アットウィキロゴ

概要

ブレイアスの乱とは、遺産戦争の終盤にあたるガーマス7974年に勃発した、反王国連合軍による王都襲撃における一連の戦いの総称である。


戦闘に至るまでの背景


▲7974年6月における勢力図

ゴルドラドの遺産を手に入れたことから、外征をはじめたシャルティア王国は、周辺諸国を相手に有利に戦闘を進めていたが、元々度重なる外征で国庫は揺らぎ、民衆は貧困に苦しめられていた最中での戦いであり、国内外に不満の声は蔓延していた。
これに対してブレイアスを名乗る反王族組織が存在していたが、彼らはあくまでも少数による局地的な反抗にとどまり、国の動きを左右するものではなかった。
しかし、彼らは各地の反抗組織と密に連絡を取り、一斉に蜂起する様に準備を進めていた。


挙兵

7974年6月、ブレイアスは水面下で準備していた反王国連合軍による挙兵を決意する。
各地で民衆が一斉に蜂起して領主である貴族たちの館を襲い占拠、更に挙兵して一旦ハビリア盆地に集結する手筈でありあった、周囲を山岳地帯に囲まれた陸の孤島であるハビリアは、密かに準備するには絶好の土地であり、前もって武器や物資、食料などを蓄えていた。
だが、皮肉にも周囲から見つかりにくいという同じ利点を見つけた流民たちが少し前にこの土地に乱入、集落を奪ってそこを自分たちの土地にしていた。

この流民に対してブレイアスは、ゴルドラドの遺産であるミノスを使用する。
ミノスは本来薬などを設置して、それを霧状に散布して範囲内の対象者を一気に治療するものであったが、薬が設置できるのなら、毒もできるという理屈で、毒の霧を撒かれた。
深夜の奇襲だったこともあり、流民たちは毒に当てられて次々と倒れ、そこに挙兵した軍団が到着すると、流民たちを惨殺しはじめた。
反乱軍は、挙兵したといってもこれまで戦ったことのない農村部の者が多かったことから、一度実戦を体験させる必要があったこと、そして流民自体がこれまで各地で略奪行為を働いていたため、彼らもまた「復讐対象」であったことから、反乱軍の士気は上昇した。
レティシアは毒によって倒れたところを、流民に滅ぼされた集落の若者たちによって惨殺され、一度は脱出したエメラインも部下の裏切りにあって殺された。

一連の行動を苦々しく見つめていた豊穣なる聖杯の平民組たちであったが、ここから本格的な戦いがはじまる。


参加勢力

反王国連合軍は、基本的に別々の戦場で同時進行で動いていた為、一つの戦場で連合軍になったことはない。
ただし、実際はブレイアス軍だけで戦っても、「反王国連合軍」と呼ばれることもある。

  • 実際に戦闘を行った部隊
    • ブレイアス 主力部隊、連合軍盟主
    • 蜂起部隊 ブレイアスに合流した各地の平民たちによる挙兵部隊
    • 朱焔国復興軍
    • ギアノ国復興軍
    • レミリアル国軍 国境で戦っていた主力部隊が帰国できない様に釘付けするが、後にシエルに懐柔され事実上連合から離脱する



アルブレッド渓谷の戦い

王国軍とブレイアス(反王国連合軍)における決戦。
詳細はアルブレッド渓谷の戦いに記載。


降伏勧告

アルブレッド渓谷の戦いに勝利したブレイアスは、組織の創始者であるベンノを呼び寄せ、更に王都には降伏勧告の使者を送るが、国王ボルニファースはこの使者を処刑した。
たとえ降伏勧告であろうとも、使者を直接攻撃するのは紳士協定として禁止されていたが、もはや怒り狂ったボルニファースには関係のない事であった。


シエルの大返し

7974年8月、このまま王都が陥落するかと思われた時、突如として現れた軍勢がブレイアスに強襲を仕掛け半壊させる。
詳細はシエルの大返しに記載。


獅子王の反乱

シエルブレイアス軍を撃退したのとほぼ同時期に、もう一つの遠征部隊であり、反王国連合軍の連携によってレミリアル国軍、ギアノ国復興軍による挟撃で身動きがとれなくなっていたトビアスカリストの部隊にも動きが生じた。
アステリアの協力を得てシャルティアの鎧を手に入れたルードルフが現れて敵軍を撃退すると、「現在の王家は明らかに間違っている、それを正すために旗揚げする」と宣言、「シャルティアの鎧を手に入れた者は王家の血筋に連なる者」という伝説と、実際に目の前に現れた神々しさすら感じさせる救世主の存在に、将兵すべてがルードルフの言葉に耳を傾け、彼の挙兵に従った。
なお、シャルティアの鎧には、王家を憎むグレイファントの怨念が宿っていたため、どこまでがルードルフ本人の意思で、どこまでが怨念に操られてのことかは、判断は難しいが、ルードルフ自身も王家への復讐心に燃えていたため、鎧と装備者は、最高の相性の組み合わせとなっていた。


ブレイアスの再起

ラ・ヴァルドによる壊滅から数日後、アルブレッド渓谷にはブレイアスの残存部隊が集結をはじめていた。
多くの兵が反乱に加担した平民で、このまま逃げてもいずれ貴族たちに復讐されるか、更なる搾取が続くと思い、忠誠心というよりもここまできたら逃げられないと覚悟を決めての合流であったが、そこに朱焔国の再興に成功した式守珠月たちが合流、更にルードルフの反乱もあって、兵力の差はある程度埋められた。
幹部クラスがほぼ壊滅し、王都にあった拠点の場所も発覚して壊滅させられたことから、事実上これまでのブレイアスは崩壊、ヴィオラたちが新たな組織として受け継ぐことになった。


スメリア森の戦い

王国軍の追撃部隊とブレイアス(反王国連合軍)の反抗作戦。
詳細はスメリア森の戦いに記載。


王都陥落

スメリア森の戦いにおいて、王都を守る実戦部隊は事実上消滅した。
南からはブレイアス朱焔国連合軍、西からはルードルフ率いる反乱軍、王都の命運は尽きたが、そこで予想外の顛末を迎える。
王であるボルニファースが、ガスタイアトラストの二人に寝込みを襲われあっさりと討たれてしまったのだ。
これは、既にブレイアスへの内通をしていたガレリアが手配した暗殺で、二人はあくまでも報奨を与えればどんな任務でも行う性格を買われて、実行犯として選ばれたに過ぎなかった。

そして、この計画をすべて仕切っていたのが、シエルの大返しによる反撃を受けた時に行方不明となっていたベンノボナトゥーラオレールバルドゥルの四人であった。
彼らは最も少ない犠牲で戦いを終わらせる方法として、国王暗殺の準備を進めていたが、そこにシエルが率いる部隊が迫ってくると言う情報をガレリア経由で得ると、他の幹部には告げずに自分たちだけで戦場から離脱、逆にディアナの居場所を知らせて囮とすることでブレイアスの崩壊を演出させ、自分たちは密かに国王暗殺の計画を実行に移していた。

ボルニファース暗殺によって城内は騒然となり、マルティンは王都より脱出、エルフリーデは何が起きたのかもわからないまま捕縛され、セシルはこれより前に銀鷲組が密かに北方に逃していたことから、王都における王族は排除され、唯一の血筋であるボナトゥーラがその玉座に就いた。

ベンノは宰相になり、ブレイアスの幹部、ガレリア、反乱軍として蜂起していたトビアスカリストは新政権の中枢に迎え入れられたが、その一方で貴族たちへは厳しい弾圧がはじまった。
早い段階でボナトゥーラに媚びを売ってきた貴族は保護し、そうでない者はたとえ地元では善政を敷いていても容赦なく処刑し、その財産を没収していくという中立性に欠ける処断であったが、これまでの圧政からほとんどの貴族が民衆に恨まれていたこともあり、民たちはこの貴族に対する復讐劇に歓喜の声をあげ、毎日のように処刑されていく貴族を見学していた。


恐怖政治

7975年1月に新法律が制定され、旧貴族への攻撃が法的に認められ、民衆たちによる貴族狩りが各地で勃発する。
最初のうちはかつて自分たちを支配していた貴族への意趣返しとして受け入れられていたが、やがて良信派だった貴族にも攻撃が及び、法は拡大解釈され新政権に疑問を抱く平民たちですら攻撃の対象となり、平民たちが互いに監視と密告をする社会になっていった。

これは、王都を占拠したものの、思っていたよりも国庫がなく、立て直しに苦労したボナトゥーラが民衆の矛先を自分たちに向けさせないための処置であったが、10月に治安位置局長として民衆を絞めつけていたガレリアが民衆の蜂起によって討たれ、その首謀者だと決めつけられたディアナやその領民が冤罪で処刑されると、民衆の怒りはついに頂点に達する。

聖杯の蜂起

7976年2月、ブレイアスと民衆たちによる聖杯の蜂起の政変が起き、セシルが国王となる。
この時のブレイアスは、発足者であるベンノをはじめ、ボナトゥーラ一派は既に離脱しており、ヴィオラ達を中心とした後継組織となっているが、皮肉にも組織を作り出した男であるベンノ自身がブレイアスの組織として戦う最後の敵となった。





最終更新:2026年06月19日 17:37