Unknown Kingdom



目前に広がるのは、赤外線バイザー越しにもまるで全貌の見えない巨大な湖だった。
足元は、絶壁。たった今首をへし折って始末した、感染者の様な挙動で襲ってきた東洋人の死体の一つを蹴落とし、加速度的に小さくなる身体を見送った。
波立ちの無かった静かな水面に、微かな水音を立てて大きな波紋が広がるまでの時間は3秒強。
目測でも大まかな見当はつけられていたが、ハンクの立つ崖縁から水面までの高さは約50mという事になる。
専用の装備も無しに降りる事の出来る高さではない。仮に降りられたとしても、湖を渡る術がない。

(ほんの少し目を離した隙に大地そのものが絶壁に変わっていた、か……)

式部人見が不服そうに紡いだ言葉が思い返される。彼女のその言葉に、嘘偽りは無かったのだ。
数時間前に不可解すぎる変貌を遂げた街並みと同じく、街の外へ通じるはずの大地は絶壁へと変貌し、湖に沈んだ。
マップの端につけられていた×印は、単純に通行止めを表していたという訳だ。
全ての×印の先がこうだとしたら、今やこの街は絶海の孤島と同じ。陸路からの脱出は、諦めざるを得ない状況となる。

(さて………………)

アスファルトを金属で擦るような物音が鼓膜を刺激した。咄嗟に湖から目を離し、街への道へとサブマシンガンを向ける。
ガスマスクの狭い視界の中に、顔の膨れ上がった3体のナースの姿が映り込んだ。1体が鉄パイプを引きずったナース。もう2体は拳銃を握っている。どれも覚束無い足取りで、しかし、倒れる事なく確実に近付いてくる。
その背後から腐ったドーベルマンが2頭、ナース達とは逆に軽快な爪音を鳴らして駆けて来た。ナース達を追い抜き、我先に餌に齧り付こうと競い合う様にハンクを目掛けてくる。
サブマシンガンが2回だけ閃光を発した。2つの銃弾が、まだ拳銃を構えてもいなかったナース達それぞれの頭蓋に侵入し、後頭部を破裂させて突き抜ける。
仰け反るがままに背中から倒れ行く2体を、既にハンクの目は映してはいない。その間にもドーベルマンは距離を詰めており、1頭が跳び掛ってきていたからだ。
その1頭の足が地面から離れる直前、ハンクは1歩だけ身体を左に動かしていた。たったそれだけの動作でドーベルマンは跳びかかる対象を失い、絶壁に躯体を投げ出して為す術も無く落下していく。
時間差でハンクを食い千切らんとしていたもう1頭の顎が大きく開かれる。ハンクの喉笛を確実に狙っているその口吻に、真横からサブマシンガンの銃床を叩き付けた。衝撃でハンクへの軌道を逸らしたその1頭は、突進の勢いそのままに小さな悲鳴を残して湖へとダイブした。
残されたナースは、動揺する事を知らないのか、それとも殺意が恐怖に勝っているのか、相も変わらず鉄パイプを引き摺って迫り来る。
このクリーチャーとの戦闘は経験済み。1体ならば銃弾を使うまでもない相手であるとの確信がある。
先程殺した感染者の様な、しかし肉を腐らせてはいない東洋人。ハンクはその死体に目を向けた。この東洋人がナイフの様な物を持っていた事は記憶している。死体の陰に、今もそれは僅かに見えている。ナース相手にはそれで充分だ。
ハンクはその武器を拾い上げると同時に投擲の動作に入ろうとし――――バイザーの奥の瞳に、ほんの僅かだが戸惑いの色を浮かばせた。握りしめた武器の感触に違和感がある。敵が目前に迫る戦場の中だというのに、思わずハンクは自らの手を振り返った。
それは、草だった。どこにでも生えているようなただの草。何の変哲もないただの草だ。
東洋人はこれを持って襲いかかってきたというのか。いや、『氣』や『忍術』等の東洋の神秘とやらを使えば或いは武器に出来るのかもしれないが、生憎とハンクはそんな知識も技術も持ち合わせていない。
視線を戻した時、ナースは鉄パイプを掲げ上げていた。空気を裂く擦過音。ハンクは右脚を瞬発させ地面を強く蹴った。半身にした身体と上方から振り降ろされる鉄パイプをすれ違わせ、ナースの薄汚れた制服を強引に引っ張り立ち位置を入れ替える。
身体をよろめかせて地面を殴ったナースの背中を、一瞬の躊躇もなく突き飛ばした。ナースがバランスを取ろうと藻掻きを見せたその場所は既に中空。2頭の犬の後を追いハンクの視界から消えて行った。
これで全滅――――そう思う間もなく、届けられたのは何者かのくぐもった声。

「……はる、み……ちゃーん……?」

それもまた、東洋人だった。
滑らかな傾斜になっている道をハンクに向かって登ってくる姿。挙動だけを見れば、先の数人とは異なり、そう不自然なものではない。

「どこーー……?」

しかし、浮かべている表情は明らかに先と同類のもの。
そして、その東洋人が発する声は奇妙としか言い様がない。
聞こえて来るのは恐らく日本の言葉。違うとしても、少なくともハンクが嗜んでいない言語である事は間違いない。

「こうちょう、せん、せぇぇ…………」

それなのに、東洋人の呟きの意味が理解が出来る。
ハンクの知る言語として、ではなく、言語の意味だけが直接伝わってくる様な原始的な感覚として、理解が出来る。これまでの経験にはない奇妙な感覚だった。

「さみしぃぃぃぃいいい……。…………っ!」

その東洋人――『スキンヘッドの男』がハンクの姿を視認した。直ぐ様、右手に持つ金属バットを小刻みに揺らしながら走り寄ってくる。
迷わずハンクは東洋人にサブマシンガンを構えた。気がふれた人間なのか新手の怪物なのかはどうでも良い。危害を加えようとしてくるならば先刻の東洋人達やナース達と同じだ。いや、奴らよりも足取りが確かな分、危険の度合いは上。容赦をする気はない。
勝負は一瞬で着いた。向かってくる男に対してハンクがした事は、ただ僅かに照準を調整し引き金を引いただけ。閃光が走り、男の右目が爆ぜる。悲鳴を上げ、男は地面に崩れ落ちた。
だが――――次の瞬間、即死したと思われた男は奇妙な声を漏らし、素早く頭を抱え込んで地面に蹲った。

(…………何?)

少なからず戸惑いを見せつつも、ハンクは男の脳天に向けてもう一度だけ引き金を引く。
頭蓋は何の抵抗もなく弾丸を受け入れて弾け飛ぶ。決して強化骨格やそれに変わるもので防御しているのではない。が、それでも男は絶叫を上げただけで蹲る体勢を変える事もなく、生きている。更には損傷した体組織が驚くべき速さで再生を始めていた。

「ほう」

ハンクは感心する様に息を吐いた。
BOWの様に特異な変異を遂げた生命体ならまだしも、ただの人間とそう変わらない外見のままでこれ程の生命力を持つクリーチャーが存在しているとは。
これもアンブレラ社の生み出したBOWの一つだろうか。にしては生命力以外の点では生物兵器としてはあまり役立ちそうにはないが――――。

目の前の男の能力の分析をしていると、更なる気配を感じた。近付いてくるのは、最低でも十数体分はある呻き声。振り切ったはずの感染者達が追いついてきたか。式部人見が囮になってくれれば、と多少の期待はあったが、そう上手く事は運ばないようだ。
顔を上げ感染者達の正確な数を確認しようとするハンクの耳に、翼のはためく音が届けられた。それは、絶壁の方からだ。目をやれば、翼竜の様な翼を生やした人型クリーチャーが飛来してくる姿が視認出来た。
前方には感染者の群れ。後方には正体不明のクリーチャー。このまま挟み撃ちにされれば、サブマシンガンを使用せざるを得ず、撃ち尽くせばマガジンを替えている余裕は無い――――。
咄嗟にハンクは走り出していた。飛翔の音を背に受け、向かう先に見据えるは感染者達。いや、拳銃を持っていたナースの死体だ。
鋭利な刃物と変わらぬ爪をハンクに向け、風を貫き滑空する翼竜。気配が変化した事を敏感に察知し、ハンクは振り向き様にその躯体に向けてフルオート射撃を惜しみなく撃ち込んだ。
連続する閃光が翼竜の肉を削ぎ落とす。いくつかは翼を撃ち抜き、風穴を開けていく。獲物を切り裂こうとしていた爪はそれに届く事はなく。翼竜は銃弾の雨に押し負け、ハンクの手前の地面に激突した。
その生死を確かめる暇も無く、感染者達の気配が数mの後ろまで来ていた。いや、元より生死などはどちらでも良い。翼竜はこの場で動けなくなってくれれば、それで良いのだ。
一番近くまで迫っている感染者の位置を確認すると、ハンクはナースの死体の腕から拳銃を崖方面へと蹴飛ばした。そしてもう1丁も。
伸びてくる腐りきった指。背中に触れるよりも早く、翼竜を飛び越えた。拳銃の元まで走り、2丁を拾い集める。
まだ息があったらしく、翼竜の奇声が響いた。身体を翻せば、十数体を超える感染者達がナース達の死体と翼竜を貪り喰らっていた。ハンクの計算通りだ。
計3体分の肉にありついた感染者達。それでもまだ、食いっぱぐれてハンクに向かってくる数体もいる。しかし、この程度の人数ならば回収した弾薬を使う必要はない。
ハンクはまだ蹲っていたスキンヘッドの男を一瞥し、男の後ろに回った。数体の感染者はその撒き餌にまんまと喰らいつく。ハンクを獲物と認識する敵は、これで居なくなった。
ナースを喰らう感染者を踏み台に、ハンクはこの窮地を飛び越え市街地へと向かう。前方にはとりあえずクリーチャーの姿はない。

(…………研究所に向かってみるか)

そして、まるで何事も無かったかの様に、この街をどう脱出するか、思案を再開した。
マップが正しいものと仮定するならば、この街から脱出するには陸路よりも海路よりも空路が確実だろう。
街が本当に絶海の孤島と化しているのか。南も北も西も絶壁に囲まれているのか。それは自身の目で確かめる必要はあるが、調査は通信機器が役に立たない事を確認した後でも遅くはない。
研究所へと走りながら、ふとハンクは未だ手の中にへばり付いていた草の存在を思い出した。
しばし、それを眺めて、思い立った様に手を振り降ろす。草は、ひらひらと舞い、地面に落ちた。とても凶器にはなりそうにはない。

(『氣』や『忍術』。機会があれば是非ともご教授願いたいものだが……)

ガスマスクの中の顔付きは、至って真剣だった。


【E-5/東部崖縁付近/一日目夜中】


【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:健康
 [装備]:USS制式特殊戦用ガスマスク、H&K MP5(0/30)、 H&K VP70(残弾18/18)、コンバットナイフ
 [道具]:MP5の弾倉(30/30)×4、コルトSAA(6/6)×2、無線機、G-ウィルスのサンプル、懐中電灯、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:この街を脱出し、サンプルを持ち帰る。
 1:地図にある研究所に向かい、通信機器を探す。
 2:現状では出来るだけ戦闘は回避する。
 3:アンブレラ社と連絡を取る。
 ※足跡の人物(ヘザー)を危険人物と認識しました。



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最終更新:2012年06月23日 17:37