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たんぽぽ食べて

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 この街には昔から 悪いうわさがあった

 誰も口にしたがらない 悪いうわさがあった


             ―― 谷山浩子『たんぽぽ食べて』



 ―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――



しん、と冷え切った広い空間。
窓の外からは、未だに男たちの声と、何やら作業をしているらしい音が聞こえてくる。
だだっ広いレッスンスタジオにて、ジャージ姿の北条加蓮は一人ストレッチを続けながら溜息をついた。

「みんな大変だね、ほんと……」

明日はいよいよライブ本番。
加蓮もまた、出場者の一人としてけっこうな長さの出番が割り振られていた。
原因不明の体調不良で入院騒ぎとなり、出演が危ぶまれてもいたのだが、なんとか間に合った格好である。

とはいえやはり練習不足は否めない。ダンスも歌もだいぶカンが鈍っている。
泥縄ではあるが、自発的なレッスン、振付の最終確認をするべく、今日は一日この大部屋を借り切りの予定だった。
ちょっとした体育館ほどもあるフローリングの大部屋は、壁が鏡張りなこともあって、やけに広く感じられる。

「おう、早いな北条」
「あっトレーナーさん! よろしくお願いします!」

部屋に入ってきた精悍な印象の女性に、加蓮は跳ね上がって頭を下げる。
事務所の専属トレーナー、その中でもかなり優秀なベテランの人だ。自然と加蓮も敬語になる。
普段はあまり直接指導を受ける相手ではないが、自主トレを申し出た加蓮のやる気にプロデューサーが手配してくれたのだ。

「会場の方はどんな感じです?」
「うちの妹も手伝いに行ってるが、まあなんとかなりそうだよ。
 警察や消防の検証や安全確認も含めて、今日いっぱいかかるらしい。
 お客さんが入ってからの『事故』でなくて良かったと思うべきだろうな」

2人は窓の外を見るともなく見る。
窓際に寄ってもここからは直接見えないが、聞こえてくる音は明日の屋外ステージで現在進行中の作業によるもの。
何やらライブ用の機材が漏電を起こし、ちょっとした小火があったらしい――
もっとも聞こえてきた話では、小火どころか爆発事故でもあったかのような惨状だということだが。

「ところで、神谷はどうした? 遅刻か?」
「あれ、そういえば……何も聞いてないですね」

トレーナーが周囲を見回し、加蓮も小首を傾げる。
言われてみれば確かに来ていない。
加蓮の親友であり、仕事の上でもコンビを組むことが何かと多い神谷奈緒
今日の最終確認にも付き合ってくれるという約束だった。それが時間になってもまだ姿を見せていない。
さほど几帳面な子でもなかったが、連絡もなしにすっぽかすというのは少し考えづらいことだった。

「まさか寝坊でもしたのかな……ちょっと電話してみますね」

何気なく答えて、部屋の隅に置いておいた自分の荷物に向かって1歩、2歩、踏み出した、その時。


   どくんっ。


「あ……あ、れ……?」

何の前触れもなく、強く心臓が打つ。
天地が音もなく大きく廻り始める。
息が詰まる。何故だか呼吸が苦しくなる。急に熱が出てきたような気がする。

「お、おい、どうした北条?!」

動揺したトレーナーの呼びかけにも答える余裕はない。
そのまま膝をつき、膝をついても身体を支えきれず、どさりと横倒しに倒れる。フローリングの冷たさが心地よい。
胸を押さえてはっ、はっ、と浅い息をつきながら、脂汗を吹き出しながら、加蓮は思い出す。
そう、この症状には覚えがある――

(なんで……! もう、治ったはずなのに……!)

そう、それは、ついこの間まで北条加蓮を病院のベッドに縛り付けていた、あの奇病。
検査を繰り返してもめちゃくちゃな異常値が出るばかりで、まるで原因が分からなかった。
ベテランの医師たちが頭を突き合わせて悩んで議論して、それでも解明できなかった。
感染症ではない。腫瘍らしい腫瘍もない。中毒などでもない。
ホルモン分泌の異常、自律神経の異常、起こっていることは断片的には分かる、しかしその原因も対策も分からない。
そうして誰も彼もが首を捻っているうちに、始まった時と同様に、あっさり急に治ってしまった、あの時の――!

「――誰か! 誰か来てくれ! 救護室、いや救急車だ! 誰かッ!」

遠くでトレーナーが悲痛な叫びをあげている。
自信に満ち溢れているはずの彼女の動揺っぷりに、なんだか少しおかしくなる。
そんな小さな笑いも、すぐに全身を苛む苦痛に上塗りされて。

薄れゆく意識の中、そして加蓮は、何故だか親友の顔を思い浮かべていた。
前回の入院の時、ひどく心配し、何やら思い詰めたような表情を浮かべていた、あの神谷奈緒の顔を――。



 ―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――



「……で、なんか本当に取材に行ったアイドルが体調悪くなっちゃったんだって!」
「それ聞いたことあるー。でも兄貴がその子もう退院したって言ってたよ」
「へぇ、あのビルってこの街だったんだ……」

雪がうっすらと積もり、白に染まったとある公園の片隅で。
古びたジャングルジムに寄りかかりながら、3人の少年たちが何やら無責任な噂話に興じている。
見たところ小学生高学年といったところか。この雪景色の中で半ズボンの子も居たりして、見ているだけで寒くなる。
本などを抱えた子もいるあたり、近くの市営図書館にでも寄ったところなのだろうか。

(……でも、寒さは感じないんだよな)

街灯の柱に寄りかかり、見るともなく少年たちの姿を眺めながら、恵飛須沢胡桃は溜息をついた。
本当はベンチに腰掛けたいところだが、そういったものも全て等しく雪を被ってしまっている。
さっき後輩と出会った公園のように、屋根つきの休憩所ならまた違ったのだが。

胡桃には一応、帰るべき家はある。
この冬木市の中、深山町に、自分が住んでいたのとまったくそっくりの一軒家が用意されている。
住人は……胡桃ただ一人。
窓も割れていない。部屋も荒れていない。
両親の寝室も全て完全にそのままに再現されているのに、何故かたった一人で暮らしている。
周囲の人間も、その不自然さを指摘したりはしない。ごく当たり前のことになってしまっている。
いちおう、両親は仕事の都合で冬木市を離れていることになっているんだっけ。電話もできないけれど。

家族と会えないことが、果たして良かったのか悪かったのか、胡桃には判断できなかった。
嘘でもいいから会いたかったと思う反面、かりそめにでも会ってしまったら心が折れていたような気もする。
聖杯戦争という状況を理解し、両親の不在を確認できた時、正直どこかほっとしている自分にも気付かされた。

以来、胡桃はなるべく家を避けるかのような行動をとっていた。
ベッドに眠りに帰る、着替えに帰る、シャワーを浴びに帰る。
そういった用事がある時だけ、仕方がないから自分の家を使う。そんな生活を送っていた。
とてもではないが、例えばリビングでTVでも見ながらくつろいでいるような気分にはなれなかった。

朝の走り込みも、家を空ける口実作りのような側面もある。
しかし、不自然な一人暮らしをしている割には、胡桃が自由になるお金も学生相応。
あまりお金のかかるところで時間を潰すような真似もできない。

頻繁に立ち寄る場所と言えば、別に買い物をせずともけっこう間が持つショッピングモール。
互いに名前も知らないが、格子のような髪と髭が印象的な警備員とはもはや顔馴染みである。
あとはたまにコーヒー一杯で長々と粘れる小さな喫茶店に寄ることもあるくらいだった。

他に自らのテリトリーとしては、キャスターが陣地を構築している森も挙げられるか。
しかし、別の意味でこちらも居心地の良い場所ではない。
いちおう毎日、顔を出しては最低限の相談と状況確認をしているが、あまり長居せずに立ち去っている。
キャスターの側も勝手に聖杯戦争を進めるつもりらしく、マスターである胡桃の指示を仰ごうともしない。

かくして、学校が休みとなれば胡桃にはやるべきこともなく、居場所もなく。
こうしてぼんやりとフラフラと、市内に何か所かある公園をはしごしていたりするのだ。

いちおう、聖杯戦争のためにも何か変わったコトがないか見て回っている、というつもりはある。
しかし何のアテもない。何を探すべきなのかも分からない。
さらに言えば自分のキャスターは情報収集に関しては飛びぬけた能力を持っているらしい。
意味のないことをしている、効率の悪いことをしている、という自覚はある。

はぁ。
思わず溜息が漏れる。そして吐いた息が白くならないことに、さらに気分が暗くなる。

「……怪しいなーそれ!」
「そう言われりゃそうだけどよォ!」

視野の片隅で、小学生たちは何やら下らない話を続けている。胡散臭いオカルト話みたいなもので盛り上がっている。
ちょっとだけ楽しそうだな、と思う。
小さく微笑んで軽く目を閉じた、その時。

「他になにか、噂になってる変な話ってないかな?」
「そうだな……あっ、そういや、あれがあった! 『死んでも動き続けるビョーキ』の話!」
「ああ知ってる知ってる、なんか怪しいケンキュージョでケンキューしてるってやつだろ!?
 兄貴もなんか言ってた! 学校とかには『きんきゅー対策マニュアル』とか配られてるんだって!」
「噛まれるとうつるんだろ! で、うつると、こう、死んだまま、ウーッ!って動き回って」
「ケンキュージョで閉じ込めてるけど、出てきたらヤバイってヤツ!」

(……なっ!?)

大きな本を抱えたおかっぱ頭の少年の問いに答えた、残る2人の小学生たちの言葉と仕草。
少しだけ脳内で文字に直すのが遅れた。
少しだけ理解するのに時間を要した。

 『死んでも動き続ける病気』
 『怪しい研究所で研究しているらしい』
 『学校に配られている緊急対策マニュアル』
 『噛まれると感染る』
 『感染すると死んだまま両腕を突き出して不格好に動き続ける』
 『研究所で閉じ込めているけれど、出てきたら大変』

まさか、それって。

「お、おいお前らっ!!」
「わぁっ!?」

気づいた時には、思わず胡桃は声をかけていた。
驚く少年たちに気遣う余裕もなく、ずかずかと近づき、声を張り上げていた。

「ちょっとその話、よく聞かせろ! 誰から聞いた! 『こっち』でもあるのか!」



 ―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――



小学生男子にとって、高校生というのは大雑把に言って「大人」に近いところに分類される存在だ。
それがいくら幼い顔立ちをしていても、髪型をツインテールにしていても、依然として上に仰ぎ見る相手だ。
見も知らぬそんな相手が、子供同士の会話に突然割り込んできた――
それは少年たちにとって、パニックになるに十分な状況だった。

「ど、どこで聞いたって言われても……なんか友達が前に、その……」
「お、俺は兄貴からだけど……」
「その友達は誰から聞いたんだ! その兄貴は誰から聞いたんだ!
 実際に『出てきた』ことがあったのか!? どうなんだ、おい!!」

何故かシャベルを担いだ女子高生が、口から泡を飛ばす勢いで問い詰める。
話を知っているらしい悪ガキ風の少年2人は、しどろもどろになるばかり。
とうとう我慢できなくなった女子高生が、少年の片方の胸倉を掴みかけた、その時。

「……たぶん無駄だよ、お姉ちゃん」
「っ!?」

3人の少年のうちの残る1人が、女子高生の行動を止めた。
少し異質な雰囲気をまとった、おかっぱ頭の、小柄な少年。小脇には大きな本を抱えている。

「たぶん二人とも、それ以上は何も知らないよ」
「お前、何か知ってるのかっ!?」
「知らないよ。でも、お姉ちゃんが話の出所を探そうとしても無駄だってくらいは想像できる」

少年は女子高生を見上げながら、淡々と語る。
冷たい風が吹き抜ける。少年の髪が揺れる。

「よくある、『友達の友達が言ってた話』ってやつだと思うよ。
 誰が言ったか分からない怪しい話。尾ひれがついて無責任に膨らんだ怪しい話。
 お姉ちゃんも憶えあるでしょ?」
「それはっ……!」
「それより、『こっちでも』って言ったよね? どこか別の場所でも同じような話あるの?
 それとも『出てきたことがあったのか』って、つまり……!」

年齢差に全く憶することなく、少年は女子高生に逆に問いかける。
深い知性と意志の力を宿すその視線に、少女はさっきまでの勢いも無くして少しひるむ。

何かが、違う。3人の少年たちのうち、この1人だけは、何かが。
残る2人の少年も、シャベルを担いだ女子高生も、一瞬のうちにそれを察する。
やがて言葉に詰まった少女は、顔を伏せたまま、背中を向ける。

「……何でもない。ごめんな、邪魔をした。それじゃ」

とぼとぼと、少女はその場を離れようとする。
訳の分からないままに、その背を見送る少年たち。
本を抱えたおかっぱ頭の少年が1歩踏み出し、声をかける。

「――ぼくは、『川尻早人』。この街に引っ越してきたばかり。お姉ちゃんは?」

「――『恵飛須沢胡桃』。じゃあな」

振り返りもせずに一言、自分の名前だけ返して。
女子高生は、そのまま走り去った。



 ―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――



……そこで何故、名前を名乗ったのか、川尻早人自身にも良く分からなかった。
ただ、脳裏を過ったのは、『吉良吉影』を巡る事件が一段落した後、何かの拍子に東方仗助から聞いた言葉。

 『スタンド使いはスタンド使いと『引かれあう』、らしいぜ』

仗助自身も他の誰かから聞いたらしい、スタンド使いたちの間で広く語られる経験則。
絶対的な数は乏しいはずのスタンド使いが、異常な頻度で別のスタンド使いと遭遇する、という現実。
その偶然の導きがあればこそ、早人(あるいは吉良吉影)は仗助たちと出会ったし、事件は解決もしたのだけれど。

(まさかとは思うけど、『聖杯戦争のマスター』も『引かれあう』……なんてことは、ないよね)

確証なんてない。
けれど、さっきのツインテールの女子高生……『恵飛須沢胡桃』は、必死だった。
事情はまるで分からないけれど、死に物狂いな感じを受けた。
そして……今のこの街で。
言葉を濁さざるを得ないような事情を抱えたまま、あんな表情をしなければならない理由は、そう多くないはずだ。

ひょっとしたら。
彼女とはどこかでまた、巡り合う運命なのかもしれない――

「おーい、川尻ぃ。今度はお前が何か話してくれよ!」
「そうそう! 前に住んでた街でもなんかあったろ、怪しい話!」

級友たちが声をかけてくる。
転校してきたばかりの学校の、名前もロクに覚えきれていない同級生。
早人が街を歩いていてたまたま見つけて、自然に発生した雑談の流れの中で尋ねてみたのだった。

 『この辺、何か怪しい噂話とかってない?』と。

引っ越してきたばかりの新参者の問いに、彼らは快く応じてくれた――
早人の読み通り、大人が馬鹿らしいと笑って話題にもしないような話が、子供たちの間では広く共有されている。
ひょっとしたら超常の力を持つ英霊たちの行動の一端などが、そういう話の中にも混じっているかもしれない。
子供であるということは、川尻早人にとって大きなハンディキャップであり、アドバンテージでもあった。

数々の噂話の代償に、自分も語ることを求められて、早人は少し思案する。
気になるのは先ほどの女子高生の過剰反応。
何か、こういう噂話と直結するモノがあるのかもしれない。
考えすぎかもしれないが、そういう力を持つ『サーヴァント』も居るのかもしれない。
ならば念のため、当たり障りのない所を選んで語っておいた方がいいだろうか?

「そうだね――そういうことなら。
 ぼくが住んでた街、杜王町のとある路地には、人の顔の形をした岩があって。
 なんか知らないけど、みんな『アンジェロ』って呼んでいたんだけど――」

噂話は続く。
雪の積もった寒々しい公園でも、人の集まる街中でも。
老若男女、全ての人々が、信憑性に乏しい怪しい噂話を語り続ける――!



【深山町 住宅街/1日目 午前】

【川尻早人@ジョジョの奇妙な冒険 第四部】
[状態]健康
[令呪]――
[装備]なし
[道具]偽臣の書、ハンディカメラ、鞄
[所持金]小学生にしてはやや余裕がある程度
[思考・状況]
基本行動方針:母の願いが叶う展開を阻止する。同時に、悪の手に聖杯が渡るのも阻止する。
1.情報収集と探索を続ける。

[備考]
※恵飛須沢胡桃と面識を得ました。聖杯戦争関係者である可能性を疑っています。
※今現在の冬木市で流行っている『怪しい噂』をいくつか、級友たちから聞きました。
 『廃ビルの幽霊話』『死んでも動く感染症の話』の他にも、噂を聞いている可能性があります。

※今回の話の間、早人のサーヴァントである小碓媛命が何をしていたのかは後続の書き手にお任せします。
 実は傍にいた、一時的に別行動を取っていたなど。



 ―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――



駆ける。
駆ける。
駆ける。

何かから逃げるように、恵飛須沢胡桃は駆ける。

「冗談じゃない、ぞっ……! なんで、あんな話がっ……!」

友達の友達から聞いた程度の、怪しい噂話。
ふつうに考えれば、真に受ける方がおかしい、そんなヨタ話。
だけど、あの話は。
そこで語られたあの存在は。

駆ける。
駆ける。
住宅地を抜けて郊外へ。
周囲の景色に、木々が増える。じきに建物もまばらになる。

死んでも動き続ける。
感染する。
噛まれると『おんなじ』になる。
怪しい研究所が関係しているらしい。
そんなの、そんなのって、まるで。

駆ける。
駆ける。
いつしか足元はコンクリートから砂利道になり、すぐに土の道に。処女雪に足跡が刻まれる。
見回せばもうそこは森の中。
胡桃は大きく息を吸って、そして。

「……アヌビスッ! キャスターっ! 居るんだろ、出てこいよっ! 『見てる』んだろっ!」

無人の森に向けて、叫ぶ。
数十秒の沈黙、そして。

「――我が『真名』をそう容易く口にしないでくれるか、マスターよ」

獣頭人身の異形が、虚空から滲みだすように出現した。
裸の胸を寒空に晒す、古代エジプトの『神』の一柱。
この森を『陣地』として着々と力を蓄えている、胡桃のサーヴァントである。

小さな影が、アヌビスの差し出した掌に躍り出る。
干からびた小さなネズミのような小動物。胡桃は嫌そうに顔をしかめる。
自らのサーヴァントがこういったミイラを行使するのは知っているが、何度見ても慣れることはできない。

「如何にも、全て我が使い魔を通して聞かせて貰った。
 マスターの動向は全て追わせて頂いている。其方の命運は我が命運にも直結しているがゆえに。
 しかし空を『獲られた』のは痛いな。鼠だけでは時に其方を見失う。
 今後は走り出す前に念話で一言頂けると有難い」

念話。そういえばそんな能力もあったんだっけ。使っていないから忘れていた。
わざわざ相談のためにサーヴァントの陣地まで走ってきたことが馬鹿らしくなる。

「空をとられたって……何があったんだよ」
「今朝になって『黒き猛禽の使い魔』を放った主従が居る。カラスにも似るが、我が知識には無き巨大な鳥だ。
 とても我が小鳥の木乃伊(ミイラ)では太刀打ちできぬ。一方的に狩られるがオチだ。ゆえに早々に撤退させた。
 『客人』を呼ぶのに使えただけでも良しとするべきなのであろうが、な」

マスターであるはずの胡桃にも良く分からないことを言う。相変わらずこいつは好き勝手やっているようだ。
ともあれ、空からの監視の目が封じられたのは事実であるらしい。

「それはともかく、さっきの話だ。あんた、何か聞いてないか?
 てか、まさかあんたの仕業じゃないよな?!」
「先の話というのは『死人が動く』という童たちの話か。
 『噛まれし者にも降りかかる、死ねずの呪い』の話か。
 主よ、我が真名を忘れたか。
 我は冥府を司る者。
 生と死の境界を揺るがすものがあれば、それはたちどころに我の知る所となる。
 ゆえに断言しよう、先の童たちの話に出てきたような事実は、この地にはない。
 少なくとも此度の聖杯戦争のために用意された『場』の範囲において、そのようなものは実在しない」

キャスターは堂々と断言する。胡桃は少しだけほっとする。
内心、恐れてはいたのだ、少年たちの噂する『怪しい研究所』が実在する可能性を。
その『研究所』から『犠牲者』が溢れだし、あの胡桃が見てきた惨劇が再現される可能性を。
だがキャスターはアヌビスの名に賭けて、「それはない」と断じてみせた。

「我は『冥界』――『異なる世界』と『現世』とを繋げる者。
 ゆえに、神々の中でも『異界』との接続については多くの知見を持っている。
 我の見たところ、此度の聖杯戦争、数多の『異界』が強引にまとめられているようだ」
「たくさんの、異界」
「『異界』、あるいは『ありえたかもしれない可能性』とでも呼ぶべきか。
 其方も見ただろう、己の常識とは異なる日常を送る人々の姿を。
 どうやら其方ひとりではなく、『この冬木の地』とは『異なる』所から呼ばれし者は少なくない」
「…………」
「おそらくあの『噂』は、それらの強引な接続の『余波』であろう。
 今の時代の言葉を借りれば、『無意識』と呼ぶのであったか――
 異なる世界の気配を、感受性高き者がまれに『魂の深層』で感知して、『夢』や『噂』という形で認識する。
 先の童たちの話も、その一例であろう」

異なる世界。
ありえたかもしれない別の可能性。
なるほど、胡桃たちが過ごした学校暮らしの日々と、今の冬木市での生活とは、まさにそんな関係だ。
これを無理やり繋げたから、その影響が間接的に出ている。
無意識とか夢とか、そういう部分に反映されている。
まるで見てきたかのように、胡桃たちが体験したあの惨劇の様子を語る子供たちも出る。
細かい理屈は分からないけれど、キャスターの説明は胡桃にも直感的に飲み込めるものだった。

「ともかく、『噂』でしかないんだな! なら気分は悪いけど、それなら……」
「だが」

安堵の溜息をつく胡桃。
しかしキャスターはそれを遮る。
表情の分からない犬の顔。見上げるだけで不吉さを感じさせる顔。

果たしてそこから放たれた次の一言は、胡桃に息を飲ませるのに十分な衝撃だった。



 ―― HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA ――



冬木市新都の片隅に、再開発に失敗した廃墟群がある。
工事途中で放棄されたビルディングに、崩れかけた民家。シャッターが閉ざされたままの商店。
あまりに不気味で、また立ち寄る用事もないため、このエリアには休日の真っ昼間から人の気配がない。

そんな路地を、笑いながら歩く影が2つ。
まっさらな雪の路面に踊るように足跡をつけながら、迷いのない足取りで進んでいく。

「『犯罪者こそ勤勉たれ』、ってのがオレの持論でね。
 口を開けて事件を待ってりゃいい『正義の味方(ヒーロー)』と違って、『悪党(ヴィラン)』は仕込みが命だ」
「そいつぁ同感だ。
 勤勉な下準備こそがオレをオレたらしめる!
 真っ白な紙に思うがままに計画を書き上げていく快感!
 創造こそが人間に与えられた最大の娯楽だ! オレたちはその最先端に居る!」
「いやまったく気が合うなぁ、相棒」
「ほんとだぜ。まあ何といっても『オレ』はオレだからな!」

鏡合わせのように同じ姿をした怪人は、顔を見合わせてさらに笑う。
緑の髪。真っ白な顔。裂けたような口。紫のスーツ。
異常な風体の道化師2人は、廃墟の街を進んでいく。

「そんな計画的なオレだからよ、既に考えてあるのさ。『聖杯』を手に入れた時の願い事!」
「奇遇だな! 実はオレも考えてあるんだ!
 どんな願いでも1つだけ叶えてくれるっていう『聖杯』の奇跡の使い道!」
「じゃあ、答え合わせするか?」
「いいぜ。
 せーの、で言うんだぞ。じゃ、せーの、」


  「「『願いを2つにしてくれ』!!」」


 HA   HA   HA   HA    HA

   HA     HA   HA   HA   HA

 HA   HA   HA   HA    HA


いつしか笑う2人は、1つの廃ビルの前に辿り着く。
行く手を阻んでいたであろう鉄の扉は、それを封じていた鎖もろともバターのように切られて転がっている。
ひょい、と何でもないことのように門を潜ると、道化師たちはずかずかと入り込む。


「都市伝説ってのは便利なもんだ。
 薄っぺらだが底がない。いくらでも湧いて出る」
「犯罪計画には仕込みが大事?
 OK、ならばさっそく仕入れよう、世間の『噂』を、無責任な『語り』を! 異界を映す、無意識の『悪夢』を!」


「『深夜のプールで泳いでいると、音もなく大きな黒い影が出てきて、水に浮かぶ全てのものを飲み込んでしまう』」


「おう、いかにも『それっぽい』安いお話だ」
「そう、だからこそオレたちの武器になる。
 安いナイフに安いガソリン、安いヨタ話こそがオレたちには相応しい」
「ああしかしコイツは条件が厳しすぎる。
 今は真冬だぞ?! いったいどこの馬鹿が夜中のプールに忍び込むって言うんだ!?」


2人はビルの奥に歩を進める。
一気に回りが暗くなる。床や壁に、稲妻が通り抜けたかのような黒い焦げが走っているが、2人は気にも留めない。


「よし次だ。
 『住宅街の片隅、いつの間にやらあった人面岩。時々奇妙な唸りを上げる!』」


「よぉアンジェロ、こんなとこまで出張ご苦労さん!」
「こういう話はいつの間にやら『場所』が曖昧になったりするもんさ。冬木市も杜王町も関係ねェ」
「だけどコイツは使えねぇ! アギアギ言うばっかりで動けもしねェ!」


「じゃあこんなのはどうだ。
 『最近流行りのソーシャルゲーム。
  やると数万人に一人の割合で、ホンモノの魔法少女に成れる!
  そうして生まれた魔法少女たちは、人知れず人助けをしているらしい』」


「ああ畜生、そいつぁ『ナーサリーライム』の領分だ!
 恐怖と絶望の『フォークロア』はお呼びじゃない!」
「……『ほとんど』は、な!」


2人はやがて、ビルの奥深く、お目当ての部屋へと辿り着く。
湿っぽく、カビ臭く、しかし――何の気配もしない、ガランとした部屋。
一通り見まわして、パントマイムめいた大袈裟な仕草で道化たちは嘆いてみせる。


「おう何てこったい、元気に引き篭もってるかなと覗きに来てみりゃ、誰かに『殺され』てんじゃねぇか」
「酷いことをする奴もいるもんだ。健気に世間を呪っていた亡霊を、無理やり一方的にイかせちまうなんて」
「起きろ起きろ、寝てるヒマなんてないぞ! これからが面白くなるんだからな!」


「『TV番組でも取り上げられた、猟奇殺人のあった廃ビルの奥深く。怨霊は不用意に近づく者の精気を奪う!』」
「『なんでも実際、取材に行ったアイドルの1人が入院したらしい!』」


道化師たちの唱和に応えるように、何もなかったはずの空間が『歪む』。
姿は見えない、声も聞こえない、しかし、圧倒的な『存在感』だけがそこに『出現』する。
常人ならばその気配だけでも倒れてもおかしくないような、そんな強烈な『恨み』『妬み』『害意』――

だが哀しいかな、この場にいるのは狂人のみだった。
今まさに顕現した怨霊を前に、何やらがっかりした様子で肩を落とす。

「おいおい、多少は使えるかと呼んではみたが、よく見りゃこいつ、ココから動けねェじゃねぇか」
「そりゃまあ、そういう噂だからな……おい、もういいぞ、帰れ」
「それがどうやらコイツ、出てきて早々『仕事』しているらしい。犯罪者も呆れる勤勉っぷりだ」

白塗りの道化師たちは顔を見合わせる。
そして唐突に笑い出す。
耳障りな声を上げながら、回れ右。楽しそうな足取りでビルの外へ向かう。


「仕事中なら仕方ねェ。気が済むまで呪ってて貰おう!」
「邪魔したな坊や! 今度こそ殺されないよう、オレたちも祈ってるよ!」
「しかしそうなると、やっぱり『アレ』を使うしかないかな!」
「そうだな! やっぱり本命は『アレ』だろう!」


「『どこぞの研究所で、怪しい研究をしているらしい!』」

「『そいつは感染したら最後、『死んでも動き続ける』感染症らしい!』」

「『噛まれりゃうつる、鼠算式の惨劇! 間違っても世に放たれてはいけないやつ!』」

「『誰もが知ってる、B級パニックホラーで御馴染みの『アレ』! そう『アレ』だよ『アレ』!」

「『だけどその名は『知らんぷり』するのが『お約束(マナー)』! 口に出したら台無しだ!』」


再び陽光の中に歩み出ながら、道化師(ジョーカー)たちはにんまりと笑う。
スキップを始めかねないような上機嫌っぷりで、街へと出ていく。

「こいつは使いどころが肝心だぞ! こればっかりは狙いすまして使わなきゃ!」
「人が集まっている所がいい! 人の注意が逸れている時がいい!」
「そうするとやっぱり、『あの』タイミングだな!」
「ああ、オレもそうだと思っていたよ! 本当に気が合うな、『オレ』!」

ビルの中に『再現された怨霊』を残し、狂気の嘲笑者たちは街の中へと消えていく。
両手いっぱいに『安っぽい噂』というおもちゃを抱えて、どうやって遊ぼうかと思案しながら……!



 ―― HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA HA ――



【新都・再開発失敗エリア/1日目 午前】

【ジョーカー@ダークナイト】
[状態] 健康
[装備] 拳銃、鉄パイプ、その他色々
[道具] 442プロ主催クリスマスライブのチラシ
[令呪] 残り三画
[所持金] 二百万円前後。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を自分好みに“演出”する。
[備考]
1.聖夜に最高のパーティを。

【バーサーカー(フォークロア)@民間伝承】
[状態] 健康
[装備]
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:(ジョーカーに準ずる)
[備考]
1.(ジョーカーに準ずる)

※廃ビルの怨霊が、バーサーカー(フォークロア)の能力によって『再現』されました。
かつてセイバー(源頼政(猪隼太) )に倒された霊的な存在の、コピーのようなものです。
その影響で、北条加蓮の『症状』も再発しています。



 ―― 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 噂 ――



森を吹き抜けた冷たい風が、遠くから笑い声の幻聴を運んできた、ような気がした。

『死んでなお動き続ける感染症』。
それは今はまだ、実体のない噂話に過ぎない。
けれど。
此度の聖杯戦争、『噂』を『本当』にできる者たちがいる。
討伐令も出された、ピエロの2人組。
しかも彼らはその『噂』の産物を使って、愉快犯的に人を殺して回っている――。

自らのキャスターから聞かされたその事実に、胡桃は唇を噛む。
絞りだすような、声を上げる。

「……キャスター。止めるぞ。絶対に。
 『その噂』だけは『現実』にしちゃいけない。『その噂』を『使われる』前に――そいつらを、止める」
「無論だ。
 他の話はともあれ、『その噂』だけは我にとっても不快極まりない。我が名の下において、止める」

期せずして初めて、主従の意見が、意志が合う。
胡桃は腹を決めて自らのサーヴァントをしっかりと見据える。
どこを見ているかも分からぬジャッカルの顔は、しかしほんの少しだけ、怒りを滲ませているかのようにも見えた。

今でもアヌビスへの不快感は消えない。
けれど、今の胡桃はこいつを使うしかない。
不愉快な部分も認めたくない部分も、持てる強みは全て惜しみなく使う覚悟が必要だ。

絶対に、どんなことをしてでも、あの学校で怯えて暮らすような日々を再現させてなるものか。

雪に覆われた森の中、胡桃は強く強く、シャベルの柄を握りしめた。



【深山町 町外れの森(入り口付近)/1日目 午前】

【恵飛須沢 胡桃@がっこうぐらし!(原作)】
[状態]健康?、精神的疲労(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]スコップ(当然のように背負っている)、財布や携帯電話などの日用品
[所持金]一般的な学生並
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残り、元の平和な世界を取り戻す。
1.道化師の主従を止める。『死人が動く感染症』の惨劇再現はやらせない。
2.他のマスターのことは……なんとか、割り切る。割り切らなくちゃ。
[備考]
※川尻早人と面識を得ました。
※ジョーカー主従が『噂を現実にする力』を持つことを知りました。

【キャスター(アヌビス)@エジプト神話】
[状態]健康、魔力潤沢
[令呪]
[装備]ウアス、
[道具]仮面を覆い隠す為の布
[思考・状況]
基本行動方針:異教の概念を淘汰し、古代エジプトの信仰を蘇らせる。
1.道化師の主従を止める。
2.使い魔を用いて偵察。ランサー(カメハメハ)にも定期的に情報を提供する。
3.今後の為にランサー(カメハメハ)への対策も考える。
[備考]
※大きなカラス(ベンディゲイドブランの使い魔)の出現を受け、小鳥のミイラの使用を取りやめました。
 サーヴァントの誰かが放った使い魔だという所までは理解しましたが、相手の正体までは見抜けていません。

時系列順


投下順


←Back Character name Next→
:WINter soldiers 川尻早人 :Killing Crusaders

←Back Character name Next→
:I am Iron Man ジョーカー :Killing Crusaders
バーサーカー(フォークロア)

←Back Character name Next→
:錆びつく世界を、スキップでかけて 恵飛須沢 胡桃 :Killing Crusaders
キャスター(アヌビス)

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最終更新:2017年05月27日 16:16