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LIVE FOR YOU (舞台) 7

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LIVE FOR YOU (舞台) 7



 ・◆・◆・◆・


「――これにより、北部学園地下出入り口から侵入してきた参加者達は地下洞窟内へと転落。
 それぞれが1人ないし2人の組に分断されました」

司令室の定位置である椅子に深く腰掛け、神崎は神妙な顔で秘書からの報告を聞いていた。
目の前のモニターを見ればその報告内容も一目瞭然ではあるが、しかしあえて報告を遮るようなことはしない。
多少の無駄があろうとも、構成員のそれぞれに仕事をそれなりにさせることもまた組織活動を円滑に進めるのには必要なことだ。

「それで、彼らが再び合流する可能性についてはどうでしょうか?」
「はい。分断後の通路の連絡は悪く、こちらの妨害も入ることを考慮すればそれも難しいかと」

秘書の返答を聞き、神崎はふむと納得してみせた。
できることだからといって、組織の長が部下から仕事を片っ端から奪っていては組織は成り立たない。
一人ではどうにもならない場面はいつかやってくる。
その時までのウォームアップ。または新陳代謝として、構成員を休ませない。達成感を与え続けるというのは重要なことだ。
一番地の長として、また風華学園生徒会副会長という役職の中で神崎黎人が学んだノウハウである。

「順調ですね。では、このまま事を推移させるとしましょうか。
 重視すべきは強大な戦闘力を有する魔術師や、本来のHiME達です。オーファンやアンドロイドはこちらへと集中させて下さい。
 その他に関しては、事前に行った戦力評価に基づき適宜、戦闘員を当ててこれを牽制、撃破するようお願いします」

そして……と、言って神崎は視線を秘書からモニターへと移した。

「凪を見つけてください。おそらくはいずれかの参加者の近くにいるはずです。アレの発見を最優先にするようお願いします」

凪――神崎より離反し、本来の那岐へと戻った彼の反応はモニター上にはない。
そもそもとして反応自体が首輪から送られてくるものに限られるので、元から首輪をしていない彼と九条は映らないというわけだ。
本来首輪に持たせていた監視機能にしても九条の手によって封じられている。となれば実際に見つけるしか方法はない。

「最終的に、アレを落とすことがこちらの勝利条件です。
 その意味では魔術師やHiMEなどを無理に落とす必要もない。
 発見すればそちらから戦力を動かすこともありえますので、そのつもりで連携を取るようお願いします」

神崎は秘書にそう指示を出し、そして今度は脇で控えていた警備本部長とのやりとりへ移る。

「言霊で制御されている戦闘員の士気はいかがでしょうか?」
「悪くないわ。問題は事前に想定していた以上には出ていない。使えない人員が出ないのはありがたいし、メリットの方が上よ」

もっとも操られている彼らは気の毒だけどね。と、警備本部長はいやらしい笑みをこぼす。

「言霊に綻びは出ていませんか?」
「そういう報告はまだないわ」
「ふむ。では、言霊をかけた彼女の様子はどうでしょうか?」
「これも、これといった変化はなしね。ずっと控え室でおとなしくしたままよ。
 なんなら移動させようかしら? 参加者と接触する可能性もなくはないことだし」

提案され、神崎は少し考える。
彼女――言霊を使うあやかしの少女すずは主催側にとって大きなウィークポイントとなりえる存在だ。
もしも、参加者らに出会い術を解かれるようなことがあれば、組織が組織の体を維持できなくなる可能性は高い。

「……いえ、結構です。
 想定していた避難場所である最下層も水没してしまいましたことですし、下手に動かして感づかれるのもよくありません。
 現状維持で、また大仰な警備も必要ありません。そのままそっと置いておいてください」

しかし、神崎はそう決定を下した。
警備本部長は一瞬怪訝な顔したが、確かに彼の言う通りでもあると納得し命令を受諾する。

「先の放送で大口を叩いてしまいましたからね、これで死者が出ないとなると向こうを調子付かせることになるでしょう。
 最終的に勝てばそれでよしですが、結果を出すには過程も重要です。これより数時間、よろしくお願いしますよ」

それから細々とした打ち合わせをして、定期的に行われる報告会を以上の言葉でしめると神埼は秘書と警備本部長を見送った。
ふたりがいなくなったところで、ぬるくなった紅茶に手を伸ばし一息つく。

「順調すぎるというのも怖いものだな……」

口からは不安の言葉を、顔には余裕の笑みを浮かべて神埼は紅茶を飲み干す。


 ・◆・◆・◆・


「もう……っ、いきなり床に穴が開くなんてまるでコントだよ……」

基地の奥へ向かう桂を襲った突然の出来事。
ぱかっと音を立てるように開いた床に彼女はどうすることもできずに落ちていくだけだった。
暗い穴を、地獄の入り口のように蓋を空けた穴を、落ちていく。

そしてどこまでも落ちて行くような感覚の後、全身を襲う衝撃と冷たい水の感触。
まるでプールに頭から飛び込むのに失敗して全身から着水したかのような衝撃だった。
幸いにも水温はさほど冷たくもなく、深さはあるものの流れもそれほど急でなかったため、溺れることは避ける事が出来た。

「けほっ……けほっ……ううっ鼻に水が……ここはどこなんだろう……」

きょろきょろと辺りを見渡してみると、桂が落ちた場所は天井が学校の体育館よりもずっと高い洞窟の中だった。
脇には、先ほどまで流されていたこれもまた幅の広い川が穏やかに流れている。
そしてそれは洞窟のさらに奥に向かって流れていた。

「ううっ……寒いよぉ……」

洞窟特有のひんやりとした空気がずぶ濡れになった身体を芯から冷やし、くしゅんとくしゃみが出る。

「服――乾かさないと……って! みんなどこ!?」

ようやく自らの置かれた状態に気がつく桂。落ちた時にみんなと離れ離れになってしまっていたのである。
洞窟は最低限の照明がわずかに壁と床を照らしているだけで、見通しはあまりよくない。
静寂と闇が桂の不安を駆り立てる。
他のみんなは?
柚明の行方は?

「柚明お姉ちゃん……」

ぽつりと柚明の名を呼びかける。
けれども返事はなく、静かに流れる水面の音が僅かにするだけ。
呟いた言霊はさらに桂の心を不安の色に塗りつぶす。

「柚明お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

だから叫ぶ、不安を振り払うように。
洞窟内に潜む『敵』の存在に自らの居場所を気づかれるかもと思っていても。叫ばずにはいられなかった。
ややあって――

『桂ちゃぁぁぁぁん、どこにいるのーーーーーーー!!』

洞窟の壁に大きく反響する柚明の声に桂の顔がぱぁっと明るくなる。
桂はその方向に向かって駆け出した。
声の反響具合から考えてそこまで柚明とは離れてはいない。
桂の常人を超えた聴覚は柚明の居場所をしっかりと把握できていた。

そして数分ほど走った先に、桂と同じくずぶ濡れになった柚明と那岐がいた。


 ・◆・◆・◆・


「よかったあ……柚明お姉ちゃんが無事で」
「ええ……桂ちゃんこそ……」

無事の再会を喜びあう桂と柚明。

「桂ちゃん桂ちゃん、僕だって無事なんだけどねー」
「うんっ、那岐くんだって無事で何よりだよ」

肩をすくめる仕草で飄々と笑う那岐に屈託のない笑顔で答える桂。

「プールで特訓したおかげかな、わたしは全然溺れることもなかったよっ。柚明お姉ちゃんは?」
「えっ、えーと……あのう……」

柚明は顔を赤らめてちらりと那岐の顔を伺う。
那岐はにやにやとした笑みを浮かべ柚明と桂を交互に見比べていた。

那岐の話によると、
那岐自身は落ちた時に身を翻し地面にうまく着地したのだが、柚明のほうはそのまま水面に落ちたのこと。
そして溺れかけていた柚明を那岐が助けたということらしい。

「まあ、柚明ちゃんは大量の水を飲んで意識を失っていたわけじゃないから、お楽しみなイベントが出来なかったのが残念だったけどねっ」
「イベント……?」
「ほら人工呼吸という名のキ――」
「ちょっ……那岐君何言ってるの!」
「あははは……」

苦笑する桂。
しかし何はともあれ二人とも無事で良かったと胸を撫で下ろす。

「でも他の人は――」

桂の問いに柚明は無言で首を振る。

「ごめんなさい……ここにいたのは私達だけみたい……『蝶』を飛ばして探ってはいるけど……」

そう言った柚明の元に青白い光を仄かに放つ月光蝶がひとつふたつと戻ってくる。
蝶は柚明の周りをふわふわと飛び回りやがて淡い光を残して消えた。

「やっぱり駄目ね、この洞窟にいるのは私達だけみたい」
「そうなんだ……それにしてもここはどこなんだろう……」

川が流れる広大な洞窟の天井を見上げ呟く桂。
落ちた拍子で方角もわからなくなってしまっていた。

「おそらく……僕達が突入した風華学園のさらに北かな。目的地のほぼ反対方向に行ってしまったようだね」
「そんなぁ……この洞窟に出口はあるのかなあ……」
「それは大丈夫だと思うよ」
「? どうして」
「ほら、壁に照明器具がいくつも取り付けてあるからね。人の出入りがある証拠さ。それに――」
「それに――?」

オウム返しに質問する桂に那岐は少し間を置いて答える。

「この川の上流……つまり島の中心部に向かって『力』の流れが集中してるんだ。おそらくそこに何かがあると僕は踏んでるんだけどね」
「何があるんだろう……」
「そこまではわからないけど神崎君……一番地はそういった地脈を利用する術を心得てる。
 少なくとも僕らにとってマイナスの効果がある『何か』がある可能性が高い。
 ま、僕の手にかかれば霊的なトラップなんか簡単に解除して、おまけに僕らの益になるように術式を組み替えるなんて簡単さっ」
「へぇ~~那岐くんってすごいんだねー」
「伊達に長く生きてはいないってことだよ。日本で発達した修験道や陰陽道などの魔術の解析は僕にお任せあれ」

とりあえずの三人の目下の目的は川の上流存在する何かを調査することである。
出発しようとする三人だが――

「くしゅん」

と、小さな声。
桂は那岐を見る。しかし那岐は「僕じゃないよ」と首を振る。
柚明のほうを向くと、柚明はばつの悪そうな顔で鼻を啜っていた。

「ご、ごめんなさい……ちょっと水に濡れすぎたせいで……」

桂も柚明も水に濡れたまま、髪も乾ききっていない。

「うーん、着替えたいけど……着替えなんか持ってきてないよね……」
「いやあ~僕としてはこのままでも――」

下心まるだしの視線で桂と柚明を見つめる那岐。
洞窟内は薄暗いためはっきりと見えなかったが、
桂の白いブラウスはぴったりとその柔肌に貼り付いている。
そして透ける白い肌と、控えめの胸を包む薄緑のブラジャーもすっかり透けて見えてしまっていた。
そしてさらに眼を凝らして胸を凝視すると、小ぶりな胸の頂上に鎮座する薄い紅色の――

「(おおっこ、これは――っ!!)」

ぽかっ

「あ痛っ!」

那岐の頭頂部に桂の拳が振り下ろされた。

「もうっ、那岐くんったらどこ見てるの!」
「あは、あははははははーっ」

口笛を吹いて誤魔化す那岐だった。

「でも、このままだと風邪引いちゃうよね……ねぇ那岐くん?」
「ん? なにー?」
「那岐くんの力で火とか起こせないのー? こう……ぱぁーって」
「んー……出来るけど疲れるからパス」
「ええーっ!?」
「だって燃やす物が何もないからねー。自分の『力』だけで火を起し続けるのは結構疲れるのさ」
「そんなぁ……」
「と言っても可憐な美少女達が風邪を引くのを黙って見るのも男が廃るからねぇ……ここは一つ交換条件ってことで」
「条件……?」

那岐はにんまりとした笑みを浮かべて言った。

「後で桂ちゃんの血が欲しいなー」
「なんだあ、それなら――」

「駄目! 絶対駄目です! 桂ちゃんの血を飲むなんて……! それも直接肌にく、口を付けて飲むなんて!!」
「えー、僕だっていい加減桂ちゃんの血が欲しいなー。いっつも誰かさんが邪魔して飲めないんだから~」

口を尖らせてぶーぶーと柚明に抗議する那岐。
見かねた桂は……

「あのね、わたしは柚明お姉ちゃんに風邪を引いてほしくないなぁ……」
「ううっ……」
「(GJ! 桂ちゃん)」
「それに……アルちゃんや柚明お姉ちゃんばかりがわたしの血を一人じめするのは那岐くんに悪いもん……」
「(いいよいいよー、ナイス援護射撃)」

「わ、わかったわ……桂ちゃん。その代わり那岐君は桂ちゃんの血をコップに入れて飲むこと!」
「えー僕もみんなみたいにインモラルな体験したい――」

ちくりと、那岐の背中に何かが当たっていた。
そろりと後ろに視線をやると、桂に見えない角度で柚明の召喚した『剣』が背中に突きつけられている。

「何か――言った――かしら?」
「イイエ、ナンデモゴザイマセン」

こうして那岐は柚明の要求を呑み、
桂達はひとまず那岐の起こした火で濡れた衣服を乾かし暖を取るのだった。


 ・◆・◆・◆・


「……う、う~ん……こんなダメダメな私は、穴掘って埋まっておきますっ……」
「……よい。お…………い……ら」
「うぅ……す、すごいでしゅ。雪歩さんが掘った穴、底がじぇんじぇん見えなひ……」
「……やよい。おい。おいったら」
「ふわぁ~おちる、おちちゃいます……うごごご、どりるが、どりるがぁ~」
「こらぁー! 起きろやよい! いつまで変な夢見てんだっ!」
「ふゅわぁぁっ!?」

 素っ頓狂な声を上げて、高槻やよいは目を覚ました。
 ぐらんぐらんと揺れる頭を、パペット人形を嵌めた右手と空いている左手でがっちりと固定する。
 目を見開き、閉じ、まばたきを十数回。現実へと帰還する。

「ぷ、プッチャン!? あれ……ここ、どこですか? なんだか暗い……」

 ついさっきまでは、照明設備の整った明るい通路を歩いていたはずだ。
 それが今はどういうわけか、周囲の景色が薄暗く変わってしまっている。
 やよいは記憶もおぼろげに、困惑に満ちた表情で右手のパートナー――プッチャンを見た。

「ったく、緊張感ってものが足りてねーぜ。落とし穴にはまったこと、もう忘れちまったのか?」
「落とし穴……そうだ。私たち、歩いてたら突然床がパカッ、って……」

 思い出す。
 これといった前兆はなく、極めて古典的に、やよいたちは落とし穴というトラップに引っかかった。
 基地の通路から落とされた先、地下洞窟へと通じる縦穴の途中、無骨な金網の道が、やよいの現在地だった。
 そして彼女の小さいな体を包み込むように保護しているのは、一つ目のスライムである。

「てけり・り」

 結構な高さから落ちたのだろうやよいの身は、どうやらダンセイニの軟体によって落下の衝撃から守られたらしい。
 ゼリーみたいにぷよぷよした感触を確かめつつ、やよいはダンセイニに礼を言う。
 彼がクッションになってくれなかったら、今頃はどうなっていたかもわからない。

「私、気絶しちゃってたんでしょうか……?」
「突然のことで驚いちまっただけだろ。気を失ってたのはほんの二、三分だ。ダンセイニのおかげで怪我もないだろ?」
「身体は、大丈夫ですっ。でも、その……ごめんなさい」
「おいおい、今は謝ってる場合じゃないだろ? ポジティブにいこうぜ、ポジティブに」

 みんなの足手まといにはなるまい、そう心に誓って、ホテルを出発したっていうのに――。
 まずは一回、ダンセイニに助けられてしまった。
 そんな自分を不甲斐なく思い、やよいは落ち込まずにはいられない。

「あの、それでここ、どこなんでしょう? 暗くて周りがよく見えないですけど」
「迂闊に動くなよ。これはたぶん、キャットウォークってやつだ」
「キャットウォーク? ネコが歩く……ですか?」
「おう、二重丸だぜやよい。工事現場なんかで見たことないか? 高いところを行き来するための細長い通路さ」
「あ、それって見たことあるかも。よく、あんなに細いところ歩いて落ちたりしないのかなーって心配になるんです」
「その心配になっちゃうような細いところに、俺たちは運よく引っかかったんだよ。懐中電灯あったろ? つけてみな」

 ウォーターベッドと化したダンセイニの上で、やよいはがさごそと肩掛けのデイパックを漁る。
 取り出した懐中電灯のスイッチを入れると、周囲の状況がよりよくわかった。

 キャットウォークの横幅はほんの一、二メートルほどしかない。両脇に壁はなく、それどころか手すりすら見当たらなかった。
 もし足を滑らせでもしたら、なにかに掴まることもできず下までまっさかさま。考えただけで背筋が震える。

 少し離れた向こう側に、別のキャットウォークの影が見えた。作業用の小型ランプが、心許なく点灯している。
 懐中電灯をキャットウォークの真下に照らしてみると、延々闇が広がっている。どうやら、まだ“下”があるようだ。

「……他のみなさんは大丈夫でしょうか?」
「トーニャや桂は心配ねーだろ。美希とファルはちょっと心配だがな。ま、そのへんはたぶん那岐が面倒見てるだろうし」
「てけり・り」
「俺たちにはダンセイニがいてくれて助かったな」
「はい……」

 やよいはもう一度、ダンセイニにお礼を言った。
 幸運なことに、やよいが落ちた場所はそれほど下層ではなかったようだ。
 他のみんなはもっと下に落ちたのか、それとも上のほうにいるのか。そのあたりの判断がつかない。

「なんにしてもよ。俺たちは敵さんの罠にまんまと引っかかっちまったってわけだ。なら……どうするべきかわかるな?」
「えっと、落とし穴にはまってみんながバラバラになっちゃったわけですから……まずはみんなと合流、ですね」
「よしよし、今度は花丸だ。敵さんがこっちに向かってくる危険性もあるし、とりあえずはさっさとここを離れるぞ」
「はいっ!」
「てけり・り」

 こんなとき、右手にプッチャンが――頼れる仲間がいてくれてよかった、と心から思う。
 他のみんなとは離れ離れになってしまったけれど、この右手の絆はそう簡単に断ち切られるものではないから。

 プッチャンがいる限りは、高槻やよいはひとりぼっちじゃない――そんな安心感をエネルギーにして、

(みんな……きっと、きっとだいじょうぶ……だよね?)

 押し寄せてくる不安という波に、懸命に逆らってみせる――つよがり。


 ・◆・◆・◆・


カンカンカン――と、小気味よい音を立てて暗闇の中を一匹の銀狐が駆けている。

「と、当てが外れましたか?」

銀狐――トーニャは狭い金網の足場の上で一端足を止めると、周囲を見渡してぽつりと零した。
レーダーに映った高槻やよいの反応。
とりあえずは一番近くにいた彼女と合流しようと、大体の見当をつけて地底から登ってきたわけだが、
しかし見渡す暗闇の中に彼女や、おそらくは彼女と同行しているであろうプッチャンやダンセイニの姿は見えない。

「そういうわけでもありませんか」

トーニャはその場でしゃがみこみ、懐中電灯の光の中でてかる何かへと指先を伸ばす。
ぬちゃりと、そんな感触を返してきたそれはまぎれもなくあの軟体生物、ダンセイニの零した粘液に違いなかった。
となれば、ここらへんにいるだろうと考えたトーニャの推論は当たっていたことになる。

「移動を開始してしまいましたか。
 アクティブなのはいいのですが、正直な話。要救助者はその場を動かないのが基本なんでけどね……」

懐から再び首輪探知レーダーを取り出し、トーニャはやよいの現在位置を確かめる。
ピ、ピ、ピ……と断続的に繰り返す音の間隔が長くなっていくとおりに、彼女の位置はここより離れつつあった。

「敵前逃亡をしなかったことだけは褒めてあげましょうか。では――」

追いつきますよ。と、一番地中枢に向かって進むやよいを追って、トーニャもまた再び駆け出した。


 ・◆・◆・◆・


「……クリス、離れるなよ?」
「大丈夫、わかってるよ。なつき」

碧に後を任せて、私達は細長い通路を先へと進んでいた。
残していった彼女が若干心配ではあるものの、彼女ならきっと大丈夫だろう。
私はただ、クリスの手だけをしっかり握って前へと歩き続けている。

(クリスは死なせない……絶対に)

そんな確固たる意志を私は持ちながら。
絶対、絶対に死なせない。
それだけは絶対にあってはならないから。

「……なつき?」
「……ん、ああ。大丈夫だ。心配ない」

そんな心の振るえが伝わったのだろうか?
クリスが心配そうに話しかけてくれる。
私は笑顔で頷いて本当の事を隠す。
彼に隠し事なんてしたくないけど、これもクリスの為なのだから。

私はクリスがやるべき事、夢を応援したい。
見守って傍に居続けたい。
だから、今は彼を護る。
それが私に出来る事なのだから。

(勿論……少し寂しいけどな)

だけど、今のクリスが目指してるのは来ヶ谷唯湖を止める事。
その、まあ……やっぱり悔しい面はあるし寂しいのもある。
私だって……まぁそんな事は今はどうでもいい。
第一こんなことを言える訳も無い。
きっと彼は曖昧に笑って返すだけだ。
だからそっと心の底に隠すだけ。

ちょっと哀しいけど……それがクリスの為なんだから。

私はそれを喜んでできる。

そんな矛盾抱えながらも歩き続けていた。
手から不思議な、離したくない温かさを感じながら――。



「っと分かれ道だな……どちらに行く?」
「んーと」

二つに分かれた道を見ながら、クリスへと選択を促す。
どちらの方も先の風景に大差はない。
ただ、これまでと同じく通路が延びているだけだった。
クリスは両方の通路を繰り返し覗き込みながら、どちらを行こうか考えている。
私はその姿を見ながら、彼を守護するためにあたりを警戒し、

「――っ!? 危ない!」

すぐにクリスの背を低くさせた。
通路の一方からから飛んできた銃弾が耳元を掠める。
その先から走ってくるのはまごうことなきアンドロイド。襲撃者だった。

「クリス離れていろ!」
「う、うん」

クリスをもう片方の分かれ道に身を引かせ、私は両手の中にエレメントを発現させる。
そして、そのまま

「こいっ! デュラン!」

強く響く嘶き。
私のチャイルド、デュランが顕現させた。
そしてそのままデュランに対して命令を下そうとする。敵を、噛み砕けと。

「デュラン……、――なっ!?」

その時、背後で轟音が響き始めた。
私とクリスの間に隔壁が下りてきたのだ。

「デュラン、敵の相手を頼む!」

デュランに命令を下し、私は慌ててクリスの下へ急ごうとする。
だけど無情にも鉄の壁は早く降りてきて、とても間に合いそうも無かった。

「くっ……くそ……クリス」

壁から見えるクリスの姿が段々見えなくなっていく。
それが今生の別れになるようなそんな気がして、ひどく嫌な気持ちが胸を掻き毟った。
……クリス。

「クリス、また逢える……よな?」
「うん! だから大丈夫!」

クリスの返事。
……クリスから初めて聞けた応え。

それがただ嬉しくて……

だから私は


「クリス、進めっー! 振り返らず進めっー!」


笑ってクリスを送り出していた。
彼が叶えなければいけない夢の為に静かに笑いながら。
それでも、胸を締め付けめてくる哀しみに耐えながら。

クリスに振り返らず歩いて欲しいと願って。

涙を堪えて、見送った。


そして完全に通路を閉ざす隔壁。大きな音が響いて通路は断絶された。


私は、何を考えるでもなく静かに振り返る。
そこに居るのは相変わらず能面の様に無表情なアンドロイド。
私は感情を抑えずにただ叫ぶ。

「ふん……今の私は本当に――――――機嫌が悪いっ! 覚悟は出来ているんだろうな?」

ただの八つ当たりを。

クリスの傍に居れなくなった悔しさを。
クリスを護る事が出来なくなった悔しさを。
クリスを別の女の為に走らせることしてしまった悔しさを。

「容赦は……しないっ!」

目の前の敵にぶつけていた。


 ・◆・◆・◆・


乾いた破裂音が鳴り、次に金属同士がぶつかり合う甲高い音。そしてゆっくりと硝煙が漂う。その繰り返し。

本来ならば昼食の準備を開始し食欲をそそる匂いを漂わせているはずのそこに、今は真逆の匂いが立ち込めている。
地下基地内のどこか。大食堂の奥の厨房の中の更に奥。頑丈な調理台の裏に小柄な少女の影が2つあった。
入り口から姿を現す戦闘員を見ては抱えたアサルトライフを正確に撃ち込むのは山辺美希
そしてその脇でけたたましい銃声に耳を塞ぎ、すまし顔で座っているのはファルシータ・フォーセット

美希が引鉄を引き銃口が火を噴くと、タタタと小気味いいリズムに合わせて戦闘員が踊り血を吹き上げる。
舞踏は一瞬で、1フレーズを終えると戦闘員はもんどりをうって床の上へと崩れ落ちた。
見れば踊りを終えた者達が3人4人と床の上に転がっており、冷たいタイルの上には真っ赤な川が流れている。

「すいません。ファルさん!」
「……? なにかしら?」

入り口へと銃を構えたままの美希に大声で話しかけられ、ファルは耳を覆っていた手を下ろした。

「あの、ファルさんの後ろに冷蔵庫があるじゃないですか?」
「……ええ、確かにあるけれども。これがどうかしたの?」
「空けてもらえます?」
「お安い御用よ。それでどうするのかしら?」

飲み物が入ってません? と、問われてファルの頭がかくっと落ちた。
この修羅場においてはずいぶんな余裕だと自身を棚において感心し、ファルは冷蔵庫の中から適当な飲み物を取る。
ストローを挿して銃を構えたままの美希に飲ませてあげ、そしてぱくと口にして自身の喉も潤した。
嚥下する飲み物の冷たさを感じながらファルは考える。どうしてこんなことになってしまったのかと――。

「今頃、他のみんなはどうしてるんでしょうかねー? ヒロイン美希としてはヒーロー募集中なんですけれども」
「さぁ? じゃあ、戻って穴に飛び込んでみる? 案外、すぐに誰かと合流できるかもしれないわよ」
「それがいやだって言ったのはファルさんじゃないですか」

実はこの2人。幸運なことにもあの落とし穴には落ちなかったのである。
とはいえ、真実に幸運かというとそれは微妙なところであった。他の全員が穴の中となるとはぐれたことには変わりないのだから。
ぽっかりと空いた穴のふちでどうするかと悩んで数分。結局は戦闘員に追われるようにその場を離れ、現在に至る。
しつこく追い掛け回してくる戦闘員らと鬼ごっこをして基地の中を右往左往。今はどこらへんにいるのか、それもわからない。

「シュートヒム!」

再び厨房内に銃声が鳴り響き、新鮮なお肉が床の上へと転がる。
不幸中の幸いか、言霊によって盲目的に追ってくる戦闘員らは美希にとっては組みやすい相手らしかった。
なにせ保身を考えずに突っ込んでくるばかりである。
躊躇なく撃てば弾を命中させることは容易で、射手である美希にその躊躇は一切ない。

「私達とあなた達。どっちが恵まれていなかったのかしらね?」

ファルは床に転がる物言わぬ躯へと呟きかける。
一番近くに転がっているのは線の細い女性で、その奥には肥満体の中年男性。今倒れたのはそれよりも年かさの男だった。
どれも決して戦闘が本職とは思えない者たちばかりだ。総力戦とあって言霊で無理に戦わされているのであろう。
儀式の間は殺し合いを横目に平凡な職務を果たしていればよかっただけの者が今は死闘を強制されている。
最初からそうだったファル達と、今この時にそうなってしまった彼ら。本当に不幸なのはどちらなのか?

「――アン、――ドゥ、――トロワ!」

そんな彼らを容赦なく撃ち殺す美希を見てファルはたいしたものだと思う。
自分にはとうていできないことだと。そして実際にファルは未だ一発の弾丸も発射してはいなかった。

「りろーどぷりーず!」
「どうぞ」

ファルは抱えていた自身のアサルトライフルを渡し、弾切れをおこした美希のものを代わりに受け取った。
熱のこもった銃身で火傷をしないよう気をつけ、弾倉を新しいものへと交換し、空になったものへ弾丸をこめなおす。
慣れない手つきでそうしている間に、また一人の戦闘員が音を立てて床に崩れ落ちた。
的に向かってそうするように人を撃つ美希に、やはりこんな真似はできないなとファルは溜息をつく。

「……なんだか悪いわね」
「なれてますから」

彼女と自分とが似たもの同士なのは間違いない。
この数日でそれはより実感することとなった。だが逆に、似ているからこそ違う人間だともやはり感じてはいる。
身の内に感じるどうしようもない渇き。それを潤すなにかを求め、辛い道程を顔を伏せて進んでいる。それは変わらない。
社会という人間同士が向き合うステージに立つための仮面。それを用意して使い分けているのも同じく変わらない。
そもそも違う人間だから、育ってきた環境が違うから、当たり前のことだが、その当たり前が今はとても興味深かった。

「そろそろ移動した方がいいかもしれません」
「そうね。ここもじきに定員オーバーだものね」

さてと、ファルは後ろを振り返り壁際に空いた四角い穴へと目を移す。
いわゆるダストシュートというものであり、いささか以上にそこを通るのは遠慮したかったが、それも命と比べるものでもない。
最後に一口、飲み物をストローから吸い上げる――と、そこで聞きなれないピンが抜けるような音が聞こえた。


半分だけ開いたドアの隙間から何かが投げ込まれる。

なんだろう? そう思った時にはもうファルはまだ半分中身の残ったドリンクの缶をそれに向けて投げつけていた。

投げ込まれたのも缶。そう気付いたのは缶同士が空中で衝突する瞬間だった。

視界が、白に、染まり、音が、世界を掻き消した――……。





 ・◆・◆・◆・


「ナイスプレーでしたよ、6番ライトのファルさん」
「まだ頭が痛いわ。それに喉と目が沁みるわね……ベッドの上で横になりたい気分よ」

とうとう埒があかないと悟った戦闘員が投げ込んできたスタングレネード。
それをいかなる奇跡か、同じ缶をぶつけて跳ね返したファルは美希に手を引かれて無人の通路を駆けていた。
直撃は避けたにせよ近くで爆発したことには変わらず、目はチカチカしたままだし、耳鳴りもすれば、目も喉は沁みる。

「どうしてあなたはそんなに平気なのよ」
「咄嗟に台の下に飛び込みましたから。てへっ☆」

まったく頼りになるわね。と、ファルは笑った。恨み言はなしだ。彼女は手を引いてくれている。それでチャラ。

「さてと、どこに行けばいいんでしょうか?」
「とりあえず顔を洗ってうがいをしたいのだけど?」

軽い足音を揃え、軽口を叩きあい、美希とファルのふたりは無人の通路をひた走る。
右へ左へと角を曲がり、そしてどの先にも敵の姿はなかった。これも先導する彼女の危機察知能力によるものか?

だがしかし、勝ちの目だけを出し続けるサイコロは存在しない。

彼女達にはそれだけで事態を乗り切る実力が備わってはいない。

厨房を脱出してからちょうど7つ目の角。

右か? 左か?

迷って、選んだ先には彼女達の命を奪う20の銃口が向きを揃えて待ち構えていた。

そして、

雷のような和音が細長い通路の中を通り抜けた。




 ・◆・◆・◆・


「……ふぅ。これでひと段落ですか?」

地下深く広がる基地の片隅。
縦に縦にと長い階段の途中、踊り場の上でトーニャは壁に背を預けるとふぅと息を吐き、呼吸を整えなおした。
その足元には死屍累々……とまではいかないが、階段を見下ろせば数人の戦闘員が血を流しその屍を曝している。
装備は全員共通しておそろいのマシンガン。
トーニャがやよいを追って階段を上り、真ん中あたりまで達したところで上下から挟み撃ちを受けた。
おそらくは待ち伏せだったのであろう。首輪の反応により正確な位置を知ることのできる主催側なら当然の戦略だ。
だがしかし、10人足らずほどの名も無き兵士などトーニャの敵ではない。それらを一蹴するのにさして時間はかからなかった。

「あまり、いい気分とは言えませんね」

彼女が今、息を切らして、そして勝利の喜びとは逆の表情を浮かべている原因はその目の前にあった。
踊り場の角。血にしか見えない赤色の液体で床を濡らして横たわっている仲間とよく似た姿のアンドロイドである。

「コンビネーションは評価しましょう。しかし底が割れましたね」

ただの人間である戦闘員を囮にしてのアンドロイドによる奇襲。
なるほど、これは効果的だとトーニャは戦闘の最中にそう思った。実際、反応が遅れていれば負傷していた可能性は高い。
結果としてはどうにか無傷。体力と時間の損耗だけでことなきを得たが、それはあちら側の非には当たらないだろう。
しかし、戦闘員10人ほどにアンドロイド1体。
それだけしかトーニャに当てられなかったことが主催の物量の限界だとも知ることができる。

「まぁ、活躍らしいそれもありませんでしたから私が舐められているという可能性もありますが」

とりあえずは追撃がないことに安堵して、トーニャはレーダーを懐から取り出す。
もう少しでやよいへと追いつけるはずではあったが、時間をとられたせいか彼女の反応はもう探知し得る範囲にはなかった。

「こんなことなら、レーダーの改造を依頼しておけばよかったですね。
 科学者アレルギーのせいでしょうか、すっかり失念していました。やれやれですが――と」

その代わりにか、美希とファルの反応が探知圏内へと入り込んできていた。
こちらはやよいと違って、今頃トーニャがいる辺りへと追いついてきたらしい。そして、その反応はとても近い位置にあった。



しかし、美希とファルの姿をトーニャは見つけることができなかった。

「これは……」

通路に充満する血の匂いにトーニャは顔をゆがめる。
追って辿ってきた通路上でもそうであったが、どうやらあの2人は中々順調にスコアを稼いでいたらしい。
20人か30人かだろうか、少なくとも倒した敵兵の数で言えばトーニャを上回っていたのは確実だ。

そして、更に20人ほどがトーニャの辿りついた通路の中で倒れ伏せていた。ちょうど美希とファルの反応があった辺りである。
しかしながら、やはりそこに美希とファルの姿は見当たらない。

「……別の階に移動したんでしょうか?」

手の中にあるレーダーの上ではトーニャと2人の反応はほぼ重なっている。少なくとも視界に入らない距離ではない。
だがしかし、縦の位置関係についてはほとんどわからないのがこのレーダーの欠点だ。

「そこにちょうどエレベータが見えますし……さて、今度こそ追いつくとよいのですけど」

嘆息し、トーニャはまた駆け出そうとする――も、一瞬、何かに気付き、また通路を振り返った。
どこか、どこかに違和感がある。目の前の光景。床に伏せた警備兵達。何かおかしい。何か不自然……。

「違います……ね。これは彼女達の”仕業”じゃない……」

先の通路で倒れていた兵士達は皆、その身体のどこかに銃弾を撃ち込まれた痕があった。
だがしかし、ここに倒れているものはそうでない。ある者は胸を陥没させられ、ある者は首をへし折られていた。

はたして、これは一体何を意味するのか――……。


 ・◆・◆・◆・


灰一色だった床は赤のまだらで、静寂は密やかを表すものから別のものへと変じ、満ちる空気は死のそれになっていた。

那岐を先頭とした一行が地下に降りて最初の洗礼を受けたあのコンテナが立ち並ぶ場所に、ひとりの女性が立っている。
正確に言えば、彼女しか立っている者はいなかった。
侵入者を迎え撃つべく待ち構えていた者らはことごとく深い血溜まりの中に沈んでいる。

「これで、ここは終わりかしら?」

ひとりごち、辺りを窺うのはひとりの科学者であり、母であり、そして戦士である九条むつみである。
追撃を食い止めるべくしんがりを務めていた彼女は傷ひとつ負うことなく、また髪の一本を乱すことなくそこに立っており、
そしてその両手には娘と同じ対の拳銃が握られていた。

エレメント――高次物質化能力を持つHiMEだけが有する独自の武装。
それをなぜ彼女が手にしているのか? その答えは至極簡単なものである。彼女もまたHiMEであるからだ。
星詠みの舞による12人のHiME同士による決闘。
これは300年ごとにしか発生しないが、しかし実はHiME能力者そのものはそれ以外の時にでも現れる。
また補足すれば、現れるHiMEにしても常に12人というわけでもない。12人というのはあくまで儀式に必要な人数のことだ。
そしてHiMEの能力は血によって、シアーズに言わせればDNAによって受け継がれてゆく。
九条むつみ。本名を玖我紗江子という彼女もHiMEの血統に連なる者で、娘と同じくHiME能力の発現者であった。
正しく言うならば、娘のなつきこそが彼女と同じ能力を受け継いでいたということだ。

そしてその実力は娘である玖我なつきを遥かに凌駕する。

「――!」

足元に射した影に気付くと九条はその場を飛び退り、頭上から襲い掛かってきたアンドロイドの一撃をなんなく避けてみせた。
次の瞬間。九条がいた場所にガッと火花を散らして大鎌が突き刺さる。そして、――戦いはそこまでだった。
避け際に放たれた弾丸により中枢神経を破壊されたアンドロイドは降りてきたままの姿勢で機能を停止している。
まるで最初からそこにそういうオブジェがあったかのように。そして反響した銃声が鳴り響いたのはそれから少ししてからだった。

このように、星詠みの舞に参加していない故にチャイルドこそ有さないが、その実力は現代のHiMEと比べてもなんら遜色はない。
もしも儀式が一世代前に行われていたら勝者は彼女だったのではないかと、そう想像できるほどの実力があった。



今度こそ敵は全て排除したと確認し、九条は血溜まりの中で伏せている戦闘員らを避けて広い空間を横切ってゆく。
倒れている中には彼女の知っている顔もいた。顔見知り程度の者もいれば、趣向品を融通し合ったような仲の人物もいる。
だがしかし、これが非合法、非人道の組織に与する者の避け得ない末路なのだ。
その道に入るということは、その理の中に自分を置くということなのである。
彼らは引鉄を躊躇いなく引いたし、九条もそうした。ただそれだけ。
どちらにも覚悟があった。だから感傷はない。ただ、少しだけ心が乾くという、それだけの話。

亡霊である玲二。そして、同じくレーダーには映らない九条。
通路を駆ける彼女にもまた、ひとつのミッションが与えられていた。それは行方の知れない言峰綺礼の捜索と鍵の奪取である。
因縁の清算とも言えるだろう。玲二が神埼の命を狙うように、戦士――九条は言峰の命を狙い灰色の通路を往く。


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