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基本情報



略歴

シャルティア国王ボルニファースの遠縁にあたる。
王位継承権の順列はかなり後方だったことから、無駄な野心を抱かず、自分の地位でできる最大の贅沢にありつこうとしていた。
カルダンメメントを雇ってシャルティア国が侵攻するための大義名分を用意するなど、自らの仕事はこなしていたが、国王ボルニファースの第三婦人と密通していたことが発覚した為、処刑されることを恐れて逐電する。

その後はブレイアスに身を起き、王族でありながら、ブレイアスに力を貸す勇士として組織内で名をはせるが、その実情は先述の通り王族から逃亡していたことを知る者は少ない。(そもそもボルニファースとしても、妻が寝取られたという事実を発表するわけにはいかない為、ボナトゥーラの出奔自体多くの国民が知らない)
原因を知る一部の上層部としても、王族が仲間になっているという宣伝効果は使えるため彼を厚遇している。

7974年6月、ブレイアスは水面下で準備していた反王国連合軍による挙兵を決意、ブレイアスの乱が勃発する。
そのための拠点造りとしてハビリア盆地を占拠していた流民に対してゴルドラドの遺産であるミノスを使用して毒を撒くと、合流した物の実戦を経験したことのない兵士たちに訓練と称して流民たちを全滅させたが、この作戦の提案者がボナトゥーラであった。

拠点を手に入れると、各地から集結した軍勢を率いて王都を目指して北上。
表向きは「現在の王家の在り方に賛同せず、一人出奔した英雄」として扱われていたため、王国軍との決戦となるアルブレッド渓谷の戦いでは総大将に添えられ、この戦いに勝利したため更に名声を高める。

ブレイアスは軍勢の再編成をしながら同時に降伏の使者を送るが、ボルニファースはこれを拒絶、徹底抗戦の構えを見せた為、進撃を再開する。

内通していたガレリアから王国軍の動きを知ると、ディアナを囮にして自分たちは戦場から姿を消し、ベンノが密かに準備していた国王ボルニファース暗殺が成功すると、ボナトゥーラは自ら国王となり、新政権の樹立を宣言する。
しかし、最初に行ったのは旧体制の貴族たちへの復讐であり、ひたすら貴族狩りを行ってその私財を没収していった。

しかし新政権としての舵取りはうまくいかず、想像以上にひっ迫していた国庫は立ちなおせず、各地の貴族たちの反発、そして平民たちからもあがる不満の声を見せしめの処刑と言う形で力づくで解決し、ついにはかつての仲間であったディアナすら処刑した結果、7976年2月聖杯の蜂起を起こされ、単身脱出しようとしたところを民衆に発見され討たれた。


関連項目


最終更新:2026年02月25日 03:51