混ぜるな危険



「うぇ、気持ちわりぃ。あんだよこれ? おい、マジでこん中に入んのかよ?」

地下鉄へのプラットホームへと続く、狭く暗い階段の手前で、
アベと呼ばれていたチンピラ風の男がうんざりとした様子で顔をしかめ、ボヤいた。
通路の中は、壁も、天井も、階段も、手すりも、全てが“赤”でざわざわと蠢いていた。
それは単なる錆のようにも見える。生物の血管や肉のようにも見える。何かの虫のようにも見える。
具体的に何の物質なのかは一切分からないが、見ていて心地良いものでは無い事は確かだ。

「怖いの? さっきまであれだけはしゃいでたくせに。
 『俺さぁ、アメリカの電車乗んの初めてなんだよな~』とか言って」
「誰だよそれ、全然似てねぇよ。大体怖ぇなんて言ってねーだろ」
「怖くないなら問題ないでしょ? それじゃ、よろしくね」
「……チッ、わぁったよ」

どこか楽し気な口論を終えると、アベは後頭部を掻いてから、目を閉じた。
眉間に皺を寄せ、片手で頭を押さえ、吐息の様な呻き声を漏らす。
そんな、やや苦しんでいる様にも見える体勢のまま、彼はしばらく動きを止めていた。

「アレッサ。これは、何をしているの?」
「見てれば分かるわよ……って言いたいとこだけど、
 こっちばかり情報をもらうのもフェアじゃないから、教えてあげる」

クローディアがアレッサと呼んだ少女――ヘザーは、
アベに向けていたものとはまるで違う抑揚のない冷たい口調でそう言い、
やはり冷えきった口調でアベの持つ力について説明を始めた。
それによれば、アベは1つの特殊な力を持っているらしい。
他人や他生物の視界を『借りる』力。
違う生き物の視界を、まるで自分の視界のような感覚で『視る』事が出来るというのだ。
その力がどの程度の範囲まで有効なのかは本人にも不明であるようだが、
アベは今その力で地下世界に潜む怪物の存在を確認しているのだと言う。

興味深い。クローディアは率直にそう思った。
それは、かつてのアレッサやクローディア、そして神のものとはまた質の異なる力だ。
その様な力は、彼女の知る限りでは異教のものだとしても存在しない。
特別な才能の持ち主。そんな人間を“生まれ変わらせたら”果たしてどうなるか。
遊園地で出会った少年などよりも遥かに価値のある実験が出来そうに思える。
制限の課せられている力でも、強力な手駒を手にする事が可能かもしれない。実に、興味深い。
密かに抱いた好奇心で、クローディアは無意識にアベの様子を熟視していた。

「何か、たくらんでない?」

すぐ隣から鋭い視線が突き刺さり、咄嗟に首を横に振った。
実験と良質な素材には興味はあるが、今ここでヘザーと事を構えるつもりは彼女には全く無いのだ。
ダグラスと対峙した時とは違い、神の力も自身の能力も弱体化しているこのコンディション。
いざ戦う事となれば、躊躇いなく撃ち出されるであろうヘザーからの銃弾に抗う術はないのだから。
自分の死は、すなわち神の死と同義。それだけは絶対に避けなければならない。
それを避けるためにも、今は危険を極力冒さない様に立ち回らなければならない。

そもそもこれまでクローディアがヘザーを追い詰めてきたのは、全ては神の復活の為だ。
既に神がヘザーの中にいないのなら、ヘザーの負の感情を育てても何のメリットにもならない。
つまりは今、クローディアは無理にヘザーと敵対する理由を持ち合わせていないのだ。
むしろこの状況ではヘザーと協定関係を結ぶ事にこそ大きなメリットがあると言えるだろう。
ヘザーはクローディアの負の感情を育てるにはこれ以上いない程にうってつけの人物。
こうして隣に立つヘザーの姿を見ているだけでも、クローディアは思い出を刺激されている。
ヘザーの冷たい口調や態度は、愛しいアレッサとの懐かしい日々の思い出を刺激して、壊していく。
変わり果てたアレッサの姿は、それだけでもクローディアの心を悲しさ、やるせなさで抉っていく。
それにより生まれるのは、まごうこと無き負の感情。
神が成長する為の養分は、ヘザーと行動を共にするだけで労せずして蓄え続けられるのだ。
それならば、クローディアにはヘザーと敵対する理由は無い。敵対するわけにはいかない。
少なくとも、胎内の神が今以上に成長し、この怪異やヘザーに対抗出来る力が復活するその時までは。

「……やっぱ居やがった。暗くてあんま見えねえけど、奥に何か居るのは間違いねえよ。
 とりあえずこの階段には居ねえみたいだからさぁ、下に降りるまではどうにか安心じゃねえかな」

固まっていたアベが、息を切らして口を開いた。
どうやら視界を借りる能力はそれなりに体力も消費するらしい。

「ご苦労様。じゃあ、アベ。先頭をお願い」
「はぁ!?」
「何? 文句あるの? 私はこの子を見張らなきゃならないし、
 武器も持ってないこの子を先に行かせるわけにいかないでしょ? ならあなたしかいないじゃない」
「あーもぅ、わぁったわぁった!」

一応納得した形は見せたものの、釈然としないのかアベはまだ何かをぶつぶつ呟いていた。
そして、渋々といった様子で右手の懐中電灯を前に向ける。
地下への通路は階段とエスカレーターとで分かれていた。
当然と言うべきか、エスカレーターは停止している。
アベは2つの進路を交互に見比べると、小さく身震いをして、ガニ股で階段の方を降り始めた。
それにクローディアが続き、最後にヘザーだ。
階段に足を踏み入れる際、クローディアはふとエスカレーターを確認した。
踏み板が完全に錆びついており、乗るだけでも崩れ落ちそうだった。
アベが階段の方を選んだのも無理はないだろう。

懐中電灯ではっきりと照らし出された通路は、一層のおぞましさを醸し出していた。
脈動しているかのような壁は良く見れば、肉や血管というより焼けて爛れた皮膚に近い。
3人は、そんな階段を1段1段慎重に降りていく。降りる度に周囲の“赤”と闇は増していく。
まるで魍魎の待つ地獄へと案内するかのように、おぞましく、おぞましく、変化を続けていく。
クローディアやヘザーはまだこの現象に慣れているから良いが、アベはこれが街の怪異初体験だ。
頻りに周りを気にし、おっかなびっくり歩を進めていた。

「マジ気持ちわりぃ……アメリカの駅ってみんなこうな――んあぁ!!!」
「アベ?! どうしたの!」

突然悲鳴を上げたアベの身体はビクッと動き、左を向いた。
ヘザーが直ぐ様アベにライトを向けたが、アベは口で息をしながら唖然と左の壁側を眺めている。
真後ろにいたクローディアにも何が起きたのか分からなかった。つられて壁を見るが、何も無い。
ヘザーも壁をライトで照らすが、特に何も確認出来ない。

「何があったの?」
「いや、この手すり掴んじまってさぁ……。うおぉ、すっげーやな感触ぅ! 鳥肌立っちまった」

アベの答えは、実に気の抜けるものだった。
左手をジャケットに擦りつけて感触を拭い落とそうとしているアベの臀部に、ヘザーの蹴りが炸裂した。

「遊んでる場合じゃないでしょっ!」
「ってーな。遊んでなんかねーよ」
「もう、いいから行って!」
「わぁってるっつーの」

アベは懐中電灯を前に向け、移動を再開した。
しかし、その足は10歩も行かない内に、またも止まる。

「……って、おい……マジかよ」
「今度は何なの!?」

ヘザーが後ろで苛立った声を上げるが、アベは立ち止まったままだ。
前方の足元を照らしていたアベの懐中電灯が、ゆっくりと上に動いた。
闇の中に浮かび上がった、アベの足を止めたもの。それは――――

「これ……トラック、だよな?」

紛れもない、トラックだった。
運転席には誰も乗っていないトラックが通路に入り込んでおり、完全に行手を塞いでいるのだ。
トラックの左右を確認してみたが、どちらも1cmの隙間も空いていなかった。

「これじゃ通れないわね」
「いや通れないってか……どう考えてもあり得ねえだろこれ!
 運転席だって誰もいねえしよ、てか運転手降りらんねえだろ。どうやってここまで入ってきて――」
「クローディア。あなたの力で何とかならない?」
「これは私の力が造り出した現象ではないもの。何も出来ないわ」
「そう……ね。なら戻るしかないか」
「――って、こいつら俺の話全っ然興味ねえし……」
「でも地下鉄なら出入口が1つって事はないわ。
 1回外に出て別の出入口を探しましょう。……ほらアベ。戻るわよ。先頭はあなたでしょ?」

アベは不満気な表情を作っていたが結局何も言う事は無く、おとなしく出口へと足を向けた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「やっぱあり得ねえって。……マジであり得ねえって」
「こんなもの、この世界じゃよくある事よ」
「いや、あり得ねえだろ……」

阿部は目の前のトラックを見上げ、呆れるように呟いた。
ヘザーの言う事に従い地下から出て表を探索してみれば、
地下鉄の出入口は少し離れた場所に3箇所、割と簡単に見つける事が出来たのだが、
どの出入口も通路の途中がトラックで塞き止められており、駅構内には入る事が出来なかったのだ。
このトラックは4台目のトラック。これで、出入口は全滅だ。
中からは一度電車の走る音が聞こえてきたのだが、構内に入れないのではどうしようもない。
已む無くヘザーと阿部は、降りてきた階段を戻りながら作戦を練り直す事にした。

「で、どうすんだよ? もう他に入口あるとも思えねえぞ?」
「こうなったらしょうがないわ。多少の危険は覚悟して、地上から行きましょう」
「結局歩きかよ……」
「そんなに電車に乗りたかった? ワガママ言わないでよね、子供じゃないんだから」
「だから言ってねーだろ!」

まあ、多少アメリカの電車が見たかったという思いもあるのだが、
そんな事を漏らせば何を言われるか分からないので胸の内に秘めておく事にした。
そうこうしている内に、出口が近づいてくる。
アベ、とヘザーが呼びかける声が背中から聞こえた。
何を促しているのかは、聞かずとも分かっている。

阿部は意識を外へ向け、集中する。
まず最初に見えるのは、決まって砂嵐のような映像だ。
5m。10m。15m。イメージの中で、徐々に距離を伸ばしていく。
前方――――何もいない。
左手――――何もいない。
右手――――――――――――ザッ。

(お!)

反応があった。
砂嵐が落ち着き始め、ノイズがなくなり、暗闇を見通す視界が鮮明に映し出された。
この力は視界を借りる相手との距離が近ければ近い程、視界を借りた時の映像は鮮明に映る。
逆に遠ければ遠い程、映像は不鮮明だ。
つまりこの視界の持ち主は、阿部達と相当近い位置まで迫ってきている事になるのだ。
いや、近いどころか既にこの視界には、今いる駅の入口が映り込んでいるではないか。
視界の持ち主はキョロキョロと辺りを見回し、時折ヒャッヒャと笑い声を上げながら確実に駅に近付いてきていた。
その視界に映る生物は、他にはいない。
慌てて閉じていた目を開いて意識と視界を戻すと、阿部はヘザー達を振り返った。

「やべぇぞおい、バケモンがこっち来んぞ!」
「化物!? どっちに何匹!?」
「右に、多分1匹だ! 何か笑ってやがった!」
「OK、1匹くらいなら逃げるよりも殺すわよ。
 まず私が撃って動きを止めるから、アベは止めをお願い」

阿部は懐中電灯を持ち替え、バールを右手に握った。
ヘザーが拳銃のチェックをし、頷く。
3人はじりじりと音を立てずに慎重に階段を昇り、外まで後1段というところまで歩を進めた。
息を潜め、耳を澄ませる。やがて、右方向から標的の足音が聞こえてきた。
短い、アイコンタクト。
ヘザーの目がGOサインを出し、直後に二人は通路から飛び出した。
右――――二人は同時に武器を構えようとして、標的を視認した瞬間、思わず腕を止めた。

「……あれ?」
「…………ちょっと、アベ? どこに化物がいるのよ?」
「い、いや、今マジで……だってあんなに明るく見えて……あれ?」

二人の視線の先には、どう見ても化物とは程遠い、ただ涙ぐんでいる金髪の少年の姿があった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


二人が通路から飛び出した後、クローディアは一人階段で待機していた。
手筈としては、戦闘が終わり次第クローディアも出て行く事となっていたのだが、
いくら待とうとも外からは銃声もヘザーからの呼びかけも聞こえてこない。
疑問に思い階段を上がり外を覗いてみれば、
少し離れた場所で、アベとヘザーが言い争う横に一人の少年が泣きながら佇んでいた。

(っ!? この子は……?)

一目で、その少年がただの少年ではない事をクローディアは理解した。
少年の身体からは、ただの人間では持ち得ない程の力が感じられるのだ。

(何故……? 神のものとは違う力のようだけど……?)

試してみたい。
クローディアの胸中に、再び芽生える好奇心があった。
アベも興味深い素材だが、この少年もまた、彼女の知識では計り知れない存在だ。
この少年を生まれ変わらせたら、果たしてどのような手駒が誕生するのだろうか。
今すぐではなくて良い。いずれで良い。試してみたい。
クローディアは見惚れる様に、少年を眺めていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


アベ、ヘザー。そう呼び合う2人の大人。
泣き真似をしながら彼等の口論に耳を傾けていたエドワードは、1つの疑問を感じていた。
どうもアベという男が、自分が笑っていた事に気付いていた様子なのだ。
自分は誰かに気付かれる程に大きな声を上げて笑っていたのではないのにも関わらず、だ。
ましてや自分とアベの居場所は壁で隔てられていた。気付かれるわけがないのだが。

(まあいいか。何かあったらアベと遊べばいいんだし!)

泣き顔の裏で笑顔を作り、エドワードは考える。
今ではアベはヘザーの凄まじいまでの口撃にたじろぎ、
「エドワードの泣き声を笑い声と勘違いした」と考え始めてくれたようだ。
これでとりあえずは自分を守ってくれる集団に取り入る事が出来ただろう。
後は守られながら、安全にゆっくり魔力が戻るのを待てば良い。
そして魔力が戻ったら、その時は――――――――。

(ヒ……ヒヒヒヒヒャッ!)

エドワードは、泣き顔を更に歪めた。声を上げて泣き出した。
そうしなければ、笑い顔になっているのがばれてしまいそうだったから。


【A-4/駅前/一日目夜】


【ヘザー・モリス@サイレントヒル3】
 [状態]:憤怒、この場所へ呼んだ者への殺意、アベに対する呆れ
 [装備]:SIGP226(装弾数15/15予備弾21)
 [道具]:L字型ライト、スタンガンバッテリー×2、スタンガン(電池残量5/5)、携帯ラジオ、地図、ナイフ
 [思考・状況]
 基本行動方針:主催者を探しだし何が相手だろうと必ず殺す。
 0:これだからアベは頼りにならないのよ。
 1:少年から話を聞く
 2:地上から教会へ向かう。
 3:他に人がいるなら助ける。
 4:名簿の真偽を確かめたい。


【阿部倉司@SIREN2】
 [状態]:健康
 [装備]:バール
 [道具]:懐中電灯、パイプレンチ、目覚まし時計
 [思考・状況]
 基本行動方針:戦闘はなるべく回避。
 0:このガキ笑ってたような……気がしたんだけどなぁ。
 1:ヘザーについていく。
 2:まともな武器がほしい。
 3:どうなってんだこの名簿?


【クローディア・ウルフ@サイレントヒル3】
 [状態]:良質な実験体を見つけてやや気分が高揚、神の成長は初期段階
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:神を降臨させる。
 0:この子は、使えるかも。
 1:ヘザ―に逆らわない。しかし神が危険な場合はその限りではない。
 2:邪魔者は排除する。
 3:赤い物体(アグラオフォティス)は見つけ次第始末する。
 4:アベを“生まれ変わらせて”みたい。

 ※神はいったんリセットされ、初期段階になりました
 ※アグラオフォティスを所持すると、吐き気に似た不快感を覚えます
 ※力の制限は未知数(被検体が悪い)。物語の経過にしたがって変動するかもしれません


【エドワード(シザーマン)@クロックタワー2】
 [状態]:健康、所々に小さな傷と返り血、魔力消費(大)。
 [装備]:特になし。
 [道具]:『ルーベライズ』のパワーストーン@学校であった怖い話
 [思考・状況]
 基本行動方針:皆殺し。赤い液体の始末。
 0:アベには注意を払っておこう
 1:か弱い少年として振る舞い、集団に潜む。
 2:魔力を取り戻す為、石から魔力を引き出したい。
 3:相手によっては一緒に「遊ぶ」。

 ※魔力不足で変身できません。が、鋏は出せるようです。(鋏を出すにも魔力を使用します)
 ※エドワードは暗闇でも目が見えるようです。魔力によるものか元々の能力なのかは不明です。
 ※『ルーベライズ』のパワーストーンに絶大な魔力を感じていますが、使い方は分かっていません。
  石から魔力を引き出して自分の魔力に出来るのかどうかは不明です。


※A-4,5の駅は4つの入口がありますが、どの入口も通路がトラックに塞がれており駅構内に到達する事は出来ません。それが裏世界のみの現象なのかどうかは後の書き手さんに一任します。



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最終更新:2012年06月22日 23:37