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Happy-go-lucky (幸運) 7

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Happy-go-lucky (幸運) 7 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


昼食を終えたアル、九郎、桂、柚明の四人は再び屋内プールへと戻ってきた。
腹も膨れたことで早速模擬戦……といきたいところだが、
さすがに食後すぐ運動というのは酷な物。
腹がこなれるまでしばらく休憩する四人。

アルと柚明は休憩も兼ねて魔術を扱うためのイメージトレーニングを行っていた。
いくら魔術的な素養のあると言っても、いきなり高位の魔導書の力を行使するのだ。
魔導書に振り回されないように己の精神の統一を図るのは当然のことである。

ましてや柚明にとって屍食教典儀とは全く未知な魔術体系である。
例えば千羽党の鬼切り達が使うような術、人が妖に対抗するために作り上げた魔術。
人が編み出し人によって体系付けられた魔術のような存在とは全く別物である。

柚明が使うおうとする魔術は、人ならざる者―――鬼や妖怪といった存在とはまた別種の、
人類が誕生する以前からこの宇宙に蠢く超越的存在の力を借り、その力を行使するもの。
人の器では決して理解できぬ存在を理解しようと、幾人もの人間の犠牲を払いながらも、
その力の一端を書き記した物が、柚明の持つ屍食教典儀である。
隙あらば術者の理性を犯し破滅に追い込まんとする外道の知識。
細心の注意を払って魔術を制御しなければならないのだ。

柚明とアルがイメージトレーニングにいそしむ一方で桂はプールに浮き輪を浮かべて遊んでいた。
パシャパシャと水しぶきを上げて泳ぐ桂と、プールサイドでぼけーっと座り込む九郎の姿。
第三者から見ればプールで仲良く遊ぶカップル……には見えそうもない。
いいとこ仲のよい兄妹といったところだろうか。

「気持ちいいよー、九郎さんも泳ぐ~~?」

ぷかぷかと浮かぶ浮き輪の間から顔を出して手を振る桂。

「これから模擬戦やるのに疲れたくないからパス。桂もいいかげん休んどけよー」
「あははっそれもそうだね。ちょっと休憩しよっと」

ざばぁっと音を立ててプールから上がった桂はデッキチェアにかけられていたタオルで髪の毛を拭いていた。
プールに入るということで珍しくトレードマークのツインテールを解いた桂の姿。
腰まで届く長い髪は、普段よりも若干大人びて見えていた。

「わたし、ジュース買って来るけど九郎さんもいるかな?」
「おう、頼む」
「何が欲しい?」
「ん、じゃあコーラで」
「はーい」

ややあって二つの缶ジュースを持った桂がとてとてと小走りで戻ってきた。
笑顔でジュースを持ってくる水着姿の女の子を待つ男。
なんとも羨ましい構図ではあるが、九郎も桂もそんな自覚はさっぱり無かったのだった。

「九郎さーん、はいコーラ」
「お、サンキュー。……ん」

コーラを受け取った九郎はふと、桂の手首に傷跡のようなものがあることに気がついた。
治りかけてはいるが、手首を真一文字に横切る傷。
鋭利な刃物でないと決して付かないような傷。相当深く切り裂いているようだった。

九郎の背中に冷や汗が流れる。まさか自殺未遂!?
いくら元気に振舞っているように見えても、この辛い現実に耐え切れなくなって自殺を―――

「(こ、このままスルーすべきか……!? でも放っておくのはさすがに……!)」

どうすればいいんだと悩む九郎に桂は極自然に手首の傷について答えた。
まるで世間話をするかのように。

「あはは……ちょっと今朝柚明お姉ちゃんが調子悪そうだったから、ね?」
「あ……そうなの」

何でもないよとアピールせんばかりに手をヒラヒラと動かす桂。

「少したくさん飲ませてあげようと一気にやっちゃった」

てへっと舌を出す桂。
笑いながら指で手首を切る仕草に九郎は股間が縮み上がるのを感じた。
軽々しく言ってるがやってることは全く軽々しくない。

「大丈夫か? さすがに貧血になるんじゃあ……」
「大丈夫だよ、お昼ごはんもいっぱい食べたもん」
「それならいいんだけどよ……まあ模擬戦も無理すんなよ」
「うんっ」



食後の休憩を終えた四人はさっそく模擬戦の準備を始めることにした。
九郎とアルはすでにマギウススタイルになっており準備は万端といったところだろうか。
桂は素振りに使っていた刀を選んでいた。
シンプルな意匠ながらも優雅さと力強さとを兼ね備えた刀。
ある世界で小烏丸と呼ばれ、神代より伝わる霊験あらたかな霊刀である。
九郎の持つバルザイの偃月刀とまともに打ち合えるのはこれか騎士王の聖剣であるエクスカリバーぐらいな物だろう。

柚明のほうは完全に後衛に徹するため接近用の武器を持たず。
屍食教典儀と電磁バリアのみを持つことにした。



「柚明お姉ちゃんのほうはどう?」
「うん、大丈夫。いつでもいけるわ」
「ほう……大した自信だな柚明よ」
「アル、柚明さんの新技ってどんな物なんだ?」
「まだ妾も実物は見てはおらぬ。個人によって魔術の形質は異なるからのう。
 ティトゥスは屍食教典儀から剣を取り出すだけで、専ら自らの剣技のみで戦っていたが、柚明の場合はどうなることやら」
「ま、要注意ってことだな」
「九郎さんのほうは準備はできてる?」
「おう、ばっちりだぜ」
「久々に妾の断片が揃っているのだ。遠慮なく行かせてもうらぞ」

九郎の前をパタパタと飛び回るちびアルが胸を張って答えた。
模擬戦が始まる―――



張り詰めた空気が周囲を包む。
一定の温度に保たれた温かい室内プールなのにひどく気温が下がっているような感覚。
お互い身構え一歩も動かない。

「(アル、柚明さんのほうはどうするよ?)」
「(今は放っておけ、まずは桂に集中せよ)」

時が凍りつく。
凍った時はアルの一声で動き出した。



「さあ桂よ、存分に打ち合おうぞ。参れ!」



先に動いたのは桂だった。
鬼の膂力を生かして一気に十数メートルの間合いを詰めて九郎に肉薄する。
自分でもこんな動きができるのかと感心するぐらい素早い動作。
脳内は驚くほどクリアになって集中力が極限まで高められているのが自覚できていた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

桂は小烏丸を縦に振るい袈裟懸けに振り下ろす。
力任せに、体重を乗せた一撃を九郎に叩きつける。

ガキンと金属同士がぶつかり合い、火花を散らす。
桂の腕にじんと痺れるような感触が走る。

「!?」
「おっと、危ねぇ危ねぇ」

九郎は難なくバルザイの偃月刀で桂の一撃を防ぐ。
が、九郎のほうもあまり余裕の無さそうな表情だった。

「やべっちょっと油断した。桂のパワー半端ねえぞ!」
「だから言ったであろう! 桂の鬼の力を舐めるなと! 単純な力は我らより上ぞッ!」
「へっそうかい。だけど俺達だって正義の魔術師としてブラックロッジと戦ってきたんだ! 鬼の力かなんだか知らんけど
 戦いに関してはド素人の女子高生に負けてられねぇ……よなぁッ!!!!」

鍔迫り合いのまま九郎は下半身を捻り、鋭い蹴りを放つ。
桂の脇腹に迫る槍のような一撃!
が、桂も九郎の動きから危険を察知し、鍔迫り合いを解いて後ろに飛び退く。
その刹那、桂のいた場所にごうっと音と共に九郎の脚が横切った。

「マジかよ……あのタイミングで避けるか……なんつー反射神経してんだおい!?」
「だが桂は自らの身体能力に頼りすぎておる。技術・経験の無さが桂の最大の弱点だ」
「つーことは、逆に言えば今の桂に技術と経験がついたら超強いってことじゃね?」
「ま、そういうことかのう」
「末恐ろしいとはこのことだぜ。なら、こいつはどうだッ! ロイガァァァァァッ! ツァァァァァル!」

九郎の前に現れる赤と青の短刀。
それらは合体し、まるで回転ノコギリの刃のような形になって九郎の手に収まった。

「そら……よッ!」

九郎は振り被ってロイガー&ツァールを投擲する。

「ついでにバルザイの偃月刀もサービスだぜ!」

桂に迫る二つの刃。
回転し、不規則な軌道を描いて桂に襲い掛かる。

「わっ……わっ……!」

桂は刃をかわす。
かわされた二つの刃はそのまま通り過ぎ―――

「そんな……!」

再び桂に目掛けて飛んできた。

「(よけられないなら……叩き落す!)」

桂は小烏丸を正眼に構える。
もっとも安定し、かつ防御に優れた中段の構え。

「そこッ!」

桂は飛んできたロイガー&ツァールを渾身の力をもって叩き落す。
返す刀でバルザイの偃月刀も迎撃する。
打ち合った拍子に火花が舞い散りバルザイの偃月刀が弾かれる。
だが、当たりが浅かったため叩き落とすには至らない……!

地面に落ちぴくりとも動かないロイガー&ツァールに対し、
ロイガー&ツァールよりも追尾性に優れたバルザイの偃月刀は、
弾かれてもなお地に落ちることなく刃を回転させ桂に迫る。

「(―――!? 九郎さんがいない……!)」

迎撃に手間取っている桂はふと辺りを見渡す。
どこにも九郎の姿がない。
そんな馬鹿なと思った桂のすぐ近くで九郎の声がした。


「これが『ニトクリスの鏡』ってやつなんだな。本来は術者の幻影を作り出す魔術だが―――」


桂の目の前の景色が歪む。
歪みは人の形をとり瞬時に九郎の姿が現れる。
バルザイの偃月刀とロイガー&ツァールに気を取られすぎたため、桂は九郎の接近に全く気がつかなかった。

「ちょっと応用して光学迷彩仕様だッ! 桂! ボディーがガラ空きだぜぇッ!!!」
「―――ッ!!!」
「俺式ゴォォォッ○フィンガァァァァァァァァッッ!!」

肉薄した九郎の右手が青白く輝く。
わけのわからない技名を叫んだ九郎の魔力を込めた掌底が桂の腹部に突き刺さる!

「ヒィィィトッ、エンドォォォォッ!!!!」
「きゃああああああああああ!!」

解放された魔力が爆発する。
いくら手加減されていたとはいえその衝撃は凄まじく、桂は数メートル吹き飛ばされプールの中に叩き落された。
桂が落ちた衝撃で巨大な水の柱が立ち上り周囲にシャワーのような雨が降り注ぐ。

「やべっ、ちょっとやりすぎた……」
「桂ちゃんッ!?」

吹き飛ばされた桂を見た柚明は急いで桂の下へ駆け寄ろうとするがアルが静止させる。

「柚明ッ来るなッ! 汝の役割は桂を介抱することか? 違うであろう、汝の役割は新しく身に着けた魔術の完成だ!
 桂を介抱する暇があれば早く術を構築せよ! そしてその術でもって桂を援護せよ!」
「……はいっ!」

柚明は再び精神の集中させる。
あと少し、もう少しで―――

「けほっ……けほっ……ううっ鼻に水が入って気持ち悪いよぉ」

水中に叩き付けられた桂はよろよろと咳き込みながらプールサイドに戻ってくる。
せっかく乾かした髪もすっかりびしょ濡れで、鼻に入った水がつーんと鼻の奥を刺激して気持ち悪いことこの上ない。

「くくっ……満身創痍よのう……そろそろ降参するか?」

九郎の周りを飛び回るアルがにやにやしながら言う。

「まだまだ……! 行くよっ!」
「その意気やよし! 参れッ!」

再び桂と九郎、お互いの刃がぶつかり合い火花が舞い散る。
パワーとスピードでは勝る桂だが九郎の豊富な手数に徐々にではあるが守勢に回らざるを得なくなってくる。
それでなくても九郎はまだマギウスウイングを展開していない。
空中戦になれば桂には対処のしようがないのだった。

「(柚明お姉ちゃん……!)」




桂と九郎の剣戟を横目に柚明は術式の完成を急いでいた。
すでに屍食教典儀による魔術回路は柚明の内に形成されている。
後は回路に魔力を通せば後は石炭をくべた炉のように自動的に柚明の魔術として完成するのであるが、問題はその制御である。
回路にどれぐらいの魔力を注げばいいのか判断するのは全て柚明自身の手で行わなければならない。
アルのように自我を持った極めて高位の魔導書ならば魔導書そのものが自らの判断で術者の魔力に応じて、制御を行う。
術者は魔力の制御に苦心することなく術式を発動させることができるのだ。

しかし柚明の持つ屍食教典儀はアルのような自我は持っていない。
あるとすれば術者は闇に墜とし精神を狂わす魔導書本来の性質のみ。
そうならないためにも柚明は魔力の制御を全て手動で行わなくてはならない。
まるで莫大なエネルギーを暴走させないよう、制御棒を抜き差しして出力を調整する原子炉のようだった。

魔導書は原子炉。
それを暴走させない制御棒の役割は術者が持つ固有の心象風景。
柚明の無意識の海より沸き上がる一つのイメージ。

月光に照らされた一本の樹木。
大地に根を張った美しい槐の木。
槐は満開の白い花をつけ、桜吹雪のように花弁が舞い散る。

そして回路に魔力が流れ出す。
炉に火が灯された。激しく燃え盛る魔力の炎。
魔力の流れは回路全体に流れてゆくが出力は安定している。

起動、成功。

柚明ははぁっと息をつく。しかし作業は残っている。
次は元々柚明が持っている霊力を屍食教典儀に最適化させる。
柚明の心象風景を元にして魔導書は己の内包する魔力を変質させてゆく。

青白い蝶がひらひらと柚明の周囲に現れ始める。
柚明の力の顕現、月光蝶。

蝶は槐の花弁。
白い花弁は白刃の煌き。

―――蝶は剣で出来ている。

柚明は静かに、術式を発動するキーとなる言霊を唱えた。




「『完全なる剣戟の蝶 - 開 花 -』」




柚明の周囲に展開されていた蝶の群れが次々と姿を変える。
青白い月の光を放つ美しい蝶はすべて無骨な剣へと変化してゆく。
宙に浮かぶ無数の剣、それらの切っ先は全て九郎の元へ向いていた。

「桂ちゃん! 避けてッ!」
「!?」

桂の背後で柚明が叫ぶ。
その声に九郎と打ち合っていた桂は反射的に横へ飛び退く。
これで射線上には九郎と周囲を浮遊するちびアルのみ。
九郎は桂の影に隠れてよく見えなかった柚明の様子を見て驚愕した。

「おい……マジか、あれ……」

九郎が驚くのも無理もない。
柚明の周りに展開されているそれを見れば誰でも驚くだろう。
柚明の能力を知る者ならなおさら―――

柚明の周りを飛び交う蝶は今や白く輝く剣の刃。
朝に桂の血を飲んでいた柚明はまさに絶好調。
数十の蝶の群れは今や九郎を狙う白刃の矢―――否、弾丸と化していた。

「柚明お姉ちゃん……すごい」

桂も目の前の光景に目を丸くする。
普段の柚明の能力とは180度違った攻撃的な存在に驚きを隠せない。



そして―――宙で静止していた無数の剣が一斉にに射出された。
ごうっ、と音を立てて高速で飛来する剣の弾幕。

「九郎! 避けきれぬ! 受け止めよ!」
「ああっ!」

九郎の左手が瞬時に魔法陣を描く。
展開された<旧き印(エルダーサイン)>は柚明の放つ弾幕から九郎を守る。

「ぐぅぅぅ……なんつー弾幕なんだよぉッ!」
「九郎! 押し負けるな!」
「ンなもん押し負けたらマジで死ぬってーのっ!!」

暴風のような勢いで剣の群れが障壁に叩き付けられる。
障壁によって弾かれた剣が床に天井に突き刺さり光の粒子となって消滅する。
ついでに桂のところにも弾かれた剣が飛んでくる。

「わっ……危ない!」

桂も飛んでくる剣を迎撃する。
弾き飛ばされた剣があたりに散らばる。

「九郎よ! 先に柚明を何とかするのだ!」
「ああ、わかってらァッ! アトラック=ナチャァァァァ!!」
「ああっ―――!!」

九郎より放出された緑色に輝く無数の紐が柚明の身体を拘束する。
豊満な体を申し訳ない程度に包む水着姿の柚明に絡みつく無数の紐はそこはかとなく扇情感を煽るが今はそんなことを言ってる場合ではない。
九郎は一気に跳躍し柚明と距離を詰める。

「女の子を殴る趣味はねえが柚明さん! しばらくおねんねしてもらうぜッ!」
「させない―――!!!」

桂もまた大きく跳躍し、九郎の前に立ちはだかり迎撃せんと刀を振り下ろす。
しかし――!

「おうりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「わぷっ―――!?」

なんと九郎は跳躍する桂を踏み台にしてさらに高く跳躍した.
踏み台にされた桂はまたもやプールに落とされる。

「桂ちゃん!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! マギウスウイング展開!!!」

九郎の背中から歪な翼が生え、九郎の身体は宙を滑空する。
そして一気に柚明の元へ急降下した。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

魔力込めた拳を一気に柚明に突き出す。
しかし九郎の一撃は薄く光る障壁によって阻まれていた。
電磁バリア―――柚明が持つもう一つのアイテム。
それは九郎の一撃すらも防いでいた。

「ちぃッ……! こなくそぉぉぉぉぉッ」

それでも拳を突き入れる九郎。
そのパワーにさすがの電磁バリアの展開する障壁にひびが入りだす。

「後、一息ぃぃぃぃぃ!」
「九郎! 後ろだ!」
「はあ!?」

反射的に身を捻った九郎のすぐそばを高速で飛来する剣が通り過ぎる。
予期せぬ方角からの攻撃に集中力を乱してしまったため、柚明の拘束も解かれてしまう。

「糞ッ……魔力のリサイクルも可能てかっ!」

九郎がガードし、弾き飛ばされた無数の刃。
その幾つかは光の粒子となって消滅したが、消滅することなく辺りに散らばった剣。
それらは蝶の姿となって周囲を飛び交い、再び剣の姿に変わり襲い掛かってきたのである。

最初のように纏めて襲い掛かってきた初撃と違い、
今度は数発ずつが四方八方より飛来する。
今度はエルダーサインだけでは防ぎきれない。

「クトゥグアァッ!!!」

九郎の手に召喚された自動拳銃が火を吹く。
次々と剣は迎撃され消滅する。

「そろそろ柚明さんの初弾も打ち止めだぜッ!」

最初に比べ幾分と数のが減った剣の雨を迎撃する。
背後からの攻撃をも器用に身を翻し迎撃しようとした瞬間。

「ブレイクッ!」

柚明のかけ声と共に、剣が爆散した。
刃を形成する魔力を一気に解き放して小規模な爆発を起こす。
剣は失われるがただでは消えないといった風である。

「嘘ぉっ!」

爆発の衝撃に大きく吹っ飛ばされる九郎。
体勢を立て直すも容赦なく飛来する剣が次々と爆発し、まともに攻撃態勢を取れない。

「ギリギリのところでかわしても爆発してダメージを受けざるを得ない……なんつーえげつない攻撃だぜ……
 だけど……撃ち落す手間が省けたってモンだッ!」

九郎の言う通り、柚明が召喚した剣はほぼ全て消滅していた。
弾が無くなれば柚明は再び蝶を出現させるしかない。

肩で息をする柚明。
そして、柚明の傍らにはプールから出てきた桂が刀を構えて立っている。
姫を守る騎士のように静かに、力強い瞳で九郎を見つめていた。

「はァ……はァ……二人ともまだ行けるか……? ギブアップするなら今のうちだぜ……」
「そういう九郎さんもアルちゃんだって……ふらふらだよ……!」
「アホかまだ俺は余裕だぜ……!」
「最強の魔導書を侮るでないわ……!」
「桂ちゃんにもらった血のおかげでまだ大丈夫……!」

「よーし、いいじゃねえか……! こうなりゃトコトンやってやらぁッ!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」


雄たけびと共に突進する九郎と桂。
ぶつかり合う剣戟、飛び交う剣の雨。
吹っ飛ばされプールに叩き付けられる九郎と桂。
集中力を乱してせっかく召喚した剣を消してしまう柚明。


模擬戦はまだまだ続く―――





 ・◆・◆・◆・


「つ、疲れた……俺もうバテバテ……」

プールサイドにぐったりと寝そべる九郎達。
みんな疲労困憊といった感じである。
激闘の結果、模擬戦はアルと九郎の勝利で幕を閉じた。

桂も疲労で動きが鈍くなり、柚明も度重なる剣の召喚に精神力を消費し、
最後のほうは数発しか召喚できないまでに消耗していた。
決着は疲労が祟り、隙を見せてしまった桂が九郎に吹き飛ばされ、
目を回した桂がそのまま柚明を巻き込んで仲良くプールインという結果だった。

その後水死体のようにぷかーとプールに漂う気絶した桂と柚明を見て、
九郎が真っ青になって二人を救出したのは言うまでもない。

「でも柚明お姉ちゃんのあれすごかったよね~。剣がびゅーんと来てずどどどどーんって感じだもん」

仰向けに寝そべりながら桂は笑顔で言った。

「ほとんどぶっつけ本番だが……思いのほかうまく行ったよのう。ほら飲み物を持ってきてやったぞ」

比較的消耗の少ないアルが両腕にジュースを抱えてやって来る。
寝そべっていた三人は悲鳴を上げる筋肉に我慢しながら上体を起こしジュースを受け取った。

「かーっ! 疲れた後の一杯は最高だぜ!」
「それ、お酒じゃないよ……」
「いいんだよ! こういうのは気分ってもんよ」

「時に柚明よ、身体の調子はどうだ?」
「そうですね……蝶そのもので攻撃するよりは消耗は少ないですが、剣の維持にかなりの集中力が要求されます」
「なるほど……蝶を物理的な攻撃手段へ変換したほうが損耗は少ないか。
 確かに実体のない蝶を霊体以外に通用するまで出力を上げるのはいささか効率が悪いからのう……」

腕を組んでうんうんと頷くアル。

「あとは出力の調整が問題かの、いくら桂の血でドーピングが可能としても一度にあれだけの数をずっと維持するのは苦しいだろうて。
 妾と契約すればある程度は妾のほうで剣の維持に必要な術式を組んで、汝の負担を緩和できると思うのだが……」

そう言ってちらりと九郎のほうへ目をやる。
どことなく哀れみの視線を含んだ表情だった。

「さすがに妾がいないと九郎はとんと役立たずだからのう……すまないが柚明とは契約できぬ」
「ちょっ……言うに事欠いて俺が役立たずだとぉ~? お前だってマスターがいないと何にもできないだろーがよ!」
「たわけ、妾は魔導書だ。術者いなくて魔導書に何ができる? 妾が柚明と契約しての戦力アップよりも、
 妾がいない九郎の戦力ダウンのほうが大きな問題なことぐらい考えてもみよ」
「うぐぐ……」

正論ゆえに全く反論できない九郎。
単純な身体能力では桂に適うわけもなく。
銃器の腕前でも玲二に遠く及ばない。
ゆえにアルが九郎との契約を解除するメリットはほぼ皆無なのである。

「まあ、先ほどの戦いは見事だったぞ。汝もなかなか妾のマスターとして使い物になってきた証よの」
「うおっ! 珍しくアルが俺を褒めた! 気持ちわるっ」
「何が気持ち悪いだこの痴れ者が! わ、妾だってたまには……九郎を素直にほ、褒めたくなる……っ」

若干頬を赤らめ恥ずかしそうな表情のアル。
それを見て桂は何だかんだ言ってお互いのことを信頼し合ってるんだなあと、思った。

「それで……桂のことだが」
「なになに?」
「やはり剣術に関しては素人に毛が生えた程度だ。身体能力に頼りきりと言ったところよのう」
「やっぱり……」
「この際、近接戦闘は緊急時と割り切って、中・遠距離からの銃による攻撃のほうが確実ではないか」
「うーん、それだとあんまりわたしの力を上手く使えないんじゃ……」
「何も接近戦のみが汝の力を有効活用できるわけではない。
 妾の言う銃とはただの人間がとても動きながら撃てるような代物ではない大口径かつ長射程の銃だ」
「大口径……」
「そうだ、戦車の装甲すらも撃ち抜けるようなライフル。汝の膂力なら反動を抑えつつ、移動しながら撃てるはずだ」
「確かにそうかも」
「まあ、詳しいことは玲二に聞いてみることかのう。餅は餅屋、銃器に関しては玲二に聞くのが最も確実よ」
「えー……あの人に聞くのー?」
「何だ桂、まだあやつとはギクシャクしたままなのか?」
「うー……」

相変わらず玲二が嫌い―――というよりも苦手な桂。
あまりにも自らと価値観が違うせいで、どうしても歩み寄れないといった感じだった。

「別に玲二は汝に嫌われようと何も感じてはおらぬぞ? その辺は汝も割り切って接すればいいと思うがのう」
「うー……わかったよ……一度聞いてみる」

ため息をついてしぶしぶ聞いてみる桂だった。



「ところで……これからどうします?」

ちらりと時計を見て柚明が言った。
時計はまだ二時を過ぎたばかりである。
何時間も模擬戦をしていたかのようだったが、実際には一時間も戦っていなかったのだ。
それだけ全力で戦っていたのである。

「さすがに皆疲労が濃いようだしのう……しばらくは休憩だな」
「じゃあわたし泳いでくるね~」

すっくと元気良く立ち上がる桂。
さっきまで疲れてプールサイドで寝そべっていたのが思えないほどの元気さである。

「さっきまで散々暴れててまだ泳ぐのかよ……お子様は元気なこった……」

九郎の「お子様」発言に桂はむっとした表情になる。

「ぶー九郎さん、わたし子どもじゃないもん!」
「そうやってすぐにムキになるところがお子様なんだよ」
「あーっ、現役女子高生にそんなこと言うんだー。じゃあ見てよっ」
「ちょっ……ちょっと桂ちゃんっ」

桂は両の手ので自らの控えめな胸を鷲掴みにし、いわゆる「寄せて上げる」といった仕草をした。
人前で、しかも男の前でそんな大胆なことを素でやった桂に柚明は仰天する。

「ほら! おっぱいだって……それ、な……りに……成長して……るもん……(しくしく)」

自分でやってて酷く空しくなり声がか細くなる桂。
いくらこうして胸の成長ぶりを必死にアピールしたところで隣には柚明がいる。
彼女のビキニに包まれた豊満なバスト見せ付けられては、いかに自分が滑稽な姿を晒していることを嫌でも自覚するというもの。
本当は桂と柚明のバストサイズは2cmしか違わないはずなのであるが、
肉付きの違いと、持った見た目の雰囲気のせいで実際の数値以上に桂は小さく見え、柚明は大きく見えるのである。

と、桂が悲壮なアピールをしてる傍ら、九郎は桂の胸をじっと見つめていた。
普通の健康優良男児であれば、女の子が目の前でそんなことをすればさすがに目の毒と視線をそらすが、
生憎九郎のストライクゾーンは遥かに下。
言わば九郎にとっては桂ですら『巨乳』の域に入るのだ……!
だから―――

「何だ桂、結構胸あるじゃないか」

と、素でそんなことが言えるのだった。
その発言に桂の顔がぱあっと明るくなる。
初めて胸があると言われ、満面の笑顔。

「だってよ……」

九郎はアルをちらりと見て。

「相方が空母の甲板の如き真っ平らなんだぜ? そんなのに比べたら―――ひでぶっ!?」

九郎の後頭部に強烈な踵落しが炸裂する。
プールサイドに沈む九郎の身体。
背後には真っ赤な顔のアルが憤怒の形相で身体を震わせていた。

「こ、こ、こ、この大うつけがぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!」


時計の針は二時半と少しを回ったばかり。
彼女達の特訓は続く。


Happy-go-lucky (幸運) 6 <前 後> Happy-go-lucky (幸運) ★



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