「あなたは……?」
屋上の扉が開かれる。
舞台に立って歌う前とは違う緊迫した雰囲気。

平和な国に産まれて、真っ当な人生を歩めていれば生涯感じることのない感覚を、千早は数時間前に覚えていた。


「その歌をやめろ。」
屋上に現れた男は、刃を千早の方に向ける。
今度は天城雪子のように自分を守ってくれる者はいない。使える武器もないし、あった所でうまく使えない可能性の方が高い。
傍から見ればどう考えても、ここで最期を迎え、春香や雪子の下へ行くことになるしかない。
僅かな生存の可能性に欠けて、歌うことをやめて、イウヴァルトに許しを請うしかない。
だが、千早にとってイウヴァルトの言葉は、『殺す』という言葉以上に抗わねばならぬ言葉だった。
歌は如月千早という少女にとっては命と同じか、それ以上に価値のあるものだった。


だからといって、今の千早がこの場から生き延びる可能性は限りなく低い。
目の前は敵、それ以外の三方向はフェンス。
仮に逃げ道があった所で、戦争の経験があり、契約者で人間の身体能力を大きく超えているイウヴァルトを振り切れる可能性は、限りなく低い。



「分かりました。ですが、最後に1度だけ歌わせていただけませんか?」
彼女がなぜこう言ったのかは、彼女自身にも分からなかった。
最期の1曲で満足する訳もなく、もっともっと歌いたい。
歌には様々な奇跡を起こしてきたと言われているが、それはあくまでおとぎ話の世界だ。
そして千早は自分が目の前の男を改心させるような奇跡を起こせると思ってるほど、自惚れているわけではない。
時間稼ぎだとしても、もう少しマシな言い訳があるはずだ。


「……良いだろう。」
気でも狂ったのか、と一瞬思うも、こんな状況ならば仕方がないと考えた。
彼が千早に垂らしたのは救いの糸ではない。
歌い終わるその直前で胸を突き刺し、自分がしてきたことがいかに無駄なのか思い知らせるつもりだった。
歌では誰も救えないし、誰も守れない。
戦場で役に立つのは、如何なる時も絶対的な力だけだ。
それはフリアエを守れなかったイウヴァルト自身が悲しいぐらい分かっていることだった。
だからこそ彼は契約で歌を失ったとしても、誰かの歌を汚すような真似をしても悔いはなかった。


彼の言葉を聞いて、千早は少し安堵した。
本当は死にたくないし、刃を向けられているだけで怖気が止まらない。
彼女だって職業柄ナイフを向けられるアイドルのニュースは聞いてない訳では無いが、いざその状況を目の当たりにしてみると、恐ろしいな、と改めて思った。



(でも、私はまだ歌える。しかも観客もいてくれた。
そうだ、次に歌う曲はあの歌にしよう。)


――――これが、私に出来る戦いだ。


気を集中させて、恐怖を押し殺した。
彼女がつけたペンダントは『肝っ珠』と呼ばれていた。
この高校で眠る雪子が知っていたそのアクセサリーは、恐怖心を抑え、戦えなくなる状況を防ぐ。
勿論、それはあくまでほんの一押しなだけ。
だが、覚悟を決めた彼女にとって、その一押しで十分。


この時、彼女はこの世界の闇を、彼女の過去を乗り越えた。
目の前の男の狂気に毒されず、彼の真っ赤な目から感じ取った僅かな悲しみまでも糧にして、歌い始めた。


   ねえ今 見つめているよ
   離れていても
   Love for you 心はずっと
   傍にいるよ

   もう涙を拭って微笑って
   一人じゃない どんな時だって
   夢見ることは生きること
   悲しみを超える力


歌声は響く。
どこまでも、響き続ける。
人の悲鳴、魔物の足音、竜の咆哮
連合軍として、帝国軍として様々な轟音を聞いてきたイウヴァルトだったが、どんな音よりも心に強く残った。
そして、広葉から滴り落ちる朝露のようにやさしく、彼の鼓膜に染み渡る歌だった。


   歩こう 果てない道
   歌おう 天を超えて
   想いが届くように
   約束しよう 前を向くこと
   Thank you for smile


何を思っているんだ自分は、とイウヴァルトの剣を握りしめる手が強くなる。
自分の持っていないものを持って、それを生き甲斐にしている人間なんて、カイムと同じ不快な人間だ。
そう言い聞かせ、もう動かないはずの心を叱咤する。

(俺は殺すことが出来る!殺して、フリアエを生き返らせてもらう!!俺は出来るはずだ!!)


   ねえ目を閉じれば見える
   君の笑顔
   Love for me そっと私を
   照らす光

   聞こえてるよ君のその声が
   笑顔見せて 輝いていてと
   痛みをいつか勇気へと
   想い出を愛に変えて


その時、屋上の扉が再び開けられた。
「これは?」

思わずルッカは声をあげてしまう。
歌を歌っている少女に、男が刃を向けているのだ。
ただ事では無いと思わない方がおかしい。


ルッカは早速片手に炎を纏わせ、男に投げかけようとした。


(!!)


ルッカが気圧されたのは、剣を持った男ではない。
歌っている少女の方だ。
決して鋭くない、しかし、確固とした決意を含んだその視線を受け、「ここでは騒ぐな」と怒鳴られたかのような感覚を覚えた。
Nがポンとルッカの肩を後ろから叩く。
それは、「ここでは僕達の出る幕ではないよ」と言っているかのようだった。


今この場所で、一番戦う力を持っていないのは誰か?
それは満場一致で如月千早だと言われるだろう。
だが、それはどういった根拠で答えているのか?


少なくとも、八十神高校屋上という舞台の上、この瞬間だけは、如月千早という少女が一番の力を持っていた。
黒竜との契約者も、かつてのプラズマ団の王も、世界変革に貢献した科学少女も、彼女の歌の前では言葉1つ出すことさえできない。



   歩こう 戻れぬ道
   歌おう 仲間と今
   祈りを響かすように
   約束するよ 夢を叶える
   Thank you for love

   あどけないあの日のように
   両手を空に広げ
   夢を追いかけてゆく
   まだ知らぬ未来へ



歌は続く。
『約束』はかつて声を無くした千早が、立ち直った後に歌った曲だ。
彼女のことを心配した仲間が、想いを伝えるために作られた曲だ。
その歌は、再び歌を失った者の胸の内を響かせた。


歌を失った男は、我慢できずに歌うのをやめろ、と叫ぼうとした。
だが、口を開けることも、剣を振り回すことも出来なかった。


   歩こう 果てない道
   歌おう 天を超えて
   想いが届くように
   約束しよう 前を向くこと
   涙拭いて

   歩いて行こう 決めた道
   歌って行こう
   祈りを響かすように
   そっと誓うよ 夢を叶える
   君と仲間に
   約束


歌い終えた千早は、3人の観客に向き直り、ぺこりとお辞儀をする。
彼女は狂気も理不尽も飲み込み、ただ決意だけを見せつけた。






静寂。


時間と共に、歌の余韻が消えて行く。
千早も、イウヴァルトも、Nも、ルッカも何も言わない。動かない。
ただ優しく吹いた風が、4人の間を通り抜けて行った。


その時、イウヴァルトは剣を落とし、崩れ落ちた。
「うわあああああああああ!!!!!」
耳をつんざくような慟哭。


「違うんだ!僕は!フリアエのために!!フリアエの為に、殺さなきゃいけないんだ!!」
そう言いながら、弱い男はイウヴァルトは叫んだ。


「もう、やめなさいよ。」
ルッカは崩れ落ちた男を見て、そう呟いた。

「フリアエ……フリアエ……ああっ……う……。」
最早この男から、殺意は感じられなかった。
泣き叫び、充血しているはずのその目は、最初に千早に出会った時より赤くなくなっていた。
赤目の病から、彼は解き放たれたのだ。


歌には呪いを解く力があるとは様々な伝承で語られているが、千早にそんな能力があるわけではない。
魔法も解呪の知識も備えていない彼女が、なぜ彼から赤目の厄災を取り払えたのか。
それは彼女が付けていたロイヤルバッジの力だ。
王家の盾のようなデザインのバッジは、付けた者の回復魔力や攻撃魔力を増幅させる効果を持つ。
本来ならば魔法を使えない千早がそんなものを付けても、防御力を僅かながら伸ばすしかない。
しかし、彼女の歌が人を救う力を強くするという形で、そのバッジは作用したのだ。
歌は人を幸せにする魔法とは言われているが、彼女の決意が奇跡を起こした。


「僕は……。」
これからどうすべきか、フリアエがいない世界でどう生きるか、それは彼自身には分からなかった。
だが、少なくともマナの言いなりになるつもりはもう無かった。


蹲る弱い人間の男に、千早は手を差し伸べた。
その姿は、迷える男を救おうとする聖女のように見えた。
彼女とて、完璧な人間ではない。
何度も立ち止まって、時に迷って来た。
だが、そんな彼女を支えてくれたのは、仲間やプロデューサー達だ。


「最後まで聞いてくださって、ありがとうございます。」
ただ、千早は彼にそのお礼だけを言った。

「僕は、どうすればいい?」
「それをこれから決めればいいんじゃないかな。」
Nがそっと、イウヴァルトに答えを投げた。

「そうか……。」
彼は混乱していた。
だが、マナの言いなりになって生きる道からは離れようと決意した。






―――あはははははははははははははははははははははははは!!
「お前は……!!」

その時、イウヴァルトの耳にだけ、良く知っている声が響いた。
「マナ……!!」

「落ち着いてください!!どうしたのですか!?」
マナの声は他の3人には聞こえない。
だが、ただ事ではない様子に、千早は声をかける。
「ねえ、どうしたっていうの!?」
ルッカも状況を察し、声をかけた。

だが、その声は届かないようだった。


―――ふふふっ、残念でした。あなたが戻れる道なんて、何処にもないのよ。ナイ。ない。ナイ……。

高い声と、重厚な声が、イウヴァルトの心の内側のみで響いた。
意識が塗り替えられていく。
少女の両目から流れる、ルビーのように真っ赤な光に飲み込まれていく。
―――あなたが歌で「壊れた」というなら、「治す」歌を聞かせてあげる。
―――大好きな人が、歌っていた歌だよ。


忘れるなかれ。
人を呪いから解き放ち、祝福する歌あれば、人を呪い、壊す歌だってある。


紅い夜 鳥眠る

   夢の窓 空写す
   わらべ唄 口ずさみ
   漫ろ行く 草原を


「やめろおおおおおおお!!!!」
彼の両目が、再び血のような真紅に染まっていく。


―――何を言っているの?望んでいるのは、これなんでしょ?


   祈りは貴方の
   面影やどし
   魂いろどる
   想いをはこぶ
   翼を生やし
   愛から逃げて
   天使が割った
   奇妙な皿の上で燃えて
   尽きる
   尽きる


イウヴァルトは千早を突き飛ばし、地面に落ちてあったアルテマウェポンを握りしめた。


「危ない!!」
ルッカが叫ぶ。
魔法の籠ったメガトンボムを、イウヴァルト目掛けて投げつけた。
轟音とともに、大爆発が起こり、弱い男は吹き飛ぶ。
フェンスを大きく超えて。


「こ、殺してしまったんですか?」
千早はルッカの能力よりも、男を屋上から吹き飛ばした事実に驚いていた。

「………。」
ルッカの表情は強張っていた。
千早にではない。
この学校に充満する、異様な魔力の高まりだ。


屋上から落ちるイウヴァルトを受け入れたのはグラウンドの砂ではない。
墜落死する直前、彼の大剣に填めてあった紅蓮のマテリアが輝く。
そして、呼び出された黒の巨竜が、男の背中を受け止めた。



竜の咆哮が木霊する。
この八十神高校は、学問の場としても、アイドルのライブ会場の役割も放棄した。
今、この場所は戦場に変わる。


   黒い朝 時告げる

   汚れ血よ 森帰れ
   闇を掘る どこまでも
   たどりつく
   断頭台
   祈りは貴方の
   面影やどし
   魂いろどる
   想いをはこぶ 
   翼を生やし
   愛から逃げて
   天使が割った
   奇妙な皿の上で燃えて
   尽きる
   尽きる





【E-5/八十神高校・屋上/一日目 昼】
【如月千早@THE IDOLM@STER】
[状態]:焦燥
[装備]:肝っ珠@ペルソナ4 ロイヤルバッジ@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(0~1個) 天城雪子の支給品(1~2個)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残って、歌い続ける。
1. 黒竜から逃げる
2. 急に様子がおかしくなったイウヴァルトに違和感

※雪子の支給品(1~2個)が屋上に放置されています。


【ルッカ@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(小)、MP消費(小)
[装備]:水の羽衣@ドラゴンクエストⅪ 過ぎ去りし時を求めて
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2個(工具の類は入っていません)、医療器具 図書館の本何冊か(何を借りたかは次の書き手にお任せします。)  素材(機械生命体の欠片、ネジ、金属板など)
[思考・状況]
基本行動方針:人と工具を集め、ロボを正気に戻す。
また首輪を集め、解析、あるいは景品交換用に使う。
1.千早を連れて、イウヴァルトとドラゴンから逃げる
2.多少は割り切ることも必要なのかもしれないわ……。
3.工具箱が見つかれば、この首輪の解析でもしてみようかしら。
4.首輪を集めたら、首輪景品交換所を使う。
5.Nって不思議な人ね……
6.何のためにあんな機械を?

※遊園地廃墟にある、首輪景品交換所の情報を知りました。


【N@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
[状態]:健康
[装備]:モンスターボール(トンベリ)@FF7、毒牙のナイフ@DQ11(トンベリが所持)
[道具]:基本支給品 本何冊か
[思考・状況]
基本行動方針:ルッカの理想に付き合う
1.ルッカと共に行動をする
2.新しい理想を手に入れる。


【イウヴァルト@ドラッグオンドラグーン】
[状態]:狂気(大)
[装備]:アルテマウェポン@FF7
[道具]:基本支給品、モンスターボール(空) イエローオーブ@DQ11
[思考・状況]
基本行動方針:フリアエを生き返らせてもらうために、ゲームに乗る。
1. ドラゴンと共に、破壊の限りを尽くす
2. もう、帰れない

※空っぽのモンスターボールは野生のポケモンの捕獲に使えるかもしれません。


【ブラックドラゴン@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて 】
[状態]:健康
[持ち物]:なし
[わざ]:テールスイング おたけび 噛みつき はげしいほのお
[思考・状況]
基本行動方針:破壊の限りを尽くす


【トンベリ@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:健康
[持ち物]:毒牙のナイフ
[わざ]:ほうちょう みんなのうらみ 
[思考・状況]
基本行動方針:Nと行動を共にする、自分のほうちょうがほしい。


支給品紹介
【ロイヤルバッジ@DQ11】
如月千早に支給されたバッジ。装備すると防御力、攻撃魔力、回復魔力が大きく上がる。

【肝っ珠@ペルソナ4】
如月千早に支給されたペンダント。装備するとステータス異常「恐怖」から身を守ることが出来る。







もう一つ、忘れてはならないことがある。
この学校には如月千早の歌によって呼び寄せられた三人が集ったが、一人、いや、一台だけ例外がいた。
真っ先に屋上へ向かった3人とは違い、それは歌に引き寄せられることも無く、高校を徘徊している。
黒竜から逃げ惑う3人が彼に気付くのは、いつのことになるだろうか。



【機械生命体@Nier Automata】
[状態]:オールグリーン
[装備]:なし
[道具]:?
[思考・状況] ?
基本行動方針:ルッカとNを追いかける。


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107:崩壊の序曲 時系列順 110:革新的に生まれ変われ
投下順 109:SPA!
088:私が歌う理由 如月千早 129:クロス八十神物語
074:不思議の国の遊園地跡 ルッカ
N
089:劣等感の果てに残ったもの イウヴァルト

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最終更新:2025年03月20日 12:39