武蔵は、肩で息をした。
比類なき速さと強さを持つという、かの軍神・上杉謙信と剣を交えようと思い上杉領に
殴りこんだ彼は、文字どおり「謙信のつるぎ」と対峙していた。
「あの方に、指一本触れさせてなるものか!」
謙信のつるぎ、美しいくノ一はそう言い放つと、とどめと言わんばかりに手のひらに
力を込め、光が凝縮してかたちを成したかのような、輝く手裏剣状のものを放つ。
「うおっまぶしっ!」
武蔵はそれを、両手に持った櫂でなんとか防御した。
くノ一、――かすがは強かった。
謙信を守るのだという思いが体全体に満ちていて、それが彼女をここまで強くするのだろう、
と武蔵は直感する。
そのとき、少し離れた場所から闘いの様子を見つめていた謙信が一歩歩み寄って口を開いた。
「むさしとやら。かちめなどありませんよ、おひきなさい」
悔しいが真実だ。それに闘いは長引きすぎていた。
「言われなくてもスタコラサッサだぜぇ」
武蔵は言うと、かすがに背を向けた。
と、敗走しようと足を踏み出す間もなく、体が何かにぶつかった。
見上げるように目を見開けば、迷彩柄の忍装束を身につけた赤毛の男が、ほうきを手に持ち、
軽薄そうな表情で笑っている。
「お前はっ!」
背後のかすがが声を荒らげた。
武蔵が口を開く前に、男は彼の両手の櫂を取り上げて言う。
「いい櫂だな、少し借りるぜ」
言うや否や、かすがに向かって駆け出す男の背を、武蔵は眺めることしかできない。
忍同士の闘い。
彼らは体をしなやかに弾ませると、空中へと跳んだ。いや、「飛んだ」と表現するのが
適切かもしれなかった。
人外の能力としか言いようのない跳躍であった。忍のすること、何でもあり――というやつで
ある。
手裏剣と苦無のかち合う音が、鋭い閃きとともに上空を彩る。
打々発止、見事としか評することのできぬ忍の円舞に、謙信は酔うような声で言った。
「あなや……あのしのび、おちながらたたかっています!」
仰いで耳をすませば、忍の男――猿飛佐助は剣戟の合間に、
「ねえ、かすがー。俺と一緒に里に帰らない?」
などとしつこく声をかけている。
落ちながら闘い、落ちながら口説いている。
さすがは忍、と武蔵は思っていた。
「うるさい! お前の顔は見たくないと言ってるのが分からないのか!」
「きっついなー、やれやれ」
着地した両者は獲物を構えながら、そう言葉を交わす。
張りつめた空気の中で、武蔵ははっとした。
「おいっ!」
佐助の顔を睨んで怒鳴る。
「おめー、おれさまの武器をどこにしやがったんだ!」
「え? あ、あー……えーと、どこにしたっけ?」
詰め寄られた佐助は、どこかにあるはずなんだと言うように忍装束の中をぱたぱたと探り、
首をかしげながら最後に武蔵の顔をすまなそうに見た。
「おめー、なんのつもりだ、このすっとこどっこい! ばーか! このニンジャ……えーと、
――ニンジャ868号!」
「ホームラーーーーーン!!」
まるで実写映像のような美しい春日山の背景に、佐助の声が響いた。
比類なき速さと強さを持つという、かの軍神・上杉謙信と剣を交えようと思い上杉領に
殴りこんだ彼は、文字どおり「謙信のつるぎ」と対峙していた。
「あの方に、指一本触れさせてなるものか!」
謙信のつるぎ、美しいくノ一はそう言い放つと、とどめと言わんばかりに手のひらに
力を込め、光が凝縮してかたちを成したかのような、輝く手裏剣状のものを放つ。
「うおっまぶしっ!」
武蔵はそれを、両手に持った櫂でなんとか防御した。
くノ一、――かすがは強かった。
謙信を守るのだという思いが体全体に満ちていて、それが彼女をここまで強くするのだろう、
と武蔵は直感する。
そのとき、少し離れた場所から闘いの様子を見つめていた謙信が一歩歩み寄って口を開いた。
「むさしとやら。かちめなどありませんよ、おひきなさい」
悔しいが真実だ。それに闘いは長引きすぎていた。
「言われなくてもスタコラサッサだぜぇ」
武蔵は言うと、かすがに背を向けた。
と、敗走しようと足を踏み出す間もなく、体が何かにぶつかった。
見上げるように目を見開けば、迷彩柄の忍装束を身につけた赤毛の男が、ほうきを手に持ち、
軽薄そうな表情で笑っている。
「お前はっ!」
背後のかすがが声を荒らげた。
武蔵が口を開く前に、男は彼の両手の櫂を取り上げて言う。
「いい櫂だな、少し借りるぜ」
言うや否や、かすがに向かって駆け出す男の背を、武蔵は眺めることしかできない。
忍同士の闘い。
彼らは体をしなやかに弾ませると、空中へと跳んだ。いや、「飛んだ」と表現するのが
適切かもしれなかった。
人外の能力としか言いようのない跳躍であった。忍のすること、何でもあり――というやつで
ある。
手裏剣と苦無のかち合う音が、鋭い閃きとともに上空を彩る。
打々発止、見事としか評することのできぬ忍の円舞に、謙信は酔うような声で言った。
「あなや……あのしのび、おちながらたたかっています!」
仰いで耳をすませば、忍の男――猿飛佐助は剣戟の合間に、
「ねえ、かすがー。俺と一緒に里に帰らない?」
などとしつこく声をかけている。
落ちながら闘い、落ちながら口説いている。
さすがは忍、と武蔵は思っていた。
「うるさい! お前の顔は見たくないと言ってるのが分からないのか!」
「きっついなー、やれやれ」
着地した両者は獲物を構えながら、そう言葉を交わす。
張りつめた空気の中で、武蔵ははっとした。
「おいっ!」
佐助の顔を睨んで怒鳴る。
「おめー、おれさまの武器をどこにしやがったんだ!」
「え? あ、あー……えーと、どこにしたっけ?」
詰め寄られた佐助は、どこかにあるはずなんだと言うように忍装束の中をぱたぱたと探り、
首をかしげながら最後に武蔵の顔をすまなそうに見た。
「おめー、なんのつもりだ、このすっとこどっこい! ばーか! このニンジャ……えーと、
――ニンジャ868号!」
「ホームラーーーーーン!!」
まるで実写映像のような美しい春日山の背景に、佐助の声が響いた。
890  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ sage 2006/10/01(日) 17:12:48 ID:jl+9mrwR
という夢を見たんじゃがのう、と信玄は言った。
「は、はあ……」
正座してそれを聞いていた幸村は、わけがわからないというような相槌を打っている。
違う世界観に触れた戸惑い、とでも表現すればいいのだろうか。
「…………」
信玄の傍らにある、赤と青の極彩色が眩しい餅のような物体が、幸村の感じる違和感を
さらに煽るようだった。
黙ったまま信玄の話を聞いていた佐助は、重々しく口を開いた。
「妙な電波を受信したんじゃないんですかね?」
「電波……とな」
信玄が興味深そうに身を乗り出し、詳しく申せというように目を動かす。
「大将の、その飾り兜の角。まるで受信塔のように見えませんか?……そしてこの家紋、
武田菱。大将が奇妙な言動に及ぶとき、いつもこのふたつが存在します」
「いや、佐助。存在しますもなにも、兜に角と武田菱があるのはいつものこと――」
「我々はとんでもない思い違いをしていたのかもしれません。
いつだったか、大将と旦那が武田菱を額に浮き上がらせて、離れた場所から意思の疎通を
したことがありました。俺はそれを、熱血漢同士がよくする、少年漫画的な表現にすぎない
と思ったものです。が……それこそが大変な勘違いだったんですよ」
ごくり、と喉を鳴らせて、信玄が言う。
「と、いうと?」
「飾り兜の角が電波を受信するための受信塔だとするならば、額に浮き上がる武田菱は
電波を配信するための回線の端子に他ならないということです!」
「な、なんだってー(ry」
信玄は立ち上がり、そう叫んだ。叫んでから、はっとした表情で佐助を見る。
「い、今のは……? 口が勝手に動いて、声を出してしまったが……」
「電波です、電波を受信したんですよ」
確信したように言う佐助は次の瞬間、息を飲んだ。
信玄の額には、煌々と赤い光を放つ、武田菱が浮かび上がっていた。
「大将。そ、それは……」
「お、お館様!?」
「こ、こここ……こ……」
熱に浮かされたような顔で、信玄は意味の分からぬ声を発し始めた。
電波だ、電波を受信している!
幸村を見れば、彼もまた額に赤い光を浮かべ始めていた。信玄の電波が配信されているのだろう。
これから何が起こるのか。
目の前で起こっている奇妙な現象を前に、佐助は心臓を高ぶらせて手のひらを握り締めた。
やがて、身ぶるいしながら信玄は言った。
「こ、こ……湖衣姫萌え――――っ!!」
「Ride on! Ride on!」
という夢を見たんじゃがのう、と信玄は言った。
「は、はあ……」
正座してそれを聞いていた幸村は、わけがわからないというような相槌を打っている。
違う世界観に触れた戸惑い、とでも表現すればいいのだろうか。
「…………」
信玄の傍らにある、赤と青の極彩色が眩しい餅のような物体が、幸村の感じる違和感を
さらに煽るようだった。
黙ったまま信玄の話を聞いていた佐助は、重々しく口を開いた。
「妙な電波を受信したんじゃないんですかね?」
「電波……とな」
信玄が興味深そうに身を乗り出し、詳しく申せというように目を動かす。
「大将の、その飾り兜の角。まるで受信塔のように見えませんか?……そしてこの家紋、
武田菱。大将が奇妙な言動に及ぶとき、いつもこのふたつが存在します」
「いや、佐助。存在しますもなにも、兜に角と武田菱があるのはいつものこと――」
「我々はとんでもない思い違いをしていたのかもしれません。
いつだったか、大将と旦那が武田菱を額に浮き上がらせて、離れた場所から意思の疎通を
したことがありました。俺はそれを、熱血漢同士がよくする、少年漫画的な表現にすぎない
と思ったものです。が……それこそが大変な勘違いだったんですよ」
ごくり、と喉を鳴らせて、信玄が言う。
「と、いうと?」
「飾り兜の角が電波を受信するための受信塔だとするならば、額に浮き上がる武田菱は
電波を配信するための回線の端子に他ならないということです!」
「な、なんだってー(ry」
信玄は立ち上がり、そう叫んだ。叫んでから、はっとした表情で佐助を見る。
「い、今のは……? 口が勝手に動いて、声を出してしまったが……」
「電波です、電波を受信したんですよ」
確信したように言う佐助は次の瞬間、息を飲んだ。
信玄の額には、煌々と赤い光を放つ、武田菱が浮かび上がっていた。
「大将。そ、それは……」
「お、お館様!?」
「こ、こここ……こ……」
熱に浮かされたような顔で、信玄は意味の分からぬ声を発し始めた。
電波だ、電波を受信している!
幸村を見れば、彼もまた額に赤い光を浮かべ始めていた。信玄の電波が配信されているのだろう。
これから何が起こるのか。
目の前で起こっている奇妙な現象を前に、佐助は心臓を高ぶらせて手のひらを握り締めた。
やがて、身ぶるいしながら信玄は言った。
「こ、こ……湖衣姫萌え――――っ!!」
「Ride on! Ride on!」
おわり 湖衣姫にRide on萌え