって巨人と化す体質になった男だ。
ソーのような雷も武器もないが、ハルクの脅威はただ、異常とも言える怪力ただ一点に尽きる。
カーボンナノチューブのワイヤーを百万本束ねてもこうはならない、という説明不能な強度としなやかさを併せ持つ肉体。
その豪腕から繰り出されるパンチは、ただの一発で巨大な飛行戦艦をばらばらに粉砕せしめる。
ちなみに、ソーもハルクとほぼ同等の身体能力を誇るらしい。さすが神々だともはや笑えてくる。

「ここにいる連中は手加減無し、本気のソーとハルクばかりだ、と思うとわかりやすい。それは僕一人で太刀打ちできるはずがない」
「ええ、ですから私が存在するのです」
「頼りにしているよ、フライデイ」

トニーとて、いくらスーツが用意できても一人で戦うつもりなど毛頭ない。
シールダーは元来、防戦に特化したサーヴァントだ。移動できない代わりに、鉄壁の防御と豊富な迎撃兵装を誇る。
アイアンマンが活躍するとすれば、敵を誘い込んでのシールダーとの共同戦線。
彼女の援護を得たのなら、対サーヴァント戦の勝敗は“多少は食い下がることができる”のではなく“返り討ちにする”ことが可能なはずだ。

「では、当面の予定としては。迎撃兵装の増産、マスターのスーツの作成。平行して市内の情報を収集、でよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む。戦力が整わないうちから打って出るのはバカバカしいからな。
 さて……僕は少し休むとするよ。ずっと机に向かってたらさすがに肩が凝ってきた」
「浴槽は最適な温度をキープしています。入浴後はシャンパンを開けられますか?」
「魅力的な提案だが、さすがにアルコールは止めておこう。何か動きがあったら知らせてくれ」


あくびを一つ、ぐっと伸びをしたトニーは席を立って浴室へ向かう。
ついてこようとしたシールダーに無言で止まれ、とジェスチャーし、しばしの休息を堪能することにした。
熱い湯を全身に浴びると、疲労で鈍っていた頭が爽快に動き出す。
睡眠不足の根本的な解決にはならないが、いまはそう長く思考を止めていられる状況でもない。

「アベンジャーズの仲間はいない。だが孤立無援という訳でもない……」

ここに、彼らがいれば。
神話より出でし天翔ける雷神、ソー。
剛力無双、憤怒の化身、ハルク。
美しく危険な女、ブラックウィドウ。
俊敏で精確、百発百中のホークアイ。
気心の知れたもう一人の“鋼鉄の男”、ローディ。

そして――アメリカの英雄。
父から何度名を聞かされたか。スクールの教科書で、ペーパーバックで、フィルム・ピクチャーで、何度その名を目にしたか。
そう、彼はアメリカの象徴。彼を示す言葉はひとつ――“正義”。それだけで事足りる。
キャプテン・アメリカ/スティーブ・ロジャース
かつてアメリカを、ひいては世界を救った男。本物の、英雄。
冷たい海より蘇りし、旧時代の遺物。トニーとは意見信条主義嗜好と何もかもが食い違う、まさに骨董品たる堅物。
だが。
口惜しいことに、否定できない。
ここにキャプテンがいてくれれば、隣りに立って共に戦ってくれるのならば。
どれほど、心強いことか。

「……まったく。“アイアンマン”が、聞いて呆れるな」

弱気の虫を冷たい水で押し流す。ないものねだりをしてもしょうがない。
いまここにいるトニーが、いまここにあるもので戦うしかないのだ。
カランを捻り水を止め、トニーは浴槽に身を沈めた。胸のアーク・リアクターには防水加工が施してあり、浸水の心配はない。
温かい湯が身体の奥まで染み込んできて、払ったはずの眠気が再び忍び寄ってくるのを感じる。

「孤立無援ではない……そう、必要なのは協力者だ。僕と同じ志を持つ、善意の協力者」

すなわち、街を、市民を、そして平和を守る者。
トニーはシールダーを魅力的な研究対象として捉えてはいるが、だからと言って他のマスターを皆殺しにしてまでその力が欲しいと思っている訳ではない。
それはトニーが憎む悪の所業だ。戦火を広げる者を討つ、それがいまのトニーを突き動かす唯一にして絶対の行動原理。
故に、トニーが“聖杯”を獲る方法は優勝ではない。

この知識で、この智慧で、この機転で、この想像力で、奇跡もたらす“聖杯”を徹底的に分析し尽くす。
“奇跡”を、人の手で再現できるように。

得体の知れないオカルティックな遺物を、ロジックが支配する科学の領域に引きずり下ろす。
“奇跡”ならぬ“性能”を以って、襲いかかる敵を撃退する。永遠に。犠牲を出すことなく。
そうすることでトニーの願いも――人々が怖れることなく心安らかに暮らし、戦士たちも武器を捨てて家に帰る――叶う。


「なんなら、そうだな……僕に協力してくれるのなら、その誰かの願いもついでに叶えたって良い……。
 ホワイトハウスを買い取る? 太平洋に新大陸を創造する? 十人前のピザを一分で食べられるようになる?
 はは、何だって思いのままだ……逆上がりだってできるようにしてやるぞ……」

思考の体を成さず、無意識にこぼれ落ちる言葉の数々。
その羅列は、突如耳と言わず鼻と言わず流れ込んできた湯によって強制的に遮断された。

「……っぷぁ! はっ……なんだ、眠ってしまったのか」

慌ててバスタブの縁を掴み、身体を引き上げる。
思いのほか、長湯したようだ。一瞬とはいえ完全に意識が飛んでいた。

「……出よう。さっぱりしたことだしな」

浴室を出て、タオルで身体を拭いて衣服を身につける。
ふと、シールダーは何をしているのだろう、と思った。

「マスターが溺れかけたってのに、薄情なやつだ」

子どものような失敗をした気恥ずかしさからか、八つ当たり気味に口を尖らせる。
もちろん、シールダーが見ていたら見ていたでトニーはプライバシーの侵害だの母親気取りかだの、何かしら文句を言ったのだが。
ぶつぶつと呟きながら作戦室――設備の設計を行い、また市内の様子をモニターできるように設えた部屋――に戻ってきたトニーを、

「フライデイ? 悪いが熱いコーヒーを……どうした?」
「マスター……これを」

出迎えたのは、先ほどの打ち解けた様子もどこへやら、緊張した面持ちで立ち尽くすシールダーだった。
その手が握り締めているのは(彼女はホログラムだから実際に握っているのは彼女専用に作ってやったロボットアームだが)、一枚の手紙だった。

「この聖杯戦争の主催者からの、通達です」

微睡みの時間は終わりのようだ。
トニーは頭を拭いていたタオルを放り出し、シールダーから受け取った手紙を開封して一息に読む。
ご丁寧に写真まで同封されていたそれは、文面を読んでいないシールダーにさえ容易に内容を想像できるものだった。

「……どこにも馬鹿はいるものだ。まさかこんなに早く動き出すとはな」
「とすると、その手紙はやはり討伐令でしたか?」
「ああ。しかも二組! まったく、クリスマス前だからってはしゃぎ過ぎだ! 良い子にしてないとサンタは来ないっていうのにな」

苛立たしげに吐き捨て、トニーは手紙を机に叩きつけた。
そこに写っているのは、片目が紅いフードを被った男と、二メートルを越す長身の女。どちらも赤い。返り血の赤か。
こいつらは人を喰う。比喩ではなく文字通りに。血の海になった路地裏の写真が吐き気を催す。
人間は同族を食わない。人間を食うのは、人間はないモノ。人間とは、相容れない存在。
もう一組の写真は、二人の男。だがどう見ても、これは――


「双子のピエロかな?」
「いえ、おそらくサーヴァントがマスターの姿を真似ているものかと」
「……そうだな」

さすがにこの状況ではジョークを返してくれないシールダーにやや凹まされ、トニーは写真をひらひら振ってみせる。
写っているのは瓜二つどころではない、まったく同じ容貌の男だ。
白く染め抜いた顔に、口紅を引いたように赤い唇が三日月のような弧を描く。笑っていた。嗤っていた。嘲笑っていた。
さも愉快そうに、愉しそうに。トニーの心中に抑えがたい不快感が込み上がる。

「こいつらは両方ともバーサーカーだと。ここまで見境がないのも納得だな」
「ですが、マスター。彼らはサーヴァントだけが狂っているのではなく」
「ああ、マスターも同様だ。人喰いの化け物に、快楽殺人者。なんでこんなイカれた奴らに制御できないクラスを割り当てたのか、理解に苦しむね」
「そういうマスターだから……かも、しれません。彼らは今後引き起こされる闘争の中心に位置することでしょう」
「争いを誘発する存在、か。本当に度し難いな」

トニーの言葉には紛れもない嫌悪感が満ち満ちている。
それも当然だ。二人のバーサーカーのマスターは、ヒーローたるトニーの対極に位置すると言っていい。
騒乱を巻き起こし、破壊を振り撒いて、人の命を奪う。一分一秒、生存を許してはならない邪悪。

「どう致しますか、マスター。我々も動きますか?」
「そうしたいところだが……バーサーカーともなると、間違いなくこいつらは強い。僕だけが出向いても、熱々のピザをデリバリーするようなものだな」
「はい……残念ですが。この近辺に現れたならともかく、こちらから仕掛けることは困難です」
「こうして大々的に狩れと命じてきたからには、僕ら以外の奴らにも声をかけているだろう。
 令呪は貴重だ。すぐにでも動く奴はいるはずだ……とすると、市内は戦場になる。僕らはそっちのフォローに回ろう」
「了解です、マスター。市内を巡回しているアンドロイドに指令を出します」
「逃走経路の構築、避難誘導の文言、ああ、シェルターも用意しないと。近くならここでいいんだが、ただの建築物がサーヴァントの戦闘に耐えられるはずもないしな。
 よし……フライデイ。追加の発注だ、十数人が乗り込めるバスを作ってくれ。有事にはそれで市民をピックアップし、ここまで連れてくるんだ。
 運転は僕がプログラムを組もう。とにかく数とスピードが最優先だ、市内の倉庫を幾つか買い取ろう。そこにバスを待機させて」

矢継ぎ早に指示を繰り出すトニー、その命令を忠実に実行していくシールダー。
が、まるでゼンマイが切れたかのようにその動きがぎこちなく停止する。

「フライデイ?」
「マスター、アンドロイドの一つが接触しました……ピエロの二人組です!」

鋭い刃のようなシールダーの報告が作戦室を貫き、トニーを身構えさせる。

「モニターに出せ!」

スクリーンに投影されたのは……奇妙なほどに澄んだ瞳だ。
覗き込んでいるとどこまでも吸い込まれそうな。あるいは、呑み込まれそうな。
カメラが引く。いや、引いたのは瞳だ。

「……っ!」

トニーは息を呑む。思わず引いた身体が机にぶつかり、空のカップが落ちた。
レンズが捉えたのは、満面の笑みを浮かべる道化師の男。
バーサーカーのマスター、ジョーカーという男だった。


     ◆


HA
  HA
    HA
      HA
        HA
          HA
            HA
              HA
                ――――――――……


笑声は後方に置き去られる。
朝日に照らされ始めた道を疾走するのは影なる鋼鉄の騎馬、二騎。
まばらな車影を縫うように、凄まじいスピードで駆け抜けていく。
闇そのものを固めて形作ったバイクに跨るのは、首から上を失くしたライダー。
その後ろにタンデムするのは、道化師の男。男たち。
影のバイクは先を争うようにコーナーに侵入し、焼けたタイヤが煙を立ち登らせた。

「GOOOOOOOOOOOAL!! YEAR! チェッカーフラッグはオレのもんだな」
「“オレの”ものということは、“オレの”ものだ。つまりはオレの勝ちだな」
「HAHAHA、そうだったなァ、じゃあノーゲームか。次は何する?」
「モグラ叩きはどうだ?」
「いいねェ! 乗った!」

バイクは車線を空けていた先行車に寄せる。するとジョーカーが身を乗り出した。
振り下ろされたのはどこにでもある鉄パイプ。無骨な、太い、変哲もないただの鈍器。
自動車のフロントガラスが破砕する。コントロールを失った車体は大きくスピンし、あるものは転倒、あるものはガードレールに衝突。
やがてそこかしこから爆発音と真っ赤な炎が吹き上がる。
片手では足りない数の自動車をクラッシュさせて、ふとジョーカーは首なしライダーの背をトントンと叩き停車させた。

「どうした?」
「見ろよ、アレ。面白いものがあるぜ」

首なしライダーのバイクから降りたジョーカーとバーサーカーは、大破した車の一台に歩み寄った。
ドライバーの手が割れたガラスからはみ出ている。その手が流す血は、赤ではなく黒い。血ではなく、オイルだ。
骨は金属のフレーム、神経はケーブル。人のものとは似ても似つかぬ、メカニカルなパーツ。
いくつもの死体の中に一つだけ、死体ではないものがあった。

「なんだこりゃ。最近の義手は良くできてるな」
「カッコいいねえ。オレも作ってもらおうか?」
「そいつぁいい。そうだ、ついでにパンをトーストする機能もつけてもらおうか」
「こんがり焼かないとな ……お? まだ動くな、こいつ」

ジョーカーは、あるいはバーサーカーは車からメカ人間を引きずり出した。
顔面――を偽装していた合成樹脂を引き剥がす。現れたのはやはり、金属の頭蓋骨。
眼球はカメラのレンズ。そのレンズがぎょろりと動き、ジョーカーを映した。


     ◆



――うん? こいつ、オレを見てるぞ?
――こいつは使い魔の一種だな。映像を何処かに送信している。
――ほう、ほーう。じゃあ何か、こいつを通して誰かがオレたちを覗き見てるってことか!
――誰か、じゃなくてサーヴァントだなあ。誰だ? オレたちと遊びたいのか?

モニターに映った二人の道化師は、寸分違わぬ狂笑を張り付かせてレンズの向こうのトニーを見据えていた。
こちらの存在を認識しているはずはないのに、何故だかトニーはジョーカーに見られている感覚を打ち消せなかった。

「フライデイ、こちらの情報が漏れることはあるか?」
「ハッキングは受けていません。今のところは問題ないはずです」

トニーとシールダー合作のアンドロイドは、魔術と機械のハイブリッドだ。
捕獲され、解析されればこの場所を辿ることも不可能ではないが、それにはシールダーと同等の魔力、さらにトニーに匹敵する技術力あってこそだ。
見たところ、ジョーカーとバーサーカーにそれはない。故に、トニー達の情報を知られる可能性はほぼない、はずだった。
もちろんこちらからコンタクトをとることは不可能ではない。が、トニーはどうしてもそうする気になれなかった。
理由は、ジョーカーの瞳を見てしまったからだ。
あの、底なし沼のごとく見る者を引きずり込む引力を放つ狂気の……

――……おいおい、だんまりか。つれないなぁ。
――恥ずかしがり屋の“ピーピング・トム”、出ておいで、ってな。
――まあ、いいさ。こうやって偶然当たりを引いたってことは、街を歩けばまだいくらでもこいつらがいるだろ。
――ショーには観客がつきものだからな。
――安心したぜ。オレたちの功績まで全部あのグールに持ってかれちゃあ堪らんからな。
――つまり、“お前が”オレたちの“スコアラー”ってことだ! よォく見てろよ? 数えとけよ?
――ああ、なんだかやる気が出てきたぞ! 見られるってキモチいいなァ!

二人のピエロはステップを踏み、手と手を取り合ってダンスする。
まるで子どものように。無邪気に、愉快そうに、そして残酷に。トニーに見ろと、記憶しろと迫る。
彼らがこれから行う破壊と殺戮、混沌と悲嘆のパレードを。余すところなく見届けろと。
ギリッと、噛み締めた奥歯が鳴る。最初に感じた怯えはどこかへ吹き飛んだ。
こいつは……こいつらは、放っておいてはいけない。いや、生かしておくのすら許されはしない。

――いよォし! じゃあ次行くか! どこ行く!?
――そうだなァー……おっ、これどうだ?

沸々と怒りのボルテージを上げるトニーをよそに、ひとしきり踊って満足したかピエロたちは辺りの散策を始めた。
アンドロイド同様、ひっくり返って絶命した市民――助けられなかった。頭痛がひどい――の懐を探り、一枚のチラシを取り出した。
シールダーがすかさず拡大する。文字を読み取る。

442プロ主催、クリスマスライブ。
出演アイドル【高垣楓】【新田美波】【神谷奈緒】【白菊ほたる】【市原仁奈】……

アイドル。ライブ。新田美波、ニッタミナミ。数時間前にテレビで見た、美しい女性。
ぞくり、とトニーの背筋を悪寒が這い上がる。
予想通り、そのチラシを見たピエロどもはにんまりと満面の笑みを浮かべていた。

――見ろこれ見ろこれ、ライブだとよ。楽しそうじゃないか?
――ああ、きっと楽しいぞ。でも見てるのは退屈だ。だからオレたちも一つ、盛り上げてやろうじゃないか!
――演出か! やったことはないが、いや待てあるか? ああ、こういうのは得意だぜ。
――ジョーカー&バーサーカーが送るサプライズイベント! こいつは見逃せないな、“ピーピング・トム”!
――明日の15時、特設ステージ……なんてこった、時間がねえぞ! こりゃ急いで準備しないとな!
――そうと決まればこうしちゃいられねえな、行こうぜ“オレ”!
――OKOK、楽しいクリスマスパーティの始まりだ! HA HA!

BAN!
銃声を最後にアンドロイドからの映像は途絶えた。
そのまま、静寂が作戦室を支配する。

「……マスター? あの、どう致しますか……?」

たっぷり数分は待っても主が動かないので、シールダーは恐る恐る問いかけた。
それでもトニーはやはり動かない。その手はぐっと胸を――心臓を押さえつけている。
動悸よ静まれと念じるように。あるいは、神に勝利を誓う戦士のように。
さらに数分、トニーはようやく目を開く。

「……フライデイ、プラン変更だ。打って出るぞ」
「マスター!? 危険です、それは!」
「こいつらを野放しにしておくのは危険だ。どれほどの犠牲が出るかわかったものじゃない」
「それはわかります。ですが……!」

ジョーカーの挑発に乗る、とトニーは言った。だがそれは自殺行為だ。
そんなことはシールダーに言われるまでもなく、トニー自身が一番理解している。

「落ち着けよ、フライデイ。なにもこいつらのところに正面から殴り込むって言ってるんじゃない。
 それは他の奴らがやるだろう。人喰いの方は、遺憾だが他の誰かに任せる。
 僕らは表から……いや、裏から、かな? ピエロどもの動きを封じるんだ」

トニーは机に向かい、新たな設計図を引いていく。
そのペンは先程にも増して早い。ジョーカーに対する怒りと嫌悪がトニーを突き動かしていた。
聖杯戦争の常道、つまりサーヴァント同士の戦闘を“表”とするなら、トニーがこれからやるのはまさしく“裏”の戦法だ。

「スーツを用意してくれ。ああ、パワードスーツじゃないぞ。カメラ映えする、ビシっとしたビジネススーツをだ。
 それと、スターク・インダストリーズの名前を使ってテレビ局にコンタクトを取ってくれ。この僕、トニー・スタークがアイドルたちのライブに大いに興味を持っているとな」
「テレビ局に、ですか。不可能ではありませんが」
「あと、442プロダクションと言ったか。僕が、スターク・インダストリーズがスポンサーになると申し出ろ。
 今からではライブ開演に口を出すのは無理だろうが、関係の理由付けにはなる。
 とにかく今日、僕がアイドルと接触できるような場を作るんだ。トークショーでも取材でも何でもいい」

単純な戦闘力では、いまのトニーとシールダーでは、ジョーカーとバーサーカーを仕留められない。
だからこそ、トニーは“戦わない”。
トニー・スタークの一番の強みは、戦闘力ではない。
創り、生み出し、活用する。それがトニーの、アイアンマンのスタイル。
それはモノには限らない。行動を起こす機会でさえも、自らの意志で創り上げるもの。


「ライブに出演するアイドルを全員、“ここに”、このウィンチェスター・ハウスに保護する。
 そして彼女たちと入れ替わったアンドロイドは“事故”に遭ってもらい、土壇場で明日のライブを中止させるんだ」


これが、トニーの頭脳が弾き出したプラン。
犠牲を最小限に抑え、かつジョーカーとバーサーカーを確実に討伐する。
ライブを見せ餌とし、ジョーカーたちを誘い出し、その目論見を挫いた上で全戦力を投入し、カタをつける。

一人二人の欠員ではライブは続行するだろう。だが出場予定のタレントが全員いなくなればどうか。
穴埋めの人員は一日では手配できまい。仮に無理やり都合をつけたとして、それは本来のライブとは比べるべくもないお粗末なものとなるだろう。
そんな舞台であのジョーカーは満足するか? 答えは否だ。
行動を取りやめることまではしないかもしれない。だが、打撃には違いあるまい。その僅かな間隙を千載一遇の好機に変えるのがトニーの仕事だ。
工作のための資金は、幸運な事に潤沢だ。戦闘力に劣る代わりに、トニーに与えられたロールが最大の効力を発揮する。
昨夜見たニッタミナミ嬢ら、アイドル諸君には申し訳なくも思うのだが、人名が最優先だ。
首尾よくジョーカーらを始末できれば、改めてライブを開けば良い。そのための資金は全額スターク・インダストリーズが補償しよう。

「金はいくらかかってもいい。もし足りないのなら本社の株を売るなり特許を売るなり、あらゆる手を使ってかき集めろ」
「いえ、おそらく資金は問題ありませんが。ライブを中止に、ですか。それであのピエロたちが諦めるでしょうか?」
「ないな。だが、少なくともこちらがイニシアチブを取れるはずだ。
 ライブ会場の見取り図を用意しろ。万全の体制で奴らを誘い込み、迎え撃つぞ」

ジョーカーが攻める、のではなく、ジョーカーに攻めさせる。
来るとわかっているのならば、またそこに罠を仕掛けられるのならば、主導権を握るのは容易いことだ。
トニーの目的はあくまで狂ったピエロの打倒であって、報酬である令呪にはさほど興味がない。
ジョーカーを倒しやすい舞台に誘導し、周辺被害の心配もなくしてやれば、猟犬のように集まってくる血気盛んな誰かが勝手に倒してくれるだろう。

「さっき言った通り、避難用のバスの生産は続けろ。それと平行して、乗用車もいくつか作れ。
 その車に攻撃用の兵器を幾つか積む。自走式の砲台だ。これなら館から離れてもある程度の火力を運用できるだろう。
 完成次第、さっき言った空き倉庫を適当に買い上げて詰め込んでおけ。
 あと、僕のスーツ……パワードスーツの方だが、マークⅦ’の製造は一旦保留。代わりにマークⅤ’を再優先だ」
「マークⅤというと、携帯用ですか?」

アイアンマン・マークVは携帯性に優れたモデル。
アタッシュケース型のボックスにまで縮小したパーツを展開することで、いつでもどこでもアイアンマンになれる。
小型化の代償として性能はお話にならないものだが、それでも戦車くらいなら軽くスクラップにできる。
サーヴァントと殴り合えるものではないが、少なくともある程度逃げ回ることくらいは可能なはずだ。

「そうだ。本当はマークⅦ以降の完全スタンドアロン型が理想だが、人目につくのもまずい。
 あれなら持ち歩いてもアタッシュケースと言い張れるからな」
「その分、性能に不安が残ります」
「緊急離脱用だ。戦闘力はさほど問題じゃない……というか、そういう状況にはならないようにする」

人目につく場所でアイドルを拉致するからには、当然トニー自身が疑われる状況は避けねばならない。
そういった点でも、手軽に携帯できて数秒で完全に容姿を変更できるアイアンマン・マークⅤは非常に有用だ。
無論、トニー自身が手を下すのは最終手段だ。
基本的には、シールダーが送り込む人間に擬態したアンドロイドに任せるつもりでいる。

「しかし……この館を出ては私の力は届きません。それではマスターを守れない……」
「反対か? 僕も正直、こんな危ない橋は渡りたくない。
 だが今は、動かせるユニットは僕自身だけだ。助っ人がいれば別だが、そうではない以上他に選択肢はない」
「……了解しました。でも、ご自身の安全を再優先にしてください、マスター。
 あなたがいなくなれば私も消える。街を、人々を守れる存在が消えてしまう」
「させないよ、そんなことはな。大丈夫だ、僕はやれる……やってみせるさ」

守ってみせる。この街も、人々も。
傷つき倒れた仲間たちのビジョン――あんなものを現実にしてはならない。
トニー・スタークは一人かもしれない。だが孤独であることが、戦いを止める理由になどなりはしない。
あの日、初めてアイアンマンを名乗った日から、トニー・スタークに立ち止まることは許されていないのだから。






数時間後。
冬木市に住む人々が朝のニュースを見るべくテレビを点けたとき、そこには一人のアメリカ人が映っていた。
家庭の食卓に留まらず、通勤中の携帯端末で、街頭の大型モニターで、何百人もの人々がその男を目撃した。
一部の乱れもなく完璧にスーツを着こなす洒脱なその男は、カメラに向かって微笑みかけ、溢れる自信を言葉へ変えて放つ。

「ごきげんよう、日本の皆さん。少しだけ、皆さんの貴重な時間を拝借したい。
 私の名はトニー・スターク……そして」

すぅ、と一息。
行け、行け、行け。
戦いを始めろ。
鋼鉄の鎧を身に纏え。
開始せよ、トニー・スターク!
自らに言い聞かせるように、胸の内で唱える。
そして。


「I am Iron Man.」


この偽りと闘争の世界の真ん中で。
人を/街を/すべてを守るため、アイアンマンの戦いが幕を開ける。



【新都 テレビ局/1日目 早朝】

【トニー・スターク@マーベル・シネマティック・ユニバース】
[状態] 健康
[装備]
[道具] アイアンマン・スーツ・マークⅤ’@マーベル・シネマティック・ユニバース
[令呪] 残り三画
[所持金] 潤沢
[思考・状況]
基本行動方針:街を、市民を守る。
[備考]
1.442プロのアイドルと接触、アンドロイドと入れ替えて明日のライブを中止させる。
2.ジョーカー&バーサーカーの目論見を阻止する。
3.協力者を探す(あまり期待はしていない)。
※アイアンマン・スーツ・マークⅤ’
 13.6kgのアタッシュケースに偽装されたコンパクトなアイアンマン・スーツ。
 携帯性に優れるが、武装・装甲ともに貧弱。とはいえ、車を蹴飛ばすなど超人的なパワーは健在である。
 シールダーにより生産されたため神秘を帯びており、サーヴァントやそれに準ずる存在とも戦闘行動が可能になっている。

【深山町 ウィンチェスター・ミステリー・ハウス/1日目 早朝】

【ウィンチェスター・ミステリー・ハウス@シールダー】
[状態] 健康
[装備] 防衛兵装、防衛アンドロイド多数。
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り、市民を守る。
[備考]
1.トニーのバックアップ。
2.避難用のバス、攻撃用の兵器搭載自動車、アイアンマン・スーツの製造。
3:市内各地の空き倉庫を買収、仮拠点の作成。
4.市内の情報を収集。
※現在、市民避難用のバス、攻撃用の兵器搭載自動車、アイアンマン・スーツを製造中。


【深山町/1日目 未明】

【ジョーカー@ダークナイト】
[状態] 健康
[装備] 拳銃、鉄パイプ、その他色々
[道具] 442プロ主催クリスマスライブのチラシ
[令呪] 残り三画
[所持金] 二百万円前後。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を自分好みに“演出”する。
[備考]
1.聖夜に最高のパーティを。

フォークロア@バーサーカー】
[状態] 健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:(ジョーカーに準ずる)
[備考]
1.(ジョーカーに準ずる)

時系列順


投下順


←Back Character name Next→
:WINter soldiers トニー・スターク :Hurt Voice
シールダー(ウィンチェスター・ミステリー・ハウス)

←Back Character name Next→
:WINter soldiers ジョーカー :たんぽぽ食べて
バーサーカー(フォークロア)

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最終更新:2017年03月03日 08:20