悪鬼がとおる



地獄だった。
誰1人として成仏できず、
全ての骸が得体の知れない力に怯え、
何故こんな事にと私を訊ねて群れをなし、
行きどころの無い憎しみをぶつけてくる。
――――そんな地獄。


 『悪鬼がとおる』


(ギャアアアア!!)

長い石造りの廊下に苦悶と憎悪を織り混ぜたかのような悲鳴が響き渡る、彼女はかつてこの場にいた巫女の1人であった。

霧絵が初めてその霊に遭遇した時、彼女は目を疑い困惑した。
自分が門を封じた時確かに全員天へと登って逝った筈だ、それは朧気ながら記憶しているし確かに見たはずなのに・・・・・
何より攻撃してくるということは既に治まったはずの障気がいまだに存在するということなのだが、門からは漏れていなかった、あの怪物が抑えているし・・・・・
おかしい、全てがオカシイ、ただ判るのはまた人を殺してしまった事だけ

「ごめんなさい・・・・・」

彼女は霊体だった、だから『殺した』ではなく『封印した』なのだが、それでもついこの前までの自分と同じ存在を消した事に変わりはない。

正当防衛だったとはいえ言い様の無い悲しみが込み上げ、ともかく屋敷を出たくなった。

井戸の外に出ると、漂って来るのはやはり障気ではない、それどころか懐かしき我が家の空気ですらない。これこそ、この異質な霊力こそが異変の理由だと直感した。

それは今まで感じた事の無い邪悪の気配。
自分の知らない外界、異国の空気。

「どうか、これ以上は誰も出てこないで・・・・・」

しかし、そんな想いとは裏腹にまだ苦痛は追いかけてくる。灯籠の灯った薄暗い廊下を逃げ出す途中に様々な人を見た、目の潰れた者もいた、首の折れた者もいた、もはや人としての原形を留めていない者もいた。
それぞれがそれぞれの敵意を持って此方に向かって来る。その度に縄を振るい、彼らを極力傷つけぬよう退け、やっとの想いで門の入り口までたどり着いた。

目の前に、鳥居が見える。・・・・・そして。その下にあの男は立っていた。
すぐにどれほどの悪意の塊かを理解することになる、あの最悪の男が・・・・

「大丈夫ですかお姉さん、こんな夜道に一人じゃ危ない。今そっちに行きますから!」


鳥居にも灯りが取り付けられ一応相手の顔が見える程度には明るい。
眼鏡の下の知的な目、いかにも人が良さそうな表情
普通の人間から見た彼、日野貞夫は、とても優しげな好青年にしか見えないだろう。
だが霧絵はその青年に何か嫌な既視感を覚えた、初対面のはずなのに幼い頃から知っているような・・・・・

「待って!それ以上は近寄らないで」

気がついたら声が出ていた自分でも何故こんなに彼が嫌なのか解らないがともかく近くにいたくなかった。

「ん?あぁ、こんな状況だし、警戒するのも当然だよな。それじゃ、このまま情報交換します?」

「・・・・それくらいなら」

すると彼はにっこりと笑みを浮かべ深々と礼をし、そして英国紳士の様に丁寧な口調で話し始めた。

「まず自己紹介から始めましょう、俺の名前は日野貞夫。貴女のお名前は?」

「霧絵、氷室霧絵です」

「霧絵さんか、いい名前だ。さて本題に移りましょう、霧絵さんはコレを見聞きしましたか?」

日野と名乗った青年は学生鞄からラジオを取り出し霊石を入れる。するとラジオからもはや聞き慣れてしまった霊の声が聞こえてきた、しかし内容は聞きなれない単語ばかりが飛び出してくるばかり。

サイレントヒル?

新たなルール?

殺し尽くせ?

「『この街から生きて帰りたいのなら、皆殺して最後の一人になれ』だ、そうですよ。全く、馬鹿げてる・・・・」

日野は片手で眼鏡をクイと上げ、憎々しげに何かのチラシを読み上げ首を横に振り、これまでの経緯を話し始めた。どうやらこの知らせを聞いて仲間を集めて脱出する事を決意したらしい。
最初に感じた違和感も気になるが、その後もいくつか質問をして、その身振り手振りや口調から本気でこの異常事態を解決しようとしているという気概を読み取り、歩み寄ろうとした。

だが、どうしても譲れないことがある。それはこの氷室邸の管理、そして自分自身の過去。

「私は・・・・一緒には行けません、この家を放ってはおけないし。それに既に何人も・・・・」

自分にこの地獄から抜け出すような資格は無い。
過去、この氷室邸で故意にではないにしても門を閉じる際に既に何人もの命を――――

すると男は鼻歌の1つでも歌い出しそうな清々しい声で言い放った。

「あ~殺しましたか、人を!」

うつ向きながら暗い表情をしていた霧絵はビクリと身体を震わせ、硬直する。

「どんな方法で殺したんだ?毒殺か?銃殺か?あぁわかったぞ、その縄で絞め殺したのか!いいよなぁ、特に首を締め上げてから死ぬまでの苦しみの表情は感動物だ」

何が起きているのかまるで解らず混乱するしかない。一体なんだこれは?さっきまで勧善懲悪をうたっていた人間は何処へ行ったのか?日野は休まず話し続ける

「溺死させたり、焼き殺したり、感電死を眺めたり、スタンダードに撲殺もいいよな。殺しは実に面白い、中でも俺は刺殺が好きだ、刃を向けられた哀れな犠牲者の命乞いは魂が震え心が踊る」

大袈裟な仕草で雄弁に語るその姿、それはまるで地獄の軍団長が語る大演説を思わせる。

「いったい・・・・何を・・・・!」

霧絵は顔を上げ日野の顔を直視し、そして確信した。これこそがあの男の本性、
すべてを引き裂く野獣のような、あの嫌な目。
頬の肉を無理矢理引き上げたかのような、あの嫌な口元・・・・
とても先程まで普通に話をしていた人間には思えなかった。

「やはりね、反応を見ておそらく、と、思ったが。目を見て確信したよ、やはりお前は人殺しだ。しかもまだまだ罪悪感なんてモノに振り回される尻尾もとれないオタマジャクシだ。ヒャハハハハ!」

この男は歪んでいる、それは明らかであり、この一触即発の空気の中ではきっとあっという間に殺し殺されになるだろう。霧絵は命の重みを知っている、沢山の人々の嘆きをあまりにも長い年月聞き続けてきたから。それもこの様な障気モドキの充満した中で死ねば相手も自分も碌な事にはならないことも重々承知していた。
だからどうしても目の前の鬼畜生にすら見える男を改心させたかった、もしかしたら最初は何か理由があって外道に落ちたのかもしれない。もしそうなら説得できるかもしれない

「・・・・何故人殺しなんて」

「よくぞ、聞いてくれた。人間はな、ストレスというものがたまる。だけど、エリートはストレスが溜まってはいけないんだ。そのためには、どうする?そう。ストレスになりそうな存在を排除する。
腹の立つ人間は一人残らず殺してしまうのさ。そうすれば、ストレスもたまらないし、自然とストレスも解消できる。楽しいぞ。こんなに素晴らしい方法、他にあるか?」

「けれど人間には魂があります、それが肉体から離れればもう二度と人生を送ることはできないのですよ。一寸の虫にも五分の…」

「それがどうしたというんだ?人を殺すのに、深い理由が必要か?」

日野は喫茶店でウェイターに珈琲を頼むように落ち着き払った態度で言い放った。霧絵にとってそれは完全に理解の外、止める言葉も見つからず、もはや呆気にとられるしかない。
日野は更に続ける。

「その様子じゃ無理だろうが。どうだい、俺の仲間にならないか?殺人クラブの」

「な・・・・・!」

「俺ならあんたを苦しみから解放する事ができるかもしれない。何、案外殺人を許容するなんて簡単さ、受け入れるだけでいい、恐怖心を、傲慢を、狂気を、卑屈さを、残忍さを、理不尽を、愛しい恋人を受け入れるようにだ。それで人生はもっと楽しくなる。さぁ・・・・・どうする?」

一瞬の空白、気味の悪い夜風と共に、何処からか警報の音が響いてくる。そういえば目覚めてからずっと聞こえている。この音の意味も、自分の知らない邪悪な空気も、目の前の人物の言うことも
どれ1つとして理解不能、何もかもが不可解。
しかし1つだけ判別のつく事がある。この男の持っている空気は既に普通の人間のそれではなくなっている。

障気だ、この禍々しくて残酷な気配は小さくても紛れもなく、障気。
問いに対する答えは出ている、相手が障気に近しい者ならば縄の巫女として逃げる訳にはいかないだろう。

「お断りします、貴方の仲間にはなりません」

「・・・・残念だ、これからでも殺っていけば、きっと理解してくれると思うんだが。それに、一人で街1つ潰すのは楽じゃないからな、どうだ考え直さないか?」

なおもしつこく聞いてくる日野にため息と共に答える。

「貴方は考え直す気はないのですね・・・・これからも人を殺していこうというなら。私は貴方を・・・・・」

そう、門を閉める事もまた人々の驚異を取り去るためのものだった。ならば日野貞夫についても同じことが言えるのではないだろうか?霧絵は覚悟する。命をかけて目の前のドス黒い悪意を止める事を。

「強情っぱりだなぁ。ま、仕方ない。諦めよう。さて、それじゃそろそろ終わりにしようか」

言うが早いか日野がアイスピックを取り出し一直線に此方に向かって走り出した。しかし霧絵も黙ってはいない、手に持つ縄を振るい応戦する。が、日野はそれを悠々と避けるが―――――



ボゴァッ!!

「何ぃ!?なんだ!?」

土煙と共に石畳が弾け飛ぶ。とはいえ少し抉れた程度なのだが縄を当てた程度でこれ程の威力を出すことは日野に衝撃を与えた。

彼女の持つ縄はただの縄ではない。目隠しの儀を経て17年の歳月を座敷牢で過ごし果てには自らの肉体を引き裂き死をもって完成する彼女の世界において最強の神器。
本気を出せば人間一人程度の四肢をバラす事など造作もない。

「面白い。獲物はやっぱり暴れてくれないとな」

そこで日野は作戦を変え、アイスピックを三本ほど投げた後行動に移る。
霧絵は縄で撃ち落とすが、それが仇となり捕まえるべき対象を見失ってしまった。黒のシルエットが不気味な木々が四方でざわめき、その中から声が聞こえてくる。

「姿が見えなきゃご自慢の縄は当てられないだろ?ちょっと特別な物を持ってるくらいで、あまり調子に乗るなよオバサン!」

木の間で声が反響し音はすれども姿は見えず。だがきっと不意討ちを狙ってくるはずだ。
何処にいる?何処に・・・・・


その時、カツンッと石畳の音がした。
即座に反応し攻撃するが誰もいない、靴が片方置いてあるだけ・・・・・

「そこまでか?」

背後から声が聞こえるも時既に遅し巨悪の高笑いが木霊する。

「ヒャハハハハ!!喜べ!お前が記念すべき殺人ゲームの餌食一人目だ!!」

そして無惨にも腕は振り上げられ、目の前は真っ暗になった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇

………………?

なんだ?お次は何が起こった?

そうか!分かったぞクソめ!あの一瞬のうちに縄で俺を後ろに引っ張り、ついでに鳥居の灯籠を全て消したって訳だ。
してやられたぜ、霧絵。まさかここまでできるとは・・・・
だが条件は同じはず
ヤツもこの暗闇では何も見えはーーーー




『ハァ゙ッ、ハァァァァーーーー

  見  え  な  い 』

「ぐっ!?」

いきなり首を絞められ空中停止する、それと同時に視界がハッキリした。目の前にあの女が困惑した顔で突っ立っている、という事は後ろにいるのは第三者。最初から仲間が援護していたわけだ。

「貴様・・・・・謀ったな!」

それには答えずあの女は生きた蛇のように蠢く縄で手足を縛り始めた。いつの間にか後ろのヤツも消えているようだ、いくらじたばたしても縄はウンともスンとも言わない。きっとこのまま有無を言わさず殺されるに違いない。まだ殺し足りないというのに・・・・・!!

「・・・俺の・・・殺人クラブ・・・・選ばれし者達の・・・・・・・」

そう呻くと、辛そうにも哀しそうにも、または怒りも混じっているような複雑な表情であの女は言った。

「貴方には・・・・本当に選ばれてしまった人々の気持ちなんて、理解できない・・・・ッ」

そうすると俺を思い切り屋敷の中へと放り投げた。受け身も碌にとれず、地面に衝突しトタン板に重い石を落としたような音が辺りに響いた

「ぐえぇっ!!」

体の何ヵ所かにヒビが入ったのか身体中が痛い。奴め中途半端な事しやがって・・・・しかし家の中に入れたのは好都合だ。奴等が全て持って行ったかもしれないが銃や刀があるかもしれないからな。
この殺人ゲームに招かれた事といい、階段の下にいた気の効いたオモチャといい、確実に運は此方に向いてきている。この程度の怪我ならなんとかなるだろ、案外主催者に気に入られているのかもしれないな。まぁいい、思うように埒を開けようじゃないか!

『これからも人を殺していこうと言うのなら、私は貴方を・・・・・』

「ククク、グッ・・・・!こんなに楽しい事を、止められるか・・・・」

しかし彼は気が付かない、自分の手首に刻まれた刻印の意味に・・・・・


【C-4氷室邸中庭:夜】

【日野貞夫@学校であった怖い話】
 [状態]骨にヒビ、興奮状態、殺人クラブ部長、縄の呪い
 [装備]:学生服
 [道具]:学生鞄(中身は不明)、アイスピック数本@現実、霊石ラジオ@零~赤い蝶~
     薄赤茶色に光る鉱石@オリジナル、チラシ
 [思考・状況]
 基本方針:殺人クラブ部長として、殺人を思う存分楽しむ。
 1:とりあえず武器と治療具の収集
 2:皆殺し
 3:霧絵に復讐

※裂き縄の呪いに架かっていますいつ死ぬのかは分かりません

裂き縄の呪い@零~zero~
霧絵が怨霊だった頃(零~zero~本編)に使っていた呪い。時間経過と共に縄のアザが腕から足最終的には首に表れ、首にアザが出た後しばらくすると四肢を縄でバラバラにされ死に至る。



さて、ピンと来た人もいるかもしれないが日野を押さえ付けたのは目を隠された霊である。しかし何故視界の閉ざされたしかも自縛霊である彼女がここまで来れたのか?
それには二つの理由がある。一つはサイレントヒルの魔力によるものが大きかった、これにより彼ら自縛霊は呪縛から解かれ氷室邸から出ていってしまえるからだ。
もう一つの理由はなんということはない、騒ぎすぎたのである。

目隠し鬼はここにいる、氷室邸の玄関口に、苦しそうに鳴きながら元仲間だった者へとすがり付く。

「ありがとう・・・・・助けてくれて」

たとえ助けるつもりが相手に無くとも、言わずにはいられなかった。過去に自分のせいで天に還れなかった人がそれでも助けてくれたのだから。しかしどうあれ鬼は鬼、ここで何とかしなければきっとまた自分の意思を歪められ、あの男と同じように人を殺すだろう。この場所では成仏もさせてやれないならばこの裂き縄に封印してしまえばいい。その方がまだうかばれる。

「人が、自分のせいで死ぬのは辛いと思う・・・・・だから、ごめんなさい・・・・さようなら」

縄で思い切り締め上げると、聞くに耐えない音を立て断末魔をあげて化け物は消えた。霧絵の頬に、一筋の雫が流れた----
しかし悲しんでいる暇はない、こうなっては何時までも霊がここに留まっているはずはないのだから。
鳥居から一つ提灯を取り、霧絵は走る。

「急がなくては、一人でも多くの人に危険を伝えるために」

【C-4氷室邸玄関前階段】
【氷室霧絵@零~zero~】
[状態]健康、使命感
[装備]浴衣、裂き縄@零~zero~
[道具]童話の切れ端@オリジナル、提灯@現実

[思考・状況]
基本行動方針:雛咲真冬に会いに行く
 1:まずは周囲の人々に霊と日野の危険性を伝える
 2:いなければ霊を封印しつつ真冬を探す

※チラシの内容を聞きました
※アイスピックが玄関口に三本落ちています
※氷室邸から自縛霊@零~zero~が大量に解き放たれました


それにしてもオバサンか・・・・・私はこう見えても17なのだけれど(生前は)・・・・・浴衣が古くさいのだろうか?

そんな事を考えながら階段を降りて行くと一番下の所に何か見える。なんだろうアレは?蛇にしては頭が大きすぎるのだが・・・・・
近寄って提灯で照らすとソレが何か理解できた、それと同時に吐き気を催す邪悪を感じた。それは自分の行動は正解であったと心から理解できる光景。もし、あの時日野が止まらなければ、もしかすると自分もこんなふうにオモチャにされていたかもしれないと思うとゾッとする・・・・・


そこにはもはや、ゾンビとすら呼べない内臓と骨と頭だけになった音の鳴る腐ったモノがあるだけだった-----


※氷室邸の階段下にゾンビだったモノが落ちています


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怪物と縄の巫女さまの童話。 氷室霧絵 菊花の約

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最終更新:2012年06月22日 23:26