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ダブル・デート

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匿名ユーザー

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ダブル・デート ◆MobiusZmZg



 右足を前に投げ出す。
 足の裏が大地をたたいた瞬間、世界が揺れて重心の移動しか考えられなくなる。
 なかば無意識に左足を踏み込む刹那、重心とともに世界の軸に揺り戻しがかかる。
 前のめり気味の疾走。戦闘に最しての体力だけは残して、一切の計算を排した代わりに全力を尽くすキャットの背後で、幅広のリボンで縛っている髪が引っ張られるようになびいていた。
 後ろ髪をひかれてもなお、彼女は止まらない。ここで立ち止まる選択を自らに許さない。

 間に合え。
 間に合わせてみせる。
 手を差しのべてくれた彼のもとに、届いてみせる。

 一歩を踏み出すごとに、胸中で渦を巻く一念こそが肯定される。
 徐々に硬くなる筋肉の躍動。どうしても浅くなる鼓動。縮まらない距離へのいらだち。
 種々の弱い考えを弾き飛ばして、いま、キャットは走り続けることを選んだ。
 全力を尽くしても報われることがない現実など、日常を生きていれば嫌でも思い知ることだ。
 だが、全力を尽くさない者に対して天運のほうが向くことなどあり得ない理も身に染みている。
 ときのバレンヌ帝が命さえ賭して死の運命に抗ったさまは、街の裏側に住まう者の記憶にも新しい。

 だから、キャットはこの選択を悔やまない。
 もしも、シーフ仲間のフェレットから風の術法を学んでいたら。自分は天より風が導く祝福の光をもって、風のように疾くシエロのもとへ駆けつけられていたのかもしれない。
 もしも、ビーバーから水術を教わっていれば。自分は龍脈から新たな力を得ていたかもしれない。
 もしも、もしも帝国の術法研究所から、一枚の羊皮紙でもかすめとっていたなら。
 もしも、もしも。“もしも”の続きを考えるまでに、十数歩は前に進むことが出来る。
 そうと気付いてからは、裏路地を駆けてきた両足と、履き慣れたサンダルとが得難い宝に思えた。
 会ったばかりのシエロが命を落とす未来を悩んでいる自分の、馬鹿さがいとけなくなった。

 だからというわけでもないけれど、ああ……どうか。
 どうか自分がたどり着くまで、シエロがそこで、生きていてくれますように。
 呪文で世界に変化を促す術法さながら、彼女の思いは、青年につよく生を強要していた。



【 - Out of My Way - 】




 モンスターハンター。
 飛竜種をはじめとした他者を狩ることで、生計を立てる者。
 狩りそのものにかかる時間は数時間というところであっても、ときに数日をかけてベースキャンプに腰を据え、準備を行えるような者。相手の生態を見極め、巣穴への道や地形の様子を知り尽くし、狩るべき者に追い詰められた際の逃げ道さえも頭の中に置いておける者。
 最終的にして長期的な生存を引き寄せるためならば、待ちに入ることをためらわない人種。
 桁違いの大物を相手どり、芯から生活のために剣を振るう狩人は、夕凪にあって金の髪を乱した。
 肩口から体を落とし、剣の間合いの内側にと地面を転がった彼の最大の武器は根気と堅実さ。
「っ、と」
 そして、とくに前転における身ごなしの軽さと柔軟性である。
 右半身から左へ流れた袈裟切りをかわした前転、そのつま先が地面に接した瞬間。彼は、左足の内側に力を込めていた。返す刀の、天を衝かんばかりの切り上げ。前転し終えたシエロの左半身を両断しかねなかった一閃は、青年が右へ一歩軸をずらしたために空を切る結果に終わる。
 剣閃の直後、もう一度前転を重ねたシエロは起き上がりざまに剣を振り上げた。
 相手の左半身から天を目指す一撃は、しかし、引き戻された相手の刃にいなされる。その結果を惜しむこともなく、シエロはさらに横に身を転がして脇を締めた剣士との鍔迫り合いを回避した。

「並の人間ならば、この一合にと欲を張って力はてるものを。
 剣戟を避けて生まれた隙を埋めるべく、みずから泥を被ること七合――」

 ずいぶんと諦めの悪いことだ。
 刀を脇に構えて間合いをはかる侍は、業を煮やすとは程遠い語調で言葉をつむいだ。
 E・シズカ。頭頂でまとめた長い髪どころか、着衣にすら土ぼこりのひとつも寄せ付けない、暁がごとき風情の少女。彼女は、猛々しさを沈めた凛々しさの底から、わずかな興味をのぞかせている。
 はじめに刃を合わせた際の言葉どおりに、相手は敵とさだめた自分に興味を抱いている。
「たとえ片足分でも、飛竜の突進をまともに受ければ終わりだからね」
 そうと信じて、シエロはうそぶいてみせた。
 意図的な諧謔味を込めた言葉つきには、白々しさと明るさがないまぜになって顕れる。
「竜?」下手な演技を意に介することなく、シズカは笑みを深めた。「我流の剣なれば、狩人か」
「モンスターハンターと言って欲しいな」
 笑みのなかで、少女の双眸がぎらつく。そこへ沈んだ戦意を見て取った直後に、シエロは生肉の罠よろしく固有名詞をぶつけてやった。
 飛竜種との闘いにおいても、人との付き合いにおいても、肝要なのは呼吸を読むこと。いかに相手の気を引いて、得意な分野に持ち込むかだ。些細なズレを言葉というかたちで顕にしてやることで、自分の稼業、ひいては剣の取りまわし方に対してシズカが食いつき、問いが続くのならそれでよし。

「なんにせよ、お前の剣は生きあがくことを躊躇わぬ。なればその二刀も飾りではあるまい」

 続かないなら――それも仕方がない。
 仲間の帰還まで、シエロはいかな手を使っても持ちこたえる腹積もりだった。

「きみには、ナイフとフォークが剣に見えるのかい?」
「少なくとも、食事のかなう大きさではあり得ないな」
「携帯食料をかじりながら竜を相手にするなんて、日常茶飯事だけど……」
 かぶりを振って、彼はシズカから視線を外した。無造作に一歩を踏み出して、剣の間合いから離れる。
 その先で拾い上げたのは、地面に投げ落としてたデイパック。狩りの際にも携行できればさぞかし便利であろう、容量にかぎりがないとみえる背負い袋であった。
 大きく口を広げたバッグを鞘と見立てて、青年は連合軍とやらの剣をしまいこむ。
「ここでごまかしても意味は無いな。そう。きみの言うとおり、背中のこれも立派な武器さ。
 シエロツール。伝説の食通ムッシュ・シエロ、ぼくと同じ名前をもつひとの“食事道具”らしい」
 口を休めることなく、ザックを探るシエロは首をかしげてあごをつまむ。「どこにあったろうか」と言わんばかりに間を持たせた彼が取り出したのは、ちいさな麻の袋だった。
 その指には、子どもの宝物を思わせてちいさな輝きがつまみ取られている。
 暮れる陽を透かしている、それは長方形に切り取られた飴のひと粒。
「焦らしときたか。剣の冴えを持ちながら、古典的な小細工にも程があるぞ」
「細工でもしないときみには勝てない。それにたかが菓子のひとつ、なんてバカにしちゃいけないよ」
 まずもって、双剣を抜くことを期待していたのだろう。
 憮然としたシズカの前で、彼は糖分の結晶を口のなかにほうってみせる。
「重たい料理のあと、スパイスの利いた飴や薬草酒を楽しんで胃を動かしてやる……。
 もともと、甘い菓子は貴重なんだ。街のハンターや貴族の間じゃ、これが最上級のぜいたくらしいね」
 袋を腰の左側にと結わえる青年の鼻を、ひどく鋭角なスパイスの香りがつく。
 柑橘類で作られた飴を噛み砕くにしたがって、その香りと女性の表情とがかき消えていった。
「畢竟――」
 硬く涼やかな声質を、ふるえとともに抑えた響きは、地の底からのそれにも近い。
 シズカに水入りと憤りをもたらしたのは、たかが飴ひと粒。続けてシエロが口にしたのは、《異次元》における食文化の概説。闘いを前提におかなければ、与太としかいいようのない雑談である。
「お前の“食事”は終わったとでも?」
 だが、ひどく瑣末な要素の堆積を前にして怒りを示せる感性こそが、彼女の強さを支える柱だった。
 悠々と飴を飲み込んでいられる青年の無神経を、意図したものだと感じ取れる冷静さ。事ここに至ってなお、脇に流した刀を握る指先にまで神経をかよわせることのかなう繊細さ。
 腰を定めていなかったにも関わらず、美と強靭が両立していた剣戟がまぐれでないことを、シズカはただそこに立っているだけで他者へと伝えることがかなっている。
「まさか」むろん、シエロも例外ではない。デイパックから彼女に向き直った双眸には、硬質な輝きが宿っている。「魚は食べたけど、これじゃお互い食い足りないだろ?」
 振り落とされても拭われてもなお、少女が携える鬼切りの刀には血あぶらが光っていた。
 滲み込むぬめりに戦慄を感じる自分を否定することなく、シエロは背中に背負った得物へ手を伸ばす。

「ここで納得がいくまで戦わないことを選んだら、次はぼくを戦わせようとするよね。
 キャットか、あるいはキミコたちを利用するか。そもそも、相手はぼくでなくてもいいだろうな」

 なんにしても、戦いが好きでもない者を相手に、そんなことをさせるわけにはいかないさ。
 気障ったらしいにも程がある台詞の代わりに、青年は抜刀の動作をもって時間稼ぎを締めくくる。
 夕凪のなか、左のフォークを腰だめに右のナイフを青眼に。切っ先から延長線を引けば緩やかに十字をなすだろう食事道具。幾体もの竜をさばいた金属の冴えが、月白にさえかないろどりを添えた。
 さりとて彼の構える動作を目の当たりにした、シズカ――。
 双剣での戦い方を見ることを望んだ者の側こそが、刹那、瞳に失望をにじませる。
 彼女の気持ちも、分からないわけではない。正統的な二刀流ならば、利き手でないほうの武器を逆手に持って受け流しの補助とするなどと、王国の騎士からは耳にしたものだ。
 不恰好な構えであると、誰よりも知っているシエロは、すでに踏み出した少女に向けて苦笑を返す。
「……竜を相手にするなら、二つの武器で強さも二倍にしなきゃ身が持たないんだ」
 甘さの余韻も失せた口の中に押し込めた言葉には、むろんのこと目の前の相手も該当した。
 たとえば、いま放たれようとしている青眼の構えからの袈裟切り。腰が据わった一撃をナイフで受け流し、フォークでもって肉を突き刺す。あるいは刀にフォークの三ツ又を噛ませて、ナイフでそぎ切る。
 相手の剣閃を遮二無二かわしながら想像してみた剣戟は、シエロにはどうしても出来ないものだった。
 体が大きいだけに攻撃も大味な竜どもを相手にし、生活をしていく過程において、彼は繊細な技術というものを捨てている。一撃が致命となる竜から生を勝ち得るためならば、ときに「もう一撃」と欲を張ることをあきらめ、躊躇なく全身を地面に投げ出す。そんな姿勢には、もちろん変化などない。


 だが、E・シズカと名乗った少女は、竜並みに強くとも竜ではなかった。


 ただそれだけで、シエロにはモンスターハンターとしての自分が剣士としては通用しないと分かる。
 相手どるは、生来の強さの上に、生物の大半が無意識に発散するだけの美を意識的に積み上げた武芸家。広い世界にあって、なおも「自分には剣の一本しかない」との思いを突き詰めることの出来た者。
 ただ日々をすごすだけでいいはずの生活に、生活以上のものを賭けることが出来てしまった人間。
 そんな人種が最も得意とする舞台においては、自分がかなうことなどないと分かってしまう。

 生きるためだけに爆弾や罠まで作り出し、剣以外を利用してきたシエロの剣では、勝てない。
 剣だけで身を支えてくるのことのかなったE・シズカには、勝ちようがない。

 だが、たとえそうであっても……構うものか。
 海風がおさまり、夜の陸風もいまだ吹き抜けることのない、この瞬間。
 風凪ぎの夕刻にこそ、シエロは、《モンスターハンター》はすべてを賭けると決めていた。
 当たりさえすれば左鎖骨から股間までを斬り下げにいくだろうシズカの一閃に対して、青年は左足を強く踏み込んだ。そこから繰り出すは剣の舞い。跳躍しつつ背中を向けての一回転、人や竜を相手どっては『荒業』との形容が相応しい動作に追随する双剣で、相手の右腰から左の鎖骨を切り裂く大技である。
 下手を打てば隙を晒すだけとなろう、この技の軸は回転だった。それにあたって、踏み出した足がシエロの体を半身にする。ひねりを加えた腰が上半身を引っ張って持ち上げ、袈裟から返してなお斬り下ろさざるを得ない二の太刀を回避させる。縦横に大きな動きと多段攻撃が、シズカをして受け流しを諦めさせた。
 つねの狩猟においては回避と同時に斬撃を押し込み、翼膜や頭部を切り裂く――。

「愚かな」
 剣戟を飛びすさって回避したシズカは、前方を睨んで失望を隠さぬ吐息をもらした。
 彼女の視界に広がるものは、空中において無防備にも背を向けている、シエロの舞いだった。
 荒削りであろうと泥臭かろうと、荒々しいなかにきらりと光るものが感じられる剣筋であった。
 おそらくはシエロの剣自体ではなく、その『光』こそを断ち切るべく、彼女は踏み込んだ。斬り下ろしの直後、飛びのく動作につれて泳いでいた刀身を脇に流しつつ、踏み込むことを認めざるを得なかった。


 光るもの。
 いかな欠点があろうと、それがあるだけですべてが赦されてしまうもの。
 不可視であるというのに、それがあるという感覚だけは疑われることなどないもの。

 その光に抗うかのように、斬り上げでシエロを捉えんとしたシズカ。
 彼女自身の剣にも、むろんのこと、光はある。今までおのれの剣に、ひいてはおのが性分に付き合ってきた侍自身こそが、自負とともに認めている。
 しかし、それは胃液を吐くほど研鑽した果てに手にしたものだ。短くない年月のうちに技を身につけて、剣を振るうことでしか磨けない呼吸を刻んで、その果てに見出すことのかなったものだ。
 ある意味では個性とも、自分自身ともいうべき、この“光”。
 これがあると自身が実感するからこそ、茨の道を邁進することのかなった、


 とても、とてもたいせつなものだ。


 その輝きをいま、この、剣士でもない青年が――。
 自分が生きるには剣しか無いとまで思い込みきれていない、《モンスターハンター》ごときが。
 この瞬間、まったくと無防備に。自身の得意とする剣の世界できらめいてみせた現実が許せない。

 きらりと光るものをシエロに認めたからこそ、シズカには、彼のすべてを赦せなくなった。
 波にも似た刃の紋を滑っていく青年の影。骨の太さ以上に肉の厚い、戦士の体とは異質な出来上がり方をしている肉体。竜の攻撃を受けるのではなく避けるためにある軽装は、肉体の線を隠さない。
 肩当てと心臓部だけを覆った部分鎧の下で、脈動しているシエロの、きらめきを隠し得ない。

「――だのに!!」

 斬り上げに応える、シエロの、剣はなかった。
 片手剣を扱う際にも見せた斜め前への前転が、究極的には線でしかないシズカの一閃を――。
 相手が正面から受け止められるだけのタメを置き、その代わりに全力で、腰を据えて放った剣戟を避けている。
 そればかりか青年は、斬り上げの軌道上に余計なものを残しさえしていた。
 飴が入っていたらしい麻の袋。全力での戦いに価値を置くこともなく口にしていた甘い、甘い世界の体現。剣を扱う際にみせた光るものへの未練など微塵も感じさせない彼の語った“たいせつなもの”。

 それを二ツに切り裂いて数瞬、
 シズカの視界が、生理的な涙でゆがんだ。

「っが……は、か、かふッ……がッはっ!」
 痛い。刺すように痛くて、まぶたを擦りたくなる。
 涙を流したところで、痛みの原因は眼球全体に広がるばかりだ。ここで無様を晒してしまえば、剣士としての自身の挟持をすべて失ってしまうと分かっても、いまこのとき、苦痛のもとを洗い落としたいという欲求に従ってしまいたくなる。
 シエロ。食通と同じ名を持つからかどうか、食事に並ならぬ愛着を抱いているとみえた青年が中空に残していった黒胡椒が、彼を斬ろうとしたシズカにとっては芯から忌々しい。
 常ならば視覚を潰されたところで、彼の呼吸は耳を澄ませば容易に感じとれたことだろう。
 だが、視覚に拠らない位置の把握能力さえ、シズカ自身のくしゃみが雑音となって邪魔をする。

「袋ひとつで終わる戦い。そんなものに意味を認めることは、問題にしないよ。
 ぼくだって飛竜や怪鳥を狩って……殺して。生きるための情熱を、相手からもらってるんだから」

 夕凪のおかげか、しずかにつむがれるシエロの声は胡椒の影響を受けていない。

「だけど! あなたの見出した意味のうちに、それを解さないひとを巻き込むな!」

 影響をもたらすものがあるとすれば、それは、彼の思いの昂ぶりであった。

「戦える相手がいなくなるまでに楽しむことを選んで救われた、あなたの道を押し付けるな!」

 きらりと光るものは、もう、感じられない。
 青臭い主張に、シズカが思うべきことはなにもなかった。

「ぼくは生きることを諦めない。
 たとえここで殺されても、彼女たちが活かしてくれるよ」

 生きても、死んでも戦えるというのなら、どちらでも構わない。
 そうと思える彼女は、その瞬間に決意した。

「っは、はは、ッ……はは……!」

 くしゃみに、鼻水まじりの笑いが混淆する。
 シエロ。戦いに価値を見出すことはけしてない、生きるためにしか戦わない狩人。
 おそらくはキャットともども、生に救いを見たがゆえに、その道を押し付けられる者ども。
 生きるために、戦えないという苦痛を受け入れることをシズカの側に強要しかねない敵。


 ……そう。敵なのだ。


 このときをもって理解し、了解し、了承した。
 私と、貴様らは理解しあえないということを納得した。
 先のない地獄にあって愉しむことすら赦さぬお前たちの傲慢を、赦せない“私”を理解した。

 陽たる脇の構えより、繰り出すは一の太刀。
 ここより先に二の太刀は要らぬ。
 意志の疎通が叶わぬ者と切り結ぶことも無い。

 ならば、せめてものこと――。

 五感を封じ心眼を開いて放つ一閃を、受けるがいい《モンスターハンター》。
 賢しらな鼠ともども、剣風清し月白が果てにあろう海境に、その魂魄をさらわれよ。
 雪月花。風雪のなかにあって乱れず、月のごとき円熟と、花ひらくさまを思わせて伸びる、基本にして秘奥なる構え。それが生理的な反応ごときに乱されたとて、私の剣は、乱れない。

 私のひかりは、小手先の策ごときにかき消されるものではない。

 さればこそ、剣戟を導くための第一歩。左足の踏み込みを、私はけして乱さない。
 止水と変えた胸に、いまだ残らんとする怒りも、悲しみも溶かして四肢に五指に、つるぎに。
 傍目には自然と空を切るようにも見えよう、天地自然の理に従った一閃にこそすべて込める。


 この腕が物打を引き切る瞬間、
 私は狩人の、首がふたたび舞うさまを見た。


 ×◆×◇×◆×



 ――――などてなにゆえに、この心は揺れているか。



 ×◆×◇×◆×


 剣風が去って、数瞬。
 シエロは、赤い瞳を見開いていた。

 彼の視界を満たすものは、シズカの屍。
 彼の聴覚を揺さぶるものは、シズカの肉が焦げる音。
 彼の嗅覚を衝き上げるものは、シズカが灼かれた、焦げくささと――。
 大気を引き裂いた電撃が千々に分解した、細胞組織や体液から立ちのぼる臭いだ。

「キャット……」

 生臭みのなかに丸みを含んだ悪臭が、のどに留まってシエロの声をふさぐ。
「シエロ、だって、シエロ」小さな声に戻ってくる、痙攣じみた少女の声。それだけで、いまの自分がどんな顔をしているかが分かるような気がした。
「だって、あのイーストガード……普通じゃなかったもの! 心配、だったもの……ッ」
 心配。即席にせよ、仲間のあいだにある友好の情を、これ以上なく鮮やかに示すであろう単語。
 それさえも、キャットは口にしたそばから物理的に押さえ込む。心配。その言葉でシエロにすべての責任を押し付けてしまうとばかりに、彼女は左手でもってうめきを殺した。
 不安に、恐怖に、罪悪感に、揺らぐそばから揺らぎを殺した。
 殺しきるとまではいかずとも、シエロに共有されるまでにかき消そうとしていた。
「う……うぅ……」
 彼女の右手が携えているのは、電撃を喚び出した小型のボウガン。
 シズカを前に別れたときには見なかった、積極的な攻撃の手段。シエロを救おうと思えば、シエロとふたりで助かろうと思えば、これほどに適したものもあるまい。
「ソード、バリアじゃ」
 ぼくかきみか、どちらかしか救えなかった。一撃しか防げなかった。
 そんなことを言いかけたシエロもまた、口をつぐむ。黒胡椒を使うことでシズカの視覚と聴覚、嗅覚を封じた上で、殺すことを止めさせるための手段を選びきれなかった自分。
 自分こそが、その先のことばを言わせない。
 キャットにソードバリアを選ばせることを選ばせてやれなかった、シエロ自身の無能こそシズカとの決裂を引き寄せたと分かっているがゆえに、言うことができない。

 相手を強者に限定しているとはいえ、シズカの行為は看過できるものではない。
 好戦的でない相手を自身と同じ舞台に上がらせようとする彼女の行為は、『YES』か『はい』のいずれかでしか答えられない問いをかけることと同義であったのだから。
 ならば、彼女の言動の先にあるものは戦いでも死合いでも、ぶつかり合いでもあり得なかったのだから。

 それがすべて、キャットにシズカとの決裂以外の選択を。
 彼女を殺すことで状況を収束させる以外の選択を想像させ得なかった自分への言い訳となった。
 つらなる言い訳は氷塊のごとくに重く、胸に落ちる。そうして底の底の、どん底とも思える場所でくだけた氷は刃となって、喉を貫き声を封じる。肩に、腕に、足に突き刺さって行動を封じる。
 キャットに対して引くも進むもかなわないシエロが、ただひとつ動かせるものは首から上――。
 彼女との視線をぶつけ続けることに疲れたのだと気付いた自身が情けなくなり、薄くたなびく雲の流れるさまさえ認められない空を眺めているだけの首が鼓動を。それが、さほど昂ぶっても揺れてもいない事実を伝えてくる。
 けれど、情けなさも自責も、自虐も憤りも不満も不安も、果てのない空はすべて、飲み込んでいく。
 まるで凍てついたかと思われるほどに静かな天穹。夕暮れから月白へと遷移せんとしている、


 空は白々しいまでに、蒼い。



【一日目 夕方(放送直前)/B-2 南部・平原】
【シエロ(男性ハンター)@MONSTER HUNTER PORTABLEシリーズ】
[状態]:中度疲労
[装備]:シエロツール@MHP、連合軍式隊長剣@wizXTH
[道具]:基本支給品
[思考]:守れる者は守る。戦うべき者とは戦う
1:キャット……!
2:南下して城に向かいつつ、アルスという名の少年を探す
3:血みどろの少女(内田珠樹)、ブシド・ザ・ブシエを警戒
4:殺し合いに乗るのは最後の手段にしたい
[参戦時期]:無印クリアずみ。2ndにデータを継承している(ポッケ村を知っている)可能性あり。
[備考]:金の短髪、赤い瞳、その他外見は任せます。

【キャット(シティシーフ女)@Romancing Sa・Ga2】
[状態]:混乱、やや疲労、術力消費(小)、マントなし
[装備]:サイコダガー@魔界塔士、ブラストガン@FFT、ヒールのサンダル@ロマサガ2
[道具]:基本支給品×2、不明支給品×1~3、555ギア@仮面ライダー555
[思考]:生存を最優先に行動
1:シエロ……ッ!
[参戦時期]:運河要塞クリア前(皇帝に抜け道の情報を渡していない)
[備考]:天の術法を修めています。


※くろこしょう@DQ3は消費されました。両断された麻袋がB-2/南部・平原に放置されています。
※童子切安綱@現実が、B-2/南部・平原に放置されています。


【E・シズカ(侍・人間・中立)@ウィザードリィ 死亡】
【残り 29人】


064:『無名』2 投下順に読む 066:[[]]
064:『無名』2 時系列順に読む [[]]
056:キックOFF シエロ [[]]
キャット [[]]
E・シズカ GAME OVER

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