「……旦那さ、俺の昔話も聞いてくれる?」
涙と鼻水まみれになってる旦那に桜紙わたすと、旦那は頷いてから鼻拭いた。
ねぇ、順番逆だよ旦那。
「俺ね、小さい頃は山にいたわけ。まあ捨て子かはぐれ子か、全然覚えてないけどさ、野生児だったんだよ。
そこに忍びが通りかかって、ていうか多分何かの仕事帰りだったんだろうね。
俺のこと素質があるってんで、そいつの忍びの郷に連れ去られちゃったんだ。
普通攫わないよねえ、忍びだよ?ほっとくでしょ」
肯きも何もかえらないけれど、旦那の背中が聞いていた。
「で、攫われちゃったものはしょうがないから一通り修行してさ、けっこう俺のこと攫った男の期待通りでさ、
わあ俺様天才!?とか思ってた。そしたらね、元いた山に、ある日またもポイ棄て。これってあり得る?」
涙目のワンコが肩を揺らして俺を見る。
俺はぐったりした独眼竜を指し示す。
見ないでよ旦那、こんなすっごい恥ずかしいこと喋ってんだから、顔見られたら何も言えなくなるじゃない。
「俺正直ありえねーって思ったね。で、そいつが言うわけ。
狼殺してこい、相手を嬲り苦しめて、忍びのやり方で殺せ、暗殺ではいけない、猟師のやり方でもいけないって」
自分の縄張りにいる狼は狡賢い。人なんかよりもずっと手強い。でも俺はあの時、既に忍びだった。
「それがまた春でさ、食べ物には困らなかったけど狼は子供育ててる時期でしょ。
もー凄い凶暴。俺様大弱り。仕方ないから狼煽って煽って、余計闘争心の固まりにして泡吹くくらい怒らせた」
獲物は手裏剣と苦無。薬は使わなかった。
狡賢い狼を誘導して、空を飛んだり駆けたりしながらはね回って逃げた。
旦那、聞いているね。どうしてこんな話してるのか、分かんなくても聞いているね。
「きっと、拷問の試験なんだと思ったからね。そうやって怒らせた狼を、自分の子供のトコに誘導して、
俺は隙をいっぱい見せた。怒り過ぎてて訳わかんなくなってる狼はさ、一番守りたかったはずの子供を、
自分の牙で喉笛がぶっ。それから子供放り棄てて、俺に襲いかかってきたよ。
あの時の狼にとって、目の前に現れたちっちゃい生き物は子供じゃなくて、邪魔な障害物だったんだね。
俺は、襲ってくる狼を引きつけて避けた。その奥は崖でさ、狼は……なんか子犬みたいな声をあげておっこちてった」
見送らなきゃ良かったと思ったよ、落ちていく姿をさ。
闇色の目をしてた。覗き込まれて引きずり込まれる目だった。
旦那。
びっくりしてるけど俺のこと怖がらないね。
なんか本当に小さい頃から、旦那はそうだったね。ほんと図太い。
「佐助、お前は、政宗を……」
その狼のようにするのか、と聞きたかったのだろうか。でもそれ以上旦那は何も言わなかった。
うん、尋ねないでよ旦那。
「もし俺を殺してたら、あの狼はどうしたんだろうって思ったよ。
生き物って大概逞しいもんだから、来年にはまた子供産んで育てただろうなあ、とか。
……ま、良く分かんないけどそれで試験に合格したらしくて、すぐに初仕事貰ったんだ」
旦那は今、十七だったよね。
「それが旦那のお守り」
護衛とか直属の忍びともいう。当然影ながらお守りするはずだったというのに、旦那はなにかっちゃさーすけー!
とか大声で呼んでさあ。用事は『だんごが食べたい』とか。そんなのぼそっと口の中で呟くくらいで十分だってのに。
けどいくら呼んじゃ駄目でしょと言い聞かせても言い聞かせても懲りなくって、
なんかもう忍んで守るんじゃなくなっちゃったよ、ったくもう………
だからええと、十年も初仕事が続いてるんだね、俺様。
あの時の俺は今の旦那よりも年下で、まだまだ成長期の子供だった。でも一人前だった。
けど、十年たちゃ薹も経ちますよ、老けたよねえ俺。戦忍の頭になったし。
旦那も勇猛果敢な武将として名を上げてるし。
肩ならべてお話って、何かヘンだよ旦那。
上田城の虜32
涙と鼻水まみれになってる旦那に桜紙わたすと、旦那は頷いてから鼻拭いた。
ねぇ、順番逆だよ旦那。
「俺ね、小さい頃は山にいたわけ。まあ捨て子かはぐれ子か、全然覚えてないけどさ、野生児だったんだよ。
そこに忍びが通りかかって、ていうか多分何かの仕事帰りだったんだろうね。
俺のこと素質があるってんで、そいつの忍びの郷に連れ去られちゃったんだ。
普通攫わないよねえ、忍びだよ?ほっとくでしょ」
肯きも何もかえらないけれど、旦那の背中が聞いていた。
「で、攫われちゃったものはしょうがないから一通り修行してさ、けっこう俺のこと攫った男の期待通りでさ、
わあ俺様天才!?とか思ってた。そしたらね、元いた山に、ある日またもポイ棄て。これってあり得る?」
涙目のワンコが肩を揺らして俺を見る。
俺はぐったりした独眼竜を指し示す。
見ないでよ旦那、こんなすっごい恥ずかしいこと喋ってんだから、顔見られたら何も言えなくなるじゃない。
「俺正直ありえねーって思ったね。で、そいつが言うわけ。
狼殺してこい、相手を嬲り苦しめて、忍びのやり方で殺せ、暗殺ではいけない、猟師のやり方でもいけないって」
自分の縄張りにいる狼は狡賢い。人なんかよりもずっと手強い。でも俺はあの時、既に忍びだった。
「それがまた春でさ、食べ物には困らなかったけど狼は子供育ててる時期でしょ。
もー凄い凶暴。俺様大弱り。仕方ないから狼煽って煽って、余計闘争心の固まりにして泡吹くくらい怒らせた」
獲物は手裏剣と苦無。薬は使わなかった。
狡賢い狼を誘導して、空を飛んだり駆けたりしながらはね回って逃げた。
旦那、聞いているね。どうしてこんな話してるのか、分かんなくても聞いているね。
「きっと、拷問の試験なんだと思ったからね。そうやって怒らせた狼を、自分の子供のトコに誘導して、
俺は隙をいっぱい見せた。怒り過ぎてて訳わかんなくなってる狼はさ、一番守りたかったはずの子供を、
自分の牙で喉笛がぶっ。それから子供放り棄てて、俺に襲いかかってきたよ。
あの時の狼にとって、目の前に現れたちっちゃい生き物は子供じゃなくて、邪魔な障害物だったんだね。
俺は、襲ってくる狼を引きつけて避けた。その奥は崖でさ、狼は……なんか子犬みたいな声をあげておっこちてった」
見送らなきゃ良かったと思ったよ、落ちていく姿をさ。
闇色の目をしてた。覗き込まれて引きずり込まれる目だった。
旦那。
びっくりしてるけど俺のこと怖がらないね。
なんか本当に小さい頃から、旦那はそうだったね。ほんと図太い。
「佐助、お前は、政宗を……」
その狼のようにするのか、と聞きたかったのだろうか。でもそれ以上旦那は何も言わなかった。
うん、尋ねないでよ旦那。
「もし俺を殺してたら、あの狼はどうしたんだろうって思ったよ。
生き物って大概逞しいもんだから、来年にはまた子供産んで育てただろうなあ、とか。
……ま、良く分かんないけどそれで試験に合格したらしくて、すぐに初仕事貰ったんだ」
旦那は今、十七だったよね。
「それが旦那のお守り」
護衛とか直属の忍びともいう。当然影ながらお守りするはずだったというのに、旦那はなにかっちゃさーすけー!
とか大声で呼んでさあ。用事は『だんごが食べたい』とか。そんなのぼそっと口の中で呟くくらいで十分だってのに。
けどいくら呼んじゃ駄目でしょと言い聞かせても言い聞かせても懲りなくって、
なんかもう忍んで守るんじゃなくなっちゃったよ、ったくもう………
だからええと、十年も初仕事が続いてるんだね、俺様。
あの時の俺は今の旦那よりも年下で、まだまだ成長期の子供だった。でも一人前だった。
けど、十年たちゃ薹も経ちますよ、老けたよねえ俺。戦忍の頭になったし。
旦那も勇猛果敢な武将として名を上げてるし。
肩ならべてお話って、何かヘンだよ旦那。
上田城の虜32




