――私は姉上様のお力になりたいのです――
ぱちん、と薪が爆ぜた。
その音に元就は伏せた瞼をゆっくりと開き、同時に自分が夢と現の境をさ迷っていた事に気付く。
薄くぼやけた視界を定めれば、台に広げられた地図とその上に散らばる白黒の碁石。
よく見ればそれぞれの石には紋が記され、その内には毛利の家紋である一文字三ツ星が描かれたものも含まれていた。
薄くぼやけた視界を定めれば、台に広げられた地図とその上に散らばる白黒の碁石。
よく見ればそれぞれの石には紋が記され、その内には毛利の家紋である一文字三ツ星が描かれたものも含まれていた。
元就は石の合間を縫うようにゆるゆると指を滑らせ、ある一点で指を止める。
……矢張り此れでは不完全だ。
指を止めた両脇には、大一大万大吉と三葉葵を記した碁石が灯火に照らされていた。
ふぅ、と小さく息を吐くと、元就は切れ長の瞳を細める。
ふぅ、と小さく息を吐くと、元就は切れ長の瞳を細める。
黒石は斥候より伝えられた通り、白石は己が考え得る最善の策通り……巡らせた思考をそこで中断し、再び溜め息を吐いた。
此れが最善で無い事など、策を立てた己自身が良く知っている。
そして、足りない穴を埋める為の方策も。
そして、足りない穴を埋める為の方策も。
元就の指がまた緩やかに動き出し、地図の片隅に配置された白石に触れた。
皮手袋に包まれた細い指先が、その石をつまみ上げる。
皮手袋に包まれた細い指先が、その石をつまみ上げる。
不意にその影が揺らめいた。
「夜分遅くに申し訳有りませぬ。真田源次郎幸村、毛利元就殿に直々にお伝えしたき儀があって罷り越した」
夜闇に通る青年の声に顔を上げ、通すよう兵に目配せをする。
音もなく上げられた幕の向こうに、果たして告げられた名の通り赤揃えの青年が立っていた。
音もなく上げられた幕の向こうに、果たして告げられた名の通り赤揃えの青年が立っていた。
「あいすみませぬ。斯様な夜半に総大将の陣を訪れるなど、まこと無礼千万とは存じておりまするが……」
「前置きは良い。早々に用件を申せ」
「前置きは良い。早々に用件を申せ」
遮るように向けられた一言に幸村は別段気分を害した風もなく、もう一度すみませぬ、とだけ告げると、入り口を守る兵たちを下がらせた。
「明日の陣についてお願いしたき事がございまする」
その一言に、ぴくんと元就の肩が震える。
幸村はその様子に一瞬だけ悲しげな表情をするも、すぐに元の穏やかな笑みを浮かべ、とん、と地図の一点を指差した。
その両脇には睨み合う白黒の碁石、そして「関ヶ原」の三文字。
幸村はその様子に一瞬だけ悲しげな表情をするも、すぐに元の穏やかな笑みを浮かべ、とん、と地図の一点を指差した。
その両脇には睨み合う白黒の碁石、そして「関ヶ原」の三文字。
「貴様、我の策が気に入らぬと申すか」
「知将と名高い元就殿の考えらし見事な布陣、それがし不満などございませぬ。……只一点を除いては」
「知将と名高い元就殿の考えらし見事な布陣、それがし不満などございませぬ。……只一点を除いては」
射抜くような鋭い目線を物ともせず、幸村は握り締められた元就の右手を取った。
指の一本一本を慈しむように撫でさすり、やがてゆるゆると強張りを失った掌を開かせ、その内にあった物を先程指差した点に置く。
指の一本一本を慈しむように撫でさすり、やがてゆるゆると強張りを失った掌を開かせ、その内にあった物を先程指差した点に置く。
灯火の橙色を映す石に、六文銭がしっかりと描かれていた。
「……島津を配せば良かろう」
「島津殿は本多、井伊の両軍を抑えておりまする」
「なれば上杉を」
「上杉殿は政宗殿……伊達軍と相対して動けませぬ」
「なれば!なれば前田の小倅でも、小早川でも」
「……元就殿!」
「島津殿は本多、井伊の両軍を抑えておりまする」
「なれば上杉を」
「上杉殿は政宗殿……伊達軍と相対して動けませぬ」
「なれば!なれば前田の小倅でも、小早川でも」
「……元就殿!」
顔を逸らし珍しく声を荒げる元就に、幸村は再びその手に触れ、今度はきつく握り締めた。
「それがしとて武士の端くれ、戦術の心得はございまする」
「分かったような口を利くな小童が!」
「それがしは!元就殿のお力になりたいのでござる!」
「分かったような口を利くな小童が!」
「それがしは!元就殿のお力になりたいのでござる!」