元親は一瞬、予期せぬ質問に耳を疑った。
だが真摯な眼差しで答えを待っている家臣を見かね、とっさに頭に思い浮かんだ返事を返す。
だが真摯な眼差しで答えを待っている家臣を見かね、とっさに頭に思い浮かんだ返事を返す。
「そうだなぁ…俺、酒は結構好きだぜ?」
「…拙者は飲料ではなく、食物の好みを聞いているのでございます」
「っ…食べ物か…そうだな…食べ物…でも俺、食べ物は何でも美味しく食うから、
別に好き嫌いなんかねぇぞ?」
別に好き嫌いなんかねぇぞ?」
「それでは困るのです。
甲乙はつけ難うございましょうが、どうか食物の中で一番の好物を教えてくだされ」
甲乙はつけ難うございましょうが、どうか食物の中で一番の好物を教えてくだされ」
「うーん………あぁ、そういえば結構前に浜辺で鰹の大漁に出くわした時
身の表面だけあぶって食ってみたんだが、あれ美味かったな」
身の表面だけあぶって食ってみたんだが、あれ美味かったな」
「………………」
元親の言葉を受けると同時に、家臣は静かに両の襖を開け放つ。
襖の奥の大部屋に所狭しと整列し控えていた百人弱の毛利の槍兵や弓兵を見て、
元親は思わず息を飲んだ。
襖の奥の大部屋に所狭しと整列し控えていた百人弱の毛利の槍兵や弓兵を見て、
元親は思わず息を飲んだ。
「皆の物、長曾我部殿は初鰹を御所望だ…急ぎ調達せよ」
「「「「はっ、心得ましてござりまする!!!」」」」
早足ながらも隊列を崩すことなく次々部屋を出て外へ向かう兵士達を、元親は呆然と見送った。
やがて最後の兵の姿が見えなくなると、家臣は何事も無かったかのように再び廊下を歩き始める。
やがて最後の兵の姿が見えなくなると、家臣は何事も無かったかのように再び廊下を歩き始める。
「なっ…なぁ、まさかアイツ等、これから鰹を獲りに行くのか?」
「左様にございます。
夕刻までに必ずや長曾我部殿の好物を獲よとの、元就様の御命令なれば…」
夕刻までに必ずや長曾我部殿の好物を獲よとの、元就様の御命令なれば…」
だっ、だからって今から一個小隊総出で魚獲りかよ…。
毛利の奴…部下になんて目茶苦茶な命令出してやがるんだ。
毛利の奴…部下になんて目茶苦茶な命令出してやがるんだ。
元親はしばらくぽかんと立ち尽くしていた。
だがふと我に帰ると、自分に構わずどんどん先へと進んでいく毛利の家臣の背を慌てて追う。
だがふと我に帰ると、自分に構わずどんどん先へと進んでいく毛利の家臣の背を慌てて追う。
「…では、続いてはこちらの部屋へどうぞ」
ようやく追いついたかと思えば、毛利の家臣に勧められた部屋の中を見て元親は絶句する。
広い部屋の畳の上には、足の踏み場も無いほど沢山の女性の着物が敷き詰められていた。
さしずめ絢爛豪華な花の海…実に異様な光景だ。
ゆっくりと振り返った元親から視線で助けを求められ、家臣は再び重い口を開く。
広い部屋の畳の上には、足の踏み場も無いほど沢山の女性の着物が敷き詰められていた。
さしずめ絢爛豪華な花の海…実に異様な光景だ。
ゆっくりと振り返った元親から視線で助けを求められ、家臣は再び重い口を開く。
「…この中からどれでも気に入った打掛を一枚だけお選び下され」
「な………なんでそんな事……」
「全ては元就様の御命令なれば。
ちなみに、もし「どれも同じ」と適当に選ばれし時は…どうなるか分かっておいででしょうな」
ちなみに、もし「どれも同じ」と適当に選ばれし時は…どうなるか分かっておいででしょうな」
「……………」
元親は足元の打掛を踏みつけぬようおそるおそる室内に入ると、改めて周囲を見渡した。
赤、青、黄色、緑、桃色、水色、緋色、金、銀、橙、紫、白、黒、藍色…。
花柄や金糸銀糸に彩られた豪奢な打掛の数々が、容赦なく畳の上に打ち捨てられている。
赤、青、黄色、緑、桃色、水色、緋色、金、銀、橙、紫、白、黒、藍色…。
花柄や金糸銀糸に彩られた豪奢な打掛の数々が、容赦なく畳の上に打ち捨てられている。
ちくしょう、きらびやか過ぎて目が痛ぇよこの部屋………。
つか女の着物になんざ大して興味はねぇが、要は毛利に着せてみてぇ物でも選べば良いのか?
だが「どれでも」と簡単に言うが、この中から一枚だけを選ぶとなると一苦労だぜ。
つか女の着物になんざ大して興味はねぇが、要は毛利に着せてみてぇ物でも選べば良いのか?
だが「どれでも」と簡単に言うが、この中から一枚だけを選ぶとなると一苦労だぜ。
「………まっ…まぁ始めねぇ事には終わらねぇし、まずはやってみっか……」
元親はまず全ての打掛を一箇所に集めた。
次いで、出来上がった打掛の山の前に胡坐をかき…自身の好みに合う物を右へ、
好みに合わない物を左へと一枚一枚振り分けていく。
そして全ての打掛を振り分け終えた後、右に出来た打掛の山を再び自身の好みに一層合う物と
そうでもない物とに振り分けていく。
しばらくの間延々と同じ作業を繰り返した後、元親の手元には三枚の打掛が残った。
次いで、出来上がった打掛の山の前に胡坐をかき…自身の好みに合う物を右へ、
好みに合わない物を左へと一枚一枚振り分けていく。
そして全ての打掛を振り分け終えた後、右に出来た打掛の山を再び自身の好みに一層合う物と
そうでもない物とに振り分けていく。
しばらくの間延々と同じ作業を繰り返した後、元親の手元には三枚の打掛が残った。