魔弾の射手
白と呼ぶには汚れすぎた毛皮に漆黒の外套、それは一時思考に耽っていたが結局愛しき主を追う事に決めた。あの恐ろしい人の殻を被った悪魔を追いかけて、もし倒せたとしてもその後少女をまた見つけられるとは限らないからだ、いくらこの殻が通常よりも高水準のモノであっても過信は禁物なのだ。
何はともあれ同胞を食らった事で嗅覚、聴覚共に良好匂いからするとどうやらこの先を左手へ行けばいるはず。心踊らせついに十字路まで辿り着くも後一歩、左へ曲がりさえすればまだ結果は違ったかもしれないが
しかし最悪のタイミングでアレはやって来た。
化物の音はやって来た――――――
ウオオォォオオォォ・・・・・・・・・・
キャイン!
という力無い鳴き声と共にその場に倒れ七転八倒する。この音、サイレンの音には懐かしさすら感じるほど聞き慣れたものだが問題はこの臭いの方。血で錆びた鉄のような工業廃棄物を詰め合わせたようなどう表現したら良いか考えることすら許されないような酷い悪臭を嗅いでしまった。普通にしていれば気分が悪くなる程度でなにも倒れはしないだろうが丁度臭いの元である地面に顔を近づけて匂いと僅かな埃についた足跡を追跡しようとしていたのが不味かった。もう少しで泡を吹いて気絶しそうなところだったがなんとか耐えて辺りを見回す。
…………………………。
どちらを向いていたかわからない・・・・・。
向きを変えすぎてどっちが来た道でどちらが向かう道なのか判別できなくなっていた。周囲の風景も先程とはまるで違う風景である。まだ悪臭が頭に響いているおかげで正確に幻視を使いこなす自信もなく早くしなければ逃げられるかもしれないという焦りから、あまり考えず犬は直進した。
―――――――――
なんとか頭痛も収まった頃、犬は再度あの小屋の残骸と対面する事となり途方に暮れていた。来た道を戻ろうとしたその時、前方から気配を感じすぐさま幻視を始める。
いた――――。
少し濁った視界であるが一応見える、その周囲に更に2体、合わせて3体の化物を確認。漁師とも我々とも違う未知の生命だと犬は思った。それと同時に言い様の無い違和感に襲われもしたのだが次の光景を見たとき、その思考は立ち消える事となる。それらは角を左へつまり自らの進行方向へ進んだ、しかししばらくすると前にいた一体の首が爆ぜ、二体目も倒れ、そして視界は暗転した。何が起こったのか確認するため襲撃者の目を探すと――――
見えたのは自分だ、自分が見える。
この闇の中どうしてこんなにも鮮明に見えるのかは謎だ、だが十字の線が、その中心にある自らの脳が、今までの殻では無かった『野性的な感覚』の強烈な危険信号を受信し勝手に体を動かした。直後、着弾の音と共に金網が弾け狙撃されたのだとわかる、頬の傷口を前足で拭いつつ物陰に隠れながら犬は歯を食い縛りながらもう一度視界を移す。
すると狙撃者は唇に人差し指を当て何か言っているようだ・・・・・
「うーん、中国には犬料理があるらしいけど、美味しいのかなぁ、作った事無いから自信無いけど悟史君が喜んでくれるならいいかぁグゲッケケケケ!!」
料理?・・・・まさか私を調理するというのかこの殻は!?
「どっちにしろ私の弾を避けやがったワンちゃんにはお仕置きが必要だからねぇ!オジサンが頭にしこたまブチ込んでやるから覚悟しなよぉ!!グギャギャギャギャ!!」
も、もはや口調すら定まっちゃいない。同族かもしれないがもしそうだとしてもコレに捕まったら確実に殺られる!かといって先程あの銃を避けられたのはただの運、逃げている最中に遠方から狙われたらひとたまりもないだろう、死なないまでも結局追いつかれる事になってしまうことに代わり無い。
ここは殺られる前に殺るしかない!
そう考えた犬は小屋のあった家の窓から中に入り込み玄関近くのドアを開けつつそのまま裏口へと向かう。
それを追うのは狂気の女、玄関を蹴破り中に入る。前方右のドアから目から血を吐く亡者が現れるが慌てず即座にレミントンでもって死なぬ事をわかっていながら腹に一発胸に一撃、最後に首から上をすっ飛ばし、蠢く亡者の股ぐらを踏み砕いた後、何事も無かったかのように前進を再開。見ると裏口はまるで今まさに獲物を待ち構える獣の口元のように僅かに開いており侵入者を待っているように見える。
「ふぅん・・・・」
首を掻きながら足でドアを開け、外に出てから横に身をかわすと上から椅子が落ちてきた。即座に上へ銃口を向けるも対象はいなかったため探るように辺りを見回し聞き耳を立てる、しばらくすると家の脇から何かの破壊音が響いてきた。
「そこかぁ!!」
物音のした方に向き直り走り出した瞬間後ろに気配を感じ咄嗟に振り向くも既に眼前まで野獣は肉薄し喉元を食い千切ろうと迫っていた。幸運にも銃身を体の前に出していなければまず死んでいたことだろう。
床に押し倒される形にはなったが何とか耐えきり押し返して、銃を喉元に突きつける事に成功する。
「・・・・・最後にいくつか質問をするからYESならワンNOならヴゥで答えて。まぁまずは人語を理解できるかどうかだけど」
その後犬は万に一つの可能性を信じ懇切丁寧に人間を殺す事が目的かだの他の目的はあるかだのというような事を受け答えしたのだがついに『最後の質問』という単語が発せられてしまった。
犬は思った。
ここまでなのか!?こんな女に殺されて終わってしまうのか!?と。
しかし、女は余りにも予想外な事を口走る。
「ねぇワンちゃん、私と組む気はない?」
女の言い分はこうだ。
どうやら今この場は殻同士が最後の一人になるまで戦い何者かに願いを叶えてもらう権利を争奪する戦場だという。
そして女は願いを叶えるため狙撃時の隙とリスクを減らし効率的に人間を狩りたい、結果的にこちらの目標を達成する事に繋がるのだから協力してほしいとのことだった。
実際この闇の中遠距離を見渡せる技能は少女を見つけるのに役立つだろうし何よりさっきの男のような奴を相手取るのに手段は多いに越したことはない。加えて女が身を守るために殺した同族を食うことで自身の強化も行えるだろう。
さらに少女を捕捉した後目標を達成していないフリをして後ろから襲えばそれ以上協力する必要もない。こちらに有利すぎて悪いぐらいの取引だ、勿論了解の意を示した。
(こんなに知能の高い犬見たことない、これはいい拾い物をしたかもね)
椅子の端が見えていたとはいえ死角からの椅子落としの計画やその椅子の一部をあらかじめ取っておき陽動に使う周到さからまさかとは思いながらも質問をしたのは大正解だった。
詩音は民家に置かれた品を物色した後、ひそかに胸踊らせながら地図を開く。もちろんワンちゃんにも見えるように床に置いた。まず何処へ行くか考えていると横から真っ白な手が伸びてきた。どうやらCー2~3辺りの範囲が探し人のいそうなエリアらしい。協力関係を崩さないためにはとりあえずそこに近く、人を集められる方法のある場所に行く必要があるだろう。真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に詩音は答える。
「わかった、私も何かしら鐘を鳴らす装置があると思うからこの『時計搭』に行きたいしこのルートで…」
詩音が指を地図上で動かすとケルブは唸り自分の鼻先で地図に犬小屋の家『時計搭』の二点間を繋ぐ直線を引き、詩音に背を向けた。
「乗れ…って事?」
――――――――――
「アハハッ!ワンちゃんすごいすごい!」
どうもこの犬は食べると成長するらしい、とケルブの背の上で詩音は思った。机と棚の上にあったハンドガンの弾を持っていこうかいくまいか迷っていた時後ろで先ほどの残骸を咀嚼していたのを知っていたのだ。
思えばあの時よくよく見なければ気づかない程ではあるが一回り大きくなっていたような気がする。途中のさっき仕留めた3匹を喰らってからは目に見えて早くなったという事実もそれを裏付けていた。これならすぐに『時計搭』まで行けるだろう。『時計搭』、そう言ったときケルブが首をかしげた事も知らずに詩音はそう考えた。
一人と一匹は闇の中、鋭く光る弾丸のように駆けていった。
【B-2 市街地 / 一日目 夜】
【園崎詩音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:肉体疲労(小)、L5
[装備]:ウィンチェスターM1894暗視スコープ付き(残弾7/7)、レミントン M870ソードオフVer(残弾6/6)、
ショルダーバッグ、ヘッドライト、トレンチコート、弾帯×3
[道具]:羊皮紙の名簿、ハンティングナイフ、30-30Winchester弾(46/50)、
12ゲージショットシェル(47/50)、携帯ラジオ、栄養ドリンク×3、携帯用救急キット、地図
[思考・状況]
基本行動方針:名簿の人間を皆殺しにし、北条悟史を生き返らせる
1:獲物を探す
2:このワンちゃんスゴい!
※本当に『時計搭』が存在するかは不明です、詩音の指した『時計搭』の位置には灯台があります。
※ケルブはT-ウィルスに侵されましたどのような変化があるかは不明です