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Happy-go-lucky (幸運) ★

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Happy-go-lucky (幸運) ★ ◆Live4Uyua6



閑話――



見上げるそこに青い空があった。
自由を象徴するブルーのスクリーンに、悠々と流れる白い千切れ雲。
午後の太陽は強く輝いてその存在を主張し、向こうには控えめな色合いの薄い月と、そしてその脇で輝く紅の凶星。

「あれが、”媛星”なのか……」

そう呟き、空を見上げていた少女――来ヶ谷唯湖は決して届かぬそれを、ただ、じぃっと目を細め見つめ続ける。
しかし、何故地下に幽閉されていた彼女が空を見上げているのか。いやそれよりもどうして彼女の目に媛星が映るのか。
その疑問は容易く解消することができる。答えは簡単だ。見上げる空も、そこに描かれた何もかもが紛い物。ただそれだけのこと。

「――お待たせしましたか?」

不意にかけられた声に唯湖は空が描かれた天井から視線を下ろし、扉の脇に立つ男――神崎黎人の方へとそれを移した。
柔和な表情を浮かべる彼の手にはトレイがあり、その上には白磁のポットに人数分の茶器。それといくつかのお茶菓子が載っている。
そして、唯湖と神埼の間には花柄のクロスがかけられた小さなテーブルに、彼女と彼の為の椅子が用意されている。

察するまでもなく、ここはその為の部屋で、今は午後のお茶の時間であった。



唯湖を椅子に座らせ慣れた所作で紅茶を淹れる神埼を、彼女はまじまじと見つめる。
事の始まりと、あの学園から地下に降りた時、そして今現在と、これで彼の姿を見るのは数えて三度目となる。
随分といい男だ――というのが率直な感想で、同年代の少女だけではなく下からも上からもさぞやもてるのだろうと想像できる。

「覚えのない香りだな」
「セイロンのルフナと言うものです。少し珍しいものかもしれません。
 渋みがあり大抵はミルクティーで頂くのですが……今日はお茶菓子に合わせてそのままストレートで頂きます」

優雅に、そして手際よく紅茶を淹れる姿を見る限り、決して悪の秘密結社の頭領などという風には見えない。
どちらかと言えば、小奇麗な喫茶店を営み”紅茶王子”などと言われ女の子にちやほやされるなんて方が似合いそうだと唯湖は思う。
そしてそんなことを考えているうちに目の前に紅茶を湛えたカップが置かれた。唯湖は香りを楽しみ、一口飲んで小さく息をつく。

「悪くない。後でレシピを貰いたいところだな。……それで、君は何の魂胆があって私をこのお茶会に招待したのかな?」

さてと、唯湖は気を引き締める。
どうやらお茶の中に何かを盛られたという気配はない。とはいえ油断はならない。強行手段を取らなくとも向こうには手がいくらでもある。
クリスの命をちらつかされてはそれがあからさまなブラフだとしても逆らいようがないのだから。
今度は一体どんな無理難題を要求してくる? まさか、おねーさんのボインボインを楽しみたい、などと戯言ではあるまいだろうか。

「なに、ただあなたが暇をもてあましていたようなので一緒にお茶をと思ったまでです。
 実を言うと、ここじゃあ僕と一緒に紅茶を楽しんでくれる人物はいませんでね。ならば、来ヶ谷さんならと思ったしだいでして」

ふぅん。と、唯湖は言葉未満の曖昧な息を漏らす。
確かに暇をもてあましていたの事実だ。
監視モニターを通じ一時として目を離すことなく見ていたクリスも、カジノホテルに入ってしばらく後より見ることができなくなっている。
少しのわがままを言って、監視データを取り寄せリトルバスターズの面々の生き様などを確かめてみたが、しかしまだ時間は有り余っていた。

「随分と気をきかせてくれるじゃないか。
 しかし、それだけではないんだろう? 君はこの後、おねーさんにどんな恥ずかしいことをさせるつもりなんだい? 白状したまえ」

冗談めかしているが、唯湖の中には強い緊張があった。
自分が呼び出されるとなれば、その理由は十中八九クリスに関わることだろう。知らない間に何か進展があったのかと不安に襲われる。
だが神崎はゆるゆると首を振った。あくまでお茶を楽しみたいだけと譲らない。果たして彼は信用できる人間だろうか。

「だとするならば、随分と余裕だな。それとも彼らには敵わぬと見て自棄でもおこしたのかな?」

聞いて、また神埼はゆるゆると首を振った。そこからはあせりや恐怖などといった感情は全く窺えない。

「彼らと対決する準備は順調に進んでいます。
 それで、一度命令を出してしまえば頭領などは暇なもの。幸いなことにこちらは頼れる人材に恵まれていますからね。
 もっとも自分は一番地の中においては道具やお飾りという面が大きい。幸か不幸か実務においては蚊帳の外なんですよ」

言って、神崎は苦笑をもらす。
いや、苦笑というよりかは自らに対する嘲笑だろうか。神崎の穏やかな表情を見て、唯湖は何故だかそんな風に感じ取った。



「しかし、ひとつ質問したいのだが……これは一体どういう趣味なんだ?」

唯湖はテーブルの上に並べられた茶菓子を指差し神崎に問う。
羊羹にドラ焼き、更にはきんつば、なたねきんとん、最中、苺大福などなどと、そこにあるのは和菓子ばっかりであった。
確かに砂糖を入れずに飲む渋い紅茶とはあっていたが、しかしそもそも根本的な部分でおかしい。

「これは風華学園生徒会の……というよりも”彼女”の趣味でしてね」

彼女という言い方に唯湖は眉根を寄せ、すぐにその人物が誰であるかに思い当たった――藤乃静留である。
もう微かな記憶であるが、事の始まりの時に彼女が神埼と会話を交わしていたのを覚えている。

「定例議会で紅茶を出すのは僕の趣味でしたが、そこに出すお茶菓子の選定は彼女がしてくれました。
 してくれたというよりも、彼女としてはただ実家の京都から送られてくるものをお裾分けしてくれているだけだったのかもしれませんが」

神崎はきんつばをひとつ爪楊枝で刺し口へと運んだ。甘いからか、それとも思い出にか顔が綻ぶ。
つられて唯湖もそれを口に運んだ。広がる甘みはとても強いのに不思議とトゲがない。なるほど、確かに上物なのだと思う。

「そうか。私は何度か彼女と会ったが、そんな話はできなかったな。
 ……惜しいな。そうだと最初から聞いていれば、色々とできる話もあったろうに」

口に残る甘みを渋い紅茶で濯ぎ、惜しい人をなくしましたと、神崎も寂しげな溜息をついた。



「クリスくんがナイトで私がプリンセスだって? 違うな、私は毒りんごを配り歩いた醜い魔女だよ」

お茶会は進み、そして静留の話より生徒会の話に、更にはそこに顔を出していたなつきの話へと話題は移り、今はクリスの話へと移っていた。

「プリンセスはもう彼の隣にいる。私は彼に討たれるべき存在でしかないのさ」
「しかし、彼は魔女であるあなたすらも救おうとしている。……そうではないですか?」

馬鹿馬鹿しいことにな。と、唯湖は苦笑した。
自分は他人を省みないただのわがままの為に悪行を重ねたというのに、彼はそれを知ってなお自分を救おうという。
まさに人間性善説だ。理由があればどんな過ちを犯しても許されるのかいと、問いたくなる。少なくとも自分はもう自分を許せない。

「救いに来るというのならば、素直に救われたらどうですか?」
「馬鹿も休み休みに、だよ。例え救われたとしても私にはもう”その先”がないんだ……」
「なければどうだというのです? 誰しもどこかで終わるのは必定です。だったらその時までを満喫すればいい」
「私は思いのほか欲張りな人間だったようなんだ。彼を得られないというのなら、そんな中途半端はいやなんだよ……」

唯湖はぬるくなった紅茶を啜る。ぬるくなったせいだろうか、それとも気持ちの問題か、それは随分と渋い味がした。

「しかし、彼は来ヶ谷さんのそんな言葉には耳を貸さないでしょうね」

ガチャン――と、唯湖の持つカップが皿に叩きつけられた。そこには感情が、後悔と迷いのない交ぜになった怒りが篭っている。

「――君は! 君は……随分とおかしなことばかり言う。殺してほしいんじゃなかったのか?
 惨めな私が自棄を起こして! 誰から構わず殺して儀式を進める……そうしろと言ってたんじゃないのか……?」

唯湖が指を絡めているカップがカチカチと音を鳴らし、彼女の中の感情を音として伝える。
だが、何を思ってか思わないのか対する神崎の表情は平静なままだ。そして、彼は一口紅茶を啜るとゆっくりと間を置き次の言葉を発した。


「――あなたは”自由”です」


ただ静かにそうとだけ、僅かに哀しみの混じった優しげな瞳で神崎はそう言葉にした。



それからしばらく、ポットの中の紅茶も冷め切りもう午後のお茶会はお開きと、そんな頃合。

相変わらず柔和な表情を崩さない神崎の隣には、彼の妹である美袋命の姿があった。
兄を匂いを追ってきたのかそれともテーブルの上の苺大福にか、壁に空いた通気口から顔を出し、埃塗れの姿で飛び出してきたのだ。
唯湖がこの場所にいることをいぶかしんだが、お茶菓子を進めることで態度は一変した。なんとも解りやすい子供である。

「(君も私も本当に愚かでしかたないな……神崎黎人君)」

妹をあやす彼を見て唯湖は彼の心情を理解した。追い詰められ、取り返しのつかない人間は自分だけではないのである。
いやむしろ引き返せないという点で言えば彼の方がよっぽどであろう。彼には妹を殺すか、妹を殺されるかという未来しかない。
なので、彼から見れば自分はまだ可能性が――自由が存在するということなのだろうが、しかし――

「(どうして君までそんなことを言う。おねーさんは困ってしまうよ。揺さぶらないでくれたまえ)」

――やはり引き返せないのだ。”引き返したくない”のだ。
それはあまりにも今更過ぎる。もう誰よりも自分がそれを許すことが、望むことができない。
安易で惨めな妥協より、望むのは自分の意義を見失わない為の、自分の幸せの為だけの幕引き。

「(クリス君。昨日、君に殺される夢を見たよ。とても幸せだった。君が私の為に泣いて、見送ってくれるんだ……)」

誰から後ろ指を指されようが構わない。他人からはそれが滑稽に見えても、無意味だと罵られようとも、構わない。
少女趣味だと言われようが、安直な悲劇のヒロイズムだと揶揄されようが構わない。終わるなら終わり方を選びたい。ただ、それだけの話。

それが、来ヶ谷唯湖の”自由”。



「改めてですが、黒曜の君として来ヶ谷さんがクリス・ヴェルディンと出会えることを保障しましょう」
「ふふふ、君は実はいいやつだったのかい?」

そう思わせているだけかもしれません。と、神崎は笑う。唯湖の顔にも笑みがあった。彼女らしい不適な笑みだ。
話に加われない神崎の妹が部屋を後にしようと彼の腕を引っ張る。どうやらこの後、兄妹で剣術の稽古をする約束らしい。

「来ヶ谷さんもどうですか? 部屋に引き篭もっていては気も滅入るでしょう?」
「そうさせたのは君達だが……まぁいい。身体が鈍っていたところだ。遠慮なくご招待に預かるとしよう」

妹相手に手がふさがってる神崎の代わりにトレイを持ち、唯湖は彼らについて部屋を出ようとする。
――と、ノブに手をつけたところで神崎が唯湖に振り返り、相変わらずの表情で彼女に最後のお願いをした。

「ここで、”神崎黎人”の話したことは他言無用でお願いします。何分、立場のある身ですから」
「ほほう? じゃあ、おねーさんは君の弱みをひとつ握ったことになるのかな?」
「脅かさないでください。でも、そうですね……少しばかり出歩ける範囲を広げるように便宜を図りましょう。これでどうです?」
「かまわないさ。なら今度はこっちからお茶会に誘おう」

笑いながら言い合い、そして神崎はゆっくりと扉を開いた。



廊下の先を行く神崎が漂わす気配は先ほどまでのものとは全く異なる。彼自身ではなく、一番地の長としての振る舞いだ。
それを理解し唯湖も彼に無駄に声をかけるようなことはしない。
退屈な廊下を進む最中、ただ口の中で誰にも聞こえないようある曲のフレーズを繰り返し、ただ彼の後をついていっている。

「(クリス君。届かないけれど、私からも君に謝ろう。私は君が哀しもうとも私の好きなように幕を引かせてもらう)」

彼女は一人、心色綺想曲を自身の中でリフレインさせ、己の願望を心の中に、来ヶ谷唯湖は笑みを浮かべて彼女自身の自由を往く。



――休題。


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