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世界で一番NGな出会い?

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世界で一番NGな出会い? ◆LxH6hCs9JU


 ふかふかのシーツ、ふかふかのかけ布団、ふかふかの枕。三点からなる極上の安座の上に、少女は横たわっていた。
 薄い桃色を基調とした学生服。胸元のリボンと赤いスカートは、派手すぎず地味すぎずの絶妙なバランス。
 学生服が包む少女も、派手さはないが、全体的に整った容姿をしている。
 特徴としては、左の耳元辺りで纏めた大き目の髪留めが目立つ。飾り気のない頭部を主張する、ワンポイントだ。

 健やかな寝息が静かに音をたて、しかし少女の表情は苦痛に歪んでいる。
 まるで悪夢を見ているような――いや、今となってはそれも過去形だ。
 悪夢を見た。思い出すのも辛い悪夢。
 だからこそ、少女は夢から逃亡し、現世に帰還した。

「……ん。ここ……は?」

 成人男性二人分は余裕と思われる大きなベッドの上で、少女は目を覚ました。
 湿り気を帯びた目頭を袖で拭い、キョロキョロと辺りを見渡す。
 視界に飛び込んでくる風景は、なんと豪勢な一室だったろうか。
 自身が座っているベッドを中心として、右の壁際には鏡台と冷蔵庫が、正面には大画面の液晶テレビが置かれている。
 左側は玄関とバスルームのようだ。統合して見渡すと、豪勢なワンルームマンションの一室といったところだろうか。
 はて、どうして自分はこんなところにいるのだろう……と、半覚醒状態の頭に記憶を辿らせる。

「どうしよう……思い、出せない」

 ずきり、と脳髄の中枢がひび割れたような感覚に襲われる。
 発熱による頭痛にも似た不快感が、少女を苦しめた。
 ずきんずきんずきん、何度も頭に響いてくる痛みは、ひょっとして警告なのだろうか。
 この部屋に至るまでの経緯を無理に思い出そうとすれば、きっと後悔してしまう――そんな予感がした。

 どうしよう……このまま気分が優れるまで二度寝してしまおうか。
 いやしかし、ここがどこの誰の部屋なのかもわからない。人様の部屋で勝手に休むほどの気概は、少女にはなかった。
 ちょっと外を歩いて、まずここがどこなのかを把握しよう。うん、それがいい。
 と少女は思い立ち、ベッドの上から身を起こそうとする、直前で、

「……あれ? これ、なんだろう」

 ふと、傍らに置いてあった荷物に目がいった。
 華美な装飾はなく、収納口も一つ。二つの肩紐から、背負って使うタイプだと推測できるそれは、

「リュックサック……かな?」

 小学生の頃、こんな形のバックを背負って遠足に行ったことを思い出す。
 しおりと筆記用具、お弁当と水筒、それにおやつ。
 重たくなるまで詰め込んで、持ち運ぶだけでも疲れていた記憶が。
 懐かしいなぁ、などと思う片隅では、これが自分のものではないということをちゃんと認識していた。
 家主の所有物だろうか。確かめようにも、他人の荷物に勝手に手をつけるのは忍びない。
 数秒間懊悩した挙句、少女はそのバックから目をそらした。
 最優先事項は事態の把握だ。そのためにまず、この部屋を脱出しよう。
 今度こそ、と身を起こし、

「よっ……あれ?」

 ベッド上で体を屹立させるが、すぐにバランスを崩してしまう。
 足腰がうまく立たない。何時間も正座をしていたような痺れ、もしくは脱力感が、少女を再度ベッドに誘う。
 へなへなと倒れ込み、結局少女は、またふかふかの安寧に捉われてしまう。
 ああやっぱり二度寝してしまおうか、ううんだめだめ、と葛藤する最中、ピッ、という電子音が一つ。

「えっ?」

 寂寞としていた室内に、突如として音が入り込む。
 少女の吐息よりも存在感があり、やや機械的にも感じる声は、正面に聳える液晶画面から発せられている。
 目を向けると、テレビの液晶画面が美麗な採光を放っていた。
 どうやらベッドに倒れこんでしまった際、布団の上に置かれていたリモコンの電源ボタンを押してしまったようだ。
 手元に転がっていたリモコンを摘みながら、少女はそう検分する。
 だがすぐに、リモコンは摘んだ指から零れ落ちてしまった。

「えっ……ひゃえぇ!?」

 甲高い声を上げて、少女は心臓を張り上げた。その視線の先は、電源のついたテレビ画面。
 映し出された映像の中では……一組の男女が、お互いに、裸で絡み合っていた。

「なっ、にゃ、はえぇぇ~~っ!?」

 奇妙な声を漏らし、少女は咄嗟に零れ落ちたリモコンを拾い上げる。
 ボタンが押しやすい形に握ろうとして、しかしあまりの慌てぶりに二度三度お手玉してしまう。
 やっとのことでチャンネルを変えるが、

「~~~……っ!?」

 映し出された別の番組では、また別の男女が裸で絡み合う様が、さっきよりも過激に。
 ぼっ、と少女の顔から火が上がり、連続してチャンネルのボタンを押す。
 しかし、またもや別の男女が。チャンネル変更。しかし、またもや別の男女が。チャンネル変更。しかしまた。

「ど、どどどどどどうしてえ~!?」

 変えても変えても、液晶画面の中で展開される行為は同じ。出演者とシチュエーションの違いしかない。
 少女の年齢は、世間一般では『お年頃』に分類される。性についての知識も、また人並みだ。
 だから、この番組がプロレスの実況映像であるなどとは、間違っても思わない。
 思いたくても、少女の中の女の部分がそれを否定してしまう。

 チャンネルを三週はしただろうか。番組のジャンルはいっこうに変わらない。
 パニックに陥った少女は、混乱と動揺のあまりリモコンを放り投げてしまった。
 床に転がったリモコンは、そのまま右横に設置された冷蔵庫の下に入り込んでしまう。

「なんでぇ~」

 少女は涙目になりながら、嘆きの声を漏らす。全身から、こんなはずじゃなかったという主張が滲み出ていた。
 しかしそんな少女の嘆きも、テレビのスピーカーから放たれる大音量の喘ぎによって掻き消されてしまう。

「あ……」

 思わず、視線がそっちにいってしまう。
 液晶画面の中では、白人の男女が一組、ダブルベッドの上で行為に没頭していた。
 それも推察するに、かなり終盤。女性の喘ぎが徐々にテンポアップしている事実が、少女の心をざわつかさた。

(どうしよう……テレビ……消す? あ、でもリモコン拾わなきゃ……どうしよう)

 冷静に対策を図ろうとして、少女はいつの間にかテレビの正面に正座していた。
 目の前で真摯に務める役者たちに敬意を払うように、少女は男女の演技に釘付けとなった。
 なんとなく、見届けなくちゃいけない気分に――少女の行動の意味を説明するならば、その一言に尽きる。

(なんだか……なんだかあたし……へん……)

 心がふわふわする。
 顔がほんのり上気する。
 心臓がばくばく鼓動する。
 なんだかとってもいけない気分。

(あたし……どうしちゃったんだろう……わからない、わからないよぉ……)

 この部屋に訪れるまでの経緯、自身の置かれている境遇、所在地。
 なにもわからない――いや、たぶん本能はそれを知っている。
 けれど少女の精神は、その記憶に封をしてしまっているのだ。
 たぶん、それはきっと辛いこと。思い出すだけで自壊してしまうような。
 少女は忘れたいと、忘れるべきだと、そう思い至ったのかもしれない。
 ここで、こうして、こうなっているのも、全ては逃避の結果なのだとしたら。
 身を委ねてしまうのが、一番しあわせなことなのではないだろうか。

(あっ……!)

 テレビ画面の中で繰り広げられている行為が、激化する。
 悲鳴にも似た音は鋭く、前後の単純な動きは過激さを増し、見る者を圧倒した。
 少女が持っていたのは、中途半端な知識。完璧ではない。
 だからこそ、その中途半端な部分を埋めたいという、好奇心が働いてしまった。
 事態を把握していない、直前の過去を忘れたがっている少女だからこその、逡巡が生まれる。

(どうしよう、どうしよう……)

 自暴自棄にも近い陶酔の気配が、少女の脳を焼く。
 委ねたい。この虚脱感から抜け出すため、流れに身を任せてしまいたい。
 少女は立ち上がる力を失っていた。なんとかしたいという願望も、放心するように体から抜け出てしまう。
 敷かれたレールの上を、ただなんとなく歩き続けることができたら、なんと幸福か。
 怒り、悲しみ、憎しみ、焦り、迷い――そんな感情に流されて生きることが、愚かでも楽なのだとすれば。
 どうなっても、いいかもしれない。

(あたし……やっぱり、へん……)

 心中で呟いて、少女は確かな異変を感じ取っていた。
 内側から焚き火で焼かれるような、熱。
 熱を伴った衝動という名の、蒸気。
 肌という肌から迸る、湯気。
 少女の感情の高ぶりに比例するように、テレビの中の行為もエスカレートする。

 発散される声――喘ぎ。
 ほぐれる肢体――淫ら。
 愉悦に浸る顔――恍惚。

 なにもかもが、少女にとっては未知だった。
 男と女の到着点を、童心が見た、その当たり前の結果。

 高揚する気分。色で表現するならピンク。桃色ではなくピンク。ひたすらに淡い。
 感情に色が灯る――初めての、いや、幼い頃にも経験したことがあるかもしれない。
 例えるならそう、女の子が初恋をする感覚に近いかもしれない。

「はずかしぃ……」

 自分自身についての感想を、率直に吐露する。
 一つの映像作品としては楽しむには、些か軸がぶれている、それを自覚しての発言。
 羞恥というのは、女性にとって忌避しがたい感情だ。しかし、時には意識せず抗ってしまう場合もある。
 基本的に羞恥心というのは、羞恥の元となる事実を、誰かに知られることで感じえるものだ。
 今は少女一人、ひとりしかいない、それが少女を駆り立てる。
 羞恥心というのは心の箍だ。創世記以来、裸でいることに疑問を持ち始めた人類が、自然と作り出した箍。
 現実を把握していない、いまだ夢心地にもあると言える少女が、その箍を無視するのは摂理だった。

 食い入るように見てしまう。
 未知を学習する。初めて足し算を教えてもらった子供のように。
 児童がいつかは跳び越えてしまうハードルを、少女は自らの意志で、跳ぼうとする。

(あたし……)

 まどろむ瞳。
 荒ぶる呼気。
 艶やかな頬。
 揺る乙女心。
 瓦解する砦。
 壊される錠。
 領域の侵略。

 口には出せない自嘲が、心の中で反芻される。
 反省したい。むしろ猛省したい。でもやめられない。
 このままどんどん先に進んでしまったら、一人で突っ走ってしまったら、どうなってしまうんだろう。
 好奇心、探究心、冒険心、ああもうそんな体面はいらない。

 人恋しく、寂しく、募る、誰かへの想い。
 それは友情か、恋情か、それ以外のなにかか。
 浸る、浸る、夢うつつ……少女は夢から抜け出せない。

 突然の混沌が。
 たかあきくんの死が。

 夢から現実へ戻る切符を、少女に捨てさせた。
 だって、全て忘れて自分の殻に閉じ篭ってしまえたら、楽そうだって――そう思えたから。

(ひゃっ……っ!?)

 液晶画面では、ちょうど行為の果てが訪れていた。
 この番組が終了しても、またすぐ似たような番組が始まる。
 その頃、自分は夢から抜け出せているだろうか。わからない。
 ただ今は、夢に浸る女の子として。
 奥に、奥に。
 採光の奥に視線を促して――――バタンッ!

「ひぇ……?」

 突如、自分の声でも、テレビの音声でもない、無機質な音が鳴った。
 汗まみれの顔を、左の玄関口へと向ける。
 そこには、唖然とした顔で立つジャージ姿の男の子が一人。
 目と目が合う、瞬間。
 男の子が口を開く、ほぼ同時に。

「キ、キクチマコトデース!」

 少女――『小牧愛佳』の乙女回路が、爆発した。


 ◇ ◇ ◇


 ――数分前。

 殺し合いという名の、ゲーム。
 自身が立たされている状況を、自分なりに分析した結果、頭を抱えるはめになった。

「……なんで、なんでボクがこんな目に……」

 電線の切れた、ドロップキックでもかませば折れてしまいそうなほどボロボロの電柱を背に、苦悶する。
 職業柄、トラブルやアクシデントには慣れっこだった。が、これは明らかにその範疇を越えている。
 ドッキリの可能性は既にゼロ。そもそも、あのプロデューサーがこんな悪趣味な仕事を取ってくるはずがない。
 となれば、これはもう否定のしようもなく、事件だ。
 そして、そんな事件を前にできることが……なにも思い浮かばない。

「はぁ……」

 溜め息をついて、その場に深く座り込んだ。
 短く整った黒の頭髪に、トレーニング用のジャージ姿。
 今はげっそりしているが、本来その顔つきはとても凛々しく、男女問わず好まれる魅力を持っている。
 彼――いや、それは見た目の印象から与えられる間違ったイメージだ。

 彼女――の名前は、菊地真
 765プロダクションに所属する、歌って踊れる現役アイドルである。

「悩んでも仕方ない……っていうのは亜美と真美の曲にもあるけどさ……」

 言峰綺麗、神崎黎人の両名による開会宣言の後、真が飛ばされたのはスラム街の中心だった。
 荒廃した街々の情景は異国の紛争地域を思わせる有り様で、すぐにここが日本じゃないんだと認識できた。
 支給された地図を見ても、それはやはり。彼らの言っていたとおりの、孤島。
 脱出するには船かヘリが欲しいところ。いや、それ以前に、首に嵌っている枷をどうにかする必要があるか。
 それに、他の『ゲームに乗った参加者』も注意しなければならない。
 あの双子、いや大蛇などもってのほか。他にもあんなのがいるのかと思うと、ゾッとする。
 しかし、

「……落ち込んでる場合でも、ないですよね……プロデューサー」

 懸念される将来の安否、それらを今は考えず、真は立ち上がる。
 真にとって、悩み事なんてのは日常茶飯事だ。トップアイドルへの道は苦難の連続なのだから。
 それに、ここには如月千早高槻やよい、同じアイドルの友達が二人もいる。
 彼女らもまた、動揺に悩み苦しんでいるときかもしれない。だけど、二人だってそのまま燻ったりはしないはずだ。
 なぜならそれが彼女らを支えてきたプロデューサーの、765プロの教えだから。

「ボクたちは、こんなところでへこたれたりしない! よ~し、バリバリいくぞー!」

 自分で自分を鼓舞し、真はアイドルとしての強い表情を取り戻す。
 向かう先は、眼前に聳える怪しい洋館。
 真に支給された物資の一つ……首輪探知レーダーが、この中に他の参加者がいることを示していた。


 洋館の中は、当たり前だが人気がない。
 照明は淡いピンク色。そして館全体に、鼻をつく強い香りが蔓延していた。

「うっ……なんだろう、なにか珍しい花でも置いてあるのかな……?」

 異臭というわけではないが、芳しい香りとも言いがたい、嗅いだことのないようなにおい。
 ずっと嗅いでいると、気分がふわふわしてくるような……不思議な感覚に捉われる。
 真はジャージのポケットに入っていたハンカチを鼻に当て、なるべく臭いを嗅がないように進んだ。

 館の内部は外観で見るよりも広く、狭い廊下にいくつもの部屋が置かれている。
 首輪探知レーダーの反応があったのは二階に登ってすぐの部屋。
 外から窺うにはなんの変哲もないノブ式の扉が、真の足を止めた。

(中にいるのかな? どんな人だろう……)

 首輪探知レーダーの機能は、極めて最低限のものだ。
 索敵範囲は半径200メートル。首輪の反応を察知すると、その数と大まかな距離を、ランプと電子画面で知らせてくれる。
 ランプは反応が近ければ近いほど点滅の速度を増し、また一度登録した首輪は反応しなくなる。
 真自身の首輪は既に登録済みだ。つまり、この反応は間違いなく他者の首輪。
 画面上の算出距離値も、今は4メートルと出ている。距離もドンピシャ、反応の主は扉一枚隔てた向こう側にいる。

 誰かを殺すなんてことは、端から考えていない真だ。
 首輪の反応を探ってみたのも、逃げるためではなく合流して協力を得るため。
 ゲームからの脱出方法なんて検討もつかないが、一人でいるよりは、仲間を作っておいたほうがいろいろ将来的だ。
 そう当たり前のように考えて、しかしいざ同じ境遇の人間に会おうかというと、躊躇う。
 なにしろ、相手はこのゲームに賛同しているかもしれない。無害である保障なんてどこにもない。
 だがそうやって悩むと、またプロデューサーの顔が頭に浮かぶ。

「……ッ!」

 逡巡は選ばない。765プロのアイドル、菊地真の売りはその行動力にあるからだ。
 そして、扉を開け放つ。ノックを忘れてしまった。
 中には、同世代くらいの女の子が一人。セーラータイプの学生服姿で、ベッドの上にちょこんと正座している。
 しかもこの少女、なにやら汗だくの上に頬がほんのりピンク色に染まっている。
 少女の正面にはテレビが。玄関口からだとよく見えないが、どうやらアダルトビデオが映されているようだ。

 はて、この状況はいったい……と考えたところで、真の顔が発火した。
 気づいてしまったからだ。少女が現在、女の子の口からはとても言及できないお勉強の最中だという事実に。
 だがもう扉は開けてしまった。今さら逃げることなどできない。
 ああどうしよう、真は刹那の間に懊悩すると、ふとプロデューサーのアドバイスが頭を過ぎる。
 それはアイドルのみならず、芸能界を舞台にする者全てに言える基本事項。
 こういうときはまず――挨拶だ!

「キ、キクチマコトデース!」

 しまった、声が少し裏返ってしまったか。
 真が失態を自覚した直後、少女の顔はピンク色から情熱的な赤へと移り変わり、その身はわなわなと震えだす。
 しばし見つめ合い、そして最悪の事態が始まった。


 ◇ ◇ ◇


「いやああああああああああああああああ!!」

 見られた。見られてしまった。あんな恥ずかしい場面を、よりにもよって、『男の子』に。
 河野貴明の死により、夢の殻に閉じ持ってしまっていた少女、小牧愛佳。
 彼女を現実へと連れ戻したのは、幸か不幸か、痴態を異性に見られるという、最高にお先真っ暗な悲劇だった。

「待ってってばー! その、ボクは見てない! まったく、なーんにも見てないからー!」
「やらあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 甲高い悲鳴を上げつつ、迫り来る男の子から逃げるため、廊下を遁走する。
 現実は理解したものの、これが殺し合いであるという事態はいまだ把握し切れていない愛佳。
 逃げるのは恐怖心からではない。羞恥心からだ。

(男の子に、男の子に、知らない男の子に、み、み、みみ、見られちゃったろおおおお!?)

 羞恥心に支配された愛佳の全身は茹蛸状態。精神は、完全なる暴走の道をひた走っている。
 愛佳の前方、一階へと下る大きな階段が目に入るが、走る速度は落とさない。
 この状況を脱せるなら他になにもいらないと愛佳は強く念じ、跳んだ。

「ひゃああふぁうああふあああうううにゅううううう!?」

 一段目から階段を踏み外し、転げ落ちる。舌を噛まなかったのが奇跡と言えた。
 転がって一階に下りた愛佳は、すぐに立ち上がることができず、そのまま床で硬直。
 多少頭がグラグラして気持ち悪いが、特に外傷はない。
 ダメージで言うならば、肉体よりも精神のほうがよっぽど深刻だろう。
 それだけ、女の子の恥ずかしい姿を男の子に晒す、ということが異常事態なのである。

「ちょ、大丈夫!?」
「ふみゅ~……へ?」

 一階の階段先でへばっている愛佳の下に、男の子が駆け下りてくる。
 追いつかれてしまった。どうしよう。
 危機感を覚えるのだが、とても逃げ出せるような状態ではない。
 眼前までやって来た男の子の顔を覗くと、また恥ずかしさが込み上げてくる。
 しかも、

「あ……」

 転げ落ちた際の、体勢が一大事だった。
 愛佳の臀部を包む、純白の下着による障壁。
 さらにそれを守る第二の障壁、スカートが、めくれ、
 まん丸とした、決して小振りとは言えないお尻が、

「はえ……」

 自らの存在を主張するかのように、天に向かって突き出されている。

「あの……その……えっと」

 ぺらっ、ぺろん、もろん。
 どこからか、不思議な擬音が運ばれてくる。

「……ふゅ、ふええぇぇぇぇん」

 成す術はなく、愛佳は観念したように泣き出した。


 ◇ ◇ ◇


 殺し合いという名のゲームに参加して、アイドルたる真が最初にやらかしてしまったことは……女の子を泣かせることだった。
 それが殺人や傷害でなかっただけ良かったと解釈すべきか、いやそんな楽観的には考えない。
 言うなればあれは回避しきれなかった惨劇だが、真が少女を怖がらせてしまったことは事実。
 ここはまず謝罪すべきだ。とは思うが、目の前の少女はひたすら泣き続けるだけで、とても聞き入れてはもらえそうにない。

(こんなとき、どうすればいいんだろう……あ、そうだ!)

 ハッと閃いた真は、さっきまで鼻を押さえるのに使っていたハンカチを取り出す。
 そして思い出すは、アイドルとしての基本事項。
 アイドルに大切なものは真摯な挨拶、そしてそれに伴う笑顔。
 心の中で詠唱し、真はそっとハンカチを差し出した。

「……泣かないで。ほらっ、可愛い顔がぐしょぐしょだよ。さ、まずは涙を拭いて」

 キザっぽいセリフに乗せて、満面の笑顔を振りまく。
 世間一般のアイドルならば『可愛らしい』と評されるであろうスマイルは、真に限って言えば『カッコいい』と評価できる。
 女の子でありながら、容姿や言葉遣いは男の子に近く、真のコンプレックスにもなっている要素。
 それが、少女を慰める必要があるこの場においては、これ以上ないほど効果的に機能する。

「あっ……あ、ありが、とう……」

 目と目が合った瞬間、愛佳の涙は、魔法がかけられたかのように止まってしまった。
 顔色は、先ほどに比べて静かに、より自然な赤色に染まる。
 それが、『女の子が格好いい男の子と対面したときの表情』などとは、露とも思わない。
 少女が泣き止んでくれた事実だけをのみ込み、真は歯を輝かせた。





【C-2 娼館一階/1日目 深夜】
【小牧愛佳@To Heart2】
【装備】:なし
【所持品】:なし
【状態】:精神的疲労(中)
【思考・行動】
 基本:???
 0:ちょっと格好いいかも……ってもうばかばかあたしのばか~
【備考】
 ※河野孝明死亡のショックにより、開幕時の記憶が飛んでいます。
  そのため、殺し合いの事態も理解していません。なにかの弾みで思い出す可能性はあり。
 ※支給品一式(未確認)は、娼館二階の部屋に放置。
 ※真が男の子だと思っています。

【菊地真@THE IDOLM@STER】
【装備】:首輪探知レーダー(残り約5時間)
【所持品】:支給品一式、ランダム支給品×2(確認済み)
【状態】:健康
【思考・行動】
 基本:ゲームには乗らない。同じ意志を持った仲間を作る。
 1:とりあえず、目の前の少女を落ち着かせる。
 2:脱出したけど、どうすればいいのかわからない……。

【首輪探知レーダーについて】
 索敵範囲は半径200メートル。首輪の反応を察知すると、その数と大まかな距離を、ランプと電子画面で知らせてくれる。
 ランプは反応が近ければ近いほど点滅の速度が増し、察知した首輪は登録可能。登録した首輪は反応しなくなる。
 画面には反応との相対距離、大まかな方角が映し出される。音声機能は一切ない。
 ちなみに電池式。単三電池二本で6時間稼働。電源のON/OFF機能はないので、節電には直接電池を外す必要がある。

【娼館について】
 外観は洋風の館。二階建て。愛佳がいた部屋とは別種の部屋がいくつも存在する。
 また、『館全域に嗅ぐとなんだかいけない気分になってしまう香り』が蔓延している……?



004:月夜に踊る隠密少女 投下順 006:Piova
時系列順
小牧愛佳 028:ドゥー・ユー・リメンバー・ミー
菊地真

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