| レムファータ紛争 | ||
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| 期間 | 1678年~1679年 | |
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| 場所 |
レムファータ諸島 ヴェルキータ諸島 |
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| 結果 |
南部レムファータ諸島のフレルミエ編入 ヴェルキータ諸島のコユール編入 |
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| 交戦勢力 | 目次 | |
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フレルミエ連合王国 コユール連合王国 |
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| 指導者・指揮官 | ||
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エルスカジ・クロルフィート・フレルナ ハリスコフェ・オルテナーツ† フリストフォーレ・パルヤスカ |
レルゼル・メルペルレーネ† エンゼレナ・テーレノルナ・スィレーナ |
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| 戦力 | ||
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アライド方面艦隊 航空母艦 2 戦艦 2 巡洋艦 9 嚮導駆逐艦 3 駆逐艦 21 潜水艦 9 上陸部隊・上陸支援艦隊 軽空母 1 巡洋艦 3 嚮導駆逐艦 1 駆逐艦 7 上陸部隊 12,600 戦車 60 基地航空機 戦闘機 102 爆撃機 121 近接航空支援機 80 コユール海軍派遣部隊 航空母艦2隻 戦艦2隻 航空巡洋艦2隻 艦隊巡洋艦2隻 嚮導駆逐艦4隻 艦隊駆逐艦12隻 潜水巡洋艦8隻 工作艦1隻 潜水母艦1隻 コユール海軍海兵隊 海兵約4,000名 軽戦車12両 榴弾砲32門 輸送車両50両 |
皇立海軍本国艦隊 戦艦3隻 巡洋艦12隻 駆逐艦33隻 水上機母艦2隻 潜水艦7隻 水上機37機 陸上戦闘隊レムファータ方面隊 歩兵5,600名 戦車12輌 装甲車24輌 火砲21門 陸上戦闘隊ヴェルキータ方面隊 歩兵3,000名 戦車12輌 装甲車20輌 火砲21門 海軍航空隊 戦闘機33機 攻撃機21機 |
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| 損害 | ||
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フレルミエ海軍 戦艦1隻沈没 同1隻大破 巡洋艦1隻沈没 同3隻大破 駆逐艦3隻撃沈 同1隻中破 潜水艦2隻撃沈 |
海軍 戦艦2隻沈没 同1隻中破 巡洋艦2隻沈没 同2隻大破 駆逐艦9隻沈没 同3隻大破 同3隻中破 潜水艦1隻沈没 水上機12隻撃墜 陸上戦闘隊 |
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レムファータ諸島、ヴェルキータ諸島共にボーキサイトが産出し、ヴェルキータ諸島では小規模ながら油田も発見されていた。
レムファータ諸島は対フレルミエ戦略、ヴェルキータ諸島は対コユール戦略においてそれぞれ要地である以上、元より侵攻を受けるリスクを有していることは帝国にとっても自明であった。
故にこれら諸島は当然ながら強固に防備されていた。
しかし西零戦線への介入準備や対凱戦・対光惺戦の勃発と他地域での緊張度増加が続いた結果本土周辺から大規模な戦力移転が実施され、結果として両国のつけ入る隙を与えた。
東エルナ紛争後、ファタ・モルガナ帝国の戦力移転の情報が内通者よりもたらされ、ベリニア及び南部リャエム諸島奪還の好機であるとして当時の第1次エルスカジ議会がファタ・モルガナ帝国との開戦を強行した。
まだ準備不足であるとして連合王国海軍は開戦に反対したが、陸軍が開戦を支持したことと議会が強硬に物事を進めたことから動員せざるを得なくなった。
ヴェルキータ諸島における石油資源の発見の情報を情報省が入手したことから興味を持っており、フレルミエの奪還計画にたいして便乗する形で参戦した。
軍部は海軍力に大きな開きがあることから、大規模な艦隊決戦になった際に自軍側が大きく不利であると判断し反対の立場であったが、内閣はこの時、経済界からの石油資源不足に対する懸念による突き上げを食らっており、小規模ながらも油田を有し、本土から比較的近く、また国家の安全保障上意味のある諸島であることから、内閣は議会にて与野党に根回しを行い、経済界からの支持を受ける形で軍部からの反対を押し切り参戦を決定した。
陸戦隊は基本的な防衛戦術として要衝に兵力を集中配備した待ち伏せ戦術を行い、火砲や車両は数こそ少ないものの巧妙に隠蔽された上で配備されていた。
戦車は歩兵直協の為の軽戦車が大多数であり、3輌1個小隊で7個小隊居る内5個が小隊がそういった軽戦車を装備していた。専らフレルミエ、コユール両軍を苦しめたのはレムファータ諸島、ヴェルキータ諸島それぞれに1個小隊づつ配備されていた中戦車であったとされる。
島嶼部の攻略においてフレルミエ軍は重要な地域を飛び石作戦(アイランドホッピング)で攻略することを基本戦術とし、また空母や基地航空隊など、陸海ともに航空戦力を全面的に運用する戦略をとった。特に主力艦の数で劣るフレルミエ軍が劣勢を覆すために空母を主力艦の代用として運用した。
しかし、艦隊戦で戦艦隊を中心に大きな損害を被ったために上陸部隊への火力支援能力が下がり、戦闘の長期化を招いた。
ヴェルキータ諸島における戦闘においては、ファタ・モルガナ海軍艦隊に対してコユール海軍は空母戦闘機隊による陽動と潜水艦による主力艦襲撃を予定していた。
結果として、艦隊戦は起こらず海軍はその火力を陸上攻撃へと向けることが可能となり、比較的優位に上陸戦闘を行うことができた。
対光戦のためにオリエンス艦隊へ戦力を供出した結果ただでさえ大幅縮小していた本国艦隊の戦艦を2隻喪失し、1隻がドック送りにされるという壊滅的な損害を被った。この結果本国艦隊の稼働可能な戦艦は一時期2隻となり、本土周辺の制海権を失うリスクに晒された。
これはオリエンス艦隊から戦力を差し戻す事態を招き、対光戦の戦局にもよからぬ影響を与えた。
1675年から就役開始したレムレータ型戦艦は1,2番艦と立て続けに本国艦隊に配備されたようにエルセリナ型以降の新戦艦の決定版とも言うべき海軍待望の艦型であった。しかしながら初陣となるレムファータ島沖海戦にて一番艦「レムレータ」は航空魚雷によって喪失し、二番艦「フラムカクス」も中破するという惨憺たる有様となり、その直接的な原因が水雷防御の欠陥にあることが「フラムカクス」の被害調査によって判明した。
同型の水雷防御は主装甲を傾斜させ、厚みを減じながら二重底部まで降ろすことで魚雷防御用の隔壁としており、剛性の高い鋼材を対魚雷防御に使用する方式となっていた。「フラムカクス」の被雷箇所を調査したところ、装甲材の接合部が破断してその破片が奥の液層防護区画を突き破って保護区画まで突出、浸水の原因となっていた。隔壁の剛性が高すぎるために爆発の衝撃を吸収しきれず、溶接部に応力が集中した結果破損したと結論付けられた。これは前級であるミゼナ型戦艦の設計時点で水中爆破試験の結果として報告されていた既知の事象であったが、速力と航洋性を優先して切り詰められた最大幅では理想的な他層防護の為の縦深を確保することは不可能であった。
同様の防御方式はミゼナ型から採用されており、当時既に建造が開始されていたジナイナ型特一等巡洋艦もこの方式を採用していた。一方、レムレータ型の次級として計画されていたレステーナ型戦艦も設計変更が間に合わない段階ではあったものの、最大幅の制限が無かったことからオーソドックスな多層式の水雷防護が採用されていた。
帝国はレムファータ諸島をフレルミエに、ヴェルキータ諸島をコユールに割譲し、軍事戦略上の要衝かつ資源産出地を一挙に失うこととなった。また、皇立海軍では、三流海軍と見下していたフレルミエ連合海軍の手によって本土艦隊が大損害を被ったことが大混乱を呼び、海軍卿のエムトゥーレス・グラストナが左遷される、それまで主流であった大艦巨砲主義が廃れ、航空主兵主義に傾くなどの大きな転換を迎えた。
フレルミエ側は南部レムファータ諸島(頼:南部リァエム諸島)を手に入れ、連合王国海軍の初陣であるレムファータ沖海戦においても勝利を収めた。しかし、実戦経験が無く教本通りの動きしかできない指揮官や主力艦をはじめとした艦艇の性能に大きな開きがあることが問題視された。今回の戦いはフレルミエ側が空母を投入し勝利したが、仮にファタ・モルガナ帝国側も同数もしくはそれ以上の数の空母を投入してきた際には経験豊富かつ技術的優越であるファタ・モルガナ帝国海軍に蹂躙されることは自明であった。
また、航空機の有用性が証明されたことでフレルミエではSh-33Rをはじめとする対艦戦を主任務とする攻撃機の開発が盛んに行われていくこととなる。