Phantom /ありがとう(3) ◆guAWf4RW62
「早撃ち勝負だ。曲が終わったら、抜きな」
ルールは単純にして明快。
オルゴールの曲が終わった瞬間、互いに銃を抜き放って、必殺の一射を打ち合うというもの。
これこそが、ドライの多用するやり方。
数多の敵を無慈悲に葬り去って来た、決闘方法だった。
オルゴールの曲が終わった瞬間、互いに銃を抜き放って、必殺の一射を打ち合うというもの。
これこそが、ドライの多用するやり方。
数多の敵を無慈悲に葬り去って来た、決闘方法だった。
「この曲を聴かせて殺していないのは……そういやあんた一人だよ、玲二」
「…………」
「…………」
聞き覚えのある懐かしい旋律が、ツヴァイの耳へと届く。
だが今のツヴァイに、感慨に耽っているような余裕は無い。
頭の中を占めるのは、どうしようも無いくらいに大きな難題。
だが今のツヴァイに、感慨に耽っているような余裕は無い。
頭の中を占めるのは、どうしようも無いくらいに大きな難題。
(俺は、どうすれば良い……?)
眼前のキャルを説得するのは、もうどうやっても不可能だ。
相手は近くにバイクを停めている以上、逃亡も困難だろう。
ならば選択肢は、抵抗せずに撃たれるか、もしくは撃ち合いを挑むかの二択となる。
ほんの少し前までならば、迷う事は無かった。
キャルに復讐を完遂させてやり、それで終わるだけだった。
だが今のツヴァイには、再び希望への道筋が示されている。
相手は近くにバイクを停めている以上、逃亡も困難だろう。
ならば選択肢は、抵抗せずに撃たれるか、もしくは撃ち合いを挑むかの二択となる。
ほんの少し前までならば、迷う事は無かった。
キャルに復讐を完遂させてやり、それで終わるだけだった。
だが今のツヴァイには、再び希望への道筋が示されている。
(此処で死んだら、『俺の世界のキャル』を救えない……)
もし、元の世界でキャルが生きていたとすれば、きっと今もツヴァイの帰りを待っているだろう。
ずっと一緒に居ると約束した。
何を犠牲にしてでも、絶対に守り抜くと誓った。
ならば自分は生き延びて、約束を果たすべきではないのか。
たとえ、目の前の少女を撃ち殺してでも。
そこまで考えたツヴァイは、鞄からトンプソン・コンテンダーを取り出して、ベルトの前へと差し込んだ。
強大な破壊力を誇るこの拳銃ならば、一撃で相手の命を断ち切る事が出来るだろう。
ずっと一緒に居ると約束した。
何を犠牲にしてでも、絶対に守り抜くと誓った。
ならば自分は生き延びて、約束を果たすべきではないのか。
たとえ、目の前の少女を撃ち殺してでも。
そこまで考えたツヴァイは、鞄からトンプソン・コンテンダーを取り出して、ベルトの前へと差し込んだ。
強大な破壊力を誇るこの拳銃ならば、一撃で相手の命を断ち切る事が出来るだろう。
「ハッ……随分とえげつない銃を使うんだね。ならあたしも、本気で行かせて貰うよ」
ドライが獰猛な笑みを浮かべて、ルガー P08を腰のホルスターへと差し込んだ。
続けて魔銃クトゥグアを取り出して、もう一個のホルスターへと収納する。
彼女程の射撃センスがあれば、二丁撃ちも問題無く行える。
連続して放たれる二つの銃弾を受ければ、対象はまず生きていられまい。
続けて魔銃クトゥグアを取り出して、もう一個のホルスターへと収納する。
彼女程の射撃センスがあれば、二丁撃ちも問題無く行える。
連続して放たれる二つの銃弾を受ければ、対象はまず生きていられまい。
これで、条件は互角。
互いに、狙いは必殺。
コンマ一秒でも先に銃を撃ち放った側が、確実に相手を死に至らしめる。
程無くして訪れるであろう惨劇を前にして、このみは狼狽に声を震わせる。
互いに、狙いは必殺。
コンマ一秒でも先に銃を撃ち放った側が、確実に相手を死に至らしめる。
程無くして訪れるであろう惨劇を前にして、このみは狼狽に声を震わせる。
「う、烏月さん……。このままじゃ、どちらかが死んじゃうよ!
早く止めないと!」
早く止めないと!」
このみはツヴァイにもドライにも、死んで欲しくなど無かった。
ドライは、生きる気力を与えてくれた恩人である。
ツヴァイも、ただやり方が間違っているというだけで、決して悪人などでは無いのだ。
だからこその懇願だったが、烏月は首を左右へと振るだけった。
ドライは、生きる気力を与えてくれた恩人である。
ツヴァイも、ただやり方が間違っているというだけで、決して悪人などでは無いのだ。
だからこその懇願だったが、烏月は首を左右へと振るだけった。
「駄目だ。殺人者達が潰し合うと云うのならば、私には止める理由が無い。
それに、世の中にはあるんだ……誰も邪魔してはいけない一対一の勝負というものが」
それに、世の中にはあるんだ……誰も邪魔してはいけない一対一の勝負というものが」
たとえ、結末に惨劇しか待っていないのだとしても。
此処で烏月達が手を出す訳にはいかなかった。
これは、あくまでも当人達だけの問題。
介入しようとすれば、ツヴァイとドライは即座に標的を烏月達へと変更するだろう。
故に烏月達には、静観する以外に道は残されていなかった。
此処で烏月達が手を出す訳にはいかなかった。
これは、あくまでも当人達だけの問題。
介入しようとすれば、ツヴァイとドライは即座に標的を烏月達へと変更するだろう。
故に烏月達には、静観する以外に道は残されていなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
吹き抜ける冷たい風。
月明かりだけが頼りの薄暗い広場で、二人の暗殺者が睨み合う。
オルゴールの音楽が辺りに鳴り響く。
月明かりだけが頼りの薄暗い広場で、二人の暗殺者が睨み合う。
オルゴールの音楽が辺りに鳴り響く。
在りし日の賛美歌の残響のように。
旋律は細く、優しく、薄闇の世界を満たしてゆく。
だが、それも長くは続かない。
曲が小さくなってゆく。
決着の時が迫る。
ツヴァイもドライも、決して目は逸らさない。
互いの顔を記憶に焼き付けるように、しっかりと視線を交錯させる。
旋律は細く、優しく、薄闇の世界を満たしてゆく。
だが、それも長くは続かない。
曲が小さくなってゆく。
決着の時が迫る。
ツヴァイもドライも、決して目は逸らさない。
互いの顔を記憶に焼き付けるように、しっかりと視線を交錯させる。
そして、静寂が訪れる直前。
「――キャル、復讐はこれきりにしてくれ。後は自分自身の幸せを、追い求めるんだ」
ぼとりと。
ツヴァイは自ら、ベルトに挟んでいた銃を捨てた。
ツヴァイは自ら、ベルトに挟んでいた銃を捨てた。
曲が、終わる。
「え……?」
ドライは止まれない。
身体に馴染み切った動作は、驚愕の最中に於いても遂行される。
クトゥグアによる一撃は上方へと逸れたが、動揺の影響はそれで終わり。
身体に馴染み切った動作は、驚愕の最中に於いても遂行される。
クトゥグアによる一撃は上方へと逸れたが、動揺の影響はそれで終わり。
天性の才能による銃撃は、二度も標的を逃したりはしない。
ルガー P08から放たれた銃弾は、絶望的な正確さで、ツヴァイの胸部へと、突き刺さって、いた。
ルガー P08から放たれた銃弾は、絶望的な正確さで、ツヴァイの胸部へと、突き刺さって、いた。
後方へと吹き飛ばされる身体。
まるでスローモーションか何かのように、ゆっくりとツヴァイは地面に崩れ落ちた。
まるでスローモーションか何かのように、ゆっくりとツヴァイは地面に崩れ落ちた。
「あ――――」
ドライが呆然と声を洩らしたが、結末は変わらない。
倒れ伏したツヴァイは、ぴくりとも動かない。
もう、動かない。
立ち塞がる者の姿は既に無く。
倒れ伏したツヴァイは、ぴくりとも動かない。
もう、動かない。
立ち塞がる者の姿は既に無く。
残ったものは、ただ一つ。
吾妻玲二は最後までドライの味方だった、と云う事実だけ。
吾妻玲二は最後までドライの味方だった、と云う事実だけ。
どれだけツヴァイが、『元の世界のキャル』を救いたいと願っていたのだとしても。
眼前のキャルを犠牲に出来る筈が、無かったのだ。
眼前のキャルを犠牲に出来る筈が、無かったのだ。
「何で……」
震える声。
ドライには分からなかった。
いかに綺麗事で取り繕うとも、玲二がキャルを置き去りにしたと云う事実は変わらない。
所詮自分は、玲二にとっての一番では無く、後回しにされる存在に過ぎぬ筈なのだ。
故に今回も、極限まで追い詰めれば、玲二は必ず保身を優先するだろうと思っていた。
それが何故、自ら戦いを放棄し、命までをも捨てたのか。
ドライには分からなかった。
いかに綺麗事で取り繕うとも、玲二がキャルを置き去りにしたと云う事実は変わらない。
所詮自分は、玲二にとっての一番では無く、後回しにされる存在に過ぎぬ筈なのだ。
故に今回も、極限まで追い詰めれば、玲二は必ず保身を優先するだろうと思っていた。
それが何故、自ら戦いを放棄し、命までをも捨てたのか。
「何で、だよ…………。どうしてあんたが、そんな事を…………」
沸き上がる疑問だけが頭の中を占めて、一切の思考を麻痺させる。
胸の奥が締め付けられて、心が軋むように痛む。
ドライは眼前の現実を否定するかのように、弱々しく首を左右に振る事しか出来ない。
そんな中、答えを口にしたのは千華留だった。
胸の奥が締め付けられて、心が軋むように痛む。
ドライは眼前の現実を否定するかのように、弱々しく首を左右に振る事しか出来ない。
そんな中、答えを口にしたのは千華留だった。
「……彼は、永遠に貴女の味方で在り続けると云っていた。分からないかしら?
彼は最後まで、その誓いを守り抜いたのよ」
「え、あ――――」
彼は最後まで、その誓いを守り抜いたのよ」
「え、あ――――」
突き付けられる言葉に、ドライが肩を震わせる。
とどのつまり。
過去がどうあれ、先程まで眼前に居たツヴァイは、誰よりもドライを大切にしていたと云う事。
とどのつまり。
過去がどうあれ、先程まで眼前に居たツヴァイは、誰よりもドライを大切にしていたと云う事。
亡霊は、永遠に少女の味方で在り続けると誓い。
銃口を突き付けられても、新たなる希望を見出だしても、その誓いは変わらず。
少女を復讐という名の鎖から解放すべく、銃弾を一身に受け止めた。
結局は、それだけの、話。
「あっ……あ……あああああぁぁぁあああ……っ……!」
銃口を突き付けられても、新たなる希望を見出だしても、その誓いは変わらず。
少女を復讐という名の鎖から解放すべく、銃弾を一身に受け止めた。
結局は、それだけの、話。
「あっ……あ……あああああぁぁぁあああ……っ……!」
緑の両眼から、止め処も無く涙が零れ落ちる。
ドライは背中を丸めて、世界が終わったかのような叫びを上げる。
復讐を果たす事で得られたのは満足感などでは無く、途方も無い程の喪失感だった。
ドライは背中を丸めて、世界が終わったかのような叫びを上げる。
復讐を果たす事で得られたのは満足感などでは無く、途方も無い程の喪失感だった。
「あたしは……っ。あたしはァァァ――――!!」
ずっと追い求めていた救いが、直ぐ近くにあった筈なのに。
大切な人が、目の前に居た筈なのに。
ドライは復讐心に駆られるあまり、自分から全てを壊してしまった。
砂時計の砂は決して逆流しないように、失われてしまったツヴァイの生命は、もう、戻らない。
大切な人が、目の前に居た筈なのに。
ドライは復讐心に駆られるあまり、自分から全てを壊してしまった。
砂時計の砂は決して逆流しないように、失われてしまったツヴァイの生命は、もう、戻らない。
「……やり切れないね」
絶叫するドライと倒れ伏すツヴァイを眺め見ながら、烏月はぼそりと呟いた。
ツヴァイとドライの間にどのような事情があったのか、完全に把握出来ている訳では無い。
それでも二人がお互いをとても大切に思っていたであろう事は、理解出来た。
ツヴァイがドライの事を愛しているのは一目瞭然。
そしてドライも、ツヴァイの事を愛しているからこそ、裏切り行為に対してあそこまで深い憎悪を抱いていたのだ。
これは、誰も救われない物語。
最悪の結末で終わってしまった、暗殺者達の物語だった。
重い雰囲気に満ちた広場。
星空を雲が流れてゆき、カーテンのように月を覆い隠す。
ぼそりと、ドライが呟いた。
ツヴァイとドライの間にどのような事情があったのか、完全に把握出来ている訳では無い。
それでも二人がお互いをとても大切に思っていたであろう事は、理解出来た。
ツヴァイがドライの事を愛しているのは一目瞭然。
そしてドライも、ツヴァイの事を愛しているからこそ、裏切り行為に対してあそこまで深い憎悪を抱いていたのだ。
これは、誰も救われない物語。
最悪の結末で終わってしまった、暗殺者達の物語だった。
重い雰囲気に満ちた広場。
星空を雲が流れてゆき、カーテンのように月を覆い隠す。
ぼそりと、ドライが呟いた。
「………憎い」
紡がれた声。
その一言に籠められた感情は、今まで少女を支えてきたものだった。
その一言に籠められた感情は、今まで少女を支えてきたものだった。
「玲二を信じられなかった自分が憎い。玲二を許してあげられなかった自分が憎い。
銃撃を止められなかった自分が憎い。玲二を殺してしまった自分が――」
銃撃を止められなかった自分が憎い。玲二を殺してしまった自分が――」
ドライは只ひたすら、自身に対する呪詛の言葉を並べ立てる。
これまでドライの動力源となっていたのは、ツヴァイへの復讐心と、吾妻玲二への恋慕。
復讐が完遂された事により、最も憎く、最も大切な人は、息絶えた。
今のドライに残されているのは、どうしようもなく沸き上がって来る憎悪のみ。
これまでドライの動力源となっていたのは、ツヴァイへの復讐心と、吾妻玲二への恋慕。
復讐が完遂された事により、最も憎く、最も大切な人は、息絶えた。
今のドライに残されているのは、どうしようもなく沸き上がって来る憎悪のみ。
「ドライさん……」
「……行こう。全てはもう……終わったんだ」
「……行こう。全てはもう……終わったんだ」
哀しげな声を絞り出すこのみに対して、烏月が撤収を促す。
サイコロの目はもう出てしまった。
結末が確定してしまった以上、この場に残っても仕方無いのだ。
だと云うのに、このみは一向にその場を動こうとはしなかった。
サイコロの目はもう出てしまった。
結末が確定してしまった以上、この場に残っても仕方無いのだ。
だと云うのに、このみは一向にその場を動こうとはしなかった。
「このみさん?」
「……駄目、だよ。放っておけないもん」
「……駄目、だよ。放っておけないもん」
このみは、このままドライを放っておく事など出来なかった。
今のドライは、深い憎悪と絶望に苛まれている。
恩人であるドライがそんな状態に陥っているのに、放っておける訳が無い。
思い起こされるのは、千華留から贈られた言葉。
今のドライは、深い憎悪と絶望に苛まれている。
恩人であるドライがそんな状態に陥っているのに、放っておける訳が無い。
思い起こされるのは、千華留から贈られた言葉。
――どんな困難にも挫けない不屈の心と、一歩を踏み出す勇気こそあなたに必要な物よ
嘗てドライは、憎しみを糧に生きるという生き方をこのみに教えてくれた。
それがあったからこそ、このみは再び立ち上がる事が出来たのだ。
なればこそ、今度はこのみがドライを助ける番。
自分から一歩を踏み出して、ドライに手を差し伸べなければならない。
このみは蹲るドライに歩み寄って、静かに語り掛けた。
それがあったからこそ、このみは再び立ち上がる事が出来たのだ。
なればこそ、今度はこのみがドライを助ける番。
自分から一歩を踏み出して、ドライに手を差し伸べなければならない。
このみは蹲るドライに歩み寄って、静かに語り掛けた。
「……もう止めよう? ドライさんは確かに間違えたかも知れないけど……自分を責めるだけじゃ、何にもならないよ。
自分の罪は忘れたら駄目だけど、そればかりに拘って、前を見ないのはいけないと思う」
「…………」
自分の罪は忘れたら駄目だけど、そればかりに拘って、前を見ないのはいけないと思う」
「…………」
答えは帰って来ない。
だがこのみは構わずに、言葉を続けてゆく。
だがこのみは構わずに、言葉を続けてゆく。
「ツヴァイさんは最後までドライさんの幸せを望んでいたんだよ? だったら……応えないと」
「玲二が……?」
「うん。ツヴァイさんは、ドライさんに復讐はこれきりにしてくれって、後は自分自身の幸せを追い求めろって云ってたじゃない。
だったら、直ぐには無理かも知れないけど……少しずつ、自分を許していかなきゃ駄目だよ」
「玲二が……?」
「うん。ツヴァイさんは、ドライさんに復讐はこれきりにしてくれって、後は自分自身の幸せを追い求めろって云ってたじゃない。
だったら、直ぐには無理かも知れないけど……少しずつ、自分を許していかなきゃ駄目だよ」
玲二は最後に、幸せになれと言い残して散っていった。
自身の命が奪われると理解していて尚、ドライの事だけを想っていたのだ。
もし玲二を殺してしまった事を悔やむと云うのならば、自分を責めるよりも、前を向いて生きていくべきだった。
自身の命が奪われると理解していて尚、ドライの事だけを想っていたのだ。
もし玲二を殺してしまった事を悔やむと云うのならば、自分を責めるよりも、前を向いて生きていくべきだった。
ツヴァイは最後に、幸せになれと言い残して散っていった。
自身の命が奪われると理解していて尚、ドライの事だけを想っていたのだ。
もしツヴァイを殺してしまった事を悔やむと云うのならば、自分を責めるよりも、前を向いて生きていくべきだった。
自身の命が奪われると理解していて尚、ドライの事だけを想っていたのだ。
もしツヴァイを殺してしまった事を悔やむと云うのならば、自分を責めるよりも、前を向いて生きていくべきだった。
「でも……あたしにはもう、何も無い。生きる上での目標は無くなった。
あたしと一緒に居てくれるって云ってくれた人も……あたし自身の手で殺してしまった……」
あたしと一緒に居てくれるって云ってくれた人も……あたし自身の手で殺してしまった……」
緑の瞳が力無く揺れる。
ツヴァイに復讐するという目標も。
吾妻玲二と一緒に居たいという願いも。
もう、終わってしまった。
故にドライには、もう何も無い筈だった。
だがそんな彼女の肩に、そっとこのみの手が乗せられる。
ツヴァイに復讐するという目標も。
吾妻玲二と一緒に居たいという願いも。
もう、終わってしまった。
故にドライには、もう何も無い筈だった。
だがそんな彼女の肩に、そっとこのみの手が乗せられる。
「大丈夫……私が、一緒に居てあげるから」
「……え?」
「……え?」
投げ掛けられた言葉は、何処までも優しい音色で紡がれたものだった。
このみは大きく一度息を吸い込んで、ゆっくりと想いを解き放つ。
このみは大きく一度息を吸い込んで、ゆっくりと想いを解き放つ。
「私もこの島で大切な人を皆失ってしまったけど。烏月さんや千華留さんが支えてくれたお陰で生きて来れたの。
それにドライさんの励ましがあったからこそ、私はまた立ち上がれた。
だから……今度は私がドライさんを支えるよ」
それにドライさんの励ましがあったからこそ、私はまた立ち上がれた。
だから……今度は私がドライさんを支えるよ」
ドライと同様、このみもこの島で全てを失った。
それでも皆の支えがあったからこそ、これまで生きて来れたのだ。
だから、今度は自分が支える番だと。
世界はこんなにも優しさに満ち溢れているんだよと、このみは懸命に訴える。
そんなこのみの言葉は――
それでも皆の支えがあったからこそ、これまで生きて来れたのだ。
だから、今度は自分が支える番だと。
世界はこんなにも優しさに満ち溢れているんだよと、このみは懸命に訴える。
そんなこのみの言葉は――
「――でも。あたしはあんた達も憎いんだ」
ドライの心に、全く届いてなどいなかった。
鳴り響く、銃声
直後、赤い霧が中空へと舞い散った。
鳴り響く、銃声
直後、赤い霧が中空へと舞い散った。
「あっ…………がっ……?」
このみの口から、真っ赤な血塊が吐き出される。
ドライの手に握り締められたクトゥグアの銃口から、硝煙が立ち上っている。
ドライの手に握り締められたクトゥグアの銃口から、硝煙が立ち上っている。
撃ち放たれたのは、直撃すれば壁すらも砕く魔弾。
このみが着ていた防弾チョッキは易々と粉砕され、奥にある脇腹も大きく抉られていた。
鮮血を撒き散らしながら、このみが力無く崩れ落ちる。
地面に広がる赤い血溜まり。
一人の亡霊が、倒れ伏すこのみを悠然と見下ろした。
このみが着ていた防弾チョッキは易々と粉砕され、奥にある脇腹も大きく抉られていた。
鮮血を撒き散らしながら、このみが力無く崩れ落ちる。
地面に広がる赤い血溜まり。
一人の亡霊が、倒れ伏すこのみを悠然と見下ろした。
「あたしと玲二の戦いを止めなかった、あんた達が憎い。あたしと玲二をこんな島に放り込んだ神父達が憎い。
あたしと玲二を苦しめる世界そのものが憎い。自分自身が、何よりも憎い」
あたしと玲二を苦しめる世界そのものが憎い。自分自身が、何よりも憎い」
ドライは呪咀の言葉を延々と紡ぎながら、このみの腰からイタクァを回収してゆく。
自分を救おうとしてくれたこのみの容態など、気にも留めずに。
烏月と千華留を見据えて、宣言する。
自分を救おうとしてくれたこのみの容態など、気にも留めずに。
烏月と千華留を見据えて、宣言する。
「そうだ――何もかもが、全部、全部、憎い。全て……ブッ壊してやる」
大切な者を失った事で、少女の歪みは修復不可能なものとなった。
もしドライが、ニ年前のキャルのままならば、このみの言葉もまだ届いていたかも知れない。
しかしドライは二年もの間、ツヴァイへの復讐を目的に生き、憎悪を誰彼構わずに撒き散らしてきた。
元より、憎悪によって自分を支えるような生き方をしてきたのだ。
全てを失い、世界そのものを憎悪するようになった彼女に、最早どんな言葉も届く筈が無かった。
もしドライが、ニ年前のキャルのままならば、このみの言葉もまだ届いていたかも知れない。
しかしドライは二年もの間、ツヴァイへの復讐を目的に生き、憎悪を誰彼構わずに撒き散らしてきた。
元より、憎悪によって自分を支えるような生き方をしてきたのだ。
全てを失い、世界そのものを憎悪するようになった彼女に、最早どんな言葉も届く筈が無かった。
「――このみちゃん!」
遅ればせながら千華留が大地を駆けて、このみの下へと急行する。
倒れ伏すこのみを抱き上げると、腕に生温い血の感触がした。
直後、千華留の表情が絶望に侵食されていく。
大きく穿たれた脇腹の傷口からは、内臓が見え隠れしている。
医者も居ないこの島では、最早対処不可能な程の深手だった。
倒れ伏すこのみを抱き上げると、腕に生温い血の感触がした。
直後、千華留の表情が絶望に侵食されていく。
大きく穿たれた脇腹の傷口からは、内臓が見え隠れしている。
医者も居ないこの島では、最早対処不可能な程の深手だった。
「このみちゃん! しっかりして、このみちゃん……!」
「う……あ……千華留さん……」
「う……あ……千華留さん……」
答えるこのみの声は、今にも消え入りそうな程に弱々しい。
その瞳に以前のような光は無く、このみの生命は確実に終わりへと近付いている。
必死に人を救おうとした彼女に待っていたのは、あまりにも残酷な結末だった。
その瞳に以前のような光は無く、このみの生命は確実に終わりへと近付いている。
必死に人を救おうとした彼女に待っていたのは、あまりにも残酷な結末だった。
「このみ…………さん…………?」
そんな中、烏月は呆然と立ち尽くしたまま、ただ眼前の光景だけを眺め見ていた。
眼前には、血塗れとなったこのみの姿。
撃ち抜かれた脇腹は真っ赤に染まり、顔色からは血色が失われつつある。
理解出来なかった。
一体何故、このみがこんな目に遭っているのか。
眼前には、血塗れとなったこのみの姿。
撃ち抜かれた脇腹は真っ赤に染まり、顔色からは血色が失われつつある。
理解出来なかった。
一体何故、このみがこんな目に遭っているのか。
「この……み……さん……」
このみは大切な人を失っても、懸命に生き続けて来た。
内に巣食う悪鬼にも抗い続けて。
純粋にドライを助けたい一心で、その小さな手を差し伸べたのだ。
命を狙われた遺恨も忘れ、キャル=ディヴェンスという少女を救おうとしたのだ。
それなのに、あの女は――
内に巣食う悪鬼にも抗い続けて。
純粋にドライを助けたい一心で、その小さな手を差し伸べたのだ。
命を狙われた遺恨も忘れ、キャル=ディヴェンスという少女を救おうとしたのだ。
それなのに、あの女は――
「ァァアアアア―――――!」
一陣の烈風が、広場の中を吹き抜ける。
烏月は負傷した脇腹の痛みも無視して、激情のままにドライへと斬り掛かった。
圧倒的な速度によるその突撃は、並の者が相手ならば銃を撃つ暇すら与えまい。
されど、敵は超一流の暗殺者。
烏月は負傷した脇腹の痛みも無視して、激情のままにドライへと斬り掛かった。
圧倒的な速度によるその突撃は、並の者が相手ならば銃を撃つ暇すら与えまい。
されど、敵は超一流の暗殺者。
「あははっ、自分から死ににきやがったよ!」
烏月の接近を察知したドライが、洗練され切った動作で魔銃クトゥグアを右手に構える。
撃ち放たれるのは、業火を巻き起こし、壁をも打ち砕く破壊の一撃。
撃ち放たれるのは、業火を巻き起こし、壁をも打ち砕く破壊の一撃。
烏月は即座にサイドステップで身を躱して、再び前進しようとする。
だが、そこでドライの左手が水平に持ち上げられた。
握り締められているのはルガー P08。
烏月が地面に転がり込むのと同時、ルガー P08の銃口から弾丸が吐き出されて、民家の壁面へと突き刺さった。
立ち上がる烏月の眼前では、ドライがニ丁の拳銃を手にしていた。
だが、そこでドライの左手が水平に持ち上げられた。
握り締められているのはルガー P08。
烏月が地面に転がり込むのと同時、ルガー P08の銃口から弾丸が吐き出されて、民家の壁面へと突き刺さった。
立ち上がる烏月の眼前では、ドライがニ丁の拳銃を手にしていた。
「あたしはもう、後先なんて考えないよ。あたしの持つ全戦力を使って、目に映る全てを壊し尽くしてやる……っ」
「くぅ――――」
「くぅ――――」
ただ憎しみだけを発散している今のドライに、銃弾を温存しようという意思は無い。
ニ丁打ちの形で、再び連続して銃弾が発射される。
矢継ぎ早に放たれる銃撃は、直撃すれば死に至る破壊の雨だ。
ニ丁打ちの形で、再び連続して銃弾が発射される。
矢継ぎ早に放たれる銃撃は、直撃すれば死に至る破壊の雨だ。
「っ…………」
鬼切りの少女に、圧倒的な火力が迫る。
それでも烏月の瞳に諦めの色は無く、在るのは眼前の怨敵を討つと云う意志のみ。
神速で襲い掛かる連撃を、人間離れした身のこなしでやり過ごす。
それでも烏月の瞳に諦めの色は無く、在るのは眼前の怨敵を討つと云う意志のみ。
神速で襲い掛かる連撃を、人間離れした身のこなしでやり過ごす。
業火を伴って飛来するクトゥグアの一撃、
真っ直ぐに急所を抉りに来るルガー P08の銃弾、
同時に放たれる二つの弾丸、
それらの悉くを回避すべく、身を捻り、横に跳ね、地面へと転がり込む……!
真っ直ぐに急所を抉りに来るルガー P08の銃弾、
同時に放たれる二つの弾丸、
それらの悉くを回避すべく、身を捻り、横に跳ね、地面へと転がり込む……!
「ちっ、弾が…………っ」
「っ―――ふ、は――――」
「っ―――ふ、は――――」
カチャリ、という音と共にドライのルガー P08が弾切れを訴える。
即座に烏月は身体を起こして、ドライとの間合いを詰めようとする。
だがその瞬間、ドライが左手を腰のホルスターへと伸ばした。
取り出されたのは、先程このみから回収した魔銃イタクァ。
ドライは右手にクトゥグア、左手にイタクァを握り締めて、二丁の魔銃による連撃を開始する――!
即座に烏月は身体を起こして、ドライとの間合いを詰めようとする。
だがその瞬間、ドライが左手を腰のホルスターへと伸ばした。
取り出されたのは、先程このみから回収した魔銃イタクァ。
ドライは右手にクトゥグア、左手にイタクァを握り締めて、二丁の魔銃による連撃を開始する――!
「こ、の――――!」
烏月は全能力を回避に注ぎ込んで、広場の中を駆け回る。
最早銃口の向きを確認する余裕も無く、直観だけを頼りに耐え凌ごうとする。
直線的な軌道を描くクトゥグアの魔弾は、それで何とか躱せた。
だがもう一つの魔銃イタクァは、『射手の意志によって、銃弾の軌道を変化させられる』という特性を持つ。
音速を超える銃弾が、追尾までしてくると云うのならば、人の身では躱し切れる筈が無い。
銃弾が左太腿を掠めた事によって、烏月は勢い良く地面へと転倒した。
最早銃口の向きを確認する余裕も無く、直観だけを頼りに耐え凌ごうとする。
直線的な軌道を描くクトゥグアの魔弾は、それで何とか躱せた。
だがもう一つの魔銃イタクァは、『射手の意志によって、銃弾の軌道を変化させられる』という特性を持つ。
音速を超える銃弾が、追尾までしてくると云うのならば、人の身では躱し切れる筈が無い。
銃弾が左太腿を掠めた事によって、烏月は勢い良く地面へと転倒した。
「さあ――死にな」
ドライは尚も追撃の手を緩めずに、絶好の的たる烏月に銃口を向ける。
だが唐突に銃撃を中断して、腰を捻らせながら横に飛び退いた。
コンマ一秒前まで彼女が居た空間を、銃弾が切り裂いてゆく。
だが唐突に銃撃を中断して、腰を捻らせながら横に飛び退いた。
コンマ一秒前まで彼女が居た空間を、銃弾が切り裂いてゆく。
「……これ以上は、やらせないわ」
闇夜に響き渡る澄んだ声。
銃撃の主は、源千華留だった。
千華留は覚悟を決めた表情で、スプリングフィールドXDをドライに向けて構えている。
向けられた戦意に、ドライは鼻で笑いながらも眼光を鋭く尖らせる。
銃撃の主は、源千華留だった。
千華留は覚悟を決めた表情で、スプリングフィールドXDをドライに向けて構えている。
向けられた戦意に、ドライは鼻で笑いながらも眼光を鋭く尖らせる。
「へえ、あんたも死にたいのかい? あたしとそこの女が戦っている間なら、逃げられただろうに……。
どうして、自分より圧倒的に強いと分かっている相手に挑むんだ?」
「確かに……そうね。私は貴女よりもずっと弱いと思う……」
どうして、自分より圧倒的に強いと分かっている相手に挑むんだ?」
「確かに……そうね。私は貴女よりもずっと弱いと思う……」
千華留とドライの戦力差は比べるべくも無い。
武装面でも、本人の実力でも、千華留はドライに遠く及ばない。
しかし一直線にドライを射抜く視線は、揺ぎ無い光を湛えていた。
武装面でも、本人の実力でも、千華留はドライに遠く及ばない。
しかし一直線にドライを射抜く視線は、揺ぎ無い光を湛えていた。
「だけど……私なんかじゃ、貴女には敵わないかも知れないけど……。
私は、貴女よりも本当の意味で『強い』人達を何人も見て来たわ」
私は、貴女よりも本当の意味で『強い』人達を何人も見て来たわ」
千華留は、大切な人を失っても尚強く生き続けた者達を知っている。
直枝理樹は、最期まで皆の指導者として生き続けた。
柚原このみは、絶望にも内に巣食う鬼にも負けず、前を向いて生き続けた。
皆、目の前の女などより何十倍も『強い』。
だから千華留は決して恐れず、真っ直ぐな眼差しで宣言する。
直枝理樹は、最期まで皆の指導者として生き続けた。
柚原このみは、絶望にも内に巣食う鬼にも負けず、前を向いて生き続けた。
皆、目の前の女などより何十倍も『強い』。
だから千華留は決して恐れず、真っ直ぐな眼差しで宣言する。
「私も理樹さん達みたいに強くなりたい。
人を憎む事しか出来なくなった貴女なんかに、私の大切な仲間達は殺させない!」
人を憎む事しか出来なくなった貴女なんかに、私の大切な仲間達は殺させない!」
揺るぎない意志を固めて、千華留はドライと対峙する。
少女の決意を一身に受けた暗殺者は、愉しげに一言吐き捨てた。
少女の決意を一身に受けた暗殺者は、愉しげに一言吐き捨てた。
「ハッ……云ってくれる」
ドライは二丁の魔銃を強く握り締めて、肉食獣の殺気を瞳に宿す。
視界の端では烏月が起き上がっており、所謂一対二の状況となりつつある。
だがその程度問題無いと、闘志と憎悪を昂らせる。
実際、双方の戦力比が大きく変動した訳では無い。
視界の端では烏月が起き上がっており、所謂一対二の状況となりつつある。
だがその程度問題無いと、闘志と憎悪を昂らせる。
実際、双方の戦力比が大きく変動した訳では無い。
傷付いた烏月と、戦いに関して素人に過ぎぬ千華留。
暗殺者として過酷な日々を過ごし、武装も充実しているドライ。
どちらが優勢かは明白であり、このまま戦えば結末は一つしか用意されていない。
そう、このまま戦えば。
暗殺者として過酷な日々を過ごし、武装も充実しているドライ。
どちらが優勢かは明白であり、このまま戦えば結末は一つしか用意されていない。
そう、このまま戦えば。
「仲間だなんてママゴトをしているあんた達に、このあたしが負けるとでも――、……っ!?」
見下した言葉と共に、再び銃を構えようとするドライ。
そこで、唐突にドライの背中へと衝撃が奔った。
ドライが反応する間も無く、彼女の両脇から二本の腕が伸び、羽交い絞めの形となる。
そこで、唐突にドライの背中へと衝撃が奔った。
ドライが反応する間も無く、彼女の両脇から二本の腕が伸び、羽交い絞めの形となる。
「あは、は……捕まえた……よ」
「このみちゃん!?」
「このみちゃん!?」
驚愕に、千華留が大きく目を見開いた。
掠れた声を洩らしながら、ドライを背後から拘束する人影。
それは、柚原このみに他ならない。
掠れた声を洩らしながら、ドライを背後から拘束する人影。
それは、柚原このみに他ならない。
「ぐ……、この餓鬼……………っ!」
ドライが全力で暴れ回ってこのみを振り解こうとするが、人外の膂力による拘束は外れない。
このみは脇腹から大量の血液を零しながらも、決して腕を外そうとはしない。
ドライを羽交い絞めしたまま、苦しげな声で語る。
このみは脇腹から大量の血液を零しながらも、決して腕を外そうとはしない。
ドライを羽交い絞めしたまま、苦しげな声で語る。
「ドライさんは……少し前の私と………同じ、なんだよね?
辛い事が、多過ぎて……、もう何もかもを……憎まないと、自分を支えられないん、だよね?
だけど、もう……大丈夫だよ。憎しみの輪は、もう、断ち切られるから」
「な、に――――?」
辛い事が、多過ぎて……、もう何もかもを……憎まないと、自分を支えられないん、だよね?
だけど、もう……大丈夫だよ。憎しみの輪は、もう、断ち切られるから」
「な、に――――?」
告げられた言葉に、ドライが訝しげな表情となる。
このみはドライの肩越しに、烏月と千華留を眺め見た。
このみはドライの肩越しに、烏月と千華留を眺め見た。
「私、烏月さんの事も、千華留さんの事も、大好き……だよ」
それは、何処までも優しい想いに満ちた言葉。
しかしこのみの容態は非常に危険な状態であり、今はこんな事をしている場合では無い。
烏月は直ぐに、このみを引き下がらせようとする。
しかしこのみの容態は非常に危険な状態であり、今はこんな事をしている場合では無い。
烏月は直ぐに、このみを引き下がらせようとする。
「このみさん、これ以上動いちゃダメだ! 今は安静に……」
「――これ以上、大好きな人達が傷付くなんて嫌だから」
「――これ以上、大好きな人達が傷付くなんて嫌だから」
諌めようとした烏月の言葉は、途中で遮られた。
このみは強い意志の籠った瞳で、真っ直ぐに烏月を見据えている。
このみは強い意志の籠った瞳で、真っ直ぐに烏月を見据えている。
「烏月さんや千華留さんに、死なないで欲しいから――」
「このみ、さん………?」
「このみ、さん………?」
強い、強い意志で紡がれる言霊。
鬼の少女は口元から血を零しながら、それでも言葉を続けてゆく。
鬼の少女は口元から血を零しながら、それでも言葉を続けてゆく。
「だから私達の事を――私や私の中にいる鬼、ドライさんの事を――」
少女の瞳に迷いは無く。
目の前に大切な人達が居るから、胸の奥に大切な思い出があるから。
決定的な一言を、告げる。
目の前に大切な人達が居るから、胸の奥に大切な思い出があるから。
決定的な一言を、告げる。
「――烏月さんに、切って欲しいの」
満天の星空を、ゆっくりと雲が横切ってゆく。
ひゅうと、冷たい風が一同の間を吹き抜けた。
ひゅうと、冷たい風が一同の間を吹き抜けた。
「駄目だ、このみさん! そんな申し出は認められない!」
「そうよ! このみちゃんを犠牲にして生き延びても、嬉しくなんてないわ!」
「そうよ! このみちゃんを犠牲にして生き延びても、嬉しくなんてないわ!」
烏月と千華留は声を荒立てて、このみの提案を拒絶しようとする。
だが、このみは寂しげな笑顔で。
本当に寂しげに笑いながら、残酷な現実を烏月達へと突き付ける。
だが、このみは寂しげな笑顔で。
本当に寂しげに笑いながら、残酷な現実を烏月達へと突き付ける。
「この傷で……助かると思う……?」
「…………」
「…………」
烏月達は答えられない。
このみの脇腹の傷口からは、夥しい量の血が流れ落ちており、その奥には内臓も見え隠れしている。
いかに悪鬼の力を有していると云えども、最早助かる筈が無い。
今ドライを押さえ付けられているのは、正真正銘最後の力を振り絞っているからだろう。
このみの脇腹の傷口からは、夥しい量の血が流れ落ちており、その奥には内臓も見え隠れしている。
いかに悪鬼の力を有していると云えども、最早助かる筈が無い。
今ドライを押さえ付けられているのは、正真正銘最後の力を振り絞っているからだろう。
「く、ふざけた事を……! 離しやがれ、このっ…………!」
「あ、ぐ、うあぁぁっ…………」
「あ、ぐ、うあぁぁっ…………」
このみの発言を受けて、ドライが尚一層激しく暴れ回る。
だが、羽交い絞めは外れない。
徐々に視力が落ちて来ても、手足の感覚が無くなっても、絶対にこのみは拘束を外さない。
だが、羽交い絞めは外れない。
徐々に視力が落ちて来ても、手足の感覚が無くなっても、絶対にこのみは拘束を外さない。
頑張って生きると、環と約束した。
烏月が、千華留が励ましてくれたから、このみは真っ直ぐに生きて来れたのだ。
どれだけ辛くとも、烏月達を救えぬままに逝くなど許容出来る筈が無い。
烏月が、千華留が励ましてくれたから、このみは真っ直ぐに生きて来れたのだ。
どれだけ辛くとも、烏月達を救えぬままに逝くなど許容出来る筈が無い。
「ごめんね。私、凄く……残酷な事を云ってるよね。だけどお願い烏月さん……。
最後は私……皆を守って、人として……逝きたいの……」
最後は私……皆を守って、人として……逝きたいの……」
まだ終われない。
まだ倒れられない。
思いの丈がちゃんと伝わるように、このみは精一杯に喉を震わせる。
まだ倒れられない。
思いの丈がちゃんと伝わるように、このみは精一杯に喉を震わせる。
「烏月さん……覚えてる……? 誠くんが死んだって報された時……私の事を、抱き締めてくれたよね……。
『君は決して一人じゃない、私がいる』って云ってくれたよね……。
嬉しかったの……私、烏月さんの優しさが嬉しかった……」
『君は決して一人じゃない、私がいる』って云ってくれたよね……。
嬉しかったの……私、烏月さんの優しさが嬉しかった……」
鬼と化した自分に、烏月は温もりを与えてくれた。
この絶望の孤島で、暖かい記憶を与えてくれた。
本当に、本当に、嬉しかったから。
揺ぎ無い想い、揺ぎ無い決意を籠めて、このみは最後の願いを告げる。
この絶望の孤島で、暖かい記憶を与えてくれた。
本当に、本当に、嬉しかったから。
揺ぎ無い想い、揺ぎ無い決意を籠めて、このみは最後の願いを告げる。
「だから、最後に烏月さん達を……守りたいの……!」
血を吐くような決意と共に、放たれた少女の言葉。
長い、長い静寂が場に流れる。
烏月は永遠とも思える逡巡の後、
長い、長い静寂が場に流れる。
烏月は永遠とも思える逡巡の後、
「…………分かった」
小さく首を、縦に振っていた。
202:Phantom /ありがとう(2) | 投下順 | 202:Phantom /ありがとう(4) |
時系列順 | ||
柚原このみ | ||
千羽烏月 | ||
源千華留 | ||
ドライ | ||
吾妻玲二 |