(巣立ちの日)
あるところに一匹のゆっくりまりさがいました。うまれてから数か月が経ち
やっと一人暮らしが出来る大きさに育ったまりさ。今日は巣立ちの日です。
そんな彼女の晴れの日を、母親や幼い妹たち、家族全員が祝います。
「ゆー!おねえちゃんおめでとう!きょうからいちにんまえのゆっくりだね!」
「たまにあそびにきてね!ゆっくりしていってね!!!」
「ゆ~。おねえちゃんがいなくなるとしゃみしくにゃるよ。」
「ゆっくちしていっちぇにぇ!」
「ゆ~。おかあさんはしんぱいだよ。でもしかたないね。からだにきをつけてね!」
「ありがとうみんな!まりさはだれよりもゆっくりしたゆっくりになるよ!!!」
まりさの姿が見えなくなるまで、まりさの家族はぴょんぴょんと飛び跳ねて見送ります。
まりさの幸せを願いながら。まりさの健康を祈りながら。
これが今生の別れになることも知らず・・・
一方まりさはこれから始まる新しい生活に期待を膨らませ、ぴょんぴょんと駆けて行きます。
新しい土地にはどんなゆっくりがいるんだろう。どんなお家に住もうかな。
まりさが想像する未来は希望に満ち溢れています。でも現実は・・・
(一軒目)
「ゆっゆっゆ~♪まりさのあたらしいおうちをつくるよ~♪どんなおうちにしようかな~♪」
まりさは自分が住む家を造る事に決めたようです。流石に昨日の野宿がこたえたのでしょう。
朝露に濡れた体を乾かすのに1時間もかかってしまったのですから。
まりさは「ゆっゆっゆ~♪」と歌いながら新しく家を造る場所を探します。
「ゆっ!ここにしよう!まわりにおはながたくさんさいてる!とてもゆっくりできそうだよ!」
「このあなをまりさのおうちにするよ!あとはやねがひつようだね!」
まりさが見つけた穴は大人のゆっくりがすっぽりと入れるほどの深さがありました。
広さはゆっくりが3匹も入ればぎゅうぎゅう詰めになってしまうくらい。
しかし若いゆっくりの一人暮らしにはちょうど良い大きさです。
まだ家族もいませんし、それに巣には夜寝るときに帰って来るだけです。
「ゆー。なにかやねにできるいいものがないかなー。」
「ゆっ!これはつかえそうだよ!あとは・・・」
「これでおーけーだね!さっそくやねをつくるよ!」
まりさは屋根を造る為の材料を集めてきました。
集めてきたのは細長い木の枝、柔らかくて丈夫な蔓、そして大量のススキ。
まず木の枝を穴の上に格子状に置いていきます。次に木の枝を蔓で結んで固定します。
手を持たないゆっくりなのですべてを口でやらなければいけません。
この工程には大分時間がかかってしまいました。それでもまりさは楽しそうに作業を続けます。
そして最後に出来上がった屋根の骨組みの上にススキを敷いていきます。これで屋根のできあがり。
まりさの素敵なお家が完成しました。まりさはとても満足げです。ですが・・・
「ゆーーー!まりさのすてきなおうちがかんせいしたよ!」
「だいぶじかんがかかったね!もうおそとはまっくらだよ!」
「きょうはもうねるよ!あたらしいおうちでゆっくりねるよ!」
まりさは新しい家でぐっすりと眠ります。家を造るため朝から動いていました。疲れていたのでしょう。
しかし残念な事にまりさはこの家で朝までゆっくりと寝る事はできませんでした。
天気が急変したのです。突然吹き出した風の音にびっくりして、まりさは目が覚めてしまいました。
「ゆー。かぜがつよいね。なんだかこわいよ。」
「!!!ゆゆゆっ!!!やねが!まりさがつくったやねが!」
「あああああ!やめて!とばさないで!まりさのおうちをこわさないでね!」
なんということでしょう。まりさが苦労して造った屋根を、強風がすべて吹き飛ばしてしまいました。
穴の中で呆然とするまりさ。結局まりさは今日も野宿をする事になってしまいました。
(二軒目)
「ゆーーーー。きのうはひどいめにあったよ。せっかくつくったおうちが・・・」
「でもこんなことでくじけないよ!こんどはかぜにまけないじょうぶなおうちをつくるよ!」
つねにプラス思考なまりさ。昨日の災難にも挫けず、また新しいお家を造るためぴょんぴょん跳ねていきます。
こんどはどんなお家を造るのでしょう。
「ゆーゆーゆー♪どんなおうちにしようかなー♪」
「ゆゆっ!これだ!これをつかっておうちをつくろう!」
「これでかぜがふいてもだいじょうぶだよ!こんどはゆっくりできるよ!」
まりさが見つけたのは泥です。近くに住むゆっくりが泥遊びでもしていたのでしょう。
早速まりさの泥を使った家造りが始まりました。
一日目。まずまりさはたくさんの小石を集めました。そして集めた小石を積み上げていきます。
夕方頃には成体のゆっくりより一回り大きい小石の山ができあがりました。
「ゆー。とってもつかれたよ。きょうはこれでおしまい。」
二日目。まりさは朝早くから起きだして川の近くで泥を作ります。
土を集めてその上に川から汲んで来た水をかけるのです。
土を集めるのも、口いっぱいに水を頬張って運んでくるのも、とても重労働ですがまりさは楽しそうです。
歌いながら土をこね、泥をつくっていきます。
「ぺったん♪ぺったん♪たのしいな♪」
「こんどのおうちはどろのおうち♪これでかぜにもまけないよ♪」
そしてできあがった泥を小石の山の上にのせていきます。
日が暮れて辺りが真っ暗になった頃、小石の山は泥で覆われ大きな泥の山になりました。
「ゆー。きょうもとってもつかれたよ。きょうはこれでおしまい。」
三日目。きょうは久し振りに朝寝坊。まりさが目を覚ましたのはお昼頃でした。
昨日造った泥の山はすっかり固まってカチカチになっています。
「ゆーーー!うまくいったよ!」
「あとはいしをとるだけだよ!」
まりさは家が崩れぬ様、慎重に小石を取り除いていきます。
そして日が傾き始めた頃、まりさがすっぽりと納まる泥のドームが完成しました。
今度のお家は風が吹いても吹き飛ばされません。まりさは大喜びです。ですが・・・
「できたーーー!できたよ!まりさのすてきなおうちがかんせいしたよ!」
「このおうちならかぜがふいてもへいきだよ!えっへん!」
「これでゆっくりできるね!きょうはひさしぶりにおうちでゆっくりねるよ!」
まりさは新しいお家で楽しい夢を見ます。今日まで毎日野宿だったのです。お家でゆっくりするのはひさしぶり。
しかし残念な事にまりさの夢は悪夢に変わってしまいます。
真夜中頃、まりさは突然降りだした雨の音で目が覚めました。
「ゆ・・・あめがふってきたね。あめはきらいだよ。」
「でもだいじょうぶ。おうちのなかにいればこわくな・・・ゆぶっ!!!」
なんということでしょう。まりさが苦労して造った泥のお家は、雨のせいで崩れてしまいました。
なんとか泥の中から這い出たまりさ。しかしこれで助かったわけではありません。
いくら帽子を被っているとはいえ、長時間雨に打たれたら溶けてしまいます。
まりさは急いで近くにあった大きな木の下に逃げ込みます。
結局朝まで降り続いた雨のせいで、まりさは一睡もできませんでした。
(三軒目)
「ゆっくしゅ!ゆっくしゅ!ゆうぅぅぅ・・・さむかったよぉ・・・」
「やっぱりおうちがないとゆっくりできないよ。」
「こんどはあめにもまけないりっぱなおうちをつくるよ!こんどこそゆっくりするよ!」
一軒目のお家は風で、二軒目のお家は雨で壊されてしまいました。
まりさは一人暮らしを始めてからまだ一度も家でゆっくりできていません。
若く体力があるとはいえ、そろそろ家でゆっくりしないと死んでしまうかもしれません。
それを知ってか知らずか、まりさは今までにない真剣な顔で新しく造る家の事を考えます。
「ゆ~~~。いったいどうしたらゆっくりできるおうちがつくれるの?」
「そういえば・・・まりさはみんなといっしょにすんでたとき、とてもゆっくりしていたよ。」
「そうだ!おかあさんがつくったのとおなじようなおうちをつくったらゆっくりできるんだ。」
まりさが家族と暮らしていたお家は、崖に掘られた横穴でした。
まりさのお母さんが家族の為に必死に掘ったものです。
その家は夏は涼しく、冬は暖かく、もちろん雨や風にも負けない立派なお家でした。
「ゆ!まりさもおかあさんとおんなじおうちをつくるよ!」
「どこかいいばしょはないかなー。」
「ゆゆっ!ここはよさそうだね!ここにおうちをつくるよ!」
まりさは新しいお家を造る場所を決めたようです。
小高い丘の中腹にある土が剥き出しの崖。ここなら大雨が降っても浸水の心配はありません。
まりさは張り切って穴を掘り始めました。雨にも風にも邪魔されずゆっくりする為に。
一日目。まりさは穴を掘ります。と言っても人間とは違い、手を使って掘る事はできません。
口を使って少しづつ掘ってゆくのです。
「むーしゃ、むーしゃ、むーしゃ・・・」
「ゆっゆっゆ」
「ぺっ」
崖に向かって歯を立てて土を削ります。その様はまるで食事をしているようです。
そして少し離れたところまで跳ねていくと、「ぺっ」と土を吐き出すのです。
終わる事が無いようにも思われる単純作業。泥だらけになりながら、食べては吐き食べては吐きを繰り返します。
しかしまりさは楽しそう。完成した家でどんな風にゆっくりするかを考えながら作業を続けます。
流石に穴を掘って家を造るのは大仕事。この日は入口を造っただけで終わってしまいます。
二日目。三日目。四日目。五日目。まだまだ作業は続きます。
しかしやっと家の形が見えてきました。今日は小さな部屋が一つ完成しました。
「ゆーーーーー!!!やったよ!やっとおへやがひとつできたよ!!!」
「ひさしぶりにおうちでゆっくりやすめるよ!ゆっくりーーーーーー!!!」
六日目。七日目。八日目。今までとは違い一日が終わると家の中でゆっくりと休むことができます。
おかげで作業効率が上がったようです。まりさの家造りはどんどん進みます。
「ゆっゆっゆ~♪おうちづくりはたのしいな~♪」
「このおうちができたら、およめさんをみつけて、あかちゃんをつくって、みんなで、ゆふふふふ♪」
初めは小さかった部屋が、ゆっくりの一家が団欒できるほどの大きさの居間に変わりました。
そしてゆっくりと休める寝室や、小さな食糧庫もできました。
一人暮らしには十分すぎるほどの立派なお家です。明日、内装を仕上げたらいよいよ完成です。
九日目。家はほぼ出来上がりです。今日は最後の仕上げ。
家の床に白くて綺麗な砂を敷き詰めます。
どこから拾って来たのでしょうか。小さな牛乳瓶に近所で摘んできた花を挿します。花瓶の完成です。
壁には木の枝を器用に使って絵を描きました。
寝室には柔らかい草をたくさん運んできます。これでふかふかのベットの出来上がり。
家の入口には拾って来た大きなフキの葉っぱを使ってドアも造りました。
「ゆーえす!ゆーえす!ゆーえす!」
まりさはどこからか平らな石を持ってきました。これはどうやらテーブルに使うようです。
居間の真ん中にテーブルを置くと、まりさは満足そうな目で家の中を見渡します。
「できたーーーーーー!!!まりさのゆっくりはうすのかんせいだよ!!!」
遂に完成しました。まりさの素敵なお家。今日からまりさはこの家でゆっくりと暮らすのです。
ふかふかのベットで夢を見るまりさ。彼女の見る夢とは、家族と過ごすバラ色の未来でしょうか。しかし・・・
十日目。外で一日ゆっくりと遊んだまりさは家に帰ります。しかし何だか家の中の様子が変です。
ドアは開いたまま。それに中から何か話声のようなものが聞こえます。
まりさはゆっくりと家の中に入っていきます。そこで見たものは・・・
「ゆっ!!!なにやってるの!ここはまりさのおうちだよ!ゆっくりでていってね!!!」
「あら、なにをいってるの?」
「ここはとかいはのありすたちのおうちよ。」
「そうそう。はじめにありすがみつけたんだから。」
「でもまりさもいっしょにゆっくりしたいのなら、しょうがないからいっしょにすませてあげる。」
「ゆっくりしていってね!!!」
部屋の中にいたのは五匹のありす。なんということでしょう。折角造ったお家が乗っ取られてしまいました。
まりさはぷんぷん怒ります。顔をプクッと膨らませありす達を威嚇し始めました。
「なにいってるの!ここはまりさのおうちだよ!まりさがつくったまりさのおうちだよ!」
「まりさはほんきでおこってるよ!ゆっくりできないありすはゆっくりでていってね!!!」
「ああああああ!おこったまりさもかわいいよぉぉぉ!!!!」
「おこったふりをしてさそっているのね!」
「そうそう。まりさはつんでれなのね!」
「そんなにありすとすっきりしたいのなら、しょうがないからすっきりさせてあげる。」
「いっしょにすっきりしようね!!!」
「なにいってるの!まりさはでていけっていってる・・・いやぁぁぁぁぁ!!!!!」
「やめて!まりさはまだすっきりできるほどおとなじゃ・・・」
「い゛や゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!ずっきりじだらじんじゃううううう!!!!」
「はなじで!はなじで!はな・・・すっきりー!」
「だめっ!すっきりしたら!これいじょうすっきりしたらしんじゃ・・・すっきりー!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!お゛か゛あ゛さ゛ん゛た゛す゛け゛・・・すっきりー!」
「だれか・・・たすけ・・・もう・・・だ・・・すっきりー!」
「ああ・・・もっと・・・ゆっくりしたか・・・すっきりー!」
「すっきりー!すっきりー!すっきりー!すっきりー!すっき・・・」
かわいそうなまりさ。五匹のありすに変わりばんこにすっきりさせられてしまいます。
頭からは幾本もの蔓が生え、やがてまりさは真っ黒に朽ち果ててしまいました。
物言わぬ皮と餡子の塊になってしまったまりさ。
翌朝、これが元々まりさだった事も忘れてしまったありすによって、きれいさっぱり食べられてしまいました。
まりさが苦労して造ったお家は今ではありす達の物。
まりさがゆっくりするはずだったその家で、ありす達のゆっくりとした生活が始まります。
しかしこのありす達のゆっくりした生活も長くは続きません。
ありす達にも残酷な運命が待っているのですが、それはまた別のお話。
まりさの初めての一人暮らし。その薄幸の物語はここでおしまい。
とっぴんぱらりのぷぅ。
end
作者名 ツェ
今まで書いたもの 「ゆっくりTVショッピング」 「消えたゆっくり」 「飛蝗」 「街」 「童謡」
「ある研究者の日記」 「短編集」 「嘘」 「こんな台詞を聞くと・・・」
「七匹のゆっくり」
最終更新:2022年05月03日 16:32