出鱈目な質量を伴う大剣の一振りを左へ躱し、続く左腕での叩き付けを更に左へ転がりやり過ごす。
 床が抉れた衝撃に燃えた天井の一部が降る。両者の間に落ちるそれが地に着くよりも早く、ハンターの姿はセフィロスの視界から外れた。
 襲いかかる白刃を空気の揺れで感知したセフィロスの左腕がそれを受け止める。筋肉による固定化を嫌った狩人は即座に刀を引き、神の足の間を滑り込んだ。

 背中側へ移ったハンターには当然背中に生える肉の翼が襲来。当たれば即死、今の体力で受ければ守備力上昇(スクルト)の効果など容易に貫通するだろう。
 しかし、あくまで当たればの話だ。まるでそれを予期していたかのように狩人は体勢を立て直しながら地を転がり、立ち上がると同時に後方へ飛び退きながら斬り払う。
 浅い傷口にかかる再生時間はほぼゼロに等しい。が、セフィロスの顔からは驚きと興味の織り交ざった感情が見て取れた。

「よもやここまで出来るとはな。無駄のない、洗練された動──」
「はぁッ!!」

 華麗なる縦斬りにセフィロスの賞賛の声が阻まれる。半身引くことで躱すが、瞬きの時間も置かず心臓を狙う突きに見舞われた。しかしそれも最小限の動きで躱される。
 がら空きになったハンターの脇を狙いセフィロスの左腕が振るわれる。技術を全て捨てた代わりにあらゆるものを破壊する鎚と化したそれはしかし、〝事前に〟後方へ跳躍していたことで最悪の未来を免れる。
 それは決して苦し紛れの回避ではない。空気が変わるのをセフィロスは肌で感じ取った。



「────参るッ!!」



 輝きを帯びた太刀で孤月を描き、踏み込みと共に放たれる右袈裟、続く左袈裟、袈裟返し、横薙ぎ、縦斬り。
 素早さ上昇(ピオリム)を乗せたそれらは重いバスターソードでは対処が間に合わない。堅牢な筋肉で覆われた左腕で受けるが、初撃の時点でそれは食い破られる。
 続く二の太刀により深く刻まれた左腕に盾の機能はない。よってセフィロスは回避に専念し、一歩、また一方と後退してゆく。最後の縦斬りを身を捻って躱し、反撃を────と、画策するセフィロスは目を見張ることになった。



「はああぁぁぁぁぁぁ────ッ!!」



 足跡を刻むほど強い踏み込み、と共に放たれる回転斬り。セフィロスをもってしても速いと感じさせるそれは後退を遅らせ、彼の胸を深く、深く切り裂く。
 内蔵にまで達しているだろうか。バイキルトの効果を考慮してもかなりの威力だ。
 それもそのはず、これはハンターにとって切り札じみた狩技なのだから。


 ──錬気解放円月斬り。


 対象の肉質を無視し放たれる斬撃の嵐はそれだけでも脅威であるが、重要なのはその追加効果。最後の一撃を当てた際、練気と呼ばれる狩人に秘められた力をマックスまで引き上げる。
 練気は太刀に宿り、段階に応じて切れ味と攻撃力を増大させる。それが最大値に達した今、ハンターの攻撃はセフィロスにも届きうる。



 が、しかし。



「見事な一撃だ、この力が無ければやられていたかもしれない」



 〝今の〟セフィロスには届かない。

 決死の覚悟を持って刻んだ裂傷は瞬く間に塞がれ、今しがた胸を穿った横一文字のそれも再生が始まっている。十秒もすれば完全に塞がるだろう。
 歯噛みするハンターはしかし再度太刀を構え直す。その刀身は燃え上がるように赤いオーラを纏い、周辺の空間を歪ませていた。



◾︎



 セフィロス同様疑問に思う者もいるだろう。
 なぜ四人がかりでも圧倒されていたハンターがここまで戦えているのか、と。
 セフィロスの強さを知る者であれば当然抱く。というより、抱かない方がおかしい矛盾だ。一個人が相手できる限界などとうに越えている相手なのだから。


 守るべきものがあるからだとか、火事場の馬鹿力だとか。突き詰めれば色々と理由があるのだろう。
 しかし、根本の理由はシンプルなものだ。



 それは、彼が〝モンスターハンター〟だからだ。


 セフィロスがGウイルスを取り込まず、一人の剣士として戦っていたのならばハンターはここまで持ち堪えることなど出来なかったであろう。
 今のセフィロスは殺戮に身を委ね、本能の赴くまま異形の力を振るう──そんな一匹の〝怪物(モンスター)〟に過ぎない。
 幾千のモンスターを、古龍をも相手取ってきた彼だからこそ戦えているのだ。他に適役などいるはずもない。



「はぁ──ッ!」
「…………」

 既にハンターが残って三分は経過している。
 変わらず刻まれる裂傷は塞がれていくが、被弾の頻度が増えてきたせいか均衡を嫌ったセフィロスは大きく距離を取った。

「ファイガ」

 異形の腕から放たれる火炎の塊。
 初見の魔法を前にハンターは一手遅れる。太刀を握る右腕が灼かれ、痛々しい悲鳴を上げた。
 しかし武器だけは手放さない。熱された刀身は練気も相まって根元から先端に至るまで紅蓮に染め上げられていた。



「く、おおォォォォ──っ!!」

 もはやとどめは刺されたも同然。
 支援魔法の効力も消え、ファイガのダメージにより残り僅かであったハンターの体力はごっそりと減らされた。苦し紛れに放たれた刃もセフィロスには届かない。無理矢理抑え込んでいた限界の文字が溢れ出しハンターはとうとう膝をついた。

「よく戦った」

 それは、心からの言葉だった。
 多人数とはいえクラウド以外にもここまで戦える人間がいたとは。Gの力を取り入れてからは他の者など塵も同然と考えていたが、認識を改めなければならない。
 幸福感と満足感がセフィロスを満たす。これ以上の戦いは不毛だ。弱者を蹂躙する事務的な駆除ではなく、美しい決闘のままで終わらせたい。

「終わらせよう、名も知らぬ狩人よ」

 狩人の首元を狙うバスターソードに一切の慈悲も躊躇いもない。勇敢なる猛者の散り様は永劫セフィロスの記憶に残り続けるであろう。






◆   ◆   ◆








 名前など、とうに捨てた。
 元々の名前を忘れたわけではない。
 ただ、狩りを続けるうちに名前で呼ばれることが少なくなっていったのだ。最初のうちは戸惑っていたが、すぐに受け入れた。


 ──ハンターさん!
 ──よっ、ハンター殿!
 ──ハンターさん、いつも村を守ってくれてありがとうね。



 この地でのハンターとは、どうやら名誉ある者にしか与えられぬ呼び名らしい。それに気がついたのはある商人との何気ない会話からだった。
 名声など特に気にしなかったため知らなかった。拙者はただ民を守り、自然の均衡を整えることに喜びを覚えていたからだ。

 しかし、それを知って。
 ほんの少しだけ、誇らしかった。

 それからだったかな、元の名に拘らなくなったのは。
 笑顔で拙者を呼ぶ者に応えて、そう、その時からは────





 〝英雄(ハンター)〟と名乗る事にした。







◆   ◆   ◆







 誰が予想できようか。
 セフィロスの顔は今度こそ驚愕に染まる。
 それもそのはず。死刑執行を待つだけだったハンターが跳躍し、バスターソードの刀身を踏み台に天高く飛び上がったのだから。

 見上げた頃にはもう遅い。
 熱と練気を帯びた鋒が重力を乗せて降り注ぐ。

「────おおおおォォォッ!!」

 咄嗟に突き出された左腕。丸太のような筋肉の塊はしかし渾身の一刀を前にバターのように裂けてゆく。微塵も勢いが衰えないそれは神の左腕を通じて胸へ、胸から脇へと流れてゆく。
 あまりにも鮮やかすぎる一撃はコンマ数秒遅れてダメージをもたらす。
 斬られた、と。気が付いた瞬間に無数の斬撃が内蔵を灼いた。口から吐かれる血の飛沫がなによりそのダメージを物語っている。


 ────兜割り。


 ハンターの知らぬ、遠い遠い異国の地にて伝わる太刀の秘技。鍛え上げられた強靭な狩人でもクラッチクローや翔虫といった道具を使用しなければ実現出来ない技を、この男は生身でやってのけたのだ。
 大きく怯みを見せながらもセフィロスの大剣が仇討ちとばかりに振るわれる。無茶な体勢であった分ほんの僅かに回避が遅れ、ハンターの左手の指が飛んだ。激痛に見舞われるが、刀を握れるのであれば問題ない。


 と、両者の間に瓦礫が降る。
 まるで図ったかのように二人の身体は後方へ跳び、自然と距離を取る様はまるで西部のガンマンを思わせる。
 しかし、決闘と呼ぶにはあまりにも対等ではない。片や立っているのもやっとの死に体、片や平然と相手を見下ろす怪物。瀕死の身で放ったとは思えない攻撃に驚きはしたが、さほど問題ではない。
 例え手痛い一撃を加えても再生してしまえば意味がないのだ。兜割りを受けたセフィロスの身体は瞬く間に塞が────らない。



「…………なに?」

 それは、セフィロス自身も把握していなかったGウイルスの弱点。
 天賜の観察眼を持ったハンターだからこそ見抜いたたった一つの突破口。
 灼けた傷口を指でなぞるセフィロスが狩人へ視線を投げる。と、狩人の不敵な笑みが映った。


「やはり、…………火属性に弱い、ようだな……」


 本来、Gウイルスに限らず細菌というのは高熱の中を生きられない。正しい歴史として無敵の再生力を持つG生物が電車の爆破で死亡したのもそれが理由だ。
 銃弾や斬撃で受けた傷は即座に再生するが、火炎放射器や電熱、爆発といったものでつけられた火傷はそうはいかない。じゅうじゅうと音を立てて緩慢に再生する傷口は普段よりずっと遅かった。

「…………フフ、ハハハハッ!」

 この男は、強い。
 クラウド以外を評価することなど滅多にないであろうセフィロスは、心の奥底からそう思う。だからこそ、究極の力を証明する初戦には最適の好敵手だ。

 狩人は刀を鞘に収める。
 戦いを放棄した、などという馬鹿な考えは一切浮かばない。腰を深く落とし居合いの構えを見せる男の覇気たるや、彼を見てその命が風前の灯火にあるなど誰も思わないだろう。
 美術館の崩壊まで十秒もない。ハンターはもうその場から動く体力も残っておらず、セフィロスがわざわざ付き合わなくとも彼の死は確定しているはずだ。



 しかし、




「────いいだろう」




 受けなくてはならない。

 この男の挑戦から、逃げてはならない。

 それは怪物の異能に呑まれる中でかすかに残った〝元英雄〟としての誇りか。暴虐を尽くすのには不要と切り捨てたそれを、目の前の〝英雄〟に呼び起こされたのかもしれない。



 バスターソードを水平に構え、駆ける。
 ハンターの元へ到達するのに一秒もかからない。両者の刃は同時に放たれた。

 しん、と。
 互いの刃が振るわれた直後、時が止まったかのような静寂が辺りを支配した。
 勝敗はどちらか。確かめるよりも先に天井が崩れ落ちる。轟音と燻煙を巻き上げて降り注ぐ瓦礫の雨が二人の姿を覆い隠した。





◾︎





 ガラリ。
 倒壊した美術館の中心、セフィロスとハンターの周辺だけ不自然な程に綺麗だった。面影などまるで見せない破壊の中、まるでその場所だけは元の姿と変わらないほどに。
 それは決して奇跡などではない。セフィロスの背から生えた肉の翼が彼自身を、そしてハンターの遺体を崩れ落ちる屋根から守り抜いたのだ。

 ゆえに、もしも目撃者がいればその勝敗は一目でわかるだろう。
 悠然と佇むセフィロスの足元には、首を失ったハンターの遺体が倒れ伏していた。



「…………私の勝ちだ、狩人」



 勝利宣言は虚しく響く。
 終わってしまった──そんな喪失感さえ湧き上がる。ハンターという強敵との対峙は至福の時であった。それこそ、この会場で出会った者の中では文句なく最も手こずったと言っていい。
 しかし、ともあれ勝利を収めた神は彼方を見つめる。その視線の先はセーニャ達が向かった方角だ。
 多少時間を取ったが今から向かっても追いつくことは可能だろう。黒翼と肉翼、神秘性と禍々しさの対極を持つそれらをはためかせ、足を踏み出す。





 その瞬間、セフィロスの体がぐらりと崩れた。


「………………な、……」


 瓦礫の山に倒れかかるのをバスターソードを突き刺して無理矢理堪えては、思わず驚嘆に口を開く。何故だ、それほど深刻なダメージは負っていないはず。
 疲労の感じない肉体は未だ限界とは程遠い。ならばなぜ──そんな怪物の疑問は視線を下ろすことで晴れた。

「…………、……!」

 セフィロスが動けないのも当然だ。
 左足首から先が見事に両断されていたのだから。



 ハンターにとっての目的(クエスト)とはセフィロスの討伐ではない。セーニャ達が無事に逃げ切れる時間稼ぎをすることだ。
 セフィロスを討つのはそう宣言したセーニャに託した。ゆえに彼が全力を注いだのは足止め──その名の通り、セフィロスの足を奪う事だった。


 あの一瞬、バスターソードはハンターの首を断ち切った。それが勝敗の結果、と。セフィロス自身はそう確信していた。しかし実際はほんの僅か早くハンターの居合が神の左足に届いていたのだ。
 鋭すぎる一太刀は脳も、身体も、細胞をもその認識を遅れさせた。まさしく神をも凌駕した真なる〝神業〟と言えよう。

「フフ、ハハハハ……! なるほど、やってくれたな……!」

 火刃による再生阻害を加えられているせいで回復が遅い。通常であれば欠損も三十秒もあれば完全に再生したであろうが、このペースではケアルガを択に入れても十分以上はかかるだろう。
 無理矢理に追うよりは回復に専念した方が利口だ。腰を下ろしたセフィロスは首のないハンターの遺体を愛おしそうに撫で、象徴である妖艶さの欠片もない爛々とした笑みを見せる。

「楽しみだ、これほど食い応えのある者がまだいるとは」

 晒け出されたセフィロスの肉体に刻まれた数多の傷。再生を前に無に帰すはずであったのに尚も残り続けるそれらは全て証だ。


 神をも跪かせた〝英雄の証〟。


 果たして決闘の勝者はどちらか。
 勝利の定義は定かではない。命の有無で言えば確かに神の白星は揺るがないであろう。
 けれど現実はどうだ。目的を果たしたのは狩人で、対する神は獲物を取り逃し停滞を余儀なくされている。
 この戦いに観客はいない。しかし、破滅の運命からセーニャ達を救ったという事実を知る者であれば、間違いなくこう答えるであろう。








 英雄(ハンター)の、勝ちだ。









【男ハンター@MONSTER HUNTER X 死亡確認】
【残り39名】


【B-4/崩壊した美術館跡/一日目 日中】
【セフィロス@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:G-ウイルス融合中、上半身裸、ダメージ(小)、左腕から右脇にかけて裂傷、左足首切断、傷再生中、MP消費(小)、高揚感
[装備]:バスターソード@FINAL FANTASY Ⅶ
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済み、武器の類ではない)
[思考・状況]
基本行動方針:全てを終わらせる。
1.全ての生物を殺害し、究極を証明する。
2.セーニャの方向へと向かう。
3.スネーク(名前は知らない)との再会に少し期待

※本編終了後からの参戦です。
※心無い天使、スーパーノヴァは使用できません。
※メテオの威力に大幅な制限が掛けられています。
参加者名簿に目を通していません。
※セーニャが手に入れた情報を共有できます。
※G-ウイルスを取り込んだ事で身体機能、再生能力が上昇しています。
※左腕がG生物のように肥大化し、背中の左側には変形可能な肉の翼が生えています。
※炎、熱を伴う攻撃は再生能力を大幅に遅れさせます。



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123:Exhausted on the Silent World 時系列順 125:かつ消え、かつ結びて【前編】
投下順
107:崩壊の序曲 ヨルハ九号S型 :[[]]
カミュ
セーニャ
111:夢見る少女じゃいられない(前編) 星井美希
100:片翼の堕天使 セフィロス 132:腐った板チョコの下で
102:Androidは眠らない 男ハンター GAME OVER

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最終更新:2025年06月16日 23:35