唯澪@ ウィキ

ハロウィンcollege

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yuimio

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ハロウィンcollege


「トリック・オア・トリート!」

 十月最後の日、ここ、N女子大学の軽音楽部部室に足を踏み入れた私が最初に耳にした
のは、我が部の部長のそんな言葉だった。思わずビクッと肩を震わせる。こういう風に突
然声をかけられるのは苦手だ。もう入部して半年ほどになるしこの人自体が苦手と言うわ
けではないのだけれど。

「あれ、もしかして澪ちゃんお菓子持ってない? だったら……」

 しばらく固まっていた私だったが、彼女がしめしめといった口調でいやらしく指を動か
すのを見てはっと我に帰る。そして「そういえば今日ハロウィンだっけ」と、イマイチ馴
染みの薄いイベントをコンビニに並べられていたカボチャ味のスイーツとセットで思い出
しながらバッグを漁ってみた。

「あ……」

 見つけたのはミント味のタブレット菓子。手の中で軽く振ってみるとまだ半分くらいは
入っているようだった。

「これでいいですか?」

 一粒二粒渡すのもどうかな、と思ったので、ケースごと部長に握らせる。部長――ちな
みに名前は吉井香奈先輩という――は露骨に残念そうな顔をして落胆の声を上げた。

「あーん、澪ちゃんは絶対持ってないと思ったのに。この不良!」
「タブレット持ってたくらいで不良扱いしないでくださいよ……」
「実は怪しいお薬だったりするんじゃあ」
「人聞きの悪いこと言わないでください!」
「冗談だって。あー澪ちゃんにいたずらしたかったー。制服着せてそのふくよかなおもち
を揉みしだきたかったー」

 とんでもないことを言ってるなこの人は。やっぱりちょっと苦手かもしれないと前言撤
回したくなった。

「て言うか結局制服ですか」
「む、なんだねその言い方は。今日の日のためにスペシャル仕様を用意したのよ!」

 と、言って彼女が取り出したるは。

「見よ、この夜より暗いスカート! かぼちゃ色のタイ! まさにハロウィン!」

 そんな制服だった。言われてみればというレベルで言うほどハロウィン感はない。何故
制服なのかというと、この吉井部長、かつては制服コスでバンド活動をしていた――と言
うか今も時折着ている――程の制服フリークなのである。子供みたいに目を輝かせて用意
していた制服を見せびらかす部長。この制服好きな部長の趣味、前は隠していたのをひょ
んなことから私が知ってしまったのだが、それからというもの、どうもこの人は若干開き
直っている節があった。

「それにしてもまさか一番面白そうな澪ちゃんがお菓子持ちだったとは。初っ端から幸先
悪いなあ」
「そういえば他の人はまだ来てないんですか」

 部室を見渡したところ、今は私と部長、それに部長の相方である廣瀬先輩しかいないよ
うだった。

「1年生は秋山さんが一番のりだよ」

 ここで初めて口を挟んできた廣瀬先輩。この人は部長とバンドを組んでいてベースを担
当している。

「学部同じだったと思うけど幸ちゃんは一緒じゃないんだね」
「今日はアルバイトって言ってました」
「ふーん。じゃあ澪ちゃんのハニーはどうしたの? メールとかさ」
「そ、その話はやめてくださいよ」

 ニヤニヤしながら私の触れられたくないところを突いてくる部長。て言うか何ですかハ
ニーって。まあ、その、恋人のことなんだろうけど。それを話題にしたくないのは、私に
恋人がいないからではなく、むしろ逆で――。

「今さら恥ずかしがることないじゃない。どうせバレてるんだし。澪ちゃんと唯ちゃんが
付き合ってること」

 そう、私は高校の頃から同じバンドで活動してきた、ギター担当の平沢唯と付き合って
いるのだ。

「う……。ゆ、唯は、そういうの結構ムラがありますし……する時はひっきりなしだけど
来ない時は来ないというか。今日、私は1限からであっちは午後からだったから朝も…
…」
「倦怠期?」
「違います!」

 全力で否定する。むしろ一緒に居る時はもう少し自重してくれと言いたくなるくらいベ
タベタしてくるのがあいつだ。倦怠期なんて、絶対、ない、と自分に言い聞かせる。

「ならいいけどねー。私と千代みたいに末長く仲良くしたまえよ」

 千代というのは廣瀬先輩の下の名前。そういえば聞いたことなかったけどこの二人もや
っぱりその、私と唯と同じなのだろうか。無論、ギターとベースという意味ではなく――。

「あ、そうだ」

 思考を遮られる。それにしてもよく喋る人だ。まるで口数の少ない廣瀬先輩の分までし
ゃべっているかのよう。喋るのがそんなに得意ではない私は少し羨ましいとも思う。

「次は澪ちゃんがやってよ」
「何をですか?」

 分かってるけどあえて聞き返した。出来れば違って欲しいと願って。

「トリック・オア・トリート」
「ええ……。でもほら、先輩とかだったら気まずいですし」

 なんとか逃れようと言い訳を考える。そういうことやるのは私の柄じゃないし、逆にか
らかわれたらたまらない。
 と、その時、ちょうど外の方から声が聞こえてきた。それもこの部の部員の声だ。十中
八九、ここに入ってくるのだろう。

「お、この声、晶ちゃんじゃない? それに愛しの唯ちゃん」

 噂をすれば、というやつか。なんてタイミングの悪い。普段なら嬉しいであろう唯の訪
れも今は少し恨めしい。

「ほらほら、あの二人なら大丈夫でしょ」

 畢竟、私に逃げ場はないようだった。うう、仕方ない、早く終わらせよう。
 ドアが開く。それと同時に、私は入ってきた二人に向かって叫んだ。後から考えると別
に思いっきり叫ぶ必要はなかったんだけど、いっぱいいっぱいだったんだから仕方ない。

「と、Trick or Treat !」

 静寂。目の前には唖然としている唯と晶。……穴があったら入りたい。
 沈黙の後、先に動いたのは晶だった。彼女は部室の中を見て状況を察したのか、「あー
……」とか言いながら、ガムを取り出す。

「ハッピーハロウィン……だっけ」

 そして、そう言って私にガムを渡すと、奥に行ってギターの準備を始めた。一方、唯は
というと少し遅れてバッグの中を漁り始め、そして――。

「ありゃ、空だ」

 飴の袋らしきものを取り出してそう言った。

「バクバク食ってるからだ」

 ギターを取り出しながら晶が言う。

「唯ちゃんいたずらけってーい!」
「ええ!?」

 そしてとても、そう、本当に嬉しそうにして部長が唯を捕まえた。さっきの制服でも着
せるのだろうか。

「さあ、澪ちゃん!」
「え、私?」
「質問したの澪ちゃんでしょ」
「それはそうですけど……」
「優しくしてね……?」

 ちょっと目を伏せてわざとらしく言う唯。お前は何を期待しているんだ。

「さあ澪ちゃんゴー! 恋人なら思いっきり行きなさい!」
「う……」

 そう言われても、いたずらなんて何も思いつかないし……。

「さあさあ」

 唯と部長二人からのプレッシャーに耐えかねて私が行ったのは――。

「あ、はは……っ。ちょ、澪ちゃんくすぐったっ……」

 とりあえず、唯をくすぐってやることにした。我ながらどうなんだと思うけど、他にな
にも思いつかなかったんだよ。

「こちょこちょって……」
「まあ、らしいといえばらしいんじゃない?」
「そうかなあ。もっと過激なのを期待してたのにー」

 好き勝手言う部長と廣瀬先輩。晶は我関せず、でギターの調整をやっていた。私はどれ
くらい続ければいいのか分からず、とりあえずしばらくくすぐり続けていたが、そうする
とやがて唯が変な声を出し始めたのでさすがにそれでやめにした。

 それからも、部長は時には自分で、ときには他の人を使って部室に人が来るたびに、ト
リック・オア・トリートと問いかけていた。
 そんな大学最初のハロウィンは、今までで一番騒がしくて、そして楽しかった。


「じゃ私らはそろそろ戻るわ」
「んー……ああ」

 律の言葉に、もうそんな時間かと時計を確認しながら答える。日付が変わるまであと1
時間くらい。ここは学生寮の私の部屋だ。いつも通り私達はみんなで集まって、お菓子を
つまみながら他愛もない話をしていた。

「おやすみ、澪ちゃん、唯ちゃん」
「ではお二人さん、あとはごゆっくり~」

 そう言って、律とムギはそれぞれの部屋へと戻って行った。あとこの部屋に残っている
のは私と唯の二人だけだ。毎日というわけではないが唯はよくこういう風に私の部屋に居
残ってそのまま一緒に寝る。別に律がからかうようなことをするわけではなく普通に並ん
で寝るだけだ。と言うかこんな壁が薄い部屋で何かやったら隣が怖い。私が歯を磨き終わ
って寝る準備をしていると、同じく歯を磨き終わった唯が私の隣をすり抜けてベッドに潜
り込んだ。

「今日はなんか一段と疲れたな」

 そう言いながら私も掛け布団をめくって唯の隣に入る。

「そう? 私は楽しかったよー」

 電気を消す私に唯はそう答えた。まあ、たしかに私も楽しくはあったけど。

「それに澪ちゃん、みんなの前であんな大胆な……」
「べ、別にそんな変なことしてないだろ」
「私はいつでもいいのに~」
「私はやだ」
「えー」

 いつもこんな感じで電気を消した後もしばらく二人でおしゃべりをする。今日の報告と
か、そういうことを。まあ、唯は結構すぐ寝ちゃうんだけど。

「澪ちゃん、みおちゃん」

 会話が少し途切れた時、ちょいちょい、と唯が私の服の裾を引っ張った。そして、問い
かけられる。

「とりっく・おあ・とりーと?」

 まだ日付は変わっていない。そういえば唯から私にこの問いが投げかけられるのは今日
初めてだった。

「……」

 眠気のせいか、何のせいか、潤んだ瞳。もう隣の部屋の晶も寝てしまったのか、二人の
息遣いだけが夜に流れていた。考える。私の答えは決まった。……これは、どっちになるのかな。

 歯磨き粉の味も、今の私達にはお菓子みたいに甘いものに思えた。

(了)

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終わりです。たまには大学編ネタで

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