唯先輩の言葉に、私の体内でドックンと高い鼓動が響いた。
まただ・・・。楽しいって思って・・・心が躍り出した瞬間に、あの夢の恐怖が襲ってくる・・・。
死神という言葉をきっかけに忘れようとしては蘇り、取り去ろうとしては再び付きまとってくる、あの悪夢。

現実には起き得ない事・・・さっきはそう自分に言い聞かせて無理矢理忘れようとした。
だけど、忘れる事なんてできなかった。
どんなに楽しいと思っている時でも、小さな破片として私の記憶の片隅に存在しているのだ。
思い出しただけでも息が苦しくなってくる。しかも、さっきよりも夢の記憶が鮮明に蘇ってきている。
時間が経つにつれ、夢の記憶は薄れるはずなのに・・・不思議なものだ。


「どんな怖い物が来ても・・・私があずにゃんの事を守るよ!」


私の心の悩みを見破ったかのように、ギュッと私の手を握った唯先輩。
その表情は、照れている物でも、柔らかい物ない。キリッとしてカッコいい物だった。
普段は見せる事のない表情・・・だけど私は、この表情が最後まで私を守っていくという、唯先輩の決意の表れだと感じた。


「ありがとうございます・・・行きましょう、唯先輩!」


私も決意した。あの悪夢の事なんて忘れて、ただ純粋に唯先輩と一時を楽しもうという事を。
あんな夢に、楽しいデートを邪魔されたくない。もっと楽しい思い出を作るんだ・・・私はその一心だった。
握られた唯先輩の手からは、唯先輩の温かさが伝わってくる。
そして心なしか、震えも・・・って、あれ?


「唯先輩・・・何か手が震えてませんか・・・?」
「き、気のせいだよ、あずにゃん!・・・怖いけど、それを口述にあずにゃんに抱きつけるなんて思ってるわけじゃないからね!」
「唯先輩・・・目的が口から出ちゃってますよ・・・」
「あぅ・・・あずにゃん、今のは聞かなかった事にして~」


何か・・・唯先輩の表情と内心のギャップがおかしくなって、思わずプッと吹き出してしまった。
そのおかげで、蘇ってきた恐怖心も今はスッと納まっていくのがわかった。
目的をばらしてしまい、てへへ~と笑う唯先輩。さっきまでのカッコ良い唯先輩はどこへやら・・・。
それでも、そんな彼女を私は愛しく思っている。
結果的に私を落ち着かせてくれた・・・私は、唯先輩と一緒ならどんな事でも乗り切れそうな気がした。



お化け屋敷の中に入ると・・・そこは流れている空気も心地良いものではなく、現実から離された異空間のようだった。
おどろおどろしい音楽が流れており、それを聞くだけでも前に進むのをためらってしまうほどだ。


「あずにゃん・・・ちゃんと居る・・・?」
「はい、ここに・・・居ますよ・・・」


唯先輩は、私を守ると言った手前、一応私の前を歩いている。
しかし、唯先輩は腰が引けていて、正直な所・・・守られている感はしなかった。
だからと言って、私が先頭に立つのは嫌なので、唯先輩の後ろに付いて行くのだった。


「あずにゃん・・・怖くない・・・?」
「いや、怖くないわけないじゃないですか・・・」
「そ、そうだよね・・・わ、私も・・・ちょっと怖い・・・だ、だけど、あじゅにゃんの事は・・・守る・・・からね!」
「唯先輩・・・声震え過ぎて、私の事をちゃんと呼べていませんよ・・・」
「わぁ!!・・・な、何か青白いのが飛んでる・・・!!」
「あれは・・・火の玉の演出ですね・・・」


唯先輩は肝試しでも使われるような、ベタな演出でも驚いている。
お化け屋敷では簡単な演出でも驚く方が醍醐味があって良いのかもしれない。
だけど、唯先輩は床が柔らかくなっていたり、気体が噴き出すという演出にも驚いており、なかなか落ち着かない様子だ。
私自身は、入って最初の5分くらいは・・・一応、正常な対応ができていた。
しかし、想像以上におぞましく造りこまれているお化け屋敷を進むにつれて、私は徐々に平常心を保つのが難しくなった。


「・・・あ、何か傷ついたお人形さんが置いてある・・・」
「あまり・・・近づきたくないですね・・・」
「でも・・・通路に置いてあるから・・・どうしても近くを通らないと・・・」


私達は牛歩のように歩きながら人形に近づいていく。
ふと周りを横に目をやると、他にも沢山の人形達が置かれている。
その人形達は、皆私達の方を見て・・・不気味に笑っているように見えた。


「唯先輩・・・この人形達・・・皆、血を出しているみたいですね・・・」
「う、うん・・・そういえば、通路に置いてあったお人形さんも・・・・・あっ・・・・・」
「・・・ど、どうしたんですか、唯先輩・・・」
「・・・居ない・・・」
「えっ・・・な、何が・・・ですか・・・」
「さっきまであったはずの・・・通路に居たはずのお人形さん・・・」


さすがお化け屋敷と言ったところか・・・なんて思う余裕は無かった。
横からは魂が宿っていないはずの人形達から、気持ち悪い程の無数の視線を感じる。


「ゆ、唯先輩・・・早く行きましょうよ!」
「ねぇ、待ってよ・・・」
「な、何でですか・・・!?唯先輩も、こんな気味の悪い所から早く抜けましょうよ!」
「私を置いていかないでよ・・・」
「だから、唯先輩も早く・・・」
「ねぇ・・・あずにゃん・・・」





「あずにゃんが話している相手・・・私じゃないよ・・・」





私は背筋が一気に寒くなり、思考回路が一時停止した。
脳の中の回路はすぐに動きだしたが、現在の状況下において、どうするべきか・・・その選択肢は走って逃げるの一択しかなかった。
しかし足が震えてしまい、まるで金縛りにあったかのように、自分の身体を動かす事ができずにいた。
私がさっき話していた相手は唯先輩では無い・・・。となると、一体誰・・・?


「私と遊んでいってよ・・・」


声が・・・


「私、鬼ごっこがしたいな・・・」


聞こえてくる・・・


「私、鬼やるね・・・」


私の・・・


「私、捕まえるの得意なんだ・・・」


足元から・・・


「私から逃げようなんて無理だからね・・・」


恐る恐る下を見ると・・・血の気を失った手がスッと伸びてきた。
逃げようとしても体が動かない・・・そうだ、唯先輩に助けを・・・と思った瞬間、得体の知れない手によって私の左足が掴まれてしまった。


「ほら、捕まえた・・・」
「きゃぁぁぁ!!ゆ、ゆ、唯先輩いいぃぃぃ、助けてぇぇ!!」


私の足を掴んでいたのは、さっき通路に置いてあった人形と同じ格好をした・・・女の子の幽霊だった。
突然の事でパニックになりかけた私は、唯先輩に助けを求めようとした。
しかし、薄暗い部屋の中・・・その姿はどこにも居なかった・・・。
さっきまで傍に居たはずなのに・・・まるで神隠しにでもあったかのように、その姿は消えていた。
こんな場所で・・・まさか、私1人きり・・・!?
お化け屋敷の最終地点まではまだ半分残っている。この先を1人だけで進むのは絶対に無理だ・・・。
私は目に涙を滲ませながら、忽然と消えてしまった唯先輩の名前を叫んだ。


「唯先輩・・・!唯先輩・・・!!どこですか、唯先輩!!!」
「うぅ・・・あずにゃぁん・・・」
「えっ・・・?」


私の耳に微かに入ってきたのは、どこか聞き覚えのある唯先輩の苦しそうな声だった。
その苦しそうな声を聞いた途端、胸騒ぎを覚えた。
このままでは唯先輩が大変な目に遭ってしまう・・・そんな予感がしていた。
      • でも、何でだろう。何故、そんな嫌な予感が・・・。
それに、この唯先輩の苦しそうな声・・・どこで聞いたんだっけ・・・。


「あずにゃぁん・・・助けて・・・」
「唯先輩・・・どこに居るんで・・・!?」


左足を何者かに掴まれたままだったが、今度は右足を誰かに掴まれてしまった。
上半身を軽く反らすと・・・目の前には天井からぶら下がっている女の子の幽霊が居た。


「きゃぁぁぁぁ!!何、誰!?誰が私の足を・・・って、何してるんですか、唯先輩!!」
「うぅ・・・あずにゃぁん・・・怖くて腰抜けちゃった・・・」
「ちょっ!!しっかりしてください!!」


私の右足を掴んでいたのは・・・居なくなってしまったと思っていた唯先輩だった。
私よりも怖がって、さらには腰抜けたって・・・私を守るっていう話はどうなってしまったんだろう。
でも、これがきっかけで思い出した・・・唯先輩が足を掴んでいるのと同じ状況・・・あの苦しい声を聞いたのは、夢の中の出来事だ・・・。
あの夢の中の唯先輩が、私を死神から引き離す為に足を掴んだんだ・・・。自分の身体がボロボロになっているのに・・・。
その後、唯先輩は死神に・・・って、何そんな変な事まで思い出してるだろう。
嫌だ嫌だ・・・あれは悪い夢なんだから、早く忘れなきゃいけないよね。

      • それにしても、現実の唯先輩もある意味ボロボロになっちゃってるけど・・・この先大丈夫なのかな。
気付くと、私の左足を掴んでいた女の子の幽霊も、天井からぶら下がっていた幽霊も居なくなっていた。
どうやら唯先輩は、突然天井から女の子の幽霊が現れたものだから、思わず腰を抜かしてしまったらしい。
時間にして30秒程の出来事だったけど、それは1分、2分・・・いや、それ以上の時間を感じさせる程の恐怖だった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ユイ 「アズニャンノタメナラ、エンヤコーラ…」
アズ「ヘ、ヘンナウタ、ウタワナイデクダサイ!!」
ユイ 「…」シーン
アズ「ゴメンナサイ…ヤッパリ、ウタガアッタホウガ、イイデスネ…」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



「ここが、最後の場所みたい・・・」
「そう・・・ですね・・・」


あれから、さらに幾多の恐怖を体験してきた私達は、ようやく最後の場所に辿り着いた。
その場所に行くには扉を開けて入らなくてはいけないのだが、そこには次のような注意書きがある。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
|・この部屋には死神が棲み付いています。決して大声を上げないでください。  |
|・大声を聞くと、人間の魂に飢えている死神が、あなたの魂を奪いに来ます。  |
|・死神に捕まったら最後、この部屋からは生きて出る事はできなくなるでしょう。|
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


そう、ここが『死神の館』と呼ばれている、このお化け屋敷のメインルームなのだ。
ここまで来るのに、精神的ダメージを相当受けているのに、最後の最後でこれはキツイ。
出来る事なら、引き返したいくらいだが、それは今までの苦労をもう一度味わう事になる。
八方塞がりのこの状況・・・唯先輩はどんな表情をしているのだろう・・・と、チラッと横目で確認してみた。


「・・・ヒック・・・わ、私が付いてるから・・・大丈夫だよ、あじゅにゃん・・・」


      • 半泣きだった。そして、また私の事を呼べないくらいに声も震えている。
このお化け屋敷に入ってからわかった事だけど、唯先輩はかなりの怖がりなんだ。
かく言う私も怖がりだったりするけれど、唯先輩ほどでは無い・・・と思う。
それでも、唯先輩はお化け屋敷に入る前に交してくれた約束を守ろうとしてくれている。
途中、悲鳴を上げたり、腰を抜かしたりと、体を張って守ってもらっているという気は全くしないけれど・・・
だけど、隣に居るだけで心が落ち着く・・・こんな状況なのに不思議と穏やかな気持ちになれる。
唯先輩は私に、不思議な魔法にかけてくれているようだった。


ギギーッ・・・と古そうな扉を開けた先は・・・真っ暗闇だった。
本当に、何も見えない闇の中・・・。辛うじてわかるのは、薄気味悪い光で灯されている、通路を示す矢印だけだった。
故に、隣に居るはずの唯先輩の姿すらまともに見えなかった。
ギギーッ・・・と扉が動く音が聞こえた瞬間、バタンッ!と勢いよく扉が閉まる音が闇の中に響いた。


「ひゃっ!?・・・な、何、今の音・・・」
「さっき入ってきた扉が閉まったみたいですね・・・」
「えぇ!?な、何で・・・誰か居るの!?・・・真っ暗だから何も見えないよぉ・・・」
「お、落ち着いてください・・・私ならここに居ますので・・・とにかく、叫び声は上げ・・・キャッ!!」
「キャッ!!・・・な、何・・・今の音・・・」
「た、多分・・・お皿が割れる・・・音が流れただけです・・・」


パリン、ガシャンという音が急に耳に入ってきたものだから、私達は思わず軽い悲鳴を上げてしまった。
大した事のない音でも、恐怖を感じている中では、ビビらせるのには十分だ。
暗闇に入ってからは、まずは小手調べといった感じで、音を使って入った者を驚かせる演出が続いた。
それでも、とにかく大きな叫び声は上げないようにしようと、私達は必至だった。


「こんな暗い部屋・・・何も出てこなくても怖いね・・・」
「そうですね・・・」


この部屋に入る前から気になっていた事がある。
扉の向こうにあった注意書きを見させられると、私達の立場をあの悪夢と否が応でも重ねてしまう。
あの震え上がった夢はこのお化け屋敷の予知夢だったのだろうか。
それならば、この後に唯先輩が危ない目に遭うかもしれない。もしくは、私の身に・・・。


「私が見た夢と・・・何でこうも似てるんだろう・・・」
「えっ?・・・夢って?」
「あ、いえ・・・何でもないですよ!」


暗闇、死神、魂を奪われる・・・悪夢と現実との共通点が多い事に薄気味悪さを感じつつも、私達はゆっくりと歩を進めて行く。
今はまだ死神とやらは出てきていないけれど、いつ出てくるかもわからない。
もし遭遇してしまったら、どうすれば良いのだろうか。
まともに相手にして太刀打ちできる自信も無いし、何の前触れも無く現れれば、恐怖のあまり動けなくなるかもしれない。
先手必勝・・・ではないけれど、やはり走って逃げる事が一番の最善策ではないだろうか・・・。


『死神の弱点、嫌いな物は赤い物なんだって。赤い物を見せたり、身に付けたりしていると、何故か退散しちゃうみたい』


夢でそんな話があった事を思い出したが、生憎今日の私は赤い物なんて身に付けてない。
学校の制服だったら、首元のリボンが赤いんだけれど・・・。
唯先輩も赤い物は身に付けていない。強いて言えば、ピンクのハート型のネックレスはしている。
光の当たり具合によっては、赤に見えなくもない・・・。

って、私は何を考えているのだろう・・・。あの夢の事なんて忘れようと決めたのに、気付くと夢の出来事が頭の中を占領しようとする。
あれこれと、お化け屋敷の演出一つで真剣に悩みすぎて、楽しもうとしていない自分が情けなくなってきた。

扉の向こうにあった注意書きは脅し文句に過ぎないし、ここで実際に魂が抜かれるなんて事は有り得ないんだ。
何で純粋に楽しもうって思えないんだろう・・・。自分がしっかりしなきゃって思いすぎなんだよね・・・。
怖いなら怖いで、唯先輩に抱きついちゃっても良いのに。
唯先輩が腰を抜かしたら、私も一緒に腰を抜かせば良いのに。
そうなったとしても、恥ずかしいけれど2人の中では良い思い出になるはずなのに。
素直な気持ちになりたい・・・デートなんだから唯先輩に甘えたい・・・。
そう思っているのに、行動に出せない自分自身に歯痒さを感じている。

でも・・・やっぱり唯先輩は違った。


「あずにゃん、暗くて怖いから・・・ここでも手を繋ごうよ~」
「そうですねぇ・・・こんなに暗いと、はぐれたら探せないですからね」
「あずにゃんは手を繋いでなくても怖くないの?」
「こ、怖いです・・・って、そんわけないじゃないですかぁ。だって、もう高校生ですよ」
「さっき、思いっきり悲鳴上げてたけど・・・」
「あ、あれは急な不意打ちを食らったから・・・って、唯先輩も腰抜かしてたじゃないですかぁ」
「だって・・・急にお化けが出てきて怖かったんだもん・・・あずにゃんが居なかったら、私死んでたよ~」
「もう、唯先輩ったらぁ・・・」
「今も暗くて怖いんだぁ。でもね、あずにゃんが傍に居てくれているって思うだけで、不思議と気持ちが落ち着くんだ」


年上のプライドとか、先輩の威厳とか・・・そんなの関係なく、唯先輩は私に素直な気持ちを伝えてくれている。
飾りの無い、素の自分の気持ちを・・・。
そんな気持ちを私も伝えたい・・・だから、私も少しだけ唯先輩の真似をしてみた。


「私は暗くても怖くないですよ?・・・だって、隣に・・・唯先輩が居てくれるんですから」


これが今の精一杯の言葉なのかもしれない。
好きと言ってみたり、唯先輩のように私から抱きついたりする事はまだできない。
それでも、ちょっとずつ本音を伝えていく事で、2人の距離も少しずつ縮まるような気がした。
      • 気のせいかもしれないけれど。

唯先輩は手を繋ぐだけでなく、繋いだ手の上にもう片方の手を添えてくれた。


「これで・・・あったかあったかだよ、あずにゃん」


唯先輩のその言葉を聞いただけで、私に包まれている温かさが2倍になった。
2人の距離が縮まっている・・・うん、きっと気のせいじゃないよね。

この部屋はかなり広く作られているようで、私達が歩く度にコツ・・・コツ・・・という音が大きく響いていた。
相変わらず牛歩のように歩んでいるが、しっかりと暗闇を進んでいる。
しかし、ここまでは音の演出のみで、特に大きな叫び声をあげる状況にはなっていない。
このまま何も起きないのではないかと、気が緩んだその時・・・私は、トントンと肩を叩かれた。


「ねぇ、あずにゃん」
「な、何ですか唯先輩・・・ビックリするじゃないですか・・・」
「えぇ・・・そんなにビックリしなくても・・・ただ呼んだだけなのに・・・」
「まぁ・・・それで、何ですか?」
「何だかここ・・・大声を出さないでくださいって扉に書かれていた割には、そんなに驚く事ないよね。ちょっと表現が大袈裟だったよね」
「まぁ、ここまではそうですけど・・・でも油断は禁物ですよ・・・いつ、何が起きるかわかりませんから・・・」
「そ、そうだよね・・・急に後ろから襲われちゃったりするかもしれないもんね・・・」
「その時は唯先輩・・・今度こそ私を・・・守ってくださいね・・・!」
「も、もちろんだよ!!」


唯先輩の力強い言葉に、私は少し口元が緩んだ。
いや、にやけてしまったと言うべきかもしれない。当の本人には、暗いから見られていないと思うけれど・・・。
それよりも、守ってください・・・なんて言葉は普段使わない為、唯先輩に向けて言ったというだけで心臓の鼓動が激しくなっている。
お化け屋敷に入る前に、確かに唯先輩から守るとは言われたけれど、自分から守ってくださいと言うだけで、こんなにドキドキするなんて・・・。

一方の唯先輩は、先程からずっと、両手で私の左手を包み込んでくれている。


「えへへ~・・・私ね、両手からあずにゃんのぬくもりをひしひしと感じているよ!」
「私も・・・唯先輩のおかげで温かい気持ちになっていますよ」
「あずにゃん・・・私ね、あずにゃんと2人きりで居ると凄くドキドキするんだぁ・・・」
「そ、そうなんですか!?何でドキドキしているんですか・・・?」


う~ん・・・と少し唸っている唯先輩。
今までこんな経験が無いから、つい野暮な事を聞いてしまったが・・・。
2人きりでドキドキするなんて・・・理由は1つしか無い。
つまり、唯先輩も私と同じ気持ちで居てくれている・・・そう確信しかけたが、実は唯先輩の答えは違った。


「さっきから、あずにゃんが肩をトントンと叩いたり、私の髪を触れたりしているから・・・かなぁ」
「えっ・・・?」
「普段、スキンシップって私からしかしてなかったし・・・こういう暗闇の中なら、あずにゃんも大胆になるのかなって♪」
「わ、私・・・そんな事してな・・・・・・・・・・あっ・・・」


唯先輩の何気ない一言で、私は歩を止めた。それにつられた唯先輩も1歩2歩進んだ所でストップする。


「どしたの、あずにゃん?」


ほんの5分程前の出来事を思い出す。状況的に考えて、あり得ない感触があった事を・・・。


「ゆ、唯先輩・・・1つ・・・聞いても良いですか・・・?」
「ん?・・・なーに?」
「さっきから私の左手を両手で握ってくれていますけど・・・私の肩、叩きましたか・・・?」
「ううん、叩いてないよー?」


まぁ、そうだよね。状況的に考えて、唯先輩が私の肩を叩けるわけないもんね。
この状況・・・どうしたものかな・・・。唯先輩の言葉を聞いている感じだと、恐らく気付いていないんだろうなぁ。
幸か不幸か、こんな状況に居ながらも、私はまだ平常心を保てている。
平常心と言いつつも、あと少し恐怖心が加われば、脆くも崩れてしまいそうな程、不安定でもあるけれど・・・。

私はスッと唯先輩に寄り添いながら告げた。


「唯先輩、1歩だけ進んでください」
「え?・・・何で?」
「直にわかります・・・」


コツッ・・・と、闇に響く足音が私の耳に飛び込んでくる。
それに続くように、私も1歩だけ進む。・・・再び、コツッと闇に響いてきた。
コツッコツッ・・・私達は足を揃える為に、お互いに残った1歩を踏み出す。


「唯先輩、次は2歩だけ進んでください。私も一緒に進みますから」
「どしたの、あずにゃん・・・さっきから・・・」
「い、良いですから・・・」


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「私達の足音、よく響くね~」
「そうですね・・・」


そうですね、の後にも言葉を続けたかったが、とりあえず飲み込む事にする。
私達は2歩ずつ進みながら立ち止まるという事を繰り返していた。


コツッコツッコツッコツッ・・・。


手や額に、うっすらと汗を感じる。緊張感からか、体が熱くなっていたようだ。
私の心臓は相変わらずドキドキしている。しかしそれは、唯先輩と一緒に居るからという事から来ているわけではない。
いつ、恐怖心に呑み込まれてしまうかもわからない状況にいる。
それでも私は、決して走り出そうとはせずに・・・ゆっくりと2歩ずつ歩を進めている。
口には出さずとも、私達は息を合わせて、足並みを揃えて2歩ずつ進んでいく。


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「ねぇ、あずにゃん・・・」


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「何ですか、唯先輩?」


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「・・・何かおかしくない?」


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「・・・気付きましたか?」


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「私達、2歩ずつ進んでるんだよね、一緒に・・・」


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「そうですよ?」


コツッコツッコツッコツッ・・・。


「響く足音・・・変じゃない?私達の他にも・・・」
「それ以上は言っちゃダメです!!」


それ以上は言っちゃダメです!!―――――静寂だった部屋の中に、私の声が響いてしまった。
努めて冷静に進んできたのに・・・後ろに迫る恐怖心にも打ち勝とうと進んできたのに・・・やってしまった
この部屋では大声はご法度。大声を出せば、死神に魂を奪われてしまう・・・一応、そういう設定だった。
だからこそ、静かにやり過ごせば恐怖も半減するかもしれないと思っていたのだが・・・。


「人間ノ声ガ聞コエタ・・・魂ヲ奪イニ行クカラ、覚悟シテオケ」


おどろおどろしい音と共に、私達の傍から死神が現れた。
稲光の演出でまとわれたその姿は・・・私が夢で見た得体の知れない物からはかけ離れたいた。
同じ死神とは言え、さすがにお化け屋敷のそれは、作り物という感じが強かった。
      • とは言え、私の夢の事を知らない唯先輩は必死だったけど・・・。


「あずにゃん!!早く・・・!!走って逃げるよ!!」
「あ、ちょっと・・・そんなに引っ張らないでください!」
「急がないと・・・私達、魂抜かれちゃうんだよ!?」


私の手をしっかりと握りながらも、必死に逃げていく唯先輩。
死神と遭遇した時の対処法は・・・考える間も無く、逃げるの一択だった。
でも大丈夫・・・このまま走り去ってしまえば、何事も無く済むのだから・・・。
そう思いながら、私も強く唯先輩の手を握り返した。
それに呼応するかのように、唯先輩の走るスピードも上がっていく。
外に出てしまえば、また平穏な時間を取り戻せる・・・。
もうすぐ終わるんだ、夢と現実の狭間を彷徨った時間も・・・。
また開けるんだ・・・私達の希望の光が・・・!

それなのに・・・何故だろう・・・。



私達を地の底へ引きずり込もうとするかのような、悪意に満ちた大きな視線を背中に感じるのは・・・。



もうすぐお化け屋敷の出口という所まで来たが、私達の目の前には扉が立ちはだかっている。
私達の行く手を阻むその扉・・・突破するには、どうやら私達の後ろから追ってきた死神を退治するしかないようだ。
どうやって退治するのか・・・一瞬考えようとして目に映ったのが、扉の前に置かれた謎の赤いボタンと青いボタン。
そして目の前の扉には入口と同じように、いかにも・・・という感じの注意書きがされている。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
|・この部屋から生きて出る為には、死神を退治しなくてはいけません。           |
|・死神を退治する方法は、ここにある赤い矢か青い矢を選び、死神に向けて矢を放つ事です。 |
|・生きてこの館を出られるか、魂を奪われて息絶えるかはあなた次第です。御武運を祈ります。|
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


つまり、2種類の矢を選び、どちらかを死神に命中させれば退治したという扱いになるらしい。
とは言っても、素人の私達が弓を使って矢を放つという芸当はできるはずがない。
そこでどうするかと言えば、扉の前にわざとらしく設置されている赤いボタンと青いボタンを使うのだ。
このボタンの役割は単純明快・・・赤いボタンを押せば赤い矢が、青いボタンを押せば青い矢が、弓にセットされて放たれる設定らしい。
死神に間近まで迫られているという、切羽詰まった状況下で二者択一をしなければいけないようだ。
わかりやすい設定ではあるが、それほど時間も無いと考えると選ぶ身としては焦らされる。
しかし、正解がどちらかなんてわからない以上は、自分の直感を頼るしかないが、唯先輩だったらどちらを選ぶのだろう。


「ど、どどどうしよう、あずにゃん・・・赤と青・・・どっちの矢を選べば良いかなぁ?」
「落ち着いてください、唯先輩・・・こういうのは直感です。目を閉じると、赤と青、どっちの色が真っ先に思い浮かびますか?」
「あずにゃんの色!」
「意味がわかりません!質問の答えにもなっていません!」
「あわわ・・・あずにゃんはどっちが良いと思う!?」
「そうですね・・・あっ、赤、赤にしましょう!」
「赤かぁ・・・そう言えば、今日の私のラッキーカラーも赤だったし、赤が正解だね!!」
「正解かどうかはわからないですけど・・・赤いボタンを押しますよ!」


確かに正解かどうかはわからないけれど・・・あの夢が私を赤に導いたのは間違いない。
死神の弱点が赤い物・・・だったら、赤い矢を放てば死神だって退散してくれるだろうという淡い期待を持っている。
それに、これで死神から無事に逃げ通せたとなれば、あの夢はこのお化け屋敷での様々な出来事を予知していたと言っても過言では無さそうだ。
ずっと付きまとわれている、あの夢から吹っ切れるチャンスでもあるんだ。
私の判断は正しかったのか・・・その結果は―――――


「グォォォ、胸ニ矢ヲ一突キダト・・・!?オノレ・・・今回ハ見逃シテヤルガ、今度会ッタ時ニハ必ズ魂ヲ奪ッテヤル・・・」
「や・・・やったよ、あずにゃん!」
「はいっ!勝ちましたね、私達・・・死神に!」


まだ扉を開けていないので部屋は暗いままだが、喜びを全身で表すように、唯先輩が隣でピョンピョン跳ねているようだ。
一方の私も笑みをこぼしながら、小さくガッツポーズをしている。
これで全てから解放される・・・肩の荷が下りた私は全身の力が抜けてしまい、思わず唯先輩に寄りかかってしまった。


「大丈夫、あずにゃん?」
「すみません・・・これでやっと出られると思ったらホッとしちゃって・・・」
「落ち着くまで・・・いや、落ち着いた後も私が傍に居てあげるから、安心してね?」
「はい・・・ありがとうございます」


扉が開き、光が私達を出迎えてくれる。その光に照らし出された唯先輩の笑顔が私の頬を赤く染めていく。
良かった・・・唯先輩の、この笑顔を守る事ができたんだ。
あの夢は異なる部分もあったけれど・・・やっぱりお化け屋敷の予知夢だったんだ。

私達・・・これからずっと一緒に居られるんだ―――――


恐怖を乗り越えた時、2人の絆は強くなれる・・・そう信じてお化け屋敷に入った。
途中、グダグダな所もあったけれど、2人の絆はしっかりと強くなって戻ってこれた。
私は2人の絆を感じようと、唯先輩の手を取った。
私から手を繋ごうとするなんて、お化け屋敷に入る前では考えられなかった事だ。
絆が強くなったのと同時に・・・私も少しは素直になってきたって事なのかな。

私達は目の前のゴールに向けて、最後の歩を進めようとした。
あと少しで届く、恐怖との別れのゴール。
もう恐れる物は何も無い・・・私達の邪魔をする物も何も無いんだ・・・。





そう信じたはずだったのに・・・。





―――――今日ガ、オ前の命日ニナル事、忘レルナヨ―――――





「えっ・・・!?」





私は耳に残された最後の言葉に慄然としていた。





後ろから突き刺すような言葉を聞いた時、思わず後ろを振り返ってしまったが、そこには何も居なかった。
しかしその時感じた殺意のある視線、背筋を凍らせる口調は・・・紛れも無く、夢で見たアイツだった。
隣には、無事に外へ帰還できた事に安堵する唯先輩が居る。
その表情を見る限りだと彼女は気付いていない・・・死神の最後の声は聞こえていないようだ。
      • となると、やはりあの声の主の狙いはやはり私に・・・。

居るのか・・・本当に居るのか・・・あんな死神が・・・この現実に・・・。
今でも、あの大きな鎌を携えながら・・・息を潜めながら私の事を狙っているのだろうか・・・。
何度も振り払おうとして・・・忘れようと努めてきたのに、事ある度に蘇ってきたあの悪夢。

―――――ドックン・・・

大きく鼓動が鳴り、私の頭の中で思い出したくない情景が目まぐるしく駆け巡っている。
私を庇う為に倒れていった唯先輩。魂を奪われるその瞬間まで笑顔で居た唯先輩。
何で・・・何で忘れたいのに、この悪夢は呼び覚まされてしまうのだろう・・・。
しかも思い出す度に鮮明に・・・。まるで目の前の唯先輩が居なくなってしまうかのように・・・。
私のせいで・・・現実の世界でも唯先輩に魔の手が忍び寄ってくるかもしれない・・・。

私は、未だ経験した事のない恐怖がすぐそこにあるかと思うと、震えが止まらなくなった。
ようやく脱出できたはずの闇の世界へ、再び連れ戻されてしまいそうな気がした。
手を伸ばせば届く距離に居る唯先輩・・・しかし、唯先輩は何かに導かれるように私から離れて行く。
行く先には鎌を持った不気味なシルエットが待っている。

行っちゃダメです―――――
叫んだ声は彼女には届かず、気付けば私は何も見えない闇の中・・・。
そして周りには誰も居ない1人だけの世界。

      • 息が苦しいよ・・・辛いよ・・・怖いよ・・・。


誰か助けて―――――


そう心で叫んだ。


「あーずにゃん♪・・・ギュ―♪」


それに呼応してくれる人が居た。
背中に感じる私の大好きなぬくもり。そして私の大好きな柔らかい声。
今までに何度もこんな事をされてきたけれど、その度に何度も心を落ち着かせてくれる唯先輩・・・。
一度目を瞑り、小さく息を吐きながらゆっくりと目を開く。
そこは誰も居ない闇の世界ではなく、多くの人が楽しそうに行き交う現実の世界だった。


「大丈夫?あずにゃん・・・震えてたよ?」
「唯先輩・・・あっ・・・すみません、お化け屋敷での出来事、思い出しちゃって・・・」
「そっかぁ。でも、もうここはお化け屋敷の外・・・怖い物なんか居ないから大丈夫だよ♪」
「でも・・・もし現実の世界にも出てきたら、どうしますか?・・・た、例えば死神・・・とか」
「ん~、さっきはカッコ悪いとこを見せちゃったけど、今度こそお化けからあずにゃんの事を守るよ!」
「唯先輩・・・そういうのって怖くないんですか?」
「怖いけど・・・でも、あずにゃんと一緒なら怖くないと思うんだ。あずにゃんと2人なら、お化けにも勝てる気がするよ!」
「いや、勝ち負けの話じゃなくて・・・」


唯先輩は『エイッ』『テイッ』と言いながら、竹刀を振り回す格好をしてみせた。
どうやら、唯先輩は剣道でお化けに挑むんで勝つつもりらしい。
しまいには、これで勝ったと言わんばかりにぎこちないウインクをしてみせた。
『今夜は寝かせないぞ、子猫ちゃん』なんて言いながら、学園祭1日目の夜にも見せた、あの時と同じウインクを。
まったく、調子良いんだから・・・。

でも不思議だ。たったこれだけで、押し潰されそうな程苦しかった私の気持ちがスッと晴れていくのだから。
唯先輩の何気ない言葉や動作で、私は何度も救われてきた。
本当に・・・唯先輩の言ったとおり、2人なら何でも乗り切れる・・・そんな気がしていた。


「あそこに、美味しそうなクレープが売ってるよ!あずにゃんや、甘い物を食べると嫌な事も忘れちゃうのだよ♪」
「それは・・・ふふっ、唯先輩だけですよ」
「えぇ~、そんな事無いよぉ~」


プクッと頬を少し膨らませながら抗議している唯先輩・・・その表情が可愛くて、私の頬が緩んだ。
子ども扱いされていると思ったのだろうか・・・唯先輩は彼女なりの力説を始めた。


「甘い物は幸せな気持ちにさせてくれるんだよ!だから嫌な事も辛い事も忘れさせてくれるんだよ・・・きっとあずにゃんも同じだよぉ!
 ほら、あずにゃんってたい焼き食べる時、幸せそうな表情だし♪だから、一緒にクレープ食べようよぉ~♪」


たい焼きという図星を突かれ、私は返す言葉が見つからなかった。
私の大好物だから、幸せそうな表情をするのは仕方ないけど・・・。
でも、今もし嫌な事を忘れられるとしたら・・・それはクレープではなく貴女という存在のおかげなんですよ、唯先輩。
現に、私は笑っている・・・さっきまで死神という恐怖に怯えていたのに、穏やかに笑っていられる。
勿論、死神の恐怖が完全に抜けきったわけではない。しかし、恐怖心を抑え込むように唯先輩という存在が私の心の中を支配するのだ。


『私、今日あずにゃんとデートできるって思うと凄く嬉しくてさ・・・ずっとこの日がくるのが待ち遠しかったの♪』
唯先輩の素直な気持ちも―――――

『どんな怖い物が来ても・・・私があずにゃんの事を守るよ!』
頼りになりそうな、カッコいい所も―――――

『・・・ヒック・・・わ、私が付いてるから・・・大丈夫だよ、あじゅにゃん・・・』
結局頼りにならなかったけれど、飾らずに見せてくれる女の子らしい一面も―――――

『これで・・・あったかあったかだよ、あずにゃん』
何よりも・・・いつも私に温かい気持ちにさせてくれる、唯先輩の思いやりも―――――


全てが好き・・・貴女と一緒に居られるから、今笑っていられるんだ。
さっきまでは、私と一緒に居たら、唯先輩を不幸にさせてしまうかもしれないなんて考えてたのに・・・。
やっぱり、私は唯先輩と一緒に居たいんだ。唯先輩から離れたくないんだ。





唯先輩の事が好き―――――
この気持ちは、今に始まった事ではない。・・・いつから芽生えてたんだろうな、この恋心。
女の子が女の子に恋をするって、変かもしれない・・・。
でも、唯先輩と積み重ねてきた時間が、私に初めての恋心を抱かせてしまったのだ。
唯先輩も、よく私に好きだと言ってスキンシップをしてくる。
だけど、その好きという意味は、私のような恋心ではないかもしれない。
でも、直接聞くわけにもいかず・・・悶々とした日々を過ごしていた。
そんなある日、受験も一段落したという事で、唯先輩からデートのお誘いがあった。


『遊園地ですか?唯先輩も受験頑張ったわけですし・・・まぁ、ご褒美って事で一緒に行ってあげますよ』
『わぁ~♪ありがとぉ、あずにゃーん!!』
『ちょっ、そうやってすぐに抱きついてくるのは止めてください!』
『だって嬉しいんだもん、あずにゃんとのデート♪』


受験からのプレッシャーからも解放されたという事も加わり、いつも以上にハイテンションだった唯先輩。
私と出掛けるだけで、そんなにはしゃがなくても・・・なんてちょっぴり大人の視線で、子どものように喜ぶ唯先輩を見ていた。
だけど私の方が子どもだったのかもしれない。デートが決まった次の日から、私の表情は緩みっぱなしだった。
そんな様子を見た純からは、散々弄られた揚句、リア充爆発しろ!なんて言われる始末。
逆に憂からは、唯先輩とのデートが成功するように、色々とアドバイスを貰った。今日のお弁当が良い例かな。

前日はデートに着て行く服選びをしたり、唯先輩に食べてもらう為のお弁当の下ごしらえをしたり・・・翌日の至福の時間の事ばかり考えていた。
あわよくば告白もできたら良いなと思い、鏡の前で練習もした。もし告白をするとすれば、それは人生初めての事・・・。
絶対に失敗はしたくない・・・そんな気持ちが強くて、周りが見えなくなるほど告白の練習をした。
後ろでお父さんとお母さんが見ているが見ている事にも気付かずに・・・。


『あー・・・まぁ、あれだ・・・梓が好きだと言うなら良いんじゃないか。ただ、嫁に出すのはまだ早い!!』
『ちょっ、お父さん!何でいきなりそんな話になるの!!』
『あなた、落ち着いてください。それにしても、梓にも好きな人が出来るお年頃になったのね・・・お母さんは梓の事、応援するからね』
『うぅ・・・/// が、頑張るね///』
『・・・孫の顔を見るのも、そんなに遠い話ではないのかもしれないな』
『だからお父さん、話が飛びすぎだってばぁ!!///』


夜になり、ベッドに入ってからもデートの事で頭がいっぱいだった。
あらゆる妄想をしていた事もあり、なかなか眠りに就けずにいた。
明日は人生最高の日になる・・・絶対そうなるように頑張る、と意気込んだ。

それなのに・・・。

寝坊はするし、デートの最中も悪夢に悩まされるし、普段と同じような態度を取って、なかなか素直になる事ができないし・・・。
ここまでは自分が描いた理想のデートのようには進んでいない。
だったら、せめて告白はちゃんとしなければ・・・という気持ちに掻き立てられている。
卒業式までは後2週間・・・。唯先輩が卒業してしまうと、これから先は会う時間も限られてしまう。
だから、今日は2人の距離を縮められる最後のチャンスになるかもしれないのだ。


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最終更新:2011年07月21日 20:09