瓦礫の聖堂 ◆guAWf4RW62
「困ったわね……」
嘗てファルシータ・フォーセットと呼ばれていた少女は、心底困り果てた表情でそう呟いた。
目に入るのは、辺り一面に広がる緑。
昼食が取れる場所を求めて歩き続けていたのだが、見えるのは鬱蒼と生い茂る木々ばかり。
地図も、記憶すらも持たない身では、どの方向に進めば森を抜けられるのかすら分からない。
ファルは殆ど勘だけを頼りに、懸命に森の出口を探し出そうとする。
そんな彼女の歩みを中断させたのは、突如鳴り響いた一つの放送だった。
目に入るのは、辺り一面に広がる緑。
昼食が取れる場所を求めて歩き続けていたのだが、見えるのは鬱蒼と生い茂る木々ばかり。
地図も、記憶すらも持たない身では、どの方向に進めば森を抜けられるのかすら分からない。
ファルは殆ど勘だけを頼りに、懸命に森の出口を探し出そうとする。
そんな彼女の歩みを中断させたのは、突如鳴り響いた一つの放送だった。
『――さて、放送の時間だ。早速死者の発表といこう』
「え……!?」
「え……!?」
何処からともなく聞こえて来たのは、落ち着き払った男の声。
ファルは慌てて周囲を見渡してみたが、人の姿は何処にも見受けられない。
全く状況を理解出来ない内に、聞き覚えの無い名前が次々と呼ばれてゆく。
『如月千早、浅間サクヤ、若杉葛――』
「……っ、慌てちゃ駄目ね。まずはとにかく、話を聞かないと」
ファルは慌てて周囲を見渡してみたが、人の姿は何処にも見受けられない。
全く状況を理解出来ない内に、聞き覚えの無い名前が次々と呼ばれてゆく。
『如月千早、浅間サクヤ、若杉葛――』
「……っ、慌てちゃ駄目ね。まずはとにかく、話を聞かないと」
未だ混乱する思考の中、それでもファルは何とか気を落ちつかせて、放送へと耳を傾ける。
告げられる声は、森の中一帯に響き渡っていた。
これだけの声量である以上、拡声器か何かの類を用いているのは明らかだろう。
程無くして放送は終了し、ファルは重要だと思われるキーワードについて思案を巡らせる。
告げられる声は、森の中一帯に響き渡っていた。
これだけの声量である以上、拡声器か何かの類を用いているのは明らかだろう。
程無くして放送は終了し、ファルは重要だと思われるキーワードについて思案を巡らせる。
「放送? 死者? 禁止エリア? 一体何だって云うの……?」
『放送』、『死者』、『禁止エリア』。
この三つの単語が示す意味は、どのようなものだろうか。
『放送』とはそのまま、先の声の事だと考えて間違い無い筈。
そして『死者』の方についても、不確かながら推論を立てる事が可能だった。
既に自分は、無残に殺された少女の死体を目撃している。
恐らく『放送』で読み上げられたのは、この地で死んでしまった者達の名前ではないか。
この三つの単語が示す意味は、どのようなものだろうか。
『放送』とはそのまま、先の声の事だと考えて間違い無い筈。
そして『死者』の方についても、不確かながら推論を立てる事が可能だった。
既に自分は、無残に殺された少女の死体を目撃している。
恐らく『放送』で読み上げられたのは、この地で死んでしまった者達の名前ではないか。
「でも、何の為に?」
死者の名前を読み上げられるという事は、この地にいる人間達の状態を把握しているという事。
ならばこれ以上犠牲者が出ないように、即座に救出活動を行うべきだろう。
なのに先の声の主はどうして、ただ淡々と死者の名前を並び連ねる事しかしなかったのか。
ファルは暫くの間考え込んでいたが、やがて一つの結論へと辿り着いた。
ならばこれ以上犠牲者が出ないように、即座に救出活動を行うべきだろう。
なのに先の声の主はどうして、ただ淡々と死者の名前を並び連ねる事しかしなかったのか。
ファルは暫くの間考え込んでいたが、やがて一つの結論へと辿り着いた。
「……考えても仕方ないわね。とにかく今は、人を見付けないと」
記憶を失っている今の自分には、圧倒的に情報が不足している。
これ以上一人で考え込んだ所で、信頼に足る推論が得られるとは到底思えない。
ならば今は一刻も早く人を見つけて、自分が置かれている状況について聞き出すべきだった。
そう判断したファルは考察を一旦中断して、森の中を再び歩き始めた。
そのまま数十分は歩き続けただろうか。
相変わらず緑しか見えない景色の中で、唐突に転機は訪れた。
これ以上一人で考え込んだ所で、信頼に足る推論が得られるとは到底思えない。
ならば今は一刻も早く人を見つけて、自分が置かれている状況について聞き出すべきだった。
そう判断したファルは考察を一旦中断して、森の中を再び歩き始めた。
そのまま数十分は歩き続けただろうか。
相変わらず緑しか見えない景色の中で、唐突に転機は訪れた。
「え、何……?」
ファルはピタリと足を止めて、呆然とした声を絞り出す。
自身の首元の辺りから、規則正しい電子音が鳴り響いていた。
音の正体を確かめるべく手を伸ばすと、鉄の冷たい感触が感じ取れた。
今まで首輪の存在にすら気付いていなかったファルは、事態を全く飲み込めていない。
何故、だろうか。
この電子音を聞いていると、どうしようも無いくらいの不安が沸き上がってくる。
ファルが不安の正体に気付くのを待たずして、首輪から機械的な声で警告が発せられる。
自身の首元の辺りから、規則正しい電子音が鳴り響いていた。
音の正体を確かめるべく手を伸ばすと、鉄の冷たい感触が感じ取れた。
今まで首輪の存在にすら気付いていなかったファルは、事態を全く飲み込めていない。
何故、だろうか。
この電子音を聞いていると、どうしようも無いくらいの不安が沸き上がってくる。
ファルが不安の正体に気付くのを待たずして、首輪から機械的な声で警告が発せられる。
『貴方は禁止エリアに侵入しました。後30秒後に爆破します。
それまでに禁止エリアから退避してください――』
「ばく、は……っ!?」
それまでに禁止エリアから退避してください――』
「ばく、は……っ!?」
激しく点滅する首輪、放たれた警告のメッセージ。
何かが決定的に不味い。
殺人遊戯に関する記憶を根こそぎ失ったファルでも、何らかの危険が迫りつつある事は察知出来た。
何かが決定的に不味い。
殺人遊戯に関する記憶を根こそぎ失ったファルでも、何らかの危険が迫りつつある事は察知出来た。
『30、29、28―― 』
「いや……嫌ぁああぁぁっ!!」
「いや……嫌ぁああぁぁっ!!」
30から始まって、一つずつ大きさを減らしてゆく数字。
それが、絶望的な何かが降り掛かるまでのカウントダウンだと理解して。
ファルは迫り来る驚異から逃れるべく、形振り構わず全力で駆け出していた。
それが、絶望的な何かが降り掛かるまでのカウントダウンだと理解して。
ファルは迫り来る驚異から逃れるべく、形振り構わず全力で駆け出していた。
とにかく全速力で、力の限り、警告を受けた地点から離れるように疾走する。
森を抜け、中世風の街並みが目に入ったが、走るのを止めようとはしない。
酸素不足で痛む肺も、弱音を上げる足も無視して、ひたすら逃亡を続ける。
ようやくファルが足を止めたのは、実に三十分近くも走り続けてからの事だった。
森を抜け、中世風の街並みが目に入ったが、走るのを止めようとはしない。
酸素不足で痛む肺も、弱音を上げる足も無視して、ひたすら逃亡を続ける。
ようやくファルが足を止めたのは、実に三十分近くも走り続けてからの事だった。
「――っ、はぁ、ハァ、ふ、はぁ…………」
激しく脈動する胸を押さえて、懸命に呼吸を落ち着かせる。
首輪からはもう、声は聞こえて来ていない。
兎にも角にも、危険からは逃げ切れたと判断して良いだろう。
首輪からはもう、声は聞こえて来ていない。
兎にも角にも、危険からは逃げ切れたと判断して良いだろう。
「どうやら助かったみたいね。でも、さっきのは一体何だったの……?」
ファルは古ぼけた民家の塀に背中を預けながら、先程の出来事について思案を巡らせる。
まず第一に注目すべきは、警告に交じっていた『爆破』というキーワード。
退避しろと警告する以上、何かを爆破する予定であり、それがこちらにも危害を及ぼしかねないという事だろう。
だが、一体何を爆破するというのか。
まず第一に注目すべきは、警告に交じっていた『爆破』というキーワード。
退避しろと警告する以上、何かを爆破する予定であり、それがこちらにも危害を及ぼしかねないという事だろう。
だが、一体何を爆破するというのか。
第一に考えたのは、禁止エリアそのものの爆破。
少し前に聞いた放送でも、禁止エリアという単語は出て来ていた。
禁止エリアというものが何を指しているのかは分からないが、禁止と銘打ってある以上安易に近付いて良い場所では無い筈。
先程のメッセージは、『爆破寸前の危険地帯に踏み込んだから今すぐ脱出しろ』、という警告かも知れない。
しかし、その推論では解決出来ない疑問が幾つかあった。
何故先の放送のような方法では無く、首輪から警告の言葉が発せられたのか。
何故突如として、首輪が電子音を上げ始めたのか。
そもそもどうして自分は、こんなモノを首に嵌められているのか。
禁止エリア自体が爆破されるという仮定では、首輪に関する疑問を解決する事が出来ない。
少し前に聞いた放送でも、禁止エリアという単語は出て来ていた。
禁止エリアというものが何を指しているのかは分からないが、禁止と銘打ってある以上安易に近付いて良い場所では無い筈。
先程のメッセージは、『爆破寸前の危険地帯に踏み込んだから今すぐ脱出しろ』、という警告かも知れない。
しかし、その推論では解決出来ない疑問が幾つかあった。
何故先の放送のような方法では無く、首輪から警告の言葉が発せられたのか。
何故突如として、首輪が電子音を上げ始めたのか。
そもそもどうして自分は、こんなモノを首に嵌められているのか。
禁止エリア自体が爆破されるという仮定では、首輪に関する疑問を解決する事が出来ない。
ならば、こう考えてはどうか。
爆破されそうになっていたのは、自分自身の首輪である、と。
先程自分は、踏み込む事が禁止されている地域に侵入した為、首輪を爆破されそうになった。
そして三十秒以内に走り去ったからこそ、何とか爆破を免れた。
それは数少ない情報から導き出された推論だが、あながち間違えでも無いように思えた。
警告を発したのも、電子音を打ち鳴らしていたのも、首輪なのだ。
ならば爆発するのも首輪だと考えるのは、至極当然の事だろう。
爆破されそうになっていたのは、自分自身の首輪である、と。
先程自分は、踏み込む事が禁止されている地域に侵入した為、首輪を爆破されそうになった。
そして三十秒以内に走り去ったからこそ、何とか爆破を免れた。
それは数少ない情報から導き出された推論だが、あながち間違えでも無いように思えた。
警告を発したのも、電子音を打ち鳴らしていたのも、首輪なのだ。
ならば爆発するのも首輪だと考えるのは、至極当然の事だろう。
そこまで考えた後、一つの感情がファルの脳裏に沸き上がった。
外したい。
爆弾が仕込まれているかも知れないこの首輪を、今すぐ外してしまいたい。
外したい。
爆弾が仕込まれているかも知れないこの首輪を、今すぐ外してしまいたい。
「こんな、もの……っ」
何時襲って来るか分からない驚異から、一秒でも早く解放されたい。
ファルは両手を伸ばして、しっかりと首輪を掴み取った。
ファルは両手を伸ばして、しっかりと首輪を掴み取った。
そのまま全力で引っ張ろうとして――行動に移す寸前で思い留まった。
「駄目ね……こんなやり方じゃ危ないわ」
記憶を失っているファルでも、爆弾が危険だという事くらいは理解出来る。
下手に負荷を加えれば、起爆の引き金となってしまうかも知れない。
勿論そうならない可能性もあるし、そもそも爆弾自体が仕込まれていない事だって考えられる。
しかし懸っているのは自身の命である以上、迂闊な行動など取れる筈が無かった。
下手に負荷を加えれば、起爆の引き金となってしまうかも知れない。
勿論そうならない可能性もあるし、そもそも爆弾自体が仕込まれていない事だって考えられる。
しかし懸っているのは自身の命である以上、迂闊な行動など取れる筈が無かった。
「……私一人じゃどうしようも無いわ。やっぱり、人を探さないと」
自身の安全を確保しようと思うのならば、まずは人を探さなければならない。
もしかしたら、首輪の安全な外し方を知っている人間に出会えるかも知れない。
そうでなくとも、自分がどんな事態に巻き込まれているのかを尋ねる事くらいは出来るだろう。
ファルは他者との遭遇を渇望し、西洋風に彩られた町の中を歩いてゆく。
もしかしたら、首輪の安全な外し方を知っている人間に出会えるかも知れない。
そうでなくとも、自分がどんな事態に巻き込まれているのかを尋ねる事くらいは出来るだろう。
ファルは他者との遭遇を渇望し、西洋風に彩られた町の中を歩いてゆく。
「何なのかしら、この気持ちは」
瞳に映る街並みからは、何処か懐かしい印象を受ける。
もしかしたら、記憶を失う前の自分は、此処と同じような街で暮らしていたのかも知れない。
ファルは様々な想いに囚われながら、静かに足を進めてゆく。
そうやって進んでいくと、やがてファルの嗅覚が錆びた鉄のような臭いを察知した。
彼女が出会った人間はまたしても、既にその生を終えたモノだった。
もしかしたら、記憶を失う前の自分は、此処と同じような街で暮らしていたのかも知れない。
ファルは様々な想いに囚われながら、静かに足を進めてゆく。
そうやって進んでいくと、やがてファルの嗅覚が錆びた鉄のような臭いを察知した。
彼女が出会った人間はまたしても、既にその生を終えたモノだった。
「……死んでる、わね」
見付けたのは、血塗れで地面に倒れている一人の少年。
それは凶弾の前に敗北した、岡崎朋也の死体だった。
以前に見た黒焦げの死体と比べれば、未だ綺麗な状態かも知れない。
しかし少年の即頭部は血で真っ赤に染まっており、顔は土茶色に変色している。
最早、絶命しているのは明らかだろう。
それは凶弾の前に敗北した、岡崎朋也の死体だった。
以前に見た黒焦げの死体と比べれば、未だ綺麗な状態かも知れない。
しかし少年の即頭部は血で真っ赤に染まっており、顔は土茶色に変色している。
最早、絶命しているのは明らかだろう。
「本当に、何が起こってるのよ……」
少年は明らかに、何者かの手によって殺されている。
人が人を殺すなど、どう考えても尋常な事態では無い。
死体を前にしても取り乱さないだけ、ファルは未だ冷静な人間だと云えるだろう。
しかし、それでも限界はある。
足りない情報が、次々と遭遇する死体が、首輪の驚異が、じわじわとファルの心を締め上げる。
人が人を殺すなど、どう考えても尋常な事態では無い。
死体を前にしても取り乱さないだけ、ファルは未だ冷静な人間だと云えるだろう。
しかし、それでも限界はある。
足りない情報が、次々と遭遇する死体が、首輪の驚異が、じわじわとファルの心を締め上げる。
「もしかして……私もこうなってしまうの?」
その言葉は、当然の危惧だった。
自分には、情報も身を守る術も無い。
あるのは、何時死を運んで来るか分からない首輪だけだ。
こんな状態で絶対に大丈夫と言い切れる人間は、余程の楽天家のみだろう。
自分には、情報も身を守る術も無い。
あるのは、何時死を運んで来るか分からない首輪だけだ。
こんな状態で絶対に大丈夫と言い切れる人間は、余程の楽天家のみだろう。
「私もこの人みたいに……死んでしまうの……?」
ファルは確かな恐怖を覚えながら、目の前の死体を眺め見る。
少年のどろりと濁った瞳が、お前も早くこちら側に来いと、手招きしているように感じられた。
堪らずファルは死体から目を外そうとしたが、そこで彼女は銀色の光を目撃する。
それは、死体の首に嵌められている首輪が放つものだった。
少年のどろりと濁った瞳が、お前も早くこちら側に来いと、手招きしているように感じられた。
堪らずファルは死体から目を外そうとしたが、そこで彼女は銀色の光を目撃する。
それは、死体の首に嵌められている首輪が放つものだった。
「これは、私のと同じ……」
鏡で確認した訳では無いが、自分の首輪も手触りから判断するに鉄製だった。
恐らくは、目の前の死体が嵌めているのと同じものだろう。
ファルは更にもう一歩先へと思考を進め、現状がどんな状態であるかを正しく認識する。
即ち、これはチャンスだと。
恐らくは、目の前の死体が嵌めているのと同じものだろう。
ファルは更にもう一歩先へと思考を進め、現状がどんな状態であるかを正しく認識する。
即ち、これはチャンスだと。
自分の首に嵌められた首輪を分析するのは、鏡を用いたとしても困難極まり無いだろう。
しかし他人の――とりわけ死体の首輪ならば、思う存分調べられる筈だった。
しかし他人の――とりわけ死体の首輪ならば、思う存分調べられる筈だった。
「ごめんなさい。ちょっと、見せて貰うわよ」
死体に触れるのは気分の良いものでは無かったが、そんな事に拘っていられる状況では無い。
体温の失われた死体を抱き起こして、首輪へと視線を集中させる。
だが、その行為は全くの無意味に過ぎない。
ファルは現代よりも少しばかり昔の、未だ汽車が走っていた時代の人間。
複雑な機械に関しての知識など、殆ど持ち合わせてはいない。
体温の失われた死体を抱き起こして、首輪へと視線を集中させる。
だが、その行為は全くの無意味に過ぎない。
ファルは現代よりも少しばかり昔の、未だ汽車が走っていた時代の人間。
複雑な機械に関しての知識など、殆ど持ち合わせてはいない。
首輪の外観を一見してみても、その構造については何も把握出来なかった。
自分では、首輪について調べるのは不可能。
首輪についてもっと深く知りたいのなら、他者の力を借りるしかない。
しかし、分析に使う首輪をどう確保したら良いのだろうか。
爆発の危険性がある以上、自分の首輪を分析させるといった選択肢は有り得ない。
幸い此処にはもう一つ首輪があるが、死体ごと運ぶ訳にも行かないだろう。
自分では、首輪について調べるのは不可能。
首輪についてもっと深く知りたいのなら、他者の力を借りるしかない。
しかし、分析に使う首輪をどう確保したら良いのだろうか。
爆発の危険性がある以上、自分の首輪を分析させるといった選択肢は有り得ない。
幸い此処にはもう一つ首輪があるが、死体ごと運ぶ訳にも行かないだろう。
――ならば死体の首を切り落として、首輪だけ奪って行けば良い。
一瞬そんな考えも浮かんだが、慌ててファルはそれを打ち消した。
亡骸の首を切り落とすなど、死者への冒涜に他ならない。
亡骸の首を切り落とすなど、死者への冒涜に他ならない。
「……そう、ね。そんな恐ろしい事、やっちゃいけないわよね」
この少年に何があったかは分からないが、彼は死してようやく安眠の時を迎えたのだ。
その眠りを妨げるような恐ろしい真似だけは、絶対にすべきでは無い。
その眠りを妨げるような恐ろしい真似だけは、絶対にすべきでは無い。
でも――本当に、それで良いのだろうか。
死者の亡骸を傷付けるのは、確かに糾弾されて然るべき行為だろう。
しかし自分とて、命が懸っているかも知れないのだ。
『首輪に爆弾が埋め込まれている』という推論が正しければ、首輪の解除は非常に重要だろう。
此処で首輪を手に入れられなかった事が、後々命取りとなる可能性も十分にある。
ならば、形振り構ってなどいられないのでは無いか。
しかし自分とて、命が懸っているかも知れないのだ。
『首輪に爆弾が埋め込まれている』という推論が正しければ、首輪の解除は非常に重要だろう。
此処で首輪を手に入れられなかった事が、後々命取りとなる可能性も十分にある。
ならば、形振り構ってなどいられないのでは無いか。
「私は――」
ファルは震える手を鞄へと伸ばして、中から包丁を取り出した。
此処で首輪を奪い取るという行為は、果たして人間として正しいのか?
そんな事、考えるまでも無い。
記憶の大半を失ってしまったものの、最低限の道徳くらいは持ち合わせている。
死者の亡骸を蹂躙するような行為は、人間として明らかに最低最悪なものだろう。
それでも、思う。
自分はこんな所で死にたくない、と。
此処で首輪を奪い取るという行為は、果たして人間として正しいのか?
そんな事、考えるまでも無い。
記憶の大半を失ってしまったものの、最低限の道徳くらいは持ち合わせている。
死者の亡骸を蹂躙するような行為は、人間として明らかに最低最悪なものだろう。
それでも、思う。
自分はこんな所で死にたくない、と。
未だ見ぬ、愛しい両親や恋人。
彼らと逢えぬままに逝くなど耐えられない。
落ち着いた気持ちになれる、『歌う』という行為。
命を落として二度と歌えなくなるなど、到底我慢ならない。
彼らと逢えぬままに逝くなど耐えられない。
落ち着いた気持ちになれる、『歌う』という行為。
命を落として二度と歌えなくなるなど、到底我慢ならない。
そして何より――自分が何者なのかも分からぬままに終わるなど、断固として否定する。
自分にはまだまだやりたい事、しなければならない事が沢山ある。
知りたい。
自分はどんな人間なのか、ちゃんと思い出したい。
生きたい。
歌を歌いながら、未だ思い出せぬ両親や恋人に囲まれながら、幸せな人生を送りたい。
それが自身の偽りざる本心だった。
だからこそ、名すらも失った少女は決断を下す。
知りたい。
自分はどんな人間なのか、ちゃんと思い出したい。
生きたい。
歌を歌いながら、未だ思い出せぬ両親や恋人に囲まれながら、幸せな人生を送りたい。
それが自身の偽りざる本心だった。
だからこそ、名すらも失った少女は決断を下す。
「ごめんなさい、私は未だ死にたくないの。だから――貴方を『利用』させて頂戴」
ざくり、と。
倒れ伏す少年の首に、墓標のように包丁が突き立てられた。
倒れ伏す少年の首に、墓標のように包丁が突き立てられた。
◇ ◇ ◇ ◇
一度行動に移してしまえば、後は自分でも意外な程に、躊躇い無く動き続けられた。
只の一刺しで首を両断する事は叶わなかったが、ファルは何度も何度も刺突を敢行。
その際、返り血を浴びないように注意する事も忘れない。
血で服を汚してしまえば、誰かと出会った時に警戒されてしまうかも知れない。
例え記憶を失っていようとも、ファルはそんな愚を犯したりする程馬鹿では無い。
多少包丁の刃が痛んだものの、やがて首を両断する事に成功し、同時に首輪も手に入った。
只の一刺しで首を両断する事は叶わなかったが、ファルは何度も何度も刺突を敢行。
その際、返り血を浴びないように注意する事も忘れない。
血で服を汚してしまえば、誰かと出会った時に警戒されてしまうかも知れない。
例え記憶を失っていようとも、ファルはそんな愚を犯したりする程馬鹿では無い。
多少包丁の刃が痛んだものの、やがて首を両断する事に成功し、同時に首輪も手に入った。
「……さようなら。私にこんな事を云う資格は無いかも知れないけど、今度こそ安らかに眠れると良いわね」
ファルは朋也の死体を申し訳無さげに一瞥した後、その場を歩き去っていく。
足は、道の向こう側に見える大聖堂へと向かっていた。
大聖堂は遠目から一見しただけでも分かるくらい、無残な様相を呈していた。
大きな穴が穿たれた壁、ぐにゃりと歪んだ扉。
無数の罅、無数の瓦礫が、厳かだったであろう大聖堂の雰囲気を完膚無きまでに破壊している。
それでもファルは引き返したりせずに、壁の穴から内部へと侵入した。
住む者の居なくなった、荒廃した礼拝堂。
天窓から日差しが降り注いで、ファルの白い肌を眩く照らし上げる。
足は、道の向こう側に見える大聖堂へと向かっていた。
大聖堂は遠目から一見しただけでも分かるくらい、無残な様相を呈していた。
大きな穴が穿たれた壁、ぐにゃりと歪んだ扉。
無数の罅、無数の瓦礫が、厳かだったであろう大聖堂の雰囲気を完膚無きまでに破壊している。
それでもファルは引き返したりせずに、壁の穴から内部へと侵入した。
住む者の居なくなった、荒廃した礼拝堂。
天窓から日差しが降り注いで、ファルの白い肌を眩く照らし上げる。
建物の中に人の姿は見受けられないが、それはファルとて予想していた事。
こんな荒れ果てた場所に滞在する愚か者など、そう居る筈が無い。
だと云うのに何故わざわざこんな場所へ来たのか、理由は只一つ。
此処は地上より遠く、天には尚遠い、告解の惑い場。
今からファルがしようとしている事には、うってつけの場所だった。
ファルが視線を正面へと向けると、一際大きな十字架が瞳に映し出された。
こんな荒れ果てた場所に滞在する愚か者など、そう居る筈が無い。
だと云うのに何故わざわざこんな場所へ来たのか、理由は只一つ。
此処は地上より遠く、天には尚遠い、告解の惑い場。
今からファルがしようとしている事には、うってつけの場所だった。
ファルが視線を正面へと向けると、一際大きな十字架が瞳に映し出された。
「じゃあ始めましょうか。私の礼拝を」
記憶を失う前の自分について、朧げながら予想が付いてきた。
殆ど無意識の内に浮かび上がってくる、『利用』という単語。
死体の首を切り落とすという行為すらやり通す、冷酷な行動力。
記憶を取り戻す前の自分は、もしかしたら随分と酷い人間なのかも知れなかった。
しかし所詮推測に過ぎないし、仮に正解だったとしても、それが自分を形作る全てでは無いだろう。
記憶を取り戻したいという想いは、今も何ら変わる事が無い。
殆ど無意識の内に浮かび上がってくる、『利用』という単語。
死体の首を切り落とすという行為すらやり通す、冷酷な行動力。
記憶を取り戻す前の自分は、もしかしたら随分と酷い人間なのかも知れなかった。
しかし所詮推測に過ぎないし、仮に正解だったとしても、それが自分を形作る全てでは無いだろう。
記憶を取り戻したいという想いは、今も何ら変わる事が無い。
「私は未だ死ねないの。私は誰? 私はどんな人間?
知りたい事は、まだまだ沢山あるの」
知りたい事は、まだまだ沢山あるの」
死ねない。
自分が何者かも思い出せないまま死ぬなんて、余りにも哀し過ぎる。
自分は絶対に、記憶を取り戻すまで死ぬ訳にはいかない。
生き延びる為に、他者を利用する事になったとしても。
記憶を失う前の自分が、非道な悪党だったとしても、だ。
自分が何者かも思い出せないまま死ぬなんて、余りにも哀し過ぎる。
自分は絶対に、記憶を取り戻すまで死ぬ訳にはいかない。
生き延びる為に、他者を利用する事になったとしても。
記憶を失う前の自分が、非道な悪党だったとしても、だ。
「私はパパやママと逢いたいし、恋人とも再会したい。
歌だって、もっと歌っていたい」
歌だって、もっと歌っていたい」
瞳を閉じれば、深い緑色の目をした少年の顔が浮かび上がった。
名前までは未だ思い出せないが、彼が自分の恋人なのであるという事は理解出来た。
彼や、両親と絶対に再会しなければならない。
その為には、決して立ち止まったりしない。
ファルは目を開くと、真っ直ぐな瞳で十字架を見据えて、強く、強く、宣言する。
名前までは未だ思い出せないが、彼が自分の恋人なのであるという事は理解出来た。
彼や、両親と絶対に再会しなければならない。
その為には、決して立ち止まったりしない。
ファルは目を開くと、真っ直ぐな瞳で十字架を見据えて、強く、強く、宣言する。
「だから――この十字架の前で、私は誓う。何としてでも、失った記憶と幸せを取り戻して見せるって。
たとえその結果、罪を犯す事になろうとも」
たとえその結果、罪を犯す事になろうとも」
幾ら中身を失おうとも、長年を掛けて培ってきた器までは変わらない。
嘗ての自分程、全てを割り切れている訳では無いし、他者を思い遣る心も失ってはいない。
けれどその道を目指すのに、最早迷いは無く。
少女は鉄の意志を以って、自らの中身と幸福を追い求める。
嘗ての自分程、全てを割り切れている訳では無いし、他者を思い遣る心も失ってはいない。
けれどその道を目指すのに、最早迷いは無く。
少女は鉄の意志を以って、自らの中身と幸福を追い求める。
【E-3 大聖堂/一日目 日中】
【ファルシータ・フォーセット@シンフォニック=レイン】
【装備:包丁(少々刃毀れしています、返り血は拭き取ってあります)、デッキブラシ、イリヤの服とコート@Fate/stay night[Realta Nua]】
【所持品:リュックサック、救急箱、その他色々な日用品、ピオーヴァ音楽学院の制服(スカートがさけている)@シンフォニック=レイン
首輪(岡崎朋也に嵌められていたもの)】
【状態:重度の記憶喪失(僅かだが記憶が戻り始めている)、頭に包帯、体力疲労(中)、精神的疲労(中)、後頭部出血(処置済み)、空腹】
【思考・行動】
基本:他者を利用してでも絶対に生き延びる。自分の記憶を取り戻したい パパとママと恋人を探したい
0:他者を利用してでも、自身の生存を最優先する。
1:まずは他者と接触して、自身が置かれている状況や、首輪についての情報を入手する。
2:首輪を外せる人間を探す。
3:男性との接触は避けたいが、必要とあれば我慢する
4:パパやママ、恋人を探し出す
【ファルシータ・フォーセット@シンフォニック=レイン】
【装備:包丁(少々刃毀れしています、返り血は拭き取ってあります)、デッキブラシ、イリヤの服とコート@Fate/stay night[Realta Nua]】
【所持品:リュックサック、救急箱、その他色々な日用品、ピオーヴァ音楽学院の制服(スカートがさけている)@シンフォニック=レイン
首輪(岡崎朋也に嵌められていたもの)】
【状態:重度の記憶喪失(僅かだが記憶が戻り始めている)、頭に包帯、体力疲労(中)、精神的疲労(中)、後頭部出血(処置済み)、空腹】
【思考・行動】
基本:他者を利用してでも絶対に生き延びる。自分の記憶を取り戻したい パパとママと恋人を探したい
0:他者を利用してでも、自身の生存を最優先する。
1:まずは他者と接触して、自身が置かれている状況や、首輪についての情報を入手する。
2:首輪を外せる人間を探す。
3:男性との接触は避けたいが、必要とあれば我慢する
4:パパやママ、恋人を探し出す
【備考】
※ファルの登場時期は、ファルエンド後からです。
※頭を強く打った衝撃で目が覚める前の記憶を失ってますが、徐々に思い出しつつあります。
※当然バトルロワイアルに参加していること自体忘れてます。
※教会に倒れていたこととスカートが裂けてたことから、記憶を失う前は男性に乱暴されてたと思ってます。
※ファルの登場時期は、ファルエンド後からです。
※頭を強く打った衝撃で目が覚める前の記憶を失ってますが、徐々に思い出しつつあります。
※当然バトルロワイアルに参加していること自体忘れてます。
※教会に倒れていたこととスカートが裂けてたことから、記憶を失う前は男性に乱暴されてたと思ってます。
143:第二回放送 神は慈悲深く、されど人の子は | 投下順 | 145:人と鬼のカルネヴァーレ (前編) |
143:第二回放送 神は慈悲深く、されど人の子は | 時系列順 | 145:人と鬼のカルネヴァーレ (前編) |
126:鬼哭街(後編) | ファルシータ・フォーセット | :[[]] |