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HERE WE GO!! (出立) 前編

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HERE WE GO!! (出立) 前編 ◆Live4Uyua6



時計の中の長針と短針とが天に頂いた白い太陽へとその先端を揃え、そしてそれから少しだけ傾いた午後の頃合。

憐れな迷い子達が死を賭した劇を強要され、想いを打ち合わせ血を流し、信念を掲げ嗚咽を漏らし、命を煌かせ絶叫を響き渡らせ、
その上を隈なく赤や黒、色とりどりに染め、そして耳を塞ぎたくなるほど騒々しかった舞台の上も、この時はただ、静止していた。
全ての黒幕。舞台の仕掛け人であるところのナイアにより演目の変更が告げられ、今はその準備の為に幕は下ろされている。

役者は舞台を降りて新しい台本を催促し、それに応えて脚本家は即興で台詞を書き綴り、音楽家は次なる劇の為の曲を探す。
一息吐いていた裏方達も慌てて立ち上がって新しい仕事へと取り掛かると、眠っていた売り子達も持ち場へと駆け戻った。
慌しく忙しなく、そしてやはり慌しい舞台裏。

そんな中。ただ一人、脚本を捨てた仕掛け人のみが次なる即興劇を前に静かに薄く、そして楽しそうに笑っている。




     - ギャルゲ・ロワイアル2nd 第二幕 連作歌曲第一番 「HERE WE GO!! (出立)」 -




閉幕の時刻すら定かでなく、喜劇か悲劇なのかはたまた恋愛劇なのかすらも定かでない不確かな第二幕。
連作歌曲で紡がれることとなったそれはまず、ゆっくりと静かな出だしより幕を開ける――……


 ・◆・◆・◆・


うららかな午後の陽が静かな教会の中庭へと降り注ぎ、そこに穏やかな風景を作り出していた。
手入れの行き届いた花壇には小さい白い花。黄色に青や赤い花らが淑やかに花弁を広げ、緑の上を彩っている。
あぶれ無造作にのびのびと広がる若草色。黒い幹の木には橙色の実と桃色の蕾。そして紫色の蝶々が一羽。
蝶を追って視線を庭の端へと移せば、古ぼけてはいながらも作りのしっかりした一つの寄宿舎が見られる。

漆喰と煉瓦で固められた壁には大きな穴が一つ。
中庭の方にはそれまでは壁の一部だった残骸が散乱し、穴から覗き込める食堂の中では机や椅子が役立たずとなっていた。
破壊の跡も新しく、部屋としての機能を失ったそこにはもう誰もいない。
しかし、何者の姿も見ることはできなかったが開かれた穴からはとある匂いが漏れ、そしてそれが中庭へと流れていた。

用を果たさなくなった食堂より一枚の薄い扉を隔てて隣にある厨房。
コンロの上には大きな銀色の寸胴鍋がかけられており、ぐつぐつと音を立てる鍋の前にはそれを見張る一人の少年の姿があった。
少年。正しく言い表すならば少年の姿をとる一つの魂の形である彼の名前は那岐。

何を思うのかいつもどおりのシニカルな笑みを浮かべる彼の傍に、他の人間の姿はない。
教会の敷地内には彼を含めて人間とそうでない者とが18人いるが、ここで鍋の番をしているのは彼一人だった。
その他の半分ほどは、彼のせいで破壊されてしまった食堂の代わりとなる日曜学校用の教室で食事の支度をしてる最中であり、
もう残りの半分は先程の放送の間際にこの教会へとやって来た新しい登場人物への事情聴取へと当たっている。

「相変わらず、信用されているかどうだかわかんないんだけど――」

ぐつぐつ、ぐつぐつと鍋が音を立て、かぐわしく食欲を刺激する微粒子を空気中へと発散させてゆく。
その隣。すでに火を止められたこれも大きな釜の中には大量のほかほかの白米。

「――まさか、このカレーは爆発したりはしないよね?」

儀式の為の殺し合いが始まってより一日と半分。
教会へと集った主催打倒を目論む大集団のみんなで食べる本日のお昼ごはんは、カレーライスであった。


 ・◆・◆・◆・


「お腹に、いや心に染み入るこの味。この感激♪ 美希はうれしくてうれしくて涙がこぼれてしまいます」

だって女の子だもん。と、銀色のスプーンを片手に美希は太陽の様な笑みを浮かべる。
彼女の目の前には日本人なら誰でも大好き。最早国民食と言っても過言ではないカレーライス。
小学校での給食の時間には、ええそれはもう熾烈なおかわり争奪戦がありましたよ――な一品が存在していた。
大きめにカットされたにんじんやじゃがいもがごろごろしている様は、彼女の郷愁と食欲をかきたてる。

「そんなに言うほどのことか? 普通のカレーライスじゃないか」

4人がけのテーブルの、美希の対面に座って同じくカレーライスを食べているなつきが怪訝な顔をする。
美希の言葉は確かに大げさに思えたかも知れない。
だが、この島に連れられてこられるよりも遥かにその前。無人の終わらぬ一週間を繰り返してきた美希にとってはそうではないのだ。
見ている人がいなければ大泣きしてもいいぐらいの感動ものなのである。

「うん。実に悪魔風(alla diavola)だね。でも、辛いのに甘味もあって不思議な味だ」

なつきのとなりに座るクリスは美希ほどではないにしろ初めて食べるカレーライスの味に満足しているようだった。
額に浮き出る玉の汗をハンカチでぬぐいながら、下品にはならない程度の速さでスプーンを動かしている。
それを見て、美希は「お気に召してなによりです」と、自分の手柄でもないのに得意げな顔をし、自分も食を進めた。

ちなみに、カレーライス製作の指揮をとったのは彼女達の隣のテーブルで黙々とそれを食べている杉浦碧その人である。
放送を前にパヤパヤとした集団入浴を終えて後、さぁ次はお待ちかねのランチだと意気込んでみたものの、あいにくと教会の食材は空。
もやしの一袋も残ってはおらず、ならばということで彼女は手隙の人間を集めて周囲の市街へと繰り出した。
ほどなくして教会よりそう遠くない場所でうらびれた雑貨店を発見。
どうせ誰の物でもないと食材やらなにやらを見繕い、急いで持ち帰ってご機嫌なお料理タイム。そして今現在に至るという訳である。

「――誰も俺の皿に手をつけてないだろうな?」

そんな食い意地のはった言葉を吐きながらトイレより戻ってきた九郎が美希の隣へと腰掛ける。
この男はちゃんと手を洗ったのだろうか? 美希はふとそう思ったがそれを問うたりはしない。そうでなければ気を害するだけだからだ。
九郎は美希の疑惑の眼差しになど気付くこともなく、銀色のスプーンを取ると勢いよくがっついてゆく。
その豪快な食べっぷり。浅ましいとも、しかし好意的に解釈すれば男らしいとも言えるが……。

「ちょっと九郎さん。カレーを飛ばさないでくださいよ。せっかくのおにゅうなんですから」

半分涙目で美希は袖についたカレーを布巾で拭う。
言葉にあるとおり、彼女の衣装は最初に着ていたものでなく新しい――赤を基調としたゴシック風のものへと変わっていた。
みみ付きのかわいいパーカーにタータンチェックのスカート。黒のハイニーソックスと、中々に美少女らしい格好である。

「なつきも、ここ、汚しているよ――」
「――あ、馬鹿っ。自分でできるから、いいから、こら」

対面に座るなつきも新しい衣装へと着替えている。
白のタイガーストライプが入ったノースリーブに同じ柄のベルボトムと、こちらは中々にラフで攻撃的な印象だ。
そして彼女らだけでなく、隣のテーブルの碧。更に向こうのテーブルのやよい。ファル。柚明。桂の4人。そして今この部屋にはいないトーニャ。
解り易く言えば、お風呂に入った女の子達はその衣装を新しいものへと変えていた。
温かいお湯で心身ともにリフレッシュし、さてその身をもう一度泥や血に塗れた服で包めるかというとそれは断固としてノーであり、
ではせっかくたくさんの衣装があるのだからそうしましょうと、少女達はそれぞれ選び合ったというわけである。
勿論それは衣装の下に身につけるものに関しても同様で、――以下検閲。ただ一言で言い表すならばパヤパヤとだけ、であった。


 ・◆・◆・◆・


「――それで、九条むつみさんって人が何者なのかが美希としては気になるところなのです」

現在。平穏なランチタイムの光景が見られる教室の中で一番の話題と言えば九条むつみという新しい登場人物のことだ。
正午丁度の放送がかかる直前に現れ、その放送の中で那岐と同じくこちら側の人間であると名前を呼ばれた彼女。
今はトーニャやアル達が那岐にそうしたのと同じく事情聴取を行っており、まだ美希達へのお披露目はお預けの状態であった。
故に、自然と話題はそのミステリアスなニューカマーが何者のか? という方向に向かう。

「同姓同名でもなければ風華学園のシスターであるはずなんだが――」

同じテーブルを囲む3人の視線がなつきへと集まる。
件の人物は自身の知る限り学園の一職員でしかない。だが、今回の催しで主催側に属していたというのなら話は変わる。
推測するならば一番地かシアーズ財団に属する諜報員の一人で、那岐と同じく個人の事情により主催側を裏切ったのだろうと。
そうなつきは語り、それを聞いた美希は口にスプーンをくわえながらふぅむと頷いた。

「なつきは、そのムツミって人のことはよく知っているの?」
「いいや。せいぜい名前を知っていて挨拶を交わすぐらいだな。しかしまさか彼女が――」

なつきはクリスの質問に首を振り、そして顎に手を当ててひとりごち始めた。
風華学園そのものが一番地やシアーズ財団の隠れ蓑ならば云々とやら、しかし美希が気になったのはなつきを見るクリスのことだ。
じぃ……と、愛しおしげな熱の篭ったものとは別の、何かを確かめるかの様な静かな瞳でクリスはなつきの横顔を凝視している。
もしかしたら何かに感づいたのかも知れない。何故ならば、彼だけは件の九条むつみの姿をその目に見ているからだ。

「クリスはそのむつみさんって人を見ているんだよな?」

九郎の言葉にクリスは頷く。
例の懺悔室の扉を潜って現れた彼女と最初に遭遇したのは扉を調べに来ていたアルで、クリスもそこに居合わせたらしい。

「まぁ、トーニャさん達が戻ってきたらわかるんじゃないですかね」
「確かに、ここであれやこれやと並べ立ててもあまり意味はないかもしれないな」

そういうことでしょう。と、美希はまたカレーをぱくりと一口頬張る。なつきとクリスも同じ様に一口。
どうやらなつきはクリスの視線には気付かず、クリスも思ったことをあえて口に出すつもりはないらしい。
カレーを味わいながら美希はそれでよいのだろうと思う。あけっぴろげで人間関係がうまくいくなどと言うのは理想の中だけでの話だ。

「しかし、那岐といい九条むつみといい。果たして裏切り者なんかが信用できるのか?」

難色を示すなつきに美希は少しだけどきりとする。
明確な形で裏切り行為を働いたことはないにせよ、自分自身が風見鶏なスタンスであることは否めない。
この島での経緯や素性が明らかとなった今、信用という物差しを持ち出されるのは少々危機感を覚えるところだ。

「でも、悪い人には見えなかったけど……」
「ほらクリスさんもこう言っておられることですし。はじめから疑ってかかっちゃ悪いですよ」

なので、内心はともかくとして美希はクリスへと同調する。
人は見た目じゃわからないなんてのは、もう痛いほどに知っている美希ではあったが、だからこそ波風は立てたくない。
集団行動に必要なのはある意味での愚直さと鈍感さ。鋭敏で潔癖な人間ばかりでは駄目なのである。


 ・◆・◆・◆・


「ごちそうさまでした」

そう小さく呟き、美希は水の入ったコップへと口をつけそれとなしに周りを観察する。
対面のなつきは小さな口へと少しずつ食べ物を運ぶ様が女の子らしくて愛らしい。口を開かなければ以下略とはこのことだと美希は思う。
その隣のクリスも負けじ劣らじと可憐だ。透明な肌に翠の瞳。ファルと同郷らしいが、そこが妖精の国だと言われても納得するだろう。
そして、美希の隣からは九郎が林檎を齧るシャクシャクという音が聞こえてくる。
林檎とは言っても決してデザートのそれではない。カレーライスのど真ん中に煮られたものがでんっと置かれていたのだ。

「カレー味の林檎って意外といけるな。……カレーりんごパン? いや、俺は一体何を考えている?」

勿論それは正しい料理の形ではない。切るどころか皮すら剥かずにカレーの中へどぼんというのはいくらなんでもありえない。
下手人は美希の目の前でばつが悪そうに目を逸らしているなつきである。
美希も料理は得意でない。全然できないと言っても過言ではないのだが……下には下がいるものだと痛感した次第であった。

まぁそれはともかくとして、話題も途切れ手持ち無沙汰となったので美希は観察の目を遠くへとのばしてみる。

まずは隣のテーブル。
派手な虎柄の衣装に着替えた碧と、
くたびれた……というより最早ボロといっても差し支えないほど痛んだスーツを着た玲二とが相席している。
服がボロボロなのは美希の隣に座る九郎も一緒だが、生憎と男の子用の着替えは用意されていないのだから仕方がない。
さておき、このテーブルは静かだった。お祭り気質の碧ちゃんとて一切無駄口を叩かない玲二とは会話は弾まないらしい。

逆に、その更に隣のテーブルは賑やかだ。
小さい身体に人一倍の明るさを詰め込んだやよいと、彼女の右手のプッチャンが一人で二人分(?)騒がしくしている。
ベージュのスクールセーターを着た彼女の隣には同じ制服を着た桂が座っており、一見すれば仲のよい学友にも見えた。
そしてその対面には、日本の着物へと関心を寄せ藤色の着物に臙脂の袴という衣装を選んだファルと、
逆に着物を脱いで黒一色の薄手のワンピースという衣装を選んだ柚明とが並んで座っている。
どちらも普段とはギャップがあるが、それ故に印象も鮮明で美希も同姓ながらも見惚れてしまうほどであった。

「(……おっと、エロエロエッサイム。エロエロエッサイム。美希はノンケなノーマル女子ですよ)」

さておき、賑やかだからといって楽しそうかというと必ずしもそうだとは言えない。
詳しい経緯は不明だが、今楽しそうにしているやよいの親友である真を彼女の目の前の柚明が殺害してしまったらしい。
それも偶然や誤解からくるものではなく、明らかな故意によってだと言う。
罪を憎んで人を憎まず。やよいは彼女と友達になりたいと言ったが、しかしそう簡単に割り切れないのが現実だ。

そしてそれはやよいの側にとどまらず、いやむしろ許される立場にある柚明にとってより厳しい現実なのである。
この先、何があろうとも彼女が人を殺した事実は消えず、失われたものは返ってこないのだから。
記憶が薄らぐこと。価値観が変わることもあるだろうが、しかしそれも一朝一夕のことではない。
彼女達はどうそこに折り合いをつけるのか。美希としては――

「どうやらお披露目のようだぜ」

――と、思考は中断される。
九郎の言葉に美希が視線を教室の前方へと移すと、そこには扉を潜り中へと入ってくるトーニャ達の姿があった。


 ・◆・◆・◆・


「注目! これより、新しく我らが同士となった九条むつみさんを紹介したいと思います」

教室の前方。教壇にて、新しい衣装に身を包むトーニャが皆の注目を集めた。
白を基調に黒のラインが入り、金の意匠で飾られたそれはマーチングバンドの衣装であったが、彼女が着ると軍服にも見える。
そも、それが軍楽隊に由来するとなればそれは当然かも知れなかったが、ともかくとして高級士官トーニャの誕生であった。

彼女の隣にはアルと彼女に付き従う軟体生物であるダンセイニ
そしていつでも物静かな深優と、ここに来る前にどれだけ脅かされたのか妙に静かなドクター・ウェスト
同じく口の軽い那岐も今はその口をつぐみ、真面目な表情で教室の端に立っている。



「はじめまして皆さん。シアーズ財団で諜報員として働いていた九条むつみといいます」

そしてトーニャに促され、新しい登場人物である九条むつみが教壇の前へと立ち自己紹介を始めた。
主催を務める組織の片側であるシアーズ財団に所属するエージェントであり、同時に研究員でもあったこと。
そして、今回の儀式の中では皆が嵌めている首輪の設計を担当し、それを解除する為の鍵の管理者であったことを告げる。

「はーい、碧ちゃんから質問~!」

大きな声と手をあげて碧が立ち上がり、トーニャがそれを受けて彼女に言葉を促す。
碧が質問したのは、その主催側の人間が一体何の用でこちらへと出向いたのかというものであった。
聞いて、九条は一つ頷きその答えを返す。

「那岐に新しいゲームのプレイヤーとなったことを通告する為。それと、私個人の事情によりあなた達の味方をする為です」

その個人的な事情とは?
口に出して問うものはいなかったが彼女も察したのであろう。よどみなく言葉を紡ぎ、その解答を示した。

「私の九条むつみという名前は身を隠す為のものでしかなく。本名は、玖我紗江子といいます」

その発言が何を意味するのか。
一瞬の間の後、教室内にざわめきが走り、一同の視線が同じ姓を持つなつきの下へと集まった。

玖我なつきは、私の娘です」

教室で先に昼食を食べていた――つまりはそれを今始めて知る者達の顔に大きな驚きの表情が浮かび上がる。
しかし、誰よりもその言葉。その事実に驚いていたのは、名指しされたなつき本人であった。

「お母さん……? あなたが、私の……お母さん……?」
「そう。彼女こそが、君が一番地に殺されたと思い込んできた母親本人なのさ。これは僕と――」
「――ええ。シアーズ財団に属していた私からも彼女があなたの母親であることを保証します」

突然のことに困惑するなつきへと那岐が教室の端より声をかけ、続けて深優が発言して彼女の身元を保証する。
これらのやりとりを聞いて、美希は先程のクリスの意味深な視線の意味を覚り、他の者達もその事実を受け入れようとしていた。
確かに、言われてみれば二人はよく似ている。親子だと言われれば、それを疑わずすんなりと信じ込めるぐらいには。

「仲間内の証言だけではなく、証拠となるものはないのか?」

ざわめく室内に冷たい声が通る。質問を投げかけたのは玲二で、彼は何かを計るかのように静かに九条を見据えている。
確かに、彼が言うとおり証言者は、那岐、深優、九条ともに主催側の人間しかいない。
深優のこともあり無闇に疑うことはしないとしても、だからと言って彼は場に流され必要なことを怠る人間でもなかった。

「これが証拠となるかはわからないけれども――」

玲二の言葉を受け、九条は懐より一つのキーホルダーのようなものを取り出した。
手の中に収まるぐらいの小さなそれはどうやら犬の形をしているらしい。そう皆が理解した頃、なつきが椅子を蹴る音が響いた。
再び全員の視線が彼女に集まり、そしてその表情を、顔を赤らめ口をわななかせる様を見て皆は理解した。
その小さな犬が二人にとってどの様な意味を持つのかは不明だが、紛れもなく彼女達にとって母子を繋ぐ証なのだろうと。
立ち上がったなつきは椅子を蹴って母親へと駆け寄ろうとし、そして――

「マ、――へぷっ!」

――トーニャの背中から伸びたキキーモラに顔面を打たれて床の上に転がった。


 ・◆・◆・◆・


「死に別れたと思っていた肉親とのまさかの対面。
 ええ、水を差すのは無粋だと重々承知しているんですが、とはいえお涙頂戴で徒に浪費する時間もないのです」

なので今しばらくは自重を。と、トーニャは涙目で鼻をさするなつきを見据え、キキーモラを手元へと巻き戻す。
あわや一色触発かとなつきの短気を知るものは背筋をひやりとさせたが、クリスが駆け寄ったことでその場は穏便に治まった。
もっとも、これはこれで親子の対面とは別種の見せ付けてくれるものではあったが。

「私も鬼畜生というわけではありませんので親子水入らずであろうが禁則事項であろうが時間は用意してさしあげますよ。
 しかし、今は私達全員にとってそれよりも重要な案件があるのでそちらを優先させていただきます。それは――」

”第2のゲーム”についてであった。

那岐が神埼の手の内より解放され、生き残った参加者の内のほぼ全員が殺し合いを放棄したと確認できた今現在。
さて彼らにどのような手段が取りえたかというと、それについては全くの白紙であった。
ではどうするのか? というところに全ての黒幕。この状況の仕掛け人たるナイアよりの発表である。
彼女によると、今までの殺し合いは終了し、これより参加者達を反抗側として主催側と全面対決する新しいゲームが始まると言う。



「第2のゲームなどとわざわざ言われなくとも俺達はそうしていたはずだ。明言することにどんな意味がある?」

再び玲二が質問をぶつけた。
彼の言うとおりで、黒幕よりそうしろと言われずとも皆はこの儀式とやらを破棄させる為に主催者達へと反抗するはずだったのだ。
それをわざわざ公にし、殺し合いを放棄したかの様なことを言うのは些か不気味なところがあった。

「神崎君は私達が殺しあわないと困るって話じゃなかったっけ? それとも那岐君がいなくなったから諦めたのかな?」

続けて碧が質問を重ねる。
一番地より解放された那岐により明かされた此度の儀式のルール。またそれの元となった星詠みの舞。
どちらにおいても殺し合いの放棄は儀式の停滞とその先の時間切れによる姫星の落下。つまりは破滅を意味していたはずだ。
ならば、第2のゲームを始めると言い、参加者同士の殺し合いを放棄するとは一体どういうことなのか?

これらの問いに、壇上の九条は静かな声で答えを返す。

「どちらについてもまず言えることは、第2のゲームを開始するという宣言は私達だけに宛てられたものではないということです。
 これは今まで儀式の進行役であった神崎黎人にも向けられたものであり、突然にという意味では彼もまた私達と同じ立場です。
 そして、対決の構図は変わりますが儀式そのものもまた依然として続行されるのです」

九条の言葉を聞き、何人かがあることに気付き、そして別の者は訝しむ表情を見せた。
そして彼女の言葉をフォローするように那岐が続きを語る。

「優勝を予定されていた美袋命と、僕とは逆に主催側へと移った来ヶ谷唯湖
 主催側には少なくともまだ2名の”参加者”が残されている。となれば、まだ向こう側には儀式完遂の目があるってことさ」

加えるならば、参加者同士でないと儀式が成立しないのはあくまで殺害の瞬間でしかない。
となれば主催側は非参加者を使ってでも、参加者を拘束するなり、行動不能にするまでならばそうすることも可能と言う話である。
あくまで方便ではあったが、那岐が実際にそれをしようとしたことは記憶に新しい。

「つまり、個人同士による対決から、チーム同士の対決へと移行したわけに過ぎないということになるのう」

と、最後にダンセイニの上に腰掛けたアルがまとめ、一つの疑問は綺麗に解消された。



「では、第2のゲームとやらにルールがあるというのならそれを聞こう」

その役割を負っているのだろう? と、玲二は問いかけ、九条は神妙に頷き責を果たすべくまた口を開いた。

「根本的な部分は先に言ったとおり変わりません。
 神崎黎人を首魁とする主催側は儀式の完遂を果たすためにあなた達の命を狙い、
 そして新しく参加者側の首魁として選ばれた那岐を戴く我々はその儀式の完遂を阻止すべく動きます」

――誰を殺せばいい? 室温が下がったかと錯覚するほどの冷たい声が玲二より発せられる。

「主催側の首魁であり、黒曜の君たる神崎黎人。彼を殺害すれば儀式は破綻し、あちら側はゲームオーバーとなるわ」

九条の答えに無言で頷くと、玲二はそれを確認できればもう問題はないといった風に腕を組み目を閉じた。
室内に張り詰めた緊張が緩み、そして隣のテーブルからファルが新しい質問をする。

「”あちら側のゲームオーバーに”と聞いたけども、それは必ずしもこちら側の勝利ではないということかしら?」

その質問に九条はその通りだと答える。
参加者側の目的は先に言ったとおり主催側の目論見である儀式の妨害だが、しかしそれはあくまで目先のものにすぎない。
何故ならば、儀式の停止は姫星の落下を意味するからだ。そのままではこちら側も諸共に破滅することとなってしまう。

「ねぇねぇ、相手側を倒した時点でゲームマスターだって言うナイアさんが全部綺麗に解決してくれるってことはないのかな?」

碧が問うが、九条はゆるゆると首を振ってそれを否定した。
第2のゲームにおいて、彼女はいかなる意味でも干渉はしない。
少なくともそうであると九条はナイアより聞いているし、それが引き出した。あるいは与えられた条件なのである。

「僕としても、儀式を司る者として遺憾の意を表したいところなんだけどねぇ。
 姫星の落下を看過せざるを得ないらしいよ。それが、ナイアと名乗った彼女の思惑通りだとしてもね。
 もっとも、ゲームマスターと目的が一致してるというのは感情を抜きにすれば好材料だとは思うけど……」

部屋の端より、那岐が相変わらずの口調で事態を解説する。
しかし、調子はいつも通りでも決してこの事態を好ましく思ってないというのは彼の表情を見れば明らかだった。

「それは……、つまり、我々に姫星を回避する方法が、……この世界より脱出する方法があるということなのね?」

そうでなければおかしいだろうとファルが九条と那岐に問う。
主催側に破れ儀式の贄として殺されてしまうのは勿論。例え儀式を打破したとしても結局星が落ちるのではゲームが成り立たないからだ。
そして、媛星落下を阻止する方法が存在しないというのならば、クリアの条件はこの世界よりの脱出に他ならないはずとなる。

「その通りです。
 確かに姫星はこの島に落ちてきます。それを阻止しうる手段は誰の中にも存在はしません。
 ですが、この世界より脱出する手段はこの島の中に存在します。
 それはロケット――」


――宇宙船です。


 ・◆・◆・◆・


「今! 復活のッ! ド・ク・タァァァ――――! ウェェェェェェェスト!!!
 類稀なる知能を神秘の帳に潜めて幾星霜。ついに我輩が必要とされる時が訪れたっ!
 おお凡人共よ。才能に震えるな。真実に瞳こらせよ。歯ぁ磨いたか? 宿題はすませたであるか?
 さぁ今こそ、人よ命よ始まりの刻を見る! スペースラナウェイ! オオォォォォオオオィエアアアアア――ッ!
 天才☆秀才☆トップをめざせ! 星虹の果てに! ドクター・ウェストのパーフェクトロケット教室はじま――るキュウゥゥゥウウウウ!」

気勢を揚げて天才が立ち上がり、そして奇声を上げて黒板へと叩きつけられた。

「……ッ! グォオオ……毎度のことながら何をするのであるのかって、もう我輩は天才ゆえに微塵も残さず理解の内ではあるが、
 このお約束的ドツキ漫才の意味を解説することを要求すると共に場合によっては謝罪と賠償も合わせて――あ♪
 だ、駄目である! それで縛られると我輩、脳髄より湧き出る背徳的な何かが……ガガガ、ぎゃおがぃ、アッ――――!」

ドクター・ウェストを締め上げるキキーモラに力を込め、更に二度三度。
床の上に転がされぐったりとしている彼を新品のブーツの底で踏みつけると、トーニャはサディスティックな目で天才を睨みつけた。

「全くもって堪えのきかないキチピーでありますね。
 溢れ出る才能? 栓ができないのは欠陥製品でしょうに。ならばこうやってきつく縛るしか方法はないでしょうが」
「ぐぐぐ……しかしマッスル☆トーニャよ。今こそは我輩のターンでは? 解放と十分な出番を要求するものなのである」
「ニェート(否)! 主役としての出番を要求する博士がどこにいますか。
 必要があれば鞭打ってでも舞台に上がってもらいますが、今この時では断じてありません。なので大人しくしてなさい。
 さもないと――……」
「さもないとなんであるか?
 その射抜くような視線。なんだかドキがムネムネするのは……ハッ、これは恋?
 呪われし儀式の渦中に芽生えた新しい感情に我輩の乙女心はドゥー・舞・ベストでしょ――って、踏まないでなのであーる!」


………………。


「つまるところ、ナイアとやらが用意したこの箱庭。それを取り囲む結界を破るには姫星落下による超パワーが必要であり、
 その結界の崩壊と同時にこれから建造するロケットを用いて脱出しようと、そいう算段なのですね?」

紙一重の向こう側にいる天才とのドタバタの後、常識的な天才である九条より脱出計画が解説され、
それをトーニャは以上の様にまとめ彼女へと確認し、そして彼女もそうであると首肯した。

「ふん。妾の鬼械神(デウス・マキナ)たるデモンベインがあれば容易いことなのじゃがのう」

ぷにぷにとしたダンセイニの上でアルがごちるが、しかし存在しないものに頼ることは不可能というものだ。
世界の”外”に出るということは、つまり通常の空間跳躍を超えた超時空跳躍航行能力が必要とされる。
彼女の言うとおり、デモンベインがあればそれは不可能なことではない。(もっとも、18人というのは定員オーバーかもしれないが)
だがここに存在しないという事実が揺るがない以上、その他を探し頼らなくてはならい。
この場合。その他とは泡を吹いて床に転がっているドクター・ウェストのことを指す。

「ロケットと言っても、この場合必要とされる能力は推進力よりも亜空間における羅針盤としての役割なのです」

ドクター・ウェストを見ながら九条はそう口にする。
ロケットと言うと、通常は莫大な推進力を持って地球の重力と大気の抵抗を振り切り宇宙へと飛び出すものを指すが、
今回においてはそれほどの力は必要とされない。
何故ならこの世界は見ためほどには広くはないからだ。空にしても見えているほどには高くない。故に推力は通常の飛行機程度ですむ。

「それで、元の世界に戻れるって信じちゃっていいのかな?」

碧の言葉に九条はまたちらりとドクター・ウェストを伺い、彼の頭脳次第だと答えた。
亜空間や空間跳躍に関しては畑違いどころか彼女からすれば全く理解の及ばない分野である。
主催側にもシアーズの科学者が何人もいるがそれらも同様であろう。

通常の空間に重なる位相の違う亜空間の把握。空間歪曲率及び力場の計測。絶対座標軸の算出と方角の設定。
その他様々な要素が必要とされ、それら全てを成し得るのは科学と魔術、神秘学に天文学とあらゆる学問に精通した天才のみ。
三十六の博士号を持つ博士の中の博士。ドクターオブドクターである超・天・才☆ドクター・ウェストただ一人。

「”これ”が、たった一つの可能性ですか」

まるで悪夢ですね。と、トーニャはつま先でその可能性をつつき、ぽつりと呟いた。


 ・◆・◆・◆・


「あの、率直な質問なのだけよろしいかしら?」

場のテンションが収まったと見計らい、ファルが手を挙げて九条へと新しい質問をした。
それはとてもシンプルで、かつ誰にとっても重要な事柄。つまり――

「あなたが設計したと言うのなら、この首輪は外してもらえるのかしら?」

――そういうことであった。
人の手により嵌められたものであるのなら外せると考えるのが道理で、作った本人ならばその方法を知ってると考えるのも道理。
自分で言ったとおりに首輪の設計者であるのならば……と、ファルとそして同じ境遇の人間達が九条の方を注視する。

「残念ながら、”鍵”を使わずにその首輪を外すことは困難です」

その答えに幾人かの肩が期待が外れたと下がった。
だがしかし、質問した当人であるファルは違う。その発言に一つの意味を見出し、むしろ安心したという風であった。

「それはつまり、首輪を外す”鍵”は実際に存在するということなのね」

そういうことになる。実物は見られないにしても関係者からの証言は限りなく信頼性の高いものだと言えるだろう。
那岐より聞かされた今回の儀式は、そのルールからいくと完遂された時点で全ての参加者は死亡してしまっていることとなる。
となれば首輪を外す必要性というのは薄く、もしかしたら外す方法そのものが用意されていないのでは? というのが彼女の不安だったのだ。
そしてその可能性が払拭されたというのは明らかに好ましいことであった。

「それでその”鍵”の所在は明らかなのかしら? 管理してたと言うのなら存じてはいると思うのだけど」
「あちら側から出るまでは私の手元で保管していました。しかし現在は言峰神父が所持しています」

言峰綺礼
オープニングセレモニーで神崎と一緒にゲームの説明をし、一番最初の放送を担当した素性のよく知れない謎の神父。
参加者への露出は一部を除き極少なかったがしかし印象は強く、その印象に導かれ教会へと足を運んだ参加者も少なくない。

「あの言峰綺礼が”鍵”を……?」
「ええ。しかし仮に今この手に”鍵”があったとしても首輪を外すということはおすすめできないわ」

誰かが鍵を持っているということ自体に問題はない。それが誰であれ主催へと反抗する際に奪取することは変わらないのだから。
問題となるのは”誰が”という部分であり、言峰綺礼という相手はファルよりすると些か不安を覚える相手であった。
それはともかくとして、今の九条の発言には聞き逃せない重要なことがある。
首輪を外すべきではないとはどういうことなのか? 顔に表れていたのであろう。ファルが質問する前に那岐が横より答えを語った。

「この首輪は君たちにとっては枷ではあるけど、それは同時に僕の元ご主人様である神崎黎人にとっても同じことなのさ。
 今回の儀式。シアーズ財団も未だ成し得ていない即席人造HiME。つまりは儀式の参加資格を与える方法ってことなのだけども、
 それが君たちの今嵌めている首輪そのものなんだよ。首輪を嵌めたらその場でその人物はHiMEたる資格を得る」

全くお手軽だよね。と、那岐はやれやれといった風に首を振る。

「そして、逆に言えば首輪さえ外せればHiMEの資格は失われる。
 晴れてこの儀式から解放される……というのは間違いじゃない。しかしそれはそれだけのことでしかないんだ」

ここで、那岐は一旦言葉を止めて教室内を伺う。誰かが意味に気付き、答えを出すのを待つかの様に。

「ルールで相手の手段を縛るということか」

そしてその答えはしばらく口を閉ざしていた玲二より明かされた。正解と、一つ手を叩き、那岐は再び語り始める。

「そう。この首輪を全員が嵌めている限り、神崎黎人は儀式を進めるしか手段はないのさ。
 儀式のルールに則って僕達と対決せざるを得ないんだ。例えば、参加者は参加者でないと殺せない――とかね」

なるほどと、何人かが首を振って納得した。
具体的なところは不明だが、組織であることと儀式を運営する必要を考えれば、主催側の戦力が参加者を上回っているのは当然だ。
いくらこちら側に一騎当千の強者がいるとしても、それは向こう側にはいないという保証にはならない。
となれば、”相手側に手加減を強要するもの”として、首輪を嵌めたままにしておく意味は大いにあるだろう。

「おもしろくない話ではあるがの。
 それに聞くところによると主催側の看視者達は首輪を元に我々の居所を知るという話ではないか。
 姿を見て話まで聞かれているとすれば、どんな立派な作戦も筒抜けじゃ。
 とすれば、何もよいことばかりではあるまい」

アルより当然の指摘が入る。容易に楽観することはできないというのも事実だ。
先に言われていることだが、直接的には非参加者が参加者を殺せないというのも、あくまでそれだけでしかないのだから。
また、いざとなった時、相手側が自棄を起こして首輪を爆発させるという可能性を残すのは、それが僅かだとしても怖いものだった。

「その通りでもあるけど、どの道ここで外せない以上、定められたルールに則ってことを進めるのが最短の道だと思うわ」

九条の言葉に、アルは頬を膨らまし那岐は溜息を吐いた。
感情論で言えば到底納得のいくものではない。結局のところ、それは黒幕たるナイアの思う壺であるからだ。
これから対決する主催者達にしても、そういう意味では自分達と同じ立場の被害者だとも思える。
勿論、理性では何が最善か、そして主催者達は本気で儀式完遂を目指し容赦なくこちらへと刃を向けてくるであろうと理解しているが、

「ふん。妾に諭すような口振りはやめい」

アルとしてはどうしても腑に落ちない。
思い出せないような気のする黒幕のこと、そしてそれが跳梁跋扈ことを考えると、理解できないもやもやが胸の内に沸くのであった。


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