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Happy-go-lucky (幸運) 3

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Happy-go-lucky (幸運) 3 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


 ――オーバーフロー。

 一部界隈では社名として知れ渡っているその言葉は、この場においては消波・排水設備としての意味を持つ。
 異なる形状の容器が無数、屋根つきの大広間に散りばめられ、そのいずれにも水が満たされている。
 容器の床面は等しく防水処理が施されており、決壊のおそれなく戯れるであろうここは、ホテル内の遊水施設。

「平たく言うと屋内プールなんだけどね。本当は屋外のプールを使いたかったんだけど、
 それだと元マスターに覗かれちゃうからなぁ。我らが姫たちの、美しくも可憐な姿が……」

 などと一人、プール際のデッキチェアに腰掛け呟くのは、ショートスパッツタイプの水着を身につけた那岐である。
 丈は膝のやや上ほどまで。健康的な素足を覗かせる様は、まさしく現代の男の子そのものだ。

 ホテル内部の監視カメラは昨夜の内に潰し、鬼道による結界も張りはしたが、それでも油断は禁物だ。
 神崎黎人がどのような手段で監視――いや『のぞき』を試みてくるかなど、わかったものではない。
 対策は万全に、女の子たちの水着姿はこの僕が独り占めにして……おっと。
 なにやら地の文にとある少年の青春願望が混じったが、それはともかくとして。
 特訓施設を地下や屋内に集中させたのは、できるだけ敵方に情報を与えないための処置なのである。

「ホテルの中ではここが一番最適と言える場所なんだけど。ここで特訓するとは、一番地としてもまさか、って感じだろうしね」

 はははっ、と笑い声など零しながら、那岐は秘密の特訓場を眺め回した。
 目の前にあるのは、巨大な円形のプールだ。競泳目的ではなく、あくまでも娯楽を追求したがゆえの形状である。
 プール中央にはこれまた円状のフロートが、大海原のど真ん中にぽつんとある孤島のごとくぷかぷかと浮いていた。
 フロートの上にある椰子の木は作り物だろうが、あれが遊び場の雰囲気をさらに高めている。
 周囲一帯にはデッキチェアとテーブルがいくつも設置されていて、屋内だというのにパラソルが差してあるものまであった。

 この円形のプールが、主な特訓の舞台となる。といっても、プールの種類はこれだけではない。
 広間の片隅に目をやれば二十五メートル仕様の競泳用プールが、規律正しい長方形の水面を輝かせている。
 傍には天井いっぱいまで伸びる高さの飛び込み台も確認でき、あれこそ特訓にはもってこいの設備なのでは……とも思うが、あちらに人気はない。

「これでウォータースライダーでもあれば、パーフェクトなんだけどなぁ」

 ぼやきつつ、那岐は傍らのテーブルに置かれていたドリンクをストローで吸う。
 さすがはリゾートエリアの一等地。メインは地下のカジノであるはずなのに、おまけのレジャー施設にまで抜かりがない。

 まあ、それはともかくとして。
 プールなのである。つまりは水着なのである。
 那岐の眼前には今、眺望絶佳のごとき眺めが広がっていた。

「ほらほら~。怖くないからぁ。ぜぇ~ったい、怖くないから~。早くおいでってば~」

 プールサイドに立ち、満面の笑みで手招きの仕草を取るのは、羽藤桂である。
 纏うのは、白いワンピースの水着。腰元の辺りには南国の花と思しき模様が、アクセントとして入っている。
 白布に覆われた体のラインは起伏に富み、これまで制服姿であったのが罪なほどに自己主張をしてやまない。

「で、でも……プールに入るのなんてもう随分と久しぶりだし……こ、この格好も……」

 桂に手招かれ、顔を朱に染めながらもおずおずと歩み寄ってくるのは、羽藤柚明だ。
 いつもは控えめな印象の彼女だが、水着のチョイスは驚くほど大胆な、色鮮やかなるはした色のビキニであった。
 腰周りには常夏のパレオを纏い、見る者によってはそれがまた良いと感じたり、邪魔だと感じたりもするだろう。

「みんなー、準備運動はちゃんとするんだよー? プールをなめてかかると痛い目見るんだからねー?」

 今にも飛び込まん勢いの桂、それに急かさせる柚明の後ろには、杉浦碧の姿が。
 これがまた豪勢なプロポーションで、上はタンクトップ姿でこそあるものの、体のラインははっきりと浮かび上がっている。
 そしてボトムはビキニタイプ。一般的にタンキニと呼ばれる、衣類と水着を組み合わせた姿だった。

「引率の教師らしい言葉を述べてはいるが、碧よ。汝の持ち場はここではないはずなのだが……?」

 自身も遊ぶ気満々といった様子の碧を、ジトッとした目で睨むのは……なんということか、アル・アジフであった。
 彼女が着るのは黒に縞模様の入ったセパレートの水着であったが……水着の種類などこの際問題ではない。
 残酷なのは、見た限りのものを文章に起こさなければならないというこの状況……いや、世の中には比喩表現なる便利な技法も存在する。

 ――そう、それはいわば一枚の板だった。

 一切の脚色も虚偽もない、それだけで察することの想像力が求められる、あまりにもハイクオリティな姿態。
 称賛すべきはその事実を認めなお「くっ」と一言零しもしない豪気さか、アルはそういった意味でも猛者であるといえよう。

「いやー。とはいってもせっかくの機会なんだしさぁ。少しくらい大目に見てよ……って、どったのアルちゃん?」
「……いや。どこからか、妾に対しての哀れみの念を感じ取ったような気がするのだが……むむむ……」

 ただならぬ邪気にでもあてられたのか、アルは憮然とした顔つきで周囲を目配りする。
 なんとも勘の鋭い女の子である。さすが最強の魔導書、感知能力は地の文にまで届くか。

「ま、趣味趣向は人それぞれ。といっても、僕はどちらかと言えば――」
「お、なんだ? 那岐もこっちの特訓に参加するのか?」

 遠くから女の子たちを眺めていた那岐の横、こちらも水着姿の大十字九郎が立っていた。
 目を見張るべきは、水着よりもまずそのむき出しになった上半身――鍛え上げられた肉体美である。
 筋骨隆々とはまさにこのこと。アルの治癒魔術により生傷も消え、鋼のごとき皮膚はぴくぴくと脈動を続けている。
 お世辞にも屈強とはいえない体つきの那岐と比べれば、その立ち姿は一層際立つというもの。
 ちなみに下はトランクスタイプのアロハ。もしブーメランでも着用していれば、危うく女の子たちが悶絶死してしまいそうだ。

「魔術なんかも使って派手に特訓するなら、衝撃を緩和してくれる水の中が一番。
 って言うんで一応着替えてみたけどよ……なんか、女性の方々はそんな空気じゃないんですけど」

 柔軟運動をこなしつつ、九郎はプール際ではしゃぐアルたちを見ていた。
 魔術を行使する九郎やアル、人外の力を宿すようになった桂、不可思議な蝶を用いる柚明。
 彼ら異能者にあてられた特訓場こそが、この『水』という絶対の緩衝材が備わった屋内プールなのである。

「まずは準備運動ってことじゃない? 柚明ちゃんなんかは泳ぐこと自体、数年ぶりだろうし」

 桂に急かされおずおずとプールに入る柚明、その手には可愛らしいキャラクターものの浮き輪が、ぎゅっと握られていた。
 豊満な体つきに反した子供らしいアイテムに衝撃が走ると同時、那岐のニヤニヤも増す。
 対して、九郎の反応は冷静なものだ。桂や柚明や碧の水着姿を見ても、まるで動じない。
 物語のクライマックスシーンで己の性癖をカミングアウトするような豪の者には、これしきの刺激では不足なのだろうか。

「……こんな場所でどんな訓練をするのかと思えば、随分とお気楽なものだなおまえたち」

 色とりどりの四つの花が遊水に浸り始めた頃、玖我なつきが遅れて登場する。
 普段は凛とした佇まいでいる彼女にしては珍しく、ピンク色の女の子らしいビキニをつけていた。
 ボトムはスカートタイプになっていて、歩くたびにヒラヒラと動くところがまた可愛らしい。
 腕にはパーカーらしきものを持ってはいたが、本人もこれからプールに入るつもりなのか、適当なデッキチェアにそれを置く。
 さっそく準備体操を始めるなつきに、プールの中から桂が問いかける。

「あれ、なつきちゃんもこっちで特訓するの?」
「ああ。ママにこちらのほうに参加しろと言われたから……」
「ふ~ん……なんだか不本意って顔しちゃってるねぇ。見せる相手がいないからかな?」
「なっ!?」

 碧の言葉を受け、なつきは前屈の途中で赤面した。
 わかりやすい反応に周囲がにやつきながら、おおよそ特訓前とは思えない会話が続く。

「いつでもどこでも見境なしに仲良しさんだったからねぇ。ママさんとしてもストップかけざるを得なかったか。にゃはは」
「なっ、ばっ、おかしなことを言うのはやめろ碧!」
「ねーねーなつきちゃん。その水着かわいいよねー。いつの間に選んだの?」
「これはホテルの中のお店に可愛いのがあったからつい……って、桂までなにを言わせるんだ!」
「せっかく選んだんだし、後でクリスくんも呼んできましょうか?」
「ゆ、柚明まで……っ! いや、だからこれは、特訓をするためにだな……!」
「……汝も難儀な性格だな。いや、公衆の面前でああなのだから、これも自業自得か」

 まるで、仲のいい女学生グループによる一夏の光景のようだった。

「いやー、見ているだけで笑顔が綻ぶ光景だねぇ」

 そう言って、那岐はまたドリンクをストローでちゅーちゅー吸う。
 氷がカランと音を立て、飲み干されたグラスがテーブルに置かれた。
 唯一、準備運動すら始めようとしない彼は、特訓とは無関係のただの見物人である。
 宿泊客の一人として遊水を……いや、水着姿の女の子とのふれあいを思い切り楽しもうという魂胆が見え見えだった。
 というより、既に楽しみすぎである。

「そんなことよりもだな! 特訓をするならあっちの競泳用プールのほうじゃないのか!?」
「ええ~。だってあっちのプールよりこっちのプールのほうが大きいしぃ」
「うむ。狭いよりは広いほうがやりやすかろう。それに、まずは水に慣れることが先決という者もおる」
「うぅっ」

 浮き輪でぷかぷかとたゆたっていた柚明が、ぎくりとした反応を見せる。
 オハラシサマとして長い間肉体を失っていた柚明は、プールというものに触れることすら数年ぶりなのだ。
 まずは顔に水をつけるところから、などと言っていては時間がいくらあっても足りない。
 そういった意味でも、深さのある競泳用プールは特訓に適さないと言える。

「柚明お姉ちゃん……大丈夫、心配しないで! わたしが、きっと柚明お姉ちゃんを泳げるようにしてあげる!」
「け、桂ちゃんっ。別に泳げないわけじゃ……た、ただ久しぶりなだけで……ひゃっ!」

 浮きになっていた柚明の後ろから、しっかと抱きつく桂。
 水着の少女が密接し合うという場景が、見る者に世の平和さを知らしめた。

「むっ……しかし競泳用のものに比べれば浅いとはいえ、妾にとっては些か深さがあるな」
「あははー。アルちゃんはちっこいからねぇ。なんなら柚明ちゃんみたいに浮き輪持って来る?」
「児童用プールなら屋外にあったぞ、アル。おまえはそっちのほうで特訓したほうが……きゃっ!?」

 仕返しとばかりにアルをからかおうとしたなつきの足を、碧が掴んでプールに引きずり込む。
 そのままぶくぶくと水に沈んでいき、すぐに猛然とした勢いで浮上。怒鳴りだす。

「ごばごあばおばば…………ぷはあ! あ、危ないだろうがっ!」
「油断大敵よなつきちゃん。これから先、いついかなる場面で水中戦が訪れるかは神のみぞ知る!」
ダンセイニをつれてくるべきだったか……む。おお、いいところに九郎がおるではないか。お~い、九郎~!」

 水の上から、男性陣二人に向かってぶんぶんと手を振るアル。
 今すぐ妾の浮き輪を調達してくるのだ、などと声高らかに命令しているが、パートナーである九郎の反応は鈍い。
 屋内プールでの特訓は主にアルが指南に当たる……はずなのだが、当の本人もどこか童心に満ちているようだった。

「……この後ずっとこんな感じか、那岐?」
「はははっ、まさか」

 九郎の心配を、那岐は軽く笑って流した。
 光り輝く水面が、女の子たちのきゃっきゃうふふとした声を反射しては響かせていく。
 この後、痺れを切らした九郎が「ああもう! まずは慣らしからいくぞ! 柚明さんも浮き輪取って!」と叫び出すまで、そう時間はかからなかった。


 ・◆・◆・◆・


『――これより、十四回目となる放送を行う。
 新しい禁止エリアは、14時より”A-3”。16時より”D-1”となる。以上だ――……』



カジノと厨房。またレストランやバーの間を何度か行き来し、昼食をとりに食堂へと向かっている途中でクリスはその放送を聞いた。
最初は聞く度に悲嘆にくれていた放送もこれで十四回目になり、第2のゲームとやらが始まってからは特に思うところはないが、
別の問題として、そろそろ島の中で入り込めない場所も半分に届こうかというぐらいにはなってきている。
那岐の言によれば滅多なことはないらしいが、それでも圧迫感や次にここが指定されるのではないかという不安もないではない。

「てけり・り」

とはいえ、皆を主導する立場でもないし柄でもない。どちらかと言われなくとも非積極的な人間だという自覚はある。
なので今は任された仕事に専念しようと、ダンセイニに触手でせっつかれたクリスはワゴンを押して廊下をまた歩き始めた。



「うっうー! すごいです! こんなの見たことありませんっ! 夢じゃありませんよねっ!? ですよねっ!?」

クリスが食堂の扉を開くと、その中からやよいの興奮する声が飛び出してきた。
何事かと中を覗き込み、そしてクリスも声にならない感嘆の溜息を漏らしやよいが狂喜乱舞している理由を理解した。

「あぁ……でもでも、こんなに食べきれません。勿体無いです。どれもこれも食べたいのに――……」
「おいおいやよい。これはバイキングっていってよ、今日一日これをみんなでだな……」
「あ、そうだ! タッパーです。お持ち帰りです。明日と明後日と明々後日のお弁当にすれば――……」
「って、聞いちゃいねぇ……」

巨大な円卓の周囲をぐるぐると回りながら、ずらりと並べられた料理の数々の前で一々足を止めてその度に歓喜の悲鳴をあげるやよい。
彼女ほどではないものの、楽しい気分になってきたクリスはやよいに倣って円卓の周囲を回り始めた。

先日の夕食に頂いた麻婆豆腐が大皿にこれでもかと盛られている。
まずは中華だろうか、その隣にはとろみのあるタレに漬けられた肉の塊に、赤黄緑と色鮮やかな肉と野菜の炒め物。
リゾットとは違う感じの炊いた米の料理。透き通って椀の底の模様までくっきり見える琥珀のスープ。山と積まれた団子や饅頭。
カリカリの衣をまとった鳥の唐揚げに、透明な皮の中に宝石のような具材を詰めたもの。パスタとは違う見たことのない麺。
この一角から漂うのは濃くそして刺激的な油の香りだ。疲労した身体に活力を充填しなおすならここにあるものがいいかもしれない。

四半周すると様子は変わる。
潰したポテトに玉ねぎや茹でた海老を混ぜた刺激的なサラダに、緑の葉の上にチーズとスライスしたトマトを並べた爽やかなサラダ。
昨日食べたのと同じリゾットに、辛いソースと絡めたペンネ。チーズの香りが食欲をそそるラザニア。大皿に盛られたスパゲティ。
豆のスープに香ばしいピッツァ。更にいくつも並べられたパンと、どうやらこの一角は自分の故郷のものらしい。
懐かしく、また同郷のファルも喜ぶだろうとクリスは他よりも多めにこの一角の料理をワゴンへと移した。

また進めばテーブルの様相は一変する。
何度か食べた炊いた米を丸めたおにぎりという食べ物だが、今目の前にあるものは明らかにそのバリエーションが増えている。
その隣にはいくつかの種類の焼いた魚の切り身に、先日の朝食で頂いたふわふわの玉子焼き。甘く煮付けられた野菜と豆の料理。
野菜の漬物に、見たことも無いふわふわとした揚げ物。蒸かした芋。これはなつきが暮らすニホンの料理に違いない。
優しい赤と黄色と緑。料理にもこんな細やかな気遣いができるのならニホンという国はさぞかし素晴らしいところなのだろうと思う。

更にぐるりと回れば、揚げた肉や芋。サンドイッチなどなど手に取りやすいものが並べられている。
また鼻を刺激する甘い香りにつられてみれば、プティングやワッフル、スコーン、ジェラートなどなどデザートの類までも揃えられていた。
勿論、各種飲み物も取り揃えられており、どれも冷えたものを飲めるように氷を詰めたバケツの中に挿されている。
そして――

「やぁやぁ、これはこれは”カサノヴァ”のクリス・ヴェルディンさんではありませんか」

――それが最後の料理なのだろう。空いた一角に運んできた料理を並べるトーニャの姿がそこにあった。
いつもはどこかつまらなさそうな、というよりも冷めた印象のある彼女だが、料理が好きなのだろうか今は随分とご機嫌な様子である。

「これはトーニャが作ったの?」
「えぇえぇ、アントニーナ・アントーノヴナ・二キーチナ(略さない)が腕によりをかけた大露西亜帝国の絶品の数々たーんと召し上がれ♪」

言いながら作業を進めるトーニャはミトンをはめた手でパイ生地で蓋をした壷をテーブルの上へと並べてゆく。
聞いてみればガルショークという料理で中には熱々のキノコのスープが入っているらしい。その話だけでも食欲をそそられる。
肉やジャガイモがゴツゴツと入った真っ赤なスープはボルシチと言う家庭料理らしい。家ごとにレシピがあるのはどこの国でも一緒だ。
他にも野菜や肉を詰めて焼いたパンや、刺激的な香りのする串焼き。キャベツのスープなどなど、これがロシアの料理らしい。

「ささ、熱いうちにどうぞ。
 これなどは我が家秘伝の味。ひとつ口の中に放り込めばうまいぞーなどとと絶叫し、水の上なんか渡っちゃう一品。
 細い身体で鍵盤を弾くしか能のなかった僕もあら不思議。三日も続ければシベリアンブリザードをも超える格闘地獄もなんのそのです」

トーニャはクリスの返事を聞くまでもなくワゴンの棚にどんどん料理を押し込んでゆく。
見る見る間にワゴンの中は一杯になってゆくが、出来立てならカジノにいる人達も喜ぶだろうとクリスはあえて止めたりはしない。
さて程なくしてワゴンは満杯になり、トーニャも満足したのであろう顔を上げ――そして、何かに気づきそそくさとそこを後にし始めた。

「おっと、あそこに見えるのは万年発情猫さんじゃないですか。
 器の小さな小娘の嫉妬に絡められるのはこちらとしては御免被りたいところ。ここは”飼い主”に任せて退散です。では~……」

クリスが振り向くとそこに見えたのは髪も濡れたままにやって来る水着姿のなつきの姿だった。
彼女も気づくとこちらへと小走りに駆け寄ってくる。様子を見るに姿を消したトーニャとクリスが一緒だったことは気づかなかったらしい。



「――クリスどうだ?」

彼女よりのいきなりの質問にクリスは小首をかしげた。
何を聞いているのだろうか? 仕事のことだろうか。だとすればあの後は特に大きな失敗もなく順調にこなしてはいるが。
そんな風に答えて、そしてなつきの顔を見てそうじゃないんだなぁとクリスは覚る。

「え、えーと……可愛い水着だね」
「…………」
「すごく可愛いよ、なつき」
「そうだろう」

いくつか言葉を選んでようやく彼女の望む回答をクリスは見つけ出した。
正解すれば次は彼女のターンだ。しかしこちらが問題を出す必要はない。何故なら彼女が色々と楽しそうに話してくれるからだ。
水着はプールの傍にあった商店で選んだこと。クリスに喜んでもらえるよう色々考えたことなどを、嬉々とした表情で語ってくれる。

「ところで、訓練はもういいの? それとも、また戻るのかな?」
「んー……さぁな。碧もあんまり本腰を入れてないようだったし、それにHiMEであっても魔法はさっぱりわからんし」

途端に顔を曇らせなつきはキョロキョロと辺りを窺いはじめる。多分、母親がいないか心配なのだろう。
だが幸いかな九条の姿はここにはない。いるのは喜びに酔って眩暈を起こしているやよいと、いつの間にかそこにいるダンセイニぐらいだ。
それを確認して、ほっとした表情を浮かべるとなつきはテーブルの方へと向かい物色を始め、そして一つの食べ物を手に取った。

「……”それ”が、なつきのお昼?」
「んぐ。何かおかしいか?」

いいや。と、とりあえずクリスは首を横に振った。
なつきが手にしているのはふかふかのワッフルで、クリスの感覚からすればそれはおやつに分類されるがなつきの国では違うのかも知れない。
それに、生クリームやラズベリージャムをめいっぱいにトッピングし、にこにこと食べている様を見ればそれは些細なことだとも思えた。



「あぅー……後生です。あの焼豚をもうひとかじり。もうひとかじりだけでもー……」
「これから運動するってのに腹の中いっぱいにしてりゃあ動けなくなるだろうが。腹八分目って言葉を知らないのか?」
「うっうー! いつもは八分目も食べられませーん!」
「じゃあ今も我慢しろ。なぁに、食い物は勝手に足を生やして逃げ出したりはしねーよ。ほらキリキリいくぞー」
「てけり・り」

二つ目のワッフルをチョコレートとバナナで食べ始めたなつきの脇を、やよいがプッチャンに急かされ名残惜しそうに過ぎて行く。
どうしてか今までクリスの後ろにいたダンセイニもそこについて行っているが、それは彼らの会話にあった”筋肉”というワードのせいだろうか。
それはそれとして、用事を終えた今。クリスもここに長いをする暇はないということでワゴンに手をかけそれをまた押し始めた。

「じゃあ僕はまたカジノに戻るから」
「あぁ、待って! 私もクリスと一緒に行くから!」

自分の分だろうか。今は狭いワゴンの上にいくつかのお菓子を追加し、蜂蜜をかけたスコーンを頬張りながらなつきはついてくる。
カジノに戻ればそこに九条がいるのだが……まぁ、それまではいいかとクリスはそれまでの道のりを少しゆっくりなテンポで歩き始めた。


 ・◆・◆・◆・


「石炭(いわき)の煙は大洋(わだつみ)の~、竜(たつ)かとばかり靡(なび)くなり~♪」
「弾撃つ響きは雷の、声かとばかり響むなり! ――那岐くんはこの歌、当時も歌ってたりしたわけ~?」

カジノの一角。
派手な光や音を発するものが立ち並ぶ中でも一際騒がしく異彩を放つ機械の前に那岐と碧、そして九条は並んで座っていた。
彼らの前では小指の先ほどの銀玉がひっきりなし飛び交い迷路の様に並んだ釘の中を音を立てて流れ落ちている。
どうすれば勝ちでどうなると負けなのか、
食堂から帰ってきたクリスからは相変わらず見当もつかなかったが、三人の様子を見るに那岐と碧の調子はよくないように見える。

「さて、当時はどうだったかなぁ……歌は好きだけど――と、クリスくんじゃないか。歌はいいよねぇ、君もそう思うだろう?」
「お。クリス少年ご苦労さまさまだよー。うわぉ、これは想像以上においしそう~♪」

あんまり熱心ではなかったのか、那岐と碧はクリスが戻ってきたことにすぐ気づき、椅子を回して振り返った。
ワゴンの中からいくつか料理を取り出すと、これも予め用意しておいた小さなテーブルの上へと手際よく並べてゆく。
逆に九条はというと未だゲームの方に集中したままである。声をかけようにもどこか鬼気迫るものがあって中々そうしづらい。

「……あら、戻ってきていたのねクリスくん。悪いけどそっちの端に積んであるドル箱をいくつか持ってきてくれないかしら」

と、ようやく気づいた九条は早速新しい指令をクリスへと与える。
ドル箱というのはゲームから出てくる銀玉を入れる為の箱で、これまでも何回か運んだのでクリスもよどみなく言うとおりにした。
見れば、食堂に向かう前は膝ほど高さまで積まれていた箱はいつの間にか腰ほどの高さにも達している。
那岐や碧の隣には全くないところを見ると、九条はこれが得意でだからこそメダルを増やす手段に選んだのだろうとクリスは思った。

「やっぱり時間がかかる割りにはどうも効率的に稼げないわねぇ」

クリスが新しい箱を運んでくると、九条は手持ちの銀玉を全てその中へと流し込み肩をほぐしながら深く息を吐いた。
大量に増えた銀玉を見るに随分と稼いでいるように見えるが、実際はそうではないのだろうかと疑問がクリスの頭には浮かぶ。
もうゲームの方には見向きもせず食事に集中していた那岐や碧も同じようで、碧がそれを九条へと問いかけた。

「ねぇねぇ九条さん。これだけ玉出してさ。今でメダル何枚分くらいになるわけ?」
「そうねぇ……最初に5000枚分のメダルを玉に換えて、今は大体その三十倍くらいにまで増やしたといったところかしら」
「わお! だったら、メダルに戻すと十五万枚ってこと? だったら十分じゃない」

出てきた数字に那岐が嬉しそうな声をあげるが、九条は首をゆるゆると振ってそれを否定した。

「残念だけど玉からメダルに戻す段階で半分近くに目減りしちゃうのよ。
 勝ちやすい……つまりは遊びやすい設定にはなっているけど、その分交換率は低めに設定されているというわけね」
「それでも八万枚ぐらいにはなるんでしょう? 十分すごいと思うんだけどなぁ……」
「時間で割るとそうでもないわ。それにいつでも同じ調子で勝てるとは限らない。
 まぁ、平均して1時間に一万強稼げればいいってところかしら。残念だけど目標とする額を目指すには効率が悪すぎるわね」

九条が目標と言っているのは約十億枚のメダルを必要とする”超光速探査船”のことだ。
最終的にはこの宇宙船を雛形にこの世界より脱出する為の船を造る予定となっている。故にこれが得られないと話にならない。
それを考えれば、1時間に一万枚という枚数は確かに焼け石に水としかならないだろう。

「でもさ、今はそれでもいいんじゃない?
 どっちにしろまずは神崎くん達と決着をつけないといけないわけだしさ。今はそれぐらいのペースで武器とかだけゲットできれば」
「ええ、その通りよ。さすがに今日明日でどうこうしようとは考えていないわ。
 とはいえ、拳銃なんかはともかくとして魔法の道具なんかは随分と高価だからもう少し効率的に稼ぎたいところなのも確か――」

まぁ、色々と考えているけどもね。と言い、九条はようやくワゴンの食事へと手を伸ばした。



九条達の元から離れたクリスは広いカジノホールを横断して反対側の比較的に静かなところへとワゴンを押してゆく。
その後ろにひょこひょことついてくるなつきの姿はもうない。
さっきまでは九条に見つからないように隠れていたが、結局あの後あっさりと見つかり碧や那岐と一緒に”特訓”へと連れ出されてしまった。
碧が「根性を叩きなおしてやる」なんて言っていたのが少し心配だが、止めることもできないクリスは今はただ無事を祈るだけである。

「あらクリスさんじゃない。そういう姿も存外に似合っているものね」
「おつとめごくろーさまであります」

そこにいたのは玲二の訓練から逃げ出してきたファルと美希の二人であった。
二人とも暇つぶし程度でしかないのか、ワゴンに載った料理を見るとすぐに席を離れて近づいてくる。

「私はピッツァをもらおうかしらね」
「美希はこっちのドーナツをもらいますね。あと、飲み物はー……」

ファルはクリスが予想した通りに故郷のものを、そしてなつきと同じように美希はお菓子を手に取るとまた元の椅子へと戻った。
さてと、クリスもファルと同じように故郷の料理をいくつか選びその近くの椅子へと腰掛ける。
本来ならばなつきとこの後ゆっくり食事をとる予定であったが、彼女は母親に引きずられどこかへと消えてしまったので仕方ない。

「それってブラックジャックだよね? でも……」

クリスはファルと美希の前にあるゲームを見て二人に問う。
盤は九条やなつきが使っていたパソコンと同じようなものらしく、その上にはクリスも知っているカードゲームが映し出されていた。
今更そこに疑問は抱かないが、少し不思議なのは画面の中とは別にプレイングカードが広げられていることだ。

「あぁ、これね。別になんということもないわ。遊ぶのではなくてメダルを増やすことが目的でしょう?」
「なのでズル――じゃなくて、ちょっと効率的な方法をとっているだけなのですよ。ええ」

二人の言葉を聞いてもクリスにはどうもピンとこない。
ファルも美希も悪戯っぽく微笑むだけで、どうやらその理由を教えてはくれないようだ。

「ふぅん……」

なので、クリスとしては曖昧に頷くしかない。
ただ、彼女達もそれなりのメダルを稼いでいるらしいのを見て、相変わらず頭が回るのだなぁと感心するぐらいである。


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