強い妖怪と弱い人間 ◆dGUiIvN2Nw
アドレーヌは悩んでいた。
基本的に結構能天気な彼女がこれほど真剣に、危機迫ったものを感じながら悩むのは初めてのことだった。
彼女が考えているのはこの殺し合いのこと、などではなく、隣で黙々と歩く女性、風見幽香のことだった。
(やっぱり……何かお話とかした方がいいよね)
弱冠物騒な話し合いがあったとはいえ、共に行動することになったというのに、まだお互いのことだってあまりよく知らないのだ。
それどころか、探索対象である知人の確認すら満足にしていない。
このような特異な場所に集められたにも関わらず何の情報交換もなしというのはさすがにまずいということくらいアドレーヌにだってわかっている。
(けど……。なんか幽香さん、怖そうだしなぁ)
ただ無表情で前を見つめているだけだというのに、何かオーラのようなものが感じられて、アドレーヌは話を切り出しにくかった。
アドレーヌの周りの人間は皆朗らかで、どこか陽気な雰囲気があった。しかし幽香は違う。
ドライアイスを思わせる冷たい瞳。まるで抜身の刀のような危な気な空気が幽香の周りから感じられるのだ。
自分とは別世界の人だということをアドレーヌは本能的に察知していた。
だからこそ、話をすることが躊躇われる。ただの会話をしようというだけだというのに、何となく……怖い。
(話しかけたらいきなりキレて襲いかかってきたりして。それで●●が××で▲■みたいなことになったらどうしよう…!)
アドレーヌのそういった心配は何もまったく当ての外れたものではない。
最初に二人が接触した時も、幽香は危害こそ加えなかったが、自分のことなどどうなろうと知ったことではないという気持ちが滲み出ていた。
そう。有り得ない話ではないのだ。突然本性を丸出しにして、狼のごとくアドレーヌに襲いかかってくることも。
(な、ないよね。それはさすがにないよね。だって、私のこと必要だって言ってたし……。たぶん。……ぜったい)
気持ちを奮い立たせて、ちらりと横目で幽香を見遣る。……目が合った。
「何?」
思わずびくりと肩が震えた。どきまぎする心臓が今にも飛び出しそうな勢いだった。
(お、怒ってる! 絶対怒ってる~! どうしよう。私、食べられちゃうの? こんなところで食べられちゃうの!? えぇっと、えぇっと、オオカミさんに襲われた時の対処方法は……死んだふり、だっけ? いや、それは確かクマさんで……)
「私のことを無視するなんて、良い度胸してるわね」
「ひぃっ!」
小さな悲鳴を上げて一歩後ずらす。
何も言わず、じっとこちらを見つめる様は今にも襲いかからんとしているように見えなくもない。
「……まったく。訳が分からないわ」
しばらくガタガタと震えていると、幽香はそう言って再び歩き始めた。
数メートルほど離れた時点で、アドレーヌはようやく胸を撫で下ろすと、とぼとぼと幽香の後ろを付いて行った。
(私のこと、食べようとしたんじゃないんだ。……というか、今考えたら当たり前だよね。本当に食べる気ならもっと早くに食べちゃってるだろうし)
そう考えると、何だか悪いことをした気がしてくる。
さっきだって、幽香が話しかけて来たのをこちらが一方的に無視したのだ。
礼義に反するし、何より気を悪くしてしまったかもしれない。
(謝らないと……ダメだよね)
アドレーヌはそう考えるも、やはり怖いものは怖い。
喉から出かかった声が途中で止まってしまう。こういうものは理屈ではないのだ。
しかし、絵の勉強をするために遠いプププランドにまで一人でやって来た彼女だ。行動力は人一倍ある。
アドレーヌは勇気を振り絞って、幽香の裾をちょこんと掴むと、意を決して口を開いた。
「あ、あの……!」
基本的に結構能天気な彼女がこれほど真剣に、危機迫ったものを感じながら悩むのは初めてのことだった。
彼女が考えているのはこの殺し合いのこと、などではなく、隣で黙々と歩く女性、風見幽香のことだった。
(やっぱり……何かお話とかした方がいいよね)
弱冠物騒な話し合いがあったとはいえ、共に行動することになったというのに、まだお互いのことだってあまりよく知らないのだ。
それどころか、探索対象である知人の確認すら満足にしていない。
このような特異な場所に集められたにも関わらず何の情報交換もなしというのはさすがにまずいということくらいアドレーヌにだってわかっている。
(けど……。なんか幽香さん、怖そうだしなぁ)
ただ無表情で前を見つめているだけだというのに、何かオーラのようなものが感じられて、アドレーヌは話を切り出しにくかった。
アドレーヌの周りの人間は皆朗らかで、どこか陽気な雰囲気があった。しかし幽香は違う。
ドライアイスを思わせる冷たい瞳。まるで抜身の刀のような危な気な空気が幽香の周りから感じられるのだ。
自分とは別世界の人だということをアドレーヌは本能的に察知していた。
だからこそ、話をすることが躊躇われる。ただの会話をしようというだけだというのに、何となく……怖い。
(話しかけたらいきなりキレて襲いかかってきたりして。それで●●が××で▲■みたいなことになったらどうしよう…!)
アドレーヌのそういった心配は何もまったく当ての外れたものではない。
最初に二人が接触した時も、幽香は危害こそ加えなかったが、自分のことなどどうなろうと知ったことではないという気持ちが滲み出ていた。
そう。有り得ない話ではないのだ。突然本性を丸出しにして、狼のごとくアドレーヌに襲いかかってくることも。
(な、ないよね。それはさすがにないよね。だって、私のこと必要だって言ってたし……。たぶん。……ぜったい)
気持ちを奮い立たせて、ちらりと横目で幽香を見遣る。……目が合った。
「何?」
思わずびくりと肩が震えた。どきまぎする心臓が今にも飛び出しそうな勢いだった。
(お、怒ってる! 絶対怒ってる~! どうしよう。私、食べられちゃうの? こんなところで食べられちゃうの!? えぇっと、えぇっと、オオカミさんに襲われた時の対処方法は……死んだふり、だっけ? いや、それは確かクマさんで……)
「私のことを無視するなんて、良い度胸してるわね」
「ひぃっ!」
小さな悲鳴を上げて一歩後ずらす。
何も言わず、じっとこちらを見つめる様は今にも襲いかからんとしているように見えなくもない。
「……まったく。訳が分からないわ」
しばらくガタガタと震えていると、幽香はそう言って再び歩き始めた。
数メートルほど離れた時点で、アドレーヌはようやく胸を撫で下ろすと、とぼとぼと幽香の後ろを付いて行った。
(私のこと、食べようとしたんじゃないんだ。……というか、今考えたら当たり前だよね。本当に食べる気ならもっと早くに食べちゃってるだろうし)
そう考えると、何だか悪いことをした気がしてくる。
さっきだって、幽香が話しかけて来たのをこちらが一方的に無視したのだ。
礼義に反するし、何より気を悪くしてしまったかもしれない。
(謝らないと……ダメだよね)
アドレーヌはそう考えるも、やはり怖いものは怖い。
喉から出かかった声が途中で止まってしまう。こういうものは理屈ではないのだ。
しかし、絵の勉強をするために遠いプププランドにまで一人でやって来た彼女だ。行動力は人一倍ある。
アドレーヌは勇気を振り絞って、幽香の裾をちょこんと掴むと、意を決して口を開いた。
「あ、あの……!」
風見幽香は悩んでいた。
幻想郷で最強(自称)の妖怪である幽香は、これまで悩みらしい悩みなど持ったことはない。
大抵のことなら何でも実現出来たし、あまり欲の激しい性質でもないのだから、当然といえば当然だ。
そんな彼女が悩んでいること。それは
(やっぱり、何か話でもした方がいいのかしら)
隣でちょぼちょぼと歩く、自分と比べて半分以上も背が低い少女のことだった。
いつも一人で自分の花畑に水を遣って過ごす幽香は、あまり人間と接点を持たない。
人間も人間で、幽香のことは危険な妖怪だと認識しているのだから、彼らとの会話など微々たるものだ。
極少数、幽香にもまったく動じずに話しかけてくる(それどころか奇襲してくる)ような稀有な存在もいるにはいるが、彼女達は他の人間とはまったく違う点が一つある。
強いのだ。
弾幕勝負という幻想郷ならではのルールに縛られたゲームといえど、最強(くどいようだが自称である)の幽香でさえ土をつけられることがある。
彼女達のような強者は常に堂々として自分という存在に自信を持っている。
そして、そんな彼女達ばかり相手をしている幽香は、一般的に言う弱者に対してどう接すればいいのか分からないのだ。
(話をするにしても、何を? このお花が好きだとか、あのお花は手入れが難しいとか、そんなこと? でも、私の周りにそういうことに関心ある奴なんていなかったし……)
ちらりと横目でアドレーヌを一瞥する。
人間がいつも自分に対して向ける表情と同じ顔をアドレーヌはしていた。恐怖というやつである。
(……馬鹿馬鹿しい。何で私がこんなことで悩まなくちゃならないのよ)
風見幽香は妖怪である。昨今の幻想郷にいると忘れてしまいがちだが、妖怪とは人間に恐怖を抱かせる存在なのだ。
そんな幽香が、ここにいるちっぽけな人間相手にどう接すればいいか悩んでいるなんて、恥以外の何物でもない。
(止めた止めた。どうせ利害の一致だけで同行してるんだから、下手なこと考えるものじゃないわ)
……そう思うも、やはり気になる。
ずっと沈黙したまま一緒に歩いているのも息が詰まるものだということを幽香は初めて知った。
かといって、何を話せばいいかも分からない。何の気もなしに、再びアドレーヌを見遣る。そして、……目が合った。
「何?」
思わず出た言葉だった。
(少し冷たい言い方だったかな。また怖がられるかも。……いや、別にいいか。別に仲良くしなきゃいけないわけでもないんだし)
びくりと震えるアドレーヌを見て、ほんの少し罪悪感が芽生える。
(……利害の一致とはいえ、一応同行者なのよね。多少は…本当に多少は、気を遣ってあげるのも必要かしら)
よし、決めた。アドレーヌが何か言ってきたら、ちょっとだけ物腰やわらかい感じで話そう。
そういえば霊夢とか魔理沙とか、知人に関する情報交換もしてない訳だし。
そんなことを思いつつも、アドレーヌが話を切り出してくるのを待つ。
しかし、何故だろう。一向に話しかけてこない。何やらぶつぶつと念仏を唱えるのみだ。せっかくこちらが譲歩しようという時にこういう態度を取られてはさすがの幽香も良い気持ちはしなかった。
「私のことを無視するなんて、良い度胸してるわね」
「ひぃっ!」
(ひぃって何だ。ひぃって。私、何か怖がらせるようなことした? してないわよね? 人を無視することは人間でも失礼な振る舞いに入るわよね?)
そんな素朴な疑問がぶくぶくと膨れ上がり、しかしそれもすぐに霧散した。そして訳もなくイライラし始めた。
(何で私がこいつの反応に一喜一憂しなくちゃいけないのよ。私は妖怪。こいつは人間。だったらこいつが怯えるのは当たり前のことだし、それで私がどうこうすることないじゃない)
もういいや、と半ば投げやりな気持ちで幽香は思った。慣れないことをするものではないのだ。
自分は妖怪。なら妖怪らしく振る舞っていればいい。
「……まったく。訳が分からないわ」
そう言って、幽香はアドレーヌを無視するように歩き始めた。
(ついて来るかな? もしかしたらこのまま逃げちゃうかもしれないわね。まぁ、どうでもいいか)
そうだ。そんなことどうでもいいことではないか。アドレーヌがいようといまいと、そんなことは瑣末な問題だ。
自分にはこの肉体と、愛でるための花さえあればそれでいい。今までもそうしてきたのだ。
そしてこれからもこの道を歩くのだ。
ふいに、袖を引っ張られる感覚がした気がした。いや、気がしたのではない。確かに引っ張られたのだ。
振り向くと、アドレーヌが何か言いたそうにもぞもぞしていた。
「あ、あの…!」
幽香は黙って、その続きを待っていた。一体何を言ってくるつもりなのか、幽香にはまったく想像がつかない。
怯えた人間の思考回路など分かるはずもない。
(さっきはすみませんでした、かな? それとも、歩くの早いです、か? いや、案外喧嘩売ってくる気かも。いちいち偉そうなんだよボケ、とか。……いや、それはないか)
アドレーヌは混乱しているらしく、顔を真っ赤にして口をぱくぱくしていが、やがて大きな声で言い放った。
「ご、御趣味は!?」
空気が凍るとはこのことを言うのだろう。
しばらくはどちらとも時間が止まったように停止していた。しかし、それも一瞬のことだった。
次の瞬間には、思わず吹き出し、堪え切れないという様子で笑う幽香の姿があった。
「あ、あなた……くくっ。お見合いじゃないんだから」
「わ、笑わないでくださいよ~っ!」
さらに顔を真っ赤にしているアドレーヌを見てますます笑いが込み上げてくる幽香だった。
幻想郷で最強(自称)の妖怪である幽香は、これまで悩みらしい悩みなど持ったことはない。
大抵のことなら何でも実現出来たし、あまり欲の激しい性質でもないのだから、当然といえば当然だ。
そんな彼女が悩んでいること。それは
(やっぱり、何か話でもした方がいいのかしら)
隣でちょぼちょぼと歩く、自分と比べて半分以上も背が低い少女のことだった。
いつも一人で自分の花畑に水を遣って過ごす幽香は、あまり人間と接点を持たない。
人間も人間で、幽香のことは危険な妖怪だと認識しているのだから、彼らとの会話など微々たるものだ。
極少数、幽香にもまったく動じずに話しかけてくる(それどころか奇襲してくる)ような稀有な存在もいるにはいるが、彼女達は他の人間とはまったく違う点が一つある。
強いのだ。
弾幕勝負という幻想郷ならではのルールに縛られたゲームといえど、最強(くどいようだが自称である)の幽香でさえ土をつけられることがある。
彼女達のような強者は常に堂々として自分という存在に自信を持っている。
そして、そんな彼女達ばかり相手をしている幽香は、一般的に言う弱者に対してどう接すればいいのか分からないのだ。
(話をするにしても、何を? このお花が好きだとか、あのお花は手入れが難しいとか、そんなこと? でも、私の周りにそういうことに関心ある奴なんていなかったし……)
ちらりと横目でアドレーヌを一瞥する。
人間がいつも自分に対して向ける表情と同じ顔をアドレーヌはしていた。恐怖というやつである。
(……馬鹿馬鹿しい。何で私がこんなことで悩まなくちゃならないのよ)
風見幽香は妖怪である。昨今の幻想郷にいると忘れてしまいがちだが、妖怪とは人間に恐怖を抱かせる存在なのだ。
そんな幽香が、ここにいるちっぽけな人間相手にどう接すればいいか悩んでいるなんて、恥以外の何物でもない。
(止めた止めた。どうせ利害の一致だけで同行してるんだから、下手なこと考えるものじゃないわ)
……そう思うも、やはり気になる。
ずっと沈黙したまま一緒に歩いているのも息が詰まるものだということを幽香は初めて知った。
かといって、何を話せばいいかも分からない。何の気もなしに、再びアドレーヌを見遣る。そして、……目が合った。
「何?」
思わず出た言葉だった。
(少し冷たい言い方だったかな。また怖がられるかも。……いや、別にいいか。別に仲良くしなきゃいけないわけでもないんだし)
びくりと震えるアドレーヌを見て、ほんの少し罪悪感が芽生える。
(……利害の一致とはいえ、一応同行者なのよね。多少は…本当に多少は、気を遣ってあげるのも必要かしら)
よし、決めた。アドレーヌが何か言ってきたら、ちょっとだけ物腰やわらかい感じで話そう。
そういえば霊夢とか魔理沙とか、知人に関する情報交換もしてない訳だし。
そんなことを思いつつも、アドレーヌが話を切り出してくるのを待つ。
しかし、何故だろう。一向に話しかけてこない。何やらぶつぶつと念仏を唱えるのみだ。せっかくこちらが譲歩しようという時にこういう態度を取られてはさすがの幽香も良い気持ちはしなかった。
「私のことを無視するなんて、良い度胸してるわね」
「ひぃっ!」
(ひぃって何だ。ひぃって。私、何か怖がらせるようなことした? してないわよね? 人を無視することは人間でも失礼な振る舞いに入るわよね?)
そんな素朴な疑問がぶくぶくと膨れ上がり、しかしそれもすぐに霧散した。そして訳もなくイライラし始めた。
(何で私がこいつの反応に一喜一憂しなくちゃいけないのよ。私は妖怪。こいつは人間。だったらこいつが怯えるのは当たり前のことだし、それで私がどうこうすることないじゃない)
もういいや、と半ば投げやりな気持ちで幽香は思った。慣れないことをするものではないのだ。
自分は妖怪。なら妖怪らしく振る舞っていればいい。
「……まったく。訳が分からないわ」
そう言って、幽香はアドレーヌを無視するように歩き始めた。
(ついて来るかな? もしかしたらこのまま逃げちゃうかもしれないわね。まぁ、どうでもいいか)
そうだ。そんなことどうでもいいことではないか。アドレーヌがいようといまいと、そんなことは瑣末な問題だ。
自分にはこの肉体と、愛でるための花さえあればそれでいい。今までもそうしてきたのだ。
そしてこれからもこの道を歩くのだ。
ふいに、袖を引っ張られる感覚がした気がした。いや、気がしたのではない。確かに引っ張られたのだ。
振り向くと、アドレーヌが何か言いたそうにもぞもぞしていた。
「あ、あの…!」
幽香は黙って、その続きを待っていた。一体何を言ってくるつもりなのか、幽香にはまったく想像がつかない。
怯えた人間の思考回路など分かるはずもない。
(さっきはすみませんでした、かな? それとも、歩くの早いです、か? いや、案外喧嘩売ってくる気かも。いちいち偉そうなんだよボケ、とか。……いや、それはないか)
アドレーヌは混乱しているらしく、顔を真っ赤にして口をぱくぱくしていが、やがて大きな声で言い放った。
「ご、御趣味は!?」
空気が凍るとはこのことを言うのだろう。
しばらくはどちらとも時間が止まったように停止していた。しかし、それも一瞬のことだった。
次の瞬間には、思わず吹き出し、堪え切れないという様子で笑う幽香の姿があった。
「あ、あなた……くくっ。お見合いじゃないんだから」
「わ、笑わないでくださいよ~っ!」
さらに顔を真っ赤にしているアドレーヌを見てますます笑いが込み上げてくる幽香だった。
「はー、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだわ」
二人は今、木陰で座り込み小休止していた。幽香はまったく疲れてなどいなかったのだが、アドレーヌからの提案を素直に呑むことにしたのだ。
先程までの雰囲気はいつの間にか消し飛んでいた。
「もぉ、その話は止めてください」
ぶすっとしてふてくされるアドレーヌを見つめながら、幽香は口を開いた。
「……あなた、私のこと怖い?」
アドレーヌはしばらく黙っていたが、やがて躊躇しながらもこくんと頷いた。
「だって幽香さん、いつ見ても何だか怖い顔してるし。私とか、カーくんとかとは、全然違う人って感じがするから」
別に怖い顔をしてる訳ではないのだが、とも思ったがそのことには触れずに、そう、と幽香は短く言った。
そしてしばらくしてから再び口を開いた。
「じゃあ、どうして私と行動してるの? 怖いならさっさと逃げちゃえばいいのに。成り行きで仕方なく?」
「……私は、弱いですから。絵を描くことしか出来ないし、今はその絵も描けない状態だけど、…それでも、みんなでここから生きて帰りたいから」
生きたい。その想いは自分とアドレーヌとでは全然違う意味合いを持つのだろうと幽香は思った。
強者である幽香の思う漫然とした『生きたい』とは違い、アドレーヌのそれは真剣な、縋りつくような想いである『生きたい』なのだ。
「私、死にたくないです。まだまだいっぱい描きたい絵があるし、もっともっと上手な絵が描きたい。カーくんとか、デデのだんなと色んなお話がしたい」
暗い林の中ですすり泣く声だけが聞こえていた。
泣くという動作も幽香には縁のないものだ。人間は、自分ではどうしようもないことを、それでもどうにかしたいと思って泣くのだ。そんなこと、何でも出来る幽香に理解できるはずもない。
ぱこん、と小気味良い音がアドレーヌの後頭部で鳴った。何を思ったのか、突然幽香が手にしたものでアドレーヌの後頭部を叩いたのだ。
「いったぁ~!」
思わず殴られた場所を手で押さえながら、キッと殴った本人である幽香を睨みつける。
「なにするんですか!」
「別に。ただ私、人を殴るの大好きだから」
「いきなり変なことカミングアウトしないでください!」
涙目になりながらも後頭部を擦るアドレーヌ。それを横目で見ながら、幽香は言った。
「はっきり言って、あなたの言ってること、私には半分も理解できないわ。やりたいことがあるなら自分の力でやり通せばいいし、生きたいんだったら死なないくらい強くなればいいっていつも思ってたから。
……でもまぁ、とりあえず、あなたみたいな弱い人間にはそんなこと無理なんだっていうことはわかった」
強者と弱者では何もかもが違う。その肉体的な差は精神にも影響する。幽香が当たり前と思ってることがアドレーヌにとっては当たり前ではない。
そのことを、このアドレーヌという弱者の胸の内を聞いて、少し理解できた気がした。
「ま、あれよ。一応一緒に行動してるんだし、私の邪魔をしないって言うんなら、申し訳程度に守ってあげてもいいわよ」
「え?」
アドレーヌのあまりにも意外そうな顔に、幽香はムッとした。
「何よ。私じゃ不満? 言っておくけど、この私にここまで言わせて、それでもビクビクしてるようならタダじゃ済まさないわよ。私は最強の妖怪なんだから」
最強の自分が守る=超安心という図式が幽香の中には出来あがっていた。だからこそ不安=自分が最強ではないという図式も成り立つわけで。
要するにそうなることが幽香には気に食わないのだ。
「い、いえ! 不満なんてとんでもないです。う、嬉しいです」
しどろもどろにそう言うアドレーヌに対して、幽香は、そう、とだけ素っ気なく呟いた。
幽香がどう思ってそんなことを言ったのか、アドレーヌにはいまいち分からなかったが、自分を励まそうとしてくれたのだろうなと思った。
最強の妖怪らしいやり方で、不器用なりにも自分と接してくれた幽香に対して、アドレーヌは素直に嬉しい気持ちになった。
そこでふと、アドレーヌは幽香の右手に目線を落とした。
「そういえば、さっき私を殴ったものって一体なんだったんですか? なんだかずいぶん堅そうな感触でしたけ……ど……」
幽香の右手にはずっしりとした斧が握られていた。固まっているアドレーヌなどまったく気にせず、本人はその重そうな斧を何の意も介さずにぶんぶん振り回している。
しかしアドレーヌが絶句したのはその幽香の怪力のためではない。今、アドレーヌは幽香の右に座っているのだが、その斧というのが右手で握られているのだ。
この姿勢で幽香が左手を使ってアドレーヌの後頭部を殴ることなど不可能。つまりだ。アドレーヌの頭を直撃したのは、この鋭く光る斧ということに……
「いやあぁぁーーー!! 人殺しぃ! やっぱり幽香さんはオオカミだったんだ! 私死ぬんだ! 血がびゅーびゅー吹き出て死んじゃうんだああ!!」
ぎゃあぎゃあと喚き散らすアドレーヌとは対照的に、幽香はまったく動じていなかった。
「落ちつきなさいよ」
「これが落ちついていられますか! って、あれ?」
さすがのアドレーヌもようやく異変に気付いた。殴られてからかなり時間が経つのに、まだ意識がはっきりしている。
というよりも、血がまったく出ていない。確かに斧が直撃したはずなのに。
「ほら、これ」
ヒラリと一枚の紙がアドレーヌの脇に舞い落ちた。拾い上げると、どうやらそれは支給品の説明書のようだった。
『訓練用の斧』という文字の下の備考欄に、本当のダメージを与えない斧、と書いてあった。
「……なにこれ?」
「あなた、弱っちいだけじゃなくて頭も悪いの? 書いてある通りよ。この斧でどれだけ人をぶっ叩いても死なないってわけ」
そう言ってにこりと笑ってみせる幽香を見て、アドレーヌはぞっとするものを感じた。まるで、『私にぴったりの支給品だわ』とでも言っているように感じたのだ。
「……さ、さぁ行きましょうか! こんなところでのんびりしてる暇はありません! 一刻も早くカーくんたちと筆を探して、ここから脱出しないと!」
そう言ってそそくさとその場から離れようとするアドレーヌの肩をがっしりと幽香は掴んだ。
「そういえばあなた。さっき妙なこと口走ってたわよね。私ってオオカミに見えるかしら? あんな野蛮で薄汚いオオカミに?」
今まで見たことのないくらい素敵な笑顔が逆に怖い。
「い、いえその、あれは…言葉の綾というか……何というか……」
「もう少しこの斧の性能、試しとこうかしら」
「ひ、ひいぃーーー!!!」
星光る林の中で、今夜二度目の悲鳴が劈いた。
二人は今、木陰で座り込み小休止していた。幽香はまったく疲れてなどいなかったのだが、アドレーヌからの提案を素直に呑むことにしたのだ。
先程までの雰囲気はいつの間にか消し飛んでいた。
「もぉ、その話は止めてください」
ぶすっとしてふてくされるアドレーヌを見つめながら、幽香は口を開いた。
「……あなた、私のこと怖い?」
アドレーヌはしばらく黙っていたが、やがて躊躇しながらもこくんと頷いた。
「だって幽香さん、いつ見ても何だか怖い顔してるし。私とか、カーくんとかとは、全然違う人って感じがするから」
別に怖い顔をしてる訳ではないのだが、とも思ったがそのことには触れずに、そう、と幽香は短く言った。
そしてしばらくしてから再び口を開いた。
「じゃあ、どうして私と行動してるの? 怖いならさっさと逃げちゃえばいいのに。成り行きで仕方なく?」
「……私は、弱いですから。絵を描くことしか出来ないし、今はその絵も描けない状態だけど、…それでも、みんなでここから生きて帰りたいから」
生きたい。その想いは自分とアドレーヌとでは全然違う意味合いを持つのだろうと幽香は思った。
強者である幽香の思う漫然とした『生きたい』とは違い、アドレーヌのそれは真剣な、縋りつくような想いである『生きたい』なのだ。
「私、死にたくないです。まだまだいっぱい描きたい絵があるし、もっともっと上手な絵が描きたい。カーくんとか、デデのだんなと色んなお話がしたい」
暗い林の中ですすり泣く声だけが聞こえていた。
泣くという動作も幽香には縁のないものだ。人間は、自分ではどうしようもないことを、それでもどうにかしたいと思って泣くのだ。そんなこと、何でも出来る幽香に理解できるはずもない。
ぱこん、と小気味良い音がアドレーヌの後頭部で鳴った。何を思ったのか、突然幽香が手にしたものでアドレーヌの後頭部を叩いたのだ。
「いったぁ~!」
思わず殴られた場所を手で押さえながら、キッと殴った本人である幽香を睨みつける。
「なにするんですか!」
「別に。ただ私、人を殴るの大好きだから」
「いきなり変なことカミングアウトしないでください!」
涙目になりながらも後頭部を擦るアドレーヌ。それを横目で見ながら、幽香は言った。
「はっきり言って、あなたの言ってること、私には半分も理解できないわ。やりたいことがあるなら自分の力でやり通せばいいし、生きたいんだったら死なないくらい強くなればいいっていつも思ってたから。
……でもまぁ、とりあえず、あなたみたいな弱い人間にはそんなこと無理なんだっていうことはわかった」
強者と弱者では何もかもが違う。その肉体的な差は精神にも影響する。幽香が当たり前と思ってることがアドレーヌにとっては当たり前ではない。
そのことを、このアドレーヌという弱者の胸の内を聞いて、少し理解できた気がした。
「ま、あれよ。一応一緒に行動してるんだし、私の邪魔をしないって言うんなら、申し訳程度に守ってあげてもいいわよ」
「え?」
アドレーヌのあまりにも意外そうな顔に、幽香はムッとした。
「何よ。私じゃ不満? 言っておくけど、この私にここまで言わせて、それでもビクビクしてるようならタダじゃ済まさないわよ。私は最強の妖怪なんだから」
最強の自分が守る=超安心という図式が幽香の中には出来あがっていた。だからこそ不安=自分が最強ではないという図式も成り立つわけで。
要するにそうなることが幽香には気に食わないのだ。
「い、いえ! 不満なんてとんでもないです。う、嬉しいです」
しどろもどろにそう言うアドレーヌに対して、幽香は、そう、とだけ素っ気なく呟いた。
幽香がどう思ってそんなことを言ったのか、アドレーヌにはいまいち分からなかったが、自分を励まそうとしてくれたのだろうなと思った。
最強の妖怪らしいやり方で、不器用なりにも自分と接してくれた幽香に対して、アドレーヌは素直に嬉しい気持ちになった。
そこでふと、アドレーヌは幽香の右手に目線を落とした。
「そういえば、さっき私を殴ったものって一体なんだったんですか? なんだかずいぶん堅そうな感触でしたけ……ど……」
幽香の右手にはずっしりとした斧が握られていた。固まっているアドレーヌなどまったく気にせず、本人はその重そうな斧を何の意も介さずにぶんぶん振り回している。
しかしアドレーヌが絶句したのはその幽香の怪力のためではない。今、アドレーヌは幽香の右に座っているのだが、その斧というのが右手で握られているのだ。
この姿勢で幽香が左手を使ってアドレーヌの後頭部を殴ることなど不可能。つまりだ。アドレーヌの頭を直撃したのは、この鋭く光る斧ということに……
「いやあぁぁーーー!! 人殺しぃ! やっぱり幽香さんはオオカミだったんだ! 私死ぬんだ! 血がびゅーびゅー吹き出て死んじゃうんだああ!!」
ぎゃあぎゃあと喚き散らすアドレーヌとは対照的に、幽香はまったく動じていなかった。
「落ちつきなさいよ」
「これが落ちついていられますか! って、あれ?」
さすがのアドレーヌもようやく異変に気付いた。殴られてからかなり時間が経つのに、まだ意識がはっきりしている。
というよりも、血がまったく出ていない。確かに斧が直撃したはずなのに。
「ほら、これ」
ヒラリと一枚の紙がアドレーヌの脇に舞い落ちた。拾い上げると、どうやらそれは支給品の説明書のようだった。
『訓練用の斧』という文字の下の備考欄に、本当のダメージを与えない斧、と書いてあった。
「……なにこれ?」
「あなた、弱っちいだけじゃなくて頭も悪いの? 書いてある通りよ。この斧でどれだけ人をぶっ叩いても死なないってわけ」
そう言ってにこりと笑ってみせる幽香を見て、アドレーヌはぞっとするものを感じた。まるで、『私にぴったりの支給品だわ』とでも言っているように感じたのだ。
「……さ、さぁ行きましょうか! こんなところでのんびりしてる暇はありません! 一刻も早くカーくんたちと筆を探して、ここから脱出しないと!」
そう言ってそそくさとその場から離れようとするアドレーヌの肩をがっしりと幽香は掴んだ。
「そういえばあなた。さっき妙なこと口走ってたわよね。私ってオオカミに見えるかしら? あんな野蛮で薄汚いオオカミに?」
今まで見たことのないくらい素敵な笑顔が逆に怖い。
「い、いえその、あれは…言葉の綾というか……何というか……」
「もう少しこの斧の性能、試しとこうかしら」
「ひ、ひいぃーーー!!!」
星光る林の中で、今夜二度目の悲鳴が劈いた。
【D-3 一日目 深夜】
【風見幽香@東方project】
[状態]健康
[装備]訓練用の斧@FE
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]基本方針:向かって来る敵は排除する。自分から殺しには行かない
1. ……ちょっと癖になるかも
2. 強者を探す。見つけたら即決闘
3. アドレーヌの友人と絵の具を探す。ついでにアドレーヌも適当に守ってやる
【風見幽香@東方project】
[状態]健康
[装備]訓練用の斧@FE
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]基本方針:向かって来る敵は排除する。自分から殺しには行かない
1. ……ちょっと癖になるかも
2. 強者を探す。見つけたら即決闘
3. アドレーヌの友人と絵の具を探す。ついでにアドレーヌも適当に守ってやる
【アドレーヌ@星のカービィ】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]基本方針:ゲームには乗らない。出来れば人殺しもしたくない
1. やっぱり幽香さんって怖い! 怖いよぉ!
2. カービィ達を探す
3. 絵の具と筆を探す
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考]基本方針:ゲームには乗らない。出来れば人殺しもしたくない
1. やっぱり幽香さんって怖い! 怖いよぉ!
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3. 絵の具と筆を探す
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