『ちびちゃんたち!! きょうもおうたをうたって、いっぱいおかねをもらおうね!!』
『『『『『もりゃおうね!!』』』』』
夏も終わり、秋もすっかり深まったこの頃、
ゆっくりれいむの一家が、橋の上のど真ん中に陣取り、汚い藁を敷いて座っていた。
この時期、ゆっくりたちは越冬に向けて、巣を作ったり、餌をため込んだりする大切な時期だ。
しかし、一家はそんなことをする様子は全くない。
いや、そんな時代遅れなことをする必要はなかったのだ。
最近、どこで覚えてきたのか、歌を歌って人間から金を貰おうとするゆっくりが増えている。
この一家もその類だった。
金をもらい、里で買い物をして、冬を越す。最先端ゆっくりの越冬方法だ。
成功率は限りなく低いが……
『きょうも、きにょうのにんげんしゃんみたいに、いっぱいおかにぇをくりぇりゅかな?』
『きっといっぱいくれるよ!! きょうおかねをもらったら、にんげんさんのおみせでおいしいものをいっぱいかおうね!!』
目の前には、これまたボロボロで中身が少し残った缶詰が置いてあり、中には丸い金属がいくつも入っている。
ゆっくりの歌に金を払うアホがいるのかと思うかもしれないが、実はこれ、金でもなんでもない。
「一まん円」と手書きで書かれたビンの王冠が、大量に入っているのだ。
昨日、この橋を通った子供たちが、一家をからかって入れたものだ。
一家はすっかりこれを本物の金を勘違いし、調子に乗って、『ゆーゆーゆー……』と発声練習に余念がない
喉もないくせに、スター気取りとは生意気なことである。結局、人間の真似ごとをしていたいだけなのだろう。
この時点で、一家の命運は決まったようなものだ。
しかし、一家がそんな事に気付くはずはなく、一生懸命下手な発声練習に精を出していると、こっちに向かってくる男が目に付いた。
ロングコートを羽織った若い男だ。おそらくまだ二十代だろう。
季節は冬ではないが、今日は冷たい北風が吹きすさび、心底身にしみる。男はコートの襟をたて、体を縮めて歩いていた。
一家は思った。あの男は、きっと橋を渡るに違いないと。
『みんな!! にんげんさんがきたよ!! ゆっくりがんばって、おうたをうたおうね!!』
子供たちにはっぱを掛け、一列に整列させる。
男のほうに注目すると、案の定、男はこの橋を渡るようだ。
後数メートル。れいむたちは、男が目の前に来ると、一斉に男に声を掛けた……が、
『おじさん!! ゆっくりれいむたちのおうたをきいていってね!!』「待って!! 虐男さん!!」
れいむたちの声に、女性の声が重なった。
れいむたちは、どこから聞こえてきたのだと、辺りを見回した。
すると、男が歩いてきた方向から、一人の女性が走ってきた。
どうやら、れいむたちの声を遮ったのは、この女の人らしい。
男はちょうどれいむ一家の前で立ち止まると、女性のほうを振り返った。
「はぁはぁ……虐男さん。お願い、話を聞いて!!」
女は男の元まで走ってくる。
男と違い薄着に軽く外着を引っ掛けてきただけだが、よほど急いで来たのか、この寒い中うっすら汗をかいている。
膝に手を付いて荒い息を整えると、ようやく落ち着いてきたのか男に言葉を掛けようとした。
しかし、それが面白くないのはれいむ一家だ。
この男に先に目をつけたのは自分たちなのだ。
この女は、きっと自分たちより先に、この男に歌を聞かせようという魂胆に違いない。
途中から割り込んできて、お客を横取りするなんてマナー違反である。れいむは女に文句を言った。
『おねえさん!! れいむたちが、さいしょにおうたをうたうんだよ!! ゆっくりじゅんばんをまもってね!!』
一家は頬を膨らましている。
しかし、女はそんなれいむを無視し……というか、気付いていないのか、目もくれない。
ひたすら男の顔だけを見続けていた。
男も、そんな女の目を真摯に見つめている。
「愛で子さん……なぜここに来たんだ」
「なぜって……あなたを追って来たに決まってるでしょ!! 話も聞かずに出ていくなんて!!」
『おねえさん!! ゆっくりれいむをむししないでね!!』
「話ならもう終わっただろ。所詮、僕と君とは永遠に結ばれない運命だったのさ」
「そんな……なんで!! なんでそんなこと言うの!!」
『むししないでねっていってるでしょ!! ゆっくりきこえないの!?』
れいむがどんなに叫んでも、女の耳には届かなかった。
「所詮、僕は
ゆっくり虐待お兄さん。そして君はゆっくり愛でお姉さん。どうすればつり合うというんだ」
「……確かに私は愛でお姉さんで、あなたは虐待お兄さん。本来なら、決して相容れない存在……」
『もういいよ!! ちびちゃんたち、こんなおみみのきこえないおねえさんはむしして、おじさんにおうたをきかせようね!!』
れいむは業を煮やし、遂には女を無視して男に歌を聞かせるという、強行手段に出ることにした。
子ゆっくりたちを向いて、『せいの…』と小声で合図を取り始める。
「そうだ、だから……」
「でも!! でも、例え立場は違っても、私たちは愛し合っていた。それは紛れもない事実よ!!」
『ゆ〜ゆゆ〜〜ゆ〜ゆ〜ゆっくりしていってね〜〜〜♪』
「……んん……それは……」
「それとも、愛し合っていたと思っていたのは私だけ? 私が一方的にあなたを想っていただけなの? すべて私の独りよがりの恋だったの?」
『おじさん!! れいむたちのおうた、じょうずだったでしょ!! ゆっくりおかねをちょうだいね!!』 『『『『『ちょうだいね!!!!!』』』』』
歌とも言えぬ様な短い歌も終わり、一家は男に金をせびる。
「それは違う!! 僕も君を心底愛していた!! 絶対だ!! 博霊の神に誓う!!」
「だったら……なんで!!」
『おじさん!! れいむたちはおかねをちょうだいっていってるんだよ!! ゆっくりはやくおかねをここにいれてね!!』
「愛で子さん。さっきも言ったけど、僕は虐待お兄さんなんだよ」
「ええ……聞いたわ」
『おじさんまでれいむたちをむししないでね!! おうたをきいたんだから、おかねをいれないといけないんだよ!!』
「僕はそれを隠していたんだ、自分可愛さにね……そして、君も僕に隠していただろ、自分が愛でお姉さんであることを」
「虐男さん……」
『ゆゆっ!! おじさんたち、もっとおうたをうたってほしいんだね!! ゆっくりりかいしたよ!! きょうはとくべつに、もういっかいおうたをうたってあげるね!!』
れいむは、男が缶にお金を入れてくれないのは、歌があまりにも短すぎるからだと考えた。
男が自分たちの話を聞いていないなどとは、露ほども考えていない。
子ゆっくりたちに向かって、『もういっかいうたうよ』と言って、再度合図を送る。
「体が疼いて仕方がないんだ。ゆっくりを虐待しろってね。これは僕のDNAに刻まれた本能なんだ」
「そんな……そんなのって!!」
『ゆっくり〜〜ゆっくり〜〜ゆ〜っく〜〜り♪』
「呪いみたいなものさ。永遠に解けることのない呪いの鎖。この鎖が解けるとき、それは即ち僕が死ぬときだ。だから……僕は君といっしょにはいられない」
「う……うう……ぎゃ、虐男さん……」
『ゆんゆんゆんゆん♪ ゆ〜んゆん♪ ゆっくりしていってね〜〜〜♪♪』
「こんな僕の為に泣かないでくれ。自分から去っておいてなんだが、君は本当に素敵な女性だ。僕がいなくても、すぐに素敵な恋人が出来るさ」
「いやよ!! わたしは虐男さん以外の男性なんて!!」
『おじさん!! これでいいでしょ!! ゆっくりおかねをおいていってね!!』
「あまり僕を困らせないでくれ。新しい恋人が出来れば、僕のことなんてすぐに忘れられるさ。その時になって、昔こんな素敵な自分を振った馬鹿な男がいたなと、物笑いの種にでもしてくれ」
「いやよ!! いやいやいやいや……」
『いやいやじゃないよ!! おねえさんはゆっくりだまっててね!! おじさんのおかねはれいむたちのものだよ!! ゆっくりおかねをくれないといけないんだよ!!』
「愛で子さん……最後に僕の我儘を聞いてほしい。抱き締めさせてくれないか?」
「虐男さん……」
『わかったよ、おじさん!! いまおかねをはらえば、とくべつにかわいいれいむたちをだっこさせてあげるよ!! こんなちゃんす、もうないよ!!』
男はそう言うと、人目を憚ることなく、女を力いっぱい抱きしめた。
これが最後の我儘だと言わんばかりに……
女も男の抱擁に応え、男の大きな背中に腕をまわした。
男の胸元に顔を埋め、涙を流し続ける。涙で顔はグシャグシャだが、そんなのお構いなしだ。
『ゆぅ……おじさんがおかねをはらってくれないのは、じゃまなおねえさんのせいだよ!!』
「ゆっくりなんて、存在しなければ良かったのに……」
『おねえさんなんて、いなければよかったのに!! ぷんぷん!!』
男の胸の中で、女がポツリと漏らす。
ゆっくりが居なければ、自分たちは愛でお姉さんにも、虐待お兄さんにもならなかった。
一生彼といっしょにいることが出来た。
すべてゆっくりがいたから、自分たちはこうなったのだ。
女はゆっくりという生物に、今初めて強い怒りを覚えた。
しかし、女を抱きしめたまま、男は首を横に振る。
「そんなこと言うもんじゃないよ、愛で子さん」
「でも!! でもっ!!!」
『ゆっ!? もしかしておじさん、おかねをもってないの?』
れいむの餡子脳に、ふとその考えが浮かんだ。
自分たちの素晴らしい歌を聞いてお金を入れてくれない人間などいる筈がない。
昨日の子供たちは、自分たちのあまりの美声に、お金の中で一番高い「一まん円」コインを、大量に投下してくれた。
子供ですら大金を払ってでも聞きたくなるような歌なのだ。
おそらくこの男はお金を持っていない。しかし、れいむたちの歌は聴きたい。そこで無銭視聴をすることにしたのだろう。
金を払わないのは業腹であるが、ファンは一人でも大切にするべきである。ここは「あーてぃすと」として、太っ腹なところを見せるべきだろう。
「僕たちが今あるのは、すべてゆっくりのおかげだということを忘れてはいけないよ。
ゆっくりが存在しなければ、僕はただの貧乏農家の長男として生を終えていたはずさ。君だって一介の里娘で終わっていただろう。
しかし、ゆっくりのおかげで、僕は虐待製品の製造・販売を一手に握るブリーングオブスローリー・カンパニーの代表に、君はゆっくりんピース代表の娘になれたんじゃないか。
ゆっくりなしには、今の豊かな生活はあり得なかったんだよ」
「そうだけど……でも!!」
『おじさん、びんぼうさんなんだね……ゆっくりかわいそうだね』
「それに、もしゆっくりが居なければ、そもそも僕たちは出会ってすらいなかったんだ」
「そ、それは……」
女も口を濁す。
男と女。立場が正反対の二人が出会ったのは、正しく偶然の賜物であった。
男は虐待するためのゆっくりを探しに、女はゆっくりんピースの一員として、ゆっくりが本当にゆっくり出来ているかを調査するため、森に来ていた。
しかし、突然予測にない大雨が降り、雨をやり過ごすため手近の洞窟に入ったとき、偶然にも二人は出会った。
初め、二人は互いの素性を隠しあっていた。
虐待をする男はある意味当然だが、ゆっくりを愛でる人間も、その道を理解できない人には気持ち悪く映ることがある。
特に農家のなどのゆっくりを毛嫌いしている人間には、ゆっくりを愛でるゆっくりんピースを敵視している者さえいるのだ。
そのため、二人は素性を隠したまま、薄暗い洞窟の中で、雨がやむのをひたすら待ち続けた。
二人の恋の始まりはそこからだった。
最初は薄暗く恐怖を演出する洞窟という環境に、つり橋効果が働いただけかもしれない。
しかし、暇を持て余し会話を交わしているうちに、二人はいつの間にかすっかり意気投合していた。
そして、無事に山を降りた後も素性を隠して何度か会っていくうちに、いつしかそれは本物の恋心に変わっていった。
二人は将来を誓い合う仲になっていった。
しかし、今日男が女の家に行って、すべてが壊れた。
男は自分が虐待お兄さんであることを告白する気はなかった。
一介の平凡な会社社長であることだけを伝え、もし会社のことを聞かれた時のことも考え、ダミー会社まで作っていた。
それほどまでに、男は女のことを愛していたのである。
しかし不運だったのは、女の家事情が特殊だったと言うことである。
女はこれまで実家で家事手伝いをしていると言っていた。それ自体に嘘はない……が、
「ゆっくりんピース代表の娘」
それが、女のもう一つの肩書だった。
女の両親とあった男。二人は知り合いだったのだ。それも最悪の方向で。
ゆっくりを虐待する代表と、ゆっくりを愛でる代表。今まで出会っていないはずはなかった。
部下同士が小競り合いになったことも、もう何度目のことだろうか。
幻想郷ゆっくり協会(GYK)で顔を突き合わせたことも、両の指では足りないくらいである。
楽しい会食になるはずが、一転、互いを罵り合う場となり、塩をあびせられた男は、憤慨し女の家を飛び出していった。
女は、すぐに男を追いかけようとするも、ゆっくりんピース代表である父に止められ、なかなか行かせてもらえなかった。
そんな父に生まれた初めて反抗し、上着を引っ掛けて出ていき、追いついたのがれいむたちのいた橋の上というわけである。
「ありがとう、愛で子さん。少しの間だったけど、愛で子さんと一緒にいられて楽しかったよ。これからは、お互い自分の道を歩んでいこう」
「虐男さん……」
『おかねがないならしょうがないね!! こんかいはとくべつに、おかねをはらわなくてもゆるしてあげるよ!!』
「さようなら、愛で子さん」
『ばいばい、おじさん!!』
女を離し、最後のあいさつを済ませる。
これですべて終わった。もう思い残すことは何もない。
男は女に背を向け、感傷に浸りながらゆっくり家に帰ろうとした。
しかし……
「虐男さん!!」
女はシッカリとした声色で、男を呼び止める。
もう女をのほうを向かないと決意した男だが、弱々しく女々しい声色から一転、迷いのなくなった女の声に、いったいどうしたのかと女のほうを振り向いた。
「愛で子さん?」
「虐男さん!! 私はどうしても虐男さんのことを忘れられない!! だから……」
『おじさん!! ゆっくりなんでかえらないの? ここはれいむたちのおうたのすてーじだから、おかねのないひとは、ゆっくりかえってね!!』
「……だから?」
「だから……だから私も、今日から虐待お姉さんになるわ!! ゆっくりを苛めて苛めて苛め抜いてやるわ!!」
『これいじょうおうたのじゃまするなら、ゆっくりおじさんをいじめるよ!!』
「なっ!!!」
女の突然の発言に男は目を見開いた。
愛でお姉さんを辞めて、虐待お姉さんになる?
そんなことが出来るはずもない。男は女の無謀な考えを改めさせる。
「馬鹿なことを言うものじゃない。そんなこと、無理に決まっている!!」
「虐男さんこそ馬鹿にしないで。ゆっくりを虐めるなんて簡単なことよ!!」
『ほんとうにおじさんをいじめるよ!! おじさんをやっつけるなんて、かんたんなんだよ!!』」
女はそう言うや、横にいたゆっくりのほうに目を向けた。
ゆっくりは、さっきから何か言っていたようだが、女の耳には入っていなかった。
大方、邪魔だからさっさとここを退けとでも言っていたのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
女は手近に居たゆっくり赤ゆっくりに目を付けると、それを手に取った。
『ゆっ!? おねえさん、れいむのちびちゃんをどうするの? ゆっくりはなしてね!!』
『ゆゆっ!! おしょりゃをとんでりゅみちゃい!!』
親れいむは赤ゆっくりを返せと喚いているが、女はれいむの言葉が聞こえていないのか、赤ゆっくりを持った手を男の目の前にかざした。
そして、その手に思いっきり力を入れる。
プチュ
『ゆぎゃああああぁぁぁあ―――――!!!! れいむのあかちゃんがあああぁぁぁ――――!!!』
女は男の目の前で赤ゆっくりを潰して見せた。
それを見て、絶叫する親れいむ。
潰された赤ゆっくりは、悲鳴を上げる間もなく、女の手の中でグシャグシャになった。
「はあはあはあはぁはぁ……ど、どう? 虐男さん!! わ、私もゆっくりを虐待して見せたわ。これで私も虐待お姉さんの仲間入りでしょ!!」
『なんでそんなことするのおおおおぉぉぉぉぉ―――――!!!!!』
れいむの悲鳴に反し、女は清々しいまでの笑顔を見せる。
これで自分は虐待お姉さんになった、これからも男と一緒にいることができる。
しかし、男は無表情で女の言葉を切って返す。
「……君はそれで虐待お姉さんになったつもりなのかい?」
「えっ?」
「真の虐待師は、虐待をするとき決して震えたりしない!!」
「!!!」
女は自分の手を見た。さっきから震えが止まらない。
そればかりか、全身から嫌な汗が吹き出し、止まる気配がなかった。
幼いころから愛でお姉さんであった彼女は、ゲス個体であれ良個体であれ、ゆっくりを殺害したことなど一度もない。
ゆっくりを殺した事に、鳥肌が、震えが止まらないのだ。
「た、確かに今は震えてるけど、ぎゃ、虐待を繰り返していれば、その内震えることなんてなくなるはず!!」
「ふぅ……君は何も分かっていないようだね」
「分かっていない?」
「虐待というものは、させられてするものじゃない。自分から進んでするということだ!!」
「!!!」
女は再度衝撃を受けた。
確かに自ら望んでしたことではない。男と一緒にいるために、信念も外聞も捨て無理やりしたことだ。
しかし、こんなことで諦めるわけにはいかない。
ゆっくりんピース代表の娘が、ゆっくりを殺す。それも、次代のゆっくりを担う赤ゆっくりを殺したのだ。
もう後には引くことは出来ない。
「で、でも……でも、そのうちきっと虐待が楽しくなってきて……」
「何よりね、愛で子さん。君がしたことは、虐待でも苛めでもないよ」
「えっ?」
「君がしたことは、ただの虐殺だ!!」
「!!!」
男の言葉に、彼女は三度目の衝撃を受けた。
虐待師でない彼女は、虐待と虐殺と混同していた。
ボロボロになったゆっくりの死体を見て、「また虐待師の仕業か!!」と憤慨していた父の姿も目撃している。
虐待の果てに死がある。だからこその赤ゆっくり殺害であった。
それを否定された彼女は、虐待と虐殺の違いがよく分からず、延々と考えを纏めあぐねていた。
男はそんな彼女を見て、仕方がないなと苦笑する。
「愛で子さん。どうやら君は、虐待と虐殺の違いがよく分からないようだね。仕方がない、僕が一度手本を見せてあげるよ」
男はそう言うや、女と同じく、何故か手近にあった赤ゆっくりを手にとって、女の前に掲げた。
『またああぁぁぁぁ――――!!! れいむのちびぢゃんをかえじでえええぇぇぇ―――!!!』
男はプチトマトより少し大きい赤ゆっくりを、親指と人差し指で軽く摘まむと、女の目の前で指に力を入れ始める。
『ゆびゃあああぁぁぁぁ――――!!! いじゃいよおおおおぉぉぉ―――――!!!』
男の指の中で、赤ゆっくりが悲鳴を上げる。
先程、女がしたときは一瞬で殺され、悲鳴を上げる間もなかったが、男は熟練のテクニックで、赤ゆっくりを潰さないように調節して力を入れた。
『やめでえええぇぇぇぇ――――!!!! でいぶのちびぢゃんになにずるのおおおぉぉぉぉ――――!!!』
『おねえぢゃんんんん――――――――!!!!』
『いもうどをはなじでええぇぇぇぇ――――――――――!!!!』
赤ゆっくりだけでなく、一家の絶叫までもが橋の上に響き渡る。
しかし、本来の彼女ならそんな一家に手を差し伸べるだろうが、今日はそんなことを気にしている場合ではなかった。
いや、その悲鳴すら彼女の耳には届いていなかった。
「解ったかい、虐殺と虐待の違いが。君たちゆっくりんピースの人間は虐待と虐殺を混同しているようだが、それは大きな間違いだ。
確かにアマチュアやルーキー虐待師の中には、すぐに虐殺に手を染める輩も少なくない。しかし、我々のような真のプロ虐待師は虐殺など決して行わない。
ゆっくりは生かさず殺さず、徹底的に肉体を、精神を甚振り続ける。その際、自我を崩壊させる虐待師は三流だ。二流は精神崩壊させずに苛め抜く。
そして一流は、意図的に精神崩壊を起こさせ、壊された自我を復元し、再度虐待を繰り返し、再度精神を元に戻す。死と新生を何度も繰り返させるのだ。
こういった一連の過程を楽しむのが、虐待師というものだ。ただ殺してしまうだけでは、解放感もカタルシスもあったものではない!!」
女は男の言葉に深い感銘を受けた。
今まで自分は、虐待師などただゆっくりを殺害するだけの人種だと思っていた。
しかし、それは大いなる間違いだった。
ならば、自分もそれを実践して見せる!! 男が未だ子ゆっくりを虐待しているように、自分もやってみせる!!
女は再び新しい赤ゆっくりをその手に持った。
そして男の真似をして、親指と人差し指の間に挟み、赤ゆっくりに虐待をする。
プチュ
結果は先ほどとなんら変わらなかった。
なぜ!? さっきと違って、力は抑えたはず!!
女は訳が分からず、再び赤ゆっくりを手をかけた。
今度はさっきと違い、ほとんど力を入れなかった。
しかし、肝心の赤ゆっくりの悲鳴が聞こえてこない。
いや、泣き喚く声は聞こえるのだが、痛がっているのではなく、女に殺されるのを怖がっての叫びだった。
これもある意味立派な虐待だが、女は自分が虐待をしているということに気付いていない。この辺りが、愛で派の限界なのだろう。
男も敢えてそれを伝えなかった。彼女を虐待師にしないために。
彼女が虐待師になる、それは男にとってこれほど嬉しいことはなかった。
素性を隠すことなく愛する彼女といつまでも一緒に居られるし、憎いゆっくりんピース会長の鼻も明かせる。
正に一石二鳥。不都合などあろうはずもない。
しかし、それが彼女にとって本当に幸せなのかと考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。
ゆっくりを愛する彼女に、無理やりゆっくりを虐待させる。
心の中では泣いているはずなのに、自分のために無理やり笑顔を作らせてしまう。
それは、決して男の本意ではなかった。
そもそも男が惹かれたのは、目の前で震えながら虐待をし続ける彼女ではない。
有りのままの彼女に、ゆっくりを心から愛する彼女に惹かれたのだ。
だからこそ、男は彼女の心意気を、断腸の思いで否定し続ける。
しかし、自分の想いさえ否定している彼女に、男の深い想いが分かるはずもない。
もう何度目になるか分からない、赤ゆっくり虐待を敢行する。しかし……
プチュ
またしても、赤ゆっくりは指の中で破裂してしまう。
「な、何でえええぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――!!!!」
『なんでえええええぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――!!!!』
なぜ自分には出来ない? 男は未だ赤ゆっくりに、あんなにも長く悲鳴を上げさせているというのに!!
女は分からず、地面に膝をついた。
ちなみにれいむ一家は、こんな惨劇が行われているというのに、この場を離れようとしなかった。
何しろ自分の可愛いチビちゃんの一匹が、男に捕えられたままになっているのだ。
母性の強いれいむ種に、それを見捨てることなど出来る筈はなかった。
もう二度と子供を奪われないようにと、自身の口の中に残った赤ゆっくりを仕舞い込み、頬を膨らませて男を威嚇する。
実に危機感のないゆっくりである。
「愛で子さん、これは今の君には到底無理な芸当なのだよ。
生まれたばかりの赤ゆっくりの皮というのは、とても儚く脆いものだ。今の僕と君の関係のようにね。
そんな赤ゆっくりに肉体的な虐待を加えることは、真の虐待師ですら容易なことではないんだよ。
僕が赤ゆっくりを殺さず力の調節を出来るようになるまで、何百、何千というゆっくりを虐待してきたからこそ身についた芸当なんだ。一朝一夕で身に付くほど、虐待道は甘くない」
これで、彼女も自分は虐待師にはなれないことを悟るだろう。男はそう思っていた。
しかし、彼女の男への愛情はそれを上回った。
無理でも何でもやってみせる!! 自分にも、虐待が出来ることを証明してみせる!!
女は親れいむの口を無理やり抉じ開け、中から赤ゆっくりを取り出し、手に持った。しかし……
「な、なんで? どうして、こんなに簡単にしんでしまうのおおおぉぉぉ―――――――!!!!」
『なんででいぶのあがちゃんをごろずのおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――!!!!』
赤ゆっくりの皮は想像以上に脆く、女が何度やってみても、簡単に潰れてしまう。
遂には、親れいむの口を抉じ開けるも、すべての赤ゆっくりが居なくなっていた。
これ以上、ストックは無いのかと女の顔が青ざめる。しかし、すぐに表情に色が点った。最後の希望と言わんばかりの表情で、男の顔を見上げる。
男も彼女の言わんとしていることに気が付いたのか、仕方ないと溜息をつきながら、未だ指の中で絶叫を上げていた赤ゆっくりを手渡した。
これが正真正銘最後の虐待だ。
男は簡単にこの赤ゆっくりを虐待してみせた。ゆっくりが悪いからなんて、底の浅い言い訳は出来ない。
神様。博霊の神様。私に虐待の力を!! この赤ゆっくりに、悲鳴を上げさせてください!!!
女は目を瞑り、神に祈りをささげると、赤ゆっくりに力を加えた。
プチュ
「あっ……」
無情にも、博霊の神様はご加護を授けてはくれなかったようだ。
余談ながら、幻想郷にあるもう一つの神社、守矢神社のロリ神様は、自身の眷属がゆっくりの餌になることに、大層ご立腹とのことだ。
神という立場上、食物連鎖の理を否定をする気はないが、それと感情論は別の次元にあるものらしい。
もしも彼女が博霊の神ではなく、守矢の神に祈りをささげていれば、あるいは奇跡の風は彼女に吹いていたかもしれない。
閑話休題
女は地に手を膝をつき、その目からは止めどなく涙が溢れ出てくる。
自分は虐待お姉さんにはなれなかった。かといって、ゆっくりを殺した自分は、もう二度と愛でお姉さんにも戻ることが出来ない。
「うああああああああ――――――――――――――――――ん!!!! もう赤ゆっくりが一匹もいないよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――――!!!!!」
『ゆわあああああああ――――――――――――――――――ん!!!! でいぶのちびぢゃんがみんないなぐなっだよおおおぉぉぉぉ―――――――――――!!!!!』
女は泣きじゃくった。
赤子のように、癇癪持ちの子供のように、みっともなく泣きまくった。
愛する男の前だというのも忘れ、地面に額をこすりつけて蹲った。
男はそんな女の体を抱き上げると、ハンカチを出し、涙を拭いてあげた。
「わ、私は虐待お姉さんになれないばかりか、も、もう愛でお姉さんに、も、戻ることさえ……」
「大丈夫。これを見ていたのは僕だけだ。僕が黙ってさえいれば、誰にも知られることは……!!!」
『おぢびぢゃんだちをころじだにんげんは、ゆっぐりじねえええぇぇぇぇぇ―――――――――――!!!』
子供の敵と言わんばかりの険しい表情で、れいむは女に体当たりをする。
しかし、丁度タイミング良く男が女の体を起こしにかかり、れいむ渾身の攻撃はスッパリ外れてしまう。
そして、勢いそのままに橋の上を転がっていくと、落下防止の手すりの下を綺麗に潜り抜けて、川の中に一直線にダイブした。
『ゆぎゃああああぁぁぁぁぁ―――――――――!!! なんでかわさんにおぢるのおおおぉぉぉぉぉ―――――――――!!!!』
れいむは流されていった。
「……僕さえ黙っていれば、誰にも知られることはなくなったよ。いや本当に」
男は先ほど飲み込んだ言葉を繰り返した。
「そんなことじゃない!! 私は、愛するゆっくりを自分の都合のために殺してしまったのよ!!」
「人間誰しも間違いはあるよ。それに他の動物愛護団体、例えば野鳥や小動物の愛護団体だって、生態系に異常が出ると、悲しさや悔しさを我慢して、間引きすることもある。
所詮は人間のエゴで管理されているんだ。ゆっくりだって同じことだよ。だから君は愛でお姉さんに戻れる。今回は偶々魔が差しただけさ。
心の底からゆっくりを愛しているんだろ。この震えた体が何よりの証拠だ」
「ぎゃ、虐男さん……」
二人は抱き合った。
抱きしめ、人目も憚らず、熱い口づけを交わし合う。
まるでその光景は、世界が二人だけになったかのような錯覚を覚えさせた。
しかし、シンデレラでいられる時間は長くない。
二人は惜しいと思いつつも抱擁を解き、互いを見つめ合うと、そのまま何も言うことなく同時に背を向けた。
言葉に出さなくても、しっかり分かっていた。自分たちの楽しかった時間は、これで終わってしまったのだと。もう二度と昨日には戻れないのだと。
明日からは、お互い元の生活に戻るだけだ。
男は虐待お兄さんに、女は愛でお姉さんに……
遠く聞こえるゆっくりの悲鳴をBGMに、二人は逆の方向にそれぞれ橋を下りていった。
これは、ゆっくりによってすれ違ってしまった男女の悲しい愛の物語である。
〜fin〜
過去作
最終更新:2009年04月22日 10:41