Phantom /ありがとう ◆guAWf4RW62
鳴り響く銃声、木霊する悲鳴。
舞台は秘密結社インフェルノの拠点、城と見紛わんばかりの大きな洋館。
難攻不落の筈のその地が、今はたった一人の亡霊によって阿鼻叫喚の様相を呈していた。
舞台は秘密結社インフェルノの拠点、城と見紛わんばかりの大きな洋館。
難攻不落の筈のその地が、今はたった一人の亡霊によって阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「畜生! たった一人の癖に……ファントム、奴は化け物か!?」
「応援だ! 応援を呼べ!」
「西棟、沈黙! 応答ありません!」
「そ、そんな馬鹿な――」
「応援だ! 応援を呼べ!」
「西棟、沈黙! 応答ありません!」
「そ、そんな馬鹿な――」
ファントムことツヴァイが単身で館に襲撃を仕掛けたのは、ほんの数十分前の事だ。
館の兵隊達も懸命に防衛しようとしているものの、状況は刻一刻と悪化してゆく。
どんなに数を集めても、陣形を組んでも。
止められない。
復讐鬼と化した亡霊は、決して止められない。
館の兵隊達も懸命に防衛しようとしているものの、状況は刻一刻と悪化してゆく。
どんなに数を集めても、陣形を組んでも。
止められない。
復讐鬼と化した亡霊は、決して止められない。
「…………」
鷹のような鋭い瞳、闇を連想させる黒髪。
薄暗い通路の中、全身血塗れで突き進む人影は、嘗て吾妻玲二と呼ばれた男の成れの果てである。
血は敵から浴びせられたものだけでは無く、自分自身のモノも大量に混じっている。
身体には何発もの銃弾を撃ち込まれており、肋骨は襲撃前から既に骨折している。
満身創痍と云っても差し支え無い状態で、無事な部位を探す方が難しい程だった。
薄暗い通路の中、全身血塗れで突き進む人影は、嘗て吾妻玲二と呼ばれた男の成れの果てである。
血は敵から浴びせられたものだけでは無く、自分自身のモノも大量に混じっている。
身体には何発もの銃弾を撃ち込まれており、肋骨は襲撃前から既に骨折している。
満身創痍と云っても差し支え無い状態で、無事な部位を探す方が難しい程だった。
だが、止まらない。
インフェルノの手先が仕掛けた爆弾によって、キャルは命を奪われてしまったのだ。
最愛の人を理不尽に殺された怒りが、怪我を負った程度で収まる筈が無い。
何処までも深い憎悪を以って、何処までも無慈悲に、ツヴァイは狩りを続けてゆく。
インフェルノの手先が仕掛けた爆弾によって、キャルは命を奪われてしまったのだ。
最愛の人を理不尽に殺された怒りが、怪我を負った程度で収まる筈が無い。
何処までも深い憎悪を以って、何処までも無慈悲に、ツヴァイは狩りを続けてゆく。
――殺す。
「ごふっ……」
「グ、ガッ――――」
「グ、ガッ――――」
長い廊下の角を曲がると同時、頭の中で数ヵ所に照準を合わせて、それらを一息の間に纏めて銃撃する。
最早日常動作と化したソレを行うと、待ち構えていた数人の敵兵が人形のように弾き飛ばされた。
残された一人の敵兵が、恐怖に顔を歪めながら敗走を開始する。
最早日常動作と化したソレを行うと、待ち構えていた数人の敵兵が人形のように弾き飛ばされた。
残された一人の敵兵が、恐怖に顔を歪めながら敗走を開始する。
――殺す、殺す。
「ひ、助け――――ガハッ……!」
逃げ惑う男の背中に向けて、冷たい殺意と共に鉛玉を叩き込む。
男は夥しい量の血を撒き散らしながら、地面へと沈んだ。
物言わぬ躯と化した男を踏み付けながら、ツヴァイは更に奥へと足を進めてゆく。
男は夥しい量の血を撒き散らしながら、地面へと沈んだ。
物言わぬ躯と化した男を踏み付けながら、ツヴァイは更に奥へと足を進めてゆく。
――殺して、殺して、殺し尽くす。
「何なんだよ……何なんだよお前! うわ……うわあぁぁあぁああっ!」
恐慌状態に陥った敵兵を、一遍の容赦も無く撃ち殺す。
前へ、前へ。
時折身体に銃弾を撃ち込まれながらも、確実に館の奥へと歩を進める。
インフェルノの幹部が潜むであろう部屋まで、後少し。
前へ、前へ。
時折身体に銃弾を撃ち込まれながらも、確実に館の奥へと歩を進める。
インフェルノの幹部が潜むであろう部屋まで、後少し。
「キャル……キャル…………っ」
身体が重い。
手足の先端が氷のように冷えてしまっている。
キャルの温もりが恋しい、キャルの声をまた聞きたい。
死に体の身体、壊れ掛けの精神を引き摺って、ツヴァイは復讐を完遂しようとする。
さあ、もう終着点までの距離はごく僅か。
ツヴァイの生命が潰えるまで、キャルが待っているであろう世界に赴くまで、後少し――
手足の先端が氷のように冷えてしまっている。
キャルの温もりが恋しい、キャルの声をまた聞きたい。
死に体の身体、壊れ掛けの精神を引き摺って、ツヴァイは復讐を完遂しようとする。
さあ、もう終着点までの距離はごく僅か。
ツヴァイの生命が潰えるまで、キャルが待っているであろう世界に赴くまで、後少し――
「……そこで、俺はこの島に連れて来られた」
そうしてツヴァイは過去の回想を打ち切り、意識を現実へと引き戻した。
頬に吹き付ける冷たい風、夜空に輝く無数の煌めき。
既に三十人以上もの死体が転がっている、殺戮の孤島。
その南東に位置するリゾートエリアの一角で、ツヴァイは静かに歩いていた。
キャルの捜索が最優先課題である以上、一秒たりとも無駄にする訳には行かない。
決して歩みは止めぬまま、摩訶不思議な此度の殺人遊戯について考察を巡らせる。
頬に吹き付ける冷たい風、夜空に輝く無数の煌めき。
既に三十人以上もの死体が転がっている、殺戮の孤島。
その南東に位置するリゾートエリアの一角で、ツヴァイは静かに歩いていた。
キャルの捜索が最優先課題である以上、一秒たりとも無駄にする訳には行かない。
決して歩みは止めぬまま、摩訶不思議な此度の殺人遊戯について考察を巡らせる。
(今回の事件……不可解な点が多過ぎる)
あの時自分は、確かに組織との激戦の真っ最中であり、瀕死に近い重傷を負っていた筈だった。
にも関わらず、気付いた時にはもうこの島に連れて来られており、あれ程深かった傷も全快していた。
それは、普通に考えればまず有り得ない事。
人の身では決して及ばぬ、超常現象が起こったとしか思えない。
にも関わらず、気付いた時にはもうこの島に連れて来られており、あれ程深かった傷も全快していた。
それは、普通に考えればまず有り得ない事。
人の身では決して及ばぬ、超常現象が起こったとしか思えない。
そして、それ以上に有り得ないのが名簿に記載されている二つの名前。
アイン、キャル・ディヴェンス。
死体こそ確認していないものの、アインは自分がこの手で殺した筈。
キャルは、インフェルノが仕掛けた爆弾によって命を落とした。
既にこの世には居ない筈の二人が、この島に連れて来られていると云うのだ。
自分が殺害した桂言葉も、死亡後に生き返らされたと主張していた。
ならばこの殺人遊戯を企画した主催者は、死者蘇生の力を持っているのだろうか。
そう考えれば全ての辻褄は合うが、一方で最悪の可能性が一つ残っていた。
アイン、キャル・ディヴェンス。
死体こそ確認していないものの、アインは自分がこの手で殺した筈。
キャルは、インフェルノが仕掛けた爆弾によって命を落とした。
既にこの世には居ない筈の二人が、この島に連れて来られていると云うのだ。
自分が殺害した桂言葉も、死亡後に生き返らされたと主張していた。
ならばこの殺人遊戯を企画した主催者は、死者蘇生の力を持っているのだろうか。
そう考えれば全ての辻褄は合うが、一方で最悪の可能性が一つ残っていた。
(もし……全てが嘘だったとしたら?)
名簿に記載されているキャルやアインが、同姓同名の別人に過ぎず、桂言葉も嘘を吐いていたとしたら。
柚原このみや棗恭介はキャルと直接会ったと云っていたが、それが絶対に本当だとは限らない。
彼女達が何らかの理由でツヴァイを騙そうとしていた可能性も、決して零では無いのだ。
全ては嘘で、本物のキャルはやはり死んだままだった。
それは正しく、最悪のケース。
そうなれば、今まで何の為に戦ってきたのか、何の為に人を殺してきたのか分からなくなる。
全ての希望が、潰えてしまう。
だが――そんなツヴァイの恐れは、直ぐに解消される事となる。
柚原このみや棗恭介はキャルと直接会ったと云っていたが、それが絶対に本当だとは限らない。
彼女達が何らかの理由でツヴァイを騙そうとしていた可能性も、決して零では無いのだ。
全ては嘘で、本物のキャルはやはり死んだままだった。
それは正しく、最悪のケース。
そうなれば、今まで何の為に戦ってきたのか、何の為に人を殺してきたのか分からなくなる。
全ての希望が、潰えてしまう。
だが――そんなツヴァイの恐れは、直ぐに解消される事となる。
「……この音は?」
唐突にツヴァイの耳へと、急速に接近して来るエンジン音らしきものが届いた。
建物越しである為に正体までは窺い知れないが、車にしては音が激し過ぎる為、恐らくはバイクだろうと当たりを付ける。
エンジン音はツヴァイの程近く、建物を三、四個隔てた向こう側で停止した。
建物越しである為に正体までは窺い知れないが、車にしては音が激し過ぎる為、恐らくはバイクだろうと当たりを付ける。
エンジン音はツヴァイの程近く、建物を三、四個隔てた向こう側で停止した。
接近してきた人物が誰かは分からないが、キャルに関する情報を持っているかも知れない。
そうで無かったとしても、キャルを襲撃しかねない危険人物だという可能性もある。
捨て置くべきでは無いと判断し、ツヴァイはエンジン音が途絶え辺りを目指して進み始めた。
狙撃を警戒して、飲食店やレジャー施設の壁から壁へと移る形で移動する。
闇に紛れながら、路地裏から表通りへと足を踏み出して。
そこで、唐突に後ろから声を掛けられた。
そうで無かったとしても、キャルを襲撃しかねない危険人物だという可能性もある。
捨て置くべきでは無いと判断し、ツヴァイはエンジン音が途絶え辺りを目指して進み始めた。
狙撃を警戒して、飲食店やレジャー施設の壁から壁へと移る形で移動する。
闇に紛れながら、路地裏から表通りへと足を踏み出して。
そこで、唐突に後ろから声を掛けられた。
「――こんな所に居やがったか」
「…………ッ!?」
「…………ッ!?」
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたかのような悪寒。
馬鹿な、と思った。
ツヴァイは鍛えに鍛え抜かれた暗殺者であり、隠密行動は得意とする所。
常に敵の不意を突くように、そして自身の不意を突かれないように生きて来た。
それが、こうも易々と背後を取られるなど普通では有り得ない。
ツヴァイは驚愕と共に、銃を構えながら後ろへと振り返る。
すると薄暗い広場の中央部に、赤いジャケットを羽織った女の姿があった。
馬鹿な、と思った。
ツヴァイは鍛えに鍛え抜かれた暗殺者であり、隠密行動は得意とする所。
常に敵の不意を突くように、そして自身の不意を突かれないように生きて来た。
それが、こうも易々と背後を取られるなど普通では有り得ない。
ツヴァイは驚愕と共に、銃を構えながら後ろへと振り返る。
すると薄暗い広場の中央部に、赤いジャケットを羽織った女の姿があった。
「お前、は…………」
金のポニーテールに、緑の瞳。
手には黒と赤の入り混じった拳銃、口元には獰猛な歓喜の笑み。
ツヴァイにとって、その女性は初めて見る相手の筈だった。
見覚えなど無い筈なのに、決してあってはならない筈なのに――どうしようも無く、懐かしい気持ちが込み上げてくる。
どくんどくんと、心臓が狂ったかのように跳ねている。
手には黒と赤の入り混じった拳銃、口元には獰猛な歓喜の笑み。
ツヴァイにとって、その女性は初めて見る相手の筈だった。
見覚えなど無い筈なのに、決してあってはならない筈なのに――どうしようも無く、懐かしい気持ちが込み上げてくる。
どくんどくんと、心臓が狂ったかのように跳ねている。
「玲二……やっと見付けた。ただこの時だけをずっと待ち侘びたよ」
まるで親の仇に向けられたかのような、明確な憎しみの籠もった声。
それすらも、ツヴァイにとっては聞き覚えのあるものだった。
ツヴァイは狼狽に肩を震わせながら、目の前の女に問い掛ける。
それすらも、ツヴァイにとっては聞き覚えのあるものだった。
ツヴァイは狼狽に肩を震わせながら、目の前の女に問い掛ける。
「お前…………キャルなのか?」
そんな筈は無いと、ツヴァイの心は叫んでいる。
記憶の中のキャルは、もっと幼い。
背も低かったし、顔にもあどけなさがまだ残っていた。
そして何より、キャルが憎悪に染まった瞳を向けてくるなど、決して有り得ない筈だった。
だが無情にも、女は冷たい現実を突き付けてくる。
記憶の中のキャルは、もっと幼い。
背も低かったし、顔にもあどけなさがまだ残っていた。
そして何より、キャルが憎悪に染まった瞳を向けてくるなど、決して有り得ない筈だった。
だが無情にも、女は冷たい現実を突き付けてくる。
「……信じられないって顔をしてやがるね。
だけど間違い無く、あたしはあたしだ。嘗て吾妻玲二と愛を誓い合ったキャル・ディヴェンスだよ」
だけど間違い無く、あたしはあたしだ。嘗て吾妻玲二と愛を誓い合ったキャル・ディヴェンスだよ」
それで、矛盾は決定的なものとなった。
キャルと愛を誓い合った事は、誰にも話していない。
その事実を知っているのはツヴァイと、そしてキャル本人の二人のみ。
目の前の女は間違い無く、キャル・ディヴェンスその人だった。
キャルと愛を誓い合った事は、誰にも話していない。
その事実を知っているのはツヴァイと、そしてキャル本人の二人のみ。
目の前の女は間違い無く、キャル・ディヴェンスその人だった。
「そんな……何で……? キャルはもっと……幼かった筈だ……」
「馬鹿か? あんたがあたしの前から姿を消して二年。成長するのは当然だろ」
「二年――?」
「馬鹿か? あんたがあたしの前から姿を消して二年。成長するのは当然だろ」
「二年――?」
見下すような視線。
ツヴァイが驚愕するのにも構わず、キャルことドライは言葉を続けてゆく。
ツヴァイが驚愕するのにも構わず、キャルことドライは言葉を続けてゆく。
「そう……二年だ。あんたに置いていかれてからの二年間。
あたしはずっと、あんたに復讐する事ばかりを考えていた」
あたしはずっと、あんたに復讐する事ばかりを考えていた」
紡がれた言葉は憎悪に満ちたもの。
本来ならばそれは、キャルを心の拠り所にするツヴァイにとって、何よりも辛い責め苦だろう。
だが今のツヴァイはそのような感傷よりも、次々と沸き上がる疑問に思考を埋め尽くされていた。
本来ならばそれは、キャルを心の拠り所にするツヴァイにとって、何よりも辛い責め苦だろう。
だが今のツヴァイはそのような感傷よりも、次々と沸き上がる疑問に思考を埋め尽くされていた。
(二年も経過しているだと……?)
ツヴァイが最後にキャルの下を離れてから、この島に連れて来られるまで、時間で見れば一週間足らず。
だと云うのに眼前のキャルは、二年の月日が流れたと主張しており、実際彼女は以前よりも格段に成長している。
これは一体、どういう事なのか。
だと云うのに眼前のキャルは、二年の月日が流れたと主張しており、実際彼女は以前よりも格段に成長している。
これは一体、どういう事なのか。
一番最初に思い付いたケースは、キャルが二年先の未来から連れて来られたという事。
だが、直ぐにその説は打ち消した。
アパートの爆発によって、キャルは確かに命を落とした筈。
あの時点で死んでしまった以上、二年後のキャルなどというものが存在する筈が無いのだ。
それに、もう一つ疑問が残っている。
だが、直ぐにその説は打ち消した。
アパートの爆発によって、キャルは確かに命を落とした筈。
あの時点で死んでしまった以上、二年後のキャルなどというものが存在する筈が無いのだ。
それに、もう一つ疑問が残っている。
「俺がお前を置いていったとは……何の事だ?」
ツヴァイは組織の魔の手から、キャルを守る事が出来なかった。
それは厳然たる事実であり、その事について責められるのなら分かる。
だが置いていったつもりなどは、毛頭無い。
それは厳然たる事実であり、その事について責められるのなら分かる。
だが置いていったつもりなどは、毛頭無い。
「俺はお前を一人にしておくつもりなんて無い。
もしお前が手の届かない所へ行ったとしても、必ずそこまで追い掛けていくつもりだし、実際にそうして来た」
もしお前が手の届かない所へ行ったとしても、必ずそこまで追い掛けていくつもりだし、実際にそうして来た」
ツヴァイの言葉は、決してその場限りの嘘偽りなどでは無い。
キャルを守れなかった後、ツヴァイは一人で生き延びようなどとはしなかった。
正しく捨て身で組織への復讐を敢行して、あの世までキャルの後を追う予定だったのだ。
故にツヴァイは疑問を露わとしたのだが、途端にドライは眉を鋭く吊り上げた。
キャルを守れなかった後、ツヴァイは一人で生き延びようなどとはしなかった。
正しく捨て身で組織への復讐を敢行して、あの世までキャルの後を追う予定だったのだ。
故にツヴァイは疑問を露わとしたのだが、途端にドライは眉を鋭く吊り上げた。
「……一人にしておくつもりは無い、だって? どの面下げてほざいてんだよ。
あたしを見捨てて、アインと二人で逃げた癖に。自分だけ平和な日本で学生ゴッコしていた癖に……!」
「俺が、アインと……?」
あたしを見捨てて、アインと二人で逃げた癖に。自分だけ平和な日本で学生ゴッコしていた癖に……!」
「俺が、アインと……?」
獰猛な肉食獣をも上回る殺意の視線が、こちらへと向けられる。
しかし、ツヴァイは全く身に覚えが無い。
自分は日本に戻ってなどいないし、アインは既に命を落としていた筈。
そもそも自分がキャルを捨てて平和な生活に逃げるなど、絶対に有り得ないと断言出来る。
しかし、ツヴァイは全く身に覚えが無い。
自分は日本に戻ってなどいないし、アインは既に命を落としていた筈。
そもそも自分がキャルを捨てて平和な生活に逃げるなど、絶対に有り得ないと断言出来る。
違う。
ツヴァイの知る自分自身と、キャルの語るツヴァイ像が余りにも違い過ぎる。
死んだ筈なのに成長した姿となって現れたキャルも、ツヴァイの知る彼女とは別人の如き変貌振りであった。
生じた違和感が、どうしようも無い程に肥大化してゆく。
最早、常識など一切通じぬ状況。
ツヴァイはありとあらゆる常識を封印して、思い付く限りの可能性を模索する。
ツヴァイの知る自分自身と、キャルの語るツヴァイ像が余りにも違い過ぎる。
死んだ筈なのに成長した姿となって現れたキャルも、ツヴァイの知る彼女とは別人の如き変貌振りであった。
生じた違和感が、どうしようも無い程に肥大化してゆく。
最早、常識など一切通じぬ状況。
ツヴァイはありとあらゆる常識を封印して、思い付く限りの可能性を模索する。
死者蘇生……否。蘇らされただけと云うのならば、キャルは自分の知る幼い姿で現れる筈だ。
未来からの拉致……否。キャルは命を落とした以上、二年後の未来には存在しない筈。
記憶改竄……否。この仮説でも、キャルが成長した姿で現れた理由付けにはならない。
主催者が何か並外れた力を持っている事は明らか。
空想じみた可能性も、決して選択肢から外さず、考えて、考えて、考えて抜く。
そうしてツヴァイは、やがてとある一つの結論に辿り着いた。
主催者が何か並外れた力を持っている事は明らか。
空想じみた可能性も、決して選択肢から外さず、考えて、考えて、考えて抜く。
そうしてツヴァイは、やがてとある一つの結論に辿り着いた。
――平行世界。
死者蘇生でも、時間移動でも、目の前のキャルについては説明出来なかった。
だがもしも、もしもだ。
世界が一つだけでは、無かったのだとしたら。
アインやキャルが命を落としておらず、ツヴァイが保身に走った世界があったとしたら。
目の前のキャルは、そんな世界から連れて来られたのだとしたら。
全ての疑問、全ての矛盾は解消されるのでは無いか。
ツヴァイは震える声、動揺し切った表情で、己が仮説を確認すべく問い掛ける。
世界が一つだけでは、無かったのだとしたら。
アインやキャルが命を落としておらず、ツヴァイが保身に走った世界があったとしたら。
目の前のキャルは、そんな世界から連れて来られたのだとしたら。
全ての疑問、全ての矛盾は解消されるのでは無いか。
ツヴァイは震える声、動揺し切った表情で、己が仮説を確認すべく問い掛ける。
「なあ、キャル……。お前の知っている俺は、インフェルノに襲撃を仕掛けたか?」
この島に連れて来られる直前まで、ツヴァイはインフェルノと激戦を繰り広げていた。
その事についてキャルが知らないというのならば、それで良い。
あの時点で既にキャルは命を落としていた以上、知らないのは当然だ。
だがツヴァイの問い掛けに対して、返ってきたものは。
その事についてキャルが知らないというのならば、それで良い。
あの時点で既にキャルは命を落としていた以上、知らないのは当然だ。
だがツヴァイの問い掛けに対して、返ってきたものは。
「あんたがインフェルノに襲撃を仕掛けただ? ハッ、冗談も大概にしやがれ。
インフェルノに狙われた途端、あたしを置いてとっとと逃げやがった臆病者の分際でよ」
インフェルノに狙われた途端、あたしを置いてとっとと逃げやがった臆病者の分際でよ」
ドライが口にしたソレは、知らない、では無く明確な否定の言葉。
実際にツヴァイは襲撃を仕掛けた以上、『ツヴァイの居た世界』で生きていたキャルならば、この回答は有り得ない。
最早、疑いようも無く。
今目の前に居る少女は、ツヴァイの知るキャルとは、別の世界から来た人間だった。
実際にツヴァイは襲撃を仕掛けた以上、『ツヴァイの居た世界』で生きていたキャルならば、この回答は有り得ない。
最早、疑いようも無く。
今目の前に居る少女は、ツヴァイの知るキャルとは、別の世界から来た人間だった。
「あ、――――」
それで、終わった。
この少女が、ツヴァイの知るキャルで無いというのならば。
あの時守れなかったキャルは、蘇ってなどおらず、アパートの爆発によって命を落としたままなのだ。
この少女が、ツヴァイの知るキャルで無いというのならば。
あの時守れなかったキャルは、蘇ってなどおらず、アパートの爆発によって命を落としたままなのだ。
今度こそ、絶対に守ると誓ったのに。
何を犠牲にしてでも、守り抜くつもりだったのに。
守るべき対象など、居なかった。
キャルを救える可能性など、最初から存在しなかった。
彼女の声を聞く機会も、彼女の温もりを感じる機会も、二度と訪れはしないのだ。
何を犠牲にしてでも、守り抜くつもりだったのに。
守るべき対象など、居なかった。
キャルを救える可能性など、最初から存在しなかった。
彼女の声を聞く機会も、彼女の温もりを感じる機会も、二度と訪れはしないのだ。
「あ、ああぁああ……………っ」
ツヴァイは力無く地面へと膝を付いて、形を成さぬ声を上げ始めた。
もう、立てない。
もう、戦えない。
当然だ。
銃を手に取るだけの理由も、これ以上生き続ける理由すらも、吾妻玲二にはもう存在しない。
冷たい風が広場の中を吹き抜けて、亡霊の身体を冷やしてゆく。
そこに希望も救いも無く。
亡霊が抱いた束の間の夢は、呆気無く終焉の時を迎えた。
もう、立てない。
もう、戦えない。
当然だ。
銃を手に取るだけの理由も、これ以上生き続ける理由すらも、吾妻玲二にはもう存在しない。
冷たい風が広場の中を吹き抜けて、亡霊の身体を冷やしてゆく。
そこに希望も救いも無く。
亡霊が抱いた束の間の夢は、呆気無く終焉の時を迎えた。
「おいおい……一体何だってんだよ」
突如崩れ落ちたツヴァイを前にして、ドライは困惑を顔に表していた。
己が怨敵である吾妻玲二は、初代ファントムを直接対決で破った程の怪物。
血で血を争う激戦も覚悟していた。
或いは玲二が、必死に言い訳を並べ連ねて来るケースも想定していた。
だが、流石にこの展開は予想外。
要領の得ぬ問答を僅かばかり行った結果、ツヴァイは地に伏してしまった。
その理由までは分からぬが、ツヴァイの姿からは絶望している事が容易に見て取れる。
己が怨敵である吾妻玲二は、初代ファントムを直接対決で破った程の怪物。
血で血を争う激戦も覚悟していた。
或いは玲二が、必死に言い訳を並べ連ねて来るケースも想定していた。
だが、流石にこの展開は予想外。
要領の得ぬ問答を僅かばかり行った結果、ツヴァイは地に伏してしまった。
その理由までは分からぬが、ツヴァイの姿からは絶望している事が容易に見て取れる。
「下らねえ。何だか知らねえが、戦う前から自滅かよ」
ドライが心底失望した表情で吐き捨てたが、ツヴァイは地に膝を付いたまま動かない。
この状態で復讐を成し遂げるのは容易い。
目の前の亡霊に向けて、ただ一度引き金を引けば、それで事は済む。
だが、それは動かぬ人形に銃弾を叩き込むのと何ら変わらぬ行為。
自分は見捨てられた後、二年もの間ツヴァイへの復讐だけを目標に生きて来たのだ。
その総決算がこのような結末に終わるなど、そう簡単に許容出来る筈が無い。
この状態で復讐を成し遂げるのは容易い。
目の前の亡霊に向けて、ただ一度引き金を引けば、それで事は済む。
だが、それは動かぬ人形に銃弾を叩き込むのと何ら変わらぬ行為。
自分は見捨てられた後、二年もの間ツヴァイへの復讐だけを目標に生きて来たのだ。
その総決算がこのような結末に終わるなど、そう簡単に許容出来る筈が無い。
「おい、立てよ。こんな形であたしの復讐を終わらせるんじゃねえよ」
「がぁッ……」
「がぁッ……」
ドライは大きく足を振り上げて、ツヴァイの腹部を蹴り飛ばした。
ツヴァイが受け身すら取らずに、力無く地面へと倒れ込む。
ドライはそのまま二度、三度と、無慈悲にツヴァイの横顔を踏み付けた。
ツヴァイが受け身すら取らずに、力無く地面へと倒れ込む。
ドライはそのまま二度、三度と、無慈悲にツヴァイの横顔を踏み付けた。
「ほら、銃を取れよ。あんたはこんなんじゃないだろ?
自分の身が一番可愛いクソ野郎だろ!? だったら自分を守る為に、早くあたしと戦えよ!」
「ぐ、がふ、ごっ…………!」
自分の身が一番可愛いクソ野郎だろ!? だったら自分を守る為に、早くあたしと戦えよ!」
「ぐ、がふ、ごっ…………!」
罵倒の叫びと共に、何度も何度も蹴撃が撃ち込まれる。
だが、ツヴァイは動かない。
罵られても、足蹴にされても。
魂が抜け落ちたかのように、亡霊は最早動かない。
だが、ツヴァイは動かない。
罵られても、足蹴にされても。
魂が抜け落ちたかのように、亡霊は最早動かない。
「…………本当に、下らねえ」
桃色の唇から、様々な感情の入り混じった声が零れ落ちた。
ドライは暫しの間逡巡していたが、やがて何をしても無駄だと悟ったのか。
自動式拳銃――ルガー P08の銃口が、ツヴァイへと向けられた。
月光が降り注ぐ広場の中で。
金色の修羅が、亡霊に死神の鎌を突き付ける。
ドライは暫しの間逡巡していたが、やがて何をしても無駄だと悟ったのか。
自動式拳銃――ルガー P08の銃口が、ツヴァイへと向けられた。
月光が降り注ぐ広場の中で。
金色の修羅が、亡霊に死神の鎌を突き付ける。
「じゃあな。誰よりも憎く――――誰よりも、大切だった人」
そうしてドライは、己が拳銃の引き金へと指を掛けた。
完全に肩透かしを食らった形だが、だからと云ってツヴァイを見逃す訳には行かない。
復讐を果たす為にも、この二年間を無駄にしない為にも。
何があろうとも、この男は必ず自分自身の手で仕留めなければならないのだ。
ドライは過去を清算すべく、トリガーを引こうとして――
そこで、急速に近付いてくる駆け足の音を聞き取った。
完全に肩透かしを食らった形だが、だからと云ってツヴァイを見逃す訳には行かない。
復讐を果たす為にも、この二年間を無駄にしない為にも。
何があろうとも、この男は必ず自分自身の手で仕留めなければならないのだ。
ドライは過去を清算すべく、トリガーを引こうとして――
そこで、急速に近付いてくる駆け足の音を聞き取った。
「ドライさん!」
ザッと大地を踏み締める音。
ドライが振り向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。
血に塗れた桃色の制服。
平均よりも随分と劣るであろう小柄な体躯に、ツインテールの形で纏められた黒髪。
少女の両手には、元はドライの支給品であった魔銃――イタクァが握り締められている。
ドライが振り向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。
血に塗れた桃色の制服。
平均よりも随分と劣るであろう小柄な体躯に、ツインテールの形で纏められた黒髪。
少女の両手には、元はドライの支給品であった魔銃――イタクァが握り締められている。
現れたのは、殺人遊戯の開始直後に遭遇した少女、柚原このみだった。
新たな役者の登場を受けて、ドライは口元に凄惨な笑みを浮かべる。
新たな役者の登場を受けて、ドライは口元に凄惨な笑みを浮かべる。
「――へえ。良い面構えになったじゃねえか」
以前に別れた時、ドライはこのみと再び会う事など無いと踏んでいた。
このみ如きが、それまで生きていられる筈が無いと思っていたのだ。
たが予想に反して、このみは再びドライの前に現れた。
しかも、ただ現れたというだけではない。
未だ互いの距離は二十メートル以上開いていると云うのに、押し潰されるような圧迫感が伝わってくる。
爛々と輝く赤い瞳の鋭さは、一流の暗殺者と比べても何ら見劣りせぬ程。
柚原このみは内に鬼を飼う人外として、ドライの前に戻ってきた。
このみ如きが、それまで生きていられる筈が無いと思っていたのだ。
たが予想に反して、このみは再びドライの前に現れた。
しかも、ただ現れたというだけではない。
未だ互いの距離は二十メートル以上開いていると云うのに、押し潰されるような圧迫感が伝わってくる。
爛々と輝く赤い瞳の鋭さは、一流の暗殺者と比べても何ら見劣りせぬ程。
柚原このみは内に鬼を飼う人外として、ドライの前に戻ってきた。
「それに……お仲間まで二人、連れて来たみたいだな」
このみの両脇には、ドライの見知らぬ少女が二人。
黒い長髪に鋭い瞳を湛え、日本刀を手にした少女は千羽烏月。
ベーシュの制服を身に纏い、黒髪を腰まで伸ばした少女は源千華留だった。
現場の状況を見て取った烏月は、図らずして眉間に皺を寄せる。
黒い長髪に鋭い瞳を湛え、日本刀を手にした少女は千羽烏月。
ベーシュの制服を身に纏い、黒髪を腰まで伸ばした少女は源千華留だった。
現場の状況を見て取った烏月は、図らずして眉間に皺を寄せる。
「どうしてあの男が、キャルさんに銃口を向けられているんだ?」
このみがドライと呼んだ以上、眼前の少女はキャル・ディヴェンスと考えて間違い無いだろう。
ツヴァイは正しく死に物狂いでキャルを探し、守り抜こうとしていた。
それが何故、保護対象たるキャルに殺され掛けているのか。
ツヴァイは正しく死に物狂いでキャルを探し、守り抜こうとしていた。
それが何故、保護対象たるキャルに殺され掛けているのか。
「ツヴァイ、何があったんだい?」
「…………」
「…………」
仰向けに倒れているツヴァイへと問い掛けたが、答えは返ってこない。
ツヴァイは生気を失った瞳で、ただ天だけを仰ぎ見ている。
その様はさながら脱け殻のようであった。
数時間前に交戦した恐るべき暗殺者と同一人物だとは、とても思えない。
ならばと、このみが視線をドライに移す。
ツヴァイは生気を失った瞳で、ただ天だけを仰ぎ見ている。
その様はさながら脱け殻のようであった。
数時間前に交戦した恐るべき暗殺者と同一人物だとは、とても思えない。
ならばと、このみが視線をドライに移す。
「ドライさん……何でツヴァイさんを殺そうとしているの?
ツヴァイさんは、必死にドライさんを守ろうとしていたんだよ?」
ツヴァイさんは、必死にドライさんを守ろうとしていたんだよ?」
それは至極真っ当な質問だろう。
しかし問われた当人であるドライは、ただ鼻で笑うだけだった。
しかし問われた当人であるドライは、ただ鼻で笑うだけだった。
「ハッ、逆に聞きたいぜ。あたしがこいつを殺さない理由なんて、一体何処にあるんだ?」
愉しげな、しかし鋭い声。
ファントム・ドライがツヴァイを殺そうとするのは、当然だと。
殺意に塗れた緑の視線で、ドライはそう告げていた。
ファントム・ドライがツヴァイを殺そうとするのは、当然だと。
殺意に塗れた緑の視線で、ドライはそう告げていた。
「そんなの……分かんないよ。私はドライさんの事もツヴァイさんの事も、ほんの少ししか知らないもん。
でもツヴァイさんは、必死にドライさんを助けようとしてたのに、それを裏切るなんて――」
「ガタガタうるせえな。あたしは玲二が憎い。人が人を殺す理由なんてそれで十分だろ?」
諫めようとしたこのみの言葉は、途中で遮られた。
部外者が何を云おうが、全くの無意味。
憎しみに囚われた今のドライが、その程度で考え方を改める筈も無い。
でもツヴァイさんは、必死にドライさんを助けようとしてたのに、それを裏切るなんて――」
「ガタガタうるせえな。あたしは玲二が憎い。人が人を殺す理由なんてそれで十分だろ?」
諫めようとしたこのみの言葉は、途中で遮られた。
部外者が何を云おうが、全くの無意味。
憎しみに囚われた今のドライが、その程度で考え方を改める筈も無い。
「大体よ、お前ら此処に何しに来てんだ? この島は日本みたいな生温い場所じゃ無く、殺し合いの舞台なんだぜ?
なら、無駄なお喋りなんて要らねえだろうが」
「え――?」
なら、無駄なお喋りなんて要らねえだろうが」
「え――?」
このみの目が大きく見開かれる。
ドライの腕がすいと動いて、ルガー P08の銃口がこのみへと向けられていた。
ドライの腕がすいと動いて、ルガー P08の銃口がこのみへと向けられていた。
「さあ、あんたも銃を構えろよ。前にやった銃は、飾りなんかじゃないんだからさ」
以前に出会った時、ドライはこのみを叱咤激励して、あまつさえ己が銃まで分け与えた。
だが、あの行動はドライにとって、只の気まぐれでしか無かった。
当時のこのみは、殺す価値すらも無い弱者だったから、敢えて今度の成長に期待しただけの事。
こうして今、戦うに値する強敵として現れた以上、最早見逃す理由など存在しない。
だが、あの行動はドライにとって、只の気まぐれでしか無かった。
当時のこのみは、殺す価値すらも無い弱者だったから、敢えて今度の成長に期待しただけの事。
こうして今、戦うに値する強敵として現れた以上、最早見逃す理由など存在しない。
「……貴女は、殺し合いを肯定しているのかい?」
「ああ、そうさ。あたしは生温い連中と馴れ合うつもりなんてねえからな」
「ああ、そうさ。あたしは生温い連中と馴れ合うつもりなんてねえからな」
烏月が問い掛けると、ドライは迷う事無く首を縦に振っていた。
その答えは、このみに確かな絶望と驚愕を齎す。
その答えは、このみに確かな絶望と驚愕を齎す。
「ドライさん! そんな、どうして!?」
「だからガタガタうるせえって云ってるだろ。あたしがそうしたいから、そうするってだけだ。
何を云われようとも、あたしはお前らを殺す。無抵抗で死んだりして、あたしを失望させるなよ?」
「そんな……そんな……」
「だからガタガタうるせえって云ってるだろ。あたしがそうしたいから、そうするってだけだ。
何を云われようとも、あたしはお前らを殺す。無抵抗で死んだりして、あたしを失望させるなよ?」
「そんな……そんな……」
このみはドライの言葉に愕然とし、ただ弱々しく肩を震わせる。
魔銃イタクァを握り締める両手は、汗でびっしょりと濡れていた。
このみにとって、ドライは感謝すべき相手。
全てを失った自分に、再び生きる気力を与えてくれた恩人だった。
その恩人が絶対の殺意を以って、こちらに銃を向けている。
悪夢のような現実を前にして、このみの思考は停止していたが、そこで横から仲間の声が聞こえて来る。
魔銃イタクァを握り締める両手は、汗でびっしょりと濡れていた。
このみにとって、ドライは感謝すべき相手。
全てを失った自分に、再び生きる気力を与えてくれた恩人だった。
その恩人が絶対の殺意を以って、こちらに銃を向けている。
悪夢のような現実を前にして、このみの思考は停止していたが、そこで横から仲間の声が聞こえて来る。
「このみさん、しっかりするんだ!」
「……烏月さん?」
「……烏月さん?」
このみが振り向いた先には。
何処までも冷静な表情で刀を構える、烏月の姿があった。
何処までも冷静な表情で刀を構える、烏月の姿があった。
「あの人は、間違い無く私達を殺すつもりだ。此処で抵抗しなければ、理不尽に命を奪われるだけだよ。
だから、戦うんだ。貴女の命はこんな所で捨てて良いモノじゃない……違うかい?」
だから、戦うんだ。貴女の命はこんな所で捨てて良いモノじゃない……違うかい?」
このみの命は、もう自分自身だけのものでは無い。
殺人遊戯の開幕時に、向坂環が捨て身で救ってくれたからこそ、このみは今も生きていられるのだ。
烏月の後を継ぐ形で、千華留が言葉を続ける。
殺人遊戯の開幕時に、向坂環が捨て身で救ってくれたからこそ、このみは今も生きていられるのだ。
烏月の後を継ぐ形で、千華留が言葉を続ける。
「……そう。このみちゃんは、生き続けなければならないの。
それに、忘れないで。貴女が死んだら、悲しむ人達が居るって事を」
それに、忘れないで。貴女が死んだら、悲しむ人達が居るって事を」
このみが死ねば、確実に烏月と千華留は嘆き悲しむだろう。
烏月達だけでは無く、今は亡き伊藤誠や河野貴明達も悲しむ筈だ。
懸っているのは二人分の命、背負っているのは仲間達の想い。
ならば、簡単には死ねない。
どのような事態に陥ろうとも、柚原このみは必死に生き続けなければならない。
烏月達だけでは無く、今は亡き伊藤誠や河野貴明達も悲しむ筈だ。
懸っているのは二人分の命、背負っているのは仲間達の想い。
ならば、簡単には死ねない。
どのような事態に陥ろうとも、柚原このみは必死に生き続けなければならない。
「……そうだね。ドライさんと戦いたくなんて無いけど……。
私にだって守りたいもの、譲れないものがあるもん。だから私――戦うよ」
そうしてこのみは、未だ遠慮がちながらも銃を構えた。
銃口の斜線上には、既に戦闘態勢へと移っているドライの姿。
私にだって守りたいもの、譲れないものがあるもん。だから私――戦うよ」
そうしてこのみは、未だ遠慮がちながらも銃を構えた。
銃口の斜線上には、既に戦闘態勢へと移っているドライの姿。
「良いぜ……お前ら最高だ。玲二なんかよりも、よっぽど殺し甲斐があるよ」
このみの、烏月の、千華留の視線を一身に受けながら、ドライは獰猛な笑みを浮かべる。
今ドライの前に立っているのは、それぞれが強固な意志を秘めた三人。
脱け殻同然のツヴァイなどよりも、余程手応えのある相手だ。
故にドライは復讐を後回しにし、今はファントムとしての気勢を猛らせる。
今ドライの前に立っているのは、それぞれが強固な意志を秘めた三人。
脱け殻同然のツヴァイなどよりも、余程手応えのある相手だ。
故にドライは復讐を後回しにし、今はファントムとしての気勢を猛らせる。
「さあ、始めようぜ――命の奪い合いをよ!」
何処までも愉しげに死闘の開幕が告げられる。
ドライのルガー P08が火を吹き、それとほぼ同時にこのみもイタクァの引き金を引いた。
互いが上体を横に傾けた事で、銃弾は空を裂くに留まる。
間合いを詰めるべく烏月が駆け出して、逆にドライは接近戦を嫌い後退し始めた。
ドライのルガー P08が火を吹き、それとほぼ同時にこのみもイタクァの引き金を引いた。
互いが上体を横に傾けた事で、銃弾は空を裂くに留まる。
間合いを詰めるべく烏月が駆け出して、逆にドライは接近戦を嫌い後退し始めた。
直ぐ様、千華留も烏月達の後を追って走り出す。
だがそこで、千華留は唐突に横から呼び止められた。
だがそこで、千華留は唐突に横から呼び止められた。
「なあ……そこのお前……。一つ、聞いても良いか?」
「――――?」
「――――?」
聞こえてきた声に足を止めて、千華留は横に振り返る。
するとそこでは、ツヴァイが仰向けに倒れたまま、視線だけこちらに向けていた。
するとそこでは、ツヴァイが仰向けに倒れたまま、視線だけこちらに向けていた。
相手の云わんとする事が理解出来ず、千華留は首を横に傾ける。
ほんの僅かな間の後、ツヴァイは更に言葉を投げ掛けてきた。
「この島に連れて来られたその人は……自分の知る彼女とは違う記憶を持っているんだ。
別人のように、変わり果ててしまっていたんだ。元の世界では、深く愛し合っていた筈なのに。
憎悪に満ちた眼で睨まれたら、銃口を向けられたら……お前なら、どうする?」
ほんの僅かな間の後、ツヴァイは更に言葉を投げ掛けてきた。
「この島に連れて来られたその人は……自分の知る彼女とは違う記憶を持っているんだ。
別人のように、変わり果ててしまっていたんだ。元の世界では、深く愛し合っていた筈なのに。
憎悪に満ちた眼で睨まれたら、銃口を向けられたら……お前なら、どうする?」
悲痛な表情、苦汁に満ちた声で問い掛けられる。
それで、ようやく千華留はおおよその事情を察した。
この質問の中で想定されている状況は、正しくツヴァイ自身が陥っている境遇なのだ。
ツヴァイと出会ったばかりの千華留には、この質問にどう答えるのが正解か分からない。
だから素直に、自分自身が同じ境遇に陥ったらどうするかを考えた。
それで、ようやく千華留はおおよその事情を察した。
この質問の中で想定されている状況は、正しくツヴァイ自身が陥っている境遇なのだ。
ツヴァイと出会ったばかりの千華留には、この質問にどう答えるのが正解か分からない。
だから素直に、自分自身が同じ境遇に陥ったらどうするかを考えた。
「――何も、変わらないわ」
告げる瞳に迷いは無く。
闇を切り裂くような澄んだ声で、千華留は答えを口にした。
闇を切り裂くような澄んだ声で、千華留は答えを口にした。
「かわら、ない……?」
「ええ、私は変わらない。きっと辛いと思うけど……。
物凄く辛いと思うけど、それでも私は何も変わらない。何処から来ていようとも、大切な人は大切な人だから。
別人のようになっていたとしても、どれだけ憎まれていても、命懸けで守るわ」
「ええ、私は変わらない。きっと辛いと思うけど……。
物凄く辛いと思うけど、それでも私は何も変わらない。何処から来ていようとも、大切な人は大切な人だから。
別人のようになっていたとしても、どれだけ憎まれていても、命懸けで守るわ」
相手がどの世界から来ていても、たとえ自分を憎んでいても、己の想いは変わらないと。
海よりも深い愛を以って、少女はそう告げていた。
だが、程無くして千華留の表情に暗い影が差す。
「尤も――私の大切な人は、もうこの世には居ないけれど」
海よりも深い愛を以って、少女はそう告げていた。
だが、程無くして千華留の表情に暗い影が差す。
「尤も――私の大切な人は、もうこの世には居ないけれど」
千華留にとってかけがえの無い存在である渚砂は、既に命を落としている。
最早二度と彼女は、大切な人の声を聞く事も温もりを感じる事も出来ないのだ。
だがそれでも千華留は立ち止まらない。
蘭堂りのの想いが、直枝理樹の跡を継ぐという決意が、彼女を支えている。
最早二度と彼女は、大切な人の声を聞く事も温もりを感じる事も出来ないのだ。
だがそれでも千華留は立ち止まらない。
蘭堂りのの想いが、直枝理樹の跡を継ぐという決意が、彼女を支えている。
「……少し、お喋りが過ぎたわね。早く皆を助けに行かないと」
手元の拳銃――スプリングフィールドXDを、強く握り締める。
この島で出会った新たな仲間達を守るべく、千華留は駆け出した。
この島で出会った新たな仲間達を守るべく、千華留は駆け出した。
広場を照らし上げる月光。
取り残される形となったツヴァイは、地に倒れたまま動かない。
ただ黙したまま、走り去る千華留の背中を眺め見ていた。
取り残される形となったツヴァイは、地に倒れたまま動かない。
ただ黙したまま、走り去る千華留の背中を眺め見ていた。
201:エージェント夜を往く | 投下順 | 202:Phantom /ありがとう(2) |
200:mirage lullaby | 時系列順 | |
190:HEROES | 柚原このみ | |
190:HEROES | 千羽烏月 | |
190:HEROES | 源千華留 | |
198:Jesus Is Calling/我に来よと主は今 | ドライ | |
196:I'm always close to you/棗恭介 | 吾妻玲二 |