Self question






「あの」世界は――――
ようやく……100年もの時を越えてようやく、私を殺す犯人の正体を突き止める事が出来た世界だった。
仲間を信頼する大切さを、仲間と力を合わせれば運命にも抗えるのだと教えてくれた世界だった。
みんなをあんな目に合わせてしまったのは、とても辛かったけど。
誰1人として狂気に囚われる事のなかった最高の世界だったというのに
結局みんなを死なせてしまったのは、とても悔しかったけど。
それでも次の世界に遺せるものの多い、素晴らしい世界だった。
この記憶を引き継いだなら次の世界でこそ必ず勝てる。次は運命を屈服させる事が出来る。きっとそのはずだった。



なのに――――「この」世界は何だと言うの?!



一緒にワゴン車に乗っていたはずの羽入と山狗の死体処理班は、何の前触れもなく消えていた。
つまり私だけが特別にこの空間に迷い込んだという事。

……いえ、「私だけ」じゃない。ここには赤坂もいたのだから。
あんなにも…………あんなにも、変わり果てた姿で。

そして、「迷い込んだ」んじゃない。
こんな事、いくらなんでも何かの弾みや偶然で起こるなんて有り得ないもの。

これは「誰か」が起こした現象だ。「誰か」の意志が、私をここへ導き、赤坂をあんな姿にしたのだっ!

でも、その「誰か」はどうしてこんな事をするの?
どうして私と赤坂を連れて来たの?
私に何の用があるというの? 何をさせようというの?

分からない。答えが出る問いは何も無い。
私に分かるのは、「この」世界の中では私は絶対に死ぬわけにいかないという事だけだ。
ここでは、いくら呼びかけても羽入の反応は無い。羽入はここには来れないらしい。
羽入がいない世界で死んだら私はどうなる? きっともう二度と生をやり直せないだろう。
そうなったら「あの」世界が無駄になる。みんなの死が無駄になる。
私の100年がただ無駄に終わり、何の意味も無くなってしまう。
それは私にとって何よりも恐ろしくて、何よりも避けなくてはならない事だった。


だから、許せなかった。


こんな事をする「誰か」が。


私に赤坂を殺させた「誰か」が。


私と羽入を切り離し、私の希望を潰えさせようとする「誰か」が。


その「誰か」に対し、私の胸の奥底では怒りが芽生え始めていた。


私は生きたい。
死の運命を打ち破り、みんなと一緒に生きていける世界を見つけたい。
その為にも、こんな世界では死ぬわけにいかないのだ。
どうにかして「この」世界から脱出し、羽入と再会し、次の世界に希望を繋げなくてはならない。

だけど、それには私一人じゃ駄目だ。
100年の魔女を自称したところで、所詮は私はただの子供。
こんな異質な空間に人間を導けるような相手に、一人で立ち向かえるとは思えない。
立ち向かうには「あの」世界で学んだように、信頼出来る仲間達が必要だ。
一緒に「この」世界に抗い、力を合わせてくれる仲間が居てくれれば、運命だって覆せるはず。希望は生まれるはず。

だから、これから私がここでしなくてはならないのは仲間を集める事、なんだけど……。
沙都子。魅音。詩音。レナ。そして圭一。
頼れるみんなは、もう居ない。
私が無条件で信用出来る人達……私を無条件で信用してくれる人達は、ここには居ない。

「この」世界には私の他にも人が居る。それは確かのようだけど。
一体どのくらいの人が私のように連れて来られているのだろうか。その中に信頼出来る人は何人居るのだろうか。
ここにはおそらく私を連れて来た側の人間だって居る。だとしたら無条件で信用出来る人なんて1人もいないのだ。
誰かを信頼する事はとても大切な事。
だけどそれは、誰が味方で、誰が敵なのか。それを見極めてからでなくてはいけない。
頼る人を間違えて取り返しのつかない事になるのは、もう二度と御免だから。

まずは最初に出会ったこの男「風海警部補」。彼は、どうなのだろう?
風海の第一印象は、良く言えば純朴。悪く言えばバカ正直。
出会った時は戸惑いを隠そうともせず。私が襲われたと話せば正義感を露にして。
自分の考えがすぐに顔に出る人。そんな印象だった。
その点はどこか赤坂に近いところがあり、悪い人にはとても見えない。信用は出来そうだけど……。


まあ、とりあえず最低限の確認は必要ね。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「それにしても風海は正直者なのです」
「え?」

意外と足が早く、数メートル先も霞み始める霧の中をスタスタと行ってしまう梨花ちゃんにようやく並んだと思ったら、
唐突にぼくは褒められた。何だろう? 特に正直者なんて言われる行動を取った覚えは無いんだけど、何かしたかな?
横を歩きながら考えを巡らすぼくの顔を見上げながら梨花ちゃんはこう続けた。

「ボクの知り合いにも刑事さんはいますですが、自己紹介で階級まで名乗る刑事さんは風海くらいなのですよ」
「ああ、そういうこと?」

まあ、珍しいかもしれない。
確かにぼくも同じ警察官同士でならともかく、一般の人に対してはあまり階級までは言わないけど、でも別に変な事じゃない。
というか珍しさで言えばこの年で刑事の知り合いがいる梨花ちゃんの方が……って、そんな事考えてる場合じゃなかった。
梨花ちゃんにはさっきの事故の事とか、彼女自身の事とか、聞きたい事が色々あるんだ。話を変えなくては――

「その刑事さんはボクにイジワルするのですよ」

――と思ったけど、これはちょっと聞き捨てならない。

「意地悪? どういう事? 何かされたのかい?」
「みぃ。ボクがいっぱいお願いしても鉄砲も手錠も見せてくれないのです」
「……うん、それは……そうだろうね」

そういう事だったか。
それはその刑事が正しい。拳銃や手錠なんて一般人に、ましてやこんな子供においそれと見せていいものじゃない。

「風海は鉄砲や手錠は持っていませんですか?」

梨花ちゃんはぼくの前に回りこんで足を止め、期待を込めた表情を向けている。見せろと言いたいのだろう。
でもぼくは人見さんを探す為とは言え休暇扱いでここまで来ているのだ。署の備品を持って来ているわけがない。
万が一の場合に備えて拳銃はこっちで調達したけど、わざわざ危険な物を子供に見せるわけにはいかないだろう。
ぼくはしゃがみ込んで、目線を梨花ちゃんに合わせた。

「手錠は持ってないんだ。拳銃ならあるけど、危ないから見せる事は出来ないよ」
「みぃ。では手帳を見たいのです」
「手帳? って、警察手帳の事?」
「はいなのです。大石はケチンボなので手帳だって見せてくれませんです。一回よく見てみたいのです」

大石というのはその刑事の名前かな?
警察手帳か。確かに拳銃や手錠とは違って危険なものじゃないから見せるのは構わないけど……無くされたりしないだろうか。
だけどここで梨花ちゃんのご機嫌をとっておけば、話を聞き出しやすくなるかもしれない。
ぼくは少々の不安を心の隅に押し込み、代わりに警察手帳を取り出した。

「じゃあ、少しだけだよ」
「にぱー」

梨花ちゃんに警察手帳を渡すと、ぼくは立ち上がって辺りを見回した。
霧は世界を真っ白に染め上げようとしてるかのように、どんどん濃さを増している気がする。
アメリカの街は日本とは違って道路が分かりやすく整理されているものだけど、
それでもこんな霧じゃあ事故を起こしても仕方ないかもしれない。

それにしても、あのワゴン車……一体何にぶつかったんだろう?
壁に激突していたわけじゃないし、人間を轢いたくらいで車体が潰れるわけはないんだけど……
いや、待て。そもそもあの男性も轢かれたような怪我じゃなかったんじゃないか?
大体梨花ちゃんを殺そうとした男が何故車に轢かれるんだ。
…………たまたま轢かれた? ……そんな偶然が有り得るのだろうか?

ふと気になってぼくはワゴン車の方向を振り返った。
ワゴン車からここまでは直線の道だったけど、もう車は濃霧と一体化してしまっていて、判別出来ない。
たったの数十メートルでこれなのだ。現場検証に来る警官は大変だろう。

…………ん? 現場検証? ……しまった!

ぼくの胸中を焦燥感が駆け抜けた。
唐突に起きた地割れで通行不能になった道路。
周囲に激突した痕跡も無いのに車体が潰れていたワゴン車。
そして、平然と遺体に触れて武器を奪っていた小学生中~高学年くらいの女の子。
立て続けに3つも起きた異常事態のせいか、どうやらぼくは自分で思うほど冷静じゃいられなかったみたいだ。
今になってようやく気が付いた。ぼくが警察官としての本分を全うしていない事に。

その本分とは――――地元の警察に通報する事だ。

いくらぼくの知識では説明出来ないような怪現象が起こり、帰る道が封鎖されたとは言え。
そして、この霧がどこか怪しげな雰囲気を醸し出しているとは言え。
事件や事故が起きれば警察に通報するなんて至極当たり前の事じゃないか。
交通事故の現場に居合わせて咄嗟にそんな事も思いつけないなんて、ぼくはまだまだ警察官として未熟なのかもしれない。

うつむき加減で手帳を弄っている梨花ちゃんから数歩離れたぼくは、スーツのポケットから携帯電話を取り出した。
さっきは使えなかったけど今ならどうか……
折りたたみ式の端末を開くと、画面にはさっき確認した通り「圏外」の文字が誇らしげに胸を張っている。
だめだ、やっぱりここは電波が入らないんだ。これじゃ通報も出来ない。
仕方がない。どこか近くの家まで行って電話を借りる事にしよう。
英会話はからきしだけど、幸いぼくには出発前に買っておいた本「ひとり歩きのアメリカ英語」がある。
これをフル活用して電話を借りる交渉と、通報をしなくては。

「梨花ちゃん」

一応梨花ちゃんにも説明しておいた方がいいだろう。ぼくは梨花ちゃんに呼びかけた。
ややあって振り向いた梨花ちゃんはやはり笑みを浮かべていた――――んだけど、気のせいかその表情はどこか、硬い……?
おかしいな、てっきり手帳を見て喜んでると思ったんだけど、何か変な事でも書いてあったかな?

「どうかしたのですか? 風海?」

呼びかけておきながら黙り込んでしまったぼくは、反対に心配されてしまったようだ。
具合の悪さを感じつつも、ぼくは梨花ちゃんに簡単な説明をした。
それを聞き終えた梨花ちゃんは何故かきょとんとした表情を見せるが、しばしの沈黙の後、ゆっくり首を縦に振った。
よし、これで何とか警察官失格の烙印を押される事だけは免れそうだ。
そうと決まればここでもたもたしてる場合じゃない。早く移動しなくては。
ぼくと梨花ちゃんは近くの住宅を目指して歩き出した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


警察手帳を見る限り、風海の言った事は正しかった。
風海警部補。本名「風海純也」。「警部補」という階級も、「警視庁警察史なんとか室」とかいう部署も嘘じゃない。
メモ帳のページを開いてみれば、風海がこれまで手掛けてきたと思われる事件に関する書き込みが多く見られ、
内容は私には良く分からないけど、その書き込みからは決して嘘や落書きとは思えない迫真性のようなものが感じられた。

ただ1つだけ、この手帳には明らかにおかしな点があった。
それは発効日だ。記されてあった発効日はこうだった。



『発行年 200X年』



普通に考えれば、有り得ない。
今は昭和58年だ。
私が死の運命に抗い続けてきたのは1983年なのだ。
20年も先の警察手帳だなんて、昭和58年を延々と繰り返す私には嫌味や当てつけとさえ思えてくる。
この手帳は偽物。だとしたら風海は信用してはいけない人間なのだろう。

あくまでも、普通に考えれば、だ。

そもそもここは普通の世界じゃない。
こんな世界に、ある程度時間に干渉できる羽入に介入の余地も与えずに私を連れて来た「誰か」なら、
20年先の未来から人間を連れて来れたって別におかしくもなんともない。

それに、風海の態度。
こんな状況だ。もしも風海が私を騙そうとして近付いてきたとしたら、もう少しそれらしい事を言うだろう。
なのに風海はさっきからずっとワゴン車の事故の事ばかりを気にかけている。
彼がどういった経緯でここに来ているのかは知らないけど、
おそらく風海は自分が異世界に連れて来られた事にまだ気づいていないのだ。
それに気づかず、日常通りに職務を全うしようとしているのだ。

良く言えば純朴。悪く言えばバカ正直。

きっと風海は私が抱いた第一印象通りの人間なのだろう。
根拠……というより、ただの推測に過ぎないけれど、私は風海を信用したい。きっと風海は信用出来る。
私は彼と協力して「この」世界から脱出を目指すのだ。

……ただ風海も私と同じ状況だとすると、余計に分からないのは何故私達がここに連れて来られたのか、だ。
私と風海と赤坂。共通点など何もなさそうな三人を、何故「誰か」は連れて来たのか――――

まあ、考えても分からないものは分からない。それは後回しにしよう。
とにかく今は落ち着ける場所で、風海にこの街の危険性を伝えなくてはならない。

それから――――私は存在を確認するように山狗のバッグを撫でた。
この中に使えるものがないかも確認しておかないとね。





事故現場から何件目かの家の前で、風海は「ここも出ないな……」と呟きつつインターホンを鳴らしていた。
多分この家に、いや、この街には住人なんか居ないだろう。
この空間は、街を模しているだけであって、街なんかではないのだから。
でも、風海はここを普通の街として常識の範囲内で接し、行動している。
これでは時間の無駄ね。私がフォローしてあげないと。

私は玄関のドアノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、ドアは何の抵抗も無く開く。

「ここで作戦会議をするのです。おー」
「ちょっ、梨花ちゃん?!」

慌てて止めようとする風海の手を上手くかわし、私は家内に足を踏み入れた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「……駄目か」

リビングにあった電話は、何度フックを押し直してみても通じる事はなかった。
電話線が切れているのか電話機の故障なのかは分からないが、ともかくここの家の電話が使えない事は確かだ。
ぼくは受話器を電話機本体に戻し、脇に挟んでいた道路マップを手に取ると、ついつい溜息を吐いた。
道路マップは元々電話機の側に置かれていたものだ。それにはデカデカと、こう表記されている。

『サイレント・ヒル』、と。

兄さんの話ではフィクション上の架空の街という事だった『サイレント・ヒル』。
ぼくもぼくなりに『サイレント・ヒル』については調べてもみたし、
ここに来るまでの間、何人かの人に聞いてはみたのだが、
何一つ、誰一人として都市伝説以上の答えを出せるものはなかった。

しかし、その架空の街の道路マップがここに確かに存在している。
都市伝説の設定資料みたいなものかとも思いつつも、どうしても気になりこの家の郵便物を調べてみたのだが、
見つけた郵便物や葉書の住所には全て『サイレント・ヒル』の文字が見受けられた。
どうやら『サイレント・ヒル』というのは地割れなどの怪現象の事ではなく、やはり街の名称のようだ。
誰一人としてはっきりとした存在を知らなかった、都市伝説のモデルとなった街。今ぼくはそこにいる。
果たしてここは実在の街なのか。それとも都市伝説がそのまま現実に出てきているのか。ぼくにその判断はつかない。

人見さんは一ヶ月もの間この街に閉じ込められているのだろうか?
行方不明の原因として、誘拐や事故のセンも考えていなかったわけではないのだが、
これだけ奇妙な現象が起こる地域ならば、怪現象で街から出られなくなっている可能性の方が高い気がする。

さて、ぼくはどうするべきだろう?
誘拐にせよ事故にせよ街から出られないにせよ、人見さんの足取りはここで消えている。
それが人為的なものか怪現象によるものかの判断は出来ないけど……今は現実的な行動方針を選択するしかない、か。
怪現象なのだとしても、情報や手掛かりが少なすぎて、正直何をどうしたらいいのか分からないのだから。

だったら、とりあえず地元の警察の協力を仰ぎに向かうべきだろうか?
警察になら何かの情報が寄せられているかもしれないし、さっきの事故の件も伝えなければならない。
それに、事故の目撃者でもある梨花ちゃんを預ける必要もあるだろう。
うん、そうだ。この先また電話を求めて何件も住宅を訪ね歩くより、警察署に直接出向いた方が色々と効率が良さそうだ。
その過程でまた怪現象が起きたなら、その時はその時で対処する。これでいこう。

ぼくは道路マップでこの家の位置と警察署の位置を確認すると、簡単な地図をノートに描きこんだ。
このくらいの距離ならば警察署までは歩いてもいけるだろう。
道路マップは持っていきたいところだが、とりあえず今は現実的に行動すると決めたところだ。
人の家の物を勝手に持ち出すのは窃盗罪なのでそれは止めておこう。
まあ……今のぼくは住居不法侵入中の身でもあるんだけど。



さてと、じゃあもう一度梨花ちゃんに説明だ。
梨花ちゃんは今、同じリビング内でソファに座りテーブルの上にバッグの中身を広げていた。
ぼくから見えるのは梨花ちゃんの後姿だけど、どうやら何かを見ているようだった。

「梨花ちゃ…………っ?!」

呼びかけようとして、ぼくは絶句した。
ぼくの視界に入ったのは、奥にある窓に映っていた梨花ちゃんの顔。
その形相はどう見てもただ事ではなかった。

おそらくは、怒りか。

可愛らしい顔が尋常じゃなく歪んでいて、

しかも…………その目には――――




その目には、血のような赤い光が宿っていた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





感情が、爆発しそうだった。





原因は山狗のバッグに入っていた二枚の紙切れ。
そこに書かれていた内容を見た時、私の心は大きく揺さぶられた。

『ルール』と『呼ばれし者』。

殺せ!? 殺し合えというの!? 殺し合わせる……そんな事が目的で私達を連れて来たというの!?
そんなくだらない事で赤坂は…………私は…………こんな所に…………っ! ふざけないでっ!

どう考えても意味があるとは思えない。
いや、例え「誰か」にとって意味があったとしても、私には興味も関係も無い事だ。
それなのに、私の希望は潰えさせられようとしている。そんな事で? 有り得ない。決して許される事じゃない。

そんな私の想いは、名簿に載っている名前によって更に逆撫でされた。

『前原圭一』
『園崎魅音』
『園崎詩音』
『竜宮レナ』

沙都子の名前だけは無いけれど、みんなの名前が載っていた。
みんなはもう死んでいるのだ。なのに何故ここに名前が載っているのか。
すぐに思いついたのはワゴン車の中の袋と、私に襲い掛かってきた赤坂の事だった。

鷹野に殺され、ゴミのように袋に詰められ、ワゴン車に乗せられたみんなの死体。
今思い返せば山狗達の消えたワゴン車内にも、みんなの死体袋は消えずに残っていた気がする。

それもこの為なの!?
「誰か」はみんなもさっきの赤坂のような姿に変え、私に殺させようとしているの!?
みんなをまた……また殺すつもりなの!?

そうとしか思えなかった。
そして、『鷹野』の名前もここにある。
100年間、私を殺し続けてきた怨敵の名前。
鷹野も、ここにいる。


私の胸の奥底に芽生えた怒りは急激に込み上げていた。


どす黒い感情が、後から後から湧き出してくる。


『怒り』が。 『憎しみ』が。 『恨み』が。 『殺意』が。


次から次へと湧き出して、膨れ上がっていく。


全身が熱かった。


抑えきれない思いが身体中で暴れ狂っているかのようだった。







感情が、爆発しそうだった。












私をここに連れて来た「誰か」。あなただけは、絶対に、絶対に、許さないっ!


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


気付けば、窓に映る梨花ちゃんの目から赤い光は消えていた。
見間違いだったのだろうか?
そう思い窓の外を凝視してみても、特に何か光るものがあるわけじゃない。

もしも見間違いじゃないのだとしたら……ぼくにはあの目には心当たりがあった。
それは、ぼくの記念すべき編纂室配属後最初の事件での記憶。


『鬼』


そう、梨花ちゃんのあの目は、『鬼』事件の容疑者『安西聡子』と同じ輝きに見えた。

何かに呪われているかのように、常に不幸に付きまとわれた人生を歩んできた『安西聡子』。
周囲からはその境遇に対する安っぽい同情、憐憫の声を投げかけられ、見下され続ける屈辱と羞恥心を抱え込み、
遂には抱え込んできた負の感情を爆発させてその身を『鬼』へと変貌させてしまった女性。

もしも梨花ちゃんも何らかの負の感情を抱えていて、それが抑えきれなくなったとしたら――――





連鎖的にさっきの事故現場の映像が頭を過ぎっていた。
周囲に激突した痕跡も無いのに車体が潰れていたワゴン車。
ワゴン車に轢かれたにしては不自然な状態の男性の遺体。
遺体から武器を奪っていた梨花ちゃん。そして――――その時の梨花ちゃんの言葉。


『この人は、ぼくを殺そうとした悪い悪い人なのです』


殺されかけた梨花ちゃんが、あの時の『安西聡子』のように鬼に変化していたとしたら――――
車を潰したのも、男性を殺したのも、あの鬼の身体能力なら――――



これは仮説に過ぎない。
とは言え、梨花ちゃんを殺そうとしている男にたまたま車が突っ込んできた、というよりは説得力があるように思えた。
単なる見間違いだったのだとしても、梨花ちゃんの顔に『鬼』の影を見てしまったぼくには。




どうやら梨花ちゃんには出来る限りの注意を払っておいた方が良さそうだ。




【E-2民家/一日目夕刻】
【古手 梨花@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:健康。L3-。鷹野への殺意。自分をこの世界に連れてきた「誰か」に対する強烈な怒り。
 [装備]:山狗のナイフ
 [道具]:懐中電灯、山狗死体処理班のバッグ(中身確認済み。名簿も入っていました)
 [思考・状況]
 基本行動方針:この異界から脱出し、記憶を『次の世界』へ引き継ぐ。
 1:自分をこの世界に連れてきた「誰か」は絶対に許さない。
 2:風海は信用してみる。
 3:風海と情報交換。
 ※皆殺し編直後より参戦。
 ※名簿に赤坂の名前が無い事はそれほど気にしていません。
 ※サイレント・ヒルのルールを把握しました。

【風海 純也@流行り神】
 [状態]:健康。梨花に対する警戒心。
 [装備]:拳銃@現実世界
 [道具]:御札@現実、防弾ジャケット@ひぐらしのなく頃に、防刃ジャケット@ひぐらしのなく頃に
     射影器@零、自分のバッグ(小)(中に何が入っているかはわかりません)
 [思考・状況]
 基本行動方針:サイレントヒルの謎を解き明かし、人見さんと脱出する。
 1:とりあえず道路マップに表記されていた警察署を目指すが、状況を見て柔軟に対応する。
 2:古手梨花と情報交換。また、古手梨花を警戒。
 3:人見さんを探す。

※梨花の目が赤く光ったのは、風海の見間違いや気のせいの可能性もあります。
※道路マップは異世界化する前の本来のサイレント・ヒルのものです。
 風海は道路マップに表記されていた警察署に向かうつもりでいますが、
 その警察署が、現在のサイレント・ヒルのどの位置に表記されていたかは後の書き手さんに一任します。
 (つまり、今いる民家から風海がどの方向に向かっても不自然ではありません)
※風海は流行り神第二話『鬼』でオカルトルートを体験しています。





鬼(赤く光る目)@流行り神
妬み、嫉み、恨みなどの「負の感情」による心の歪みが最高潮に達した時、身体が「鬼」へと変化する。赤く光る目はその象徴。
身体的な変化は、科学ルートでは赤く光る目のみ。
オカルトルートでは赤い目に加え、角が生え、身体が肥大化、皮膚の硬質化といった、一般的に語られる鬼のような容貌となった。
どちらの「鬼」でも身体能力は軽く人間を越えており、その力は片手で軽々と成人男性(風海)をゴミのように投げ飛ばせる程。
一応理性らしきものはある様で、負の感情をぶつける対象のみに攻撃衝動を抱くらしく、
その対象以外の人間には(邪魔だと思われなければ)必要以上には手を出さないようだ。
感情が落ち着けばまた人の姿に戻るだろうと思われる。



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最終更新:2012年06月21日 21:19