すぅ、と静かな寝息をたてて、元就は本格的に寝入り始める。しかし元親はそれどころではなくなってしまった。
弟の妻になれば良かったと?(あんなに好きなにーちゃんじゃなくて、弟?!)仲が良いとは知っていたが、まさか夫婦になろうという仲だったと?
「待てお前、こら、まだ寝るな!」
問題の弟は毛利とは違う氏名で呼ばれたので、父か母の違う、多分に異母兄弟なのだろうとは知れた。血縁がない可能性は低い。
日ノ本の歴史には確かに兄妹婚が多くある。しかし、それこそ御伽噺のような古代の話であり、血の繋がりのある者同士の婚姻は禁忌だ。
大体、家の者どもが認めないだろうに、判っていて尚悔やむのか。(どうなってんだ、毛利はよぉ)
否、男女の交わりも知らぬからこそ姉弟で番いになろうと言えるのか。肉の穢れも恋情も無しに想い合えるとでも言うのか。
(理解できねぇ…)
人の道ではないだろう。元親は自分の姉妹との婚姻を想定してみて、怖気が走った。どちらも『女』として見れない。気色悪い。
姉にも妹にも、元親は大層な不義理を働いているのだが。それとこれとは別だ。
血の気の薄い頬を撫でても元就は眠ったままだった。穏やかに伏せられた目蓋の濃い睫毛がまだ濡れている。
泣くわ吐くわ、おまけにもう寝ちゃってるわで散々だ。(つうか、襲った男の前ですやすや寝んな。バカ)
今は諦めて、元親も寝るしか他に手立てがない。目覚めたらまた話そう。口付けもその先も今度こそ成し遂げよう。
元親が溜息をつくと、腕の中の元就がもぞりと蠢いた。軽く握った指が稚けない。
そうだ起きたら、『しょうじゅ』の字を尋ねよう。軽く涼やかな響きの名は、抱きしめた佳人によく似合っている。
(にーちゃんと弟の事は……まあ、いいか。)
また泣かれでもしたら困る。おいおい、ゆっくり訊いていこう。
微笑みに自嘲と優しさを込めて、元就を見た。
元親は細い体を確かめるように抱き、眠りについた。
弟の妻になれば良かったと?(あんなに好きなにーちゃんじゃなくて、弟?!)仲が良いとは知っていたが、まさか夫婦になろうという仲だったと?
「待てお前、こら、まだ寝るな!」
問題の弟は毛利とは違う氏名で呼ばれたので、父か母の違う、多分に異母兄弟なのだろうとは知れた。血縁がない可能性は低い。
日ノ本の歴史には確かに兄妹婚が多くある。しかし、それこそ御伽噺のような古代の話であり、血の繋がりのある者同士の婚姻は禁忌だ。
大体、家の者どもが認めないだろうに、判っていて尚悔やむのか。(どうなってんだ、毛利はよぉ)
否、男女の交わりも知らぬからこそ姉弟で番いになろうと言えるのか。肉の穢れも恋情も無しに想い合えるとでも言うのか。
(理解できねぇ…)
人の道ではないだろう。元親は自分の姉妹との婚姻を想定してみて、怖気が走った。どちらも『女』として見れない。気色悪い。
姉にも妹にも、元親は大層な不義理を働いているのだが。それとこれとは別だ。
血の気の薄い頬を撫でても元就は眠ったままだった。穏やかに伏せられた目蓋の濃い睫毛がまだ濡れている。
泣くわ吐くわ、おまけにもう寝ちゃってるわで散々だ。(つうか、襲った男の前ですやすや寝んな。バカ)
今は諦めて、元親も寝るしか他に手立てがない。目覚めたらまた話そう。口付けもその先も今度こそ成し遂げよう。
元親が溜息をつくと、腕の中の元就がもぞりと蠢いた。軽く握った指が稚けない。
そうだ起きたら、『しょうじゅ』の字を尋ねよう。軽く涼やかな響きの名は、抱きしめた佳人によく似合っている。
(にーちゃんと弟の事は……まあ、いいか。)
また泣かれでもしたら困る。おいおい、ゆっくり訊いていこう。
微笑みに自嘲と優しさを込めて、元就を見た。
元親は細い体を確かめるように抱き、眠りについた。
元就は、見知らぬ地に独り立っていた。
灰色の空。太陽は見えないが、薄雲の向こうから黄色い光を確かに投げかけていた。
足元には赤く染め上げられた何処かの家紋が大きくあった。亀甲が三つ組まれ、花菱で飾られている。
確かに覚えのある家紋であるのに、元就は持ち主を思い出せなかった。
自分の体を見れば、やはりどうしてか女の格好をしていた。今日、長曾我部に宛がわれた大陸風の翡翠の衣装。
あの男に食い千切られたはずの留め紐は何事もなかったように胸元を飾っていた。
うなじが風にあたり、触れてみれば髪は高く結い上げられていた。薄く硬い感触がして、撫でて確認するとどうやら髪飾りのようだ。
花弁が幾重か合わせられたそれ。(あれか)きっと、あの赤い椿の花だ。しかし何故?こんなもの着けた覚えがない。
こんな場所に一人で立つ理由も。
わずかに風。運ばれてくる焦げた匂い。
(ここは…どこかの城…?)そして、きっと戦場だ。人の死の香りがする。
灰色の空。太陽は見えないが、薄雲の向こうから黄色い光を確かに投げかけていた。
足元には赤く染め上げられた何処かの家紋が大きくあった。亀甲が三つ組まれ、花菱で飾られている。
確かに覚えのある家紋であるのに、元就は持ち主を思い出せなかった。
自分の体を見れば、やはりどうしてか女の格好をしていた。今日、長曾我部に宛がわれた大陸風の翡翠の衣装。
あの男に食い千切られたはずの留め紐は何事もなかったように胸元を飾っていた。
うなじが風にあたり、触れてみれば髪は高く結い上げられていた。薄く硬い感触がして、撫でて確認するとどうやら髪飾りのようだ。
花弁が幾重か合わせられたそれ。(あれか)きっと、あの赤い椿の花だ。しかし何故?こんなもの着けた覚えがない。
こんな場所に一人で立つ理由も。
わずかに風。運ばれてくる焦げた匂い。
(ここは…どこかの城…?)そして、きっと戦場だ。人の死の香りがする。
「ここは…どこでもない場所…夢にも薄闇の世界にもなれない…乾き、剥がれ落ちるのを待つ仮初めの場所…」
か細い女の声がふいにした。
(いつからいた?)元就の目の前に黒い長髪の女がいた。桜色の一重をまとい、黒目がちの大きな瞳を潤ませて元就を見ている。
「出来るなら、――…、あなたに、逃げて欲しいのだけど…」
不可解な事を言う女に元就は眉を寄せる。
女の声には滲んだように響き聞き取れぬ箇所があったが、文脈から察するに一人称か、それとも女の名前であろう。
「逃げる、だと…?」
「うん、だって、――ね、本当はあなたの事…傷つけたく、ないもの…」
ぴく、と眉が跳ねる。この女は、自分を害そうと言うのか。しかし、本当は違うのだという事は?何かこちらに落ち度でもあるというのか。
(何を今更)元就は自嘲する。報復される理由など、数え切れぬほど背負っている。
「違うわ…悪いのはあなたじゃなくて…うぅん…あなたもそうなんだけどね…」
歯切れの悪い女の言い方に元就は焦れる。
「はっきりと言わぬか…!」
女が、首を傾げて唇を開く。さらりと長い髪が揺れ、光の輪が動いた。
(いつからいた?)元就の目の前に黒い長髪の女がいた。桜色の一重をまとい、黒目がちの大きな瞳を潤ませて元就を見ている。
「出来るなら、――…、あなたに、逃げて欲しいのだけど…」
不可解な事を言う女に元就は眉を寄せる。
女の声には滲んだように響き聞き取れぬ箇所があったが、文脈から察するに一人称か、それとも女の名前であろう。
「逃げる、だと…?」
「うん、だって、――ね、本当はあなたの事…傷つけたく、ないもの…」
ぴく、と眉が跳ねる。この女は、自分を害そうと言うのか。しかし、本当は違うのだという事は?何かこちらに落ち度でもあるというのか。
(何を今更)元就は自嘲する。報復される理由など、数え切れぬほど背負っている。
「違うわ…悪いのはあなたじゃなくて…うぅん…あなたもそうなんだけどね…」
歯切れの悪い女の言い方に元就は焦れる。
「はっきりと言わぬか…!」
女が、首を傾げて唇を開く。さらりと長い髪が揺れ、光の輪が動いた。
「――、まだ…死にたくないの。だって、だってね、」
――…やっとこれから幸せになれるって…そう思った…思えたのに…
こんな風に生まれたくなかった…好きで生まれてきたんじゃないって、ずぅっとくらいところで生きてきた…
でもね、――、出会えたの。愛してくれる人に。愛してる、――の、…――様…




