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影二つ-罪と罰と贖いの少年少女-

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影二つ-罪と罰と贖いの少年少女- ◆CKVpmJctyc



「……や………………のは、……しのせい…………? ファ…………んだのも…………せい?」

夜が明け、時刻は、太陽が完全に水平線から別れを告げたころ。
本来なら、朝の陽射しは、スラム街に生きる人々の生活と活気、汚れながらも折れない街そのものを照らし出す。
しかし、今、このスラム街には、元の住人は存在せず、ただ荒んだ風景だけが取り残されていた。
ただ、人間がまったく存在しないのかというと、そうではない。
このスラム街には、道を歩く一人の少女が、確かに見られる。
ただし、それは、幽鬼のように、ふらふらと歩く少女だった。
おまけに目の焦点も微妙に合わず、何やら小声で呟きながらの、だ。

「…ろし合いは、……ないことで…。でも、………が、何もし……った………もやくんは」

古河渚は、朝日を浴びながら、スラム街をあてもなく歩き回っていた。
ファルとの出会いから別れまでで、渚は、自分がどうしたらいいのか、わからなくなっていた。
教会から逃げ出し、とにかく教会から遠くへと走ってした渚だが、彼女は、あまり体力のあるほうではない。
いつしか、走る速度は落ちていき、ついには、とぼとぼと歩いているだけになっていた。
渚の中で、様々な疑問と苦悩が毛玉のように絡み合い、考えるほどに、それは解けることなく更に絡んでいった。

「…たしが、ちゃん…………ば、朋也くんは死な……すんだ? い、いや、…………んは、死んでな……す」

終わることのない自問自答が続く。
自分のせいで、ファルシータ・フォーセットは死んだのか。
そうなのかもしれない。いや、きっとそうだ。
自分のせいで、岡崎朋也は死んだのか。
殺し合いを否定していたから死んだのか。殺し合いはダメなどというのは幻想に過ぎないのか。
違う。そもそも、あの放送は嘘で、朋也は死んでいないはずだ。何かの間違いだ。そうに決まっている。

「朋也くん……、お父さん……」

会いたい人、縋りたい人の名前を呟く。
彼女が、頑張りたいときに、自分へのご褒美を口にする癖が出たものだろうか。
確かに、渚が最も求めているものは、岡崎朋也と古河秋生の二人だろう。
しかし、渚は、自身を奮い立たせることが出来ないでいた。
それは、ファルと朋也に対する罪意識が、渚を押しつぶしそうになっていたからなのだろうか。

――――誰か一人でも殺していたら、もしかしたら朋也君は死ななかったのかもしれないのに
ファルから言われたこの言葉が、特に際立って彼女の頭の中に響いていた。
迷える少女は、その迷いを少しでも紛らわせるかのように、ただただ歩を進める。


●⑪●


「はは……、誰もいねえでやんの」

フカヒレこと鮫氷新一は、朝日を浴びながら、スラム街をあてもなく歩き回っていた。
フカヒレは、とにかく自分を守ってくれる人物を探して、周囲を探索していた。
殺人者と対峙した秋生を見捨てて逃げ出し、一人になった以上新たな庇護者が必要だったからだ。
しかし、成果は上がらず、いつしか、腰が引けながら、うろうろとスラム街を徘徊しているだけになっていた。
歩を進めるにつれ、フカヒレの中で、孤独から来る不安と見捨ててきたという罪悪感が積み重なっていく。

「おいおい、このまま一人なんてのは困るぜ……」

意識的に笑みをつくり、声に出して虚勢を張ってみても、不安と罪悪感は留まることなく積もっていく。
今、一人しかいない状態で、殺し合いに乗った人間に襲われたらどうするのか。
とても生き残れるとは思えない。殺されるだけだ。
秋生は、あいつを説得できたのか。それとも、失敗して今頃体に風穴を開けているのか。
そして、もし、殺されていたら、それは自分のせいではないのか。
違う。自分がいたところで、どうせ結果は変わりはしない。そうに決まっている。

「レオ……、スバル……」

頼りになる親友達の名前を呟く。
彼らと合流できれば、どれだけ心強いことだろうか。
しかし、レオのほうは、もうこの島にいない。この世のどこにも、いない。
自分を無条件に庇護してくれそうな人物は、スバル、乙女さん、館長くらいかと思い浮かべる。
椰子に関しては助けてくれないかもしれない。下級生に縋るのは情けない話でもある。

――――レオ……俺、死にたくないよ
秋生とツヴァイから逃げ出すときにこぼした言葉を思い返す。
向けられた殺意でメッキを剥がれた少年は、振り払えない不安と罪悪感と共に、ただただ歩を進める。


●⑪●


そして、ゆらゆらとスラムを動いていた二つの影は重なり合う。


●⑪●


注意力散漫で歩いていた渚とフカヒレの二人は、かなり接近するまで、お互いを察知することが出来なかった。
二人が出会ったのは、細かい路地が行き交う、スラム街でもやや奥まったところだった。

「ひっ!」
「うわっ!」

と二人が、驚きの声を上げたのは、ほぼ同時だった。
一瞬目が合い、お互い硬直する。その後、先に行動に至ったのは渚のほうだった。
フカヒレが、抱いたのは、人に会えたことへの喜びと、殺し合いに乗っていたらという恐怖という二つの背反する感情。
一方、渚は、ただ単純に、逃げないと、と思った。その違いである。

「あ、ちょっと――――」

フカヒレが呼びかけたときには、渚はすでに来た道を引き返し、駆け出していた。
渚が、なぜ即逃走という決定をしたのか。
渚の中には、もちろん殺されるんじゃないかという恐怖感があり、それも逃走の一つの原因だ。
しかし、顔を見るなり即座に逃げ出したのは、もっと単純な理由がある。
それは、突然の遭遇による驚きだ。
元々人見知りが激しい渚が、こんな殺し合いの中で、やあ、こんにちは、と簡単に挨拶を交わせるわけがないのである。

一方、フカヒレのほうは、抱えていた二つの感情は一方に完全に傾いていた。
逃げ出すということは、殺し合いにも乗ってなく、つまり、一緒に行動できるんじゃないかと。
追いかけないと、と遅れてフカヒレも走り出す。可愛い子なら尚のこといい、と少しだけ邪な思いも交えながら。

「おい、待ってくれよ! 別に君をどうこうしようってわけじゃないんだって!
 俺は、シャークだけど女の子に優しいシャークだぜ!」


●⑪●


追いかけっこの決着がつくまで、それほど時間はかからなかった。
なにせ、渚は、病気で一年留年するほど体が弱い。

「はぁ、はあ……」

渚は、ついに走るのをやめた。膝に手をつき、体は荒い呼吸で酸素を必死に補充しようとする。
後ろから追いかけてくる少年は、自分を害するつもりはないと言いながら追ってきている。
本当かどうかはともかくとして、殺してやると言って追いかけられているわけではない。
逃げないと、という意志は、疲れたからもう休みたいという誘惑に屈しやすくなっていた。
そして、なんとか呼吸を整えようとしていると、すぐにフカヒレが追いついてきた。

「待ってくれよ、俺は、こんな殺し合いに乗っちゃいないんだ」

肩で息をしながら、フカヒレは、渚に声をかける。
そして、先程のツヴァイとの対峙で剥がれたメッキを張りなおす。

「やや、いきなりのことで驚いちゃったかなぁ? 俺の名前は鮫氷新一。気さくにシャークと呼んでくれ。
 おっと、鮫と言っても俺の牙は、弱いものを助けるためにあるのさ。だから安心してくれていいんだぜ」
「は、はあ、鮫氷さん……ですか」
「はは、鮫氷さん、なんて余所余所しいなぁ。シャークでいいんだって」
「い、いぇ、そんな」

やたらと気さくに話しかけるフカヒレに対し、渚は勢いに押され、少し身をすくめている。
ただ、そんなフカヒレの様子に、本当に殺し合いに乗ってないんだろうなとは感じていた。
一方、フカヒレは、可愛い女の子を前にいつもの調子を取り戻しつつあった。

「いやいや、でもこんなところで君みたいな可愛い子に会えるとは思わなかったよ。
 まったく世の中捨てたもんじゃないよね」
「いや、そんな、私可愛くなんてないですから……」

フカヒレのペースで進む会話の中で、渚は自分で口にした台詞で、はっとした。
思い出したのは、岡崎朋也との何気ないやり取りだ。
――あまり自分を卑下するな、お前は俺の彼女なんだから、と。
でも、朋也は、もう死んだしまった。いや、そんなことはない、あの放送は嘘だ。
そして、再び渚の思考は泥沼へと沈みかける。

「いーや、君みたいに可愛い子、そうそういないよ」

にやにやと笑うフカヒレ。基本的に空気の読めないやつである。
渚の内心を知る由もなく、饒舌になったフカヒレは、どんどん本調子へと上り詰めていく。
そして、おもむろに眼鏡の渕を押さえ、目を細めて眉間に皺を寄せた。

「ふん、計測開始! ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」

つい先刻、如月千早に殴られたことに懲りることなく、スカウター機能を発動させた。
この島にきて既に三度目の発動である。
俯き気味だった渚も、何事かと顔を上げる。

(バスト……70……72……そうだ、これくらいは超えて当然なんだ。
 74……76……クッ、これは! 制服に抑圧されながらも、かなりの戦闘力を秘めているのか!)

「あのっ! 鮫氷さん!」

ここで、渚から声がかかる。
本来、この程度で止まるフカヒレではなかったが、渚が胸の前で腕を組みなおしたのがまずかった。
制限下にあるスカウターをこれ以上酷使するのは危険だ。計測を一時中断せざるを得なかった。

「その……朋也くんとお父さん、あ、岡崎朋也と古河秋生という人と会いませんでしたか?」
「ん、あ? 古河秋生? あーいや、その……」

フカヒレは、ばつが悪そうに視線を逸らす。
フカヒレの答えは、なんとも歯切れの悪いものだった。
それも当然だ。その名前は、たった今見捨ててきた者の名前だったのだから。

「もしかしてお父さんを知ってるんですか!?」
「ま、まあ、ちょっと、落ち着こうぜ。な? 君が俺と交流を深めたいのはよくわかるんだ。
 いや、もちろん俺も君と仲良くなりたいよ。それはもう魅力的な戦闘力を秘めた子なら尚更さ。
 でも、とりあえず落ち着こうぜ。大丈夫、俺はどこにも逃げやしないさ。
 おっとっと、失念してた。まだお嬢さんのお名前を聞いてなかった」
「あっ、そうでした。私、古河渚といいます」

古河"ナギサ"。フカヒレが、この島に来て、何かと縁のあった響きだった。

「古河渚ね。うん、綺麗な名前だ。君にぴったり……な、って、あ?」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、渚ちゃんね。はは、古河秋生だったっけ? あーどうだったかなぁ……。
 …………うおっ、急に腹が! ごめん、渚ちゃん、ちょっとだけここで待っててくれるかい? すぐ戻るから」

あっ、と渚が呼び止める隙もなく、フカヒレは街角を曲がり、視界から消えていた。
父を知っているかもしれないフカヒレに早く話を聞きたい気持ちでいっぱいだったが、さすがに追うわけにはいかない。
すぐに戻ると言っていたのだから、待っていればいいだろう。

「……お父さん」

父の存在は、渚にとって非常に大きなものだ。それこそ、スーパーマンのように自分を救ってくれる存在。
その父の手がかりがあるのかもしれない。この島に来て初めて、渚の心に光が差し込みつつあった。


●⑪●


「おいおい、古河渚って何の冗談だよ?」

フカヒレは、渚と別れ、路地の角を二つ曲がったところまで来ていた。
急に腹が、というのは、無論デタラメである。普通はバレバレになるはずで、相手が渚だから通じたようなものだ。
そんな嘘をついたのは、とにかく一度渚から離れたかったからだった。

古河渚という名前は、先程まで一緒にいた古河秋生の娘の名前である。
しかし、彼にとっての古河渚とは、遺跡でにおいて、この島で最初に出会った少女である。
完全に彼女を覚えているわけではないが、それでも思い出せるところはいくつかある。
彼女の特徴は何か?
最重要ポイント、バストサイズ80。これはいい。たった今渚と名乗った少女の計測は、まだ終えていない。
次に服装。これもいい。服を素晴らしい具合に濡らしていた彼女が着替えたとしても不自然ではない。
服に血がついていたのは気にならなくはなかったが、恐ろしいことに、血がつく機会くらいはいくらでもあるのだ。
この二つに関して見ると、スラム街で出会った古河渚≠遺跡で出会った古河渚の式は成り立たない。
しかし、一つ明らかにおかしい点がある。

(俺のことを、わかってない? 顔もしっかり見たはずだし、名前も名乗ったのに? 冗談きついぜ)

確かに遺跡で一緒にいた時間は少ないが、せいぜい六時間前のことを、完全に忘れるか?
それは、いくらなんでもおかしい。
自分もうろ覚えで、外見で絶対違うとは言い切れないが、名前くらいはしっかりと覚えている。
ならば、あの子は、自分と初対面でなければおかしいということだ。
そこからフカヒレが導いた結論は、こうだ。

(今会った方の渚ちゃんは、偽名を使ってる……?)

それは何のために? と真実から逸れてしまっている解答をもとに、フカヒレは思考を続ける。
元々フカヒレは、スバルが夜のバイトをやめない理由を冷静に分析し、気遣うなどの仲間思いで大人な一面も持つ。
さらに、親友達の恋愛絡みのときには、大人の意見でものを言えている。
表層に見える弱さや利己心の底には、人を思いやれる優しさがあった。
しかし、だ。
このバトルロワイヤルという環境は、彼の弱さを増長させる。
偽名なんじゃないかという疑問は、いつしか偽名に違いないという確信に変わっていた。
では、なぜ偽名を使うのか? それには、わかりやすいと同時に恐ろしい答えがある。
それは、彼女が殺し合いに乗っているということ。
フカヒレの中で反芻されているのは、放送での神父の言葉だ。
――――君の傍らにいる人間は、そ知らぬ顔をして君を利用した後背中を刺すかもしれないぞ?
――――預けておいた背中を、さくり……とな。
今、自分はまさに、そういう状態にあるのではないか。
彼女は、自分を油断させて、散々利用した挙句に……。

(おいおい、そんなのごめんだぜ)

人を利用してやろうと企てていたフカヒレだが、自分が利用され、最後には殺されるなんてのは勘弁して欲しかった。
自分勝手にも見えるが、フカヒレは一介の高校生に過ぎない。
こんな極限状態で、強く生きろというのは、無理難題というものだ。
彼女が自分を殺そうとしているとして、どうすればいいかを考え始める。

(やっぱ、このまま逃げちまったほうがいいのか?
 でも、もし本物に渚ちゃんだったら、惜しすぎるぞ。性的な意味で……じゃなくて、そう、色んな意味で)

フカヒレは、お世辞にもいいとは言えない頭で考える。
このまま逃げるという選択肢と、確認に戻るという選択肢を天秤にかける。
フカヒレが選んだのは、確認に戻るという選択肢だった。本物の渚だったらというメリットを優先させた結果である。
ただし、ある種利己的な彼は、身を守る保険をかけるのも忘れなかった。
一旦デイパックにしまっていたエクスカリバーを取り出す。
黄金に輝く大剣は、正直フカヒレの手には余るものであったが、彼にとって唯一の身を守る術であった。
ずっしりとした感触に少しだけ安心感を得ながら、フカヒレは渚の待つほうへと戻る。

スラム街の密集した建物で出来た影が、やたらとフカヒレの目に付いた。
浴びせられた殺意に一度虚栄を剥がれ、今度は神父の言葉に惑った少年が踊り始める。


●⑪●


「あ、お帰りなさいです。大丈夫でしたか?」

寄りかかっていた薄汚れた壁を離れ、フカヒレに対して声をかける。
帰ってきたフカヒレを、渚は期待に満ちた目で迎えた。
父の手がかりなら、どんな小さなことでも欲しくてしょうがなかったのだ。

「あ、ああ、大丈夫さ。いやぁ、急にキて参ったよ。はは……」
「それは、大変でした。あ、その……それはどうしたんですか……?」
「あ、いやこれは、そう、護身用にね。ほら、一人のときに急に襲われるとやばいだろ?」

渚が視線を向けたのは、フカヒレの右手に握られたエクスカリバーだった。
フカヒレは、怪しまれたかと冷や汗をかいたが、当の渚は、そんなことは大して気にしていなかった。
それよりも早く聞きたいことがあったからだ。

「そうですか。あの、さっき途中になってしまったお父さんのことを聞きたいんですけど」
「ああ、でも、ちょ、ちょっと待とうぜ!
 渚ちゃんが俺に興味を持ってくれるのはたまらなく嬉しいんだけど、一つだけ先に聞きたいことがあってさ」
「はあ……なんでしょうか?」
「いや、どうも渚ちゃんと前にもあったかなーって。いや俺は別にナンパしようってわけじゃないんだぜ?
 俺と、そのさ、いや、ほんと単純に初対面だったかなー? ……ってさ」

フカヒレは、意を決して疑問を投げかける。
目の前の渚が、そういえば前に会った人だと言ってくれれば、それで万事解決だ。

「いえ、初対面だと思いますが」

しかし、彼にとっての現実は甘くなかった。
渚にとっては、それがどうしたのかと感じただけだった。
むしろごく当たり前の返事をしただけなのに何故フカヒレが動揺しているのかを聞きたいぐらいだった。

「ほ、本当に?」
「本当です。その……、今まで何をしてたかと言われると返事に困ってしまいますが……」

フカヒレの視界が、大きく一度ゆらりと揺れた。
自分の足だけで立つのが辛くなり、すぐ傍の壁へともたれ掛かる。
動揺により、彼の世界は歪曲していた。
やっぱり、何らかの理由で渚と名乗る、この少女は偽名を使っている。
それは何故か? 決まっている。殺し合いに乗っているからだ。
こちらが気付いていることを悟られてはいないらしいことだけが救いだった。

「鮫氷さん? どうしたんですか?! またどこか具合でも悪くなったんですか?」

渚は、突然壁にもたれ、顔を伏せるフカヒレに驚く。
手を伸ばそうとして、そこで自分の手が赤く染まっていることに気付く。
ファルを誤って……殺して……しまったときに付いた血だ。
慌てて手を引き、荷物へと手を伸ばした。
体調が悪そうなフカヒレに、まだ手をつけていない水でも、と思ったからだ。

渚が、そんなことをしている間にフカヒレもまた考える。

(やべえ、どうするよ? おい。こいつ、まじで古河渚を騙ってるじゃねえか)

先程まで一緒にいた秋生は見捨ててきてしまった。今、この事態に一人で対応しなければならない。
どうする? どうする? どうする? どうする?
パニックにならないように努めるが、とき既に遅し。
少なくとも、正常な判断を下せるほどには、フカヒレは落ち着いてはいなかった。
頭の中に、再びあの言葉が響く。

――――君の傍らにいる人間は、そ知らぬ顔をして君を利用した後背中を刺すかもしれないぞ?
――――君の傍らにいる人間は、そ知らぬ顔をして君を利用した後背中を刺すかもしれないぞ?
――――君の傍らにいる人間は、そ知らぬ顔をして君を利用した後背中を刺すかもしれないぞ?

嫌だ。まだ、死にたくない。
今のフカヒレの気持ちは、秋生を見捨てて去ったときと同じ。

(レオ、俺、まだ死にたくないんだ)

そのときだった。
ふとフカヒレが顔を上げ、その視界に、渚が何やらデイパックに手を突っ込んでいるのが映ったのは。
しかも、さっきまでは気付かなかったが、その手は赤く染まっているではないか。
殺される、とフカヒレは身が震わせる。
逃げるのか? いや、この剣を抱えて走っても逃げ切れるのか?
そうだ。まだ、人殺しは武器を出していない。自分の手には、やたらずっしりした大剣がある。
それなら今のうちに――――。

弱さと疑心が爆発し、神父は、そっと背中を押した。
下を向きデイパックを漁っている渚に、朝日を反射する黄金の剣が、ふらふらと振り上げられた。


●⑪●


飛び散った飛沫の赤さは、日影に満ちたスラムの路地に相応しい色だった。

「うわあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁ!!!」

渚には、突然何が起こったのか、わからなかった。
デイパックを漁っていると、気分が悪そうにしていたフカヒレが大声をあげるのを耳にし、右腕に熱さを感じた。
顔を上げると、飛び込んできたのは、フカヒレの血走りぎらついた目。
そして、フカヒレが握っている黄金色に、たらりと赤い糸を引いた剣。
自分の右腕に目をやり、その赤い糸の正体に気付く。
振り下ろされた剣により破れた制服から、透き通った白い肌と赤い血のコントラストが覗く。
渚は、それを知ると同時に、右腕の熱さを、ようやく腕を斬られた痛みと認識した。

「さ、鮫氷さん、いったい何を?」
「うるさい! この殺人鬼め!」

聞く耳を持たなくなったフカヒレは、両手で持ったエクスカリバーを頭上に振り上げ、再び力任せに振り下ろす。
屈んでいた渚は、本能的に頭を両手で押さえた。
振り下ろされた刃は、まさに両手で守られた頭部へと向かい、上になっていた左腕を削ぐ。
赤い血が、汚れたアスファルトへと弾け飛んだ。

「や、やめてください! 一体どうしたんですか?!」
「黙れ、俺は騙されないぞ! そうやって今までも騙まし討ちしてきたんだろ!
 はは、だけど相手が悪かったな。お前が古河渚じゃないのはわかってるんだよ!」

要領を得ないフカヒレに、渚は今日何度目かの逃避を決意する。
突然どうしたのかは、わからないが、とにかく身の危険であることは間違いない。
幸いにも、フカヒレは大きな剣に振り回されている状況だ。
渚は、二つの荷物を掴み、脱兎のごとく逃げ出した。

「待ちやがれ!」

そして、二度目の追いかけっこが始まる。
だが、先程とはわけが違う。
一つ目の違いは、渚は両手を痛め、走るのに大きく影響が出ており、
フカヒレはエクスカリバーを持って走るという両者に枷が加わったハンデ戦であるということ。
二つ目の違いは、今度追われる側が捕まれば、怯えに怯えて開き直った心弱き鮫の牙が向かれるということ。


●⑪●


走る。朝の日差しの中を、二つの影が走る。
二つの影の追いかけっこの背景に流れる光景は、スラム街から森へと変わっていた。
二人は、緑色が流れるのを視界の端に捉えながら、ひたすらに追いかけっこを続けていた。
それは、実際はそれほど長い時間ではなかったのかもしれない。
決着がついたのは森の中だった。

先に力尽きたのは、古河渚のほうだった。
膝を地面について倒れこみ、荒く息をしながら、座り込んでフカヒレのほうに向き直る。

「ちょ、はぁはっ……ちょっと、はぁはぁ、さめ、すがさん。なんで」
「うるさいっ! ふう……やっと、諦め、やがったか」

フカヒレは、追いついた勢いそのままに、渚の右足目掛けてエクスカリバーを凪いだ。
汗ばみ、運動により軽く上気した若い肌が赤く裂ける。
ひうっと、呻く様子は、ある種扇情的でもあった。

「はぁ、はは、もうその足じゃ逃げられないぜ。おっと、俺を恨むなよ。恨むなら悪さしてる自分を恨むんだ」

フカヒレは、なんとも言えない高揚感を感じていた。
本来的に言えば、彼は渚が逃げ出したところで必ずしも追いかける必要はなかったのだ。
では、何故追いかけたのか。
彼は、ツヴァイと秋生から逃げ、スラム街にたどり着いたとき、こう思っていた。
誰かに助けて欲しい、と。
だが、同時にこうも思っていた。
誰の手を借りなくても生きていけるほど強くなりたい、と。
不意を突いて、渚に二太刀を浴びせたのが、転機だったのかもしれない。
客観的にみてどうかは別として、今の状況はフカヒレにとって殺人者を追い詰めた状況だ。
フカヒレが、自分は強くなれるんじゃないか、強くなっているんじゃないかと感じられる舞台だ。
殺人鬼なら、やられても文句は言えないだろうという感情がフカヒレを突き動かす。
最後に仕上げとして神父の言葉が、彼を優しく後押しする。

一方の渚は、フカヒレに反撃が出来ないわけではなかった。
しかし、ある場面が脳裏に蘇り、つい反撃の手を止めてしまう。
浮かんでくるのは、教会で頭から血を流して死んでいるファルの姿。
自分のせいで、誰かが死ぬのなんて、もう嫌だった。
今この瞬間にも、自分が何もしないせいで誰かが死ぬ恐怖よりも、自分が手を下して誰かが死ぬ恐怖が上回っていた。
渚は、いくら迷っても、根っこの部分で人が傷つくのを悲しめる人間だった。
しかし、それは、この場面においては仇にしかならない。

もう一度フカヒレが黄金の大剣を振り上げる。
倒れこんだ際に、渚のデイパックは少し離れたところに転がってしまっていた。
フカヒレは思う。これをやり遂げれば、自分は強く生きられるんじゃないかと。

「そらっ!」

フカヒレが、掛け声と共にエクスカリバーを振り下ろす。
右手から右足にかけて切り裂き、茂った草へと赤い血が染み込む。
あっ、と喘ぐ渚に対し、フカヒレは容赦をする気はなかった。
それから先は、もはや反復作業に過ぎなかった。


振り下ろす。
右肩からずるりと剣が滑る。失敗だ。

振り下ろす。
左足太ももを深く切り裂く。血が一帯へと広がっていく。

振り下ろす。
ついに頭部から血が溢れる。破れかけの襟元が赤く染まった。

振り下ろす。
制服の元の生地の色と、血で染まった色の面積が変わらなくなっている。

振り下ろす。
右腕の中程から腹部にかけて切り裂く。肌の露出部が、明らかに増えてきた。

振り下ろす。
濃縮された赤が渚の目にとまり、心の中に諦めが広がっていく。存在としての感覚を失いかける。


やがて、剣を振る掛け声と、苦痛による呻きの掛け合いが終わる。
散々エクスカリバーを振り回した疲れから、肩で息をしながらフカヒレが渚へと吐き捨てた。

「は、ははは、お前が悪いんだ。罰みたいなもんなんだよ!」

フカヒレの中で、今までの行為は完全に正当化されている。
それは、目の前の少女が殺人者であることから来るものであり、強い自分であるためという目的から来るものであった。
渚が弱々しく震えるだけになったのを確認し、フカヒレは立ち去った。
とどめまで刺そうとしなかったのは、フカヒレに人を殺すという覚悟が足りなかったからなのか。
何にしても、ただ一人死に体の渚だけが取り残された。


●●●


三つになったデイパックを持ち、フカヒレは歩き続け、森を抜けてスラム街に入ったところだった。
秋生を見捨ててきたときと同じ景色だ。
あのとき、フカヒレは自身の虚栄を剥ぎ取られ、弱さをただただ晒すだけだった。
しかし、今はどうだろうか。
フカヒレの胸には、古河渚の偽者である殺人者を撃退してやったという一つの達成感があった。
そして、あくまで自分を守ってくれる人間を探そうという方針は変わらない。

フカヒレは、かなり前から見えていた西から昇る黒煙を見上げた。
安全かどうかを考えるなら近寄らないほうがいいに決まっている。
しかし、そこに人がいる可能性が高いのも確かだ。
殺し合いに乗った人間に遭遇するリスクを負ってでも、人を探しに行くべきか。
フカヒレは、思考に入る。

(そうだ、俺は騙まし討ちをしようとする悪人を倒してきたんだ。
 へへ、この話をすれば、俺の存在価値って鰻登りじゃね? 嘘を見抜けるイケてるやつってさ)

フカヒレこと鮫氷新一は前にも述べたが根っこの部分では人情味がある仲間思いな人間だ。
ただ、その上には自分本位な弱さと、怠惰な利己心があり、それをさらに虚勢で覆い隠している。
要するに、ちょっとした弾みで間違いを犯し、突っ走ってしまう危険性は高かったのだ。

自分を助けてくれた古河秋生は、既に命を落としている。
その愛娘である本物の古河渚は、たった今自らの手でずたずたにしてきた。
喜劇なのは、真実の見えていないフカヒレが、まったく正しいことだと思っているところだ。
自ら踊りだしたのか、言峰に踊らされたのか。
自身では気付かないまま弱さを晒し続ける少年は踊り続ける。


【C-2東部 スラム街の端/一日目 午前】

【鮫氷新一@つよきす -Mighty Heart-】
【装備】:エクスカリバー@Fate/stay night[Realta Nua]、
【所持品】:支給品一式×3、きんぴかパーカー、シアン化カリウム入りカプセル、
      ビームライフル(残量90%)@リトルバスターズ!、未確認アイテム0~4、ICレコーダー、
      イタクァ(5/6)、銃弾(イタクァ用)×12、銃の取り扱い説明書、鎮痛剤(白い粉が瓶に入っている)
【状態】:疲労(大)、背中に軽い打撲、顔面に軽傷
【思考】
基本方針:死にたくない。
1:スラム街で人を探し、誰かに守ってもらう。そのために煙のあがっているほうへ向かう?
2:知り合いを探す
3:清浦刹那、ツヴァイを警戒
【備考】
※特殊能力「おっぱいスカウター」に制限が掛けられています?
 しかし、フカヒレが根性を出せば見えないものなどありません。
※渚砂の苗字を聞いていないので、遺跡で出会った少女が古河渚であると勘違いしています。
 また、先程あった少女は殺し合いに乗り、古川渚を名乗る偽者だと思っています。
※混乱していたので渚砂の外見を良く覚えていません。
※パーカーのポケットに入っていたカプセル(シアン化カリウム入りカプセル)が毒だということに気づいていません。
※渚については、殺したというより倒したという認識です。


⑪⑪⑪


自然の臭いと鉄の臭いが混じって、鼻がつんとします。
顔にべっとりとついた髪の毛と草が、少し気持ち悪いです。

どうも私はまだ生きているみたいでした。
こんな目に遭ってしまったのは、やっぱり罰があたったんでしょうか。
きっとそうです。
何も悪いことをしてないファルさんを、私は殺してしまったんですから。
でも、ファルさんの言ってたことは間違いだと思います。
人殺しはいけないことなんです。
朋也くんが死んじゃうから人を殺してしまいました、なんて言ったらきっとすごくすごく怒られてしまいます。
それは、朋也くんからも、お父さんからも。
バカか、お前は! って二人から言われるのが簡単に想像出来ます。

……少し、疲れてきました。
なんだか、辺りがぼやけてきてます。
手足は、ほとんど動きません。特に左足はまったくダメです。
私、このまま死んでしまうんでしょうか。
色んな間違いをしてしまった私には、ちょうどいい罰なのかもしれません。

どれくらい時間が経ったころでしょうか。
なんだか白く光るものがゆらゆらと飛んでいます。
なんとなく、それに触れたくなって、手を伸ばすけど離れてしまいます。
仕方がないので起き上がって追いかけます。
左足は引きずりながらですが、不思議と動けなくはありませんでした。
私の遅いペースでぎりぎり追いつけない速さで、光る玉のようなものは飛んでいきます。
どこかに連れていってくれるんでしょうか。

ふらふらと、きっと亀と競争したらいいくらいの速さで光の玉を追いかけていきます。
そして、ついに光の玉はある場所で旋回を始めました。
どうも、その場所まで私を連れてきたかったみたいです。
でも、私は他のものがぼやけてよく見えません。
立っているのが辛いので、とりあえず横になります。
地面が冷たいのか暖かいのかも、よくわからなくなってきました。
横になると、何か柔らかいものに触れた気がします。
なんだか……とても馴染んだ感触でした。
だんだん光の玉は見えなくなって、変わりに何か人のようなものが見えてきました。
それが何かわかったとき、私は、この島にきて初めて安心できたような気がしました。

「…………あぁ……おとう……さん」


●●●


罪と罰。
古河渚が罪を犯し、罰を受け、贖う必要があったのか。
鮫氷新一に罪を追求し、罰を与え、贖わせる権利があったのか。
その答えを問う必要は、もうなくなってしまったのかもしれない。
悲しき島で、ただ眠る影が二つ。



【古河渚@CLANNAD 死亡】

※C-3に古河秋生と古河渚の遺体が二つ並んでいます。



088:業火、そして幻影(後編) 投下順 090:悪鬼の泣く朝焼けに(前編)
110:希望の星 時系列順 091:風の名はアムネジア
085:無題(後編) 鮫氷新一 109:往こう、苦難と逆境と熱血と不屈に彩られた王道を
083:少女のおちる朝に 古河渚

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