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阿修羅姫

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阿修羅姫 ◆UcWYhusQhw



夜が。
夜が終わろうとしている。

永く永く哀しい夜が。
やっと。

終わろうとしいてた。


一つ音のだけ山の中に響いて。
崩れ落ちるもの。

無慈悲に空に響いた音。

一つの終わりを告げる音。

哀しみは終わる事は無く。

連なり続いていく。


「あ……ああ……ぁぁ」


終わる事無い哀しみに。

少女は嘆き。

そして絶望し。


「あぁ……あぁあぁあああああああああああああ」


唯、泣いた。


そして哀しみは連鎖していく。


永遠に。

そう、永遠に。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「……っ……クリスたちは大丈夫か?」

俺―大十字九郎―は眼前の敵を見据える。
目の前には多数の頭を持つ大蛇、人ならざるもの。
そいつをクリス達から引き離したのはいいが……俺一人で戦えるのか?
……んー。

……勘弁してくれ。

でも退けなかった。
クリス達は今静留という人を止めようとしている。
全力で。
なら俺も退ける訳がない。

正直俺は静留さんの事はよく知らない。
でもクリス達は違う。
二人とも思ってるんだ、殺し合いに乗るような人間じゃないと。
だから頑張ってる、あいつらは。

……なら俺がする事は。

「……決まってるよな……っと……仲間だから」

大蛇の尾から繰り出される攻撃を横に避けながら思う。
俺はクリス達の仲間だ。
なら、自分のミッションは護らなきゃならない。

クリス達を護る。

クリス達が説得できると信じて。
その間の時間を。

仲間として作る。

それが俺の役目。

だから

「…俺は、大十字九郎はあいつらの仲間として……『リトルバスターズ』の一員として……ここで退いてたまるか!」

退けない。

右手を突き出し吼える。

決意を胸に。
絶対負けないと。

眼前の大蛇に唯吼える。

大蛇はそれに答えるかのように雄叫びを上げた。
その声は力強く響き渡る。

さあ、勝負開始!



……ああ。

でも、やっぱり。


怖えわ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「シズル……止めようよ……こんな哀しい事……もう沢山でしょ?……続けたって誰も喜びはしないよ」

深い森の中、月下の下で唯、言葉をつむぐのはクリス。
心からの、本当な純粋な想いを唯、目の前の阿修羅姫に伝える。
彼女が阿修羅じゃないと信じて。
まだ救えると思って。

「……清姫はあの男を食い殺した頃やろか?……お行儀ようしてるとええんやけど……」

けれどそれを気にも留めずにくくっと哂う阿修羅、藤乃静留
その笑みはクリス達が見知っているようで全然違ったもの。
何処か諦観と悲哀が篭ったよな……修羅の笑みだった。
静留は清姫が追った先を見つめる。
静留は九郎の追撃を清姫に命じた。
クリスは自分の手でという考えと清姫の巨躯から出される攻撃では巻き沿いにしてしまうかもしれなかったから。
そう。

「静留……止めよう。こんなの。望んでない! 望みたくも無い!」

声を張り上げる最愛の人、玖我なつきを。
最愛の人は今自分の為に必死になっている。
殺し合いを止めようと、静留のこんな姿見たくもないと。
必死に。
そう、必死に。

ああ、なんて嬉しい事だろうか。

愛する者が自分の為にこんなにも必死になっている。
静留はそれがとてつもなく嬉しくて、哀しい。
愛する者が自分の為に頑張ってくれている事への喜びと。
それに答える事ができない事への哀しみが。
そんなエゴにおされ静留は唯、笑う。
それは泣いているような、それでいて気高いもの。
とても尊いものだった。

「なあ静留。静留がこんな哀しい事をする必要なんてないんだ。まだ戻れる……だから戻ろう。あの楽しかった極上の日々に―――」

なつきはそれでも手を伸ばす、最高の親友へ。
友とまた同じ道を歩める、そう思って。
思うのはあの生徒会での日々。
静留に付き合って出かけたり、下らない話で盛り上がったあの日常。
何気なくて何処にでもあるような日常。
だけどもそれは極上だと思うもの。
それ故になつきは唯。願う。
その日々を共に過ごした友と歩める事を。

修羅を歩んでいる静留を今でも、誰よりも「友」と思っているなつきが信じている。

だから、諦めない。
諦めてはいけない。
信じていなければいけない。

なつきは、静留が大好きだから。

救えると思って。

手をさし伸ばした。

「―――一殺したんや、一人」

ぽつりと静留は言う。
その目に決意と哀しみを湛え。
唯、愛しているなつきを見つめ。
はっきりという。

「うちは……殺したんや。杏はんとは違ってうちの意志で刀子はんという方を――殺した」

己が犯した罪を。
なつきの為に犯した罪を。
唯、告げる。

「……え?」

なつきとクリスは驚いているような哀しみに染まるような表情をする。
予想は出来ているはずであった。
静留が杏以外で人を殺す事を。
それでも信じたくなかった。
なつきはこの瞬間まで、静留がそんな事をする人間ではないとを信じていて。
静留が手を汚すなんて事は信じたくはなかったのだ。
その一瞬の戸惑い。
その一瞬の躊躇い。

それを静留は鋭く見抜きふっと思ってしまう。
居る場所が違うと。
なつきが居る場所はあくまで「クリス・ヴェルティン」側の人間なのだと。
誰かの死を哀しみ、殺すという行為に疎む。
なつきはこの地獄の島に居るとしても変わらなかったのだと。

それを嬉しく想い、そして思ってしまう。

遠くなったと。

今だってそうだ。
こんなにも近いのに絶対的な距離を感じてしまう。
「藤乃静留」側には余りにも遠い。
誰かに死と哀しみを与え、己が破滅へ突き進む自分とは。
そう、違うのだ。

ほんの昨日まであんなに近くに居たなつきが遠く感じる。
あの極上の日々に共に居たなつきが。
あのなつきとすごした日々、想い出が走馬灯のように巡る。
もう一度過ごしたいとさえ。

―――ああ

そうだったのだ。

自分はなつきが好きだけじゃなかった。

あのなつきと過ごした極上の日々に戻りたかったのだ。

ああ、何故気付かなかったのだろう。

気付けば。

もっと早く気付けば。

違っていたのだろうかと。

でも、もう遅い。

だって

ああ、

「玖我なつき」が遠い。

共に過ごした極上の日々が遠い。


そして自分はなつきが望む「藤乃静留」ではない。

なつきが望んだ静留として共に進む事もできただろう。
なつきが望んだ静留として共に笑う事もできただろう。

でも、もう遅い。

全て。

「―――手遅れや」


もし、なつきにあうのが早かったら。
もし、なつきの言葉を直ぐに聞けたら。
もし、あの日々が大切だと気付けたら。

戻れたのだろうか。


ああ。

でももう遅い。

だって

もうこんなにも思っていても、それは

「瑣末や」

瑣末だと。


改めて思う。

今の自分は修羅だと。

そして今なつきが逢っているのは「藤乃静留」じゃない。

そう今此処に居るのは

全てを捨て。

唯、愛故にたっている。


『阿修羅姫』のみ。


さぁ終わらせよう。

静留は見据える。
泡沫だったあの日々を捨て。
唯地獄へ向かう為。

この島でもっとも自分と対極である男を殺す為に。

阿修羅姫は継げる。


「―――なつき……堪忍なぁ」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「シズル……」

静留と対極の位置に居る少年、クリス・ヴェルティンはその名を呟く。
彼が囚われている霧雨に隠れている静留の顔はまるでその表情が見えない。
クリスは静留が告げた、杏以外にも殺人を犯した事を思う。
それは静留が戻れないという理由付けにも感じた。
そして、それでもなお静留は修羅として生きようとしている。
まるで、それしか知らないように。


静留が自分を殺そうとしてる事も理解している。
誰の目から見ても静留は戻れない。
そこに居るのは静留ではなく修羅なのだから。
地獄に落ち往く者を引き戻す事などは不可能なのだから。
でも。
それでも。

「シズル……諦めないで。まだ、大丈夫。きっと……きっと」

クリス・ヴェルティンは手を伸ばす。
諦めずに。
ずっと手をさし伸ばしている。
それは、彼が持っている優しさが由縁なのだろうか。
それもあるかもしれない。
でも、それよりももっと大きいもの。
それはきっと「静留」を「修羅」として見ていないから。
たとえ、静留が自ら修羅に落ちて進もうとしていても。
クリスにとって、静留は変わらない。
あのなつきの事を雄弁に楽しそうに語った静留のままなのだから。
あの優しそうな笑みを浮かべた静留のままだから。
だから、救おうとする。
悲しみの連鎖から。

「……やかましいわ、クリスはん。目障りや。消えてもらいますえ」

それでも静留には届かない。
いや、届く訳がない。
クリスの言葉は、盲信とも言える理想は綺麗過ぎるから。
余りにも綺麗で。
修羅を進む自分とは正反対で。
ある意味、羨望すら憶える。
ひたすらにその理想に乗っ取り行動する彼が。
……でも、それでも静留にとって邪魔でしかない。
自分が「修羅」でいるためにはクリスは真っ先に殺さなければならない。
余りにも違う居場所に居る彼を。
ある意味尊敬すらおぼえる理想を。
断ち切らなければならない。
だって彼の唱えるものは生き抜く者にしか通じないから。
己の死を覚悟し既に「死者」である静留には届かない。
届く訳がない。
静留が邪念を振り切るかのように鞭を振るう。

「クリス!」

その攻撃はなつきがクリスを引っ張った事によって回避された。
静留は内心毒づく。
何故ならクリスの隣にピッタリとなつきが居るから。
その為に全力で狙えない。
全力でやるとなつきまで殺しかねないから。
静留は悔しくもあった。
クリスの隣になつきが居る事に。
クリスは自分を救い出す為になつきを探し出した。
それは尊敬と感謝と怒りが灯る。
自分を救う為にこの広い島でなつきを見つけ出した事への尊敬。
そしてその間、なつきを守っていてくれた事への感謝。
だけど、なつきに自分が修羅である事を教えた事、なつきをこの哀しいこと巻き込んだことへの怒り。
その感情が同居していた。

そして何より悔しく、嫉妬していた。
今までなつきを見る限り、なつきはクリスを頼り信頼している。
今も握っているその手がそうだ。
あの男の持ち前の優しさのせいだろうか。
解らないがそれが静留にとってたまらなく悔しい。
ある意味、横から掻っ攫っていかれた気分だった。
一緒に過ごした日々、思い出は負ける訳がないのに。
その時間をすっ飛ばしてあの男はあんなにも信頼されている。
孤独でいようとしていたあの子が。
それがとても悔しかった。

「ねえシズル。ナツキは望まない。ナツキが望んでない事だって解るでしょ?……ナツキが哀しむだけだよ」
「……クリス」

シズルはその言葉を聞いてぎりっと歯軋りをする。
クリスになつきの何がわかると。
ナツキのこと何も知らなさそうなクリスが偉そうな事を言うなと。
望んでない? 哀しむ?
それを知っているからこそ、ここに居るのだ。
甘い。
この男は甘い。
そしてある意味強い。
哀しみの本を断ち切りたいという意志。
哀しみを止めるんだという意思が伝わる。

クリスは強い。

でも。
クリスに怒りを感じている。
それは修羅ではなく、静留という人として。
そう、それは

「あんたに言われとうありしまへん。……唯湖はん、彼女の事忘れるんちゃいます? ……そんなあんたに言われとうないわ……
 うち、前にここで唯湖はんに会うたんよ……その時の彼女、哀しそうしとった……大聖堂から戻ってきたらあんたらがおった訳やけど、
 ……なぁ? 唯湖はんはどうしたんどす? 彼女、哀しませたままでええんどすか?」



参加者でも縁が深い来ヶ谷唯湖の事。
クリスに恋をしていたと思う彼女の事を。
彼女をどうしたのだと。
信頼しあってた大切な相手を置いておいて何をしているのだと。
未だにこの男は見つけていないのか。
クリスにあえなくて苦しみと悲しみにあえいでる彼女を救わないのかと。
そんなクリスに唯怒りを感じていた。

「……そうかも知れない、彼女を哀しませているのかもしれない」

そんなクリスの返答は意外なものだった。
唯湖を悲しませている可能性を肯定したのだった。
静留はある意味侮蔑にも似た思いをクリスに向ける。
結局この男はその程度なのかと。
そう想い息を吐こうと思った時彼は言った。

「それでも……それでも、僕はナツキやシズルが哀しむ所なんか見たくない。もう哀しみを見ることなんかしたくない。
 だから僕は僕の力で目の前の哀しみを止めたい。それがきっとユイコも望むから。だから僕はここで立ち止まる訳にはいかないんだ」

哀しみを止めたいと。
それでも自分たちが哀しむ事を見たくないと。
唯湖が逢えなくて哀しんでいるとしても、今はなつきや自分が哀しむのを見たくないんだと。
そう言い切った。
静留は動揺しながら言う。

「エゴや……そんなの。唯の偽善や」

クリスが言うのはクリスのエゴでしかない。
唯湖が望むなんてそうかどうかなんて分からないのに。
そんな理想を唱えて。
偽善といいたかった。

「そうだね……でも」

クリスはそれでも言う。
意志を持って。
なつきの手を強く、強く握りなおして。

「僕はそれでも……ナツキ達に笑っていて欲しいんだ。悲しみなんて似合わない。きっときっと笑顔が似合うから」


ああ、と静留は腑に落ちるかのように気付く。
結局の所クリス・ヴェルティンは

どうしようもないほどお人好しで底抜けに優しいんだと。

理想なんて結局の所想いから溢れる産物でしかない。
クリスという本質は単なる優しいお人好しという善人でしかなかったのだと。
そのことに今更ながら理解をした。
静留は馬鹿だと思う。
でもそんなお人好しにそんな優しさになつきは頼ったのだと。
とても理解でき納得がいってしまった。

悔しいけど。
とてもとても悔しいけど。

だけど同時に知る。
クリスもエゴを突き通そうとしている。
そしてこの男は引かないのだと。
馬鹿なお人好しはそんなものだと知っているから。

自分と同じように。
一生交わらない平行線のように。

互いの意地にかけても退く事はない。

クリスという男の認識を改めたとしても。
でも、それでも。
静留はクリスと同じく

「………………せやけど、せやけどうちは」

とてつもなく。
とてつもなく。

「なつきに生きて欲しい」


馬鹿で意固地だったのだ。

本当に。
本当に。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「静留……私は生きている。そしてこれからも生き続けてみせる。だから……だから……止めてくれ」


なつきは声を搾り出す。押し潰されそうになる心を抑えて。
どんなに言葉を重ねても。
どんなに心を伝えても。
大切な親友には届かない。
寧ろ静留が自ら破滅に突き進んでいってしまうように感じて。

諦めそうになる心を抑えて。
手のひらから感じる温かさを支えにして。
それでもなお声をかける。

「なつき……あんたもみえとるんやろう……媛星」
「っ!?」
「……媛星?」

静留は静かにこの島に存在する凶星の事を告げる。
なつきははっとしたように思ってしまう。
媛星――その存在が静留を進ませている一因になっているのではないかと。
クリスはその言葉を知る由も無く疑問に思ってしまう。

「何れ媛星は落ちてくる……なつき。もし殺し合いが星詠みの舞の縮図や言うんなら……」
「……まさか」
「せや……うちはあんたを生かしたい。この世界が滅びる言うんなら……うちは、うちはなつきを生かすしかない……それしかないんよ 
 そう、うちのは唯の我侭、そしてエゴや。なつきに生きてほしい。それしかいゆ」
「……そんな……そんなの私は嫌だ。他にも方法がある……あるはずなんだ……」
「それが解らへんさかい……うちは殺すんどす。……なつきの為に」

静留は静かに事実を告げる。
もし星読みの舞の再現なら……それから逃れる術は無い。
ならばなつきを優勝させるしかない。
例え全てが犠牲になろうとも。
その事実を聞きなつきは唯首を振る。
聞き分けの無い子供の様に。
もう、止められないと解り始めているのにそれを認めたくない、認める訳にはいかなかった。

「クリスはん……つまり、こういう事や。全員死ぬか……たった一人が生き残る。それしか残ってへんよ」
「……」

理解できていないクリスに唯事実を伝える。
参加者に残されているのは絶滅か、たった一人が生き残るか。
それしか残されていない事を。

「それでもあんたは……」
「それでも僕は、僕は皆が生き残る方法を探したい。クロウもシズルもユイコもナツキも皆、皆」
「方法がないとしても……?」
「ないとしても」
「……エゴや。クリスはんのエゴで皆死ぬかもしれないんやで? それでも?」
「うん、それでも」

クリスはそう告げる。
例え滅亡が訪れるとしても。
そうだとしても、クリスは道を変えることなどしない。するはずがない。
例え、盲信に近いものでも。
止める訳にはいかない。
信じてくれる人達が居るから。

「結局は……エゴのぶつかり合いでしかないんやね……もう語る必要もない」
「そんな……静留!」
「うち……不器用やから……これしか想いつかへん」

儚く静かに静留は微笑み、そして決別を告げる。
どんなに言葉を重ねようと。
どんなに心を伝えようと。
もう、静留に伝わるものは無い。
だって、これは静留の我侭、たった一つの願いなのだから。

静かに鞭を構え最後に問う。

「なぁクリスはん……ひとつだけ」
「あんたにとってなつきは何なの?」

なつきの傍に居たクリス。
それは静留から見ると何処か不思議な関係でそして何があったかほんの少しだけ興味を持った。
クリスは考えそして伝える。
なつきも伝えてない思いを。

「……大切なんだ。でもユイコとは違う大切な人」
「……それは?」
「……よく解らない。でも一緒に笑いたい。暖かいんだ。ナツキと居る事が。その暖かさが嬉しくて……もっと傍にいたい。そんな……そんな感じなんだ……もっとナツキのことを知りたい」
「……クリ……ス」

隣に居るなつきが驚きクリスの顔を見る。
クリスはなつきを「大切な人」だと思った。
ユイコとは違う「大切」だと。
それは温かみとクリスは思う。
母に良く似た……それで居て全く別物の。
形容しがたい想い。
でもそれはきっと大切といえるものだった。
唯、もっと一緒に生きたい。
そう、思えるような。
静留は静かに聴いてさらに問う。

「……そう。じゃあもしなつきと二人きりになって……どっちかしか生きれないなら……クリスはん、あんたはなつきの為に死ねる?」
「……クリス」

突きつけられた問題。
この島で在りゆる最終的な問題。
「大切」である人の為に生かす為に、自分が犠牲になる事ができるかという問題。
静留はクリスを殺す事には変わらないというのに……聞きたかった。
クリスの選択を。
クリスは唯静留を見て。
そして

「死ねない。僕は死ねない」

クリスの答えを言う。
それは死ねないという選択。
静留と対極の。
何処までも対極の。
そしてクリスは続ける。

「だって……ナツキはきっと独りで生きていけないもの。勘でしかないけれども……でもそう思う。ナツキには笑ってほしいから。
 哀しんでほしくないから。なつきが笑っていられる為に。僕は最後まで生きるために足掻きたい。ナツキに……生きていて欲しいから」

ぎゅっと握る手を強くする。
クリスは思ったから、なつきは独りで生きていけないと。
哀しんで欲しくないからと。
そっと言う。
それは静留にだけではなくなつきに伝えるに。
どうか、この手のひらの温かさからなつきに伝わるようにと。
そっと、そっと。
そう、想った。

「クリス……」
「今は何も言わないで……シズルを」
「ああ……クリス。ひとつだけ」
「何?」

少し紅くなっているナツキがクリスの顔を見る。
大丈夫、伝わったからと。
言葉じゃなくても伝わったからと。
この手の温かみからそっと。
二人の気持ちが。

伝わったから。

互いに微笑みそしてなつきはそっぽを向いて。

「……ありがとう」

と、そっと言葉を乗せて。

「……うん」

クリスは頷いた。

そう、今はそれでいい。
それだけで充分だったから。

そして静留の方を向く。
例え無理だとしても。
彼女を止めないといけないから。
それが二人がすべき事だから。

だけど。

「……うちは……うち……は……」
「……静留?」

静留が何かに怯えるように狼狽していた。
あの凛とした姿が全く無い様子で。
何か重要なものが欠如したような。

そう、その時、なつきとクリスは気付いていなかった。

クリスのある言葉がトリガーとなって静留を狂わせていた事に。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





頭をガツンと殴られた気がした。
クリスはんが言うたある言葉。
その言葉にうちは揺れとった。
その言葉は

『ナツキはきっと独りで生きていけない』

というたったひとつの言葉。

解っていたはずや。
そんな事。
この島に来る前から。
なつきは独りで生きようとしている。
せやけどそれはあくまでなつきがそう思ってるだけで本当は違う。
なつきは……

なつきは独りで生きられへん。

それを今思ったんや。

うちは、殺し合いに乗ればそれがなつきを哀しませる事になるいうことを知っていた。
苦しませる事になるだろうと思っとった。

せやけど

せやけど……それでもなつきが生きているならそれでいいと。

けど

そうなんや

もしなつきが優勝して。
一人で帰ったとして。

この子は……

この孤独に耐えられないこの子が生きていられいうんやろうか?

……生きていける。
そう、思っていた。

……でも、今はそうやあらへん。

だってこの子は……なつきは。

今は何よりも変えがたい『拠り所』を得たんやから。
そう、今も手を握り締めてるあの男の子の事を。

じゃあ……なんや?

もし、あの子が『拠り所」を全部失って。
独りで生きていけるのか?

答えは……

答えは……


「ノー」や。


あ。

ああ。

じゃあなんや?

うちがもし……
もし……

エゴと我侭と自己満足を貫き通して『なつきを独りで生かす』んやったら。

……結局、なつきが生きてく事は無理やあらへんやろうか?

ああ。

何や、じゃあうちは……

うちは……


『なつきを死なす』為に殺し合いに乗っていたんか?


せやけど
せやけど

殺さなきゃなつきは死ぬ。
なつきが生き残る事は無理なんや。

せやけど
せやけど

このままうちがなつきの拠り所を奪うてしもうたら……
なつきは生きていけない。


……じゃあなんや?


うちは……

うちがやる事は全部


『なつきを死なす』事にしかならへえんやないのか?


ああ。

あああああ。


うちはそないな為に刀子はんを殺したんか?

うちがやる事は結局……

結局


『無価値』やったのか?



違う……

そんな訳あらへん。

うちがやった事は無価値なわけあらせえへん。

違うんや。


せやけど

うちは……
うちは、今奪おうとしていた。

なつきの拠り所を。


嫌やわ……

うちは……

うちが嫌やわ


うちは……


うちは何の為に命を奪ったというんや。
うちは何の為に生きていたというんや。

うちが為す事なんもかんもが「なつきを死なす」になるやないて


嫌や

――――嫌や



「……うちは……うち……は……」


何の為に居るん。



ああ。

あああああ。


「……静留?」

ナツキがうちに気付き近づいてくる。

いやや、近寄らんといて。

うちは

うちは……


「嫌やわ……なつきが居なくなるなんて嫌やわ」
「何を言ってるんだ。私はここに居る。ここに居るんだ」

違うんや。

うちはうちのせいで「なつきがこの世から居なくなる」のが嫌なんや。


「嫌やわ……」

そっとなつきの元から離れる。


うちはどないしたらええの?

修羅になってもなつきは生きてられへん。
何もせえへんでもなつきは生きてられへん。


うちは……


ああ。

これが。

うちに対する報いなんか。

二人の命を奪った報いなんか。


酷いわ。

酷すぎるわ。


「シズル……ねえ……怯えなくて大丈夫だから。だから……」

なつきから離れた先に駆け寄ってきたのはクリスはん。
よほどうちは狼狽してるんだろうか。

せやけど

「駄目なんや……うちは……」
「駄目なんかじゃないよ……ねえシズル、大丈夫だから」

クリスはんが手をさしのばす。

……あんたはいつもそうや。

ふと、唐突に怒りが灯ってくる。

何であんたはそう、誰でも救おうとするんや?
大丈夫って何が大丈夫なんや。
あんたのその手は全員分救えるいうんか?

無理や。

実際、唯湖はんを後回しにしてなつきやうちを救おうとしとる。

欲張りや。

ほんま欲張りや。

そんな、あんたに……

救いたい人も救えないうちの気持ちが。

うちの気持ちが!

「解って……たまる……ものかぁあ!!!」


かっとなって鞭を振り上げる。
眼前のクリスはんに向かって打ち付ける為に。


その時やった。

振り下ろす刹那。

「クリス……!」

なつきが割り込んでクリスはんを押したのは。
クリスはんを守る為に。



あかん。

間にあわへん。


無慈悲に振り下ろされる鞭。

それは

「……あぐっ!?」

なつきにあたりなつきは横に吹っ飛ばされていく。
そして。

「うぐっ……!?」


ガンという鈍い音。
樹に頭を殴打したなつき。
ピクピクッと少しだけ動いて。



そして。

そして。

動かなくなった。


「ナツ……キ……?……ナツキ……ナツキ!!!」

クリスはんの叫びが聞こえる。
なつきは未だに動かない。

まるで操り手を失った人形のように。
全く動かない。


そして……それが裏付けるように。

ある事実を突きつけるかのような。


「あ……ああ……ぁぁ」

涙が出てきて止まらない。


これが罰というんか。
これがうちに対する罰というんか。

あの子に罪なんか無いのに。
あの子が悪いわけないのに。

あぁうちのせいで


あああ

うちは……

「あぁ……あぁあぁあああああああああああああ」


うちは


なつきを殺してしまった……!

なつきを。

愛してるなつきを。

うちが。

うちの手で……

うちのせいで……


なつきが


しんでしまった……



あぁあぁあ


あああ


「あぁああああああああああああああああぁぁぁあぁあぁああああぁあああああぁぁぁああああああああああああああぁぁあああああああああ
 あぁぁぁぁあああああああああぁああああああああああぁああああああああああぁああああああああああああぁぁああああああああああああ
 ぁぁあああああああああああああああああぁぁああああああぁあああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああ」




――哀しみは連なって更なる哀しみを、終わる事無い永遠の連鎖を―――




「ナツキ……ナツキ!」

僕は樹にぶつかり倒れているナツキの元にいこうとする。
まだ……大丈夫。
大丈夫だと信じたいから。
駆け寄ろうとしたさきにスパンッと鞭が叩きつけられる音が聞こえる。
振り向いた先にいるのは

「なつき……なつきが……あぁあ……殺して……死んじゃった……あぁぁぁああぁ」
「……シズル……」

明らかに絶望したシズルが。
ナツキを殺したと想って。
修羅でもない唯の藤乃静留が泣いていた。

「なつきがいない……なつきが……いない……あぁぁ」
「シズル!……落ち着いて……まだ解らないから」
「嫌や……嫌やわ……」

シズルはただ錯乱していた。
大事なものを失った子供のように。
唯。
唯。
僕は……
僕は……何もできないのだろうか?

唯、哀しみが連鎖するのをただ見ていかないといけないのだろうか。

222:幻視行/Rasing Heart 投下順 223:かけがえのない想いを乗り越えて
時系列順
219:relations クリス・ヴェルティン
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