110314-2-552の梓視点のお話



いつもあなたは笑顔だった。

初めて声をかけてくれた時も、そうだったね。
私はすっごくぎこちなくて、無愛想だっただろうに。
だからずっと、印象に残ってたのかもしれない。
彼女は、笑ってる人なんだって。

それから、私たちは一緒にいるようになって。
いろんな事をして。いろんな話をして。いろんなことを知って。

ちょっと困った顔とか。少しむくれたような顔とか。
いろんな顔を見てきたけれど、でも全てに言えることは。
やっぱりどこかに笑顔というか、柔らかい優しさがあって。

彼女が悲しそうな顔をするときは、それは。
きっと、いつも、誰かのためのものだった。

どうしてそう思うのか。

……それは多分。ずっと見てたからだと思う。

いつからなのかは分からないけれど。
きっかけも定かじゃないけど。
私の視線は、気がつけば彼女を追いかけている。

わたしの瞳に映る彼女は、いつもやわらかくて暖かくて。
そんな彼女を見るたびに、私の心は暖かくなって。

沈んだ顔をするときは、必ず誰かを思う時で。
そんな彼女を見るたびに、私の心も締め付けられるようで。
…でも、そこまで彼女に思われる誰かに、少しだけ。
変な気持ちを抱いたこともあって。


私は彼女に、特別な気持ちを持ってるって、すぐに気がついたんだ。
それはとってもシンプルで、だれでも持ってるもの。

二つの音で奏でられる、一番素敵な気持ち。
多分、私が彼女に抱くことは、許されない気持ち。
それでも、私を幸せにしてくれる、そんな気持ち。

そんな気持ちと一緒に、ずっと彼女を見つめていたから。



「え?今日は来れないの?」

「うん。両親が急な出張だって言うから。……ごめんね」

「ううん。仕方ないよ。いつも来てもらってるだけでありがたいし」

「ほんとにごめんね…」

「いいからいいから!そんな顔しないの!」


気づけたのかもしれなかった。


「…ありがとう。梓ちゃん」

「じゃあ、また明日ね」


いつもの笑顔みたいに見えた。
だけど。……なぜか、寂しそうにも見えて。

その寂しさは、いつも彼女が見せる、誰かのためのものじゃないような。
そんな気がしたけれど。でも…。

「……憂?」

その時はまだ、はっきりとした答えを出せなくて。
駆けていく彼女を見送るしか出来なかった。




――――




「ただいまー」

純も予定があるらしく、今日はまっすぐ帰ってきた。
最近は毎日のように三人で練習していたから、何だか変な感じだ。

……それに。二人が居ない時に部室に行く気には、何故かなれなかった。

私一人であそこに行っても。

どこまでも自由で、だからこそ心から惹かれたあのギターも。
凛としていて優しい、包みこむようなベースの響きも。
いっつも走り気味な、みんなを引っ張っていってくれたドラムの音も。
どんな時も暖かかった、キーボードの柔らかい音色と紅茶の匂いも。

みんなみんな、今ここにはないんだって、思うばっかりで。

ずっとこんなんじゃ、いけないって分かってても。
心にあいた穴を埋めるには、もう少し時間がかかりそう。

「…あれ、お母さん居ないのかな?」

いつもならもう夕食の匂いが漂っていてもいい頃合なのに。

「おかあさーん?」

台所に顔を出しても、返事はない。
そこにあったのは、作りおきの夕食と、一枚の置き手紙。

「急なお仕事が入ったので、行ってきます。ご飯は温めて食べてね!…か」

たまにこんなことはあって。小さい頃からだから、もう慣れっこだった。

…はずなんだけど。
今日に限っては。なぜか、胸を締め付けられるような気がした。

「…なんだろ?……寂しい、のかな」

どうしてだろう。そんな風に思ったのは。
今日は久しぶりに一人だったからかな?


軽音部。
私の大好きな場所。大好きな人達。大好きな時間。
いつからか、それは当たり前のようにあって。
そして、当たり前のように終りを迎えて。

どうしようも無くなって、泣いてしまったりもしたけれど。

先輩たちは、ずっと一緒っていってくれて。
憂や純が、隣にいてくれて。私を支えてくれて。
両親は、何も言ってないのに、私のことはちゃんと分かってて。

みんなが優しく私を包んでくれて。
びっくりしたし、…すごく嬉しかった。

でも、今日はなんだか。
そんな私にとって大事なものが、なぜだかみんな無くて。
私はやっぱり一人なのかな、って。そんな風に思っちゃうことばっかりで。

だから、感傷的になっちゃったのかもしれない。
それも当然、あるんだろうけど。


でも。…それだけじゃ、ないような気がして。


私のことだけじゃなくて、ほかに何か。
別のことが、心に引っかかってるような、そんな感覚。


「…あはは。ひどい顔だ」

ふと、鏡に写った自分の顔が視界に入る。

まるで捨てられた子猫みたいだ。
誰が見ても寂しそうに見える、そんな顔してる。

そんな顔を見てたら、何だかいたたまれなくなって。
無理やりに、ちょっと大げさに、笑顔を作ってみる。


「……あ」


こんな不恰好な笑顔と、あのお日様のような笑顔は、似ても似つかないのに。

そのはずなのに、なぜか。
重なって見えたんだ。あのときの、彼女の笑顔と。


それで分かった。私の心の違和感。


ずっと見てた、なんて言っておきながらこの様だ。
…もっと早く、気づいてあげるべきだったのかも。

もっと早く、気づいてあげたかった。

寂しくないわけないんだ。
彼女は私よりも、ずっと一人でいて。
今は、彼女を支える一番大きなものまで、無くなってしまって。

それなのに、きっと、一人でいることに慣れすぎていて。
我慢するのが、当たり前になっていて。
いつからか、それが、普通になる。

でも、だからって……。
寂しくないわけ、ないじゃない。

そんな時でも、笑顔を見せようとするから。

だから、あの笑顔は、あんなに寂しそうだった。

「憂。……憂も、おんなじなのかな?」



~~~~~


いつかの記憶。何気ない会話の中で。
その時に、たしか聞いたんだ。

一人でいることも結構あるって聞いて。

「……寂しい時とか、ないの? 憂は?」

「う~ん。どうなんだろう?」

「今はお姉ちゃんがいてくれるし、両親もずっと家を空けてるわけじゃないし」

「…もし、本当に一人になっちゃったら、どうするの?」


今にして思えば、なんでこんなことを聞いたんだろう。
あまりいい思いはさせなかっただろうなって、反省する。

それでも、いつものように笑って。こう答えてくれたから。


「梓ちゃんがいるよ?」

「…え?」

「もしそうなってもさ。梓ちゃんがいてくれるから。きっと寂しくないよ」


そう言われて、体中が熱くなったのを、よく覚えてる。


「……なんてね。そんなこと言われても迷惑だよね~」

「そんなことないよ!!」

「うわ!」

「あ…ごめん。いきなり大声だして」

「でも!全然迷惑じゃないよ!憂が寂しくなったら、いつでも側にいるから!」

「!!……」

「……あ、や。これは、その」


勢いに任せてとんでもないことを言ってしまった気がするけど。
でも、それは本心で。変に否定もできなくて。


「あ、えと、そのね…。あ、ありがとう」///

「い、いえ。こちらこそ。どうも」///



~~~~~



そうだ。そう言ったはずだ。
寂しい時には、側にいてあげるって。

私だったら、そうして欲しい。
寂しい時に、側にいて欲しい。


彼女は、私に側にいて欲しいって言った。
私が、彼女を支えられるなら、そうしてあげたい。

私は、どうして欲しいのか。どうであって欲しいのか。
今の私の寂しさを埋められるのは、きっと彼女だから。


だから私は、彼女の側にいてあげたい。
だから私は、彼女に側にいて欲しい。


「なんだ。じゃあ、どうすればいいかなんて、分かりきってるじゃん」


携帯を取り出して、ハ行を辿る。
すぐに行き着く彼女の名前。

メールにしようかな、とも思ったけど。何だかすぐに声が聞きたくなって。

短いコール音の後、あなたの声。

「は~い。なにかな、梓ちゃん」

どことなく、だけど。嬉しそうに聞こえた気がした。
私の電話一つで、彼女を少しでも嬉しい気持ちにできたなら。
そうなら私も、とても嬉しい。


「もしよかったら、さ。泊まりに行ってもいい?」

彼女は、さっきよりもまた少しだけ弾んだ声で、快諾してくれた。




おしまい。
最終更新:2011年04月01日 23:48