普段は……主達を前にしているときは、へらへらと何ともお気楽に笑っている忍であったが、
ただ、二人きりになった時に、ふとそんな顔をする事があるのを、小十郎は知っている。
いや。そうではない。あの忍の奥底には、いつどんな時であろうと消える事の無い闇がある。
誰も気付かないほどに小さな嘆き。ゆるゆると蝕んでいく絶望のような。
小十郎を前にした時だけ、忍は、普段必死に押し隠しているそれらを、隠そうとしなかった。
強請られるままに抱いてやれば、その時だけ、忍びの内に溜まった闇は形を潜めた。
それがどれだけ己に歓喜をもたらしたのか、あの忍は、きっと知らないだろうと、小十郎は少しだけ苦笑する。
……あいつは無事なのか。
己の身の今後よりも、ただ今は、それが心配だった。
松永久秀は好色、そして同時に、残酷だ。何より己の欲を満たす為ならば手段を選ばない。
そんな者の手に落ちて、佐助が全くの無事とは考えられなかったが、しかし、少しでもその無事を願わずにはいられない。
せめて、あの心だけでも無事であるようにと。
ただ、二人きりになった時に、ふとそんな顔をする事があるのを、小十郎は知っている。
いや。そうではない。あの忍の奥底には、いつどんな時であろうと消える事の無い闇がある。
誰も気付かないほどに小さな嘆き。ゆるゆると蝕んでいく絶望のような。
小十郎を前にした時だけ、忍は、普段必死に押し隠しているそれらを、隠そうとしなかった。
強請られるままに抱いてやれば、その時だけ、忍びの内に溜まった闇は形を潜めた。
それがどれだけ己に歓喜をもたらしたのか、あの忍は、きっと知らないだろうと、小十郎は少しだけ苦笑する。
……あいつは無事なのか。
己の身の今後よりも、ただ今は、それが心配だった。
松永久秀は好色、そして同時に、残酷だ。何より己の欲を満たす為ならば手段を選ばない。
そんな者の手に落ちて、佐助が全くの無事とは考えられなかったが、しかし、少しでもその無事を願わずにはいられない。
せめて、あの心だけでも無事であるようにと。
佐助。
……佐助。
心中で、滅多に呼ばない名を呼んでやっても、佐助からの返事は、あるはずがない。
そういえば、佐助、と呼んでやったことなど、片手で数えられる程しかなかったような気がする。
もっと名を呼んでやれば良かったと、悔いてももう遅かった。
せめて、と。
そういえば、佐助、と呼んでやったことなど、片手で数えられる程しかなかったような気がする。
もっと名を呼んでやれば良かったと、悔いてももう遅かった。
せめて、と。
「……佐助」
小さく小さく、その名を呟いてみたが、返事など、
「かた、くら……さん……ッ」
「!?」
今に消えてしまいそうなほどに小さな小さな声だった、が、小十郎の耳に届くには、十分であった。
伏せていた目を開き、弾かれたように顔を上げる。
格子の向こう、暗がりの中、確かにそこに。
伏せていた目を開き、弾かれたように顔を上げる。
格子の向こう、暗がりの中、確かにそこに。
朱色を、見た。
喉が引き攣った。堪らず、佐助、と叫びかけた小十郎は、だがしかし、
事の異常性に気が付いて、言葉を失った。
事の異常性に気が付いて、言葉を失った。
佐助の肌は、戦場に立つには不似合いなほどに白かった。
無論、忍の体、修行時代に負ったという古傷だらけではあったが、しかしその、奥羽の雪の如き肌の白さに先に目が行くほどだった。
白いな、と思わず呟けば、忍は影の生き物だからね、と返された。
日に当たることが滅多に無いから、と自嘲めいた笑みを浮かべるその唇を塞いだあとで、
痕がよく映えていい、と囁けば、助兵衛だねぇ、と笑われた。
影、故のその白さを、ゆっくりと慈しんでやるのが、好きだった。
無論、忍の体、修行時代に負ったという古傷だらけではあったが、しかしその、奥羽の雪の如き肌の白さに先に目が行くほどだった。
白いな、と思わず呟けば、忍は影の生き物だからね、と返された。
日に当たることが滅多に無いから、と自嘲めいた笑みを浮かべるその唇を塞いだあとで、
痕がよく映えていい、と囁けば、助兵衛だねぇ、と笑われた。
影、故のその白さを、ゆっくりと慈しんでやるのが、好きだった。
――――その、白が、目の前にあった。佐助は、一糸纏わぬ姿で、そこにいた。
違う、そればかりではない、それだけであったならまだ良かった。
佐助は両手を後ろ手に縛られて、縋るように木の格子に噛り付いていた。
その頬が、全身が、薄っすら紅を帯びているのが蝋燭の仄かな明かりの下でさえ分かった。
色素の薄い目からはぼろぼろと、情事の時にしか見た事の無い涙を溢れさせて。その姿は、まさに、
佐助は両手を後ろ手に縛られて、縋るように木の格子に噛り付いていた。
その頬が、全身が、薄っすら紅を帯びているのが蝋燭の仄かな明かりの下でさえ分かった。
色素の薄い目からはぼろぼろと、情事の時にしか見た事の無い涙を溢れさせて。その姿は、まさに、
まさに、小十郎の危惧が現実になったのだと、示すものだった。
木の格子に隠れてその下肢は見えなかったが、小十郎には大体の想像がついた。
だから見たくもなかった。見えなかったのはむしろ幸運だったのだろう。
だから見たくもなかった。見えなかったのはむしろ幸運だったのだろう。