いつもあなたは笑顔だった。
初めて声をかけてくれた時も、そうだったね。
私はすっごくぎこちなくて、無愛想だっただろうに。
だからずっと、印象に残ってたのかもしれない。
彼女は、笑ってる人なんだって。
それから、私たちは一緒にいるようになって。
いろんな事をして。いろんな話をして。いろんなことを知って。
ちょっと困った顔とか。少しむくれたような顔とか。
いろんな顔を見てきたけれど、でも全てに言えることは。
やっぱりどこかに笑顔というか、柔らかい優しさがあって。
彼女が悲しそうな顔をするときは、それは。
きっと、いつも、誰かのためのものだった。
どうしてそう思うのか。
……それは多分。ずっと見てたからだと思う。
いつからなのかは分からないけれど。
きっかけも定かじゃないけど。
私の視線は、気がつけば彼女を追いかけている。
わたしの瞳に映る彼女は、いつもやわらかくて暖かくて。
そんな彼女を見るたびに、私の心は暖かくなって。
沈んだ顔をするときは、必ず誰かを思う時で。
そんな彼女を見るたびに、私の心も締め付けられるようで。
…でも、そこまで彼女に思われる誰かに、少しだけ。
変な気持ちを抱いたこともあって。
私は彼女に、特別な気持ちを持ってるって、すぐに気がついたんだ。
それはとってもシンプルで、だれでも持ってるもの。
二つの音で奏でられる、一番素敵な気持ち。
多分、私が彼女に抱くことは、許されない気持ち。
それでも、私を幸せにしてくれる、そんな気持ち。
そんな気持ちと一緒に、ずっと彼女を見つめていたから。
「え?今日は来れないの?」
「うん。両親が急な出張だって言うから。……ごめんね」
「ううん。仕方ないよ。いつも来てもらってるだけでありがたいし」
「ほんとにごめんね…」
「いいからいいから!そんな顔しないの!」
気づけたのかもしれなかった。
「…ありがとう。梓ちゃん」
「じゃあ、また明日ね」
いつもの笑顔みたいに見えた。
だけど。……なぜか、寂しそうにも見えて。
その寂しさは、いつも彼女が見せる、誰かのためのものじゃないような。
そんな気がしたけれど。でも…。
「……憂?」
その時はまだ、はっきりとした答えを出せなくて。
駆けていく彼女を見送るしか出来なかった。
――――
「ただいまー」
純も予定があるらしく、今日はまっすぐ帰ってきた。
最近は毎日のように三人で練習していたから、何だか変な感じだ。
……それに。二人が居ない時に部室に行く気には、何故かなれなかった。
私一人であそこに行っても。
どこまでも自由で、だからこそ心から惹かれたあのギターも。
凛としていて優しい、包みこむようなベースの響きも。
いっつも走り気味な、みんなを引っ張っていってくれたドラムの音も。
どんな時も暖かかった、キーボードの柔らかい音色と紅茶の匂いも。
みんなみんな、今ここにはないんだって、思うばっかりで。
ずっとこんなんじゃ、いけないって分かってても。
心にあいた穴を埋めるには、もう少し時間がかかりそう。
「…あれ、お母さん居ないのかな?」
いつもならもう夕食の匂いが漂っていてもいい頃合なのに。
「おかあさーん?」
台所に顔を出しても、返事はない。
そこにあったのは、作りおきの夕食と、一枚の置き手紙。
「急なお仕事が入ったので、行ってきます。ご飯は温めて食べてね!…か」
たまにこんなことはあって。小さい頃からだから、もう慣れっこだった。
…はずなんだけど。
今日に限っては。なぜか、胸を締め付けられるような気がした。
「…なんだろ?……寂しい、のかな」
どうしてだろう。そんな風に思ったのは。
今日は久しぶりに一人だったからかな?
軽音部。
私の大好きな場所。大好きな人達。大好きな時間。
いつからか、それは当たり前のようにあって。
そして、当たり前のように終りを迎えて。
どうしようも無くなって、泣いてしまったりもしたけれど。
先輩たちは、ずっと一緒っていってくれて。
憂や純が、隣にいてくれて。私を支えてくれて。
両親は、何も言ってないのに、私のことはちゃんと分かってて。
みんなが優しく私を包んでくれて。
びっくりしたし、…すごく嬉しかった。
でも、今日はなんだか。
そんな私にとって大事なものが、なぜだかみんな無くて。
私はやっぱり一人なのかな、って。そんな風に思っちゃうことばっかりで。
だから、感傷的になっちゃったのかもしれない。
それも当然、あるんだろうけど。
でも。…それだけじゃ、ないような気がして。
私のことだけじゃなくて、ほかに何か。
別のことが、心に引っかかってるような、そんな感覚。
「…あはは。ひどい顔だ」
ふと、鏡に写った自分の顔が視界に入る。
まるで捨てられた子猫みたいだ。
誰が見ても寂しそうに見える、そんな顔してる。
そんな顔を見てたら、何だかいたたまれなくなって。
無理やりに、ちょっと大げさに、笑顔を作ってみる。
「……あ」
こんな不恰好な笑顔と、あのお日様のような笑顔は、似ても似つかないのに。
そのはずなのに、なぜか。
重なって見えたんだ。あのときの、彼女の笑顔と。
それで分かった。私の心の違和感。
ずっと見てた、なんて言っておきながらこの様だ。
…もっと早く、気づいてあげるべきだったのかも。
もっと早く、気づいてあげたかった。
寂しくないわけないんだ。
彼女は私よりも、ずっと一人でいて。
今は、彼女を支える一番大きなものまで、無くなってしまって。
それなのに、きっと、一人でいることに慣れすぎていて。
我慢するのが、当たり前になっていて。
いつからか、それが、普通になる。
でも、だからって……。
寂しくないわけ、ないじゃない。
そんな時でも、笑顔を見せようとするから。
だから、あの笑顔は、あんなに寂しそうだった。
「憂。……憂も、おんなじなのかな?」
~~~~~
いつかの記憶。何気ない会話の中で。
その時に、たしか聞いたんだ。
一人でいることも結構あるって聞いて。
「……寂しい時とか、ないの? 憂は?」
「う~ん。どうなんだろう?」
「今はお姉ちゃんがいてくれるし、両親もずっと家を空けてるわけじゃないし」
「…もし、本当に一人になっちゃったら、どうするの?」
今にして思えば、なんでこんなことを聞いたんだろう。
あまりいい思いはさせなかっただろうなって、反省する。
それでも、いつものように笑って。こう答えてくれたから。
「梓ちゃんがいるよ?」
「…え?」
「もしそうなってもさ。梓ちゃんがいてくれるから。きっと寂しくないよ」
そう言われて、体中が熱くなったのを、よく覚えてる。
「……なんてね。そんなこと言われても迷惑だよね~」
「そんなことないよ!!」
「うわ!」
「あ…ごめん。いきなり大声だして」
「でも!全然迷惑じゃないよ!憂が寂しくなったら、いつでも側にいるから!」
「!!……」
「……あ、や。これは、その」
勢いに任せてとんでもないことを言ってしまった気がするけど。
でも、それは本心で。変に否定もできなくて。
「あ、えと、そのね…。あ、ありがとう」///
「い、いえ。こちらこそ。どうも」///
~~~~~
そうだ。そう言ったはずだ。
寂しい時には、側にいてあげるって。
私だったら、そうして欲しい。
寂しい時に、側にいて欲しい。
彼女は、私に側にいて欲しいって言った。
私が、彼女を支えられるなら、そうしてあげたい。
私は、どうして欲しいのか。どうであって欲しいのか。
今の私の寂しさを埋められるのは、きっと彼女だから。
だから私は、彼女の側にいてあげたい。
だから私は、彼女に側にいて欲しい。
「なんだ。じゃあ、どうすればいいかなんて、分かりきってるじゃん」
携帯を取り出して、ハ行を辿る。
すぐに行き着く彼女の名前。
メールにしようかな、とも思ったけど。何だかすぐに声が聞きたくなって。
短いコール音の後、あなたの声。
「は~い。なにかな、梓ちゃん」
どことなく、だけど。嬉しそうに聞こえた気がした。
私の電話一つで、彼女を少しでも嬉しい気持ちにできたなら。
そうなら私も、とても嬉しい。
「もしよかったら、さ。泊まりに行ってもいい?」
彼女は、さっきよりもまた少しだけ弾んだ声で、快諾してくれた。
おしまい。
最終更新:2011年04月01日 23:48