――置かれた状況を把握しようと、元就は努めて息を整え、まず室内を改めて観察した。
一人寝には、二人にでも広すぎるほどの部屋。四隅と、それらと揃いの灯篭が全部で五つ。美しく描かれた四霊獣。
床の間には掛け軸の代わりに西洋画が飾られていた。歌っているのかうっとりを目を閉じ口を開け、均整のとれた裸身の
前で手を合わせている。けれど、その女の下半身は鳥そのものだった。女の周りには海。
長く波打つ金色の髪が荒れる海に溶け込むように浸り、暗雲を背に船が沈んでいた。不吉な、しかし貴やかな絵。
海に出る者の屋敷に飾る図柄ではないのではないか、あの妖はどこの異国のものか、
と問いたいが、それどころではない雰囲気に元就は焦れる。
霊獣といい、絵画の妖女といい、この部屋はこの世ならざる者の住処のようだ。
そういえば今元就に迫る男も自他共に鬼と呼ばれている。それでは鬼がこの地の君臨者として数多の妖を従えているつもりなのか。
男の周囲の床に女物の装飾品が散らばり、無造作ににじり寄る膝に砕かれてしまいそうだ。せっかく美しく生まれ出て来れたのに。
元就は瞳を彷徨わせる。褐色の厚い硝子で出来た瓶には甘い香りの酒が入っているようだ。
転がる飾り物の中に、並んで蝶を模した物と、赤い花のものがある。螺鈿で出来た白い蝶の髪飾りと、椿の髪飾り。
こうであって欲しいと元就が願う亡き兄の魂の化身。ぼろりと首から一息に落ちて朽ちる血色の冬の花。寒々とした景色が浮かぶ。
求める温もりは、――今は、過ぎた熱さで今朝まで見知らぬ人物だった男から与えられていた。
一人寝には、二人にでも広すぎるほどの部屋。四隅と、それらと揃いの灯篭が全部で五つ。美しく描かれた四霊獣。
床の間には掛け軸の代わりに西洋画が飾られていた。歌っているのかうっとりを目を閉じ口を開け、均整のとれた裸身の
前で手を合わせている。けれど、その女の下半身は鳥そのものだった。女の周りには海。
長く波打つ金色の髪が荒れる海に溶け込むように浸り、暗雲を背に船が沈んでいた。不吉な、しかし貴やかな絵。
海に出る者の屋敷に飾る図柄ではないのではないか、あの妖はどこの異国のものか、
と問いたいが、それどころではない雰囲気に元就は焦れる。
霊獣といい、絵画の妖女といい、この部屋はこの世ならざる者の住処のようだ。
そういえば今元就に迫る男も自他共に鬼と呼ばれている。それでは鬼がこの地の君臨者として数多の妖を従えているつもりなのか。
男の周囲の床に女物の装飾品が散らばり、無造作ににじり寄る膝に砕かれてしまいそうだ。せっかく美しく生まれ出て来れたのに。
元就は瞳を彷徨わせる。褐色の厚い硝子で出来た瓶には甘い香りの酒が入っているようだ。
転がる飾り物の中に、並んで蝶を模した物と、赤い花のものがある。螺鈿で出来た白い蝶の髪飾りと、椿の髪飾り。
こうであって欲しいと元就が願う亡き兄の魂の化身。ぼろりと首から一息に落ちて朽ちる血色の冬の花。寒々とした景色が浮かぶ。
求める温もりは、――今は、過ぎた熱さで今朝まで見知らぬ人物だった男から与えられていた。
元就とて、恋情を全く理解出来ぬわけでも否定しているわけでもない。
むしろどちらかと良いものだという認識だ。
溺れて生活をないがしろにしたり、嫉妬やら贔屓やらに狂って人生を駄目にする人物を見ては侮蔑してきたが。
しかし、彼女は周囲の人間――妹や兄夫婦の、穏やかで優しく恋い慕いあう姿を見て育ったのだ。
育ててくれた義母も、時折ぽつぽつと父への想いを語っていた。暖かった。
むしろどちらかと良いものだという認識だ。
溺れて生活をないがしろにしたり、嫉妬やら贔屓やらに狂って人生を駄目にする人物を見ては侮蔑してきたが。
しかし、彼女は周囲の人間――妹や兄夫婦の、穏やかで優しく恋い慕いあう姿を見て育ったのだ。
育ててくれた義母も、時折ぽつぽつと父への想いを語っていた。暖かった。
少女から女へと変わる狭間で、妹は泣いた。もう子供ではいられないと。
元就も戸惑った。母性の象徴であるはずの丸い胸は、だけれど膨らむ過程で怖いくらいに痛んだのだ。
知らぬ間に体内にしこりが出来て何もせずとも痛み、それが消えるくらいに育った頃には、もう子供の頃の
衣服は着られなくなった。もしかして、顔も覚えていないくらい遠い記憶の母が着付けてくれたものかもしれないのに。
元就も戸惑った。母性の象徴であるはずの丸い胸は、だけれど膨らむ過程で怖いくらいに痛んだのだ。
知らぬ間に体内にしこりが出来て何もせずとも痛み、それが消えるくらいに育った頃には、もう子供の頃の
衣服は着られなくなった。もしかして、顔も覚えていないくらい遠い記憶の母が着付けてくれたものかもしれないのに。
早く大人になりたかった。愛する家族を永遠に保つための大きな力を持つ者に。
大人になどなりたくなかった。ずっと父母や兄の庇護の元に、弟妹と笑いあっていたかった。
生じる矛盾はすべて自分の幼さと直結している。腹立たしい事だが、元就にはこれ以上どうしていいのかわからない。
大人になどなりたくなかった。ずっと父母や兄の庇護の元に、弟妹と笑いあっていたかった。
生じる矛盾はすべて自分の幼さと直結している。腹立たしい事だが、元就にはこれ以上どうしていいのかわからない。
けれど妹は女になれた。愛しい殿御の支えになって、癒せる存在になれるならこんな幸せな事はないと言って。
孵化を遂げた蝶のようだ。清い純白の蝶。
元就だけ無様な芋虫のまま、必死に生れ落ちた葉に縋りついている。
望んだ事だが、どうせ虫の類ならば蟷螂のような強いものがよかった。似ているのはただ細長い手足と尖った顎だけで、
自分は武器がなければこんなに無力なのだ。両手を握りこんでくる男の手を振り解けない。
(いや――、そもそも、何故この男は我に――妻…?になれと言うのか)
美しいものを愛すればこその海賊だろうに。だからどうして男が、よりにもよって自分を欲しがるか理解出来ない。
惚れた。恋心を示す言葉。自分をやるから交換で我が身を、と欲する男。
輝く太陽の写し身のようなこの男ならば、いかなる美女も容易く手に入れられるだろうに、何故我だ。
孵化を遂げた蝶のようだ。清い純白の蝶。
元就だけ無様な芋虫のまま、必死に生れ落ちた葉に縋りついている。
望んだ事だが、どうせ虫の類ならば蟷螂のような強いものがよかった。似ているのはただ細長い手足と尖った顎だけで、
自分は武器がなければこんなに無力なのだ。両手を握りこんでくる男の手を振り解けない。
(いや――、そもそも、何故この男は我に――妻…?になれと言うのか)
美しいものを愛すればこその海賊だろうに。だからどうして男が、よりにもよって自分を欲しがるか理解出来ない。
惚れた。恋心を示す言葉。自分をやるから交換で我が身を、と欲する男。
輝く太陽の写し身のようなこの男ならば、いかなる美女も容易く手に入れられるだろうに、何故我だ。




