ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1273 ゆっくり漂流記 漂流の果てに
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ankoss
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「ゆっくり漂流記 漂う命」「ゆっくり漂流記 抗う命」の続編・完結編です
『ゆっくり漂流記 漂流の果てに』
れいむとまりさが脱出を試みてから二日が過ぎた。
太陽熱蒸留器のおかげで水はまだ残っていたが、食糧はもう非常食2本を残すばかりに
なっていた。そのうち、1本はもう、半分食べてしまった。
あれ以来、れいむとまりさにも食事は与えられていたが、それはかつての滋養に溢れた
非常食ではなく、救命いかだの底部に付着し、シイラに餌となっているエボシガイなど
をくだいたものであった。それだけでは空腹を訴えるので、おじさんの「特別の温情」
によって、定期的にサラダ油を飲まされていた。
サラダ油とはいえ、脂肪分は動物の三大代謝基質(炭水化物、タンパク質、脂肪)の一つ
であり、主に、短期間の素早い動きのエネルギー源として使用される。
れいむとまりさはサラダ油をゆっくりにしては大量に摂取させられることで、空腹を覚
えることは少なくなっていたが、その体表は少し、てかるようになりつつあった。
夕食の後、寝ようにも、背中にあった大きな海水腫瘍が潰れて痛み、なかなか寝付けな
かった。何十回かという寝返りの後、やっと眠りにつくことができた。
その日の夢は、息子が大学を卒業したときの夢だった。
息子は手がかからない、利発な子だった。反抗期には取っ組み合いも何度か演じたもの
の、更年期に情緒不安定となった妻や、歳を取り、怒りっぽくなった父ともよく大学の
ことや、様々な話題を話していた。
今思えば、会話に対して怒鳴り声が増え始めた家の中で、息子は、息子なりに家庭を安
定させようと努力していたのかもしれない。
本来ならば、それは私がしなければいけない役回りだったにも関わらず。
息子は、今はゆっくりの生態を研究するべく、地方の小さな国立研究所で、ゆっくりを
研究している。利発で、できた人間であったが故に、私は息子に甘えていたのかもしれ
ない。もっと息子を評価し、甘えさせてやるべきだったのではないだろうか?
そのような後悔もどこかに沈み、夢の場面がめまぐるしく変わっていった。今は、夢の
中でだけ、私はゆっくりすることができた。
夜、おじさんが寝静まった後、れいむとまりさはもはや恒例となった夜の会話を始めた。
まりさは焦っていた。自分の試みが失敗した以上、これまで通りの生活は望めない。
例え、この漂流生活を乗り切ったとしても、捨てられてしまうのではないか?
その恐怖がずっとまりさを支配していた。もっとも、ゆっくりに命を危険に曝された人
間が、捨てるだけで済ませてくれるのならば、それは僥倖というべきなのであるが。
「だめだよまりさ!おちびちゃん作ったらごはんさんがっ!!」
「そんなことはわかってるよ!れいむ…ゆっくり聞いてね!」
まりさはれいむの目をじっと見つめ、そして話し出した。
「まりさたちはいま、海の上なんだよ!おじさんがまりさたちをゆっくりさせてくれな
い限り、まりさたちはゆっくりできないんだよ!」
れいむは黙っていた。まりさはそれを同意と見なし、話を続ける。
「まりさはれいむといっしょにゆっくりするために、おじさんがゆっくりできるように
とおうちに帰ろうとしたよ!でもおじさんは怒ってしまった…もうむかしみたいにまり
さとれいむをゆっくりさせてくれないよ…」
れいむはまりさの一言一言にうんうんとうなずいた。まりさの言う通りだった。
「だから、おちびちゃんをつくらなきゃいけないんだよ!」
「???」
れいむはさっぱり分からなかった。銀バッジのまりさよりも、金バッジの自分の方が頭
が良いとずっと思っていたが、ひょっとして自分はとんでもない馬鹿なのだろうか?
「おちびちゃんを作ればきっとゆっくりできるよ!いつ永遠にゆっくりしてしまうか分
からないんだから、今のうちにおちびちゃんを作って少しでもゆっくりしなきゃいけな
いんだよ!」
まりさは、まりさなりに、少しでもこの苦しい漂流生活を楽しいものにしようとしてい
るのだろうか?れいむにはそれどころではないように思えたのだが。
「おちびちゃんを見れば、きっとおじさんもまた笑ってくれるよ!海さんだってゆっく
りしてくれるよ!ねぇ…ゆっくりしよう!すっきりしてゆっくりしようよぅれいむぅ!」
そう言ってまりさはれーろれーろと、れいむの口内に舌を侵入させてくる。
「ま?まりさ!!?ゆぐ…」
かつて、れいむとゆっくりすることは、まりさのゆん生の目的だった。
それが今となっては、おじさんの庇護の下で生き延びるための手段となりつつあった。
れいむは、まりさの強引さに戸惑いを覚えながらも、まりさの変化には気がついていな
かった。
「ゆふふふ~!まりさはれいむとちゅっちゅするよ~!でぃーぷちゅっちゅはゆっくり
できるんだよぉ~ん!!!」
れいむの関心をひくべく、懸命に愛撫を行い、舌をれーろれーろとビオランテの触手の
ように動かしてれいむの口内を蹂躙する。微かな月明かりに照らされるその姿は、もし、
おじさんが起きていたら、まりさを海に叩き込んでもおかしくないくらい、おぞましか
った。
「れいむぅ~!れいむぅ~!ゆっくりぃぃぃぃっ!!!ゆっくりくりぃぃぃぃっ!!!」
まりさは銀バッジだけあって、現在の状況をゆっくりなりに理解していた。
まりさは、おじさんに赦されなければ、生きていけないのだ。おじさんの関心を引くた
めなら、手段はいとわなかった。
おじさんは元々はゆっくりを愛するゆっくりできる人間さんなのだ。
赤ゆっくりが生まれれば、無垢な存在をムゲにすることはないだろう。
それに、まりさは信頼を失ってしまったかもしれないが、まだれいむはおじさんの中で
堕ちていないはずだった。実際、れいむは脱走の首謀者ではなかったし、まりさは必死
にれいむをかばった。
れいむの赤ゆっくりならば、おじさんの心を再び動かすことができる。
そして、赤ゆっくりをゆっくりさせるためには、両親の存在が必要不可欠となるはずだ
った。
「だいすっきっだよぉぉぉっ!!!れいむぅぅぅっ!!!」
親愛の印ではなく、スキンシップでもなく、欲情にたぎった熱を帯びたすーりすーりを
するまりさ。その行為は次第に打算によるものから、一時的であれ、かつてのれいむへ
の慕情によるものへと変貌し、まりさのすーりすーりは情熱と粘液にまみれていく。
「だめだよぉ…!あかちゃんは!あがぢゃんはぁぁぁぁっ!!!」
「ゆほぅ!!ゆほほほほっほおぉぉぉぉいっ!!!」
「「すっきりぃぃぃぃぃっ!!!」」
塩にまみれ、がさがさになった肌を通して、まりさの餡がれいむに浸透し、新しい命が
誕生する。れいむの額から茎が伸び、そこに何かが実り始めていた。
「ゆゆ!…あかちゃん…れいむの…れいむとまりさのあかちゃん…」
これは許されざるすっきりかもしれない。
その思いがれいむにはあったものの、それでもなお、母性を特徴とするれいむ種には、
赤ゆっくりを実らせることには、他の何者にも変えがたい喜びがあった。
「ゆふぅ…れいむぅ…まだだよ…まだまだゆっくりしようね…」
だが、まりさはすーりすーりによるすっきりだけでは物足りなかったようだ。
その下腹部からはぺにぺにがいきり立っている。
「ま、まりさ!!?」
まりさは購入時点で去勢済みであった。しかし、ぺにぺにがある。
矛盾するようだが、これは事実である。
通常、去勢は生まれてすぐに店内で済ませるか、購入した飼い主が専用のキットで行う
ことが多い。この場合、?麻酔や睡眠薬などで眠らせる、?興奮剤でぺにぺにを起たせ
る、?ぺにぺにを物理的に切断する、?小麦粉と水で尿道を修復、または再形成する、
という手順を踏む。
しかし、素人が去勢を行った場合、?で尿道を圧迫して潰してしまったり、?で修復や
再形成に失敗したりするケースが相次いだ。このような場合、しーしーが明後日の方向
に発射され、部屋を汚してしまう、あるいはしーしーをうまく排出できずに体内に溜ま
ってしまうなどの症状に苦しむことになるのである。
そこで、近年は、生まれてすぐ、または母体に直接生化学物質を抽入することで、遺餡
子に直接働きかけ、ぺにぺにから精子餡が出ないようにすることが可能になったのであ
る。具体的に言うならば、ぺにまむ部分の表皮から、しーしーのような粘性の低い液体
以外は通さないようにするのである。
これは元々は、一好事家が売春婦ならぬ売ゆん婦を作ろうとした課程で生み出されたも
のである。開発された手法には化学的なものと精神的なものがあったらしいが、そのう
ち化学的手法が、手軽で確かな去勢方法として、近年、広くペットショップで採用され
ていた。さらに、ゆくゆくは、成長したゆっくりでも去勢できるよう技術の改良が進め
られている。
とにもかくにも、まりさは劣情に駆られ、ぺにまむによるすっきりをしようとしたので
ある。既に額から伸びた茎に子を宿したれいむに。
「れいむぅ!!!ゆっくりぃっ!!!ゆっくりさせてあげるねぇぇぇぇん!!!」
おそらく、今まで溜まっていた恋慕の情が、半ば強引にすーりすーりをやり遂げたこと
によって、爆発し、より情熱的なすっきりを求めたのかもしれない。まりさのぺにぺに
からは精子餡自体は出ないにもかかわらず。
「なにしてるのまりさ!!?やめて!れいむはそっちのすっきりはできないよ!!!ゆ
っくりしないでやめてね!!あかちゃんおちちゃうよ!!」
だが、れいむが施されたのは、旧来の去勢方法、ぺにまむの部分を切り取り、しーしー
のために尿道を再形成する方法であった。
そのため、れいむの下腹部にはしーしー穴しかなく、伸縮性の乏しい皮で作られたその
器官は、当然、ぺにぺにを迎えることなど出来ない。
「いたいっ!!!いたいよまりさぁぁぁっ!!!やべでっでばぁぁぁっ!!!」
まりさは自分のしようとしていることが、自分の企みを台無しにしようとしている行為
であると認識できていなかった。去勢は、生まれてすぐに施されるものであり、その後
自分の体に疑問を持つには、去勢されていない個体との交流がなければ不可能である。
おじさんの家やその周りにそのような個体はおらず、また、れいむと自分とでは、去勢
によって体の構造が異なっているなどと、知る由もなかった。
まりさは全身からぬめぬめしたものを垂れ流しながら、ただひたすら、ぺにぺにを差し
込もうとするが、それはれいむに痛みを与えるだけの無益な行為であった。
「いぃぃぃっやぁぁぁほぉぅぅぅぅっ!!!まむまむぅぅぅっ!!!れいむのまむまむ
さがすよぉぉぉっ!!!」
「やべでぇぇぇぇっ!!!なにずるのまりざぁぁぁっ!!!おっごっぢゃうよぉっ!!
あがぢゃんがぁぁぁっ!!!」
「うるさいぞっ!!!」
二人の嬌声によって、夢の国から強制帰還させられたおじさんが怒号と共にコップを投
げつける。コップは二匹に命中することなく、救命いかだの壁にぼよんと当たって落ち
た。
「ゆひぃぃぃっ!!!ゆっくりごめんなさい!!!」
慌てて謝るれいむ、反射的に物陰に隠れるまりさ…そして、れいむの額から伸びた茎に
実った4つの影…
「れいむ…」
おじさんはれいむから伸びる茎を確認すると、二匹に向けて拳を振り上げた。
「やめて!おじさん!れいむのあかちゃんだよ!!!れいむはおじさんのおかげでゆっ
くりできたよ!!れいむのあかちゃんもおじさんと一緒にゆっくりして欲しいよっ!!」
れいむの決死の訴えを物陰からそっと見守るまりさ。
おじさんは、振り上げた拳で、救命いかだの床をどんと叩くと、そのまま横になってし
まった。
まりさは声を出さずに、ニヤリと笑った。
まりさの企ては成功したのである。
(ゆぅ~…これでまたゆっくりできるよ…いっしょにゆっくりしようね~れいむ♪おち
びちゃん♪)
まりさは思わず舌なめずりをした。まりさの口の周囲からは、れいむのほのかに甘い
唾液の味がした。
私はれいむの額から茎が伸びているのを確認すると、一度は怒りに任せて、一発殴ろう
とした。
私を裏切っておいて、しかも食糧も水もほとんどないというのに、何を思ってすっきり
したのだろう?
そもそも、私がまりさとれいむに、残り少ない食糧を分け与えると信じているのだろう
か?
だが、同時に赤ゆっくり自体には罪はないと言うこともできる。
私は、まりさには赦せないものを感じていたが、れいむとはまだ、元のゆっくりした関
係に戻れるのではないかという期待が心の隅に残っていた。その期待は、周囲を不信感
でべったりとコーティングされたものではあったが。
いや、それどころじゃない、そんなことよりも、今、この状況を生き延びることを考え
るんだ。
私は自分のそう言い聞かせた。そして、ふと気がついた。
まりさとれいむは、私から失った信頼、そして食糧の配給を、ゆっくりできる可愛い赤
ゆっくりを作り、それを私に見せることで、回復しようと考えたのではないかと。
二匹の裏切りを見せ付けられる前だったならば、私は彼らの行動を、彼らなりの配慮、
この緊急事態において、せめて我が子の顔を見てみたいという、愚かしくも、哀しい行
為として受け入れられたかもしれない。
だが、今ではもうそのようには考えられなかった。単なる小賢しい、いや、赤ゆっくり
を作ることで食糧の消費を増やしているのだから、愚劣な企てとしか考えられなかった。
そして、何より、もう食糧はほとんど残っていなかった。
漂流15日目
翌朝、私が目を覚ましたのは、れいむとまりさの悲鳴によってだった。
「あがぢゃああああああああんっ!!!」
「どぼじでぇっ!!!どぼじであがぢゃんじんじゃっでるのぉぉぉぉっ!!!」
れいむとまりさはイマーション・スーツだった汚れた塊をクッションにして、赤ゆっくり
を産み落としたようだ。
「ゆ゛…ゆげぇ…」
だが、それは断末魔の呻きだけを残して永遠にゆっくりしてしまった。親の茎を離れてか
ら永遠にゆっくりするまで、十秒とかからなかった。
「あがぢゃん!!!ゆっぐり!ゆっぐりじでぇぇぇぇっ!!!」
泣き喚くれいむと唖然とするまりさの前にあるのは、真っ赤に膨れ上がり、所々がぐずぐ
ずに崩れた赤ゆっくりだったものだった。お飾りから判断してれいむ種だろうか?
「おぢびぢゃんゆっぐりじでね!!いまままがぺーろぺーろじであげるがらねぇ!!」
唖然と赤ゆっくりの死体を見つめるまりさを尻目に、れいむは赤ゆを必死にぺーろぺーろ
しようとした。れいむは四匹の赤ゆっくりに栄養を取られてしまったせいか、少しやつれ
ていた。
「ぺーろぺー…ゆびっ!!?しょっばいいいいいいっ!!!」
赤ゆをぺーろぺーろしたれいむは、数回ぺーろぺーろしたところで、餡子を吐いてしまっ
た。
「ゆげええええっ!!!どぼじであがぢゃんじょっばいいのおおおおっ!!!」
まりさとれいむの肌は長期間潮風、海水に曝されたことで、表面にかなりの塩分が付着し
ていた。そして、すーりすーりを行った際に、この塩分がにんっしんっのための粘性の高
い餡に混ざったことで体内に吸収されていったのである。
塩分は甘味であるまりさ種やれいむ種にとって、大敵である。
それでも、このまりさとれいむは飼いゆっくりとして栄養豊富な餌を与えられ、大きな体
に育っていたために、塩分への耐性もそれなりについていた。特に、人間によって、味の
濃い食物を与えられてきたこともそれに貢献していた。
だが、赤ゆっくりにそこまでの耐性はなく、ゆっくりの母体に溜まった毒、この場合は塩
分は赤ゆっくり、特に一番先端にぶら下がっている個体に集中した。そのため、この長女
になるはずだったれいむは、塩によって体の形成が阻害され、崩れかけた餡塊として生ま
れ、一生を終えたのであった。
「ゆえええええええええええええええん!!!おぢびぢゃああああん!!!れいむのおぢ
びぢゃんがあああああああああああっ!!!」
しかし、望まなかったものとは言え、この長女れいむの自己犠牲は、他の三匹―れいむ種
一匹、まりさ種二匹の命をつなぐこととなった。毒は全て長女の体に溜まり、排出された
からである。
「れいむ!おちびちゃんが!!」
れいむが泣き喚いたせいだろうか?ぴくぴくと、他の三匹の赤ゆっくりが動き、一匹、ま
た一匹と下に敷かれたイマーション・スーツのクッションへと生れ落ちた。
「「ゆっくちちていっちぇね!!!」」
「おぢびぢゃんっ!!!れいむのおちびぢゃん!!!ゆっぐりしでいっでねっ!!!」
感極まった涙を流しながら赤ゆっくりに挨拶をするれいむ、しかし、新しく生まれた一匹
の赤れいむと二匹の赤まりさは怪訝な顔をして母を見つめていた。
「ゆゆぅ…まりしゃのおかーさん、おりぼんがないんだじぇ…」
「みゃみゃ、ゆっくちちてないよ・・・」
れいむのリボンはあの一件以来、私が預かっていたのだ。だが、れいむは慌てずに、赤ゆ
っくりたちにすーりすーりをした。
「ゆっくりできないお母さんでごめんね…でもおちびちゃんたちがいれば、お母さんはゆ
っくりできるよ…」
「ゆゆ!…みゃみゃ!!」
「おきゃーしゃんっ!!!ゆゆ~ん♪」
優しくすーりすーりをされた途端、喜び、とてもゆっくりした表情を見せる赤ゆっくりた
ち。私は、勝手に子を作り、食糧の消費を増やそうとしているこの二匹を赦せなかった。
しかしながら、心からゆっくりし合い、愛情を確認し合っている親子を潰す気にはなれな
かった。
私は無言で、ゆっくりたちから目を背け、朝食の支度に取り掛かった。
れいむは、茎を舌で巧みにむしりとって噛み砕き、赤ゆっくりたちに与えていた。
「おちびちゃぁぁぁん!ぱぱですよぉぉぉっ!!!すてきなぱぱと一緒にごはんさんをむ
ーしゃむーしゃしようねぇ!!!」
赤ゆっくりの前に現れたのは、「可愛い赤ゆっくりを見守る良き父」を演じようと懸命に
ネコ撫で声を上げる、帽子がない上に、くねくねうごく汚れた禿げ大福だった。
「おじさん!まりさとれいむもごはんさんむーしゃむーしゃしたいよ!ごはんさんがない
と可愛いおちびちゃんを育てられないよ!ごはんさんがないとやさしいぱぱとままが可愛
いおちびちゃんとゆっくりできないよ!!」
我が子と人間に媚びた笑顔を振りまきながら餌をねだるまりさ。私が飼っていたゆっくり
はこんなにも醜いナマモノだったのだろうか?
「どうしたのおじさん!まりさのおちびちゃん可愛いでしょ?ゆっくり見てね!!さあ、
おちびちゃん!おじさんにご挨拶しようね!ぱぱとままにもごはんさんくれるよう、お願
いしようね!!じゃないとみんなでむーしゃむーしゃできないもんね!!」
「うるちゃいよこにょはげまりしゃ!」
不気味な笑みを浮かべながらくねくねと動くまりさへの罵声は予想していなかった場所か
ら飛んできた。
「ゆっわあああああああああん!!!こんなゆっくちできにゃいおとーさんいやなんだじ
ぇ~!!」
「おなじまりちゃとちてはずかちいよ!なんじぇちょんなにきちゃにゃいにょ?ばきゃで
しょ?ちねよ!」
「どぼじでぞんなごどいうのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!まりざはだんでぃずむがかおるぱ
ぱなんだよぉぉぉぉぉっ!!!」
誤算だった。まさか、可愛いおちびちゃんが自分を受け入れてくれないなど、有り得ない
ことだった。
だが、ここでこの赤ゆっくりたちに親として認められなければならない。それ以外にまり
さがおじさんの世話になるための手段は、今現在持ち合わせていないのだ。
「ゆ…ゆゆ~ん!そんなこと言っちゃダメだよ!お・ち・び・ちゃ・ん!」
まりさは努めて明るく振る舞い、赤ゆっくりに向けて素敵なウィンクをした。汚らしい上
に異臭を放つ禿げ大福が媚を売るその姿は、実に不気味だった(汚くて異臭を放っている
のはれいむも同じであるが、見た目のインパクトは段違いであった)。
「さぁぁぁ、おちびちょわぁぁぁん♪ぱぱとすーりすーりちまちょうねぇんっ!!!」
所々に汚い雑草のような、金髪だった何かを残した大福がすーりすーりしてくる。
赤ゆっくりたちはその姿に怯え、まりさの媚びた笑みを浮かべたすーりすーりに吐き気す
ら催した。
「ゆげぇぇぇぇっ!!!やべでぇぇぇ!!やべちぇね!!!ゆっくりできにゃいぃぃっ!」
「ゆぶっ……!」
私はまりさを手で払いのけた。
「何やってんだお前は?赤ゆが嫌がってるだろ!!」
「ゆびっ!!」
そして、私は長女になるはずだった赤れいむの死体を摘み上げた。
「おじさん…その子は…」
「……」
私は赤れいむが死んでいることを確認すると、先日作り上げた釣り針に引っ掛けた。
「おじさんっ!!?」
「うるさい!」
れいむはそれ以上何も言わなかった。ただ、静かに涙を流していた。
その後ろでは、抜けてしまった金髪を元に戻すべく、まりさが抜け毛の上をごろごろと転
がっていた。額やお尻に張り付いた金髪を落とすまいとぺーろぺーろするまりさの姿は、
哀れを越えて滑稽だった。
「どぼじでぇぇぇっ!!!どぼじでかみのけさんおぢでぐのぉぉぉっ!!!」
髪の毛はまりさに愛想を尽かしたのだろう。
ダメな父親になってしまったな、と言いたかったが。私にその権利はないだろう。
釣りをすべく、出入り口を開いて驚いた。海の様子が変わっていた。
陸地が近くなってきたのだろうか?時々、流れ藻が所々に浮かんでいるのである。しかし、
肝心の陸地はまだ見えなかった。
私は釣り糸を垂らした。果たして、釣竿も浮きもなしで、手への感触で魚が食いついたこ
とを感じられるだろうか?いや、それよりも魚は赤ゆの死体に食いついてくるのだろうか?
どんっという振動が救命いかだに走る。シイラの体当たりだ。もはや、私もゆっくりも慣
れっこになってしまっていたが、不慣れな赤ゆっくりたちはぴーぴー泣いていた。
つんつん、と釣り糸に反応があった。慌てずにそっと釣り糸を引き上げる。
そこには、半分ほど体のなくなった長女れいむだったものしか残っておらず、その残骸も
海水から上げたときに崩れ落ち、海に散っていった。
海面から下をのぞいて見ると、鮮やかな色合いのカワハギの仲間が一匹、餡子を突いてい
た。カワハギの仲間はおちょぼ口のような口に強力な歯を持っている。これで、サンゴの
ポリプや、小型甲殻類、巻貝などを噛み砕いて食べるのだ。
どうやら、カワハギによって、釣り針を回避するように、周りから餡子を齧られてしまっ
たらしい。釣りは失敗だった。
私はため息をついた後、昨夜の食べかけの非常食に齧りついた。非常食はあと1本である。
昼過ぎ、赤ゆっくりたちは空腹を覚えたのか、ぴーぴーと泣き始めた。
「ゆぴぇぇぇぇん!!おにゃかちゅいたよぉぉぉぉっ!!!」
「まりしゃはぽんぽぺーこぺーこなんだじぇぇぇぇっ!!!」
「みゃみゃ~!!!ごはん!ごはんさんがほちいよぉぉぉっ!!!」
だが、ごはんさんはおじさんにもらう以外、手に入れる手段がない。
「ゆぅぅぅ…」
れいむとまりさは、どのタイミングでおじさんに話しかけるべきか迷っていた。
「ゆゆ!?なんだきゃたべらりぇそうなもにょがありゅよっ!!」
一匹の赤まりさがなにやら白い塊に目をつけた。
「まりちゃはぺーろぺーろしゅりゅよ!!ぺーろぺーろ…ゆげぇっ!!こりぇどきゅはい
っちぇる…ゆべぇぇぇっ!!!」
空腹を覚えた赤まりさがぺろぺーろしたのは、救命いかだの内部で結晶化していた海水で
あった。哀れな赤まりさは盛大に餡子を吐き出し、動かなくなってしまった。
「おじびぢゃん!!!どぼじでおぢびぢゃんがじんでるのぉぉぉぉぉっ!!!ゆわああ!
じっがり!ゆっぐりじっがりじでねぇぇぇっ!!!」
れいむがいくら泣き叫んだところで、いくらぺーろぺーろしたところで、赤まりさの目が
再び開かれることはなかった。
「おじさん!おねがいだよ!おちびちゃんに!おちびちゃんにごはんさんをあげてほし
いよ!!」
れいむが泣き腫らした目と強張った表情で、私にそう語りかけてきたのは、それから一時
間後のことであった。私は彼らに今日は何も与えていない。れいむの後方では、きらめく
金髪を体中にまとったまりさがこちらを見つめている。その姿はまるで、くたばり損ない
のミノムシのようだった。
「ゆうぇぇぇんっ!!!まりしゃのぽんぽぺーこぺーこなんだじぇぇぇぇっ!!!」
「ゆっぐ…ごはんしゃん…れいみゅおにゃかちゅいたよ…ゆぴいいいっ!!!」
赤ゆっくりのうち、ゆっくりは体に対して摂取しなければならない食物の量が、成体のそ
れよりも多い。これは急速に成長しなければならない時期だからである。さらに、体内に
一度に収められる食物の量がまだ少ないため、空腹になる速度も成体のそれより早かった。
私はナイフを取り出し、彼らに食糧を用意した。空腹に泣く赤れいむの姿に、かつのれい
むの面影を見てしまったのだ。私は、れいむとまりさをどうするべきなのか、依然として
迷っていた。もうかつてのようには可愛がれそうにないのに。
私が与えたのは、救命いかだの底部に付着していたエボシガイを砕いたものだった。それ
だけでは足りなさそうなので、溶けそうになっている流れ藻にサラダ油をたっぷりかけて
やる。これが私が彼らのために用意してやることの出来る、精一杯の餌だった。
私はエボシガイを一つ口に入れてみた。蔓脚と呼ばれる触手のような部分がシャキシャキ
とした食感を残す。慣れればそれなりに食べられそうな味であった。
「れいむ、これはお前の赤ゆっくりに与えた餌だ。お前とまりさは私を裏切った。飼い主
を裏切るのは飼いゆっくりとして、とてもゆっくりできないことだ。ごはんは赤ゆっくり
達から分けてもらえ。赤ゆっくりが許可しない場合、ごはん抜きだ。」
私はまりさとれいむの企てに唯々諾々と従ってやるつもりはなかった。もっとも、実際、
私にはそれ以上の餌を彼らのために用意する余裕すらなかったのだが。
「ゆゆ!!おちびちゃん!おじさんにお礼を言おうね!おじさんが頑張ってくれたから、
ごはんさんでゆっくりできるんだよ!!」
「ゆゆ~ん!おじちゃんありがとうなんだじぇ!」
「ゆっくちありがちょう!!」
しっかりとお礼を言ってから、食事を始める二匹の赤ゆっくり、どうやらいつの間にか、
れいむが飼いゆっくりとしてのいろはの教育を施し始めていたようだ。
「ゆぶっ!!こりぇおいちくにゃい…」
「でもぽんぽいっぱいにならないと、ゆっくりできないんだじぇ…むーちゃ…むーちゃ」
人間との生活である程度の塩味に慣れている親と違い、赤ゆっくりには、塩味の強い食べ
物はまだ美味しいとは感じられなかったようだ。だが、今手に入るのはこれだけである。
「ゆゆ~ん!おにゃかいっぱいだよ!!ちゅぎはみゃみゃがむーしゃむーしゃちてね!」
「おじさん!ごちそうさまなんだじぇ!!おきゃーしゃん!むーしゃむーしゃはゆっく
ちできりゅよ!!」
小さな赤ゆっくり二匹には多すぎたのか、それとも油がきつかったのか、二匹はすぐにお
なかいっぱいになってしまった。なんだかんだいって、空腹を満たせたことで満足したよ
うである。
赤れいむは母であるれいむに、半分以上残ったごはんさんをむーしゃむーしゃするよう促
す。
「おちびちゃぁぁぁん!ぱぱも一緒にごはんさんをむーしゃむーしたいよぉぉぉん!!!」
うわぁ…
もう私は、このまりさが何をしても不快に感じるようになってしまった。無事全員帰還で
きた暁には、どうにかしてしまいそうである。
「ゆぴっ!!?ゆっくちできにゃいまりさはこっちこにゃいでほしんだじぇっ!!」
「おちょーしゃん、きちゃにゃいよっ!!こっちこないでにぇっ!!!」
私はまりさに少しだけ同情した。娘に彼氏ができたとき、加齢臭のする親父は部屋に入る
なと散々に怒鳴りつけられたのを思い出したからである。思えば、娘が引きこもる原因と
なったのも、彼氏との交際とその後の破局から来た人間不信によるものであった。娘の彼
氏や人間関係がどんなものだったのか、私は知らなかった。娘は話そうともしてくれなか
った。短期大学入学以降、娘は学校の中での友達との関係を何よりも大切にし、それに反
比例するかのように、家族との関わりを避けていったのだ。
あそこですごすごと引き下がらずに、娘に積極的に関わっていれば、また違った展開もあ
ったのだろうか?積極的に関わっていれば、助けてやれるような問題だったのだろうか?
そして自分にそれだけの器量や知識があったのだろうか?
今、娘は私のことをどう思っているのだろう…
「ごはんしゃんをむーしゃむーしゃしゅるのはみゃみゃがさきだよ!みゃみゃはれいみゅ
たちをゆっくちさせてくれちゃよ!ぴゃぴゃはなにもちてくれにゃかったよ!!」
「おちょーしゃんのわらいかちゃはゆっくちできにゃいよ!!きもちわりゅいよ!!」
私が意識を海の彼方にいるはずの家族へ向けている間に、まりさのストレスは、怒りは臨
界点を越えつつあった。何せ、ゆっくりするために作った赤ゆっくりが自分をゆっくりさ
せない原因となっているのである。
「おぢび…ゆぎ…ゆぎぎぎぎぎぎ……」
怒りのあまり、歯軋りするまりさを見て、れいむが慌てて赤ゆっくりをしかりつける。
「おちびちゃん!いいすぎだよ!!みんなで、みんなでゆっくりしようね!!」
おそらく、赤ゆっくりたちの父への嫌悪感は、子供なりに、まりさの邪心を見抜いた結果
なのだろう。愛情のこもったれいむの優しいすーりすーりとは違い、強引にすーりすーり
をして、自分たちをダシにおじさんから何かをもらおうとする、そのような態度を繰り返
した結果、赤ゆっくりたちは、まりさを、自分達をゆっくりさせてくれないものとしてし
か認識していなかった。
「ゆがぁぁぁぁぁっ!!!ぱぱをゆっくりざぜないくそちびどもはじねぇぇっ!!!」
「ゆ゛みゃ!?」
一瞬のことだった。
怒り狂ったまりさの体当たりは、赤れいむを弾き飛ばし、赤れいむは救命いかだから転落
し、海の底へと消えていった。私が驚いて、海面に顔を出したときには、救命いかだの周
囲を泳ぎ回るシイラ以外、何も見えなかった。
「おぢびぢゃんっ!!?」
れいむがまりさの凶行に気がついたとき、まりさは赤まりさに対して攻撃の態勢に入って
いた。どうやら、同種でも赦す気はないらしい。
「まりざはゆっぐりぃぃぃっ!!!れいむとゆっぐりぃぃぃっ!!!」
「ゆっぴゃああああっ!!!」
赤まりさはまりさに押しつぶされ、さらに噛み付かれた。
「ゆっぴゃあああああああああああっ!!!いぢゃいいいいいいっ!!!たちゅげで!!
おぎゃあああざあああああんっ!!!」
「やべでね!まりさぁっ!!いだがっでるよぉぉっ!!!やべであげでね!!!」
私は慌てて、まりさを平手打ちで撃墜した。
「ゆびぃぃぃっ!!?」
「ゆぐっ!!?」
赤まりさの後頭部は、実の親によって食いちぎられていた。目の焦点は合っておらず、痙
攣が始まっている。もうダメだろう。
「ゆあああああああああん!!!あがぢゃんがあああっ!!!れいむのがわびびあがぢゃ
んがあああっ!!!どぼじでごんなごどにいいいいいっ!!!」
まりさの打算によってこの世に生を受けた赤ゆっくりたちは、まりさの激情によってその
命を奪われた。
「ばでぃざはわるぐないぃぃぃっ!!!くぞぢびがぁぁぁっ!!くそぶっ!!?」
私はまりさの顔面に拳を打ち込み、そして、まりさの底部を根こそぎ剥ぎ取った。
べりっ…べりべりりっ!!!
「ゆっぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!!!」
まりさは目からかつてないほどの涙を流しながら、あんよだった部分に残った餡子をうね
うねと動かした。
私はまりさの目の前で、剥ぎ取った底部を食べた。
「ゆびいいっ!!やべでだべないで!!ばでぃざのあんよざんだべないで!!!ゆぐわぁ
ぁぁぁぁぁっ!!!ばでぃざのあんよざんっっっっっ!!!」
皮は塩辛く、何やらゆっくりできない臭みを感じたが、餡子のしっとりとした甘みは私の
舌を、そして胃袋を喜ばせた。そして、まりさに摂取させていた油分によって、私の空腹
は久しぶりに満たされた。
私がごくん、とまりさのあんよだったものを飲み込んだとき、まりさは呆然とした表情で
力尽きたように、動かなくなった。
私はまりさの傷痕にビニール袋をはりつけ、塩まみれの輪ゴムでラップを止める。
これであんよの傷口から餡子が漏れていくのを防ぐことができる。餡子が乾燥してしまう
前に救助されれば、助かる可能性もあるだろう。
「これでもう二度と暴れることも、逃げることもできん。どうせ、お前だけ逃げても生き
延びられないんだ。おとなしくしていろ!もし、助かったらちゃんと治療を受けさせてや
るかもしれん。」
私の言葉はまりさには届いていなかった。
「ゆぎっ…ゆぐ…まりざのあんよ…まりざのずでぎなあんよ…どぼじで…まりざがこんな
めに…えっぐ…」
その泣き言を聞いたとき、私はまりさをもう一発殴ってやりたかった。
だが、そのような行動は、ただでさえなくなりつつある私の気力と体力を奪うだけだった。
その後、私は懸命に陸地を、船を捜したが、その日は水平線と人の顔のような入道雲以外、
何も見えなかった。
「ゆっぐ…いじゃいよぉぉぉっ!!!れいむぅ…まりさの…まりさのたくましいあんよが
なくなっちゃっだよ~…れいむぅ…ぺーろぺーろしてよ~…まりさ、いだぐですーやすー
やでぎないよ~…れいむぅ~…」
真っ暗な夜の救命いかだの中で、まりさの呼び掛けに答える者は誰もいなかった。
漂流16日目
私が朝起きたとき、まりさは生きていた。あんよの痛みで眠れなかったのか、目の下には
クマができており、泣き腫らした目は真っ赤に腫れ上がっていた。
残る非常食は1本、これは最後の最後まで取っておきたかった。私は昨日死んだ赤ゆっくり
の死体を口に放り込むと、救命いかだの出入り口を開き、太陽熱蒸留器を海面に送り出した。
「…ゆあ…」
一瞬、れいむは悲しそうな表情をしたが、もはや私に自分以外の世話をしている余裕はなか
った。手持ちの食べ物がないのである。そして、救命いかだ底部に張り付いているエボシガ
イも、手の届く範囲のものはほとんど取り尽しており、他の動物を捕獲する必要があった。
とりあえず、私はれいむに水だけ与えた。
れいむは昨日、産んだばかりの赤ゆっくりがあっさりと全滅して以来、塞ぎ込んでおり、そ
の表情や瞳は暗く沈んだままだった。
まりさも横倒しにし、水を飲ませてやる。生かすにしろ、殺すにしろ、こいつをそう簡単に
永遠にゆっくりさせるつもりはなかった。
「おじざん…おでがいじまず…ごはんさんを…ばでぃざになにがだべるものをぐだざい…」
私はまりさの口にサラダ油をダイレクトに注いでやった。食べ物に関しては、イノシシ並
みに悪食にもなれるゆっくりのことだ。死ぬことはあるまい。
「ゆべ…ゆえええ…きぼぢばるび…ゆえええ…これじゃあゆっぐりできないよ~…」
私は、近くを流れていた流れ藻を拾い上げてみた。今回の流れ藻はまだ新鮮なもので、その
表面には小さなカニやエビ、巻貝が付着していた。どうやら、釣り餌には困らなくて済みそ
うである。
私は小さなカニを、苦労して釣り針に差し込み、海へと投げた。
しかし、海に着水した瞬間、カニは釣り針から外れて、海の底へ沈んでいってしまった。気
を取り直して、もう一度チャレンジする。今度は…やはりカニでいこう。
エビはそのまま私が食べることにした。
私はそっと、釣り糸を垂らす。空腹と海水腫瘍から来る痛みのせいで、釣り針に餌を付ける
だけで疲れてしまった。
そして、釣り糸を伝わってくるであろう感触をひたすら待つ。これほど真剣に釣りをしたの
は生まれて初めてだった。
ぴくん
微かだが、引っ張られる感触…アタリだ!
「こんなエサにはつられないむらぁぁぁぁっ!!?」
釣りあがったのは、トビウオでもなく、カワハギでもなく、シイラでもなく、むらさだった。
むらさはまだ室内での大量繁殖技術が確立されていないため、ペットショップに出回ってい
るものは高価である。近年、値段は漸進的に低下してきているが、それでも学生や子供には
買えない値段であった。
「むらさを海にかえしてね!!むらさは海の中じゃないとむらむらできないよっ!!!」
救命いかだのゴム床の上でぴちぴちと跳ねるむらさ。以前、まりさが脱走したときに見た個
体とは別個体のようだった。
私は、このような何の罪もないゆっくりを殺して食べることに一瞬躊躇した。だが、それを
言ったら、私たちの、いや、植物以外の何かを食べて生きている動物は全て断罪されなけれ
ばならない。
「ゆるしてくれ…」
私はせめて一撃で楽に逝けるよう、ナイフを中枢餡めがけて差し込む。
「ゆぎいっ!!?」
そして、ぐるりとナイフをまわした。
「…も…むらむ…」
私は動かなくなったむらさを皿の上でてきぱきと切り分けると、はやる気持ちを抑えること
が出来ず、切ったそばから口の中に放り込んだ。
微かに塩味がする皮と、濃い甘みととろみをもった黒蜜。口の中がむらむらしそうな美味し
さだった。新鮮なむらさならではの味であろう。私は少し残しておこうと思っていたのだが、
気がつくと全てを平らげてしまっていた。
「ゆぅ…ゆぅぅぅ…」
れいむとまりさは空腹の限界であったようだ。私がゆっくりを貪り食っている間にも、ちら
ちらと訴えかけるような目でこちらを見ていた。
私は流れ藻を切り刻み、たっぷりの油をかけてかられいむに食べさせ、その残りをまりさに
差し出した。
「ゆひっ!!!むーしゃ!むーしゃ!しあわぜえええええっ!!!」
久々のまともな食事にしあわせーをするまりさ。本当はぶちのめしてやりたい気持ちもある
のだが、ゆっくりを殺してしまったら、自分ひとりになって、やっていけるのか?精神を保
てるのか?という不安があった。
その後、さらに釣りをしようとしたが、波が少し出てきたので、太陽熱蒸留器を回収し、出
入り口を閉めた。ポンプで救命いかだに空気を送り込み、窓から外を眺める。
私の体力は目に見えて衰えていた。以前は、救命いかだがぱんぱんに膨れ上がるのに、1時
間ほどのんびりとしたペースでポンプを押していればよかった。しかし、最近は、2時間近
く、押さなければ満足に膨らまない。私が途中ですぐに疲れてしまうからだ。
私は後何日、漂流すればいいのだろうか?
そして、この救命いかだはいつまでもつのだろうか?
通常、救命器具などにも耐久日数というものがある。どんなに品質が高くても、劣化しな
いものは存在しない。私は不安に駆られ、もう少しだけと、ポンプで空気を送り込む作業
を再開した。
私はこういう作業をしているとき、可能な限り、空想を楽しむようにしていた。
最近、肩が凝ると言っていた妻を温泉にでも連れて行こうか?
息子は自然科学が好きなので、山奥など自然が残っているような小さな温泉地の方が喜ぶ
だろう。
娘はどうやって連れ出せばいいだろうか?何を言ってもウザイウザイと相手にしてくれな
いだろう。私はどうしてやるべきだったのだろう…
そして父と…
ああ、お父さん、ごめんなさい…ごめんなさい…
その夜のことであった。
その日の夢は、妻と結婚したばかりの頃の夢であった。
父は妻の料理を大層気に入り、いつも過分な嫁をもらったなと、私をからかっていた。
あの頃は何をするにも妻と一緒だった。歳を取ってからも決して仲は悪くなかった。
妻は更年期に入って以降、些細なことで怒ってばかりいた。
そして、歳を取り、短気になった父とことあるごとに怒鳴りあいを演じていた。
思えば、あの頃から私は家庭のことに鈍感になったのかもしれない。怒鳴りあいの度に
磨り減っていく、私の弱い精神を守るために。
テレビをつけたまま、ソファーで眠っている私を妻が起こそうとする。
昨日は娘の運動会で疲れたのだ。もっと寝かせて欲しい。まさか借り物競争に出るはめ
になるとは思わなかった。
「おじさん…おじさん…」
いや、待て…妻が私をおじさんと呼ぶことはない。これは…誰だ?
「おじさん!…」
目の前にいたのは、れいむだった。まりさは昨夜眠れなかったせいか、ぐっすりと熟睡
している。
「なんだ?…どうした?」
私はしばらく、ここが夢の中なのか、現実なのか分からなかったが、救命いかだに打ち
付ける波の音と、背中や脚の海水腫瘍の痛みが私に現実を突きつけた。
「…れいむ?…」
暗闇で、私の目はれいむの輪郭を微かに捉えていたが、その表情は見えなかった。
「おじさん…れいむはおじさんにおねがいにきたよ…」
れいむの声はいつになく真剣だった。私を裏切ったことを考えれば、相手をせずに眠っ
てしまっても良かったのだが、れいむの声はそれを許さない何かを含んでいた。
「おじさん…せめて、まりさをゆるしてやってほしいよ…きっと、きっとこんなことに
なっていなかったら…ずっとおじさんのゆっくりぷれいすでみんなゆっくりできたよ…」
「…」
れいむは静かに語った。
ペットショップでの懐かしい日々を。
おじさんとの楽しい思い出の数々を。
まりさがうちに来たときのことを。
どうしてまりさと救命いかだを離れようとしたかを。
私は知らなかったが、れいむはずっと後悔していた。
「れいむは、おじさんには無事、おじさんのゆっくりぷれいすに帰って欲しいよ。そし
てこれからもゆっくりしてほしいよ!れいむはおじさんが飼い主でほんとうによかった
と思っているよ…」
おじさんを裏切るような真似をしたことを。
「…れいむ?…」
「れいむはただのゆっくりだよ…おじさんにしてあげれることなんて何もないよ…だか
らせめて、できることでおじさんを助けたいよ…」
れいむはじっとおじさんの瞳を見た。そして、大きく息を吐き出した。
「さぁ…」
まりさと救命艇を離れて以来、れいむはかつてのように微笑んでくれないおじさんの視
線が何よりも辛かったのだ。
まりさよりも、おじさんの愛情を理解していたからこそ、それを失った日々に耐えるこ
とが出来なかった。
飼い主をゆっくりさせられない、飼いゆっくりの存在価値を、れいむは知らなかった。
だからせめて最後に、償いをして永遠にゆっくりしたかった。
それが、れいむの疲弊した精神に、ぼろぼろの体に残っていた、金バッジとしての最期
の矜持だった。
「おたべなさい」
「…れいむ…」
返事はなかった。
そこにあるのは、かつてれいむだったもの、
二つに割れた、汚れた饅頭だった。
「れいむ…ありがとう…一緒にゆっくりしてくれて…ありがとう…」
いつの間にか、私は泣いていた。涙に滲んだ視界で、真っ二つに割れたれいむがふっと
笑ったように見えた。
こうなると気付くことができたならば、せめて最後にれいむの頬を、頭を、撫でてやり
たかった。
れいむの犠牲を無駄にしないために、私はなんとしても生き延びなければならなかった。
私は泣きながら、れいむとの思い出を一つ一つ反芻していった。
結局、朝になって、何度目かの腹の音が私の脳に空腹を警告するまで、私はれいむに口
をつけることができなかった。
れいむは最後の瞬間に、自分よりも、自分の番よりも飼い主を優先した。
金バッジの輝きは、伊達ではなかった。
だが、それはゆっくりに対する裏切りとも言えた。
「ゆゆ…あんよがいじゃいよぅ…れいむ~…ゆゆ!?れいむ!?」
まりさが目を覚ましたとき、外は既に明るくなっていた。
れいむは、まりさが赤ゆっくりを永遠にゆっくりさせてしまって以来、まりさに口を利
いてくれなくなっていた。
まりさは焦った。このままれいむに嫌われては、まりさは精神的に大きな傷を負ってし
まうだろう。いろいろあったが、まだまりさの中では、れいむへの慕情は燃え上がって
いたからである。
そして、もはやおじさんの庇護下では、れいむの関心なしには、生き延びることは出来
ないのだ。一時の感情に任せて台無しにしてしまった自身の計画の尻拭いを、なんとか
無事に済ませなければならなかった。
「れいむ?」
れいむはいつもの場所、自分の隣にいなかった。
まりさは救命いかだの中をきょろきょろと視線を動かした。そして見た。
おじさんが何かを食べているのを。それを見間違えるはずはなかった。
「…ゆ?…あ…あ゛…あ゛あ゛あ゛あ゛!れいむぅぅぅっ!!!」
まりさはれいむが「おたべなさい」をしてしまったことに気がついた。
まりさの目の前には、は真っ二つに割れた「れいむだったもの」を貪り食う、見るから
にゆっくりできない髭と髪が伸び放題の汚い人間の姿があった。その人間の口が動き、
まりさの愛したれいむをがぶりと食べ、咀嚼していく。
「ゆわぁぁぁぁぁんっ!!!れいむ!れいむぅ!!!なんで!!!なんでぇぇぇ!!!
まりざはっ!!まりざはれいむのごどが一番大事だったのにぃぃぃっ!!!」
まりさは理解できなかった。なぜ、れいむがおじさんのためにおたべなさいをしてしま
ったのかを。まりさを放置して。
まりさは自分の行為が直接的に、間接的に、れいむを追い込んでいたことに気がついて
いなかった。自己反省能力が確立されているか否か、それは金と銀とを分ける、一つの
指標だった。多少なりとも有能であり、性格が良く、自分を省みることができる個体は
金として、要するに人間と共に暮らす資格があるものと認定される(一時的にそのよう
に振る舞う狡猾な個体のせいで、金馬鹿による事件が絶えないわけであるが)。それが
金色の輝きなのである。
それに対してある程度性格は良いが、人間のルールに疎い、優秀だが性格に難がある個
体に与えられるのが銀色の輝きである。銀は交流するためではなく、ただ飼う、手元で
見るためだけの愛玩動物として優秀ということを示しているのだ(もちろん、銀や銅であ
りながら、試験を受けていないために、試験で実力を見せられないがために、それ以上
の価値があることを飼い主以外にアピールできない個体も多い)。
結局、このまりさは、自発的に飼い主のために何かをするということが、できなかった。
そして、理解できなかった。
「やべろおおおおおっ!!!だべるなああああっ!!!がえぜ!!ばでぃざのれいむを
がえぜえええええっ!!!」
まりさはおじさんをボコボコにしたかった。あんよさえ動けば、今にもおじさんに飛び
掛って行ったであろう。おじさんはまりさの愛するれいむを汚している、そうとしか見
えなかった。
「れいむをだべるなああああっ!!!おばえがっ!!!おばえなんがが!!!れ、れい
むを!!ばでぃざのれいむをおおお!!!がえぜええええっ!!!れいむうううっ!!」
おじさんはれいむの四分の三をあっという間にたいらげてしまった。
「ゆあああ…れいむ…どぼじで…まりさのれいむ…」
「まりさ…」
おじさんがまりさに話しかけるのは久しぶりだった。
「れいむがおたべなさいをする前に、お前をよろしく、と言った。」
「ゆ!?」
そして、おじさんがまりさの前に突き出したのは、れいむの体の四分の一だった。
「食ってやれ。れいむが好きだったのならば食ってやれ。」
「ゆゆ!!?」
おじさんは、まりさの前に、舌を伸ばせば届く距離にれいむだったものを置くと、水
を飲んでいつものように窓から外を眺める位置に移動し、まりさの方を振り返ること
はなかった。
「…れいむぅ…なんで…なんでまりさをひとりに…」
結局、夜の闇が辺りを包むまで、まりさはれいむを食べられなかった。
おじさんが寝静まった後に、まりさは泣きながられいむを味わい、れいむとの思い出、
すーりすーりしたときの肌触りを思い出し、また泣いた。
漂流17日目
その日の早朝のことだった。まだ東の空がうっすらと紫色のベールを脱ぎ始めていた
とき、私は何かの物音に気がついて目が覚めた。
波の音か…?
だが、波の音に混じって微かに何か別の音が聞こえる。
私は変な体勢で眠っていたせいで、痺れてしまった脚をなんとか動かし、立ち上がっ
た。窓から外を見たが、何も見えない。
私は広い視界を求めて、出入り口を開けた。朝のひんやりとした潮風が救命いかだの
中に吹き込み、私の、靄がかかったままになっていた頭脳を目覚めさせていく。
「ゆ…ゆぅ…しゃむいよ…」
まりさも冷たい潮風で目が覚めてしまったようだ。
私は出入り口から首を出し、まだ暗い洋上を眺めた。
「!!!」
船だった。しかもかなり近くを航行している。
波の音に紛れていた「別の音」は、船の機関の音だったのだ。
「船だっ!!!」
思わず口走り、私はしまいこんであった救難用紅炎を取り出した。まだ暗い洋上で果た
して煙による信号が通じるのか不安ではあったが、距離が近いだけに見張りがちゃんと
仕事をしていれば、可能性はあった。私ははやる気持ちを抑え、ひもを力強く引っ張っ
た。これで、家族にまた会える!
「!!?」
だが、救難用紅炎は発煙することなく、ひもだけが切れた。不良品だったのか、それと
も、まりさが奪っていった課程で劣化したのか…
いずれにしろ、私から船に助けを求める手段はなくなってしまった。
救命いかだの先端についている、レーダー反射板は役に立っているのかどうかさっぱり
分からなかった。こうしている間にも船は進んでいく。
太陽の光が辺りを明るく照らすにはまだ、時間があった。このままでは日が昇る前に船
は通り過ぎていってしまう。
何かないのか!?何か!
私は信号弾が残っていないかと、救命いかだのポケットを、脱ぎ捨てたままになってい
る衣類のポケットを探った。私が見つけたのは、ライターだけだった。
それは、客船脱出時から持っていたものの、タバコを忘れてきたために使うことのなか
ったライターだった。
ライターの光はあの船から見えるだろうか?
確かに、船は近くを航行しているものの、ライターの光はあまりに微弱だ。
私は泣きそうになった。
なんでいつもこうなんだ!前は信号弾を上げても気付いてもらえなかった!
今度は近くを船が通過しているのに、アピールするものがない!!
私の脳裏を家族の顔が浮かんでは消えた。
会いたい!
妻の愚痴を聞いてやりたかった。
息子を褒めてやりたかった。
娘ともう一度会話がしたかった。
父に謝りたかった。
私はライターをじっと見た。
もはや手段を選んでいる暇はなかった。
これが助けてもらう最後のチャンス、そう思った私は、リュックからまりさの帽子を
取り出した。長い時間、その他の荷物や私の体重によって圧迫され、帽子は今やぺし
ゃんこの布切れのようになっている。
「ゆ…ゆ?…おぼうし…ま…りさの…まりさのおぼうし!」
まりさが久々に見た自分の帽子の姿に、その弱々しい目を力いっぱい輝かせる。
その目には、お帽子を返してもらえる、という期待にあふれていることが簡単に読み
取れた。私は、即席ゆっくりはうすだった、発泡スチロールの中に、れいむのリボン、
非常食の包装、私の薄汚れたシャツを放り込んだ。
「返してくれるの!?まりさのお帽子返してくれるの!?」
最後にまりさに、サラダ油で一杯にした帽子を押し込むように被せ、発泡スチロール
に入れて水に浮かべる。
「ゆびゃあああっ!!どぼじでごんなごどずるのおおおっ!!!ぬるぬるずるよぉ!
きもちわるいよおおおおっ!!!」
よし、浮力は大丈夫だ。
私はまりさを軽く揺すり、発情させる。
「ゆゆ!?なにしてるの!?やめて!まりさはれいむとしか…ゆほぉぉぉっ!!!」
そして屹立したまりさのぺにぺににマニュアルの1ページで作ったこよりを差し込ん
だ。
「ゆぎいいいっ!!!なにずるのおおおっ!!!いじゃいよおおおっ!!!ばでぃざ
のぺにぺにでいたずらじないでぇぇぇっ!!!」
サラダ油は日常生活で火災の原因となるのを防ぐために、灯油などと比べて発火点が
高い。しかし、点火のために燃える素材があれば、サラダ油に引火させるものがあれ
ば、その炎によって熱せられたサラダ油は燃え上がるのである。
私はサラダ油をまりさの上から全て振りかけ、ぺにぺにに突き刺さっているこよりに
ライターで火をつけた。ぺにふぁいあである。
「やべで!!やべでね!!ひさんはざっざどぎえ…ゆぎゃあああああああああああ゛
っ!!!ばでぃざのぉっ!!!ばでぃざのべにべにがぁぁぁぁっ!!!」
暗い海の上で、ぺにぺにから炎を発しながら泣き叫ぶまりさの姿は滑稽であったが、
私の命をつなぐための希望の光だった。
私はさらに化学繊維で出来た私の服に火をつけ、それを洋上の発泡スチロールに素早
く突っ込んだ。しばらくして、服の炎はサラダ油に引火し、さらに燃え広がっていく。
「やべでええええっ!!!ごないでえええっ!!!どぼじでひざん、ばでぃざにいじ
わるずるのぉぉぉっ!!?」
必死にぺにふぁいあをぺーろぺーろして消そうとするまりさ、しかし、ぺにぺにをぺ
ろぺーろしようとしたまりさの舌を伝って、炎が、口内、顔の油へと引火していった。
「ゆぎゃあああああああああっ!!!ばでぃざのおがおが!!!ばでぃざのおがおが
がじざんだよっ!!!あぢゅい!あぢゅいよおおおおっ!!!だじゅげでえええええ
えっ!!!」
私はまりさに負けじと叫んだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!ここだぁぁぁっ!!!たすけてくれぇぇぇっ!!」
まりさは炎の勢いを増し、燃え続ける。最近はサラダ油を餌代わりに摂取していたこ
ともあってか、思いのほか良く燃えていた。火はシャツやゴミにも引火し、明々と漆
黒の洋上を照らす。
「おじざん!おねがいだじゅげでえええっ!!!ばでぃざをだじゅげでえっ!!!ば
でぃざはおじざんどゆっぐりじだいよぉぉぉぉぉっ!!!ばでぃざをみずでないでぇ
ぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「おぉぉぉぉぉぉいっ!!!」
まりさの皮は炎に焼かれ、黒く焼け焦げた部分が、まるでまりさの体表を這い回る不
定形の悪魔のように広がっていく。
「おねがいでず!だじゅげでぐだざい!ばでぃざいいごにじまず!おじざんをみずで
だりじばぜん!だがらおじざんもばでぃざをみずでないで!!!ぎょっぼぼぼぼっ!
ばでぃざのおべべがああああっ!!!」
まりさの寒天の目が炎によって、どろりと崩れ落ち、めらめらと燃え上がる火はまり
さの眼孔から餡子を焼き尽くしていく。船はすこしずつ進路をこちらに向けているよ
うに見えた。気がついてくれたのだろうか?
「たすけてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
私は塩で焼かれているのどを張り裂けんばかりに酷使し、叫び続けた。
その時、ボーッという汽笛の音が、朝の冷たい大気を引き裂くかのように轟く。
見つかったのだ!見つけてくれたのだ!
「ゆびゃあああああああっ!!!いやじゃ!!!じにだぐないいいいっ!!!だず
げでっ!!!ばでぃざはゆっぐぢずるのぉっ!!?かっは?…あぎゃぎゃぎゃぎゃ
ぎゃっ!!!」
まりさものどが焼かれているようだ。ただし、塩ではなく、炎で。
「ゆびーっ!!!ゆぎぎ!!?おみずざんだよっ!!!ばでぃざだじゅがっだ…わ
ぎゃああああああっ!!!」
発泡スチロールにまで引火すると同時に、海水が侵入し、火が消えていく。その代
わりに傷口に海水が入り込むことで、塩による痛みが全身を襲った。
「ひぎっ!!!ひっぎぎぃぃぃっ!!!おでがび!!!ばでぃざをだじ!!!ばで
ぃざばぼぼぼぼ…ごぼっ……」
だが、それも束の間のことだった。海水の浸入によってバランスを崩した発泡スチ
ロールは転倒し、その中身を海中へとばら撒いた。そして、まりさも沈んでいった。
まりさは残りわずかな生の中で、何も見えない暗闇の中でゆっくりと自分の体が溶
けていく感覚を味わっていった。
まりさは焼死する寸前で、その運命を溺死へと変更されたのだった。
船が私のすぐ横に来たのは、まりさが沈んでから、20分後のことであった。
私の漂流生活は唐突に始まり、そして今、唐突に終わった。
私は無事、船に救助された。
今や、さっきまで私の全てであった救命いかだは折り畳まれ、甲板上にロープで固
定されている。
私は震えが止まらなかった。本当に救助されたことが嬉しくて、言葉では言い現せ
られなかったが、ただ、嬉しさのあまりに泣いていた。
つい一時間ほど前までは、ずっと死ぬことだけを恐怖し、生きて帰れることをただ
願っていた。だが、人間とは欲深い生物だ。今となっては別のことが怖い。
私は楽しみな反面、怖かった、家族に再会することが。
あれだけ、遭難中は家族に会いたいと思い続けていたが、どんな顔をして帰ればい
いのだろう?家族に何と言えばいいのだろう?それが分からなかった。
いや、それよりも、家族はどんな顔で私を迎えてくれるのだろう?
その後、私は近海で私を捜索していた海上保安庁の船に移乗し、近くの港に下ろさ
れた。
そこには家族がいた。
妻が泣いていた。息子が泣いていた。
引きこもりで二年以上部屋から出て来なかった娘もそこで泣いていた。
そして、
ああ
ああ…
お父さん…
私がやっと搾り出したのは
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
それだけだった。
私を昔のように抱きしめてくれた父の手は、かつてのように暖かかった。
父の前で泣いたのは、最後に怒られて以来…そう、高校生のとき以来だった。
それはいつも通った道だった。
何一つ変わらない家路だった。
でも、今まで見たどの風景よりも、暖かく、懐かしく、そして、心からゆっくりで
きる道だった。
家族みんなで家路を歩いたのは、何年ぶりだろう…
私は父の車椅子を押しながら、一歩一歩を噛みしめるように歩いていった。
私はゆっくりによって、死にそうになり、ゆっくりによって生きることが出来た。
私はあの時、れいむによって生かされたと思っている。
れいむが最後の最後で見せてくれた、ゆっくりとしての矜持に。
私の漂流は終わってはいない。
私の家族はまだ漂流している。
漂流している理由も、その状況もみんな違う。
だが、少なくとも今回の一件で、我々の目的地がどこにあるのか、気がつくことが
できたような気がする。
だから、少しでも目的地に近づけるよう懸命に櫂を漕ごうと思う。
少しでも、私の愚かさによって失った時間を取り戻すために。
今度ばかりは自力で漕がなければいけない。
誰にも、流れにも、助けを期待するわけにはいかないのだ。
懐かしい玄関をくぐる。
家の臭いがすっと鼻に入ってくる。それは何よりもゆっくり出来る臭いだった。
「…ただいま…」
― ゆっくり漂流記 完 ―
作:神奈子さまの一信徒
最後までお読みいただきありがとうございました。
また、楽しみに待っていてくださった読者の皆様、wikiや餡さいくろの編集を担当
してくださった方々、ありがとうございました。
なお、漂う命で述べたように、著者に船上での活動の経験はあっても、漂流した経
験はありません。おかしな描写等ありましたら、私の非力によるものです。
お目汚し失礼致しました。
過去作という名の一点突破の歴史
ふたば系ゆっくりいじめ 777 南の島のまりさ
ふたば系ゆっくりいじめ 783 南の島の生命賛歌
ふたば系ゆっくりいじめ 793 南の島の葬送行進曲
ふたば系ゆっくりいじめ 817 南の島の風葬墓
ふたば系ゆっくりいじめ 827 南の島のスカーレットクロス
ふたば系ゆっくりいじめ 846 南の島の天の河
ふたば系ゆっくりいじめ 866 あまりにも南の島のまりさ
ふたば系ゆっくりいじめ 890 とてつもなく南の島のまりさ
ふたば系ゆっくりいじめ 908 むらさの舟歌
ふたば系ゆっくりいじめ 932 まりさときのこ狩り
ふたば系ゆっくりいじめ 958 うつほは舞い上がる、空高く
ふたば系ゆっくりいじめ 992 北方ゆっくり戦史 二つの群れ
ふたば系ゆっくりいじめ 1001 北方ゆっくり戦史 ヴェルギナの星の旗の下に
ふたば系ゆっくりいじめ 1050 偽者の生きる価値
ふたば系ゆっくりいじめ 1117 ゆっくり漂流記 漂う命
ふたば系ゆっくりいじめ 1138 ゆっくり漂流記 抗う命
『ゆっくり漂流記 漂流の果てに』
れいむとまりさが脱出を試みてから二日が過ぎた。
太陽熱蒸留器のおかげで水はまだ残っていたが、食糧はもう非常食2本を残すばかりに
なっていた。そのうち、1本はもう、半分食べてしまった。
あれ以来、れいむとまりさにも食事は与えられていたが、それはかつての滋養に溢れた
非常食ではなく、救命いかだの底部に付着し、シイラに餌となっているエボシガイなど
をくだいたものであった。それだけでは空腹を訴えるので、おじさんの「特別の温情」
によって、定期的にサラダ油を飲まされていた。
サラダ油とはいえ、脂肪分は動物の三大代謝基質(炭水化物、タンパク質、脂肪)の一つ
であり、主に、短期間の素早い動きのエネルギー源として使用される。
れいむとまりさはサラダ油をゆっくりにしては大量に摂取させられることで、空腹を覚
えることは少なくなっていたが、その体表は少し、てかるようになりつつあった。
夕食の後、寝ようにも、背中にあった大きな海水腫瘍が潰れて痛み、なかなか寝付けな
かった。何十回かという寝返りの後、やっと眠りにつくことができた。
その日の夢は、息子が大学を卒業したときの夢だった。
息子は手がかからない、利発な子だった。反抗期には取っ組み合いも何度か演じたもの
の、更年期に情緒不安定となった妻や、歳を取り、怒りっぽくなった父ともよく大学の
ことや、様々な話題を話していた。
今思えば、会話に対して怒鳴り声が増え始めた家の中で、息子は、息子なりに家庭を安
定させようと努力していたのかもしれない。
本来ならば、それは私がしなければいけない役回りだったにも関わらず。
息子は、今はゆっくりの生態を研究するべく、地方の小さな国立研究所で、ゆっくりを
研究している。利発で、できた人間であったが故に、私は息子に甘えていたのかもしれ
ない。もっと息子を評価し、甘えさせてやるべきだったのではないだろうか?
そのような後悔もどこかに沈み、夢の場面がめまぐるしく変わっていった。今は、夢の
中でだけ、私はゆっくりすることができた。
夜、おじさんが寝静まった後、れいむとまりさはもはや恒例となった夜の会話を始めた。
まりさは焦っていた。自分の試みが失敗した以上、これまで通りの生活は望めない。
例え、この漂流生活を乗り切ったとしても、捨てられてしまうのではないか?
その恐怖がずっとまりさを支配していた。もっとも、ゆっくりに命を危険に曝された人
間が、捨てるだけで済ませてくれるのならば、それは僥倖というべきなのであるが。
「だめだよまりさ!おちびちゃん作ったらごはんさんがっ!!」
「そんなことはわかってるよ!れいむ…ゆっくり聞いてね!」
まりさはれいむの目をじっと見つめ、そして話し出した。
「まりさたちはいま、海の上なんだよ!おじさんがまりさたちをゆっくりさせてくれな
い限り、まりさたちはゆっくりできないんだよ!」
れいむは黙っていた。まりさはそれを同意と見なし、話を続ける。
「まりさはれいむといっしょにゆっくりするために、おじさんがゆっくりできるように
とおうちに帰ろうとしたよ!でもおじさんは怒ってしまった…もうむかしみたいにまり
さとれいむをゆっくりさせてくれないよ…」
れいむはまりさの一言一言にうんうんとうなずいた。まりさの言う通りだった。
「だから、おちびちゃんをつくらなきゃいけないんだよ!」
「???」
れいむはさっぱり分からなかった。銀バッジのまりさよりも、金バッジの自分の方が頭
が良いとずっと思っていたが、ひょっとして自分はとんでもない馬鹿なのだろうか?
「おちびちゃんを作ればきっとゆっくりできるよ!いつ永遠にゆっくりしてしまうか分
からないんだから、今のうちにおちびちゃんを作って少しでもゆっくりしなきゃいけな
いんだよ!」
まりさは、まりさなりに、少しでもこの苦しい漂流生活を楽しいものにしようとしてい
るのだろうか?れいむにはそれどころではないように思えたのだが。
「おちびちゃんを見れば、きっとおじさんもまた笑ってくれるよ!海さんだってゆっく
りしてくれるよ!ねぇ…ゆっくりしよう!すっきりしてゆっくりしようよぅれいむぅ!」
そう言ってまりさはれーろれーろと、れいむの口内に舌を侵入させてくる。
「ま?まりさ!!?ゆぐ…」
かつて、れいむとゆっくりすることは、まりさのゆん生の目的だった。
それが今となっては、おじさんの庇護の下で生き延びるための手段となりつつあった。
れいむは、まりさの強引さに戸惑いを覚えながらも、まりさの変化には気がついていな
かった。
「ゆふふふ~!まりさはれいむとちゅっちゅするよ~!でぃーぷちゅっちゅはゆっくり
できるんだよぉ~ん!!!」
れいむの関心をひくべく、懸命に愛撫を行い、舌をれーろれーろとビオランテの触手の
ように動かしてれいむの口内を蹂躙する。微かな月明かりに照らされるその姿は、もし、
おじさんが起きていたら、まりさを海に叩き込んでもおかしくないくらい、おぞましか
った。
「れいむぅ~!れいむぅ~!ゆっくりぃぃぃぃっ!!!ゆっくりくりぃぃぃぃっ!!!」
まりさは銀バッジだけあって、現在の状況をゆっくりなりに理解していた。
まりさは、おじさんに赦されなければ、生きていけないのだ。おじさんの関心を引くた
めなら、手段はいとわなかった。
おじさんは元々はゆっくりを愛するゆっくりできる人間さんなのだ。
赤ゆっくりが生まれれば、無垢な存在をムゲにすることはないだろう。
それに、まりさは信頼を失ってしまったかもしれないが、まだれいむはおじさんの中で
堕ちていないはずだった。実際、れいむは脱走の首謀者ではなかったし、まりさは必死
にれいむをかばった。
れいむの赤ゆっくりならば、おじさんの心を再び動かすことができる。
そして、赤ゆっくりをゆっくりさせるためには、両親の存在が必要不可欠となるはずだ
った。
「だいすっきっだよぉぉぉっ!!!れいむぅぅぅっ!!!」
親愛の印ではなく、スキンシップでもなく、欲情にたぎった熱を帯びたすーりすーりを
するまりさ。その行為は次第に打算によるものから、一時的であれ、かつてのれいむへ
の慕情によるものへと変貌し、まりさのすーりすーりは情熱と粘液にまみれていく。
「だめだよぉ…!あかちゃんは!あがぢゃんはぁぁぁぁっ!!!」
「ゆほぅ!!ゆほほほほっほおぉぉぉぉいっ!!!」
「「すっきりぃぃぃぃぃっ!!!」」
塩にまみれ、がさがさになった肌を通して、まりさの餡がれいむに浸透し、新しい命が
誕生する。れいむの額から茎が伸び、そこに何かが実り始めていた。
「ゆゆ!…あかちゃん…れいむの…れいむとまりさのあかちゃん…」
これは許されざるすっきりかもしれない。
その思いがれいむにはあったものの、それでもなお、母性を特徴とするれいむ種には、
赤ゆっくりを実らせることには、他の何者にも変えがたい喜びがあった。
「ゆふぅ…れいむぅ…まだだよ…まだまだゆっくりしようね…」
だが、まりさはすーりすーりによるすっきりだけでは物足りなかったようだ。
その下腹部からはぺにぺにがいきり立っている。
「ま、まりさ!!?」
まりさは購入時点で去勢済みであった。しかし、ぺにぺにがある。
矛盾するようだが、これは事実である。
通常、去勢は生まれてすぐに店内で済ませるか、購入した飼い主が専用のキットで行う
ことが多い。この場合、?麻酔や睡眠薬などで眠らせる、?興奮剤でぺにぺにを起たせ
る、?ぺにぺにを物理的に切断する、?小麦粉と水で尿道を修復、または再形成する、
という手順を踏む。
しかし、素人が去勢を行った場合、?で尿道を圧迫して潰してしまったり、?で修復や
再形成に失敗したりするケースが相次いだ。このような場合、しーしーが明後日の方向
に発射され、部屋を汚してしまう、あるいはしーしーをうまく排出できずに体内に溜ま
ってしまうなどの症状に苦しむことになるのである。
そこで、近年は、生まれてすぐ、または母体に直接生化学物質を抽入することで、遺餡
子に直接働きかけ、ぺにぺにから精子餡が出ないようにすることが可能になったのであ
る。具体的に言うならば、ぺにまむ部分の表皮から、しーしーのような粘性の低い液体
以外は通さないようにするのである。
これは元々は、一好事家が売春婦ならぬ売ゆん婦を作ろうとした課程で生み出されたも
のである。開発された手法には化学的なものと精神的なものがあったらしいが、そのう
ち化学的手法が、手軽で確かな去勢方法として、近年、広くペットショップで採用され
ていた。さらに、ゆくゆくは、成長したゆっくりでも去勢できるよう技術の改良が進め
られている。
とにもかくにも、まりさは劣情に駆られ、ぺにまむによるすっきりをしようとしたので
ある。既に額から伸びた茎に子を宿したれいむに。
「れいむぅ!!!ゆっくりぃっ!!!ゆっくりさせてあげるねぇぇぇぇん!!!」
おそらく、今まで溜まっていた恋慕の情が、半ば強引にすーりすーりをやり遂げたこと
によって、爆発し、より情熱的なすっきりを求めたのかもしれない。まりさのぺにぺに
からは精子餡自体は出ないにもかかわらず。
「なにしてるのまりさ!!?やめて!れいむはそっちのすっきりはできないよ!!!ゆ
っくりしないでやめてね!!あかちゃんおちちゃうよ!!」
だが、れいむが施されたのは、旧来の去勢方法、ぺにまむの部分を切り取り、しーしー
のために尿道を再形成する方法であった。
そのため、れいむの下腹部にはしーしー穴しかなく、伸縮性の乏しい皮で作られたその
器官は、当然、ぺにぺにを迎えることなど出来ない。
「いたいっ!!!いたいよまりさぁぁぁっ!!!やべでっでばぁぁぁっ!!!」
まりさは自分のしようとしていることが、自分の企みを台無しにしようとしている行為
であると認識できていなかった。去勢は、生まれてすぐに施されるものであり、その後
自分の体に疑問を持つには、去勢されていない個体との交流がなければ不可能である。
おじさんの家やその周りにそのような個体はおらず、また、れいむと自分とでは、去勢
によって体の構造が異なっているなどと、知る由もなかった。
まりさは全身からぬめぬめしたものを垂れ流しながら、ただひたすら、ぺにぺにを差し
込もうとするが、それはれいむに痛みを与えるだけの無益な行為であった。
「いぃぃぃっやぁぁぁほぉぅぅぅぅっ!!!まむまむぅぅぅっ!!!れいむのまむまむ
さがすよぉぉぉっ!!!」
「やべでぇぇぇぇっ!!!なにずるのまりざぁぁぁっ!!!おっごっぢゃうよぉっ!!
あがぢゃんがぁぁぁっ!!!」
「うるさいぞっ!!!」
二人の嬌声によって、夢の国から強制帰還させられたおじさんが怒号と共にコップを投
げつける。コップは二匹に命中することなく、救命いかだの壁にぼよんと当たって落ち
た。
「ゆひぃぃぃっ!!!ゆっくりごめんなさい!!!」
慌てて謝るれいむ、反射的に物陰に隠れるまりさ…そして、れいむの額から伸びた茎に
実った4つの影…
「れいむ…」
おじさんはれいむから伸びる茎を確認すると、二匹に向けて拳を振り上げた。
「やめて!おじさん!れいむのあかちゃんだよ!!!れいむはおじさんのおかげでゆっ
くりできたよ!!れいむのあかちゃんもおじさんと一緒にゆっくりして欲しいよっ!!」
れいむの決死の訴えを物陰からそっと見守るまりさ。
おじさんは、振り上げた拳で、救命いかだの床をどんと叩くと、そのまま横になってし
まった。
まりさは声を出さずに、ニヤリと笑った。
まりさの企ては成功したのである。
(ゆぅ~…これでまたゆっくりできるよ…いっしょにゆっくりしようね~れいむ♪おち
びちゃん♪)
まりさは思わず舌なめずりをした。まりさの口の周囲からは、れいむのほのかに甘い
唾液の味がした。
私はれいむの額から茎が伸びているのを確認すると、一度は怒りに任せて、一発殴ろう
とした。
私を裏切っておいて、しかも食糧も水もほとんどないというのに、何を思ってすっきり
したのだろう?
そもそも、私がまりさとれいむに、残り少ない食糧を分け与えると信じているのだろう
か?
だが、同時に赤ゆっくり自体には罪はないと言うこともできる。
私は、まりさには赦せないものを感じていたが、れいむとはまだ、元のゆっくりした関
係に戻れるのではないかという期待が心の隅に残っていた。その期待は、周囲を不信感
でべったりとコーティングされたものではあったが。
いや、それどころじゃない、そんなことよりも、今、この状況を生き延びることを考え
るんだ。
私は自分のそう言い聞かせた。そして、ふと気がついた。
まりさとれいむは、私から失った信頼、そして食糧の配給を、ゆっくりできる可愛い赤
ゆっくりを作り、それを私に見せることで、回復しようと考えたのではないかと。
二匹の裏切りを見せ付けられる前だったならば、私は彼らの行動を、彼らなりの配慮、
この緊急事態において、せめて我が子の顔を見てみたいという、愚かしくも、哀しい行
為として受け入れられたかもしれない。
だが、今ではもうそのようには考えられなかった。単なる小賢しい、いや、赤ゆっくり
を作ることで食糧の消費を増やしているのだから、愚劣な企てとしか考えられなかった。
そして、何より、もう食糧はほとんど残っていなかった。
漂流15日目
翌朝、私が目を覚ましたのは、れいむとまりさの悲鳴によってだった。
「あがぢゃああああああああんっ!!!」
「どぼじでぇっ!!!どぼじであがぢゃんじんじゃっでるのぉぉぉぉっ!!!」
れいむとまりさはイマーション・スーツだった汚れた塊をクッションにして、赤ゆっくり
を産み落としたようだ。
「ゆ゛…ゆげぇ…」
だが、それは断末魔の呻きだけを残して永遠にゆっくりしてしまった。親の茎を離れてか
ら永遠にゆっくりするまで、十秒とかからなかった。
「あがぢゃん!!!ゆっぐり!ゆっぐりじでぇぇぇぇっ!!!」
泣き喚くれいむと唖然とするまりさの前にあるのは、真っ赤に膨れ上がり、所々がぐずぐ
ずに崩れた赤ゆっくりだったものだった。お飾りから判断してれいむ種だろうか?
「おぢびぢゃんゆっぐりじでね!!いまままがぺーろぺーろじであげるがらねぇ!!」
唖然と赤ゆっくりの死体を見つめるまりさを尻目に、れいむは赤ゆを必死にぺーろぺーろ
しようとした。れいむは四匹の赤ゆっくりに栄養を取られてしまったせいか、少しやつれ
ていた。
「ぺーろぺー…ゆびっ!!?しょっばいいいいいいっ!!!」
赤ゆをぺーろぺーろしたれいむは、数回ぺーろぺーろしたところで、餡子を吐いてしまっ
た。
「ゆげええええっ!!!どぼじであがぢゃんじょっばいいのおおおおっ!!!」
まりさとれいむの肌は長期間潮風、海水に曝されたことで、表面にかなりの塩分が付着し
ていた。そして、すーりすーりを行った際に、この塩分がにんっしんっのための粘性の高
い餡に混ざったことで体内に吸収されていったのである。
塩分は甘味であるまりさ種やれいむ種にとって、大敵である。
それでも、このまりさとれいむは飼いゆっくりとして栄養豊富な餌を与えられ、大きな体
に育っていたために、塩分への耐性もそれなりについていた。特に、人間によって、味の
濃い食物を与えられてきたこともそれに貢献していた。
だが、赤ゆっくりにそこまでの耐性はなく、ゆっくりの母体に溜まった毒、この場合は塩
分は赤ゆっくり、特に一番先端にぶら下がっている個体に集中した。そのため、この長女
になるはずだったれいむは、塩によって体の形成が阻害され、崩れかけた餡塊として生ま
れ、一生を終えたのであった。
「ゆえええええええええええええええん!!!おぢびぢゃああああん!!!れいむのおぢ
びぢゃんがあああああああああああっ!!!」
しかし、望まなかったものとは言え、この長女れいむの自己犠牲は、他の三匹―れいむ種
一匹、まりさ種二匹の命をつなぐこととなった。毒は全て長女の体に溜まり、排出された
からである。
「れいむ!おちびちゃんが!!」
れいむが泣き喚いたせいだろうか?ぴくぴくと、他の三匹の赤ゆっくりが動き、一匹、ま
た一匹と下に敷かれたイマーション・スーツのクッションへと生れ落ちた。
「「ゆっくちちていっちぇね!!!」」
「おぢびぢゃんっ!!!れいむのおちびぢゃん!!!ゆっぐりしでいっでねっ!!!」
感極まった涙を流しながら赤ゆっくりに挨拶をするれいむ、しかし、新しく生まれた一匹
の赤れいむと二匹の赤まりさは怪訝な顔をして母を見つめていた。
「ゆゆぅ…まりしゃのおかーさん、おりぼんがないんだじぇ…」
「みゃみゃ、ゆっくちちてないよ・・・」
れいむのリボンはあの一件以来、私が預かっていたのだ。だが、れいむは慌てずに、赤ゆ
っくりたちにすーりすーりをした。
「ゆっくりできないお母さんでごめんね…でもおちびちゃんたちがいれば、お母さんはゆ
っくりできるよ…」
「ゆゆ!…みゃみゃ!!」
「おきゃーしゃんっ!!!ゆゆ~ん♪」
優しくすーりすーりをされた途端、喜び、とてもゆっくりした表情を見せる赤ゆっくりた
ち。私は、勝手に子を作り、食糧の消費を増やそうとしているこの二匹を赦せなかった。
しかしながら、心からゆっくりし合い、愛情を確認し合っている親子を潰す気にはなれな
かった。
私は無言で、ゆっくりたちから目を背け、朝食の支度に取り掛かった。
れいむは、茎を舌で巧みにむしりとって噛み砕き、赤ゆっくりたちに与えていた。
「おちびちゃぁぁぁん!ぱぱですよぉぉぉっ!!!すてきなぱぱと一緒にごはんさんをむ
ーしゃむーしゃしようねぇ!!!」
赤ゆっくりの前に現れたのは、「可愛い赤ゆっくりを見守る良き父」を演じようと懸命に
ネコ撫で声を上げる、帽子がない上に、くねくねうごく汚れた禿げ大福だった。
「おじさん!まりさとれいむもごはんさんむーしゃむーしゃしたいよ!ごはんさんがない
と可愛いおちびちゃんを育てられないよ!ごはんさんがないとやさしいぱぱとままが可愛
いおちびちゃんとゆっくりできないよ!!」
我が子と人間に媚びた笑顔を振りまきながら餌をねだるまりさ。私が飼っていたゆっくり
はこんなにも醜いナマモノだったのだろうか?
「どうしたのおじさん!まりさのおちびちゃん可愛いでしょ?ゆっくり見てね!!さあ、
おちびちゃん!おじさんにご挨拶しようね!ぱぱとままにもごはんさんくれるよう、お願
いしようね!!じゃないとみんなでむーしゃむーしゃできないもんね!!」
「うるちゃいよこにょはげまりしゃ!」
不気味な笑みを浮かべながらくねくねと動くまりさへの罵声は予想していなかった場所か
ら飛んできた。
「ゆっわあああああああああん!!!こんなゆっくちできにゃいおとーさんいやなんだじ
ぇ~!!」
「おなじまりちゃとちてはずかちいよ!なんじぇちょんなにきちゃにゃいにょ?ばきゃで
しょ?ちねよ!」
「どぼじでぞんなごどいうのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!まりざはだんでぃずむがかおるぱ
ぱなんだよぉぉぉぉぉっ!!!」
誤算だった。まさか、可愛いおちびちゃんが自分を受け入れてくれないなど、有り得ない
ことだった。
だが、ここでこの赤ゆっくりたちに親として認められなければならない。それ以外にまり
さがおじさんの世話になるための手段は、今現在持ち合わせていないのだ。
「ゆ…ゆゆ~ん!そんなこと言っちゃダメだよ!お・ち・び・ちゃ・ん!」
まりさは努めて明るく振る舞い、赤ゆっくりに向けて素敵なウィンクをした。汚らしい上
に異臭を放つ禿げ大福が媚を売るその姿は、実に不気味だった(汚くて異臭を放っている
のはれいむも同じであるが、見た目のインパクトは段違いであった)。
「さぁぁぁ、おちびちょわぁぁぁん♪ぱぱとすーりすーりちまちょうねぇんっ!!!」
所々に汚い雑草のような、金髪だった何かを残した大福がすーりすーりしてくる。
赤ゆっくりたちはその姿に怯え、まりさの媚びた笑みを浮かべたすーりすーりに吐き気す
ら催した。
「ゆげぇぇぇぇっ!!!やべでぇぇぇ!!やべちぇね!!!ゆっくりできにゃいぃぃっ!」
「ゆぶっ……!」
私はまりさを手で払いのけた。
「何やってんだお前は?赤ゆが嫌がってるだろ!!」
「ゆびっ!!」
そして、私は長女になるはずだった赤れいむの死体を摘み上げた。
「おじさん…その子は…」
「……」
私は赤れいむが死んでいることを確認すると、先日作り上げた釣り針に引っ掛けた。
「おじさんっ!!?」
「うるさい!」
れいむはそれ以上何も言わなかった。ただ、静かに涙を流していた。
その後ろでは、抜けてしまった金髪を元に戻すべく、まりさが抜け毛の上をごろごろと転
がっていた。額やお尻に張り付いた金髪を落とすまいとぺーろぺーろするまりさの姿は、
哀れを越えて滑稽だった。
「どぼじでぇぇぇっ!!!どぼじでかみのけさんおぢでぐのぉぉぉっ!!!」
髪の毛はまりさに愛想を尽かしたのだろう。
ダメな父親になってしまったな、と言いたかったが。私にその権利はないだろう。
釣りをすべく、出入り口を開いて驚いた。海の様子が変わっていた。
陸地が近くなってきたのだろうか?時々、流れ藻が所々に浮かんでいるのである。しかし、
肝心の陸地はまだ見えなかった。
私は釣り糸を垂らした。果たして、釣竿も浮きもなしで、手への感触で魚が食いついたこ
とを感じられるだろうか?いや、それよりも魚は赤ゆの死体に食いついてくるのだろうか?
どんっという振動が救命いかだに走る。シイラの体当たりだ。もはや、私もゆっくりも慣
れっこになってしまっていたが、不慣れな赤ゆっくりたちはぴーぴー泣いていた。
つんつん、と釣り糸に反応があった。慌てずにそっと釣り糸を引き上げる。
そこには、半分ほど体のなくなった長女れいむだったものしか残っておらず、その残骸も
海水から上げたときに崩れ落ち、海に散っていった。
海面から下をのぞいて見ると、鮮やかな色合いのカワハギの仲間が一匹、餡子を突いてい
た。カワハギの仲間はおちょぼ口のような口に強力な歯を持っている。これで、サンゴの
ポリプや、小型甲殻類、巻貝などを噛み砕いて食べるのだ。
どうやら、カワハギによって、釣り針を回避するように、周りから餡子を齧られてしまっ
たらしい。釣りは失敗だった。
私はため息をついた後、昨夜の食べかけの非常食に齧りついた。非常食はあと1本である。
昼過ぎ、赤ゆっくりたちは空腹を覚えたのか、ぴーぴーと泣き始めた。
「ゆぴぇぇぇぇん!!おにゃかちゅいたよぉぉぉぉっ!!!」
「まりしゃはぽんぽぺーこぺーこなんだじぇぇぇぇっ!!!」
「みゃみゃ~!!!ごはん!ごはんさんがほちいよぉぉぉっ!!!」
だが、ごはんさんはおじさんにもらう以外、手に入れる手段がない。
「ゆぅぅぅ…」
れいむとまりさは、どのタイミングでおじさんに話しかけるべきか迷っていた。
「ゆゆ!?なんだきゃたべらりぇそうなもにょがありゅよっ!!」
一匹の赤まりさがなにやら白い塊に目をつけた。
「まりちゃはぺーろぺーろしゅりゅよ!!ぺーろぺーろ…ゆげぇっ!!こりぇどきゅはい
っちぇる…ゆべぇぇぇっ!!!」
空腹を覚えた赤まりさがぺろぺーろしたのは、救命いかだの内部で結晶化していた海水で
あった。哀れな赤まりさは盛大に餡子を吐き出し、動かなくなってしまった。
「おじびぢゃん!!!どぼじでおぢびぢゃんがじんでるのぉぉぉぉぉっ!!!ゆわああ!
じっがり!ゆっぐりじっがりじでねぇぇぇっ!!!」
れいむがいくら泣き叫んだところで、いくらぺーろぺーろしたところで、赤まりさの目が
再び開かれることはなかった。
「おじさん!おねがいだよ!おちびちゃんに!おちびちゃんにごはんさんをあげてほし
いよ!!」
れいむが泣き腫らした目と強張った表情で、私にそう語りかけてきたのは、それから一時
間後のことであった。私は彼らに今日は何も与えていない。れいむの後方では、きらめく
金髪を体中にまとったまりさがこちらを見つめている。その姿はまるで、くたばり損ない
のミノムシのようだった。
「ゆうぇぇぇんっ!!!まりしゃのぽんぽぺーこぺーこなんだじぇぇぇぇっ!!!」
「ゆっぐ…ごはんしゃん…れいみゅおにゃかちゅいたよ…ゆぴいいいっ!!!」
赤ゆっくりのうち、ゆっくりは体に対して摂取しなければならない食物の量が、成体のそ
れよりも多い。これは急速に成長しなければならない時期だからである。さらに、体内に
一度に収められる食物の量がまだ少ないため、空腹になる速度も成体のそれより早かった。
私はナイフを取り出し、彼らに食糧を用意した。空腹に泣く赤れいむの姿に、かつのれい
むの面影を見てしまったのだ。私は、れいむとまりさをどうするべきなのか、依然として
迷っていた。もうかつてのようには可愛がれそうにないのに。
私が与えたのは、救命いかだの底部に付着していたエボシガイを砕いたものだった。それ
だけでは足りなさそうなので、溶けそうになっている流れ藻にサラダ油をたっぷりかけて
やる。これが私が彼らのために用意してやることの出来る、精一杯の餌だった。
私はエボシガイを一つ口に入れてみた。蔓脚と呼ばれる触手のような部分がシャキシャキ
とした食感を残す。慣れればそれなりに食べられそうな味であった。
「れいむ、これはお前の赤ゆっくりに与えた餌だ。お前とまりさは私を裏切った。飼い主
を裏切るのは飼いゆっくりとして、とてもゆっくりできないことだ。ごはんは赤ゆっくり
達から分けてもらえ。赤ゆっくりが許可しない場合、ごはん抜きだ。」
私はまりさとれいむの企てに唯々諾々と従ってやるつもりはなかった。もっとも、実際、
私にはそれ以上の餌を彼らのために用意する余裕すらなかったのだが。
「ゆゆ!!おちびちゃん!おじさんにお礼を言おうね!おじさんが頑張ってくれたから、
ごはんさんでゆっくりできるんだよ!!」
「ゆゆ~ん!おじちゃんありがとうなんだじぇ!」
「ゆっくちありがちょう!!」
しっかりとお礼を言ってから、食事を始める二匹の赤ゆっくり、どうやらいつの間にか、
れいむが飼いゆっくりとしてのいろはの教育を施し始めていたようだ。
「ゆぶっ!!こりぇおいちくにゃい…」
「でもぽんぽいっぱいにならないと、ゆっくりできないんだじぇ…むーちゃ…むーちゃ」
人間との生活である程度の塩味に慣れている親と違い、赤ゆっくりには、塩味の強い食べ
物はまだ美味しいとは感じられなかったようだ。だが、今手に入るのはこれだけである。
「ゆゆ~ん!おにゃかいっぱいだよ!!ちゅぎはみゃみゃがむーしゃむーしゃちてね!」
「おじさん!ごちそうさまなんだじぇ!!おきゃーしゃん!むーしゃむーしゃはゆっく
ちできりゅよ!!」
小さな赤ゆっくり二匹には多すぎたのか、それとも油がきつかったのか、二匹はすぐにお
なかいっぱいになってしまった。なんだかんだいって、空腹を満たせたことで満足したよ
うである。
赤れいむは母であるれいむに、半分以上残ったごはんさんをむーしゃむーしゃするよう促
す。
「おちびちゃぁぁぁん!ぱぱも一緒にごはんさんをむーしゃむーしたいよぉぉぉん!!!」
うわぁ…
もう私は、このまりさが何をしても不快に感じるようになってしまった。無事全員帰還で
きた暁には、どうにかしてしまいそうである。
「ゆぴっ!!?ゆっくちできにゃいまりさはこっちこにゃいでほしんだじぇっ!!」
「おちょーしゃん、きちゃにゃいよっ!!こっちこないでにぇっ!!!」
私はまりさに少しだけ同情した。娘に彼氏ができたとき、加齢臭のする親父は部屋に入る
なと散々に怒鳴りつけられたのを思い出したからである。思えば、娘が引きこもる原因と
なったのも、彼氏との交際とその後の破局から来た人間不信によるものであった。娘の彼
氏や人間関係がどんなものだったのか、私は知らなかった。娘は話そうともしてくれなか
った。短期大学入学以降、娘は学校の中での友達との関係を何よりも大切にし、それに反
比例するかのように、家族との関わりを避けていったのだ。
あそこですごすごと引き下がらずに、娘に積極的に関わっていれば、また違った展開もあ
ったのだろうか?積極的に関わっていれば、助けてやれるような問題だったのだろうか?
そして自分にそれだけの器量や知識があったのだろうか?
今、娘は私のことをどう思っているのだろう…
「ごはんしゃんをむーしゃむーしゃしゅるのはみゃみゃがさきだよ!みゃみゃはれいみゅ
たちをゆっくちさせてくれちゃよ!ぴゃぴゃはなにもちてくれにゃかったよ!!」
「おちょーしゃんのわらいかちゃはゆっくちできにゃいよ!!きもちわりゅいよ!!」
私が意識を海の彼方にいるはずの家族へ向けている間に、まりさのストレスは、怒りは臨
界点を越えつつあった。何せ、ゆっくりするために作った赤ゆっくりが自分をゆっくりさ
せない原因となっているのである。
「おぢび…ゆぎ…ゆぎぎぎぎぎぎ……」
怒りのあまり、歯軋りするまりさを見て、れいむが慌てて赤ゆっくりをしかりつける。
「おちびちゃん!いいすぎだよ!!みんなで、みんなでゆっくりしようね!!」
おそらく、赤ゆっくりたちの父への嫌悪感は、子供なりに、まりさの邪心を見抜いた結果
なのだろう。愛情のこもったれいむの優しいすーりすーりとは違い、強引にすーりすーり
をして、自分たちをダシにおじさんから何かをもらおうとする、そのような態度を繰り返
した結果、赤ゆっくりたちは、まりさを、自分達をゆっくりさせてくれないものとしてし
か認識していなかった。
「ゆがぁぁぁぁぁっ!!!ぱぱをゆっくりざぜないくそちびどもはじねぇぇっ!!!」
「ゆ゛みゃ!?」
一瞬のことだった。
怒り狂ったまりさの体当たりは、赤れいむを弾き飛ばし、赤れいむは救命いかだから転落
し、海の底へと消えていった。私が驚いて、海面に顔を出したときには、救命いかだの周
囲を泳ぎ回るシイラ以外、何も見えなかった。
「おぢびぢゃんっ!!?」
れいむがまりさの凶行に気がついたとき、まりさは赤まりさに対して攻撃の態勢に入って
いた。どうやら、同種でも赦す気はないらしい。
「まりざはゆっぐりぃぃぃっ!!!れいむとゆっぐりぃぃぃっ!!!」
「ゆっぴゃああああっ!!!」
赤まりさはまりさに押しつぶされ、さらに噛み付かれた。
「ゆっぴゃあああああああああああっ!!!いぢゃいいいいいいっ!!!たちゅげで!!
おぎゃあああざあああああんっ!!!」
「やべでね!まりさぁっ!!いだがっでるよぉぉっ!!!やべであげでね!!!」
私は慌てて、まりさを平手打ちで撃墜した。
「ゆびぃぃぃっ!!?」
「ゆぐっ!!?」
赤まりさの後頭部は、実の親によって食いちぎられていた。目の焦点は合っておらず、痙
攣が始まっている。もうダメだろう。
「ゆあああああああああん!!!あがぢゃんがあああっ!!!れいむのがわびびあがぢゃ
んがあああっ!!!どぼじでごんなごどにいいいいいっ!!!」
まりさの打算によってこの世に生を受けた赤ゆっくりたちは、まりさの激情によってその
命を奪われた。
「ばでぃざはわるぐないぃぃぃっ!!!くぞぢびがぁぁぁっ!!くそぶっ!!?」
私はまりさの顔面に拳を打ち込み、そして、まりさの底部を根こそぎ剥ぎ取った。
べりっ…べりべりりっ!!!
「ゆっぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!!!」
まりさは目からかつてないほどの涙を流しながら、あんよだった部分に残った餡子をうね
うねと動かした。
私はまりさの目の前で、剥ぎ取った底部を食べた。
「ゆびいいっ!!やべでだべないで!!ばでぃざのあんよざんだべないで!!!ゆぐわぁ
ぁぁぁぁぁっ!!!ばでぃざのあんよざんっっっっっ!!!」
皮は塩辛く、何やらゆっくりできない臭みを感じたが、餡子のしっとりとした甘みは私の
舌を、そして胃袋を喜ばせた。そして、まりさに摂取させていた油分によって、私の空腹
は久しぶりに満たされた。
私がごくん、とまりさのあんよだったものを飲み込んだとき、まりさは呆然とした表情で
力尽きたように、動かなくなった。
私はまりさの傷痕にビニール袋をはりつけ、塩まみれの輪ゴムでラップを止める。
これであんよの傷口から餡子が漏れていくのを防ぐことができる。餡子が乾燥してしまう
前に救助されれば、助かる可能性もあるだろう。
「これでもう二度と暴れることも、逃げることもできん。どうせ、お前だけ逃げても生き
延びられないんだ。おとなしくしていろ!もし、助かったらちゃんと治療を受けさせてや
るかもしれん。」
私の言葉はまりさには届いていなかった。
「ゆぎっ…ゆぐ…まりざのあんよ…まりざのずでぎなあんよ…どぼじで…まりざがこんな
めに…えっぐ…」
その泣き言を聞いたとき、私はまりさをもう一発殴ってやりたかった。
だが、そのような行動は、ただでさえなくなりつつある私の気力と体力を奪うだけだった。
その後、私は懸命に陸地を、船を捜したが、その日は水平線と人の顔のような入道雲以外、
何も見えなかった。
「ゆっぐ…いじゃいよぉぉぉっ!!!れいむぅ…まりさの…まりさのたくましいあんよが
なくなっちゃっだよ~…れいむぅ…ぺーろぺーろしてよ~…まりさ、いだぐですーやすー
やでぎないよ~…れいむぅ~…」
真っ暗な夜の救命いかだの中で、まりさの呼び掛けに答える者は誰もいなかった。
漂流16日目
私が朝起きたとき、まりさは生きていた。あんよの痛みで眠れなかったのか、目の下には
クマができており、泣き腫らした目は真っ赤に腫れ上がっていた。
残る非常食は1本、これは最後の最後まで取っておきたかった。私は昨日死んだ赤ゆっくり
の死体を口に放り込むと、救命いかだの出入り口を開き、太陽熱蒸留器を海面に送り出した。
「…ゆあ…」
一瞬、れいむは悲しそうな表情をしたが、もはや私に自分以外の世話をしている余裕はなか
った。手持ちの食べ物がないのである。そして、救命いかだ底部に張り付いているエボシガ
イも、手の届く範囲のものはほとんど取り尽しており、他の動物を捕獲する必要があった。
とりあえず、私はれいむに水だけ与えた。
れいむは昨日、産んだばかりの赤ゆっくりがあっさりと全滅して以来、塞ぎ込んでおり、そ
の表情や瞳は暗く沈んだままだった。
まりさも横倒しにし、水を飲ませてやる。生かすにしろ、殺すにしろ、こいつをそう簡単に
永遠にゆっくりさせるつもりはなかった。
「おじざん…おでがいじまず…ごはんさんを…ばでぃざになにがだべるものをぐだざい…」
私はまりさの口にサラダ油をダイレクトに注いでやった。食べ物に関しては、イノシシ並
みに悪食にもなれるゆっくりのことだ。死ぬことはあるまい。
「ゆべ…ゆえええ…きぼぢばるび…ゆえええ…これじゃあゆっぐりできないよ~…」
私は、近くを流れていた流れ藻を拾い上げてみた。今回の流れ藻はまだ新鮮なもので、その
表面には小さなカニやエビ、巻貝が付着していた。どうやら、釣り餌には困らなくて済みそ
うである。
私は小さなカニを、苦労して釣り針に差し込み、海へと投げた。
しかし、海に着水した瞬間、カニは釣り針から外れて、海の底へ沈んでいってしまった。気
を取り直して、もう一度チャレンジする。今度は…やはりカニでいこう。
エビはそのまま私が食べることにした。
私はそっと、釣り糸を垂らす。空腹と海水腫瘍から来る痛みのせいで、釣り針に餌を付ける
だけで疲れてしまった。
そして、釣り糸を伝わってくるであろう感触をひたすら待つ。これほど真剣に釣りをしたの
は生まれて初めてだった。
ぴくん
微かだが、引っ張られる感触…アタリだ!
「こんなエサにはつられないむらぁぁぁぁっ!!?」
釣りあがったのは、トビウオでもなく、カワハギでもなく、シイラでもなく、むらさだった。
むらさはまだ室内での大量繁殖技術が確立されていないため、ペットショップに出回ってい
るものは高価である。近年、値段は漸進的に低下してきているが、それでも学生や子供には
買えない値段であった。
「むらさを海にかえしてね!!むらさは海の中じゃないとむらむらできないよっ!!!」
救命いかだのゴム床の上でぴちぴちと跳ねるむらさ。以前、まりさが脱走したときに見た個
体とは別個体のようだった。
私は、このような何の罪もないゆっくりを殺して食べることに一瞬躊躇した。だが、それを
言ったら、私たちの、いや、植物以外の何かを食べて生きている動物は全て断罪されなけれ
ばならない。
「ゆるしてくれ…」
私はせめて一撃で楽に逝けるよう、ナイフを中枢餡めがけて差し込む。
「ゆぎいっ!!?」
そして、ぐるりとナイフをまわした。
「…も…むらむ…」
私は動かなくなったむらさを皿の上でてきぱきと切り分けると、はやる気持ちを抑えること
が出来ず、切ったそばから口の中に放り込んだ。
微かに塩味がする皮と、濃い甘みととろみをもった黒蜜。口の中がむらむらしそうな美味し
さだった。新鮮なむらさならではの味であろう。私は少し残しておこうと思っていたのだが、
気がつくと全てを平らげてしまっていた。
「ゆぅ…ゆぅぅぅ…」
れいむとまりさは空腹の限界であったようだ。私がゆっくりを貪り食っている間にも、ちら
ちらと訴えかけるような目でこちらを見ていた。
私は流れ藻を切り刻み、たっぷりの油をかけてかられいむに食べさせ、その残りをまりさに
差し出した。
「ゆひっ!!!むーしゃ!むーしゃ!しあわぜえええええっ!!!」
久々のまともな食事にしあわせーをするまりさ。本当はぶちのめしてやりたい気持ちもある
のだが、ゆっくりを殺してしまったら、自分ひとりになって、やっていけるのか?精神を保
てるのか?という不安があった。
その後、さらに釣りをしようとしたが、波が少し出てきたので、太陽熱蒸留器を回収し、出
入り口を閉めた。ポンプで救命いかだに空気を送り込み、窓から外を眺める。
私の体力は目に見えて衰えていた。以前は、救命いかだがぱんぱんに膨れ上がるのに、1時
間ほどのんびりとしたペースでポンプを押していればよかった。しかし、最近は、2時間近
く、押さなければ満足に膨らまない。私が途中ですぐに疲れてしまうからだ。
私は後何日、漂流すればいいのだろうか?
そして、この救命いかだはいつまでもつのだろうか?
通常、救命器具などにも耐久日数というものがある。どんなに品質が高くても、劣化しな
いものは存在しない。私は不安に駆られ、もう少しだけと、ポンプで空気を送り込む作業
を再開した。
私はこういう作業をしているとき、可能な限り、空想を楽しむようにしていた。
最近、肩が凝ると言っていた妻を温泉にでも連れて行こうか?
息子は自然科学が好きなので、山奥など自然が残っているような小さな温泉地の方が喜ぶ
だろう。
娘はどうやって連れ出せばいいだろうか?何を言ってもウザイウザイと相手にしてくれな
いだろう。私はどうしてやるべきだったのだろう…
そして父と…
ああ、お父さん、ごめんなさい…ごめんなさい…
その夜のことであった。
その日の夢は、妻と結婚したばかりの頃の夢であった。
父は妻の料理を大層気に入り、いつも過分な嫁をもらったなと、私をからかっていた。
あの頃は何をするにも妻と一緒だった。歳を取ってからも決して仲は悪くなかった。
妻は更年期に入って以降、些細なことで怒ってばかりいた。
そして、歳を取り、短気になった父とことあるごとに怒鳴りあいを演じていた。
思えば、あの頃から私は家庭のことに鈍感になったのかもしれない。怒鳴りあいの度に
磨り減っていく、私の弱い精神を守るために。
テレビをつけたまま、ソファーで眠っている私を妻が起こそうとする。
昨日は娘の運動会で疲れたのだ。もっと寝かせて欲しい。まさか借り物競争に出るはめ
になるとは思わなかった。
「おじさん…おじさん…」
いや、待て…妻が私をおじさんと呼ぶことはない。これは…誰だ?
「おじさん!…」
目の前にいたのは、れいむだった。まりさは昨夜眠れなかったせいか、ぐっすりと熟睡
している。
「なんだ?…どうした?」
私はしばらく、ここが夢の中なのか、現実なのか分からなかったが、救命いかだに打ち
付ける波の音と、背中や脚の海水腫瘍の痛みが私に現実を突きつけた。
「…れいむ?…」
暗闇で、私の目はれいむの輪郭を微かに捉えていたが、その表情は見えなかった。
「おじさん…れいむはおじさんにおねがいにきたよ…」
れいむの声はいつになく真剣だった。私を裏切ったことを考えれば、相手をせずに眠っ
てしまっても良かったのだが、れいむの声はそれを許さない何かを含んでいた。
「おじさん…せめて、まりさをゆるしてやってほしいよ…きっと、きっとこんなことに
なっていなかったら…ずっとおじさんのゆっくりぷれいすでみんなゆっくりできたよ…」
「…」
れいむは静かに語った。
ペットショップでの懐かしい日々を。
おじさんとの楽しい思い出の数々を。
まりさがうちに来たときのことを。
どうしてまりさと救命いかだを離れようとしたかを。
私は知らなかったが、れいむはずっと後悔していた。
「れいむは、おじさんには無事、おじさんのゆっくりぷれいすに帰って欲しいよ。そし
てこれからもゆっくりしてほしいよ!れいむはおじさんが飼い主でほんとうによかった
と思っているよ…」
おじさんを裏切るような真似をしたことを。
「…れいむ?…」
「れいむはただのゆっくりだよ…おじさんにしてあげれることなんて何もないよ…だか
らせめて、できることでおじさんを助けたいよ…」
れいむはじっとおじさんの瞳を見た。そして、大きく息を吐き出した。
「さぁ…」
まりさと救命艇を離れて以来、れいむはかつてのように微笑んでくれないおじさんの視
線が何よりも辛かったのだ。
まりさよりも、おじさんの愛情を理解していたからこそ、それを失った日々に耐えるこ
とが出来なかった。
飼い主をゆっくりさせられない、飼いゆっくりの存在価値を、れいむは知らなかった。
だからせめて最後に、償いをして永遠にゆっくりしたかった。
それが、れいむの疲弊した精神に、ぼろぼろの体に残っていた、金バッジとしての最期
の矜持だった。
「おたべなさい」
「…れいむ…」
返事はなかった。
そこにあるのは、かつてれいむだったもの、
二つに割れた、汚れた饅頭だった。
「れいむ…ありがとう…一緒にゆっくりしてくれて…ありがとう…」
いつの間にか、私は泣いていた。涙に滲んだ視界で、真っ二つに割れたれいむがふっと
笑ったように見えた。
こうなると気付くことができたならば、せめて最後にれいむの頬を、頭を、撫でてやり
たかった。
れいむの犠牲を無駄にしないために、私はなんとしても生き延びなければならなかった。
私は泣きながら、れいむとの思い出を一つ一つ反芻していった。
結局、朝になって、何度目かの腹の音が私の脳に空腹を警告するまで、私はれいむに口
をつけることができなかった。
れいむは最後の瞬間に、自分よりも、自分の番よりも飼い主を優先した。
金バッジの輝きは、伊達ではなかった。
だが、それはゆっくりに対する裏切りとも言えた。
「ゆゆ…あんよがいじゃいよぅ…れいむ~…ゆゆ!?れいむ!?」
まりさが目を覚ましたとき、外は既に明るくなっていた。
れいむは、まりさが赤ゆっくりを永遠にゆっくりさせてしまって以来、まりさに口を利
いてくれなくなっていた。
まりさは焦った。このままれいむに嫌われては、まりさは精神的に大きな傷を負ってし
まうだろう。いろいろあったが、まだまりさの中では、れいむへの慕情は燃え上がって
いたからである。
そして、もはやおじさんの庇護下では、れいむの関心なしには、生き延びることは出来
ないのだ。一時の感情に任せて台無しにしてしまった自身の計画の尻拭いを、なんとか
無事に済ませなければならなかった。
「れいむ?」
れいむはいつもの場所、自分の隣にいなかった。
まりさは救命いかだの中をきょろきょろと視線を動かした。そして見た。
おじさんが何かを食べているのを。それを見間違えるはずはなかった。
「…ゆ?…あ…あ゛…あ゛あ゛あ゛あ゛!れいむぅぅぅっ!!!」
まりさはれいむが「おたべなさい」をしてしまったことに気がついた。
まりさの目の前には、は真っ二つに割れた「れいむだったもの」を貪り食う、見るから
にゆっくりできない髭と髪が伸び放題の汚い人間の姿があった。その人間の口が動き、
まりさの愛したれいむをがぶりと食べ、咀嚼していく。
「ゆわぁぁぁぁぁんっ!!!れいむ!れいむぅ!!!なんで!!!なんでぇぇぇ!!!
まりざはっ!!まりざはれいむのごどが一番大事だったのにぃぃぃっ!!!」
まりさは理解できなかった。なぜ、れいむがおじさんのためにおたべなさいをしてしま
ったのかを。まりさを放置して。
まりさは自分の行為が直接的に、間接的に、れいむを追い込んでいたことに気がついて
いなかった。自己反省能力が確立されているか否か、それは金と銀とを分ける、一つの
指標だった。多少なりとも有能であり、性格が良く、自分を省みることができる個体は
金として、要するに人間と共に暮らす資格があるものと認定される(一時的にそのよう
に振る舞う狡猾な個体のせいで、金馬鹿による事件が絶えないわけであるが)。それが
金色の輝きなのである。
それに対してある程度性格は良いが、人間のルールに疎い、優秀だが性格に難がある個
体に与えられるのが銀色の輝きである。銀は交流するためではなく、ただ飼う、手元で
見るためだけの愛玩動物として優秀ということを示しているのだ(もちろん、銀や銅であ
りながら、試験を受けていないために、試験で実力を見せられないがために、それ以上
の価値があることを飼い主以外にアピールできない個体も多い)。
結局、このまりさは、自発的に飼い主のために何かをするということが、できなかった。
そして、理解できなかった。
「やべろおおおおおっ!!!だべるなああああっ!!!がえぜ!!ばでぃざのれいむを
がえぜえええええっ!!!」
まりさはおじさんをボコボコにしたかった。あんよさえ動けば、今にもおじさんに飛び
掛って行ったであろう。おじさんはまりさの愛するれいむを汚している、そうとしか見
えなかった。
「れいむをだべるなああああっ!!!おばえがっ!!!おばえなんがが!!!れ、れい
むを!!ばでぃざのれいむをおおお!!!がえぜええええっ!!!れいむうううっ!!」
おじさんはれいむの四分の三をあっという間にたいらげてしまった。
「ゆあああ…れいむ…どぼじで…まりさのれいむ…」
「まりさ…」
おじさんがまりさに話しかけるのは久しぶりだった。
「れいむがおたべなさいをする前に、お前をよろしく、と言った。」
「ゆ!?」
そして、おじさんがまりさの前に突き出したのは、れいむの体の四分の一だった。
「食ってやれ。れいむが好きだったのならば食ってやれ。」
「ゆゆ!!?」
おじさんは、まりさの前に、舌を伸ばせば届く距離にれいむだったものを置くと、水
を飲んでいつものように窓から外を眺める位置に移動し、まりさの方を振り返ること
はなかった。
「…れいむぅ…なんで…なんでまりさをひとりに…」
結局、夜の闇が辺りを包むまで、まりさはれいむを食べられなかった。
おじさんが寝静まった後に、まりさは泣きながられいむを味わい、れいむとの思い出、
すーりすーりしたときの肌触りを思い出し、また泣いた。
漂流17日目
その日の早朝のことだった。まだ東の空がうっすらと紫色のベールを脱ぎ始めていた
とき、私は何かの物音に気がついて目が覚めた。
波の音か…?
だが、波の音に混じって微かに何か別の音が聞こえる。
私は変な体勢で眠っていたせいで、痺れてしまった脚をなんとか動かし、立ち上がっ
た。窓から外を見たが、何も見えない。
私は広い視界を求めて、出入り口を開けた。朝のひんやりとした潮風が救命いかだの
中に吹き込み、私の、靄がかかったままになっていた頭脳を目覚めさせていく。
「ゆ…ゆぅ…しゃむいよ…」
まりさも冷たい潮風で目が覚めてしまったようだ。
私は出入り口から首を出し、まだ暗い洋上を眺めた。
「!!!」
船だった。しかもかなり近くを航行している。
波の音に紛れていた「別の音」は、船の機関の音だったのだ。
「船だっ!!!」
思わず口走り、私はしまいこんであった救難用紅炎を取り出した。まだ暗い洋上で果た
して煙による信号が通じるのか不安ではあったが、距離が近いだけに見張りがちゃんと
仕事をしていれば、可能性はあった。私ははやる気持ちを抑え、ひもを力強く引っ張っ
た。これで、家族にまた会える!
「!!?」
だが、救難用紅炎は発煙することなく、ひもだけが切れた。不良品だったのか、それと
も、まりさが奪っていった課程で劣化したのか…
いずれにしろ、私から船に助けを求める手段はなくなってしまった。
救命いかだの先端についている、レーダー反射板は役に立っているのかどうかさっぱり
分からなかった。こうしている間にも船は進んでいく。
太陽の光が辺りを明るく照らすにはまだ、時間があった。このままでは日が昇る前に船
は通り過ぎていってしまう。
何かないのか!?何か!
私は信号弾が残っていないかと、救命いかだのポケットを、脱ぎ捨てたままになってい
る衣類のポケットを探った。私が見つけたのは、ライターだけだった。
それは、客船脱出時から持っていたものの、タバコを忘れてきたために使うことのなか
ったライターだった。
ライターの光はあの船から見えるだろうか?
確かに、船は近くを航行しているものの、ライターの光はあまりに微弱だ。
私は泣きそうになった。
なんでいつもこうなんだ!前は信号弾を上げても気付いてもらえなかった!
今度は近くを船が通過しているのに、アピールするものがない!!
私の脳裏を家族の顔が浮かんでは消えた。
会いたい!
妻の愚痴を聞いてやりたかった。
息子を褒めてやりたかった。
娘ともう一度会話がしたかった。
父に謝りたかった。
私はライターをじっと見た。
もはや手段を選んでいる暇はなかった。
これが助けてもらう最後のチャンス、そう思った私は、リュックからまりさの帽子を
取り出した。長い時間、その他の荷物や私の体重によって圧迫され、帽子は今やぺし
ゃんこの布切れのようになっている。
「ゆ…ゆ?…おぼうし…ま…りさの…まりさのおぼうし!」
まりさが久々に見た自分の帽子の姿に、その弱々しい目を力いっぱい輝かせる。
その目には、お帽子を返してもらえる、という期待にあふれていることが簡単に読み
取れた。私は、即席ゆっくりはうすだった、発泡スチロールの中に、れいむのリボン、
非常食の包装、私の薄汚れたシャツを放り込んだ。
「返してくれるの!?まりさのお帽子返してくれるの!?」
最後にまりさに、サラダ油で一杯にした帽子を押し込むように被せ、発泡スチロール
に入れて水に浮かべる。
「ゆびゃあああっ!!どぼじでごんなごどずるのおおおっ!!!ぬるぬるずるよぉ!
きもちわるいよおおおおっ!!!」
よし、浮力は大丈夫だ。
私はまりさを軽く揺すり、発情させる。
「ゆゆ!?なにしてるの!?やめて!まりさはれいむとしか…ゆほぉぉぉっ!!!」
そして屹立したまりさのぺにぺににマニュアルの1ページで作ったこよりを差し込ん
だ。
「ゆぎいいいっ!!!なにずるのおおおっ!!!いじゃいよおおおっ!!!ばでぃざ
のぺにぺにでいたずらじないでぇぇぇっ!!!」
サラダ油は日常生活で火災の原因となるのを防ぐために、灯油などと比べて発火点が
高い。しかし、点火のために燃える素材があれば、サラダ油に引火させるものがあれ
ば、その炎によって熱せられたサラダ油は燃え上がるのである。
私はサラダ油をまりさの上から全て振りかけ、ぺにぺにに突き刺さっているこよりに
ライターで火をつけた。ぺにふぁいあである。
「やべで!!やべでね!!ひさんはざっざどぎえ…ゆぎゃあああああああああああ゛
っ!!!ばでぃざのぉっ!!!ばでぃざのべにべにがぁぁぁぁっ!!!」
暗い海の上で、ぺにぺにから炎を発しながら泣き叫ぶまりさの姿は滑稽であったが、
私の命をつなぐための希望の光だった。
私はさらに化学繊維で出来た私の服に火をつけ、それを洋上の発泡スチロールに素早
く突っ込んだ。しばらくして、服の炎はサラダ油に引火し、さらに燃え広がっていく。
「やべでええええっ!!!ごないでえええっ!!!どぼじでひざん、ばでぃざにいじ
わるずるのぉぉぉっ!!?」
必死にぺにふぁいあをぺーろぺーろして消そうとするまりさ、しかし、ぺにぺにをぺ
ろぺーろしようとしたまりさの舌を伝って、炎が、口内、顔の油へと引火していった。
「ゆぎゃあああああああああっ!!!ばでぃざのおがおが!!!ばでぃざのおがおが
がじざんだよっ!!!あぢゅい!あぢゅいよおおおおっ!!!だじゅげでえええええ
えっ!!!」
私はまりさに負けじと叫んだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!!!ここだぁぁぁっ!!!たすけてくれぇぇぇっ!!」
まりさは炎の勢いを増し、燃え続ける。最近はサラダ油を餌代わりに摂取していたこ
ともあってか、思いのほか良く燃えていた。火はシャツやゴミにも引火し、明々と漆
黒の洋上を照らす。
「おじざん!おねがいだじゅげでえええっ!!!ばでぃざをだじゅげでえっ!!!ば
でぃざはおじざんどゆっぐりじだいよぉぉぉぉぉっ!!!ばでぃざをみずでないでぇ
ぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「おぉぉぉぉぉぉいっ!!!」
まりさの皮は炎に焼かれ、黒く焼け焦げた部分が、まるでまりさの体表を這い回る不
定形の悪魔のように広がっていく。
「おねがいでず!だじゅげでぐだざい!ばでぃざいいごにじまず!おじざんをみずで
だりじばぜん!だがらおじざんもばでぃざをみずでないで!!!ぎょっぼぼぼぼっ!
ばでぃざのおべべがああああっ!!!」
まりさの寒天の目が炎によって、どろりと崩れ落ち、めらめらと燃え上がる火はまり
さの眼孔から餡子を焼き尽くしていく。船はすこしずつ進路をこちらに向けているよ
うに見えた。気がついてくれたのだろうか?
「たすけてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
私は塩で焼かれているのどを張り裂けんばかりに酷使し、叫び続けた。
その時、ボーッという汽笛の音が、朝の冷たい大気を引き裂くかのように轟く。
見つかったのだ!見つけてくれたのだ!
「ゆびゃあああああああっ!!!いやじゃ!!!じにだぐないいいいっ!!!だず
げでっ!!!ばでぃざはゆっぐぢずるのぉっ!!?かっは?…あぎゃぎゃぎゃぎゃ
ぎゃっ!!!」
まりさものどが焼かれているようだ。ただし、塩ではなく、炎で。
「ゆびーっ!!!ゆぎぎ!!?おみずざんだよっ!!!ばでぃざだじゅがっだ…わ
ぎゃああああああっ!!!」
発泡スチロールにまで引火すると同時に、海水が侵入し、火が消えていく。その代
わりに傷口に海水が入り込むことで、塩による痛みが全身を襲った。
「ひぎっ!!!ひっぎぎぃぃぃっ!!!おでがび!!!ばでぃざをだじ!!!ばで
ぃざばぼぼぼぼ…ごぼっ……」
だが、それも束の間のことだった。海水の浸入によってバランスを崩した発泡スチ
ロールは転倒し、その中身を海中へとばら撒いた。そして、まりさも沈んでいった。
まりさは残りわずかな生の中で、何も見えない暗闇の中でゆっくりと自分の体が溶
けていく感覚を味わっていった。
まりさは焼死する寸前で、その運命を溺死へと変更されたのだった。
船が私のすぐ横に来たのは、まりさが沈んでから、20分後のことであった。
私の漂流生活は唐突に始まり、そして今、唐突に終わった。
私は無事、船に救助された。
今や、さっきまで私の全てであった救命いかだは折り畳まれ、甲板上にロープで固
定されている。
私は震えが止まらなかった。本当に救助されたことが嬉しくて、言葉では言い現せ
られなかったが、ただ、嬉しさのあまりに泣いていた。
つい一時間ほど前までは、ずっと死ぬことだけを恐怖し、生きて帰れることをただ
願っていた。だが、人間とは欲深い生物だ。今となっては別のことが怖い。
私は楽しみな反面、怖かった、家族に再会することが。
あれだけ、遭難中は家族に会いたいと思い続けていたが、どんな顔をして帰ればい
いのだろう?家族に何と言えばいいのだろう?それが分からなかった。
いや、それよりも、家族はどんな顔で私を迎えてくれるのだろう?
その後、私は近海で私を捜索していた海上保安庁の船に移乗し、近くの港に下ろさ
れた。
そこには家族がいた。
妻が泣いていた。息子が泣いていた。
引きこもりで二年以上部屋から出て来なかった娘もそこで泣いていた。
そして、
ああ
ああ…
お父さん…
私がやっと搾り出したのは
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
それだけだった。
私を昔のように抱きしめてくれた父の手は、かつてのように暖かかった。
父の前で泣いたのは、最後に怒られて以来…そう、高校生のとき以来だった。
それはいつも通った道だった。
何一つ変わらない家路だった。
でも、今まで見たどの風景よりも、暖かく、懐かしく、そして、心からゆっくりで
きる道だった。
家族みんなで家路を歩いたのは、何年ぶりだろう…
私は父の車椅子を押しながら、一歩一歩を噛みしめるように歩いていった。
私はゆっくりによって、死にそうになり、ゆっくりによって生きることが出来た。
私はあの時、れいむによって生かされたと思っている。
れいむが最後の最後で見せてくれた、ゆっくりとしての矜持に。
私の漂流は終わってはいない。
私の家族はまだ漂流している。
漂流している理由も、その状況もみんな違う。
だが、少なくとも今回の一件で、我々の目的地がどこにあるのか、気がつくことが
できたような気がする。
だから、少しでも目的地に近づけるよう懸命に櫂を漕ごうと思う。
少しでも、私の愚かさによって失った時間を取り戻すために。
今度ばかりは自力で漕がなければいけない。
誰にも、流れにも、助けを期待するわけにはいかないのだ。
懐かしい玄関をくぐる。
家の臭いがすっと鼻に入ってくる。それは何よりもゆっくり出来る臭いだった。
「…ただいま…」
― ゆっくり漂流記 完 ―
作:神奈子さまの一信徒
最後までお読みいただきありがとうございました。
また、楽しみに待っていてくださった読者の皆様、wikiや餡さいくろの編集を担当
してくださった方々、ありがとうございました。
なお、漂う命で述べたように、著者に船上での活動の経験はあっても、漂流した経
験はありません。おかしな描写等ありましたら、私の非力によるものです。
お目汚し失礼致しました。
過去作という名の一点突破の歴史
ふたば系ゆっくりいじめ 777 南の島のまりさ
ふたば系ゆっくりいじめ 783 南の島の生命賛歌
ふたば系ゆっくりいじめ 793 南の島の葬送行進曲
ふたば系ゆっくりいじめ 817 南の島の風葬墓
ふたば系ゆっくりいじめ 827 南の島のスカーレットクロス
ふたば系ゆっくりいじめ 846 南の島の天の河
ふたば系ゆっくりいじめ 866 あまりにも南の島のまりさ
ふたば系ゆっくりいじめ 890 とてつもなく南の島のまりさ
ふたば系ゆっくりいじめ 908 むらさの舟歌
ふたば系ゆっくりいじめ 932 まりさときのこ狩り
ふたば系ゆっくりいじめ 958 うつほは舞い上がる、空高く
ふたば系ゆっくりいじめ 992 北方ゆっくり戦史 二つの群れ
ふたば系ゆっくりいじめ 1001 北方ゆっくり戦史 ヴェルギナの星の旗の下に
ふたば系ゆっくりいじめ 1050 偽者の生きる価値
ふたば系ゆっくりいじめ 1117 ゆっくり漂流記 漂う命
ふたば系ゆっくりいじめ 1138 ゆっくり漂流記 抗う命