『肉体の悪魔』(にくたいのあくま、原題:Le Diable au corps、直訳で「体の中の悪魔」または「肉体に憑いた悪魔」)は、フランスの天才作家レーモン・ラディゲ(レイモン・ラディゲ、1903–1923)が16歳から18歳にかけて執筆し、1923年に20歳で出版した処女長編小説である。
概要
出版の年の末に腸チフスで急死したため、この作品は彼の生涯で最も重要な遺産となり、20世紀フランス文学の古典の一つとして位置づけられている。原題の「Le Diable au corps」は「魔に憑かれて」という意味合いが強く、邦題の「肉体の悪魔」はその衝撃的なイメージを強調した訳である。物語は第一次世界大戦中の1917年頃のパリ近郊を舞台に、15歳の少年「僕」が語り手となって展開する。夫が出征中で留守の人妻マルト(19歳)と出会い、互いに惹かれ合い、肉体関係に溺れていく過程が描かれる。戦争という異常な時代がもたらす非日常の空気、銃後の人々の高揚感と退廃、少年の激しい嫉妬と独占欲、マルトの夫への罪悪感と情熱の間で揺れる心理が、冷徹で鋭い筆致で解剖される。ストーリー自体は不倫という古典的な題材だが、ラディゲの視点は徹底して少年の一人称に限定され、相手の内面を推測しつつも決して深く踏み込まず、すべてを「僕」のエゴと衝動のフィルターを通して描き出す点に独特の残酷さと魅力がある。この小説の最大の特徴は、ラディゲが極めて若い年齢で到達した心理描写の精度と文体の硬質さにある。ロマンチックな陶酔や感傷を一切排し、少年の愛情が実は強烈なエゴイズムと肉体的衝動の産物であることを、仮借なく暴き立てる。マルトへの「愛」は純粋なものではなく、所有欲、嫉妬、復讐心、退屈しのぎの遊びが混じり合い、結局は相手を破壊する方向へ向かう。戦争という大義が崩壊した時代に、個人レベルの倫理も崩れ、ただ「肉体に憑かれた悪魔」が暴走するさまが、ダイヤモンドのように冷たく輝く文体で綴られる。桜庭一樹が評したように、この作品は「青春モラトリアム小説の元祖」であり、理不尽な世界で成熟できない若者の苦しみを、勧善懲悪や成長譚ではなく、むき出しのリアルで描き出した点で画期的だった。ラディゲ自身がモデルとなった女性との関係を基にしているとされつつも、彼は「すべてフィクション」と主張した。自伝的要素は否定できないが、それを客観的に突き放す視点が、作品の冷徹さを生んでいる。出版当時からスキャンダラスな話題を呼びベストセラーとなり、コクトーらの支援もあって一躍有名になったが、作者の早すぎる死によって神話化された。映画化も複数回されており、特に1947年のクロード・オータン=ララ監督版(ジェラール・フィリップ主演)は名作として知られる。