クローズアップ殺人鬼
■
――ジャキン!
その音と同時に、看護婦の怪物の右腕が吹き飛ぶ。
怪物は呻き声をあげながら、残った左手で切断面を押さえつける。
出血を止めようとしているのだろうか。
だとしたら無駄な事だ。現に、左手の隙間からは血が絶え間なく流れ出ている。
――ジャキン!
今度は左腕が、地面に転がり落ちた。
両手を失った際の激痛のあまり、怪物が汚らしい声で喚き始める。
その姿は、エドワードにとっては酷く滑稽に見えた。
――ジャキン!
両脚をまとめて切断してみる。
支えを失った看護婦の胴体は、うつぶせになる形で地面に倒れた。
看護婦は地面とキスをしながら――尤も、腫れた顔の何処に口があるのかは
分からないが――四肢を失った身体をバタつかせている。
「ヒ…………ヒヒッ……ヒャッヒャッヒャッヒャッ」
その光景があまりにも惨めなものだったので、遂にエドワードは声を上げて笑い出す。
看護婦の姿、鳴き声、挙動……どれを取っても、一流のコメディアンと引けを取らないだろう。
(少なくともエドワードはそう思っている)
――とっても面白い。こいつを虐殺するのがこんなに楽しいとは思わなかった。
「……でも、もういいや。飽きちゃったよ」
大鋏を開き、看護婦の首の辺りに持っていく。
このまま鋏を閉じれば、鋭い音と共に看護婦の首は胴体を離れ、血飛沫をあげながら絶命するだろう。
しかし、看護婦はそれに気付かない。
切断面から血液を垂れ流しながら、殺人鬼から逃げようと、もがき続けているのだ。
とてもアワれすぎて、とても可笑しくて、何も言えない。
「………………ヒャヒャッ」
エドワードは、その幼い顔を醜く歪ませ――
――――ジャキン!
◇
『地獄絵図』。
病院の廊下の惨状を一言で表すのなら、この言葉が最も相応しいだろう。
ナース服の怪人「だったもの」と、それから流れ出る血液のせいで、足の踏み場は無くなっている。
(………………)
生え揃った黒髪を揺らしながら、「彼女」はその道を無表情のまま進んでいく。
出来るだけ靴を汚さない様に、血の渇いている地点を探そうとするが――馬鹿馬鹿しくなって止める。
以前なら、「足があった頃」の自分なら、そうしていたであろう。
だが、今はそんな事を気にする必要など無い。
もう自分には、『足』なんて物は存在しないのだから。
――岩下明美は死んだ。
あの金髪の殺人鬼に、あの大鋏に、体を引き裂かれて殺されたのである。
本来、人間の肉体が朽ち果てたのなら、その魂は此処ではない、所謂「あの世」に送られる。
しかし、彼女の『少年に対する執念と怒り』――すなわち『未練』は、
その魂を現世に拘束するには十分すぎる程大きいものだった。
そして、その結果誕生したのが、今此処にいる『岩下明美の怨霊』である。
怨念の集合体である彼女にあるのは、シンプルなたったひとつの思想だけ。
『あの少年を今度こそ殺す』。
ただそれさえ果たせれば、後はどうでも良かった。
彼女は怨霊=霊体であるから、現世に存在している物には触れない。
勿論それは、目の前の肉塊や液体にも当てはまる。
廊下を滑るように進んでいく。歩きたいと思えば、勝手に体が前に進んでいくのだ。
あの少年ともう一度踊りたい。
『ルーベライズ』は失ってしまったが、舞踏会にはあんな物は必要ない。
前回と違って、今度は自分にも――何故かは知らないが――夜目が効いているのだ。
あんなヘマはもうしない。次こそは、華麗に踊ってみせようじゃないか。
通路を進み、待合室へ。
やはり――案の定とも言うべきか――そこも、通路と同様に血と肉で埋めつくされていた。
そしてその空間の真ん中に、「彼」は居た。
素振りからして、こちらの存在には気付いてはいないだろう。
当然である。『この世』の人間には、私のような『あの世』の存在を認識する事は不可能。
気付く方がおかしいのだ。
ゆらり、ゆらりと、彼に近づいていく。
彼は私を攻撃できないが、私は彼を「呪い」という手段で攻撃できる。
反撃などさせない。彼は私の思うがままに踊り続けるしかないのだ。
怨霊となって間も無い頃は、何が起こったのだと混乱しきっていたが、今なら分かる。
これは女神様から送られたチャンスなのだ。
自分が美しく舞えるように、魔法をかけてくれたのだ。
だからこそ、このパーティーを失敗させてはならない。
「今までで最高の出来だった」と言い切れるものに仕上げなくては!
さあ、楽しいショウの始まりだ。
狩るのは私で、狩られるのはあなた。
その悲鳴で、ダンスを彩って頂戴――――!
「死ネ――――!」
◆
「…………?」
ありのままに今起こった事を話そう。
「殺したと思っていた女がまた襲いかかってきた」
何を言っているか分からないと思うが、自分も何が起こったのか分からないのだ。
後ろから殺気立った声が飛んできたから振り返ってみると、
なんとあの女が体中を青白く発光させながらこっちに向かってくるではないか。
これには流石の自分も驚いて、鋏を取り出して反撃しようとしたのだが、
どういう訳なのか、女は「もう何も恐くない」と言いたげな表情で、怯まずに襲ってきたのだ。
これだけでも十分妙な話だが、さらに奇天烈なのはここからだ。
前回と同じ様に女の胴体を切断した瞬間……首が音を立てずに落ちていったのである。
地面に転がってからは、女が何かしようとすることはなかった。(する方がおかしいのだが)
唯、虚空を見つめて金魚の様に口をパクパクと動かすだけである。
今思えば、胴体を切断した際にも『肉が切れる感触』を感じなかった。
恐らく最初から切れていたのだろう。
何時肉体が崩れるか分からない危ういバランスのまま、ここまで来たのだろうか。
だとしたらなんて命知らず、かつ運の良い奴なのだ。
何故、殺した筈の女が現れたのか。
そして何故、自殺同然の行為に打って出たのか。
奇怪な出来事が連続して起こっているが、
何よりも「奇妙だ」と感じたのは、この女から魔力らしきものを感じる事である。
確かに全身から、微量ながらも流れ出ているのだ。
いや、「流れ出る」どころの話ではない。この女「そのもの」が魔力と化している……?
まさかと思いつつも、女に近づいて、魔力の吸収を試みる。
するとどうだろう……なんと、女は足先から霧状に変化して、
エドワードの体中へと入り込んでいくではないか!
衝撃を隠せざるおえなかった。
まさか魔力が人の形をして――しかも、先程殺した女の格好をして――自らの目の前に姿を現すとは。
まだ腑に落ちない点がいくつかあったが、折角の機会である。
久しぶりの魔力、じっくり味わせてもらおう。
女の魔力――すなわち彼女そのものを塵も残さずに吸い尽くすと、途端に体が軽くなった。
自分に魔力が蓄えられた証拠である。
しかし、まだ全快には程遠い。まだ本来の姿に戻る事は叶わないだろう。
この形態のまま単独で行動するのは、些か不安が残る。
――護ってくれる人間が欲しい。
『弱い子供』を助けてくれる、善人気取りの命知らずが。
何、やろうと思えば簡単な事である。
そういう奴に出会ったら、ナース共に付けられた傷や血をちらつかせてやればいい。
これを見れば、そいつらは「無垢な防衛手段を持たない少年」が襲われたと
勝手に判断して、疑う事無く保護してくれるだろう。
実際には『自分が他者を傷付けていた際にできたもの』だったとは、考えまい。
変身出来るだけの魔力を手に入れたら、そいつらとは「遊んで」あげよう。
今まで護ってくれた、せめてものお礼だ。
あの赤い液体も始末しなくてはならないだろう。
自分が魔力の枯渇で苦しんでいたのは、全てアレのせいなのだ。
危険性を生むものは迅速に始末するのに限る。
そういえば、自分に液体をかけたあの男は元気にしているだろうか。
次に会ったら、今度こそ「遊んで」やろう。
次は何処で、誰と、どうやって「遊ぶ」のかな。想像するだけで心が踊るよ。
でも、この格好はせっかくの「遊び」にはふさわしくないよね。
だからさ、早く迎えに来てよ、ヒーロー。
――『かわいそうなエドワード』を助ける為にさ。
【B-6/アルケミラ病院一階:待合室/一日目夜】
【エドワード(シザーマン)@クロックタワー2】
[状態]:健康、所々に小さな傷と返り血、魔力消費(大)。
[装備]:特になし。
[道具]:『ルーベライズ』のパワーストーン@学校であった怖い話
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。赤い液体の始末。
0:他の人間を探す。信頼されそうな奴だったなら、そいつを利用する。
1:か弱い少年として振る舞い、集団に潜む。
2:魔力を取り戻す為、石から魔力を引き出したい。
3:相手によっては一緒に「遊ぶ」。
※魔力不足で変身できません。が、鋏は出せるようです。(鋏を出すにも魔力を使用します)
※エドワードは暗闇でも目が見えるようです。魔力によるものか元々の能力なのかは不明です。
※『ルーベライズ』のパワーストーンに絶大な魔力を感じていますが、使い方は分かっていません。
石から魔力を引き出して自分の魔力に出来るのかどうかは不明です。
※怨霊(岩下)の魔力を吸収しました。
◆
――――消えていく。
自分自身が、彼に吸い込まれ、消失していく。
記憶が、
感覚が、
理性が、
何もかもが消えていく。
「ア……ゥ………………ァ……」
――――両足が消えた。
あの時、「裏世界では悪霊も実体化する」という事を知っていれば、
下手に声など出さなければ、結果は違っていたかもしれない。
しかし、もう遅い。彼女は二度目の敗北を喫し、今度こそ消滅する。
「…………ィ………………ぁ……」
――――左腕が消えた。
魂が粒子化し、殺人鬼と同化していく。
まだ、消えたくない。逝きたくない。
こんな終わり方なら、普通に成仏した方がマシだった。
「…………ァ…………………………」
――――右腕が消えた。
どれだけ嘆いても、どれだけもがいても、待ち受けるのは、『終わり』だけ。
何もかもが無駄。どんな願いも決して叶う事はない。
最早、抵抗すら許されなかった。
「………………………………ィ……ィ」
――――胴が消えた。
段々と、考える、事すら、出来なく、なっていく。
自分という、存在すら、認■できなく、なってい■。
目■前は、暗く、意■は、遠く。全て■『無』へ■還って■く。
蛇は、獲■を、生きたまま、飲■込んで、そ■まま、消■液で、■っくりと、溶■して、■くという。
その、『溶■される■物』も、今の、■分の様な、『消え■いく恐■』を
■っくりと、味■いな■ら、息■えたの、だ■う。
溶■し■■く■は、『岩下■美』■、五感■、精■。
■後に、一欠■■だ■、残っ■、■■の■骸で、彼■■、呟■■。
最■■、■後■、■悔■、■葉。
聞■■■■程、掠■■■■■、確■■、■■■■。
ドうシテ、こウナッたンダろウ。
――――――『■■■■』が、消えた。
【■■■■@■■■■■■■■■ 消滅】