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Phantom /ありがとう(2)

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Phantom /ありがとう(2)  ◆guAWf4RW62



「ハッ!」
「チィ――――」

 鬼切りの少女の繰り出した剣戟が、暗殺者の鼻先を掠め過ぎてゆく。
 ドライは大きく舌打ちしながら、バックステップで距離を取ろうとした。
 だがそうはさせぬと云わんばかりに、烏月が懐へと踏み込んできた事によって、ドライは再び守勢を強要される。
 ――三発。
 烏月達との戦いで、これまでにドライが用いた銃弾の数だ。
 これは普段の彼女からすれば有り得ない事。
 圧倒的火力と手数で敵を叩き潰すのが、ドライ本来の戦闘スタイル。
 だが僅かな数の銃弾しか持っていない今、無闇に銃を乱射すれば、程無くして弾切れの憂き目に遭ってしまうだろう。
 それに脱け殻同然であるとは云え、ツヴァイとの決戦も控えている。
 故にドライは、敵が隙を晒すまで待ち続けると云う、消去的な戦い方をするしか無かった。


「くっ……」

 ドライの眼前より鬼切りの少女が迫り来る。
 薙ぎ払い、振り下ろし、袈裟斬り。
 矢継ぎ早に放たれる連撃はそのどれもが、並の人間ならば回避不可能な程に鋭いもの。
 ドライは反撃もままならず、紙一重の回避を続けている。
 だがドライとて、ツヴァイに天才と云わしめた程の戦闘センスの持ち主であり、そう簡単に敗れたりはしない。

「ふっ…………!」

 烏月が一歩深く踏み込むと共に、疾風と見紛わんばかりの速度で刺突を繰り出した。
 それは相手の胸部を狙った正しく必殺の一撃だったが、そこでドライが自ら地面へと転がり込んだ。
 標的を見失い、空転する白刃。
 ドライは大地の上を、勢い良く二回、三回と転がってゆく。
 上体を起こした時にはもう、烏月に向けて銃を構えていた。

「甘えんだよ」

 しっかりと態勢を整えてから、両手で構えて撃つのが銃撃を行う際の鉄則。
 その基本から外れた撃ち方をしてしまえば、銃弾はあらぬ方向へと飛んでゆくのみ。
 だがことドライに限っては、そのような鉄則など通用しない。
 並外れた才能を持つ彼女ならば、如何なる態勢からでも、必中の一撃を繰り出す事が出来る。
 ドライはがら空きとなった烏月の腹部に、銃弾を叩き込もうとして―― 

「いいや、甘いのは貴女だよ」
「――――ッ!?」

 刹那、ドライの背中に悪寒が奔った。
 考えるよりも早く上体を後ろに傾けて、バック転の要領で後方へと跳躍する。
 直後、子供のように小さな拳が、しかし恐るべき勢いで一秒前までドライの居た空間を切り裂いていた。
 その余波で生じた凄まじい暴風が、ドライの前髪を巻き上げる。

柚原このみ、行くでありますよ!」

 ドライが目撃したのは、大きく拳を振り上げたこのみの姿。
 使い慣れない武器に頼るべきでは無いと判断したのか、その手に銃はもう握られていない。
 このみは徒手空拳の状態で、果敢にドライへと殴り掛かる。

「やあぁぁぁっ!」

 一発、二発、三発、四発、五発――。
 まるで早鐘を打つかのように、拳の連撃が繰り出される。
 悪鬼の力による強化は、このみの身体能力を大幅に引き上げていた。
 放たれる拳は烏月の剣戟よりも尚速く、人間の限界すらも凌駕している。

 回避に徹しても凌ぎ切れぬと判断したドライは、即座に弾丸の温存を諦めて、銃口を水平に持ち上げた。
 至近距離でルガー P08が死の咆哮を上げたが、人外の反応速度を見せるこのみには当たらない。
 再び銃を構えるよりも早く、このみの拳が繰り出されて、ドライは後退を余儀無くされた。

「はっ、随分と立派になりやがったじゃねえか……!」

 回避を続けながら、ドライは愉しげに口元を吊り上げる。
 実際に戦ってみた所、このみの実力は予想以上のものだった。
 最早一流の暗殺者と比べても、決して引けを取らないだろう。
 その変貌振りは成長と云うよりも寧ろ、進化と表現する方が相応しい。
 何がこのみを此処まで強くしたのか、ドライには分からない。
 だが目の前に強敵が現れたと云うのならば、やるべき事など一つだった。

「面白え、やってやるよ」

 後退する足を止めて、両足でしっかりと地面を踏み締める。
 直ぐ近くでは、千華留と烏月が加勢する好機を狙っているが、至近距離を維持している限り邪魔が入る心配は薄い。
 下手に介入しようとすれば、味方にまで攻撃が当たってしまうかも知れないのだ。
 暗殺者として、一対多の無茶な戦いも経験してきたドライは、その事を良く分かっている。
 ならば退く必要など無い。
 敵の猛攻をこの場で迎え撃って、自分こそが最強のファントムなのだと証明するのみ。

 勝負は一瞬。
 このみの拳も、ドライの銃撃も、一撃で相手を無力化出来るだけの威力がある。
 暗殺者の懐に、上体を屈めた鬼の少女が潜り込む。
 ドライは決して退かずに、ただこのみの拳へと神経を集中させた。

「ぃやあぁぁっ!」
「くう――――っ!」

 振り上げられた一撃を回避すべく、ドライは全力で上体を後ろへと反らす。
 チリッと、肌を掠める破壊の暴風。
 完全には避け切れず、胸の辺りに妬けるような痛みが奔ったが、兎に角大きなダメージは負わずに済んだ。
 空振りの隙を狙って、ドライは銃を構えようとする。
 だがそこで、視界にとあるものが映った。


「…………っ!?」

 ドライの眼前で、宙を舞う円状の物体。
 それは、嘗てツヴァイから贈られた懐中時計だった。
 懐中時計はペンダントのように首から掲げられていたが、このみの一撃によって紐を断ち切られてしまったのだ。

「あ――――」

 脳裏に去来するのは、懐中時計を買った時の記憶。
 当時ドライはツヴァイの家に居候している身であり、個人の所有物となる物まで買って貰うのは悪いと考えていた。
 店頭でこの懐中時計を見付けた時、欲しくて欲しくて堪らなかったが、遠慮して云い出せずにいた。
 にも関わらず、ツヴァイは自分から買ってやると云ってくれたのだ。
 大して値の張らぬ、しかしドライにとっては大切な思い出の詰まった一品。
 このまま地面へと落ちれば、壊れてしまう可能性は十分にある。

「く、そ――――!」

 気付いた時にはもう、自然に片手が伸びていた。
 ドライは他の全てを後回しにして、ただ必死に懐中時計を掴み取る。
 戦いの最中に於いて、その行動は致命的なまでの隙を生み出す。
 首の付け根の辺りに奔る衝撃。

「ガッ…………!」
「……ごめんね」

 このみは殺さぬ程度に手加減した手刀で、ドライの首を打ち据えていた。
 幾分か威力が弱められているとは云え、意識を刈り取るには十分過ぎる一撃。
 無防備な所を強打されたドライは、力無く大地へと崩れ落ちた。



「ドライさん……」

 静寂が戻った広場の中。
 このみは哀しげな瞳で、地に倒れ伏すドライを眺め見る。
 ズキズキと、胸の奥を締め付けられるような感覚。
 たとえ命を狙われていたとは云え、嘗て自分を救ってくれた恩人を傷付けるのは、酷く心の痛むものだった。
 しかしそんな彼女を追い討つかのように、烏月は冷然たる声で告げる。

「さて……仕上げに入ろうか」
「仕上げ?」
「気絶している今が好機だ。此処で命を断たせて貰うよ」

 そうして烏月は、刀の切っ先を倒れ伏すドライへと向けた。
 切れ長の瞳に明確な殺気が宿る。 
 このみは一も二も無く、烏月の行動を押し止めようとする。

「そ、そんなの――」
「駄目だ、とは云わせないよ。キャルさんは強い。もし此処で見逃せば、多くの人が殺されてしまうかも知れないんだ。
 鬼切り役としても、桂さんを守る為にも、私はキャルさんを討たなければならない」

 烏月の言葉は正しい。
 肉食獣の如き獰猛な殺意と、類稀なる実力を併せ持ったドライは、全ての参加者達にとって危険極まりない存在。
 ならば此処で仕留める事こそが、大勢の人々を救う結果に繋がるだろう。
 千華留もドライの危険性は理解している為、烏月を止めようとしない。

「大切な人を失った貴女だからこそ、これ以上の悲劇は防がねばならないと分かる筈だ。
 私はキャルさんを討つ。良いね?」
「…………」

 このみは答えない。
 だがこの状況に於ける無言は、肯定しているのと同意義だった。
 反対意見が潰えた事を確認した烏月は、日本刀を握り締める手に力を籠めた。
 元より役目の為、目的の為ならば、容赦無く人を屠って来た。
 鬼切りの少女は何処までも冷静に、己が敵を切り捨てようとする。

 その、刹那。


「――殺させない」


 地獄の底から響いてきたかのような声。
 烏月が顔を上げると、何時の間にかツヴァイが立ち上がっていた。

「絶対に、この子は殺させない」
「……何?」

 放たれた言葉、向けられた意思の強さに烏月が眉をしかめる。
 ツヴァイの瞳はもう、生気を失った死人のソレでは無い。
 以前戦った時よりも尚鋭い決意を秘めた、戦士の目だった。
 再び立ち上がったツヴァイは、ゆっくりと己の胸中を口にする。

「分かっている……分かっているさ。この子が、俺の知るキャルじゃ無いんだって。
 俺はもう、『俺の世界のキャル』を救う事が出来ないんだって」

 ツヴァイの夢は既に終わっている。
 元の世界で守り切れなかったキャルは蘇ってなどおらず、希望は完全に失われた。
 救いの手を差し伸べてくれた人達も、殺して。
 怒りを胸に立ち向かってきた人間も、殺して。
 大勢の人々を踏み躙って来たツヴァイの行為は、何の意味も為さなかった。

「けどな――」

 全ての迷いを断ち切るように。
 強く、強く、拳を握り締めて。

「この子もキャルである事に変わりはないんだ」

 ツヴァイの脳裏に思い起こされるのは、嘗ての思い出。
 懐中時計を贈った時、キャルはツヴァイと約束した。

――大事にしろよ
――うん。ずっと……大事にするよ

 生きて来た世界が違っても、彼女はやはりキャルだった。
 目の前から敵が迫っているにも関わらず。
 安物の懐中時計を宝物のように扱う、大馬鹿だった。

「この子がキャルであると云うのなら、見殺しにして良い筈が無いんだ。
 どんなに憎まれていたとしても、二度と暖かい声を掛けて貰えないとしても、俺がこの子を守らない理由になる筈が無いんだ」

 今目の前で倒れ伏すキャルは、元の世界でツヴァイにすらも見捨てられたと云っていた。
 世界のあらゆるモノに裏切られて、彼女はこれ程までに深い憎しみを抱くようになったのだ。
 救ってあげなければならない。
 誰かが手を差し伸べてあげなければならない。

「たとえこのキャルが、別の世界の人間だとしても。たとえ世界の全てが、キャルを憎んだとしても。
 たとえキャルの世界の吾妻玲二が、彼女を見捨てたのだとしても――」 

 何があっても、キャルと一緒に居ると約束した。
 絶対にキャルの事を守り抜くと誓った。
 血を吐くような決意と共に、ツヴァイは――吾妻玲二は宣言する。


「俺は。俺だけは――永遠にキャルの味方だ」

 そうしてツヴァイは再び、己が銃を手に取った。
 今度こそ、キャルを守り抜く為に。
 烏月が横に飛び退いた直後、コルトM1917の銃口から弾丸が放たれて、民家の壁面へと突き刺さった。

「くっ……。このみさん、千華留さん、援護を!」

 敵が発砲してきた以上、行動を起こさねば待っているのは死のみ。
 烏月は表情を引き締め直すと、ツヴァイに向かって駆け出した。
 コルトM1917が構えられたのと同時に、サイドステップで銃の射線から身を躱す。
 それは以前ツヴァイの銃撃を空転させた回避法だが、同じ手法が二度通用する道理は無い。
 ツヴァイは烏月が横に回避するのを予測して、銃口の向きをそちらへと修正していた。
 烏月も咄嗟に上体を捻ろうとしたが、それよりも早く銃弾が撃ち放たれる。

「つあああぁっ……!」

 烏月は脇腹を浅く抉られて、大きくバランスを崩し地面へと転倒した。
 そこに、すかさず向けられるコルトM1917の銃口。
 そうはさせじと、このみが横からツヴァイに殴り掛かる。
 悪鬼の身体能力によって振るわれる拳は、一撃で大木を砕くだけの威力がある。
 だが、それも命中しなければ無意味。
 ツヴァイが上体を低く屈めた事によって、少女の剛腕は空を裂くに留まった。

「こ、この――――!」

 このみは至近距離で足を止めて、何度も攻撃を繰り出してゆく。
 一撃毎に旋風を巻き起こす拳は、しかしツヴァイの身体に掠りもしない。 
 まるで未来を予知しているかのように。
 ツヴァイは正確にこのみの予備動作を見極めて、拳が振るわれるよりも早く身を躱している。
 豪快な風切り音だけが、繰り返し広場の中に鳴り響く。

「……無駄だ。お前の攻撃には余分な動作が多過ぎる」

 ツヴァイは眉一つ動かさぬまま、確実にこのみの連撃を回避してゆく。
 初めて戦った時は、常識外れの身体能力に驚きもした。
 しかしどれだけ動きが速かろうとも、所詮このみは戦いに関して素人である。
 アインのように最短の軌道、予測不可能な連携で命を獲りに来るのでは無い。
 このみの攻撃は酷く大振りで、フェイントが混ぜられるような事も無い。
 だから、読める。
 並外れた身体能力さえ計算に入れておけば、問題無く捌く事が出来る。 

 ツヴァイは迫る拳を掻い潜り、至近距離でコルトM1917をこのみへと向けた。 
 このみは人外の反応速度を駆使して、即座に銃口から身を躱す。
 直後、ドンという音がした。

「う、あ…………!?」

 足の親指に激痛が奔り、このみが苦悶の声を洩らす。
 ツヴァイは銃撃を行うと見せ掛けて、このみの足を踏み付けていた。
 このみも苦し紛れに拳を振り上げようとしたが、既にツヴァイは次の動作へと移っている。
 引き金を引く時間すらも惜しんだ、銃身による薙ぎ払いの殴打。
 側頭部を強打されたこのみが、受け身も取れぬまま地面に叩き付けられる。
 このみは起き上がれない。
 脳を大きく揺らされた影響は、短時間で抜ける程甘くない。

「次は――――」

 敵は複数、無力化した相手に構っている暇は無い。
 ツヴァイは倒れ伏すこのみを一瞥すらせずに、視線を横へと移す。
 そこでは先程銃撃を浴びせた烏月が、ようやく立ち上がろうとしている所だった。
 脇腹を撃ち抜かれた影響か、その動きは酷く散漫である。
 間髪置かずに、ツヴァイはコルトM1917を構えた。
 暗殺者は何処までも無慈悲に、傷付いた獲物を撃ち殺そうとする。
 そこで、ツヴァイと烏月の間にとある人影が割り込んだ。

「させないわっ!」

 黒の長髪を風に揺らしながら、千華留は悠然とツヴァイの前に立ち塞がる。
 その手元には、盾のように傘が構えられていた。
 そんなモノ何の妨げにもならぬと、ツヴァイは二連続で銃を撃ち放つ。
 それは本来ならば確実なる死を与えるモノだったが、甲高い金属音と共に銃弾が弾かれる。
 千華留が手にした傘。
 それは特殊な素材で作られた、高い防弾性能を誇るカンフュールという代物だった。

「……烏月さん、私の後ろに!」
「ああ!」

 烏月は脇腹の激痛を噛み殺して、千華留の背後へと駆け寄る。
 そのまま二人は、真っ直ぐにツヴァイ目掛けて走り出した。
 千華留がカンフュールを構えて、その後ろに烏月が付いて行くという形。
 強固な防護に裏付けされたその突撃は、鎧で身を固めた騎士のソレと何ら変わりはあるまい。

 だがどんな強固な鎧を身に纏おうとも、圧倒的な破壊の前には無力。
 ツヴァイは即座に鞄の中へと手を入れて、新たな銃を取り出した。
 一際大きい銃声が、戦場に鳴り響く。

「あぐっ――――!?」
「くあああっ……!」

 カンフュールが宙を舞う。
 強大な衝撃によって、千華留と烏月が一纏めに後方へと弾き飛ばされた。
 舞い上がる砂埃。
 地面に尻餅を付いた態勢のまま、烏月達は顔を上げる。  
 そこには、巨大な拳銃を握り締めるツヴァイの姿があった。

――トンプソン・コンテンダー。

 鞘に収まった短剣を連想させる、拳銃としては規格外な十四インチの銃身。
 使用弾丸は、強力無比な5.56mmx45ライフル弾。
 それらの組み合わせによる銃撃は、コルトM1917の四倍近い衝撃力を生み出していた。



「――お前達の、負けだ」

 ツヴァイは眼下の烏月達を見下ろしながら、得物をコルトM1917に戻す。
 対する烏月と千華留はまだ立ち上がっておらず、このみもようやく上体のみを起こした所だった。
 完全なるチェックメイト。
 三人が態勢を立て直すまでの所要時間と、ツヴァイが銃を放つまでの所要時間、どちらが短いかなど考えるまでも無い。
 烏月達は三人掛かりであるにも関わらず、ただ一人の暗殺者の前に敗北を喫した。

 これが、ツヴァイと烏月達の差。
 人を殺す事に特化した暗殺者と、そうで無い者達の違いであった。

「動くな。お前達の誰か一人でも動けば、その瞬間に残り二人を撃ち殺す」
「くっ…………」

 冷たい声で告げられて、烏月は身動き一つ取れなくなった。
 それは千華留もこのみも同じ。
 警告を無視すれば、この男は眉一つ動かさずに引き金を引くと、三人全員が理解していた。
 されど直ぐに殺そうとしない以上は、未だ交渉の余地が残っている筈。
 千華留は死への恐怖を噛み殺して、頭上の暗殺者に問い掛ける。

「……貴方は何が目的なの?」
「分かり切った事を聞くな。俺の目的は只一つ、キャルと一緒に生きて帰る事だけだ」
「つまり……キャルさんに危害さえ加えなければ、私達を殺すつもりは無いと?」
「場合によるな。此処でお前達を殺さなければ、後々の害になる可能性もある。
 だが、この島から脱出する為には少しでも多くの情報が欲しい。お前達が有力な情報を提供するのなら、見逃す事も考えよう」

 ツヴァイの目的はあくまでもキャルとの生還であって、他者の殲滅では無い。
 今まで人を殺し続けて来たのは、手の届かぬ場所でキャルが殺されてしまう可能性を、少しでも減らそうとしていただけの事。
 歪な形であるとは云え、キャルとの合流を果たした以上、後は傍で守り続ければ問題無い。
 状況は、具体的な脱出の手段を探る段階へと移り変わっているのだ。

「烏月さん、此処は……」
「話すしか、無いね。幸い私がこの島で出会った知り合いに、脱出に関する有力者だと思われる人物がいる。
 彼について話そう」

 生殺与奪を握られている以上、烏月達も迂濶には逆らえない。
 烏月はツヴァイの要求に従って、この島で出会った知人――ドクター・ウェストについて一通り話した。
 話を聞き終えたツヴァイは、烏月達には聞こえぬような小声で小さく呟いた。
「白衣を纏った、緑の髪の男……。まさか……?」

 烏月達から伝え聞いたドクター・ウェストなる人物の外見的特徴は、数時間前にツヴァイが狙撃した白衣の男と一致する。
 恐らくは、同一人物であると考えて間違い無いだろう。
 この島からキャルと共に脱出する為には、首輪解除が可能なウェストは重要な人材。
 あの時狙撃を仕掛けたのは悪手だったかと、唇を噛み締める。
 ツヴァイがそんな風にしていると、このみが声を投げ掛けて来た。

「ねえ、ツヴァイさん……」
「何だ?」
「ドライさんを保護出来たのなら、もう人を殺す必要なんて無いよね?
 殺し合いなんてもう止めて……私達と協力し合おうよ」

 キャルと共に島から脱出するというツヴァイの目的は、このみ達の目的と競合しない。
 それにこのみ個人としては、ツヴァイにこれ以上人殺しをして欲しくなかった。
 愛する者の為に戦えるツヴァイのような人間とは、仲間として接したいと思った。
 だからこその、提案だったのだが。

「駄目だ。キャルを守る為には、他の人間達と一緒に動く訳には行かない」

 ツヴァイは殆ど即答に近い速度で、このみの申し出を拒絶していた。
 息が詰まったように黙り込むこのみにも構わず、ツヴァイは言葉を続けてゆく。

「正面から襲ってくる相手より、内に潜む敵の方が恐ろしいんだ。
 もし他の連中を行動を共にして、背中を撃たれたら? 食事に毒を混ぜられたら?
 そうなったら、俺にはキャルを守り切れる自信が無い」

 今まで過酷な生を歩んできたツヴァイは、安易に他人を信用したりしない。 
 この島で執り行われているのは、『生き残れるのは一人』というルールのデス・ゲーム。
 そのような状況下で他者と行動を共にするのは、自分の、そしてキャルの生存確率を引き下げる愚行に他ならない。
 必要なのはキャルと共に生き残るという、その一点のみ。
 暗殺者はあらゆる可能性を考慮して、己が目的のみを遂行しようとする、


「だから、俺は……」
「――見下してんじゃねえぞ」


 ツヴァイの言葉を途中で遮って、冷え切った声が空気を震わせた。
 少し遅れて、響き渡る銃声。
 びしゃりと鮮血が舞い散った。


「あ、がっ…………?」

 ツヴァイは何が起きたのか即座には理解出来ず、呆けた表情のまま己が左肩を抑える。
 すると生暖かい液体が掌に纏わり付き、遅れて激痛がやってきた。
 撃たれたという事実をまずは認識し、次いで背後に振り返る。
 烏月達も、鳴り響いた銃声の始点へと視線を寄せていた。

「守る、守るって、馬鹿の一つ覚えみたいに云いやがって。あたしは自分一人じゃ何も出来ないガキか?」

 気絶していた筈のドライが、悠然とそこに屹立していた。
 その手には、ルガー P08がしっかりと握り締められている。
 ほんの少し前に意識を取り戻していたドライは、背後からツヴァイを狙撃したのだ。

「キャ……キャル……」
「おいおい、何マヌケ面してるんだい。あたしがあんたを撃つのは当然だろ。
 今更あんたの事を許すとでも思ったのか?」

 緑目の殺戮者は、嘲笑交じりに両肩を竦める。
 それは、守られる立場の人間が取る態度では無い。
 だがドライからすれば、そもそも守られる立場だという前提が間違っている。

「――勘違いしてんじゃねえぞ。あたしはあんたなんかに守られるつもりはねえ。
 自分の身くらい自分で守るし、玲二なんかに守られるくらいなら、死んだ方がマシだ」

 ツヴァイがどれだけ必死に、ドライの事を守ろうとしていても。
 ドライがそれを素直に受け入れる道理など、何処にも在りはしないのだ。

「ドライさん、何で!? どうしてそんなに、ツヴァイさんの事が憎いの……?
 ツヴァイさんはドライさんの事を、こんなにも愛しているのに……。
 ドライさんは、ツヴァイさんの事が大切じゃないの!?」

 このみの叫びは、この場に居る皆の疑問を代弁したものだと云って良い。
 投げ掛けられた問い掛けに、ドライの口元から馬鹿にしたような笑みが消えた。
 殺戮者たる少女は僅かな間を置いた後、躊躇わずに断言する。


「……違う。好きだったからこそ、愛していたからこそ――憎いんだ」


 ひゅうと風が吹いて、金の髪を揺らした。
 ドライは真剣な面持ちとなって、自身の胸中を解放する。


「好きだった。あたしは玲二の事を、心の底から愛していた。
 ツヴァイ――吾妻玲二は、インフェルノと云う組織の中で最強と謳われた暗殺者。
 そしてあたしは、玲二と共に暮らす、身寄りの無い只の子供だった。

 アパートの一室で一緒に過ごした日々は、今までに一度だって忘れた事が無いよ。
 二人で買い物に出掛けたのも、街の中を調べて回ったのも、任務に挑んだのも、全部大切な思い出。
 『もしキャルと違う世界に行っても、その後で、必ず俺は帰ってくる』……ニ年前、玲二があたしに云った台詞だ。
 本当に嬉しかった。ずっと玲二の傍に居たいと思ってた。玲二さえ居れば他には何も要らないって思ってた」


 語るドライの表情は、今までに一度も見せた事が無い優しいものだった。
 ドライは嘗てツヴァイと一緒に過ごした日々を忘れた訳では無い。
 当時の暖かい思い出は、今も少女の胸に焼き付いている。
 だが、物語は幸せな結末で終わらない。


「だけど――玲二はあたしを裏切った」


 再び、ドライの顔付きが暗殺者のソレに戻った。
 凍り付く空気。
 ドライの全身から、決して隠し切れぬ程の殺意が漏れ出ている。


「ある日、突然アパートが爆破されて。部屋が廃墟みたいになっても、あたしは玲二を待ち続けた。
 馬鹿みたいに、玲二は必ず戻ってくると信じてね。
 だけど玲二は、戻って来なかった。玲二はあのアパートにあたし一人を残して、のこのこと日本に逃げやがったんだ。
 あたしが渡した五百万ドルを持って、他の女と一緒に逃げたと知った時は、怒りと絶望で目の前が真っ白になったよ。

 残されたあたしに待っていたのは、玲二の後釜として組織に飼われる生活。
 才能を認められたあたしは、組織の暗殺者として育てられた。 

 何人も、何人も、殺して。
 ただやり場の無い憎悪を発散する為に、殺して。
 見失った自分自身の価値を取り戻す為に、殺して。
 玲二に復讐出来るだけの強さを手に入れる為に、殺して。 
 何時の間にかあたしは、インフェルノ最強の証、ファントム・ドライの称号を手に入れていた」


 語る声は重く。
 憎しみに染まったドライの瞳に、キャルだった頃の面影はもう僅かしか残っていない。
 吾妻玲二が姿を消してから二年間。
 インフェルノの一員として過ごした日々は、キャルを獰猛な暗殺者・ドライへと変貌させた。
 そうならなければ自我が保てぬ程に、玲二の裏切りはキャルにとって辛いものだった。
 大き過ぎる愛情、深過ぎる絆は最悪の形で反転して、キャルを束縛する憎しみという名の鎖と化す。
 少女は狂気の笑みを口元に浮かび上がらせて、最悪の決意を口にする。


「あたしがそうしてる間、玲二は何をやっていたと思う? 日本で暢気に学生ゴッコをやってんだぜ?
 ……絶対に許せない。
 だからあたしは決めた。あたしを捨てた玲二を、必ずこの手で殺してやるってね。
 玲二本人を殺すだけじゃ足りない。玲二が逃げ込んだ先も壊す。
 殺す。玲二と同じ学校に通ってる連中を全員殺してやる。玲二の逃亡を手伝った連中も探し出して、当然殺す。
 皆、皆、殺してやる。玲二を取り巻くモノ全てを、跡形も無く壊してやる。
 吾妻玲二への復讐――それが、今のキャル・ディヴェンスの全てさ」


 そうして、ドライの独白は終わった。
 このみも、烏月も、千華留も、その独白に籠められた凄まじい憎悪を前にしては、もう何も口に出来ない。
 キャル・ディヴェンスという少女が抱いた憎悪は、愛した人間に裏切られた故のものだった。
 少女はツヴァイへの復讐だけを目標にして、底無しの絶望の中を生きてきたのだ。
 そんな少女の生き様を、この島で出会ったばかりの烏月達が安易に否定出来る筈も無い。
 それはツヴァイも同じ。

「キャル……」

 ツヴァイは撃ち抜かれた左肩を押さえながら、ただ哀しげな呟きだけを洩らす。
 ドライが口にした言葉の数々は、本来ツヴァイにとって謂れの無い非難である。
 今此処に居るツヴァイ本人は、最後までキャルだけの為に戦い抜いたのだから。
 だが、言い訳しようとは思わなかった。
 たとえ違う世界での出来事だとしても、ドライがツヴァイによって地獄へと叩き落とされたのは事実。
 復讐だけを糧に生きて来た少女に対して、身に覚えが無いから恨みを忘れろなどと、そんな残酷な事は云えない。
 第一、深い憎悪に囚われた今の彼女に、平行世界云々の話をした所で、聞き入れて貰える筈が無いのだ。
 だからツヴァイは決して言い逃れしようとせずに、ただ質問のみを口にする。

「お前は……あのアパートの爆破があったのに、生き延びたのか?」

 それは、決して見過ごせぬ大きな疑問。
 ツヴァイのアパートを襲った爆発は、中の人間が決して生き延びられない程大規模なものだった。
 だからこそ、眼前のドライが過ごしていた世界では、アパートの爆破という事件自体が無かったのだと思っていた。
 あの凄惨な事件に遭遇しなかったからこそ、ドライは命を落とさずに、二年の月日を生き延びてきたのだと。 
 だが話によれば、ドライの世界でもアパートの爆発はあったとの事。
 ならば何故、ドライは未だに命を繋いでいられるのだろうか。

「あたしはあの日、偶然外出していたからね。帰ってきた時、部屋が黒焦げになっていて呆然としたよ」

 答えは、酷くあっさりと告げられた。
 何も難しい話では無い。
 爆破事件が起きたとは云え、ドライはその現場に居合わせなかったというだけの事。
 そして当然、ツヴァイの脳裏に次の疑問が沸き上がって来る。

「ま、さか――――」

 目の前のドライが、アパートの爆発があったにも関わらず生き延びたのなら。
 『ツヴァイの世界のキャル』も、同じようにして命を繋いでいたのでは無いか。
 アパートの爆発があった時、ツヴァイはキャルの死体を発見した訳では無い。
 爆発の規模からキャルが死んだと判断し、激情のままに組織への復讐を開始したのだ。
 ならばキャルが生き延びていたとしても、可笑しくは無い。
 『ツヴァイの世界のキャル』を救える可能性は、未だ残っているかも知れない。
 生じた可能性にツヴァイが動揺する中、ドライは冷え切った声で告げる。

「さあ、お喋りは此処までだ。これだけ話せば、もう何を云ってもあたしが止まらないのは分かっただろ?
 あんたがどれだけ綺麗事を吐いたって、あたしは二度と騙されない。
 殺し合おうぜ――玲二」

 そう云って、ドライは懐から円状の懐中時計を取り出した。
 それは、嘗てツヴァイが贈った一品に他ならない。
 殺戮の少女は懐中時計を地面に置いて、指先でその蓋を開けた。
 懐中時計の中に仕込まれたオルゴールから、か細い音楽が流れ始める。


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