ジェノサイダー





「グギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ」

軽快な爪音で金属と化した地面を蹴り、風を切り裂き、闇を駆け抜ける協力者の背中の上で、
園崎詩音はとびっきりの笑みをこぼしていた。

「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ」

笑みを向ける相手は、彼女が狂おしい程の愛しさを抱いている『北条悟史』。
その悟史が今、詩音を呼んでいた。
悟史の『声』が、今の彼女には聞こえていた。

「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ」

初めは些細な『音』だった。
十字路に差し掛かった時、詩音の耳が拾ったのは、気のせいにも感じる程度の微かな『音』。
空耳だろうと捨ておいて協力者の為に東のルートに向かう事も出来たが、
念の為に、と音の方角――――南へと進み、そして進めば進む程、
その『音』は徐々に明瞭に聞こえてきた。小刻みに。断続的に。
何者かの悲鳴を伴って。何物かの破壊音を伴って。

「くけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」

その『音』は紛れもなく、銃声だった。
おそらくはマシンガン。もしくはそれに近い銃火器。
それらの類の武器で、化物やら何やらを破壊している音だった。
呼ばれし者――――殺すべき獲物が奏でている音だと詩音はすぐに認識した。
認識と同時に、『音』に『声』が重なり合う。
銃声と想い人の声とが混ざり合う。
「こっちだよ、詩音」と、想い人の声が脳内に響き渡る。

「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」

彼女は狂った思考で、瞬時に、冷静に、こう導き出したのだ。
獲物を皆殺しにすれば、ご褒美で悟史くんを生き返らせる事が出来る。

つまりは――――獲物を1人殺せば、その分悟史くんに近づける、と。

つまりは――――殺す獲物が奏でる音に近づけば、その分悟史くんに近づける、と。

つまりは――――悟史くんが、生き返る為に獲物の居場所を教えてくれてるも同然だ、と。

つまりは――――悟史くんが呼んでいるのだ、と。

「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」

協力者をそのまま南へとまっすぐ走らせていると、二つ目の十字路に辿り着いた。
銃声はまだまだ南側から聞こえてくる。
だが、これ以上彼女達が南下する必要は無かった。

(あそこだ!)

通り右前方の闇の中。テンポよく響く銃声に合わせて閃光が生じていた。
獲物の姿は視認出来ない。
閃光は闇の奥で、銃弾を撃ち出すほんの短い瞬間だけに生じている為、距離感も掴めない。
だが、今の詩音にそんな事は大したマイナスにはならなかった。
獲物はその辺りに居る。と、それだけ分かれば充分だ。

「ワンちゃん、止まって!」

協力者が徐々にスピードを落とし、道の真ん中で停止する。
詩音は跨ったままウィンチェスターを構え、暗視スコープを覗き見た。
緑で描き出される、円に繰り抜かれた世界を、ゆっくりと動かしていく。
閃光が走っていたのは、1軒の家の塀の中だった。
どうやらこの獲物は住宅の敷地内で戦っていたようだ。

(は~ん、だから光がここまで見えなかったんだ。別にまあどうでもいいけど!)

先程、下に居る協力者を狙った時よりもその住宅までの距離は遠く、
暗視スコープ越しとは言え決して鮮明な視界が得られている訳では無いが、
大体の状況は分かった。
通りには、多くの怪物共が閃光の走る住宅へと群がっている。
獲物はあの怪物共に追い詰められでもしたのか、逃げずに抵抗しているらしい。

(だったらしばらく高みの見物としゃれこみましょうか)

獲物が怪物と戦っているのなら、これ以上近づく必要は無い。
怪物に殺されるのを待てば良いし、もしもあの怪物の群れを殲滅させるようであれば、
殲滅したと思い込んで油断したところにこのライフルの銃弾をブチこんでやれば良いのだ。

暗視スコープの中で、怪物共は次々に住宅に押し寄せる。
閃光、銃声、更に咆哮――獲物のものだろう――が、殆ど止まる事なく響き続けている。
そして、状況に変化が起こるまでにはそれ程の時間はかからなかった。
押し寄せる怪物の数が明らかに減り始めている。
塀の中の閃光が徐々に通り側に寄り始めている。
どうやらこの戦いは獲物側が優勢。怪物が殲滅されるのは時間の問題のようだ。

「ふぅん…………なかなか、やるじゃない」

遂には、通りにいる怪物の身体が弾け飛んだ。
1体、また1体と銃弾に撃ち抜かれ、倒れていく。
瞬く間に、通りに残る怪物は片手で数えられる程度の数となった。

(それじゃあそろそろ出て…………来た!)

その数体が崩れ落ちると、1人の人物が小走りで門の奥から出てきた。
やはり距離が遠く、スコープに映るのは不鮮明な映像。
それでも朧気に分かるのは、その人物が迷彩服らしき着衣を身につけている事と、
体格からして男であろう事。
顔は――――何かを被っているのか、またはペイントでもしているのか、
この暗視スコープ越しにはのっぺらぼうの様にも見えた。

(自衛隊? それともサバイバルゲームマニアかな?
 どっちでも構わないけど、よかったね! こんな戦場で死ねるなら本望でしょう?
 ね、悟史くんもそう思うよね!)

頬の肉が限界以上に吊り上がる。
とびっきりの、そのまたとびっきりの笑みを作り、詩音は引き金を引いた。
反動で浮き上がった銃身を直ぐ様まっすぐ戻すと、見えたのは弓形に仰け反った男の姿。
悟史への想いが込められた弾丸は、男の背中に命中したのだ。
続け様に詩音は銃の機関部下側に突き出たレバーを素早く操作し、次弾を装填。
動きの止まった男に、駄目押しの銃弾を撃ち込んだ。

「グギャ、ギャ、ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!」

1人片付けた。これで悟史に1歩近付いた。
そう思えば、自然と笑いが込み上げてきた。
地面に倒れ込む男を見届けてやろうと、詩音は再び銃身を男へと戻す。と――――

(……は?!)

緑で描き出される、円に繰り抜かれた世界の中では、
地面に倒れる筈の男が平然と向き直していた。
手に持つ銃器が、詩音に向けられていた。
黒く染まった顔には、やはり黒い涙のようなものが流れていた。

黒い涙――――いや、違う。
男が足を止め、しっかりと顔をこちらに向けている今だからこそ、気付いた。
あれは、あの死なない亡者が流していた、赤い涙――――。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオォ』

亡者が、吼えた。
まずい。詩音がそう思った時には銃声が轟いていた。
怪物共を殺戮してきた銃弾が、詩音の方向を目掛けていた。
詩音の上体が、大きく後ろに反り返った。
ウィンチェスターが宙に放り出される。
特徴的な色の長髪が、銃弾に絡め取られていく。
背中と後頭部が、地面に叩きつけられた。

意識が、混濁し―――――――。





















詩音の身体は、十字路の曲がり角の先――亡者からは死角となる位置で横たわっていた。
すぐ側に居るのは、協力者。
感情の読み取れない目で、協力者は横たわる詩音を振り返っていたが、
その視線を気にしている余裕は彼女には無かった。

(あ、危な、かった…………)

今の一瞬で、全身から冷や汗が吹き出していた。
呼吸すらもままならない程に、心臓が喧しく動いていた。
間違いなく今、詩音は死んでいただろう。
この、彼女を見下ろしている協力者がいなかったのなら。

そう、詩音は被弾したわけではない。
男――――いや、亡者がマシンガンを撃ち出すよりも速く、
この頼れる協力者は回避行動を取ってくれていた。
ある程度は落下を避ける為に、と足に協力者が纏う布を巻きつけていた事が幸いした。
急に走り出した協力者の上でバランスを保てず、大きく反り返り転倒はしたが、
協力者が止まらずに走ってくれたおかげで詩音の身体は倒れた状態のまま地面を引っ張られ、被弾だけは免れる結果となったのだ。
打ちつけたり引きずられたりした為に背中や頭は痛むが、
命を失う事に比べればそれも安すぎる代償だった。

『おおおおオオオオオオオオォォォォォォォおおおオオオオォ!!!』

間近に迫っていた死への恐怖で放心気味だった詩音の耳に、亡者の叫びが届けられた。
来る――――考えると同時に身体が勝手に飛び起きた。

「ちくしょう! 化物かい! ちくしょう! 騙しやがって!」

騙された――――溢れんばかりの怒りが詩音の中で渦巻いていた。
しかし、確かに怒りはあるが、最早アレを殺す事に意味はない事にも詩音は気付いていた。
呼ばれし者ですらなく、あれ程の銃器を持つ化物など、戦う必要は無いのだ。
悟史を生き返らせるという目的を遂行する上では、あんな化物の相手はリスキーなだけ。
時間と弾丸、自身の命の無駄使いでしかない。もう悟史の声も聞こえない。
詩音は協力者に跳び乗ると、この場を早く離れる為に命じようとして――――

(待てよ……)

ふと思い止まった。
確かにあの化物と戦う事は、リスクが高い。
だが、勝利する事で得られるメリットも存在する。
あの化物に勝てば、あの銃器――マシンガンが手に入る。それに気付いたのだ。
他にも何かしらの武器を持っているかもしれない。
持ち運べる武器に限界はあるが、今よりも強力な装備になるなら今後の戦いは益々有利に運べる。だったら――――。

詩音は逡巡する。
戦うか、逃げ出すか。
答えを出すまでの制限時間は、咆哮と共に近づいてきていた。



【B-2南側の十字路付近/一日目夜】


【園崎詩音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:肉体疲労(小)、後頭部に軽い打撲と擦り傷、背中に打撲、L5
[装備]:レミントンM870ソードオフVer(残弾6/6)、
ショルダーバッグ、ヘッドライト、トレンチコート、弾帯×3
[道具]:羊皮紙の名簿、ハンティングナイフ、30-30Winchester弾(46/50)、
12ゲージショットシェル(47/50)、携帯ラジオ、栄養ドリンク×3、携帯用救急キット、地図
[思考・状況]
基本行動方針:名簿の人間を皆殺しにし、北条悟史を生き返らせる
1:あいつを倒す? それとも逃げる?
2:『時計塔』を目指す
3:獲物を探す

※詩音の目指す『時計搭』の位置には灯台があります。
※ケルブの纏っている布を自分の足に巻きつけて最低限の落ちない工夫をしています。
※ケルブはT-ウィルスに感染しています。今後どのような変化があるのかは不明です。
※詩音の近くにウィンチェスターM1894暗視スコープ付き(残弾5/7)が落ちています。
 拾うかどうかは次の書き手さんに一任します。


【B-3北部/一日目夜】


【永井頼人(屍人)】
[状態]:胴体に銃撃による2つの怪我(再生中)
[装備]:迷彩服2型、MINIMI軽機関銃(86/200)、ライト
[道具]:89式小銃(30/30)、89式小銃(30/30)、MINIMI箱型弾帯(200×2)、89式小銃用弾倉×12
    TNT高性能炸薬×4本、9mm機関拳銃(25/25)、06式小銃用てき弾×5、89式小銃用銃剣×2
    9mm機関拳銃用弾倉×6、TNT用着火信管
[思考・状況]
基本行動指針:眼に入るもの全てを殲滅
1:目標(呼ばれし者及びクリーチャー)を探し殲滅する

※攻撃対象は無差別です。特別な目標として詩音やケルブを追う事はありません。
※MINIMI箱型弾帯を2つ消費しています。



※B-3北部ゴードン家、或いはその付近の家の敷地内に大量の怪物の死骸があります。
 具体的な位置は後の書き手さんに一任します。
※永井屍人が戦っていたクリーチャーが何かは後の書き手さんに一任します。




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最終更新:2012年08月21日 22:00